正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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文字のにじみ度をMAXにしても、普通にコピペしたら読めるのですね……
文章書いてなかったら絶対知らなかった……


第34話 艦娘という魔術

 『かぜなみ改』と一行は、すぐさまアリマゴ島への帰路に就いた。

 帰投時には完全に夜になっており、議論すべき事が沢山あることは皆が理解していたが、一先ず充分な休息を摂って翌日に、ということで解散となった。

 

 解散というか、そのまま皆で大浴場へ直行した。

 凛も、一日の汗と海水を、シャワーで洗い流す。

 

「そういや衛宮クン……副司令官はどうしたん?もう上がった?」

 

 隣でわしゃわしゃと髪を洗う龍驤が聞く。

 

「いいえ?私たちの後でいいって。作りたい物があるとかなんとか」

 

 それっぽい理由を付けているが、詰まるところ前回のように、離脱不可能な状況でのぼせ上がるのを避けたのだろうな、と凛は思う。あれは少しやり過ぎだったと反省している。

 

「なんや、そうなの。全身に怪我してるみたいだし、さっさとひん剥いて、ここのお湯に放り込んだ方が良いと思ったんやけど」

「ノー。そ、そんな風紀の乱れは許されまセーン!凛もなに考えてるの!」

「まあ、ちょっとね……。って、金剛!?その血!」

 

 凛は驚いて指摘する。

 髪を洗い流していた金剛だが、流れていくお湯が赤く染まっていた。

 

「ああコレ?大丈夫、固まった血が髪に残ってただけですヨ。怪我自体は一瞬で治ってマス」

 

 自分の髪を一房摘まみ、にかっと笑う金剛。

 

「戦士の勲章感あるよなぁそれ。空母のウチはあんまりならないけど、白っぽい髪の子だと凄いことになってたなぁ……」

 

 そういえば青銀の髪を持つ叢雲は、合流した時にはそれなりに血が目立っていたような気がする。

 艦娘にとっては珍しくないことみたいだが、凛にとっては痛々しい光景に写ってしまう。

 だが過剰な労り、心配、哀れみ、そういった考え方は、彼女らにとってあまり好ましくないのだろうと、最近は思うようになってきた。

 

「……そうなのね」

 

 結局口にしたのはそんな言葉。

 大人力というか、人生経験がまだまだ足りないな、と顔に出さずに自嘲する凛だった。

 

 

 彼女らの隣。

 ちょっとしたプールほどの広さの大浴槽では、駆逐艦組が疲れを癒やしていた。

 

 陽炎は湯船の中で抱えた膝に頬を乗せ、ぶくぶくと湯の表面を泡立たせていた。

 

(頭の中がぼんやりしてる……)

 

 あの時、金剛や叢雲と同じような翼状の光が、陽炎にも現れた。

 一分と経たずに霧散したが、代わりに頭の奥がズキズキと鈍く痛み出したのだ。

 

(いまは……何も考えなくていい。疲労を回復することだけを……)

 

 そう思っていたのに、あの時、固有結界の中で士郎に抱きかかえられた事が頭に浮かんできた。

 

(あ゛あ゛あ゛あ゛!そういえば私、結局士郎さんに迷惑掛けてんじゃん!)

 

 理由は不明だが、あの時士郎は全身に軽度の負傷を受けていた。

 陽炎が窮地に陥ったために、何らかの無茶をさせてしまった、というのは間違いないだろう。

 

「あ、あの!凛さん……」

「ん、どうしたの?」

「その……士郎さんの怪我は……」

 

 凛は「ああ、あれか」と呟く。

 

「心配ないわ。軽く治療は済ませたし、そもそも士郎って少しだけ普通の人より、怪我の治りが早いのよね」

 

 無茶苦茶な治癒力だった時期も、以前はあったし。と独り言のように続く。

 それでも陽炎の心は晴れない。それなりの覚悟で引き受けた囮役を、全うできなかった自分への落胆も、少なからずあった。

 

「でも、あの怪我は多分私がヘマしたせいで……。あ、でも次からはきっと叢雲や金剛さんみたいに頑張るから」

「あんまり気負うことないわよ。《その件で陽炎。あなたの星幽体駆動形態について、話を聞きたいから、後で私たちが泊まってる要人宿泊棟に一人で来て》」

 

