正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第35話 艦娘という魔術Ⅱ

 風を感じた。

 『遠坂凛(わたし)』が海面を滑空するような速度で移動しているからだ。

 

 空は暗雲が垂れ込めている。

 そして水平線からは無数の黒い点――――深海棲艦が現れる。その数は少なく見積もっても数千。

 

「これ……は……」

 

 口が自分の意思とは関係なく動いた。

 否。呟いたのは私では無く金剛だ。

 

(これが八年前のグレイ・グー……。よしよし、無事にこの記憶に辿り着けたか……)

 

 最初は関係ない記憶も少し見えたりしたが、すぐに金剛の意識はこの時間へと定まった。

 初めてにしては驚くほどスムーズな記憶指定だ。思考の制御に慣れているのかもしれない。

 

 遠坂凛(わたし)は金剛の無意識を通して、彼女が保有している当時の正確な記録を、彼女の視点で追想している。

 本人が忘れたと思っていても、それは思い出せなくなっているだけ。記録は無意識領域に残り続ける。たとえ一生涯思い出すことが無いとしても。

 それを科学ならざる技術によって、克明に想起させているのが現状だった。

 或いはこういった分野に於いてならば、魔術の神秘が科学に駆逐されるまでの時間は、他よりも多く猶予があるかもしれない。

 

「アレ全部が、深海棲艦デス……?」

 

 八年前の金剛が、喉を引きつらせる。

 だがそれも一瞬で、すぐさま彼女は仲間に無線を送った。

 

「アカツキ!アナタは即座に鎮守府に帰還。島の結界を突破されされないように……じゃなくて!テイトクに指示を仰いで」

 

 金剛の視点しか見えない私には確認できないが、暁と一緒に航行していたらしい。

 幼い声で返答があった。

 

『り、了解よっ』

 

 金剛の感情はほとんど直接、こちらに伝わってきている。

 動揺は驚くほど少なかった。

 

「さて……見たところほとんどが駆逐、軽巡程度。あとは……輸送級?やけに多いデース」

 

 余裕を支えているのは自負。

 あの程度の敵ならば、どれだけ数が多くても早々にやられることはないだろうと、金剛は考えている。

 

 実際私も同意見だった。

 金剛の実力はよく知っているつもりだったし、何よりも敵から放射される霊的なレーダー波の強度から、八年後の個体とは比較にならないほど弱いと推測できる。

 

『金剛っ!』

 

 突然通信が入る。

 

(この声……叢雲ね)

「ヘイ叢雲、近くの泊地から救援要請でもありマシタ?でも生憎コッチは」

『それもあるけど!そうじゃなくてっ。し、司令官が……!』

 

 今の叢雲からは考えられないほど動揺していた。

 当然と言えば当然だろう。八年もあれば、様々なことが変化していく。

 

『司令官がボートで飛び出して行っちゃって……!そっちの方角に向かってるはずなの!』

「ハァ!?どうして止めさせなかったデスカ!」

『わからない!わからないの……!なんでか止められなくって……お願い金剛、司令官を連れ戻して……』

 

 その会話を聞いて思い出した。

 確か前任の……というか本来の『提督』は、この時に失踪したと叢雲が言っていた。

 

(……何が起きてる?)

 

 その疑問は程なく解消された。

 金剛は、彼方の敵と背後の鎮守府へと続く航路を何度か見比べて、提督の確保を優先したようだった。

 先に帰路に就いた暁を追い、提督を鎮守府へと連れ帰るために最大戦速で海を駆ける。

 

 やがて、暁よりも先に小型ボートを電探で補足する。

 

(暁がいない?)

「アノ船で暁を振り切れるハズが……」

 

 金剛と私の疑問が重なる。

 程なくして小型ボードがこちらへ向かってきた。

 

「止まってクダサイ!テイトク、聞こえマスカ危険デス!今すぐ回頭して帰還を――――」

 

 併走しながら呼びかけていた言葉が途切れる。

 意識と視界に霧が掛かったように、感覚が曖昧になった。

 金剛には未知の感覚かもしれないが、私には違った。

 

(暗示、幻惑か。こいつ、金剛に魔術を使いやがった……!)

