正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第31話 代理契約の慧石

 15:30。

 アリマゴ島中央。

 監視用建屋の海側のテラスに榛名の姿があった。

 彼女は眼下に広がる穏やかに凪いだ海を、ただ眺めている。

 その背後から声が掛かった。

 

「どう?深海棲艦は来てるかしらぁ」

「荒潮さん。いえ、見渡す限り平和な海ですよ」

 

 荒潮は苦笑する。

 

「まあそうよねぇ。あの二人……提督たちが現れて以降、近場の『深海』は粗方攻略しちゃったんだし」

 

 随分とあっさりと成されたように見えるが、これは衛宮士郎の存在に因るところが大きい、と荒潮は考えている。

 アリマゴ島所属の艦娘の中で最強の戦力は金剛だ。自らの観測機を用いてのOTH(水平線越え)射撃や、たとえ戦艦からの砲撃であれ、生半可な攻撃は弾き返してしまうほどの『装甲』。

 これだけでも艦娘としては驚くべき性能だが、加えて金剛と叢雲には謎の能力がある。

 

 肩甲骨の辺りからまるで翼のように放射状に吹き出す光。あれを放っている間、機動力や修復力、砲撃性能までもが段違いに強化される。

 しかしその能力について本人たちに幾ら問い質しても、「自分たちにもよく分からない」としか返ってこなかった。

 そのくせ彼女らは、その能力を無闇に使うことを嫌う。だから今まで、深海棲艦の根本的な殲滅には乗り出せなかった。

 

 そこに衛宮士郎という戦力が加わった。

 射程こそ有視界範囲、つまり水平線までに限られ弾数も多くはないが、一撃の威力と命中精度においては金剛を上回っている。

 金剛や叢雲は、彼の力を見てマリアナまでの到達の可能性を感じたのではないか。

 

「あんな人間もいるのねぇ……」

 

 ちなみに荒潮だけでなく、多くの艦娘が気になっていることがあった。

 

 ――――金剛と衛宮士郎は、本気で戦えばどちらに軍配が上がるのか。

 

 艦娘というのは戦闘のために作り出され、戦闘を生業とする存在である。だからこそ、純粋な『強さ』に関する話題には多かれ少なかれ興味があった。

 

「でも提督の方は……どうなのかしら?遠坂さんって戦えるの?」

 

 荒潮自身は見ていないが、金剛との模擬戦では有効射程の短さが露呈したらしい。海戦においてあの射程は致命的に思われた。

 さらに、金剛はかなり出力を抑えて手加減していたらしい。その状態の金剛に負けている時点で、彼女は戦闘向きではないといえる。

 

「きっと大丈夫です。あの人なら……」

「榛名さん……?」

「模擬戦の最後にお姉様が放った一撃を聞いていますか?」

 

 そう言われて荒潮は、電から聞いた話を思い返す。

 確か、最後は長距離砲撃用に組み替えた艤装による一撃だったはずだ。

 

「お姉様によれば、最後だけは()()()()()()()()()()、四割の力で撃ったらしいですよ」

「……な」

「敵の本丸たるマリアナに行くなんてただの自殺。そんな事をさせるくらいなら、たとえ恨まれることになっても、自分たちの無力さを知ってもらおう……。と、そんな感じでしょうね」

「で、でもそれは」

 

 荒潮は、遠坂凛に対する自分の認識が急速に変化するのを感じた。

 金剛の、比喩ではなく姫級の威力の砲撃を受けて無傷だったとすれば。

 榛名は水平線を眺めながら言った。

 

「宝石剣の力が聞いたとおりの物なら、今の遠坂提督は中枢個体の攻撃ですら傷一つ付かないかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、オロクル環礁。

 

 遠坂凛を襲った海域浸透型の艤装は、凛を中心に広がる魔術的な光に遮られて徐々に崩れてゆく。

 士郎はその現象を知っていた。

 

(アレは遠坂の……!)

