正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第32話 オロルク環礁中枢艦隊

 海水の球体に封じ込められた戦艦水鬼と共に、士郎の姿が海上から消失する。叢雲と陽炎の姿も忽然と消えている。

 

「……よし」

 

 固有結界の発動は成功した。

 一先ず安堵しつつ、凛は視線を西へ――先頭の金剛と雷が中枢艦隊と交戦中――向ける。

 『かぜなみ改』の左舷を覆っていた魔術障壁を解除して、咽頭マイクを押さえながら指示を出してゆく。

 

「固有結界による分断が成功した。天龍と電は金剛たちの支援に急行してくれる?龍驤鳳翔は引き続き敵攻撃機の漸減と索敵を」

『了解』

 

 各位の返答が重なった。

 

 

 

 

 

『正義の味方が着任しました。』

『第32話 オロルク環礁中枢艦隊』

 

 

 

 

 

 

 陽炎が目を開けると、世界は一変していた。

 

「うっわぁ……」

 

 彼女も話には聞いていたが、実際に体験するのとは衝撃度合いが違う。視覚で、嗅覚で、足元に伝わる平衡感覚で、世界が変革したことを実感させられる。

 しばし己の目的を間忘れそうになったところで、鋭い声が小さく響いた。

 

『私たちでヤツの注意を引く!衛宮士郎は限界まで距離をとって狙撃に徹して!これ以上あんたに体を張らせるワケにはいかないわ』

 

 一瞬で現実に引き戻った陽炎は、戦艦水鬼を見つけると、いち早く地を駆けている叢雲に続くように走り出した。

 振り返りながら言葉を残す。

 

「私も賛成よっ。長距離専門に先鋒を任せたんじゃ榛名さんに怒られちゃう」

『……分かった。気を付けてな、二人とも』

 

 迷いながらも一歩後退した士郎は、心配そうな、苦しそうな表情をしていて、それが陽炎にはなんだか可笑しかった。

 

(さて、気合い入れてくわよ陽炎)

 

 気を引き締めて、自らのギアを二段階くらい引き上げる。艤装を現状に適した形状に組み替える。

 雷装は陸上なので……一応一本分残して、残りは砲戦力3で機動力7くらい。とにかく被弾を抑えて撹乱に徹するつもりで、足回りと背中に重点的に艤装を展開する。

 深海棲艦との戦闘で『走る』というのはかなり違和感があったが、文句は言ってられなかった。今ここで順応するしか無い。

 

 漆黒のドレスを纏う戦艦水鬼は、ようやくこちらに意識を向けたようだ。

 と、彼女の周囲に黒いノイズが広がる。そこから、一瞬で五体もの自立艤装が出現した。

 10メートルほどの狼型が三体。

 一般的なプレハブ一戸建てを超えそうなサイズの双頭の巨人が――形状だけなら戦艦水鬼の一般的な艤装だ――二体。

 『深海』から切り離されて尚、力の底が見えない。

 

 前を行く叢雲の背中から翼状に光が吹き出した。

 彼女も出し惜しむつもりは無いらしい。それほどの、普通だったら心が折れそうなくらいには大きな戦力差。

 

(まあ、なんとかするしかないか。士郎さん……副司令にかっこ悪いとこ見せらんないし)

 

 そうして、激戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 固有結界が展開される少し前。

 金剛は、敵中枢艦隊と砲撃戦に入っていた。

 水平線の向こうから幾条も、赤い尾を引いて砲弾が落ちてくる。至近距離に着弾した一発が音と大量の飛沫を撒き散らし、五感を狂わせる。それでも彼女は顔色一つ変えず、その長大な主砲は射撃と修正を繰り返し続ける。

 彼我の距離は7000。後ろからついて来ている雷も、そろそろ砲撃の準備を始めているだろう。

 先ほど彼女らの頭上を、鳳翔たちの艦上戦闘機が過ぎ去って水平線に消えていった。未だ中枢艦隊の姿は見えずとも、敵の艦載機――こちらの戦闘機から逃げ延びた奴ら――はこちらへ向かってくるのが見えている。観測機も含まれているのか、先ほどから敵の狙いはかなり正確だ。

 

 

 と、後方の『かぜなみ改』の方向から艦載機が一機、金剛目指してやってきた。

 金剛に凛からの声が届く。

 

『受け取って』

「Okay!……はい、確かに」

 

 投下された小袋をキャッチする。役目を果たした艦載機は、『かぜなみ改』の直援へと帰っていった。

 

『小袋を前にかざしてみて』

 