 

 不鮮明な視界に、ボート操縦席の人物が映る。

 若い男性。外見上は30代かそこらか。

 目が合った。

 仲間である金剛に対して特に興味を感じていない表情は、そんなことよりも重要なことがあるとでも言いたげだった。今はただ、魔術が効果を発揮したか、ただ確認しただけだと分かった。恐らく叢雲や暁、他の艦娘たちも暗示を使ってやり過ごしたのだろう。

 

 小型ボートが、大量の深海棲艦がいる方向へと遠ざかっていく。

 そして短い間、金剛の意識は暗示によって完全に塗り潰された。

 

(お願い金剛、早く目覚めて!)

 

 どれだけの時間が経ったのか、金剛の意識が覚醒した時、小型ボートは忽然と姿を消していた。

 

『――――剛!金剛!?どうしたの?ねぇ!?』

「アレ……ワタシ、何を……?っそうだテイトクは!?」

 

 見渡しても、電探で広範囲を洗っても、もう深海棲艦しか発見できなかった。

 

 

 それからの彼女はよく戦った。

 動揺を押さえ込み、単騎で敵の防波堤となるべく獅子奮迅の立ち回りを演じた。

 屠った敵の数は300を超えただろう。

 それ以上の数がアリマゴ島の方角へと抜けて行ったが、榛名や龍驤など、頼りになりそうな艦娘はいる。

 彼女らがなんとかするのだろう。

 

 この頃の金剛が現在の金剛と違うのは、艤装の変形を行わないこと。怪我の修復に時間が掛かること。そして、星幽体駆動形態を使えないこと。

 

 ほとんどの敵砲撃を『装甲』で跳ね返すとはいえ、全てでは無い。

 時間が経つにつれ、戦艦や空母など、急速に敵の編成が強力になっていったのもある。

 交戦距離は数十メートルから数メートルまで近づき、遂には砲撃だけで無く、殴る、引き千切る、投げ飛ばすといった攻撃すら交える事になった。

 掲げた敵の屍を盾にして、或いは押し寄せる敵の身体を踏み台にして飛び跳ねて、着実に撃破数を増やしてゆく。

 視界には常に10隻以上の敵が映り、強力な鬼・姫級こそ居ないが数十隻の敵に囲まれながら戦った。そうするうちにも、敵の密度は際限なく上昇していく。

 こうなると当然金剛もただでは済まない。

 

 疲労と損傷は徐々に蓄積してゆき、やがて限界は訪れた。

 

 両足と背中の艤装を破壊され、両腕は打ち砕かれ、胸に大きな風穴が空く。

 もはや海面に立つことは適わず、艦娘金剛は海に沈んだ。

 

 暗い水底へと沈みながら、彼女の脳裏に過ぎったのは後悔だった。

 

 戦艦『金剛』はかつての大戦を経て、今再び沈んだ。あの時は乗員を、今は妖精を連れて。

 せっかく彼らと同じヒトの姿を得たのに、今日まで禄に会話もしてこなかった。出来るのかさえ知らなかった。それを今頃になって彼女は悔いたのだ。

 

 嗚呼、もう手遅れだと分かっていても

 

「(それでも、最後にこの子たちの事が知りたい)」

 

 もしかしたらこの時、彼女の作り物の身体は完全に死んでいたのかもしれない。

 やがて作り物の身体に収まった作り物の魂さえも、消滅してゆく、その刹那。

 

 感覚は無限に引き延ばされている。

 器が無くなったことで彼女の魂は、同じ階層にある妖精たちと繋がることが出来た、のかもしれない。

 

 傍観者である『遠坂凛(わたし)』に理解できたのは、金剛は妖精たち一人ひとりの生前の人生、全てを視て、擬似的に体験したらしい、ということ。

 僅かにソレを経験しただけで、私は自分のその行為に対しての危機を覚えた。仙人でも無い只人の身で、悠久の時間経過を体験することになるからだ。

 自身の精神を保護するために、私は金剛との同調を意図的に乱すことで、変化が表れるまで外側から観察を続ける。

 この事態はどういった魔術的意味を内包しているのか。

 

(まさか……擬似的な輪廻転生だとでも?妖精たちの人数と同じ回数……?何百回、ううん、下手したら何千回……?)

