正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第42話 決断

 時間と共に辺りは暗くなる。吹きつける風雨が島の木々を揺らし、海は波濤を畳む。

 ぐっしょりと濡れて頬に張り付いた髪を拭う暇も無く、榛名は指示と砲撃支援を続けている。

 

「中破した鳳翔は一度後退を。そちらは今ナ級ツ級の巣窟なので、修復でき次第、航空隊は雷のフォローに回して。陽炎、重点的に支援するので少しの間一人で抑えてください」

 

 味方の被害報告が目立ってきても、榛名に動揺は無かった。厳しい戦いになるのは分かっていたことだ。彼女は淡々と必要な采配をとっていく。

 それが崩れたのはしばらく後、“深海N”に見知らぬ敵が現れてからだった。

 

「“深海N”に新種の……巨大な浮遊要塞らしき姿を確認!……アレ?消えました……」

 

 見間違いかな?と疑ってしまう大きさのクラゲのような半透明の影が、黒く波打つ海面から空へと浮かび上がった。

 と、見る間にその姿が薄れて掻き消える。

 

(実体化に失敗して霧散したのでしょうか……?)

 

 意識を向けたのは一瞬だけ。

 無くなった物に割く余裕は無いと、再び彼女は指揮と支援に集中する。

 

 それが失敗だったと気付いたのは、十分ほど後の事だ。

 

「え……!?」

 

 島から約6kmの距離に、突如として化け物サイズのクラゲが姿を現した。島の結界の外縁から、僅か2km程度しか離れていない。

 霧散したのでは無く、光学的なステルス状態にあったのだと、榛名が理解した時には既に、捲れ上がるように反転した体内から、数十のマンタ型の艦載機が飛び出していた。それは奇しくも、士郎たち出撃部隊がトラックで遭遇した物と同型の新種。

 

(アレは多分マズいです……!鳳翔隊に対応を……いや、手前にツ級ナ級(ハリネズミ)が多過ぎます。航空機では撃ち落とされてしまう……あの大きさ、陽炎一人では対応しきれません。こちらは今、暁たちの支援で手が離せないのに……!)

 

 このままでは鎮守府の建築群上空にまで侵入されてしまう。そう榛名が考えた時だった。

 

『――――航空母艦『加賀』、戦線に復帰して“深海N”による攻勢への対応に廻ります』

 

 そんな無線が入ってきた。

 

『えっ、加賀さん!?』

『嘘っ、あ、いや……』

 

 陽炎や雷から驚きの声が上がる。二人とも加賀の参戦を想定していなかったのであろう事が窺える。

 榛名も想定外の事に軽く言葉を失っていた。但し意外だったのは加賀の参戦自体では無く、その言葉から伝わる彼女の精神状態だ。かつてのトラウマから、もっと不安定な状態で来ることを覚悟していたが、今の声はとても安定していた。

 更に続けて加賀の声が皆に届く。

 

『今までの不忠勤の謝罪と償いは後で必ず。今は指示をお願いします、榛名』

「加賀……いいんですね?」

 

 それは幾つかの意味を含んだ問い掛け。それに加賀は

 

『はい。きっともう、逃げることも間違えることもありません』

 

 はっきりとそう答えた。

 それは仲間として肩を並べるに相応しい頼もしさを持って――しかし突如、驚いたかのように息の詰まった音に変わる。

 

「……加賀?」

『――――彩雲とかぜなみ改の通信、繋がりました。こちらの状況を遠坂提督らに報告します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリマゴ島近海を囲む結界の北北西。“深海N”から押し寄せる敵と戦う陽炎と鳳翔の頭上を、鋼の翼持つ群れが駆け抜ける。

 鳳翔の航空隊では無いそれらは、加賀から発艦した部隊であった。本来ならば艦載機の飛行は不可能一歩手前くらいの天候だが、編隊に乱れはない。

 

「ほ、本当に加賀さんの航空隊だ……」

 

 陽炎は無意識に相好が崩れるのを抑えきれずにいた。その心中を占めるのは当然嘲笑や侮蔑ではなく、旧帝国海軍最強の航空隊へ向ける頼もしさと、微かな畏敬。

 

「って、待ってそっちには防空艦の群れが!」

 

 焦って目で追いかけるが、鉄の鳥たちはむしろ高度を一気に下げて、軽巡ツ級、駆逐ナ級の群れに突っ込んでいく。雨あられとばかりに撒き散らされる大量の対空射撃の中を突き進んでいく彼らは、ついに防空艦の群れを通過して彼方へと飛び去っていった。ほとんどの機体が無事であるようだ。