 突然凛の声が、脳内に響く概念伝達のようなものに切り替わった。

 驚いて声を上げそうになるが、何とか我慢する。

 

《これ、艦娘同士の無線通信機能!?》 

《そ。魔術師の使う念話を、限定的に改良した感じがするのよね、これ。チューニングは見様見真似だから、すぐ近くじゃなきゃ繋がらないけど》

 

 凛はタオルで髪を束ねると、大浴槽の陽炎の近くに身体を沈めた。

 彼女は簡単そうに言うが、これは科学で例えれば見様見真似で通信技術や暗号を看破しているような事態ではないか、と慄く陽炎。しかも、周囲の皆が気付かないところを見るに、陽炎にだけ周波数を合わせている。時間が経つにつれ、凛という魔術師の恐ろしさが分かってくる。

 

(でも味方……私たちの司令官として見れば、なんとも頼りになる)

 

 遠坂凛と衛宮士郎。

 この二人が艦隊に加わった今が、過去最大戦力かもしれないという叢雲の読みは、あながち間違いではないのかもしれない、と陽炎は思う。

 なにせ私たちは今日、本来何度も反復出撃して、少しずつ敵戦力を削っていくはずの所謂“海域ボス”、中枢個体をたった一度で削りきってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に、軽い破裂音が響く。

 極限まで威力を抑えて花びらを詰め込んだ、艦娘の空砲だった。それは例えるなら、まるでクラッカーのような。

 

「オロルク環礁攻略の~」

「祝勝会だね」

「簡単ですが料理を用意しました」

 

 暁、響、加賀さんによって、料理が並べられていく。

 島で採れた野菜や海産物の他に、賞味期限が迫った(或いはやや超過した)保存食を調理した品々だ。

 

 食堂の窓はや入り口は、きっちりと閉じられている。

 今日に限らず、夜間は室内の光を極力外に漏らさないのが、この島の不文律。

 島には結界が張られているため、光が漏れたところで敵に気付かれるというわけではないが、それでも拘ってしまう辺り、流石は軍事関係者だと思う士郎だった。

 

「ちなみにあの皿とこの料理、それからこっちのスープは衛宮副提督が作られました。感謝して頂いてください」

「あんた……いつ休むのよ。少しは自分の身体を……」

「御免なさい叢雲。私もそう言って止めたのですが聞いていただけなくて」

「過労死しそうかも」

 

 いろいろ言われるが、実際のところ他人のためではなく自分のため、という感覚が強いので、どうか好きにさせて欲しい士郎であった。彼にとって、料理は息抜きなのだ。

 

 ちなみに、この食堂には凛が居ない。

 彼女は金剛、陽炎や荒潮と共に、榛名さんのいる監視棟で祝勝会であった。

 一時でも監視を途切れさせるのは気になるため、無線だけで参加したいと、譲らなかった榛名さんへの対抗措置(?)である。

 今や全員が無線で繋がっているため、距離が離れていても会話は賑やかに繋がる。

 

 全員が席に着いたところで、叢雲が言った。

 

「それじゃ、まずは司令官殿からお話よ」

 

 それに応じて凛の『うげ……』という呟きが全員に届いた。

 油断してたんだな……。

 

『……じゃあ簡単に。――――本日私たちの艦隊は、オロルク環礁周辺に展開していた強力な海域浸透型を含む敵艦隊を完全に撃破した。『深海』の消滅も確認済みよ。それで、その後すぐに偵察機を更に西まで飛ばしたんだけど、それほど強力な敵勢力は確認できなかったわ。上手く行けば、次でトラック泊地までの航路を開通させられるかも……と叢雲も考えてるみたい』

 

 皆から歓声が上がる。

 士郎も思わず手を握りしめていた。

 

『肝心のトラック泊地の状況は未だ不明だけど、次回……一月十二日の出撃でハッキリするわ。泊地の健在を祈りましょう。それまでに歪められた『かぜなみ改』の修理とか諸々は魔術なり秋津洲なりがなんとかするわ』

「わーい、あたし大活躍かもぉ……」

「目が虚ろだ……」

 

 戦艦水鬼の巨大な艤装が乗り込んできたことでダメージを受けた巡視艇。

 士郎も手伝うつもりはあったが、艦艇そのものに自分を接続して操る秋津洲の感覚が最重要なのは間違いない。

 現状では『かぜなみ改』を満足に動かせるのは秋津洲だけだ。

 