 

 それからどの程度時が流れただろう。 

 艦娘という作られた魂、その階層が変化する。

 

 

 

 

「アレ……?」

 

 ()()()()()()()()()視界を見渡す。

 気がつくと金剛は、海面に立っていた。

 

「ワタシ、どうして泣いて……」

 

 ゴシゴシと涙を拭うが、後から後から溢れ、頬を伝って海に落ちていく。

 とても永い、永遠のようなユメを見ていた気がした。

 

 

 しかしいつまでもそうしてはいられない。

 何故か元通りになっていた艤装から霊波を発信し、鎮守府の方角へ多数の敵反応が向かっていった事を知る。

 

「……今すぐに向かわないと!デモ……」

 

 反対側の海を振り返る。

 あれほど際限なく押し寄せてきていたその方角からは、もう何の反応も感じられなかった。

 

「……ッ」

 

 困惑を振り切って、彼女は海を駆け出した。

 守るべき場所と、仲間の元へ。

 提督に関する自身の記憶や優先度が、不自然に変化していることには気付かずに。

 

 金剛がアリマゴ島に帰還してしばらくした後、深海棲艦は潮が引くようにその数を減らしてゆき、『グレイ・グー』は終息することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういう、事」

 

 金剛の記憶から戻った私は、ベッドの上で上体を起こした。

 時計を見ると、一時間弱が経過している。

 頭がズキズキと痛んだが、多分問題ない範囲だろう。頭を抑えようと手を動かして、金剛と手を繋いだままだと思い出した。

 

「……ふ」

 

 繋がっていた魔術回路を解き、ゆっくりと手を引き抜く。

 

「ン……」

 

 金剛が身動ぎして、目を覚ました。

 

「……リン」

「お疲れ様、どこか不調は無い?」

「……多分……わぁ!?」

 

 彼女はこちらと同じように上体を起こしたが、はだけた服から色々露出していることに気付いて素早くシーツを胸まで引き上げた。

 

「大丈夫よ。今魔術で士郎の眠りを深くしたとこだから」

「……」

 

 ソファの上で、こちらに背を向けて眠る士郎をしばらく注視する金剛。

 その肩が、呼吸に伴って規則正しく揺れるのを確認して、ようやく安心したようだった。

 

「それで、記憶は問題なかったデスカ……?その……コチラはほとんど記憶が無くて」

 

 恐る恐る尋ねる金剛。……理由は分かっている。

 無意識領域にある記憶なので、あくまで術者である私だけが内容の持ち出しに成功したようだ。

 

「ええ、ばっちりよ。……あとそれだけじゃ無くて」

 

 黙っているのは不誠実だと思うので、正直に告白することにした。

 金剛の意識の中で見た、『それ以外の記憶』のこと。

 

「ごめんなさい金剛。私知らなかったの……その、あなたが士郎をどう思っていたのか」

「……っ!」

 

 目が大きく見開かれ、口元が手で塞がれる。

 薄明かりの下でもはっきり分かるほど、金剛の顔色が変化した。見ているこちらが申し訳なくなる。

 彼女は布団の上にばふっと突っ伏した。

 

「ううぅ……。こんなのあんまりデス……。惨めな心の内を、ほ、本人たちに知られるなんて……」

「ごめん……」

 

 凛としても気まずいというか、それ以上掛ける言葉が見つからない。なまじ金剛に対する好感度が高いために、反感を覚えることも無く非常に表現しづらい感情だった。

 しばらくすると金剛がゆっくりと顔を上げた。

 

「リン……お願いしマス、この事はシロウには……」

「……流石にそんな酷いことしないわよ」

 

 頭を抱えそうになりながら凛は、金剛の“その記憶”を思い出す。金剛は、士郎に抱いた思いを打ち明けるつもりは無く、最後まで心の奥底に秘めておくつもりらしかった。

 金剛では無く叢雲の記憶を見せて貰えば良かった……。と少し後悔する。

 

 だがいつまでもそうしては居られない。

 

「よし、棚上げしよう」

「リン……?」

「今優先すべきはマリアナ。その為のトラック到達なんだし、余計なことは考えないことにする!あなたも、変に引け目とか遠慮とかせずに、普通に接してくれると助かる。……勝手に記憶を暴いた私が言うのも何だけど」

「イ、イエ。そもそも、記憶が漏れたのはワタシの未熟さデス。デモ、ああ……そうか」

 

 金剛は力なく微笑んだ。

 

「やっぱりワタシ、シロウに惹かれてたんデスネ……」

「金剛……」

「お陰ではっきり自覚できましタ。リンには悪いですケド、知って貰えてチョット気分が楽になったかも。謂わば無敵状態デース」

 

 ぽかんとしていた凛も、思わずといった感じで笑いを漏らした。

 

「なにそれ」

「ヨシ、じゃあワタシは戻りますネ。明日も頑張りまショウ……」

 

 金剛は大きく伸びをすると、そのままベッドから立ち上がった。

 