 

「……嘘ぉ」

「この風雨……あの対空砲火にも隙はあるという事です。一応は」

 

 その直後、防空艦の群れに水柱が吹き上がる。

 艦戦に紛れていた雷撃機が投下した魚雷が、行き掛けの駄賃とばかりに敵を粗方撃破してゆく。

 

 加賀の艦戦隊が向かう先には自機よりも遙かに巨大な、マンタのような形状の敵機。サイズからしてただの艦爆艦攻ではなく、超重爆撃機である可能性が高い。

 

(いくら何でもデカ過ぎるわ。加賀さんでも撃ち落とすのにどれだけ撃ち込む事になるか……)

 

 残敵に主砲の狙いを定めつつも、陽炎の意識はマンタ型と加賀艦戦隊へと向けられる。しかし。

 

――――心配いらないわ。鎧袖一触よ。

 

 そんな懐かしい言葉が聞こえた気がして、陽炎は思わず振り返りそうになった。

 

 

 

 その昔。太平洋戦争開戦当初の話だ。

 当時のアメリカ海軍の戦闘機パイロットには、戦場からの緊急離脱が許される、三つの特例があったという。

 

 一つは燃料不足。

 燃料タンクが空っぽでは戦いも何もない。

 

 二つ目は航空機が飛んでいられないほどの悪天候に見舞われた時。

 どうせ日本側も飛ばしては来ない。

 

 そして最後の三つ目。

 ()()()()()()()()()である。

 

 

 

 パッ。と、鉛色の空に朱い花が咲く。

 敵超重爆撃機の一つ、その末期の輝きであった。

 

「一瞬で!?」

 

 陽炎だけでなく鳳翔も目を見開く。見かけ倒しの軽装甲……であるはずがない。超重爆撃機という物は、戦闘機の武装である機銃で撃墜するのが困難を極め、太平洋戦争時のそれらは、『かぜなみ改』に備え付けられた物と同じ口径の12.7mm機銃すら耐えてしまう。もう直接体当たりしか無いなどと言われたりする代物である。それをこうも容易く。

 

『こちら加賀です。重爆と思しき敵機ですが、頭部上方か或いは腹部中心に弱点がありました。上手く当てれば撃墜は可能かと』

「……成る程。コクピットと爆弾格納部ですか」

 

 当たり前といえば当たり前。航空機である以上、装甲の厚い部分と薄い部分が存在する。どうやらそれは、このマンタ型重爆でも同じらしい。

 しかし誘導弾など存在しないこの格闘戦(ドッグファイト)において、敵機に銃弾が直撃するのはある意味奇跡と言っていい。たった一度でもその奇跡を起こして敵を撃墜した時点で、その者は精鋭(エース)である、と言われる時点でその難易度が窺える。

 まして特定の部位を正確に狙い撃つなど、歴史に名を残すレベルのパイロットが必要になる。

 

(……そのエースパイロットをかき集めて編成されたのが一航戦でしたね)

 

 搭乗員の初期練度の時点で、鳳翔は加賀に及ばない。

 しかし彼女は敵重爆の群れを見据える。

 

「こちらも見ているだけと言うわけにはいきません。……全艦戦隊、突撃」

 

 幾ら加賀の航空隊が優秀でも、あまりにも交戦距離が近かった。このままでは撃墜しきる前に鎮守府本館に爆撃が届く。現に一機、結界上空にまで到達したマンタ型重爆が、外縁部の無人島の一つに爆弾を投下した。十から二十メートル四方の木々が薙ぎ倒され、破砕され、土砂が巻き上がる。

 一見無駄な攻撃に安堵しそうになるが、自分たちが知らない結界の支点が隠されている恐れがあるため、見過ごす事は出来ない。

 

 鳳翔は戦闘機隊を呼び戻すと、上空のマンタ型重爆へと送り出す。

 艦載機搭乗員の基礎練度こそ加賀に及ばないとはいえ、艦娘本人の戦闘経験値は鳳翔が圧倒的に上回っている。

 

(複数の艦載機を連携させ、反航戦で弾幕を張って……敵重爆のコクピットを狙いましょう)

 

 全ての艦載機を管制下に置くことが出来る、彼女だから採れる戦術だった。

 

 一方、加賀はというと、最低限の指示だけで後は各妖精に任せているため、本人には余裕が生まれる。

 