 砲撃を続けながらも、金剛は言われた通りにした。

 すると小袋が発光して、幾何学的な紋様が周囲に描かれていく。魔法陣で出来た大楯(タワーシールド)のように広がったそれは、全く質量を感じさせなかった。

 

「盾……?」

『障壁を三層構造にしてみました。原理的には徹甲弾も防げるけど、同じ位置に連続して被弾すると突破されるかも。まあ壊れても術式と魔力は随時供給していくから』

 

 なんだか随分と凛の支援能力が上がってるなぁ、と言う感想を心の中に留めておく金剛。

 魔術師の戦闘で一番重要なのは準備段階だと凛は言っていたが、なるほどその通りらしい。

 

「――――」

 

 金剛は自身が纏っている不可視の『装甲』を全解除すると、大楯を前面に押し出して被弾を待つ。

 程なくして一条の光弾が金剛目掛けて落ちてくる。直撃弾というのは慣れればある程度見分けがつくのだが、今回も直感的に“当たる”と分かった。

 

 爆炎と衝撃波が吹き荒れる。

 『装甲』ゼロの無防備状態だったため、無傷とはいかなかった。なにより敵は強力な姫級、或いは水鬼級なのだから。

 だが、損傷はすぐに修復できる程度。大楯を保持する手も無事だ。

 

「スゴい!かなり消耗を抑えられそうヨ、リン」

『良かった、じゃあ……』

「そういうワケで雷、パース」

 

 金剛は隣に追いついてきた少女に、盾を形成する小袋を投げ渡した。

 

「え!わ、わたし?」

「いえす。雷は高機動だけど修復が遅いから、まさに適格デショウ。活躍を期待しマース!」

「金剛さんと叢雲の修復が速すぎるだけよね、それ……。ともかく、そういう事なら任されたわ!いいかしら司令官?」

『ええ、よろしくね。その小袋を起点にして攻撃支援も出来るから、必要なら連絡して』

「はーい!」

 

 雷はしげしげと大楯状の魔法陣を眺めると、むん!と気合いをいれて前を向く。

 

「先ずはあの敵機をやり過ごして……前に出るわ!頑張って盾になるから、敵の撃破はお願いね」

「任せてくだサーイ!」

 

 多分艦娘のなかで、一番勇気が要るのが駆逐艦だ。魚雷も主砲も、他の艦種に比べて射程が短く、それ故に敵の眼前まで肉薄して攻撃する。主力たる空母や戦艦を守るために一番危険な位置で戦うのが彼女たちだ。“駆逐艦(あの子たち)は私たちの誇りです”と、かつて微笑んでいたのは誰だったか。

 

(期待は裏切らないし裏切れない)

 

 彼女の精神活動に呼応するように、艤装に瑞々しい力が浸透していく。

 彼方から敵艦隊の情報を伝える観測機・偵察機との情報連結にも、ノイズ一つ感じられない。

 

 そうして放たれた一撃は遙か水平線の向こう、南方棲戦姫の『装甲』をぶち抜いて左の砲塔を爆散させた。

 手始めにこちらが有効打ひとつ。

 

「さあ、削り合いまショウ」

 

 

 

 

 

 

 無数の砲弾が、絶え間なく飛び交う。

 最大戦速で航行する金剛の直ぐ横を、小舟程度なら跡形も無く消し飛ばしそうな威力の砲撃が抜けていく。

 かと思えば徹甲弾が三発連続して着弾し、『装甲』が消し飛ばされて右の砲塔群と片腕を失った。

 

(止まるな)

 

 顔にかかった自らの血飛沫と海水に少し顔を顰め、破壊を免れた左側の砲塔からこちらも徹甲弾を、敵の未来位置に斉射する。既に長距離用の列車砲型から通常型に戻していた。

 戦艦タ級に直撃し、頭部を失った胴体が仰向けにひっくり返るのを確認する。

 

(これで雑魚は終わり。後は……)

 

 艤装や腕が修復されるのを感じつつ、右に舵を切る。

 再生力が高いので、取り巻きを処理するまで反撃を我慢していた本命が視界に写る。

 戦艦水鬼と南方棲戦姫が合わせて三体。先ほどから雑魚処理に専念していた金剛を、何度も大破させてきたのが彼女たちだ。

 今こちらに意識を向けているのは南方棲戦姫のみで、戦艦水鬼二体は霊長類型の自立艤装を走らせて、雷を追い立てている。

 機動力でのみ勝る雷は、自身から300メートル以内に自立艤装を近寄らせないように逃げ回っている。

 時折、雷が被弾して爆炎に包まれる度に心臓が縮むが、煙を裂いて出てくる彼女は未だ継戦可能な状態だ。

 