 

 ――――魔力緩衝、という技術を応用した魔力緩衝領域だ。

 完全秩序の泥という物がある。五大元素を不活性状態で練り込んで作られるそれは、あらゆる魔術の起動を阻害する効果がある。

 魔力緩衝領域もそれに類する技術で、周囲の空間に五大元素を大量に放出し混ぜ合わせることにより、まるで緩衝液のように魔術や魔力生成物の働きを矮小化させるのだ。

 完全秩序の泥と比較した利点は瞬間的に展開できることと、立体的に展開できること。

 

 だが当然欠点もある。

 まず、五大元素全てを扱えて瞬時に膨大な魔力を生成するだけの、才能を必要とするハードルの高さ。

 そして展開している間は自分も他の魔術を一切行使できなくなるという点。

 さらに――――

 

『こちら秋津洲!甲板上の一部霊力ラインが制御不能かも!』

「ごめんそれ私のせい。でもすぐ戻るわ」

 

 敵味方関係なく阻害してしまうのも明確な欠点だった。

 

「遠坂から……離れろ!」

 

 屋根の上に居た士郎が、海域浸透型へと斬りかかった。

 海域浸透型はその場から飛び退き、同時に凛の魔力緩衝領域も解除される。

 白い肌に黒いドレスのような衣を纏ったその深海棲艦は、背後に再び艤装を出現させてゆく。

 徐々に露わになるその姿は、人型の本体とは完全に独立している。前腕は大きく発達しており双頭の霊長類のような骨格をしていた。

 士郎たちの記憶にある資料から近しい姿を挙げるとすれば、『戦艦水鬼』系だろう。

 

 ミシリ、と船が軋む。

 甲板上に突然出現した大質量に耐えきれなくなったのだ。

 

『おもかあああああじ!』

 

 秋津洲の声。

 船が右側に急速に振り回される。

 海域浸透型も含む甲板上の全員がバランスを崩した。

 そこに――――

 

「どけぇえええええ!」

 

 砲弾のような勢いで、陽炎が飛び込んできた。

 背面の艤装からは、ジェットエンジンのようなアフターバーナーが吹き出している。

 陽炎はその運動エネルギー全てを、巨大な艤装へ跳び蹴りとしてぶつけた。

 バランスを崩していた霊長類型の艤装は、その一撃で本体諸共に完全に海へと放り出された。

 陽炎がそのまま甲板に着地する。

 

「痛ったぁ……陽炎中破しました。修復まで60秒くらいだけど、今ので燃料がヤバめ」

 

 見れば膝などが青黒く変色していた。

 

「……っ遠坂、魔力回してくれ!固有結界を使う」

 

 士郎が叫ぶ。

 戦艦水鬼(暫定)が完全に体勢を立て直す前に、全員で牽制しつつ固有結界に取り込んで一気に叩くべきだった。

 しかし凛は反対した。

 

「待って!浸透型は未確定要素が多いわ。今は情報が欲しい」

「でも、今はそんな場合じゃ……!」

「いいえ、そんな場合よ」

 

 士郎は思わず凛を振り返った。

 こちらを見返すのは、冷静な知性の光をたたえた碧眼。

 それだけで士郎の心は決まった。彼女がそう判断したのならば、それが正解だと信じる。

 

「士郎……。足止め出来そう?」

「任せろ」

「美人だからって油断しないように」

「美人なら毎日見てるが油断できたことは無いな」

 

 戦艦水鬼が落水した辺りに、余波で船が壊れないレベルの剣を射撃しつつ士郎は答える。そしてそのまま、海上に形成した剣の足場へと飛び降りた。

 

「(ちょろい……。別嬪さんやのにこのチョロさ、心配になってくるでこの子)」

「……?私の顔に何か、龍驤」

「なんでもないでー」

 

 事実、この局面での凛の判断はある意味では正しい。

 海域浸透型の急襲を僅かな損害で凌げた時点で、この詳細不明な深海棲艦を調べる事は、この先の海域攻略の助けになるだろう。

 

 凛は両足を損傷し修復中の陽炎の元へ向かった。

 

「あ……司令」

 

 そのまま陽炎の口に、小さなビスケットのような物を近づける。

 

「食べて。レンバスの劣化品よ。魔力をある程度補充できるわ」

「レンバス……?」

 

 疑問を抱きつつも、大人しくビスケットに齧り付く陽炎。

 味は正直美味しくはなかったが、霊力の消費による虚脱感が薄れていくのが分かった。

 

「これ……」

「さっきはありがと。ナイス判断よ陽炎」

 

