正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第37話 Do what thou wilt shall be the whole of the Law

 甲殻類を思わせる流線型の下部には、頑強な上顎と歯が備わっている。

 禍々しい意匠こそ健在なれど、動き出す気配を感じさせないそれは、廃棄された鉄屑のような雰囲気を纏っている。

 

「深海棲艦の……艦載機!?」

「落ち着いて。爆薬に相当する部位は外されていたし、私の魔術で拘束してあるから」

 

 凛は80センチメートルほどの艦載機の表面を指でなぞりながら、無力化していることを示した。

 

「雨樹提督の地下工房には、コレが限定的な封印を施されて放置されていたの」

 

 口元を押さえていた鳳翔さんが、おずおずと艦載機へと手を伸ばし、触れた。

 

「この形状は……これは()()()()この島に……」

「過去の資料を漁ったけど、グレイ・グー以前、八年ほど前の一般的な敵艦戦と形状が一致していたわ。つまり、コレは八年以上もこの鎮守府の内部に存在していたと考えられる」

「どうして……」

 

 小さく呟いたのは暁だった。その顔は少し青褪めている。

 

「どうして司令官がこんな物隠してたの……?」

 

 凛は数秒間目を閉じて沈黙した。自分が手にした事実を開示すれば、彼女たちは余計なショックを受けるだろう。しかし、暫定的に提督・副提督という役割に収まっているとはいえ、凛たちと彼女たちは対等な協力関係だ。

 誤魔化したりはしない。そう判断を下す。

 

「雨樹提督の真意は、今となっては誰にもわからない。だけど、残された艦載機(これ)の機能から推し量ることは出来る」

 

 彼女は立ち上がると「みっつもあれば十分か……」と呟きながら宝石を取り出し、右手を艦載機に翳す。

 

「今からかなり強めに魔力を撒き散らすから、皆は電探の受信機を感度最大にしてね」

 

 各々が戸惑いながらも従うのを確認して、凛は瞬時に大量の魔力を体内で生み出し、翳した右手から放出した。

 溢れだした魔力は会議室を満たし、士郎も叢雲たちも一瞬、水中にいるかのような圧迫感を感じた。

 と次の瞬間には、全ての魔力が三つの『代理契約の慧石(テンカウント・リプレイサー)』へと吸い込まれる。部屋に満ちる一切の魔力が消えることで、艦娘たちの電探はクリアな感度を取り戻す。

 そして、彼女たちはそれに気付いた。

 魔力が消えた直後のほんの一瞬、機能停止しているかと思われた深海艦載機から、通信用の霊波が発せられていたのを感じ取ったのだ。

 霊波は予め会議室に張られた結界に反射して、外に漏れ出ることはなかった。

 

「……!」

「感じたでしょ?」

 

 絶句する面々に、凛が聞く。

 

「たとえこの島の結界の内部であっても、大量の魔力霊力が撒き散らされた場合は、それらが霧散するまでの僅かな間、あなたたちの受信能力は麻痺する。この艦載機はその瞬間だけ、通信霊波を発するように調整されている」

「何のためにそんな……」

「……さあね。断言は避けておくけど、一つ言える事がある。この島に結界が張られているにも関わらず、時折深海棲艦が()()()()のは、こいつの通信霊波のせいでしょうね」

 

 士郎はこの島に来てから、深海棲艦の侵入があった時の状況を思い返していた。

 この世界で目覚めた直後のタイミング。

 凛が島全体の結界の補修に魔力を注ぎ込んでいたタイミング。

 凛と金剛が模擬戦で大技を撃ち合った直後のタイミング。

 

(でも最初に目覚めた時は……そうか、第二魔法による世界間の平行移動(スライド))

 

 いずれも大量の魔力が発せられていたはずだ。

 それを感知したこの深海艦載機は、艦娘たちの知覚を盗むようにして近隣の深海棲艦へと信号を送っていたのだろう。そして偶然、信号の到達範囲内にいた深海棲艦が、発信元であるアリマゴ島の座標へと引きつけられたというわけだ。