「……って、加賀さん!?何してんの?」

 

 陽炎が思わず振り返って叫ぶ。把握していなかった方向から、砲弾が飛んできてびっくりしたのだ。

 見ればかなり後方で控えている加賀が、弓では無く立派な砲を構えて、砲撃を行っていた。大きさから察するに、20cm単装砲だろうか。

 

『手が空いたので、あの重爆たちの母艦を墜とそうと……』

 

 どこか自信なさげに答える声は、慣れない砲撃に対して不安があるのか。艦載機を放って自分は敵に突撃とか、何処の航空戦艦だよと思う陽炎だったが、この際手数が増えるのなら歓迎だ。

 

『空母に砲雷撃戦までされたら、電たちの立つ瀬が無いのですが』

「あはは!こっちも負けてられないわ」

 

 手に握る主砲と、背面艤装から伸びる高角砲の群れをクラゲ型の重爆母艦へと突きつけながら、吹きつける風雨に負けないように、強く笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 島の東側で“深海E”に対応していた雷は、少し奇妙な光景に見舞われていた。

 

「なんで……輸送ワ級?」

 

 うねる海面に浮かび、こちらへ流れて……いや進軍してくるのは、臨海部に見られる球状ガスホルダーのような見た目をした、複数の深海の輸送艦だった。

 

「まさか中身の泥みたいなのを流し込んで、この鎮守府を『深海』にして乗っ取るつもり……かしら」

 

 一時的に応援に来ていた暁が、不穏な事を言う。

 一瞬ぞっとした雷だったが、すぐに冷静に状況を分析する。

 

「この鎮守府は遠坂司令官が強力に支配してるハズよ。少しどろどろを混ぜたくらいじゃ、結界で掻き消されて終わりよ」

「確かにそれもそうね!よーし、それじゃあさっさと倒しちゃいましょ……。……え?」

 

 暁の言葉が途切れる。

 ワ級の巨体に隠れるように、小さな人影がやってくるのが見えたのだ。

 黒いフードを被った、白い少女。

 

「……っ」

 

 あまりにも記憶に新しいその姿に、暁の喉が干上がる。

 透き通るような白い肌も白い髪も、儚げな印象を少女に与えはしない。

 白濁。白熱。漂白。その貌に宿っているのは、白い狂気だけ。

 

「レ級……」

 

 囁くような暁の声。

 ギョッとする雷の隣で、彼女は榛名へ呼び掛ける。

 

「……榛名さん、レ級が来る。頑張ってはみるけど、多分無理かも」

『……!』

 

 弱気な言葉と裏腹に、覚悟を決めたような静かな声。勝てないと分かっていても、逃げ場なんて何処にもないのだと、彼女はそう理解していた。

 

『全力で援護します』

「うん。よろしくね」

 

 そんな、何処からしくない姉の様子に無性に落ち着かなくなる雷。先日確認されたという海域浸透型のレ級については、姉二人などから話には聞いていた。

 

「なに弱気になってんのよ暁!アレは海域浸透型と決まったわけじゃない。ただのレ級なら幾らでもやりようは――――」

 

 言い終わる前に異常は訪れた。フード姿の少女が、両の腕を突き刺したのだ。隣の輸送ワ級へと。

 そのまま扉を開くようにあっさりと、ワ級の肉壁を裂き広げる。

 

「な……!?」

 

 肉の膜を両断されたワ級は、黒い泥のような液体を噴出させながら速やかに絶命する。

 するとレ級は直ぐさま別のワ級に飛びつき、同じ凶行を繰り返す。

 

 酸鼻極まる光景に思わず凍り付く二人。

 やがて、黒い泥で染まったレ級の周囲が歪み始める。否、正確には巨大で細長い形状の何かが、ワ級から漏出した霊力を得て実体化しつつある。

 

「あの大きさ……この前のヤツと同じだわ」

 

 暁の言葉も、雷には禄に聞こえなかった。

 話には聞いていたが、実際に見るのとでは感じる威圧感がまるで違う。オロルク環礁で相対した中枢艦隊の戦艦たちも、ここまででは無かった。これではもはや怪獣ではないか。移動するだけで街を破壊する系の。そんな場違いにもくだらない感想が浮かぶ。

 

 そして100メートルを優に超える大蛇のような艤装が、フードの少女を中心として顕現した。その太さといったら大型トレーラーと比較しても見劣りしないほどだ。

 私は今日死ぬかもしれない。

 ぼんやりとした意識で、雷はそう思った。

 