『まあともかく、今夜はほどほどに食べて飲んで騒げばいいんじゃない?……こういう時の海軍の流儀とか知らないし、皆に任せるわ。あ、陽炎は念のため控えめにしていること、いい?』

『……りょうかいでーす』

 

 それからはひたすら、賑やかな晩餐が続いた。

 龍驤や天龍などの年長組によってワインやブランデーのボトルが干された後は、どこに隠していたのか椰子から作った密造酒まで持ち出される有様だった。

 しかも、酔っ払い共はやたらと士郎に杯を勧めてくる。

 別に酒に弱いわけではない士郎だが、この後の陽炎らを含めた会議があるため、あまり酔いを残したくなかった。しかし、副提督という立場になってしまった以上、艦娘たちが差し出してくる酒を無碍にするのも如何なものか……と考えてしまう。

 

(すまん遠坂……もしもの時は魔術でなんとかしてくれ……)

 

 そんな事を考えながら士郎は、白っぽい密造酒――暁*1が無邪気に勧めてくる――を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 祝勝会もお開きになり、各々が就寝や警戒の任へと戻っていく。

 しばらく経って、陽炎は夜道を独り、要人宿泊棟へと向かった。

 

「どうぞ」

「……失礼しまーす……って、わっ」

 

 まず目に入ったのは凛と士郎。ぐでっ、とベッドの上に仰向けで撃沈している士郎の横に、凛が腰掛けている。

 更に、金剛と叢雲の二人も丸テーブルの席に着いて、グラスに注がれた透明な液体を飲んでいる。

 全員がラフなルームウェア姿で、女性陣は髪を下ろしている。

 

「いらっしゃい。何処でも良いから好きに座ってて」

 

 陽炎は少し躊躇ったが、なんとなく近くのソファに腰を下ろす。

 凛は丸テーブルの硝子ポットから新しくグラスに注ぐと、しばらく手を翳してから陽炎に差し出した。

 いつの間にかグラスの内側には、小さな気泡がぽつぽつと立っている。

 炭酸水自体は水に炭酸ガスを吹き込めば作れるのだが、この島にそんなものは無いはず。

 

(魔術か……万能だな……)

 

 逆に凛が魔術で出来ない事って何だろう、と気になりつつも口を近づける。

 

「い、いただきます……」

 

 仄かな甘みと炭酸水の心地よい冷たさ、涼やかな果実の香りが鼻腔を抜けていく。かつて水兵なら、みなが親しんだであろう清涼飲料を思い起こさせるような味だった。

 わずかに残っていた酒気がすっと洗い流されるような気がして、陽炎は思わず息を吐いた。

 

「……そっちの士郎さんはどうなってるの?」

「見ての通りよ。別に下戸ってワケじゃないけど、日常的に飲んだりはしないからね、こいつ」

 

 凛は意識のない士郎の頬を、むにっと引っ張って遊ぶ。士郎がむずかるのもお構いなしだった。

 ひとしきり堪能して満足した凛は、ベッドから立ち上がる。

 

「……お、固まってる固まってる」

 

 凛が棚から取り出したティーカップを、テーブルに並べた。冷たくなっているところから察するに、魔術で棚を冷蔵庫のように扱っているのかもしれない。その中身は……

 

「士郎作、ココナッツゼリー」

「また働いてたのかこの男は……」

「ゼリー……デスカ、どうやって」

 

 士郎の方を見て呆れ気味に言う叢雲と違い、金剛はやや嬉しそうだ。

 

「そのへんの海で採った海藻から作ったらしいわ。だから正確には、心太とか寒天かしら」

「へー」

 

 そういえば寒天の原料は、テングサと呼ばれる海藻だったっけ、と誰かの記憶から思い出す陽炎。

 

「なんだかワタシたちだけズルい気がして、申し訳ないネー」

「試作品だからね。どうせそのうち全員分作り出すわよ、士郎は」

「目に浮かぶようだわ……」

 

 しばし皆であっさりした甘味を楽しみ、他愛ない会話が続く。

 

 

 

「――――さて」

 

 陽炎のグラスが半分ほどに減った頃、凛が空気を切り替えるように言った。

 彼女が指さすと扉が勝手に施錠され、壁や天井が一瞬だけ淡く発光した。

 

「そろそろ本題に入りましょうか。……起きて、しろー。……酒気はお帰りの時間です(W i T)」 

 