「もう遅いんだし、ここで寝れば?」

「アハハ、それはチョット出来まセーン」

 

 金剛はソファで眠る士郎を見ると、首を横に振った。

 そのまま静かに扉を開ける金剛に、凛は声を掛ける。

 

「……お休み、金剛」

「ハイ。お休み、リン」

 

 扉が閉じられ、凛と士郎だけが残った。

 凛は、士郎が眠るソファにこっそり近づき、寝顔を覗き込む。

 

「狸寝入りなんてしてないわよね、衛宮くん」

「――――」

 

 士郎の規則正しい呼吸に乱れは無い。

 

「あんな良い子が、ね。……モテモテか、士郎のクセに」

 

 少し悔しくなって、士郎の頬をふにふにと突く。

 

「むう……私が育ててあげたのにぃ~~」

 

 そのお陰で今や士郎は、他の女性の目にも優良物件に映ることが多い。倫敦や諸国漫遊の最中でもそれは凛も感じていた。

 ただ具体的に、士郎のどの部分が金剛の琴線に触れたのかまでは分からない。

 

(……私は士郎をどうしたい?士郎とどうなりたいの?)

 

 一人の魔術師であり、また一人の女性でもある凛が、結論を先送りにし続けている問題。

 そしてそれは、多分士郎も同じ。

 

(私は、遠坂家の当主。代々受け継がれてきた刻印を、次代に繋げなくてはならない。その生き方に不満は無かった。でも……)

 

 その生き方に士郎まで巻き込む事は許されるのか。そう考えることもある。

 自分以外の子の方が、士郎の為には良いのではないか。そう考えると苦しくなる。

 

「好きよ、士郎」

 

 不意に涙が滲んで、慌ててゴシゴシ擦る。

 

「……私も寝よう」

 

 もう少し。せめてもう少しだけ、今のままで。

 そう祈りながら、凛は自らに眠りの暗示を掛けた。  

 

 

 

 

 

 

 小さな物音に目を開ける。

 金剛が帰ってきたらしい。

 薄く開いた目を再び閉じて、叢雲は眠りに戻ろうとする。

 ……が。

 

「……む?ちょっと、ここは私の場所よ。アンタのベッドはそっち……」

「……」

 

 もそもそと、無言で叢雲のベッドに入ってくる金剛。そのまま抱き枕代わりにされる。

 

「もー暑苦しいっ。とっとと離れなさいよ」

「……」

「ぎゃあ折れる折れる戦艦の馬力で締め付けるな馬鹿!」

 

 だが金剛は相変わらず無言で、しかも心なしか元気がなかった。

 その理由を見つけようとして、はたと思い当たる。

 

(え、まさか本当に……?)

 

 こんな事なら自分が手を挙げておけば良かった、と思う叢雲だったが、あの時は何故か拒否の言葉が口を衝いて出たのだ。別に知られて困る過去なんて、もう無いはずなのに。

 

(詳しく聞きたい、気もするけど、聞ける雰囲気じゃ無いわね)

 

 仕方ない、今夜ばかりは抱き枕に甘んじてやるか、と叢雲は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 士郎はソファの上で目を覚ました。

 時計を見れば、間もなく朝の五時。

 

「~~~っ」

 

 起き上がって伸びをすれば、あちこちの関節がバキバキと鳴った。狭いソファで寝ていたからだろう。

 ベッドで熟睡する凛を見つけて、思わず顔がほころぶ。

 昨晩は上手く星幽体駆動形態に関する情報を得られたのだろうか。

 

 とりあえず身体を動かして、食堂の台所を使わせて貰おう、と考えた士郎は、音を立てないように着替え始めた。

 

 鎮守府本館の隣にある食堂へと向かう道すがら、停泊中の『かぜなみ改』が目に入った。

 甲板上に秋津洲の姿を見つけたので、近寄って声を掛けた。

 

「早いな、修理か?」

「あっ、おはよう士郎君」

 

 分厚い皮エプロンなど、溶接用の保護具を纏っているが、特徴的な疑似ツインテールは健在で、一目で秋津洲だと分かる。

 彼女は手持ち溶接シールドを置くと、にぱっと笑った。艤装のクレーンやロボットアームが何本も展開されていて、個人工場とでも言うべき様相だ。

 

「なるべく早くこの子を動かせるようにと思って。戦闘以外なら私が主力だし」

「あまり無茶はするなよ。秋津洲の代わりは居ないんだから」

 