「雷」

 

 その言葉に振り向くと、雷たちの長女は静かに敵を見据えていた。

 

「勝てるとも思ってないけど、あっさりやられる気もないわよ」

 

 戦意を喪いかけていた自分と違い、この姉は出来る事を尽くそうとしている。

 その姿が、雷の僅かなプライドを傷つけた。

 

「……どうすればいい?」

 

 情けない有様を晒しかけた事への怒りは、冷徹に現実を見据えるための燃料に。

 少しは自分より詳しいはずの姉へ、指示を請う。

 

「もうすぐ艦爆を撒き散らすと思うから、なるべく撃墜して。どうせ碌なダメージは通らないから、大蛇の艤装にはノータッチで。艤装が届く範囲には入らないで回避に徹していて」

「分かったわ。そっちはどうするの?」

「暁は……本体まで近づいて少しでも拘束……出来ればいいなぁ。そうすれば榛名さんが大蛇型の艤装を削ってくれるかもだし」

 

 投げ遣りね!

 そんな感想を抱く間に、敵の準備は整ったようだ。暁が言った通り、大量の艦載機が排出される。

 まだ結界に守られているこちらの姿は認識できていないはずだった。雷は機銃と高角砲を展開しつつ、じりじりと後退する。

 反対に暁は、結界の境界ギリギリまで接近していく。

 

(――――あっ)

 

 不意に大蛇の頭部がガバッと開口し、弧を描くように大量の魚雷がバラ撒かれた。後退していた雷と違い、距離の近い暁は不意の事態に――――

 

「ほっ、と」

 

 被雷せず、勢いよく跳躍してやり過ごした。

 

「そう何度も同じ手を……食らうかー!」

 

 大蛇が結界内に侵入した瞬間、暁は照明弾を本体の眼前に撃ち込み、起爆深度を0.5メートルに設定した爆雷を、大蛇の手前に連続投射する。

 

 照明弾の光量がレ級の目を焼き、爆雷が巻き起こす水柱は電探(レーダー)を欺く障害物になる。暁はそれらに紛れ、見事本体の背後に辿り着いた。

 そのまま錨鎖を発射し、両手を胴体に縛り付けて、小柄な本体をぐるぐる巻きに拘束する――!

 

ガ、ギ……

 

