正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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回想が多くてなかなか話を進めづらい……
個人的に必要なので飛ばせません



第3話

「――――は。それにしても随分デカくなったな衛宮」

 

 頬杖をつき、ミルクを入れた珈琲を緩くかき混ぜながら慎二が言った。

 

「まあな。遠坂よりは高くなりたいと思ってたから一安心だ」

「ハッ。お熱いことで」

 

 深山町の一角。大通りから少し逸れた小路に面した小さな喫茶店の同じテーブルで俺と遠坂、そして慎二は話している。店内はレトロ調で雰囲気がよく、それなりに人気がありそうだったが今は他の客はいなかった。それはこの店が見つけづらい場所にあるからなのか、それとも今が平日の昼間だからか。

 

「慎二。おまえ大学は大丈夫なのか?今日は平日じゃないか」

「凡人の価値観で語らないでもらいたいね。単位はあらかた片付いてるよ。卒業に必要な分も、僕の将来に必要な分も。地方公務員Ⅰ類も取ったし、なんなら今すぐにでも卒業したいくらいさ」

「そっか。おまえ昔から頭良かったもんな」

「まあね」

 

 俺と慎二は、他愛ない話で旧友を暖める、振りをする。

 すると俺たちの間を、白い小さな蝶のようなモノが横切った。

 それはヒラヒラと飛びながら、俺の横に座った遠坂の手の甲に止まった。遠坂はしばしそれを眺めた後、視線を上げて口を開いた。

 

「――――探索終了。今アンタに監視は付いてないわ、慎二」

 

 それを聞いて慎二は脱力したように溜息をついた。

 

「助かったよ。御爺様に見られているかどうかなんて、魔術師じゃない僕には知りようがないからね」

 

 慎二は興味深げに蝶を見ながら問う。

 

「で、それがルーンってやつか?便利なもんだな」

「ええ。同じ文字でも術者の解釈次第でいくらでも意味を持たせることができるの」

 

 小さな蝶のように見えたのは『探索』のルーン(ベルカナ)を刻んだ紙ナプキンの小片だった。

 

「テーブルの周囲にも軽く隠密を刻んだから。もう話して構わないわ」

 

 紙ナプキンの蝶を握りつぶしながら遠坂が言う。

 

 最近の遠坂は、かなりルーンを気に入って使っているようだ。以前本人に聞いてみたところ、その圧倒的な簡易さと柔軟な使用性が魅力らしい。そして何よりも重要だといった様子でこう付け加えた。

 

『宝石と違ってお金が掛からないなんて素晴らしいことじゃない?』

 

 まあ安く済むならそれに越したことは無いと俺も思う。

 

 そんなことを思い出していると、慎二が改まって話を切り出した。

 

「分かってると思うけど、桜の件について僕は二人に協力を頼みたいんだ。詳しくは随分前に衛宮に送ったメールに添付したけど……」

「ああ。仮に頼まれなくても解決する。必要な準備は粗方終わってる」

 

 自分の声が僅かに険しくなっていくのを感じる。原因となる感情は怒りだ。

 桜が置かれている状況に対しての怒り。そして、何も気付くことができなかった自分に対しての怒り。

 

「ええ、超が付くほどのとっておきを用意したわ。まあ、試用してすらいないからもう少しかかるけど。それと士郎、今から焦ったって仕方ないでしょう?」

 

 とても落ち着いた様子で遠坂が言った。しかし俺は知っていた。遠坂は俺なんかよりも遙かに強い自責と焦燥に耐えている。

 それを知ったのはもうかなり前。倫敦の時計塔から間も無く去ろうとしていた頃のことだった。

 

 

 

 

 

 

 倫敦で俺たち二人が借りているアパートの三階。その一室で俺と遠坂はアフターディナー・ティーを楽しんでいた。

 遠坂はソファでくつろぎながら本を読み、時折カップを傾けている。俺は机でこれまでの基礎学科の講義――――もちろん魔術の――――の内容を振り返って、たまにノートにメモを取ったり。魔術を学ぶ上で時計塔以上の場所なんてまず無いだろう。だからここを発つ前に、少しでも多くのことを学んでおきたかった。

 

 そんな時、机の上に置いていた携帯端末がメールの着信を知らせた。

 

「うわ、珍しいこともあるもんだな……」

 

 差出人を確認して、思わずそんな声が漏れた。

 