 ノタリコンで雑に圧縮した呪文が士郎を襲う。

 もぞもぞと動く士郎。

 

「……う?」

「う?じゃなくて。夜だけどおはよ。顔洗ってらっしゃい」

 

 のそのそと起き上がり、頭を抑えつつ洗面所へと消えていく。

 陽炎たちからすれば、士郎たちのプライベートタイムを覗いているような、ちょっとした背徳感があった。

 しばらくして、意識がはっきりした様子の士郎が戻ってくる。

 

「悪い待たせた。……レディ、上着をお預かりします」

「あっ私……?」

 

 慌ててブレザーを脱いで渡すと、士郎はまるで本職の執事のような所作で受け取り、金剛たちの物が掛けられているのと同じハンガーラックへと、手際よく収めた。……まあ陽炎は本職の執事なぞ見たことがないのだが。

 

「……今回集まって貰ったのは、一つは陽炎に起きた異変について、本人への聞き取りと説明をしておきたかったってところね」

「私に起きた異変……叢雲や金剛さんと同じ」

 

 呟く陽炎に、凛は頷いた。

 

「その性質から、暫定的に『星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)』と呼称してる。……まあそれは追々話し合うとして、まずはもう一つの方――――」

「深海棲艦について、だな」

 

 士郎が後を継いだ。

 

「今日、固有結界の中で、深海棲艦の声を聞いた。……日本語だった」

 

 彼のハシバミ色の瞳は、金剛と叢雲に向けられる。

 

()()()()()()って事でいいんだな?」

「断定はしないけど、恐らくね」

「……通りで人間を思わせるパーツがあるわけだ」

 

 人の姿をした姫級や水鬼級は言うに及ばず、駆逐級や軽巡級にも歯や腕など、人体を連想させる部位が存在していた。

 そして今日聞いたばかりの、家族を想う縋り付くような声。

 

 ――――深海棲艦を動かしているのは、かつて海で散った戦死者の魂だ。

 

 日本語だったのは、たまたま意識を占めていた日本人の割合が多かったのか、或いはこの太平洋で散った者の数からして必然的にそうなのか。

 きっと『彼ら』の意識はまだ、かつての大戦の最中にあるのだろう。

 濁った意識の中で、祖国を、そこに暮らす人々を守ろうとして戦っているのだ。

 実際には守ろうとした者をこそ攻撃していただなんて、思いもしなくて。

 

 握りしめた拳から、小さく骨の軋む音が聞こえた。

 なんと無残な末路か。

 静かに眠りに就くことを許されぬばかりか、知らず人類滅亡に手を貸していたなんて。

 

「……ああ、だから金剛は」

 

 だから彼女の言動の端々からは、深海棲艦に対する親しみを感じたのだろう。

 たとえ容赦なく殺し合う敵だとしても、その心に触れてしまえばもう、憎むことなど彼女には出来なかったのだ。

 

「……どうすれば、あの魂は救われる……」

 

 思わずといった感じで零してしまった呟きに、金剛ははっきりと返答した。

 

「やるべき事は変わらないデショウネ。コチラが沈まないこと。あの子たちにこれ以上手を汚させないように。そして叶うのなら、この戦いを終息させること。あの子たちを早く楽にしてあげられるカラ」

 

 凛が手を挙げて聞いた。

 

「深海棲艦を仲間に引き入れることは出来ないの?現にあの戦艦水鬼は、敵意のない意思疎通が出来たじゃない」

「限りなく不可能に近いと考えられるわ」

 

 叢雲が返答する。

 

「今回の事は例外中の例外。今まで何万回も世界中の海で戦闘が行われてきたけど、あれだけの交流が発生した事例は片手の指で足りるはずよ。そんな奇跡を計算に入れるのはちょっとね……」

「ワタシもお勧め出来まセン」

「厳しそう……か。つまり私たちはこれから、正体不明の怪物ではなく、迷える人の魂を踏み潰しながら、マリアナまで行くんだ」

 

 凛は無意識に、自分の身体を抱いた。

 すると彼女に白いシーツが、ばふっと被せられた。

 

「こ、金剛……?」

 

 シーツから顔だけ出した凛を、横に来ていた金剛がぎゅっと抱き締めた。

 

