正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

35 / 56
第33話 羽化

 無限の剣が突き立つ大地。

 それが衛宮士郎の固有結界だ。

 

 本来ならば剣の墓場、或いは廃棄場のような荒涼とした世界。

 そんな世界は今、地獄のような狂騒に満ちていた。

 

「――――っ」

 

 時間が経つほどに近づいてくる限界を感じ、焦燥しながらも力を振り絞り、縦横無尽に戦場を駆ける陽炎と叢雲。

 二人に対してありとあらゆる方向から、無秩序に砲弾が撒き散らされる。

 

 彼女らを追い立てるのは、黒鉄色の殺戮兵器。聳え立つ巨大な自立艤装たちの群れ。陽炎を狙うのは三体。叢雲は四体に狙われている。

 直撃すれば一発で致命傷になり得る大口径砲が剣と砂塵を吹き散らし、その数倍以上の機関砲が赤い射線で空間を塗り潰している。砲撃音は一発ごとの区別が出来ないほどに重なり、もはや五月蠅いと感じることすら無い。

 

 絶対に当たってはいけないのが大口径の主砲だ。

 陽炎は右前方からこちらに狙いを付けた霊長類型の主砲を急減速して躱す。その隙に左後方から食い千切ろうと飛び掛かってくる巨大な狼型に対しては、反転して腹下に滑り込んでやり過ごす。

 股下を抜けつつ、起き上がりざまに両足の主機の回転と背中のバーニアからの噴射を使い、残像が残るほどの急加速で離脱する。

 

()……っ」

 

 それでも二発被弾した。

 ただの機銃の一発一発が、陽炎の『装甲』を貫く程の脅威だった。

 幸い艤装も身体も欠けていなかったが。

 

 一瞬だけ視線を叢雲に向ける。

 背中から吹き出す炎とも電気ともつかぬ光が、砲弾の嵐の中で彼女の軌跡として輝いている。

 交戦開始後すぐに全霊力を回避に費やした陽炎と違い、叢雲は少しだけ余裕があるのか、時折砲撃を敵に対して返している。

 それでも百発撃たれて一発撃ち返すといった程度で、自立艤装の一体を中破させることすらままならない。

 

 陽炎はなるべく全ての敵を視界に収められるような位置へ移動しつつ、ただ逃げ続ける。

 しかし狼型はこちらの狙いを理解しているように、長大すぎるストライドで距離を詰めて、しなやかな機動で背後に回ってくる。

 

「くそっ」

 

 陽炎は慌てて方向転換し、狼型の巨大な図体で他の敵の射線を塞ごうと、脚力とバーニアを併用した変則的な機動で回り込む。

 一呼吸、体勢を整えるだけの間、敵の砲撃が弱まればいい。そう考えたのだが。

   

「!?」

 

 大量の砲弾が、絨毯爆撃のように襲いかかっていた。

 同士討ちを一切躊躇しないどころか、狼型を貫通してでもこちらを潰そうとしてくる。

 

(そういや自立艤装(コイツら)全部、戦艦水鬼の手駒か……)

 

 同士討ち(フレンドリーファイア)など気に留めるはずも無かった。

 奇跡的に艤装や急所は無事だったが、咄嗟に身体の前に突き出した右手の指が無残にも折れ曲がっていた。

 陽炎はすぐさま最大戦速で離脱する。

 

(大丈夫。まだなんとか逃げ続けられる)

 

 次第に被弾は重なっていく。

 太股を擦過し、背面の艤装に破孔が生じ、左肩を機銃で撃ち抜かれる。金剛や叢雲と違い、陽炎の修復速度では損傷は増す一方だ。

 

(耐えろ。頑張れ。大丈夫。だってこっちには――――)

 

 その時、二人に対し短く無線が入った。

 

『二秒後。範囲20』

 

 陽炎はハッとして、戦艦水鬼本体の位置を把握する。大丈夫、300メートルは離れている。

 そして遙か後方から、流星の如き一条の光が駆け抜けた。

 