「どうしたの?」

 

 遠坂が小さく首を傾げる。長い黒髪が動きに合わせてサラリと流れた。

 

「慎二からメールだ」

「嫌味でも送りつけてきたわけ?」

 

 すぐにそんな言葉が返ってくるあたり慎二の遠坂からの嫌われようが窺える。思わず苦笑いになった。

 

「慎二はあんまり嫌味とか言わないぞ」

「士郎がそんなだから、慎二のやつも歯ごたえ無いでしょうね」

「なんだそりゃ」

 

 遠坂の言うことはよくわからないが、取りあえずメールの内容を確認する。

 

「なんか写真が添付されてるな。なんだこれ……」

「んー?」

 

 立ち上がった遠坂が後ろから覗き込んでくる。

 写真を表示して見やすいように拡大する。

 

「記号……何かの文字かしら?見たことないわね」

 

 ズラッと並べられたそれはまるで象形文字のようで、虫が這ったような歪な文字の羅列だった。

 俺は思わず目を見開いた。遠坂が見覚えないのも当然だ。だってこれは、

 

「ちょっと士郎?何笑ってるのよ」

 

 遠坂が訝しげに訊いてくる。知らず表情が緩んでいたらしい。

 

「悪い。ちょっと懐かしくてさ。これ、俺たちが小さい頃に遊びで作った暗号なんだ。まさか慎二が覚えてくれてたなんてな……」

「はあ、何やってたのよアンタたち」

 

 遠坂の声は呆れながらも愉快そうだった。

 

「ほら、俺って昔から切嗣に憧れててさ。切嗣みたいな正義の味方になりたくて、慎二を巻き込んで公園とかパトロールしたりしてたんだ」

「慎二のやつも災難だったわね」

 

 おぼろげながら、公園の平和を脅かすあかいろのガキ大将としのぎを削ったような記憶もあった。

 

「それで、仲間だけに伝わる秘密の暗号だ、とかいって考えたのがこの文字だった。と思う」

「へぇ。それじゃあ、士郎にだけは解読できるって訳ね。それにしてもそんなモノよく覚えてたわねあいつ」

「俺もびっくりだ。あ、でも流石に読み方とかいろいろ忘れてるから、解読に時間掛かると思うぞ。ちょっと待っててくれ」

「ん。本の続きでも読んでるわ」

 

 そうして昔を思い出し、なんだか温かい心のままで懐かしい暗号に取り組んだ。

 

 だが一時間ほど経って、なんとか文字列を解き明かした俺の心はどうしようもないほど冷え切っていた。

 暗号に書かれた内容を上手く咀嚼できない。

 脳が理解を拒むようだった。指先が冷えていく感覚。

 

「遠坂……」

「ん?ようやく解けたの?」

 

 震えそうな唇でどうにか言葉を紡ぐ。

 

「桜は、お前の妹なのか……?」

 

 

 

 暗号の内容を要約すると以下の通りだった。

 

①間桐桜は遠坂凛の妹であり、養子として間桐へ来たこと

②慎二ではなく彼女こそが間桐の継承者であり、当主臓硯の狙いは彼女の胎から産まれる仔であること

③そのために彼女は修行という名のおぞましい虐待・拷問を受けて育ってきたらしいこと

④その詳細を慎二が知ったのはつい最近で、なんとか彼女の境遇を変えられないか俺と遠坂にこの相談を持ちかけたこと

⑤臓硯への発覚を恐れ、大学で講義中にこの内容を暗号にして送ったこと

 

 俺が読み上げた内容を聞いた遠坂は、見たこともないほど蒼白になった。手で口を抑えながら、よろめくようにしてソファに崩れ落ちる。手に当たったティーカップが木張の床に落ちて砕けた。

 

「遠坂!」

「嘘よ、だって桜は……。そのために私はっ……なのにどうして……」

 

 俺の声も聞こえないのか両手で顔を覆ってうわごとのように呟いている。

 こんな遠坂は初めてだった。とにかく遠坂を落ち着かせないといけないと思いながらも、同じように混乱した頭ではなかなか言葉が出てこない。

 だから、途中をすっ飛ばして結論だけを告げた。

 

「遠坂、俺は桜を助けたい」

「衛宮君……?」

 

 遠坂は恐る恐るといった様子で顔を上げる。

 