 唐突に褒められて驚くが、徐々に嬉しさが込み上げてくる。

 

「えへへ。間近で司令に活躍を見て貰えるってのも、悪くないわね」

 

 その反応が琴線に触れたのか、思わず凛は彼女の頭を撫でる。慣れない扱いに照れながらも、陽炎は黙って受け入れる。

 

「ところで司令?さっきからその、綺麗な剣から何か溢れ出して……」

「うん?魔力だけど」

 

 凛が手に持つ宝石剣からは魔力が暴風のように溢れだし、輝きは甲板を満たしてそのまま黒い海に滴り落ちていく。

 彼女はそのまま、首のマイクを手で押さえる。

 

「秋津洲、今の浸透型から離れ過ぎず、距離500メートル以内を保って。士郎が足止めしてる間に、少しでも調査するから」

 

 数秒おきに、士郎が宝具を撃ち込む衝撃波が突き抜けてくる。

 

『で、でも一発でも被弾したら致命的かも!』

「大丈夫。一発も当たらないから」

 

 そう言った直後、『かぜなみ改』に向かってきた砲弾が軌道を変えてあらぬ方向へ飛んでいった。

 士郎がギリギリで弾き飛ばしたのだ。

 

 凛は自らの礼装・『代理契約の慧石』(テンカウント・リプレイサー)を起動させつつ、無線で士郎に呼びかける。

 

「もうこっちは気にしないで。士郎は被弾しないことを第一に足止めを」

『了解』

 

 返ってきた声は冷静で、頼もしかった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒のドレスを纏う女性が波の上に佇む。

 背後に従える艤装は双頭の巨人。

 その威容は、かつて聖杯戦争で見たバーサーカーを思い出させる。もっとも、体積だけならこちらの方が十倍以上あるだろうが。

 

 この敵の注意を自分に釘付けにすることが士郎の役割だ。

 士郎は周囲に待機させていた剣を女性(もくひょう)目掛けて解き放った。

 宝具は神秘の質としては殆ど最上級に位置する。強固な戦艦水鬼の『装甲』すら容易く突き抜けて――――

 彼女に命中する直前で巨大な腕に阻まれた。

 本体を守るように突き出された腕に連続して剣が着弾し、巌の如きそれを半ばから引き千切った。

 

(……弱い?)

 

 僅かに気が緩みそうになる。

 だが、その瞬間士郎は横っ飛びに回避した。さっきまで立っていた海面が、噴火したみたいに弾けた。

 巨人の肩から突き出た砲塔が一斉に火を噴いたのだ。

 その威力は今まで戦ってきた姫級と比較しても遜色がない。そして、千切れていたはずの腕も元に戻っていた。

 本体と思われる女性型は後方に下がり、静かに佇んでいる。独立した艤装が、戦闘の主体となるタイプなのだろう。

 

(修復が早い……。でも、何とかなりそうだ)

 

 判断は一瞬で。

 士郎は黒い巨人目掛けて剣の足場を跳躍する。

 

 当然、砲撃が襲いかかる。

 右肩の四連装砲からの斉射を掻い潜り、左肩の四連装砲からの斉射は、直撃弾だけを干将・莫耶で一呼吸に切り捨てる。

 爆発した砲弾が身を焼くが、我慢だ。軍服の裏に張り詰められた呪符のお陰で、思ったほど痛くは無い。

 

 こちらを追って連射される腕の副砲からも逃れきって、士郎は黒い巨人の腹下に潜り込んだ。

 

(やっぱり艤装の方には『装甲』が無い!)

 

 厄介な障壁を展開できるのは本体の周囲のみらしい。

 士郎は振りかぶった夫婦剣に渾身の力を注ぎ込む。

 

投影(トレース)――――狂乱(オーバーエッジ)――――!」

 

 黒と白の双剣が毛羽立った結晶に覆われ、長大な大剣に変化する。

 そのままそれを、古木の如き剛脚へ向けて振り抜いた。

 

■■■■■■――――!!