(最高のアシストデス、リン。……でも今のままでは防御で手一杯か)

 

 こちらを猛追してくる南方棲戦姫。

 真っ赤な瞳に、肌と同じように真っ白の豊かな髪を、ツインテにした可愛らしい少女。

 両腕が自分の身体よりも大きな艤装と化し、グロテスクな形状になっているが、それはそれで悪くないと思う金剛だった。

 

 そんな南方棲戦姫を無視するように、雷を狙って自立艤装をけしかけている戦艦水鬼の片方目掛けて、全砲門を解き放つ。

 十二発のうち十一発が命中し、戦艦水鬼の膨大な『装甲』が飽和して数発が本体に突き刺さった。

 

 戦艦水鬼の注意が、明確にこちらに逸れる。と同時に無視された南方棲戦姫が怒り狂ったように凶弾を撒き散らした。

 あらかじめ予測していた金剛は急転換し回避行動に移るが、それでも二発の砲弾に打ち据えられ、今度は左足を失った。中破。

 バランスを崩し、海面を転がる。

 そんな金剛に、10メートルまで接近した南方棲戦姫が狙いを付ける。両腕の艤装が、破裂しそうな風船のように大きく膨張して。

 金剛の『装甲』すら容易く貫く砲撃が、ショットガンのように一面に散布される。

 

(――――ここだ)

 

 果たして南方棲戦姫は、何が起きたか理解できただろうか。

 気付ば彼女は、両腕の艤装を打ち砕かれて宙を舞っていた。

 

 二秒間だけの『星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)』発動。その一瞬で金剛は、大破状態からの回復、砲撃で敵の『装甲』と艤装を破壊、思い切り殴り飛ばす、という一連の流れを行ったのだ。

 ガチっ、と音をたてて、まだ南方棲戦姫が空中にいる間に、主砲の再装填が完了する。

 

「通信機器は多分その辺――――」

 

 艤装右舷の六門で首と頭部を狙って斉射、電探などの破壊を狙う。だが『装甲』の回復が早く、ほとんどが弾かれた。海面に着水した南方棲戦姫の頭部を見るに、それでもある程度ダメージは通っている。結わえていた髪が解けて、純白のロングヘアが広がった。

 

 反撃の隙を与える気は無かった。敵が艤装を失っている間にたたみ掛けようと、金剛の左舷の六門が火を噴く。だが――――

 

「――――!」

 

 飛び込んできた南方棲戦姫の手が、こちらの左肩を掴んで横へ逸らしていた。

 驚く金剛に対して、南方棲戦姫は裂けるように笑う。

 そのまま圧倒的な膂力で、空高く放り投げられる。下では南方棲戦姫が、両腕に艤装を取り戻していた。

 

(ああもう!余計な消耗が……!)

 

 内心でごちながら、彼女の視界が薄紫色に染まる。再度の『星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)』によって思考すら加速した状況で、全十二の砲門を眼下の敵へと向ける。

 再装填が完了した瞬間に全門を解き放つ。

 金剛と南方棲戦姫の中間で、互いの砲撃が相殺し合う。

 

(ラッキー!まさか上手くいくとは――――)

 

 着水した金剛は、砲を南方棲戦姫へ向けつつ彼女の射線を避けるように高速で回り込む。

 当然、南方棲戦姫は回り込んでくる金剛を照準に捉えつつ、馬鹿げた威力の砲撃を放ち続けた。

 左足の魚雷発射管からは連続して魚雷が放たれ、30ノット近い速度と微弱な追尾機能で金剛を追い込もうとしてくる。

 

■■■――――!?

 

 唐突に南方棲戦姫の『装甲』に衝撃が奔った。次いで周囲の海面に大量の水柱が立つ。

 南方棲戦姫の意識外の方角から、砲弾の雨が降り注いだのだ。

 彼女が意識を砲弾の飛来先へ向けると、いつの間にか二隻の新手――天龍と電――がこちらへ急行しつつあった。

 どちらも砲撃の威力は重大な脅威になるレベルにはない。彼女の意識が逸れたのは一瞬だけだった。

 

 そしてその一瞬で、金剛は突然、()()()()()()()()()()()()()()()に切り替える。

 砲撃も魚雷も置き去りにして、その姿が南方棲戦姫の視界から消えた。

 

!?……ッ

 