「悲しい時は、寒いからネー」

「ちょっと、対象がおかしいでしょう。悲しいのは深海棲艦の在り方で、私じゃない」

「でも、暖かくなったデショ?」

「それはっ」

 

 言葉に詰まった後、観念したように長い溜息。

 

「……うん、そうね」

 

 凛はしばらくの間、目を閉じて金剛の体温を感じた。

 艦娘であっても凛や士郎と何一つ変わらない、同じ心と同じ熱。そして今は同じ志を持つ仲間。

 

「……ありがとう金剛。もう大丈夫よ」

 

 ゆっくり息を吐いて凛が言うと、金剛は離れた。

 

「深海棲艦については、今まで通り武力で対応するしかないわね……。それで次は、陽炎についてだけど」

「さっきの、『星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)』ってやつですか?」

「ええ。心を強く持って聞いてね、陽炎」

 

 真剣な口調に、陽炎は思わず背筋を伸ばした。

 

星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)は、妖精さんの魂を犠牲にして発動しているみたいなの」

「――――へ?」

 

 ぽかん、と呆けたように口を開ける陽炎。

 

「深く意識すれば分かるはずよ。あんたはこれから、たとえ辛くても、その力を使わないといけない状況が来るわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 叢雲の言葉にも、何を言っているのか分からない、という感じに慌てる陽炎。そして

 

「私あの時、()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()……!?」

 

 そんな告白が飛び出した。

 

「……は?」

「本当よ、ほら!」

 

 陽炎はソファから立ち上がった。その背中から、金剛や叢雲と同じように光が吹き出す。

 

「ちょ、こんなところで」

「……平気よ。膨大な力ではあるけど、この翼状の光は指向性を持たない安定したエネルギー。単体で物質に干渉したりはしない、と思う」

 

 慌てて席を立った士郎に、凛が説明する。

 彼女はそのまま陽炎に尋ねた。

 

「陽炎、本当に妖精さんは大丈夫なの?」

「うん……今も私の中に居る全員が健在よ」

 

 自らの内側に意識を集中しているのか、目を閉じて答える陽炎。

 一方で金剛と叢雲は、驚くと言うより呆然としていた。

 

 妖精の魂を使わず済む方法が存在するなら、自分たちの払った代償は何だったのか。そういう思考が、ないわけではない。

 だがやがて、平静を取り戻す。二人の心が折れることはなかった。

 

(支払った犠牲を後悔したりはしない。様々なものを裏切ることになるカラ――――)

 

 小さく息を吐いて、金剛が問いかける。

 

「では陽炎、エネルギー……星幽体が何処から供給されているか、感じ取れマスカ?」

「えっと……妖精さんたちが皆で協力して、私の中に小さな門を開けている感じがします。その門から力が流れてきて……」

 

 つまり、妖精の魂を直接星幽体に変換しているのではなく、『星幽界』からエネルギーを引き出して発動しているのだろう、とだけ凛は理解した。

 だがその奇跡を起こすための原理が分からない。分かるのは、特例級の異常事態だろうということだけ。

 

「……リン、どう思いマス?」

「うーん……。流石にそれだけでは……せめてどういう魔術系統に近いのか分かれば、何か見えてくるかも。()()()()()()()()()()()()()()()……。陽炎、その状態で他に普段と違う点はない?」

 

 目を開けて、自分の手を握ったり開いたりしながら考え込む陽炎。

 

「……えーっと、いつもより身体が軽いです。疲れが全部吹き飛んだみたい。あとは世界が薄くオレンジがかって見ます」

「「オレンジ色?」」

 

 叢雲と金剛の声が重なった。

 

「どうかした?」

 

 凛が尋ねると、二人は顔を見合わせて、叢雲が答えた。

 

「私たちがその状態になった時は、視界は薄紫色よ」

「陽炎だけ見え方が違うのか……。遠坂、オレンジと紫で関係しそうな魔術系統って?」

「色彩が関係する魔術要素なんて沢山ありすぎて絞り込めないっての。艦娘全体の基礎となる系統からの派生現象だと思うから、その系統さえ分かれば、或いは」

「……だよな」

 

 手がかりになりそうな物と言えば、魔術師だと思われるこの鎮守府の以前の管理者。もう一度、前提督の部屋を捜索してみるべきだろう。

 その時、陽炎から吹き出していた光がフッと途切れた。

 唐突に彼女は、腰が抜けたように床にへたり込む。

 

「げ、限界っぽい」

 