 音速の6倍にも達するそれは、宝具の種類によっては最新鋭のイージスシステムにすら防ぎ得ない、極超音速滑空の一撃。射線上にいた狼型をついでとばかりに貫通し、爆散させながら、戦艦水鬼に直撃した。

 ドンッ、とおかしくなりかけた耳にすら一際大きな爆音が響く。

 直撃を受けた戦艦水鬼を中心に、ドーム状に爆発が広がる。その範囲は半径20メートルほど。科学兵器とは違うその爆発は、巻き込まれれば艦娘でも恐ろしい目に遭うだろう。

 一発で戦局を覆しそうな攻撃を放ったのは、もちろん衛宮士郎だ。丘陵地形の陰になる遙か後方から、宝具を『壊れた幻想』として使い捨てていく。

 

 戦艦水鬼の身体は幾つもの肉塊に千切れていた。

 地面に撒かれた身体の破片が蠢き、ゆっくりと繋がっていく。

 

『次弾25秒後。範囲40』

 

 再び士郎の声が届く。

 つまり、また25秒後まで耐えれば、戦局をひっくり返す一撃が到来するのだ。

 それまでの間、陽炎と叢雲は死なないように逃げ回りつつ、士郎の元へ敵が向かわないよう適度に注意を引く。

 

 さっきの一撃で生じた僅かな時間で、陽炎の受けた傷も多少は修復出来ていた。

 これでまたしばらく、逃げ回ることが出来る。叢雲に負担が集中しなくて済む。

 

 確かに叢雲なら、陽炎抜きでもこの地獄に留まり続けられるだろう。

 大破した艤装も、破断した身体も、急速に修復されるのだから。

 

(でも)

 

 それでも、自分も同じだけのリスクを払いたい、と陽炎は思う。

 叢雲も金剛も、確かに強い。砲戦力も、防御性能も、修復速度も、あらゆる能力が陽炎たちを上回る。

 だが、だからこそ一番傷ついてきたのも彼女たちだ。

 

 自分たちは無理が効くからと、いつも前に出て、最近では手足が千切れるような損傷でも顔色が変わらないこともあった。

 まるで、そんな事にはもう慣れたとでも言うように。

 

(嫌だな……)

 

 そう思った。

 例え力が及ばなくても、あの二人と同じ視点が欲しい。

 勝手に代償を支払って、私たちを置いていかないで欲しい。

 私たちだって、同じだけ苦しんでもいいばずだ。同じ艦隊の仲間なのだから。

 そんな事を考える。

 

(なんて、私のキャラじゃないけど。それに……)

 

 戦艦水鬼に目を向ける。

 彼女は憎悪に濡れた目で、新たな艤装を追加生成しようとしている。

 絶えず流れ込む負の感情に苛まれ、その矛先をヒトに向ける。それが深海棲艦だ。

 

(金剛さんじゃないけど、私だってあの子らに救いがあればいいなと、思ったことがないわけじゃない)

 

 もっと自分にも力があればいいのに、と金剛に零したこともあった。

 すると彼女は、少し考えてこんな事を言ったのだ。

 

『ネー陽炎、ワタシたちがこんな姿で、再びこの世界に生まれたのは、何故デショウネ?』

 

 唐突な話題に首を傾げる陽炎に金剛はこう続けた。

 

『その意味を探し続けることが、ワタシたちにとって多分一番大事なの。もしかしたら、戦うための力よりも。だって()()()()()()()()()()()。』

 

 その時は分からなかった言葉の意味も、今では少しだけ分かる気がする。かつての駆逐艦陽炎に無くて、今の艦娘陽炎が持つもの。

 陽炎は残り少なくなった余力(ねんりょう)を確認して、今一度覚悟を入れ直す。

 

「あんたはここで絶対に止める(助ける)

 

 その声に応えるように、彼方からの流星の一撃が、再び戦艦水鬼を撃ち据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎は意識的に、冷たく凪いだ湖面のような精神状態を維持しつつ、遠距離からの狙撃に徹していた。