 

「でも……それじゃあ……」

 

 自分の足元を見つめたまま、暁が声を震わせた。

 

「雨樹提督は暁たちの敵……だったの?」

「……ッ!」

 

 叢雲がやるせない表情で顔を逸らした。

 確か彼女は雨樹提督が居た頃、秘書艦を務めていたはずだ。

 凛は唇を噛んだが、立場上黙っているわけにもいかなかった。

 

「その可能性は否定しきれない。でも敵だったと確定したわけでもないわ」

 

 言葉の後半は子供騙しの慰めのような物だと、彼女自身が理解していた。

 実際、暁たち四姉妹は元気をなくしたように落ち込んでいる。

 

「……ともかく、以上が今回報告しておきたかった内容の全てよ。他に分かったことがあれば、追って連絡します」

 

 そうして凛は解散を告げた。

 一部の艦娘の不安な表情も、何か言いたげな様子も気付いていたが、逼迫した状況が見た目以上に彼女の余裕を奪っていた。

 名ばかりとはいえ、提督の立場に収まっていること。士郎の戦闘力の向上ぶりが不安を煽ること。少しでもこの先の戦闘で優位に立つために兵装の開発を急いでいること。またこれに加えて、雨樹提督が生きていた場合、カバラの魔術師を相手にした戦闘も想定しなければならない。

 

「ハイ、フリートガールズ。落ち込んでる暇はないヨー。疑念も不安も、雨樹テイトク本人に出会った時にぶつければいいネー、ワタシの勘では彼は多分生きてるヨー」

 

 金剛が手を叩いて皆を促した。ぽつぽつと席を立ち、退室し始める。

 

「あ、あの、衛宮さん!」

「――――?」

 

 士郎が振り返ると、電がこちらを見上げていた。後ろには姉妹たちの姿もある。

 

「どうした?」

「その、電たちは精神操作されてたかもって……」

「む。ああ……でもごく限定的な物だろうって遠坂も」

 

 それでも電の不安は晴れないようだった。

 

「怖い、のです。もし……もし私たちの感情が操られていたら、今のこの思いも自分の物では無いとしたら、私たちはこれから何を基準に行動すればいいのですか?」

「私もちょっと思うわ。今自分が持つ望みは、本来の自分から生じたものなのかしら?もしこの先、凜さんや士郎さんに砲門を向けるように思考が操られたら……って考えてると、なんだか自信無くなるわね!」

 

 雷もそう言って、困ったように笑う。彼女も根本にある感情は“不安”だろう。

 

「……」

 

 こんな悩みを抱えている彼女らの相談相手が、自分なんかで良いのか。様々な面で未熟者なのに。

 かといって今凛は色々忙しい。彼女の負担を増やす事はしたくない。

 迷った末、士郎は口を開いた。

 

「本当に魔術で強制的に変更された思考なら、時間を置いて思い返せば違和感を覚えるって聞いたことはある。……それとこれは参考までに、俺の考え方なんだけど」

 

 そう前置きする。

 

「そもそも“自分の考え”なんてものは、ほとんど存在しないんだよ。少なくとも俺には」

「えっ……?」

 

 四姉妹が目をまん丸くしたので、思わず苦笑する。

 

「ああいや、思考放棄してるってワケじゃないぞ。だいたいの考えが他人からの借り物なんだよ。子供の頃から周りの大人や、本やテレビの情報なんかに囲まれて、沢山の考え方に触れることで『衛宮士郎』って人格が形成されて。それって他人の判断基準を、自分の中に取り込むって事だろ?俺の場合は一番大切な理想まで、他人からの借り物だ」

 

 自分の世界が漂白されたかのようなあの日、絶望すら抱かなくなった瞳に映り込んできたその光景が、余りにも印象的だったから。それこそ空っぽになった心を、全て満たしてしまうほどに。それ以来、その男の理想をそのまま拝借してしまった。

 

 電たちは微妙な顔をしている。

 