 視力を取り戻したレ級が、鎖による拘束を逃れるため、引き千切ろうと力を込めたその瞬間。

 耳の真横に投げ込まれた魚雷が、暁によって正確に打ち抜かれて爆発した。

 

~~~~~~ッ!

 

 堅牢なレ級の『装甲』を貫通させるほどの威力は無い。しかし至近距離の大音響によって、三半規管が乱される。結果として暁は更に数秒間、レ級の拘束に成功する。

 

「……っ」

 

 僅かに生じた間隙。錨鎖に全力で霊力を流し込みながら、気休めでも良いと拘束を重ねていく。

 

『見事です!』

 

 言葉と共に、アリマゴ島中央から大量の徹甲弾が降り注いだ。

 ドドドドド、とレ級の周囲に連続して着弾し、大量の海水を巻き上げる。

 被弾しながらも意識を取り戻したレ級が、攻撃に反応するように鴻大な蛇の艤装を動かし、遙か遠方、島の中央を狙う。

 

「させるか!」

 

 攻撃行動を起こさせまいと、再び暁が魚雷を破裂させた。しかしレ級はぎゅっと顔を顰めただけで、大蛇の口内の砲身からはそのサイズに相応しいだけの威力の砲撃が撃ち出されてゆく。

 

「な、こっちを見てってば!」

 

 慌てて榛名から自分へ意識を向けようと鎖を手繰るが、華奢なはずのその身体はびくともしない。まるでお前は大した脅威では無いから後回しだ、とでも言わんばかりの無関心ぶりである。

 そのお陰で暁は無事でいられるのだが、とうとうレ級の砲撃は榛名が居る座標を正確に捉え始めた。

 

 島の頂上と結界外縁部。約5,000メートルの距離を隔てて、榛名とレ級が殴り合う。

 榛名が居るであろう付近の木々が吹き飛び、土砂が舞い上がり、詳しい様子が分からない程だった。そもそもレ級の周囲も絶えず降り注ぐ砲撃で視界が悪く、暁には榛名の状況が見通せない。それでも島の上から、絶え間なくこちらに降り注ぐ砲弾の雨が、彼女の健在を示していた。

 暁への直撃は無く、正確にレ級の艤装に向けて、榛名は撃ち込んでくる。

 

ギャハハハハハハハハハハ

 

 笑っている。錨鎖で拘束されたまま、補足しづらい陸上という優位を相手に渡した状態で、徐々に大蛇の艤装に損傷を受けながら。狂ったように、楽しそうに、反撃の勢いが増していく。

 

「う……ううぅ……ぐ」

 

 怖い。怖い。怖い。

 今すぐこの暴虐の権化から逃げ出してしまいたい。でも。

 

 それ以上に、その暴虐が仲間の榛名に向けられている事実の方が、暁には恐ろしかった。

 

(どうしよう!どうすれば……!)

 

 自身の非力を痛感しながら、暁は麻痺しそうな思考を巡らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリマゴ島中央。

 レ級からの砲撃が、榛名の背後の監視塔を直撃した。

 それなり以上に思い出の詰まった住処が半壊した事実に、少し胸が締め付けられる。しかし榛名の顔に表れる揺らぎはなく、根を張ったようにその場に座したまま、彼女はレ級へ全力で撃ち込み続ける。

 

(一歩でも引いてなるものか)

 

 敬愛する姉の、信頼する仲間たちの留守を預かっているのだから。

 

 足が動かせない以上、榛名は文字通り固定砲台として戦う以外に選択肢が無い。普通であれば当たり前に出来るはずの回避行動は一切取れず、故に敵を見下ろす優位な状況とはいえ、被弾は避けられない。

 

「っぐ……ぅ!」

 

 直撃を受けた。

 ホームグラウンドでこちらが強化されている状態なのに、『装甲』は貫かれ砲塔が一つ潰された。それでも相手に隙を見せまいと、残りの三砲塔九門の主砲で間断なく応戦する。

 

 レ級の巨大な艤装にも、少しずつ損傷が蓄積しつつある。ここは『深海』とは違う。与えた傷はそう簡単には癒やせはしない。

 

「あ……ぐ、ああァァア!」

 

 今度は直撃弾が四発。二発目で『装甲』が飽和し、残りの二発が右半身を抉って抜けた。頭部と胴体が軽傷で済んだのは幸運だったが、砲塔は一つを残して壊滅してしまった。

 

(し、まった……攻撃が途切れれば、暁たち、が)

 

 残された三門の砲になんとか力を込めて、砲撃を継続する。艤装の修復には未だ時間を要し、当初とは見る影もないほどに勢いは落ちて。それでも戦艦の役目として、敵の注意を引きつけるだけの破壊力を示し続ける。

 

 その時、彼女の目は不思議な光景を捉えた。

 レ級本体の背後で拘束を続けていた暁が、レ級の眼前に立ったのだ。

 

「何を!?……暁さん!はやく逃げなさい!」

 

 思わず無線で叫ぶが、応答は無い。

 だがレ級も矮小な駆逐艦一隻程度、居ないも同然と、視線はこちらを向いたまま、鎖の拘束を破る手間すら掛けず、完全に暁を無視している。

 

 暁は怒りを表す事無く、レ級と向き合ったまま榛名に告げる。

 

『榛名さん、今の内に回復を……!』

 

 そうして彼女は、超至近距離からレ級の目へ向けて、探照灯を照射した。

 

「……!」

 

 効果は覿面だった。凄まじい光量に継続して網膜を焼かれたレ級は、顔を仰け反らせて叫び、無様に転げ回った。