 

 片足を切り飛ばされた霊長型の巨人が、重機が軋むような声を上げてバランスを崩す。

 士郎は更に、頭上にある胴体目掛けて、限界まで延長した莫耶を跳ね上げた。士郎の記録に無いほどの刀身の延長。だが最も手に馴染んだ宝具の改造は、どんな剣を投影するよりも速く成った。

 いっそ小気味良いほどあっさりと、巨人の胴体は分断される。上半身は支えを失い、落下して水飛沫を上げた。残った下半身も、燐光を放ちながら暗い海に沈んでゆく。

 巨体故に、懐に潜り込むという戦法が非常に有効となったのだ。

 

「……あとは本体だけど」

 

 以前のレ級と比べて手応えがなさ過ぎる。

 そう思いながらも士郎は戦艦水鬼を視界に捉えて――――

 

『士郎さん後ろ!!』

 

 陽炎の声。

 半ば無意識に、『織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を展開した。同時に衝撃。

 

「なんだ――――!?」

 

 そこにいたのは、漆黒の狼だった。

 長い体毛が全身を覆い、サイズはたった今倒した霊長型の約半分。つまり10メートル程度だ。

 それでもこれほど巨大な哺乳類は、現代は愚か古代にすら存在しないはず――幻獣・魔獣なんかは知らないが。

 何より背中から伸びた長い砲座が、その正体を雄弁に語っている。

 

()()も、ヤツの艤装……」

「止まらないで士郎さん!いい的よ!」

 

 修復が完了した陽炎は、低い重心で滑るように航行しながら狼を射撃しつつ、通り過ぎていく。

 士郎は彼女に倣うように海上を疾走し、射線を避け続ける。

 狼はまるで陸上に居るかのような動きで陽炎を追いかけ、背中の巨大な砲塔で狙い撃つ。しかし陽炎は右に左に進路を変え、巧みに躱していく。時折機銃らしき小口径弾が直撃するものの、『装甲』や艤装に当たって火花を散らすだけだ。

 

「(流石だな……)」

 

 陽炎をフォローすべく狼を追いかけるが、両者とも俊敏で追いつくのが大変だ。ちらりと戦艦水鬼本体を確認すると、彼女の背後に新たな黒狼が控えていた。

 

「(また増えてる!?)」

 

 あれは戦艦水鬼に追加召喚されたのか、それとも別種の深海棲艦なのか。今の士郎では判断が出来ないが、これ以上増えると厄介だ。早く片方を処理しなければ、事故が起きうる。

 案の定、新しく出現した黒狼も背後からこちらを狙ってくる。

 

「(……遠坂の分析が早く終わってくれればいいけど)」

 

 そうしてしばらく戦闘が続いた。だが突如、状況が変化する。

 片方の狼が体ごと向きを変え、その砲塔が『かぜなみ改』に狙いを付けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 一方、甲板上にいた凛は新たな巨狼が出現する瞬間を見ていた。女性型の本体が命令を下すように腕を振った直後、あの巨大な狼が現れたのだ。先ほどの巨人といい、どちらも戦艦水鬼の自立した艤装なのだろう。

 

「多分周囲の『深海』から必要な分だけ(じぶん)を引き上げて実体化させてるんだわ!あのレ級とは全然違う戦い方ね……」

『リン!間もなくこちらは中枢艦隊と交戦距離に入りそうネ!ワタシ単独で突出する許可を!』

 

 独り納得する凛の元に、金剛からの要請が入る。金剛一人に負担を集中させたくないが、このレベルの敵を二方向から迎え撃って混戦になるのは拙い。

 凛は甲板上で艦載機を操っている鳳翔を呼ぶと、上空の直援機を一機呼び戻させた。そして自らの髪を一房切り取ると、布の小袋に入れて艦載機に括り付けた。

 

「金剛ごめん、お願いするわ。艦載機を送るから小袋を受け取って。少しだけ補助するから」

『All right!』

 

 海域浸透型と見られる戦艦水鬼と、金剛が向き合う中枢艦隊。どちらが『深海』の要なのかは分からないが、どちらかは『支点』の役割に近い準中枢個体だろう。片方を追い詰めることはもう片方の力を削ぐ事に繋がるはずだった。

 

 二体の黒狼型艤装を相手にする士郎と陽炎の元に、叢雲と電も加わりつつある。天龍と電はそれぞれの持ち場を守ったまま、時折本体を狙って砲撃を加えている。

 もちろん強固な『装甲』に阻まれてはいるが、注意を散らす事にはなる。

 