「えーと……。それでも良いんだって思えたんだよ。それが自分の中から生じた物では無くても、その考え、理想を美しい物だ、素晴らしい物だって思えたのは、事実だったし」

 

 士郎は電に目線を合わせ、その両肩に手を置いた。

 

「だからちょっと大げさかもだけど、精神操作なんてあっても無くても同じだと、俺は思う。電は、何のために戦う?どういう結果が訪れて欲しい?自分が初めに願ったこと、決めた道。それにさえ沿っていれば、例え洗脳されてても、きっと電たちは正しい方向を向いているよ」

 

 暗示や洗脳だって万能ではない。

 その人を構成する一番重要な部分だけは、そう簡単にねじ曲げることはできないはずだから。

 ……と、自身の持ち得る限りの答えを話したつもりだったが、果たしてこれで良かったのか、士郎には判断が付かない。

 

「……って感じなんだけど、どうでしょう?」

「……なんか最後で台無しになってる感が否めないのです。……でも、悩むだけ無駄だって事は分かった気がするのです」

「暁も……。自分の胸に聞いてみろって事よね」

「そうだね。じゃあとりあえず、これから皆でテングサ取りに行こうか。衛宮副司令官がゼリーを作ってくれたって、陽炎が言ってたからね」

「響、食欲に思考を操作されてるわよ」

「問題ない。今日最初に願ったことは「私もゼリー食べたい」だったからね。自分の心に従っただけだよ」

 

 四姉妹が少しだけ元気を取り戻して去って行くのを見て、士郎はよっこいしょと立ち上がると、自身の鍛錬へ向かうために外へ出て行った。

 

 そんな士郎を、会議室の中から話を聞いていた加賀、金剛、叢雲、それに凛が見送った。

 加賀は知らず士郎の言葉を呟いていた。

 

「自分の願いに沿っていれば、洗脳されていても正しい方向を向いている……ですか」

「あんなでもそれなりに人生経験積んできたのね」

 

 嘯く叢雲に金剛はニヤリと笑った。

 

「デ、その『あんなの』の言葉で迷いは晴れましたカ?」

「な、なにが」

「不安だったデショ?自分が一番雨樹テイトクと近かったから、一番深く操作されてるかもって」

「……ふん!それで、実際どうなの?」

 

 叢雲はそっぽを向くと、そのまま凛に問いかけた。

 

「なにが?」

「あまり複雑な操作はされてないって話、本当なの?」

「ああそれ。本当よ。さっきも言ったけど、強力で持続性のある洗脳を行うには記憶操作まで必要になるから、とても個人で行えるものじゃないし」

 

 叢雲はホッと息を吐いて素っ気なく言った。

 

「なら良かった」

「そうね」

 

 珍しく外見相応の反応を見せた叢雲に、凛は屈託無く笑う。

 そのまま会議室を後にしようとして

 

「ああそうだ、(ハガル)

 

 机の上に放置されていた艦載機が、何かに踏み潰されたようにグシャリとひしゃげた。

 物言わぬ鉄屑が、完全に魔力の粒子へと還ったのを見届けて、凛は今度こそ立ち去った。

 

「……」

 

 会議室に残った最後の一人。 

 加賀は力なく俯いた。

 

(私の願いは何……?決まっています、かつて航空母艦加賀(この船)と共に戦った妖精たちの安寧……。結果として禄に戦う術も無く私はここに残った。しかしそこに“逃げ”は無かったでしょうか?……いえ。きっと私は、二度も散っていった彼らと対峙して、恨み言を言われることを恐れている)

 

 負の思考に沈んでいく加賀。

 ただそれでも、彼女の中で何かが変わりはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮さん、こちら四季橘(カラマンシー)の果汁を僅かに加えてみたものです」

 

 調理場で、鳳翔が心太(ところてん)の入ったカップを差し出す。

 士郎は受け取り、匙で掬ってみる。

 

「うん、丁度良く緩んでるな。流石鳳翔さんだ」

「ふふ……」

 