 先ほどから陽炎と叢雲は、己が身を磨り減らすような戦いを続けている。

 意識の表層に浮かぶ焦りを、努めて押し止めながら狙いを定め、手前の霊長類型と奥の戦艦水鬼の二敵を纏めて貫く軌道で放つ。

 

「――――赤原を征け、緋の猟犬」

 

 解き放たれた猟犬に対して、弾着観測は必要ない。必ず中る、そういう宝具だ。

 代わりに陽炎と叢雲の周囲の状況を確認し、次弾の射撃タイミングを無線で伝える。

 

 これで四発目。

 戦艦水鬼を四度破壊し、取り巻きの自立艤装も三体潰したが、敵は尚も新たな自立艤装たちを生み出し続けている。

 

「……どれだけ体力があるんだ」

 

 思い当たるのは“無限の剣製”発動の直前。

 凛の魔術で拘束されていた戦艦水鬼に、海面から大量の黒い海水が競り上がってきていた。

 

「あの力をギリギリで体内に格納した……か?」

 

 そうだったら、外部から隔絶したこの世界に於いて、この底無しっぷりも頷ける。

 そして、ありったけの力を格納しているということは、結界の外の『深海』は幾らか弱体化しているかもしれないということ。

 中枢艦隊を相手取る金剛たちも、多少はやりやすくなっているはず。

 そして『深海』の要石とも言える中枢艦隊を倒せば、それは『深海』の弱体化、ひいてはこの戦艦水鬼の弱体化にも繋がるだろう。

 その時こそ、この海域浸透型を消滅させる好機。

 

「……頼む、叢雲、陽炎。それまでなんとか耐えてくれ」

 

 士郎の視線の先では、二人の少女がその服を、髪を、己の血で赤く染めながら戦い続けている。星幽体駆動形態が使えない陽炎も、驚異的な粘りを見せていた。

 溶岩のように流れ出しそうな怒りも焦りも、全ては不要だと剣製のための炉にくべて、士郎は(つが)えた剣に魔力を充溢させていく。

 

 

 

 

 これほど時間が経つのが遅いと感じたことは久しかった。

 駆逐艦二人が死に物狂いで稼いだ時間は、間もなく300秒。その間に戦艦水鬼を十一度破壊した。

 

(ヤツの限界はまだか……!)

 

 焦れる士郎の視界で、遂に致命的な限界が訪れた。……こちら側の。

 霊長類型の主砲の内の一発が、ぱんっ、と陽炎の左足の太股から下を奪い去ったのだ。

 

 陽炎は驚きと焦燥が入り交じった表情を浮かべ、それでも咄嗟にバーニアを噴かせて飛び退いた。

 だが陽炎は叢雲と違い、修復に時間が掛かる。修復に掛かる数十秒の間、片足で耐え凌ぐのは無理だろう事は、想像に難くない。離れた位置にいる叢雲も気付いておらず、フォローに入れない。このままでは追撃を受けて――――

 

投影(トレース)――――」

 

 それ以上考えるよりも先に身体が動いた。

 弓に番えていた投影への魔力充填を放棄し、そのまま霊長類型へ向けて解き放つ。

 さらに一つの短剣を作り矢に加工するのに一秒。

 加工した矢を番え、陽炎の至近距離に狙いを付け、ささやかなその真名を解放するのに――――

 

(間に合え……っ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 左太股に強い衝撃。

 

(あっ……)

 

 状況を悟り、やってしまった、という思いが脳裏に広がる。

 すぐさま背面に取り付けたバーニアからの噴射で、敵の射線を切るように飛び退くが、その次はどうしよう。

 遅れてきた激痛が、陽炎の思考を邪魔する。

 マズい。

 片足の修復には最低でも30秒以上掛かる。つまり、詰みだ。

 一つ頭の霊長類型の両肩から覗く合計八門の大口径砲が、陽炎を追いかける。

 