 その様子に叢雲や金剛は首を傾げる。

 

「制限時間があるの?これは……」

「ワタシたちの上位互換、ではなく利点が違うのかも……?」

「三人の内で陽炎だけが色々と違うんだろうな」

 

 士郎は昼間を思い出すように言った。

 

「見るからに特殊な状況で発現してたし」

「そういえばそうか……」

 

 凛は少し考え込んでから、「ねぇ」と金剛たちに問いかけた。

 

「あなたたちの場合はどういう状況で発現したの?」

 

 これに二人はなんとも言えない表情をする。

 

「それが、デスネ……あまり詳しく覚えていなくて……Sorry」

「なにしろ八年前の事だしね」

「ワタシの場合、グレイ・グーで沈みかけた時だったのは覚えているのですが、前後の記憶が怪しいネー」

 

 これに凛は、大して落胆した様子もなく頷いた。

 

「それもそうね。仕方ないから精神に直接聞くしかないわ」

 

 ぎょっとした顔をする二人。

 

「二人の内どっちか……じゃあ金剛でいいか。一晩付き合ってくれる?」

「え、ちょ、チョット待ってくだサイ!それってやっぱりその……記憶を覗かれたりするの?」

 

 金剛は青くなった。

 場合によっては心の中の、士郎に対する淡い感情まで全部読み取られてしまう。

 

「まあ多少は。でも大丈夫よ。余程、『星幽体駆動形態の発現当時』意外を強く意識しない限りは、情報が多すぎて余分な記憶は入ってこないから。そこは私も善処する」

「む、叢雲……?出来れば変わって欲しいような」

「私は拒否するわ」

「そんなぁ……!」

 

 士郎は、おや?と少し引っかかった。

 今の叢雲の拒絶に、若干機械的な感触がしたように感じたのだ。だが他の皆が気にした様子はなく、気のせいだったのだろう、と結論づけた。

 

「それじゃ、金剛以外はお開きにしましょうか。遅くまでありがとね」

「はい。士郎さんもごちそうさまでした」

「お休み。何か分かったら教えてね」

 

 凛の言葉で、部屋中の魔術的ロックが一時解除され、陽炎と叢雲も退出していく。

 士郎と凛の部屋に、金剛だけが取り残される。

 

「士郎、二つのベッドをくっつけて、私と金剛で使いたいんだけど、構わない?」

「分かった。俺はソファで寝るから気にしないでくれ」

 

 そう言うと士郎は、ソファに横になってシーツを被ると、程なくして眠りに落ちた。

 まだ完全に慣れたとは言い難い船旅に、固有結界をフル活用した戦闘などによって、見た目以上に疲労していたのだろう。とどめは皆から勧められた酒杯かもしれない。

 

 

「あ、アノ……リン?」

「んー?」

「これは一体なにを……」

 

 ベッドの上には、仰向けに寝かされた、ルームウェアと下着をはだけさせられた状態の金剛と、その肌に魔法陣のような紋様を書き込む凛がいた。

 

「私とあなたの精神を接続するのに、魔術回路を繋げるだけじゃちょっと不安だし、補助として……ね。簡単に洗い流せるから心配しないで。……それにしても綺麗な肌ね」

「ひゃぁ!や、やめ……!というかシロウに見られ……」

「大丈夫、起きそうになったら魔術で昏睡させるから。それに布団被ってれば見えないわ」

 

 準備を終えた凛は「よし」と呟くと、金剛と手を繋いで魔術回路を接続して、布団を被り自分もベッドに横たわる。

 

「じゃあ行くわよ。いざ、精神の旅へ!」

「ううぅ……誰かヘルプミー……」

 

 

 

 

 

 

 遙か遠く、閉ざされた空間で、ソレは思考する。

 

 ――――対象 補足。

 

 ――――対象の脅威度 大凡算出。

 

 ――――対象の排除に必要な戦力 算出。

 

 ――――戦力の確保に掛かる時間 算出。

 

 ――――条件充足次第、対象の排除を開始する。

 

 八年前に止まった時間は、間もなく動き出す。

 

 全ては、■■■■■に。 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
彼女自身は飲んでいない。六駆では響のみ飲む




W i T :『Weck ihn aus der Trunkenheit』から(自分用メモ)。型月でノタリコンといえば青子が思い浮かびます。まほよ第二部……どこ?
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