 本体だけではなく大蛇の艤装も身をくねらせるように暴れ回り、無茶をした暁はその代償を支払う事となった。

 

「暁さん!」

 

 100メートル超えの巨体に弾き飛ばされた暁は、何とか立ち上がるも艤装はひしゃげ、最低でも片手片足が折れているようだった。

 

 対して視力と正気を取り戻したレ級は、自身に巻き付いていた錨鎖による拘束を一息に破壊すると、怒りに濡れた目で暁を狙っている。高く持ち上げられた大蛇の鎌首が、砲撃では無く直接噛み潰してやると狙いを定め、僅か一秒で暁のいる海面へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暁ーー!!」

 

 充分に離れた位置でレ級の艦爆を撃ち落としていた雷は、その光景に悲痛な叫びを上げた。思わず膝から崩れ落ちそうになるが、踏み止まる。

 姉の仇を。一瞬そんな思考に陥った雷はしかし、再び首を持ち上げた大蛇が、獲物を見失ったような動きをしているのを見た。

 

「え……?」

 

 暁のそんな声が、すぐ近くで聞こえた。

 驚いて振り返ると、暁を両手で横抱きに抱えて、肩口から光の幾何学翼を噴出させている陽炎が居た。

 

「ぎりぎりセーフね」

 

 レ級すら見失う速度で暁を抱えて離脱する、という割と結構凄い事をした彼女は、そう言ってそっと暁を降ろした。

 

「榛名さんが復帰するまでの時間を、稼げば良いのよね……」

「まって、幾らその力があっても、駆逐艦の火力じゃアイツは無理よ!」

 

 そう言う暁へと、陽炎は何かを投げ渡した。続いて雷にも。

 それは秋津洲が製造した、駆逐艦の口径に合わせた複合弾。

 

「あ……」

「工廠でそれ探してて時間食っちゃったわ。ごめん」

 

 そう言うと、陽炎はそのままレ級の本体を主砲で狙う。

 砲弾は、一切避けようとしなかったレ級の左目に直撃し、脳漿を撒き散らして後頭部から抜けていった。

 

「まあ初撃は油断するわよねぇ。“駆逐艦の一撃なんて”……って」

 

 ありがたいわ、と呟く陽炎。

 そのまま彼女は、暁と雷に向けて手を合わせる。

 

「格好付けといてなんだけど、私一人じゃ多分無理だから、ヤバそうならその弾丸で支援お願いします」

「う、うん……」

 

 本当に格好つかないじゃない……と思いつつも、二人は揃って頷いておく。それでも内心は、現状打破の可能性に快哉を上げていた。

 

 

 ところが。

 この日、このタイミングで発生した今回の襲撃は、そんなに生温いものでは無かったのだ。

 

 

 

『こちら加賀。“深海N”で戦艦レ級の発生を確認しました……!』

『こちら響だよ。“深海S”から巨大なクラゲ型の……重爆母艦、だっけ。それが浮かび上がった』

 

 

 

「そんな……!」

 

 星幽体駆動形態による高速機動でレ級を撹乱しながらも、陽炎は青褪めた。

 現状、この小破したレ級の足止めを続けるだけでも陽炎、榛名、+αの戦力が必要になる。現実逃避気味の仮定で、鳳翔と加賀だけでもう一隻のレ級を相手に出来るとして、巨大クラゲと超重爆撃機数十機の対応に暁と電が当たる事になる。

 

 そこで打ち止めだ。それ以外を相手にできる戦力は全くない。雑魚敵は艦娘たちを一方的に狙い放題。或いは鎮守府の心臓部たる本館、ドック、工廠などを悠々と目指すだろう。

 陽炎の心に認めがたい可能性が浮かび上がった。

 

(これは……本当に終わったかもしれない)

 

 しかしここで、更に状況が急転する。

 

『こ、こちら響。さっき報告したクラゲ型は、撃破されたみたい……』

「へ……?」

『鳳翔です。深海Nに、突如別方向から攻撃が……。この砲撃はまさか、金剛さん!?』

 

 一瞬の空白の後、アリマゴ島艦隊の全員が、じわじわとその意味を理解した。

 続いて全ての艦娘に、無線を通して声が届く。

 

 

 

 

『こちら“かぜなみ改”だけど!――――皆無事!?生きてる!?』

 

 

 

 

 それは彼女たちを指揮する立場の女性の声。そして、苦しい戦いを続けた艦娘たちにとって希望となる事実。

 

『遠坂提督……!ええ!なんとか皆さん持ちこたえてくれています』

 

 待ちわびた艦隊の主力たちの帰還に、榛名も思わず声が詰まる。

 

 もう大丈夫。ここからは反撃の時間だ。

 誰もがそう歓喜した。

 

『良かった……!状況は加賀から聞いてる。だから、提督として、アリマゴ島所属の全艦娘に通達します』

 

 故に、続く凛の言葉の意味を、すぐに理解できた者は居なかった。

 

 

 

 

『――――私たちはこの島を放棄して、全員で離脱します』

 

 

 

 

 

 

 




HF3章つい先日見た……
狙い通りほぼ貸し切りのスクリーンでした
感想は活動報告に書いたので、もし気になる方がいれば

梅雨イベはフライパンをなんとかゲット
感想としては……しんどかった
二隻目日進が落ちたのは幸運

加賀さん改二おめ

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