 そのままではゼリーと呼ぶには弾力が強過ぎた心太だが、島に自生していた四季橘の酸味の強い果汁を適量加えることで、ゼリーに近い食感になるようだ。

 

「衛宮さんが作っていらした物も……」

「ああ、今焼き上がったところです」

 

 オーブンから皿を取り出す。

 

「まあ……。これがキャッサバ粉から作ったケーキ、ですか」

「じつは海外の知人に聞いたことがあっただけで、作るのは初めてなんだけど」

 

 一見するとチーズケーキのような見た目に仕上がったキャッサバケーキを、切り分けて二人で試食する。

 

「不思議な食感です、もちもちしていますね」

「出来ればもう少し甘味が強ければ良いんだが……」

「島の限られた食材だけで、これだけ美味しいのですから、衛宮さんは洋菓子職人になれるのではないですか?」

「ありがとうございます。でも、流石に買い被り過ぎかな」

 

 キャッサバを粉末状にして炒めた粉ファリーニャに、毎度お馴染みのココナッツミルク、ココナッツバター、そして特に糖度の高いフルーツを選んで煮詰めたジャムを砂糖代わりにして、焼き上げる。

 

 ケーキというか餅菓子のようだ、と思う士郎だったが、まあスイーツと呼んで差し支えないだろうと判断する。

 

「それにしても、どうして突然これほど沢山のデザートを?衛宮さんもお忙しいでしょうに」

「そこは大丈夫です。昨日の戦闘で固有結界を使用したので、今日一日は無理するなと、遠坂に釘を刺されてて」

 

 まあ。と鳳翔は困り顔になった。

 

「でしたら尚のこと、安静にしているべきでは無いですか」

「んー……。自己診断では何処も異常ないんですよ。大事を取っているだけで。それに」

「?」

「ほら、今日は驚くような事ばかり起きたでしょう。この島の皆にとって雨樹提督がどんな存在だったかは俺には分からない。でも、衝撃を受けた子は多いと思う」

 

 つまり、彼女らの精神的なショックを少しで和らげようと、甘味を作っているのだと鳳翔は理解する。

 

「……衛宮副司令官、つまり皆さんのために」

「皆が笑顔でいれば俺が嬉しい。だから結局は自分の為だな」

 

 そう言うと士郎は、ゼリーとケーキの増産のために材料を用意しようとする。が、彼の裾を軽く引っ張る者がいた。勿論この場には鳳翔しかいない。

 

「あの……衛宮さん、喉渇いていませんか」

「いえ別に?」

「では肩が凝っていたりとか……」

「身体はほぼ万全だけど」

 

 すると何故か鳳翔は頬を膨らませる。

 

「な、なんですか」

「……私から衛宮さんに返せる物がありません」

「ええー……」

 

 士郎にしてみれば、鳳翔含むこの島の皆からは色々与えて貰ってばかりの日々なので、そんな感想を持たれること自体が想定外だ。

 しかし鳳翔の表情を見れば、彼女がそう思っていないだろう事は窺える。

 

「じゃあ、こういうのはどうですか」

 

 少し考えて、士郎は提案する。

 

「明日トラック諸島に向けて出撃するのは、駆逐艦は叢雲と荒潮。空母は龍驤だけ。だから鳳翔さんはその間、暁たちと一緒にこの島と周りの小島から、食材になりそうな物を探してきてください。俺はそれを使って、思う存分料理が出来ます」

「結局他人に還元しているのでは……。いえ、そういう事でしたらこの鳳翔、全力で探索に参ります」

 

 鳳翔は気合いを入れるように胸の前で両手を握る。

 こうしてささやかな約束が結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 快晴の昼下がり。島の裏手、鎮守府建築群がある場所とは反対側まで、砂浜沿いに士郎は散策してきた。靴の中に砂が入り込まないよう、多少気を配って歩く。

 

 唯一許された魔術行使である対魔力向上の訓練を終え、手伝うことはないかと近寄った秋津洲には養生しろと追い返され、手持ち無沙汰になった彼はこんな所までやってきたのだ。