(このままやられたら、叢雲の負担が……)

 

 上手く回らない頭で考えた、一番マシな結論は。

 

(やられる前に、少しでも敵を削る)

 

 噴射によって空中にいる最中に、回避に使っていた全ての艤装を解除し、できる限り多くの主砲を代わりに出現させる。

 相打ちで僅かでもこの敵を破壊するくらいしか、陽炎には思いつかなかった。だが―――

 

 そんな彼女の目の前で、霊長類型を光が襲った。

 遅れて爆発。

 見ればその砲塔はひしゃげ、鋼鉄の身体には直径2メートル近い破孔が開いている。大破状態だった。

 

(士郎さんの……!でも……)

 

 それでも自分が助かることは無いだろう、と陽炎は思う。

 この次にこのレベルの敵を一発で撃破するために、士郎の射撃には溜めが必要になる。それまでの間に、自分は他の狼たちに殺されるだろう、と。

 

 ところが、陽炎の未来予想はまたしても外れることになった。

 

 パシッ。

 突然、背後でそんな音が聞こえた。

 

織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 次いで聞き慣れた声と共に、腰の辺りに片手が回され、抱き上げられる。

 

「士郎さん!?」

 

 そんな馬鹿なことは無い。

 直前まで彼は、1000メートル以上離れた位置から狙撃していたはずなのに。

 

「間に合った……!重いから、艤装を全解除して修復に専念してくれ」

 

 陽炎が見上げたその顔は間違いなく衛宮士郎だった。突き出した左手の先に出現させた紅色の光の盾で、全ての砲撃を凌いでいる。

 だが、よく見れば全身の服や肌が不自然に傷つき、血が滲んでいる。

 

(被弾した……ワケじゃない?……というか重いって!)

 

 慌てて背中と手足の艤装を解く陽炎。

 必然的に士郎が抱えやすい形になり、陽炎と士郎の密着度が上がった。

 

(うっわ……)

 

「治りそうか?」

「へ?……だ、大丈夫なおるからっ」

 

 陽炎は、一瞬でも余計なことを考えた自分を呪いつつ、頭を切り替える。

 自分は助かりはしたが、このままでは士郎が危ない。彼の両手は盾と陽炎で塞がっている。

 

「士郎さん、もう私はいいからさ。なんとか離脱してよ。このままじゃジリ貧だから……」

 

 自分を庇ったせいで士郎に死なれたら、陽炎としては最悪だ。

 しかしやはりというか、士郎は首を縦には振らなかった。

 

「心配するな。この世界は俺の心象だから、多少は無理が効く」

 

 その言葉と同時に、こちらに集中砲火を加えていた狼型に、剣の雨が降り注いだ。

 弓による射撃ほどの威力は無いが、硬い背面装甲や砲身に深々と突き立っていく。

 

 ある程度の攻撃力や機動力が削げると、士郎は視線を叢雲の方へ移した。

 地面に突き立っていた数本の剣がミサイルのように飛び出してゆき、叢雲を挟み込むように追い詰めていた狼型のうちの片方の後脚を貫いた。

 狼型はバランスを失い転倒し、その隙に叢雲は有利な位置取りを取り戻した。

 

「……もしかして私たちって必要ない?」

「いいや、実を言うと結構キツくなってきた。それに、あの戦艦水鬼の周囲。なぜか剣が操作し辛い……っと」

 

 霊長類型がこちらへ向かって、四足走行で真っ直ぐに突っ込んでくる。

 小山の如き大質量を活かした突進は、幾ら士郎の『織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』でも、防げずに盾ごと吹っ飛ばされる恐れがある。

 

 迫る巨体の側面に、士郎の操る大量の剣が殺到する。

 厚い鋼鉄の皮膚を突き破り、幾つもの砲塔を破壊したものの、突進の軌道は逸れず、捨て身の巨体は勢いを失わない。

 

「くっ……!」

 

 陽炎を抱えて逃げる士郎を目掛けて、真上から巨腕が振り下ろされた。

 

 直撃は躱した。

 しかし至近距離で受けた衝撃で花弁を一つ砕かれ、二人の身体が宙に浮く。

 

 士郎は空中で、身の丈ほどの分厚いバスタードソード状の宝具を複数投影し、高速回転させつつ射出する。

 

■■■■■――――!