 そのうちに『かぜなみ改』は戦艦水鬼本体の周囲を、遠巻きに一周し終えた。

 

「(それにしても……)」

 

 凛は士郎を見ながら思う。

 彼は象二体分ほどもある黒狼を追いかけつつ、剣を撃ち込んで自分に注意を向けさせると、瞬時に背中の砲塔を切断して離脱した。後方から迫るもう一体の砲撃はほとんどを躱しつつ、一発だけ剣で受け流して軌道を曲げ、最初の個体にぶつけている。

 

 士郎はあそこまで強かっただろうか……。

 そんな感想を浮かべてしまう。投影した宝具、その所有者の技量をある程度再現しているとはいえ、少し記憶の中の士郎よりも強くなっている気がしたのだ。偶然上手く行っている、という可能性も無くはないのだがやはり頭を過ぎるのは……。

 

「……いいや、今気にする事じゃないでしょ私」

 

 頭を振って嫌な想像を振り払いつつ、状況を見守る。

 すると突然、士郎たちをを狙っていた狼が、『かぜなみ改』にその砲身を向けた。

 

「――――Anfang(セット)」 

 

 浮遊する十の宝石が輝き、凛を中心にして衛星のように廻る。

 そして『かぜなみ改』の左舷全てを覆う、40メートル近い魔術障壁が展開された。

 

「うわ……!」

 

 狼型の自立艤装は海上を疾走しながら連続して砲撃を撃ち込んでくる。

 衝突した砲弾は爆炎を撒き散らすが、この障壁は小揺るぎもしなかった。

 魔術に疎い龍驤や鳳翔でさえ、その規格外ぶりを肌で感じた。

 

 いくら遠坂凛が優秀な魔術師とはいえ、身に余るはずの魔術行使。本来ならば数人がかりか、もしくは時間を掛けて成立させる規模の大魔術だ。

 それを瞬時に実現出来たのは彼女の礼装に因る。

 

 『代理契約の慧石』(テンカウント・リプレイサー)

 瞬間契約(テンカウント)と呼ばれる冗長な詠唱を連発するための魔術礼装。十個の宝石から成り、それぞれが一小節*1分の術式を内包している。

 凛はこれを同時に起動させ、全ての術式を束ねることで瞬間契約(テンカウント)を一小節以下の速度で強引に成立させていた。

 

 第五次聖杯戦争に於いて、彼女は自分を超える魔術の才能に二度遭遇している。

 一度目はイリヤスフィール。

 二度目はサーヴァント・キャスター。

 共に規格外。真っ当な人間が正面から魔術戦を挑んでも、勝ち目が無いのが当たり前。そんな存在だった。

 だが凛には、それを悔しいと感じられる程度の素質はあったのだ。雲の上の存在として仰ぎ見るのでは無く、いつか手を届かせてはたき落としてやる!と心の中で誓った彼女は、仇敵――もうこの世には居ないのだが――を模倣することから始めた。

 

 ――イリヤスフィールは自立して魔力生成まで行う使い魔を、自らの髪から生み出していた。

 ――キャスターは、秘蔵だった宝石を惜しみなく使い潰さなければ対抗できないほどの大魔術を一工程(シングルアクション)*2並の速度で連発していた。

 

 それらを断片的にでも再現しようと試み、紆余曲折を経て辿り着いたのが『代理契約の慧石』(テンカウント・リプレイサー)だった。

 凛からしてみれば優雅さの欠片も無い未完成品であり、調子がいい時でも三連続での行使は魔力切れによってほぼ不可能だった。

 

 ――そう、()()()のだ。

 この不熟な魔術礼装は、無尽蔵の魔力供給を可能とする宝石剣と、とても相性が良い。その事実が判明した時、衛宮士郎は、時計塔在学中に二つの礼装が揃わなかった運命に感謝した。揃っていたら現代魔術科(ノーリッジ)の講堂は原型を留めていなかったに違いない。

 結果として現代魔術科学部長の胃は致命傷で済んだ。胃痛を完治させる魔術薬の開発が待たれる。

 

「――――!今……」

 

 障壁を維持しながら観察に徹していると、戦艦水鬼が追加で自立艤装を出現させようと腕を振るうのが見えた。

 しかし、彼女の隣の空間は一瞬ノイズが走ったように揺らいだだけ。予想外だったのか、不思議そうに首を傾げている。

 