「突然のことで訳が分からないことだらけだけど、慎二が嘘や冗談でこんな手の込んだ真似をするとは思えない。そして、この内容が本当なら俺は桜を放っておけない。……それで、遠坂はどうしたいんだ?」

 

 乱暴なやり方だが、遠坂は優秀な魔術師でもある。思考を切り替えてくれるかもしれない。

 

「わたし、私は……」

「うん……」

 

 なるべく穏やかな声になるように気を配る。遠坂は俯いてしばらく沈黙していた。

 しばらく一人で考える時間が必要なのだろうか。俺は割れたティーカップの破片を拾って、流しの方へ持って行こうとする。

 

「待って……」

 

 振り返ると逡巡したような遠坂。

 やがて彼女はゆっくり息を吐き出すと、どこか弱々しい声音で言った。

 

「ずっと言えなかったことがあるの。もう分かってるだろうけど、聞いてくれる?」

 

 

 

 少し間を開けて、二人でソファに並んで座る。なんとなくお互い顔を合わせることなく、前を向いている。

 

「じゃあ、その協定があるから桜とはあんな他人みたいな感じだったのか」

「……ええ。第四次聖杯戦争が始まる頃までは普通に姉妹一緒に暮らしてたの。間桐は魔術の家系だけど、慎二という長男がいるでしょう。魔術の秘奥は一子相伝。だから、私が遠坂家の魔術師として頑張っていれば、桜は間桐の庇護の元で普通の女の子として暮らせる。むしろ、魔術師である私と関わらない方が桜も安全だろうから、相互不干渉の協定は丁度いいって思ってた」

「そう、だったのか……」

「魔術師として頑張れば頑張るほど、桜は幸せになれるって。そう思って独りでやってきたのにね。ほんと、どうして、こんな……」

 

 最後の方は消え入りそうな震え声だった。彼女の魔術師としてのモチベーション。その一つに妹である桜の幸せがあったのは想像に容易かった。それが砕かれたから、今彼女はこんなにも弱っている。

 

「そうか、遠坂は桜のお姉ちゃんとして頑張ってきたんだな」

 

 それがなんだかとても嬉しかった。

 

「遠坂、どうすればいいか一緒に考えよう。姉なら、妹を助けないとな」

「うん……」

 

 隣からゴシゴシと目元を擦る音が聞こえてくる。やがて遠坂は大きく息を吐いて言った。

 

「ごめん、もう大丈夫。まったく、苦しんでるのは桜なのに、私が弱音吐くなんて馬鹿馬鹿しい。……それと話を聞いてくれてありがとうね、士郎」

 

 その目は少し赤かったが、いつもの強い光を取り戻していた。

 彼女は流しの横に置いてあるティーカップの破片に近づくと手をかざす。すると、まるで時間を巻き戻したように、見事にカップが修復されていく。

 

「桜は私が、必ず助けてみせる」

 

 

 

 

 

 

 深山町の喫茶店で、俺たちは相談を進めていく。

 

「それで、具体的な手段は考えてあるのかよ?言っておくがあの御爺様を出し抜くなんてそうそうできるもんじゃないぞ」

 

 慎二が遠坂に聞く。

 

「ええ、余計な小細工はしないわ。『とっておき』の試し撃ちが終わればすぐにでも取りかかれる。その前にあんたに聞いておきたいんだけど」

「なんだよ?」

「間桐の当主である臓硯だけど、あれがマキリ・ゾォルケンで合ってる?」

「多分な」

 

 これに驚いたのは俺だった。マキリ・ゾォルケンといえば200年前の冬木大聖杯の敷設に立ち会った人物のはずだ。

 

「え、ええ!?あの人、まさか慎二のお爺さんじゃないのか?」

「知るかよあんな奴。戸籍上は僕の祖父になってるけど、多分何百年も生きてる。正真正銘の妖怪ジジイさ」

 

 慎二は吐き捨てるように言った。

 対して遠坂は満足げだ。悪事を企むような攻撃的な笑顔を浮かべている。

 

「そう。それを聞いて安心したわ」

 

 そして慎二に向かってこう言った。

 

「なら、まずはマキリ・ゾォルケンと信頼関係でも築きましょうか。慎二、間桐の当主に伝えてくれる?遠坂家当主が、次回の聖杯戦争で間桐との同盟を望んでいるって」

 

 




SNではUBW後にのみ見られるという綺麗な慎二を書いてみたかった
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