 

 大剣は霊長類型の腕を切断し、そのまま胴体や頭部にめり込んだ。

 

(決め手に欠ける……。せめて片手が空けば真名解放出来るのに……!)

 

 士郎は前面に掲げた織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で他の個体の攻撃を防ぎつつ、強化された脚力でバックステップを繰り返す。

 

 その時。

 

《聞こえる?士郎。こっちは中枢艦隊を撃破した。いつでも戻っていいわよ》

(遠坂……!)

 

 凛からの念話が届いた。

 外界との無線機の繋がりは固有結界に遮断されたが、魔術師の使う念話はその限りでは無かった。或いは、同じ刻印を保有する二人だからこその現象かもしれない。 

 だが士郎の腕前では、この状況で念話を構築する余裕が無い。凛もそれは理解しているだろうからと、時折剣の射出で自立艤装共を牽制しつつ、そのまま陽炎に語りかける。

 

「陽炎、足は治りそうか!?」

「う、うん。もう数秒で動ける」

 

 それを聞いて士郎は、400~500メートルほど離れている戦艦水鬼を見やる。

 中枢艦隊撃破による影響は、見た目では判断できなかった。多少なりとも弱体化していることを祈る。

 そして今現在、戦場に存在する自立艤装は二体だ。

 

「よし!完治し次第本命に仕掛けよう。俺の首のマイクを押さえてくれるか、自分じゃ押せない」

「はい」

「聞こえるか叢雲。こちらの合図で本命を討つ。二人は残ってる自立艤装一体ずつを、なんとか抑えててくれ」

 

 やや不鮮明な叢雲の声が耳に返る。

 

『ぁ、はぁ……了解。無茶するな、なんて言える場合じゃないし、ね』

 

 陽炎を見ると、もう大丈夫だと言うように目で伝えてくる。

 

「頼むぞ。――――今!」

 

 叫ぶと同時に、抱えていた陽炎を放つ。彼女は着地の瞬間には完全武装状態になっていて、勢いよく跳躍すると霊長類型の進路上に着地した。

 

 それ以上確認すること無く、士郎は織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を解除する。

 

投影(トレース)――――開始(オン)!」

 

 構築するのは黒い洋弓と一つの剣。

 照準に写るのは500メートル先の黒衣の女性。

 

 一方陽炎は、霊長類型の注意を士郎に向けさせないように画策する。

 敵の眼前に放り投げた魚雷を打ち抜き、その爆発で視界と電探を一瞬だけ無効化する。

 

「――――っ」

 

 僅か一秒強の猶予で彼女は、残された特殊な複合弾を手に持つ主砲の砲腔へと押し込み、手首のスナップで装填する。

 煙幕を裂いて、小山のような敵の姿が現れた。

 見上げるようなその巨躯に、陽炎は後退せず射撃体勢に入る。

 狙うのは、首。正確には、首を貫通した先のうなじに張られた、本体からの無線受信のための機構群。一撃で撃破に至らしめることは不可能だろうが、動きを鈍らせることぐらいは出来るはず。

 

「当たれ――――っ!」

 

 撃ち出された砲弾は、狙い違わず吸い込まれてゆき、重要な構造物を砕きながらうなじから飛び出していった。

 

 

 

 

 士郎は目標である戦艦水鬼だけに意識を向け、番えた剣の真名を解く。

 

「“crazy traveler”――――!」

 

 その『剣』には、とあるふざけた魔術式が内包されている。

 放たれた剣は、士郎を待ち構える戦艦水鬼に命中しなかった。僅かに右側を通り過ぎ、

 

 パシッ

 

 そんな音が戦艦水鬼のすぐ背後から響く。

 咄嗟に振り返った戦艦水鬼が目にしたのは、彼女を逸れた矢を掴み取っている士郎の姿だった。

 二秒足らずで500メートルの距離を移動した代償か、至る所から出血し、髪も肌も血に染まりつつあったが、食い縛られた口からは呻き声一つ漏れなかった。

 

――――ッ!?