 すると秋津洲の表情がからかうような色を帯びる。

 

「……ふーん。まさか君が無茶をするな、とはねぇ」

「あっ……と。朝飯を作りに来たんだった。秋津洲の分も用意してくるから待ってろ」

 

 自分に不利な空気を感じ取った士郎は、そそくさと逃げ出した。

 

 

 食堂で作ったのは、缶詰パンに白身魚のフライを挟んだフィッシュバーガーと、貝類や海藻から出汁を採った魚介スープ。

 ちなみにパン粉は缶詰パンから無理矢理作っている。

 そして地味に大活躍するのが、キャッサバという南国の芋。長くなるので詳しくは割愛するが、鳳翔さんや六駆の子たちが島で採ってきた*1のを、水に晒して毒抜きして使っている。粉状にして炒めた物はファリーニャといい、以前から料理に使ってみたいと思っていた食材だった。

 さらにはデンプン……片栗粉も採れる。キャッサバからとれたデンプンはタピオカの原料にもなるため、今度時間があれば、タピオカ入りココナッツミルクに挑戦しようと思う士郎だった。

 

 バーガーとふかし芋はバスケットに詰めて、スープは魔法瓶に入れて、かぜなみ改へと戻る。

 

「出来たぞ」

「うわ、なんか凄いの出てきたかも」

 

 甲板に適当に腰掛けて、二人で朝食を頬張る。

 

「どうだ?修理できそうか?」

「まあね~。これでも大型飛行艇整備艦の概念の結晶体ですから」

 

 素早く食べ終えた秋津洲は、ごちそうさま、と礼を言ってから早速修理の続きへと向かう。

 

「食事は必要ないはずだけど、食べたらなんか元気出てきたかも。損傷箇所の把握は終わってるし、明日までにはばっちり間に合わせるから、士郎君たちは他のことやってていいよ」

「……そっか。じゃあよろしく頼むよ」

「了解しましたかも、副司令」

 

 

 

 士郎が宿泊棟に戻る頃には六時を過ぎていて、凛も起き出してきていた。

 

「朝ご飯出来てるぞ。菜園組のキャッサバ付きだ」

「そう、鳳翔さんたちには感謝ね」

 

 地獄の寝起きモードを脱した凛が、髪をポニーテールに纏めながら言った。

 

「かぜなみ改は秋津洲が一人で出来そうだって言ってたぞ。俺たちがやる事ってまだあるか?」

「ある。……御飯食べたら、前任の提督の部屋をもう一度精査するわよ。知りたいことができたから」

 

 

 雨樹久臣(あまぎひさおみ)。それが、前任の提督の名前だった。

 

「雨樹提督の私室を調べたい?好きにすれば?」

 

 叢雲に聞くとあっさりと許可されたので、士郎と凛は連れ立って部屋へと向かう。驚いたことに凛は『代理契約の慧石』(テンカウント・リプレイサー)を既に起動させていた。彼女を中心に、十の燦めく宝石が廻る。

 

「随分本気なんだな、遠坂」

「ええ。油断しない方がいい気がするの、この魔術師には」

 

 行方不明の人物相手にこれだけ警戒するということは、昨晩何か新たな情報を得たのだろう、と士郎は察した。

 深く追求はしない。必要であれば、彼女はいずれ全てを話すだろうから。

 

「この部屋までの道のりを全力でスキャンしてみたけど、やっぱり日本の、密教系のモチーフが多いみたい。……表面上は」

「表面上?密教のモチーフは偽装で、実際は違うのか?」

「或いは近しい魔術系統か、って感じね。……ここからは礼装は邪魔になる」

 

 そう言うと凛は『代理契約の慧石』(テンカウント・リプレイサー)をポケットに仕舞うと、私室の隅にある扉を押し開けた。

 衛宮矩賢氏の遺留品などが保管されていた、魔術師の工房と思しき空間だ。

 

 凛は慎重に足を踏み入れると、あちこちを指先で軽く叩いてみたり、空中の何かを掴もうとするかのように手を動かしたり、士郎には理解できないような方法で何かを探った。

 そうして30分ほどが経過した頃、彼女は指をパチンと鳴らした。

 

「なんだ、そういう事ね!」

 

 それから聞こえないほど小さな声で何かを呟きながら、凛は部屋の中央付近の高さ一メートルほどの位置で、何かを掴むような仕草をした。

 すると、何も見えないその位置から、鎖を揺らすような金属音が響いた。

 そのまま凛は、水底に沈んだ鎖を手繰るように、見えない何かを引っ張り続ける。

 