「仮説の裏付けにはなった。……とは言ってもねぇ」

 

 海域浸透型は『深海』全体が本体であるという仮説。例えるならば菌糸類……キノコのようなものだ。

 あれらの本体は土の中に網のように大きく広がり、その一部分から地上に子実体(キノコ)が形成される。

 だから浸透型の深海棲艦に致命傷を与えたように見えても、海の下に余力を蓄えていると考えられるのだ。

 

 今回凛は、宝石剣を使い大量の魔力で戦艦水鬼の周囲の『深海』を彼女から切り離した。その結果が今起きた自立艤装の追加召喚失敗。効果は確かに出ているのだ。

 

「(でも毎回こんな悠長な手段はとってられない……)」

 

 海域浸透型の奇襲を警戒するあまり、常時宝石剣で魔力を垂れ流しにするのは流石に無理だ。凛自身の魔術回路が壊死してしまう。

 

「(何かしらの感知手段が要る)」

 

 丁度その時、観察を続ける凛の視線の先で海面が沸き上がるように盛り上がり、新たな巨狼と双頭の巨人を、それぞれ象った。

 

「そんな……まさか力業で?」

 

 海中深くから霊力を大量の海水ごと移動させて、凛が海面に敷いた魔力の層を突き破って実体化させたのだろうか。凛の魔力と混ざって干渉するだろうから効率は良くないだろうが――――

 

『遠坂!様子見もそろそろ限界だと思う!』

「……そうね。ちょっとだけ対策も見えてきたかもだし、固有結界で撃破を狙ってみてくれる?令呪でバックアップするから」

『了解だ』

 

 とは言っても、今の状況で無限の剣製の詠唱は難しいだろう。

 取り巻きの自立艤装たちは士郎や艦娘たちに任せるとして、と短く考え、凛は本体の足止めを担うことにした。

 

一番から八番(Ersten zum achten)尚廻れ(Halten Sie es.)九番は(Neun)轍を刻み(es ist eichnen.)十番は(Noble wind)影を届けよ(Liefern die Schatten.)

 

 魔術障壁を維持したまま、並列思考で別の術式を準備する。衛星のように凛の周囲を回転する宝石のうち、二つが軌道から飛び出した。

 凛は左手に宝石剣を携え、空いた左手の指で指し示すように宝石たちを導いてゆく。九番目の宝石が周囲の甲板上に術陣を刻むと、十番目は連動して海面上にサークルを投射した。その中心から、架空の炎が立ちのぼる。

 

「遙かなる霜の毒蛇。常世取り巻く大いなる呪い。汝、燭台の灯を頼りに、忘却より遠き果てより戻り来よ。」

 

 それは、意外にも召喚の一種。降霊科(ユリフィス)が得意とする分野。

 

「――――奔れ、世界蛇の斜影(ミドガルズ・シャドウ)!」

 

 海面から水塊が柱のように伸び上がった。蛇行し波打ちながら、意思を持った大蛇のように戦艦水鬼へと伸びてゆく。

 礼装の内の僅か二つを補助に、魔術障壁と並行して構築された大魔術。動き回る対象を捕縛するための、『世界蛇の口(ミドガルズオルム)』の亜種となる術式だった。一説では、遙か神代に存在した世界蛇を数億分の一の規模に落として召喚しているのでは、等と言われているが、真偽のほどは勿論定かでは無い。

 

 しかし敵は海上での行動に最適化された存在。

 追い詰めたように見えても、次の瞬間には大きく離脱している。それだけでは無く配下の自立艤装たちが、一斉に『かぜなみ改』に集中砲火を浴びせた。

 

「く……この!」

 

 『世界蛇の斜影(ミドガルズ・シャドウ)』を操り直撃させようとするが、『かぜなみ改』を守る魔術障壁の維持にも気を配らないといけないため、精密な操作が利かない。

 歯噛みする凛だったが、一発の砲音が響いた。突如として戦艦水鬼の右腕が破裂する。

 

 戦艦水鬼だけで無く、凛までも驚きに目を見張った。本体を守る強力な『装甲』を、駆逐艦の一撃が貫いたからだ。瞬く間に腕は再生してしまったが、一瞬動きは止まった。

 砲手は叢雲だった。彼女は無線で仲間に呼びかける。

 