 電動サンダーらしき道具で船を研磨したり、溶接で手摺りの柵を治したりする音も、ここまではほとんど届かない。替わりに聞こえてくるのが艦娘たちの砲撃音だった。

 

 音を辿って海へと目を向ければ、天龍と第六駆逐隊の四姉妹が演習中だった。

 どうやら天龍が敵の親玉役らしく、一所に座して暁たち四人を相手取っている。

 前を向いていながら、後ろから迫る響を的確に牽制しているのは、電探の他にも水上機を目の代わりに用いているからだろう。

 

「気のせいか、いつもより刀を振り回してるな……」

 

 天龍が持つ、大振りな刀剣状の兵装。剣ならば一度視ただけで解析・複製できる士郎は、その銘も知っていた。

 『八八艦刀改』。軽巡洋艦天龍の艦首を模した艤装を改装した物らしい。

 今までの海上戦闘では、彼女は主に敵砲弾から正中線を防護する盾として使用していた。だが今は、暁たちのペイント弾を切り払おうと振り回す様子が目立つ。

 ちなみに天龍が持つもう一つの“軍刀”については、本来は彼女の艤装ではない事を、解析した士郎は読み取っていた。

 

「そこまで真剣な雰囲気じゃない、軽い運動みたいな感じなのか……?」

「そうそう、そんな感じの遊びよ」

「さっきはご馳走様。島の上にも届いたわよ、士郎さんのケーキ」

 

 思いがけず頭上から降ってきた声に、視線を上げる。

 林と砂浜の間、南国特有の形をした大木が幾つも枝を広げている。枝から蔦のように太い気根が垂れ下がっているのを見るに、ガジュマルだろうか。士郎から程近く、その枝の一つに、陽炎と荒潮が並んで腰掛けていた。

 足をぶらぶらさせながら手を振ってくる二人に、手を挙げて答えながら近づく。

 

「キジムナー*1は初めて見たぞ」

「あはは!言うじゃない」

 

 楽しそうに笑う陽炎。

 士郎は二人が居る隣の枝の下に辿り着くと、膝を深く曲げて勢いよく跳び上がった。成人男性の体重を支えられるくらいの枝に手が掛かり、士郎はそのまま逆上がりの要領で身体を枝の上に持ち上げた。

 些か大人げなくも見える行動を窘めるように、ガジュマルの枝葉が僅かに揺れる。

 

「ふう……」

 

 幹に背中を預けて座り、息を付く。水平方向に枝が伸びる樹形をしており、落ち着いて座りやすい。

 

「それにしても美味しかったわぁ……きゃっさば、けーき、だっけ?」

「うん。口に合って何よりだ」

「本当にこの島の材料だけで作れる物なの?」

 

 陽炎に聞かれたので、ざっくりと材料を説明する。

 荒潮がぽつりと言った。

 

「……私も今度、作ってみようかしら」

「お、良いじゃん、教えて貰えば。そして私らに食べさせて」

「もぉ~、陽炎さんは調子いいことばっかり。ソテツの実でも混ぜちゃうわよぉ」

 

 それにしても、なんだかんだでこの二人は仲が良い、と士郎は思った。

 外見年齢が近いだけではなく、まるで陽炎が姉で荒潮が妹のような、そういった役がぴったりとはまる気がしたのだ。

 

 

「嫌よ、アレ苦いんだから」

「いや食ったのか!?駄目だぞ、毒の塊なんだから!」

 

 思わず突っ込んでしまった。キャッサバも毒抜きが必要だが、ソテツはその難易度が段違いだと聞く。それでも奄美地方の孤島では、飢饉の際に救荒食として島中に植えられたとか。

 

「いやぁ、ほら、私艦娘だしイケるかなって。見た目は椰子の木っぽいし」

「結局イケなかったわねぇ……。“お腹壊した艦娘なんて貴重なサンプルですね”なんて、雨樹提督も笑ってたし」

「あったわね、そんな事も」

 