 

 彼の片手には紫電が集い、一振りの剣を形成しつつあった。その切っ先から光の奔流が溢れる。

 けたたましく脳裏に響く警鐘に従い、戦艦水鬼は全力で飛び退いた。足元の大地が砕け、常人の目なら残像が残りそうな速度で、30メートル後方に着地する。

 

 そして、スパン!と小気味良い音と共に、彼女は唐竹割りに切断された。

 

 士郎は投影した偽・虹霓剣改(カラドボルグ)を、上段から振り下ろしたのだ。ただ剣としては規格外であるその射程が、近接戦闘において重要なはずの“間合い”をゼロにしてしまう。

 そして士郎は、これ以上戦闘を長引かせるつもりは無かった。固有結界の崩壊が迫りつつあることを感じ取っていたからだ。

 

A――AAaaaaaAaaaaa――――――!

 

 断割された戦艦水鬼が、その身を修復させつつ絶叫する。

 士郎と彼女の間に、巨大な双頭の霊長類型の艤装が生み出された。

 これを盾にして、少しでも士郎から距離を稼ぐ。そんな考えが戦艦水鬼にはあったのかもしれない。

 だが――――

 

ギッ――――

 

 双頭の霊長類が、胴体から水平に切断される。まるで定規で線を引くように、あっさりと。

 そして一瞬遅れて気付いた。自分の身体が、今度は上下二つに分かれている。

 初めて恐怖に似た感情が浮かぶ。

 巨大な艤装も、身に纏う『装甲』も、アレは纏めて切り飛ばしてしまう。

 

 次はどう動くべきか。迷いによって戦艦水鬼が消費した瞬きほどの間に、士郎は彼女の眼前で偽・虹霓剣改(カラドボルグ)を振りかぶっていた。

 

 ところが打ち付けられた瞬間に、剣は硝子細工のように砕け散った。投影品が限界を迎え魔力に返る。

 その光景に希望を見た戦艦水鬼だったが、直後に士郎が逆の手に、新たな剣を生み出したのを見て、それは霧散した。

 

 

 

 

 修復を続けながら逃れる戦艦水鬼に、様々な宝具による斬戟が襲いかかる。

 その一つひとつが、奇跡の具現。現代の魔術では再現できない神秘を秘めている。

 だから、そんな事も起こり得たのかもしれない。

 

「……修復が、……進まない?」

 

 肩で息をしながら、地に伏した真白い肌の女性を見下ろす。

 その身体に刻まれた損傷は治る気配が無く、もはや起き上がる力さえ無いように見える。あと一度剣を突き立てれば、それで決着がつくだろう。

 

「――――」

 

 その時、彼女の唇が小さく動いた。

 

「なんだ……?」

 

 思わず側で膝を着き、耳を近づける。

 

『士郎さん危ない!』

『何してるの衛宮士郎!』

 

 二人がこちらへ駆け寄ってくる。

 彼女らが相手にしていた自立艤装は、本体である戦艦水鬼と同調するように倒れ伏している。

 

 そして戦艦水鬼の隣にしゃがんだ士郎の耳に、その声が届いた。

 

二……日本人……カ?

「――――え?」

 

 日本語による問いかけ。

 呆然とその顔を見つめる。

 憎悪で淀んでいたはずの彼女の瞳は、ヒトと同じような理性を湛えていた。

 士郎には知り得ないことだったが、それは偶然に偶然を重ねた結果。多くの宝具をその身に受けた事で、それぞれの神秘・効能が複雑に干渉し合い、偶然にも戦艦水鬼から狂気を取り去っていたのだ。恐らくは二度と起こらない特例。

 

オシ……エテクレ。日本ハ、戦争ニ……負ケタ、ノカ……?