『効いた!秋津洲謹製の特殊砲弾、今が使いどころみたいよ』

 

 それを聞いた陽炎はスカートのポケットを探りながら、もう片方の手首のスナップで、その手に握る砲塔のカバーを開く。

 

「いや、忘れてたわけじゃ無いけどね……」

 

 ライフル弾ほどの大きさのそれは、陽炎の主砲口径に合わせた物質/霊質の複合弾。手持ちに三発しかない貴重なそれを一発だけ素早く装填すると、再び手首を振ってガチっとカバーを閉める。その様子はまるで中折れ式の銃を扱っているかのようだ。

 陽炎は、凛の操る水の蛇から逃れ続ける戦艦水鬼に軽く狙いを付けると、躊躇無く引き金を引いた。

 

 ――カァン!

 

 砲弾が『装甲』を貫通する心地よい音が鳴って、左目付近に命中する。後頭部から抜けていった弾は、顔の左上付近をごっそりと削り取っていた。

 

「……げ」

 

 快哉を叫ぶ間もなく、敵の注意が陽炎に集中した。こちらを睨み付ける顔も、直ぐに喪失部が再生しつつある。

 だがその隙を、凛は見逃さなかった。

 水の蛇がその口を限界まで開けて、戦艦水鬼を丸呑みにする。のみならず、締め付けるように何重にも巻き付いて、巨大な球体を形成した。

 戦艦水鬼を内側に捕らえた水の檻が、5メートルの高さに浮いている。中で藻掻く戦艦水鬼だが、中心部から動けないようだ。

 

「おおぉ……凄く魔法だ……」

 

 ついそんな感想を漏らしてしまう陽炎。士郎のような無骨な魔術では無く、イメージの中にあった古典的な魔法使いが使いそうな魔術を目の当たりにして、純粋に感動していた。

 

 一方で凛は、右腕に並ぶ令呪の一画を紐解いていた。

 

「士郎、令呪預ける」

『――――』

 

 返事は無い。代わりに士郎の中にある凛の一部(こくいん)が、強く脈打つのを感じた。

 士郎の意識は既に自己の内側へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 士郎にとって詠唱とは、自己暗示に近い。

 自分の心を形にしていく上での確認手順。

 

――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)

 

――Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で心は硝子。)

 

 だから、明確な声として出力することは必須では無い。

 

――I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗。)

 

 自己の内に沈み込みながらも、耳と目で外の情報をさらう。

 遠坂は、見事に戦艦水鬼本体を拘束している。お供の巨大な狼も、陽炎や叢雲に意識を向けている。

 それでも念を入れて織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を広げながら、士郎は戦艦水鬼に近づいていく。

 

――Unaware of loss.(ただ一度の敗走もなく、)

 

――Nor aware of gain.(ただ一度の勝利もなし。)

 

「衛宮士郎!固有結界には私と陽炎が同行するから!取り残さないでよね」

「まじか、なんか緊張する!」

 

 砲音の合間に聞こえる叢雲の声に、目で頷いて返す。

 

――Withstood pain to create weapons,(担い手はここに独り。)

 

――waiting for one's arrival.(剣の丘で鉄を鍛つ。)

 

――I have no regrets.This is the only path.(ならば我が生涯に意味は不要ず。)

 

 陽炎の一撃が、狼型の頭部を破壊した。これで取り巻きはもういない。

 しかし、宙に浮く水の檻に向けて、海面からどす黒い海水が大量に迫り上がっていく。まるで囚われた戦艦水鬼を解放しようとする亡者の群れだった。

 海域浸透型の体の一部である黒い海水は水の檻を浸食していき、遂に檻が破られると思われたその時。

 衛宮士郎の詠唱が完了した。

 

「――――My whole life was "unlimited blade works"(この体は、無限の剣で出来ていた。)

 

 火線が奔る。

 彼の心象が、再びこの世界を浸食する。

 

 

*1
一つの事柄を自身の中で固定化する

*2
魔力を通すだけで魔術を起動させる




実験的に三人称視点っぽく書いてます
読みにくかったら教えてください

ゾイドではコマンドウルフが好きです
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