 そうして暫し無言の時が流れる。

 士郎や凛にとっては、得体の知れない(暫定)敵魔術師の雨樹久臣さんだが、陽炎ら艦娘にとっては気の置けない上官、同じ艦隊の仲間だったのだ。幾ら状況証拠が出てきたとはいえ、すぐさま敵として分類出来るわけもない。

 

 海の上では、電が背面艤装に下がっていた錨を射出していた。長く鎖を引いて宙を飛ぶ錨を、天龍は余裕を持って躱す。実戦では『装甲』で弾くのだろうけど、今は模擬弾を使う関係で『装甲』を弱めているのだ。

 

(あの錨、ただの飾りじゃなかったのか……)

 

 天龍を通り越した錨鎖を、雷が防盾で受けて掴み取った。そのまま天龍の背後から弧を描く軌道で振り回し、直撃させる。

 天龍は八八艦刀で向かってくる錨を断ち切ろうとしたようだが、上手くいかず鎖が絡みついてしまう。

 と、鎖を握ったままの雷が、両足の主機を全開にして急速後退、天龍が引っ張られて体勢を崩す。

 無防備な姿を晒してしまった天龍に、暁と響からペイント弾の嵐が降り注いだ。

 

「そんなに悪い人には思えないわねぇ、今でも」

 

 やがて荒潮が零した。

 

「実際、敵だと決まったわけじゃない」

 

 士郎は今まで出会ってきた、魔術師という生き物を思い返しながら答える。

 

「魔術師にもいろんなのがいるから。でも、遠坂の魔術を見れば想像付くだろうけど、色々と悪用も出来る技術なんだ」

 

 本人たちにとっては人生を賭けた命題の追求でも、一般人からすれば周囲に多大な被害を撒く狂人、というケースも少なくない。

 

「だから、俺も遠坂も一応の警戒はし続ける。荒潮たちが雨樹提督を敵として定める必要は無いよ」

 

 少なくとも、今はまだ。

 

「……うん」

「ありがと士郎さん」

 

 暫く三人とも何も言わず、海を眺めていた。天龍や六駆の笑い声が、微かにここまで聞こえてきた。

 思わず目を細める。

 汗ばむような赤道直下の日差しでも、ガジュマルの木陰が涼しい風を運んできてくれる。

 

「……いい所だな、この島は」

 

 ふと、そんな事を呟いていた。

 かつて切嗣が暮らしていた島。幼少の切嗣もあの暁たちのように、この島で笑っていたのだろうか。

 士郎は切嗣と彼女らの姿を重ねようとしてみた。が、どうにも上手く想像できなかった。

 

「……そうかしらぁ」

「……そうかもね」

 

 彼女らにしてみれば、見飽きた景色かもしれない。

 陽炎は枝の上で器用に膝を抱えた。

 

「けどまぁ、もし私たちの役目が終わったら、その時はここで余生をぼんやり過ごすのも悪くない……かな?」

「えー。何もないじゃないこの島。ショッピングとかしてみたいわぁ」

「ショッピングねぇ……」

 

 二人の何気ない会話を聞きながら士郎は、自分や凛が去った後の、彼女らの平穏な日常を想った。

 

(そんな日が訪れればいい……いや、そんな日の為に俺は戦いたい)

 

 桜や慎二に、必ず元の世界に戻ると、その為に戦うと誓った。

 でも今は、この島で不思議な少女たちに出会ったから。

 共に戦い、語らい、笑う姿を見たから。

 衛宮士郎の戦う理由、守りたい世界は、またほんの少しだけ広がった。

 

(それは、とても幸せなことだ)

 

 少しだけ拳に力が入った。

 脳裏に過ぎ去ったのは、赤い外套。その背中。

 そして、誰よりも大切な人の言葉。

 

(大丈夫。例え同じ道を辿ったとしても、遠坂が居てくれれば俺は大丈夫なんだよ……)

 

 

 

*1
ガジュマルの古木に現れるとされる、沖縄の妖怪、或いは精霊。

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