「なにを、言ってる」

 

 士郎の困惑が深まる。日本だけではなく、世界中を滅ぼしかけたのは深海棲艦のはずだ。

 その深海棲艦が何故、そんな事を聞いてくる?

 

 思考が纏まらない士郎に、電撃のような痛みが走った。周囲の世界全体も、緩く振動を始めている。

 間もなくこの世界を維持できなくなる。

 

「痛――――っ」

私ノ、……家族ハ無事、ナノダロウカ

 

 縋り付くように、途切れながら続く。

 

教エテクレ……。妻ト、息子ト……一緒ニ、庭ニ桜ノ木ヲ植エタンダ……。今年モ……咲クダロウカ?……毎年、三人デ桜ヲ……見ヨウッテ

 

「ま、さか」

 

 遂に士郎はその可能性に思い至ってしまった。

 艦娘とは、旧帝国海軍の艦艇の魂を人形に封じた存在。彼女らには『妖精さん』なる存在が居る。

 なら、深海棲艦は?

 

 もしかつての戦死者の魂が、深海棲艦の原料として使われていたら?

 歪められた意識に狂乱し、敵も味方も分からなくなって、今なお家族や故国を守ろうと戦っていたのだとしたら?

 

 しかし、そこで表情が怪訝な物に変化する。

 

……イヤ? 俺ニ息子はいない筈ダ。将来を誓合った女はいたが、俺のことは忘レテ幸せになれト……。それも違ウ……家内と娘を二人、残して来て……?

 

 こほりと力なく咳込んだ後、空虚な笑いが漏れる。

 

は、はハ……。もう、どれが誰ノ記憶ダカ分カラン……。アァ……アノ人タチハ……無事ダロウカ……。分からない……何も……っ!

 

 空が割れ、大地が砕ける。

 固有結界『無限の剣製』が、そのカタチを失っていく。

 

「――――っ」

 

 士郎は咄嗟に戦艦水鬼の身体を抱き寄せた。

 完全に元の海上に置き換わる前に、魔術刻印による凛との繋がりを頼りに、術者に許される範囲で自分たちの出現座標を懸命にズラしていく。

 

 世界が、白く光に包まれて、何も見えなくなる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けた士郎は、『かぜなみ改』の甲板上にいた。100メートルほどの座標変更は成功したらしい。

 抱きかかえていた戦艦水鬼を、そっと降ろす。

 叢雲と陽炎も、傍らに立っていた。

 

「士郎――――!って、わっ!何よそれ!?」

 

 凛が駆け寄ろうとして、ギョッとして固まった。

 だが士郎は、それに答える余裕が無い。

 

 先ほどのこの“人”の問いかけに、返す言葉を探すが、何と言えばよいのか分からない。

 

「……っ」

 

 沈黙が流れる。

 それを破ったのは叢雲だった。

 

「負けたわ」

「叢雲……」

 

 彼女はただ静かに戦艦水鬼を見下ろす。

 

「日本は戦争に負けて、とても多くの人が死んだ。残念だけど、あなたの家族についても生死は分からない」

 

 一切の嘘も誤魔化しも無い言葉が、彼女の口から紡がれる。戦艦水鬼の表情は動かず、どのように彼女/彼が思ったのかは量れない。

 

「でもね。その後は何十年も平和が続いたの。戦争なんて皆、教科書かテレビでしか見たことが無くて、平和すぎて危機覚が鈍くなっちゃうくらい平和で。あの戦争に意味があったかなんて分からないけど、その後に続く平和の下敷きくらいにはなったのかもしれない」

 

 一息に、そう言い終えた。

 戦艦水鬼は長い間沈黙していたが、やがてただ一言、

 

ソウカ

 

 とだけ呟いた。

 

「ええ。だからあなたも、もう眠りなさい」

「ま、待ってくれ」

 