 驚愕する南方棲戦姫の後方15メートルから、大量の砲弾が浴びせられる。凛との模擬戦でも見せた瞬間移動じみた機動力は、南方棲戦姫の反応速度を完全に振り切った。

 金剛が一瞬前に存在していた海面が、遅れて爆発する。

 

 振り向いた南方棲戦姫が、金剛の追撃を察知して手を前へ突き出す。危機感の促すままに、姫級としての全霊力が『装甲』へと注がれた。

 対して金剛が放ったのは、十二ある砲門のうちの一門だけだった。

 南方棲戦姫へと突き進むその砲弾は、

 

 最大展開された『装甲』をまるで紙のように食い破り、突き出された腕を艤装ごとズタズタに砕いて抜けていった。

 

 物質/霊質の二つの性質を併せ持った複合弾。

 一つだけ所持していたそれが、見事に本来の役割を果たす。

 貴重な複合弾を消費する以上、金剛はここで勝負を決める気でいた。

 

 欠けた肉体を補填しようと南方棲戦姫の意識が右半身に向いた瞬間に、『装甲』に残り全弾を叩き込む。

 手薄になっていた『装甲』が解けて、亜音速で跳び込んできた金剛の手が、真白な南方棲戦姫の足首を掴んだ。それでも速度は落ちず、海上を波飛沫を上げて引き摺ってゆく。

 そのまま雑巾でも振り回すかのように南方棲戦姫を振り回し、海面に叩き付け、主砲の装填が完了したそばから撃ち込んでいく。

 途中、前後不覚の中で南方棲戦姫が乱射した砲撃が、掴んでいた金剛の腕を吹き飛ばしたが、彼女はノータイムで逆の手で掴み直し、凶行を継続した。

 

 数分間に及ぶ暴虐の後に、南方棲戦姫は力を消費し尽くして消滅した。どこか憮然とした表情をしていた彼女に、軍艦的には不格好な戦いになったことを内心で詫びつつ、金剛はすぐに意識を切り替える。

 

「――――無事デスカ雷!?いま支援に……」

 

 雷が戦艦棲姫二体を引きつけてくれたお陰でこちらは何とかなったが、彼女は無事なのか。

 金剛が雷の戦っていた方向に視線を向けると……

 

 ――――光が、海面を薙ぎ払った。

 

「……は?」

 

 雷に手が届きそうなほどに接近していた霊長類型の艤装。その一体が真っ二つに切断されて、巨大な残骸が宙を舞う。

 金剛は勿論知らなかったが、その光は形容するならば『エクスカリバーの小型版』、とでも言うべきものだった。

 そしてその光は、雷が手に掲げる魔法陣から飛び出したものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐさま遠隔地の毛髪(分体)に念じて、雷を守る大楯を再展開しつつ、凛は問いかける。

 

「どう、雷?上手く当たった?」

『――ごい!なんか――く効いてる――わ!』

 

 戦闘音が酷くて上手く聞こえないが、効果があったということはなんとなく伝わった。

 

「戦艦棲姫の艤装、大破状態です。……あ、金剛さんが止めを」

 

 艦載機を通して雷や金剛を見ている鳳翔が、状況を補足してくれる。

 ちなみに彼女は先ほど龍驤と共に、迫り来る敵艦爆を『かぜなみ改』備え付けの12.7mm単装機銃(魔術改修)で撃ち落としてくれていた。これが思ったよりも効果的で、先行していた天龍・電の対空射撃と併せた結果、全ての艦爆が接近される前に散っていった。

 

 凛は次に備えて宝石剣を振るう。

 穴を穿つのは雷の周囲。並行世界から引き出した魔力を束ねて、彼女が手に持つ小袋から発射する。

 自身の身体の一部が存在するため、遠隔での魔術行使でも問題なく行える。

 

『――司令官、今!』

Eins(接続)zwei(解放)RandVerschwinden(大斬戟)――――!」

 

 船上から見える水平線近くに、白い極光が瞬くのが見える。

 

「も、もう一隻の艤装も大破……いえ、撃破ですね」

「油断は出来んけどね。仮にも中枢艦隊の姫が、艤装が壊れただけで戦闘不能……とはならんしなぁ」

 

 凛は二人の発言に頷く。

 

「そうね。それでも金剛が一体を完全消滅させてくれたから、余裕が出てきたわ」

 

 このまま皆で追い込んでいけば、遠からず勝てる。

 

「どうやら先に片が付くのはこっちみたいね、士郎」

 




星幽体駆動形態の時に、視界が薄紫色に染まる、とありますが一応この『色』には理由があります。
……魔術的な

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