「……!?」

 

 やがて水の中から浮かび上がるようにして、木製の古い扉が床面に現れた。

 

「……ビンゴね」

「こんな仕掛け、よく分かったな」

「ある程度、決められた様式、ルールに則って隠されてるからね」

 

 それでも、今の作業には卓越した技能が必要だろう事は士郎にも分かった。

 士郎が比較的得意とする物理的な構造把握だけならば、何週間掛かっても見つけられないだろう。そしてこの魔術工房の主の実力も、侮って良い物では無かった。

 

「士郎、ちょっとこれ持ってて」

「了解」

 

 パントマイムのように、凛が手に持つ『何か』を受け取ると、鎖の冷たい感触がした。

 凛はというと、床に出現した扉――西洋の術式だけでなく、どこか曼荼羅を思わせる意匠が記されている――を手で触れて調べている。

 軽く魔力を触れさせてみたり、極小規模の弱い魔術を試薬のように掛け続けてみたり、慎重に解析を進めている。

 

「――――多分この真下に物理的な空間がある。完全に密閉されてて、この扉の先に形成された極小の『異界』を通路として入室する……みたい」

「ガチガチの工房じゃないか。ここは鎮守府だろ、魔術師にとって本拠じゃない臨時の居場所のはずだ」

 

 そこまで厳重な仕掛けを作る意味はあるのか、と言外に問いかける。

 

「分からない。けど提督として着任する以上は、何年もこの島に腰を据えなければならなかったはず。魔術師として研鑽に充てるべき貴重な時間を、艦隊指揮だけに使いたくなかったのかも」

 

 凛は準備運動のように手の関節を鳴らすと、再び『代理契約の慧石』(テンカウント・リプレイサー)を展開した。

 

「今から扉の鍵を開けるわ。ちょっと下がってて」

 

 士郎は大人しく三歩後ずさって、凛を見守る。

 そして、凛は一小節の魔術を高速で連発した。

 

世界(Welt)節制(Moderation)女教皇(Papst)へ。……違う、次。」

 

 幾つかの単語の組み合わせ……だろうか。見ている士郎にはよく分からないが、凛は似通った何通りかの一小節の連なりを扉へぶつけていく。

 単語の数は段々と増えていき、最終的に十小節ほどまで膨らんだ。

 

「――――、そして戦車(Tank)から女帝(Kaiserin)、女帝から愚者(Dummkopf)

 

 凛の言葉と同時に、周囲の宝石たちが対応する属性の魔術を繋げて行く。

 その道筋こそが、この扉の鍵だった。

 その証拠に、扉が勝手に開いてゆく。

 覗き込んだ先に広がるのは、純粋な黒い闇。

 

「このルートが正解か……。基本に忠実というか、もはや融通が利かないレベルね。この人がグレイ・グーなんて引き起こせるのかしら」

「遠坂、それは……!」

「ううん。金剛の記憶から、雨樹提督が怪しいと思ったんだけど、もしかしたら外れかも」

 

 凛はそう言いつつ、士郎の指に、魔力で編んだ糸を結んだ。……何故か小指に。

 長いその糸の逆端は、凛の手に握られている。

 

「じゃ、私はこの中に入って調べるから。士郎は外側で『楔』の役割お願いね」

 

 そう言うなり、凛は扉の奥の闇に、躊躇無く飛び込んだ。

 

「なっ、遠坂!」

「あ、声は聞こえるみたいね。こっちは如何にも『魔術師の工房』って感じよ」

 

 士郎は胸を撫で下ろす。

 

「平気なんだな?」

「そう。ここまで厳重に隠した部屋が、罠なわけがなかったか……ってちょっと、これ」

「どうした!?」

 

 凛の不穏な声色に、士郎の緊張が高まった。

 

 この日、凛がこの工房の中で見つけたのは、雨樹提督の裏切りを示唆する証拠となり得るモノだった。

 

*1
俺たちが島に来てから、彼女たちは島中から食材になりそうな物を冒険感覚で探してきてくれる。意外にも鳳翔さんが一番熱心だ。




祝、艦これ7周年

【SG レーダー(初期型)】
今まで索敵値がゼロだと思ってました。おかしいとは思ってたんです、索敵0のレーダーって何だよ、と。
……GFCSより索敵範囲広いじゃん!なんなら22号改四後期より広い!教えてよおお
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