 戦艦水鬼に砲口を向ける叢雲に、士郎が言った。

 

「なに?放っておいても、長くないと思うけど」

「……」

 

 士郎は何も言えなくなる。助けようにも、既に死んでいて、今ようやく戦いを終えた存在に対して、何が出来るわけでも無かった。

 

……アア、ソウダ。最期ニ、コレヲ……

 

 戦艦水鬼の片方しか無い腕が力なく挙げられる。その掌に、小さな光点が現れた。

 

……連レテ行ケ……役ニ立ツコトガ……有ルカモシレン

「なに、を……」

 

 何なのかよく分からずに、思わず受け取ろうとする士郎を、叢雲が槍で制した。

 

「駄目。危険よ」

「いやでも……」

「例え悪意が無かったとしても、人間に無害だという保証は無いわ。艦娘にとってもね」

「ふーん?」

 

 無造作に戦艦水鬼の側にしゃがみ込んだのは、陽炎だった。

 そのまま挙がっていた手を包むように支え、光点を受け取る。

 

「陽炎っ」

「分かるわよ、いくら何でも」

 

 彼女の心に蘇ったのは、いつかの金剛の言葉。

 

――――ネー陽炎、ワタシたちがこんな姿で、再びこの世界に生まれたのは、何故デショウネ?

 

「――――ああ、それはきっとこういう事のためね」

 

 両手で包んだ光を、抱きしめるように胸に押し当てる。

 すると、光は吸い込まれるように陽炎の中に消えていった。

 

 その未曾有の事態に、居合わせた全員が言葉を失うが、陽炎は戦艦水鬼に向けて、にかっと笑った。

 

「大丈夫。きっと私が連れて行ってあげる」

アア……。アリガトウ……コレデ……モウ……

 

 戦艦水鬼の身体が、光の粒子となってほつれていく。

 最後には穏やかな表情で、彼女は消えていった。

 

「終わった、のかな」

 

 士郎が呟く。

 

「……まあこっちは何が何だか、って感じなんだけど」

 

 凛が士郎の隣に並んで言った。その目は士郎の身体中の負傷を診断している。

 

 戦艦水鬼が消えていった空を見ていた陽炎は、立ち上がろうとしてふらつき、頭を押さえ込んだ。突然脳内に、大量の情報が流れ込むような感覚がしたのだ。

 

「陽炎!馬鹿、だから駄目だって……言っ……て……?」

 

 慌てて駆け寄った叢雲の言葉が、尻すぼみに消えていく。

 叢雲だけでは無い。士郎も凛も、後部甲板から現れた空母組も、あまりの事態に何も言えなかった。

 

「ちょっと立ち眩みしただけだって、……って、みんな?」

「アンタ、その背中……」

 

 陽炎は叢雲の言葉を受けて、背後を振り返る。

 

「――――え」

 

 彼女の背中からは、輝く光が、まるで翼のように噴き出していた。

 




『crazy traveler』:宝具では無く魔術礼装。赤っぽい色合い魔術師が提唱した飛行魔術があります。それを凛やエルメロイ教室の生徒は、『楔』に使う短刀に士郎の見ている前で書き込みました。命名者フラット。
 発動すると士郎は、射出したこの『剣』の位置まで亜音速で牽引されます。
 投影物は劣化コピーのため、術者を慣性や音速から保護する術式が本来よりも劣化。使用した士郎はボロボロに。過度な使用は控えましょう。



「ロード・エルメロイ二世の事件簿」全十巻読み終わったー
特に最終章では時計塔の保有する神秘、その底知れ無さがよく分かりました

次回作では遠坂凛の登場が匂わされていますが、果たして『どの√の世界なのか』が気になって仕方ないです
『エルメロイ二世』というキャラの当初の役割的に、まずfateかUBWだと思うのですが、さて……
以前、士郎とエルメロイ二世の絡みはこれで最後(ドラマCD) 、と言われていた気もしますがどうなるのか
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。