『――――私たちはこの島を放棄して、全員で離脱します』
島の防衛に死力を尽くしていた全員に、凛のその発言は届いた。
届きはしたが、その意味はすぐには脳に浸透していかない。
(ん……んん……?この島を放棄して全員で離脱って、どゆこと?)
生死の掛かった攻防の最中に、怪訝な顔をして考え込んだ陽炎は、レ級の本体と目が合った。補足された事に気付き、総毛立つ。慌てて飛び退く瞬間、耳元を人間の頭部よりも大きな砲弾が通り過ぎる。
「あぶなっ……!って、この島を放棄!?凜さん自分が何言ってるか分かってんの!?」
深海棲艦が遊弋するこの世界の中で、彼女らが知る限り唯一、落ち着いて心身を休ませる事のできる土地。それを捨てて、小舟ひとつで大海を漂流するなどという選択が、正常な判断に因る物だとは思えない。陽炎の声に榛名の問い掛けが続いた。
『この島をみすみす敵の手に明け渡すと……?』
陽炎が真っ先に問うただけで、鳳翔も加賀も榛名も、防衛に当たっていた全員が同じ心情だった。
――――有り体に言って、遠坂凛は錯乱しているのではないか、と。
『致命的なのは分かってる。でもこれは……って、悠長にお喋りしてる場合じゃ無いわ!榛名、先ずは現状で特に脅威度の高い敵の報告を!』
『……はい、島の東側で陽炎さんらと交戦中の超大型のレ級。北側で鳳翔・加賀とやがて接敵する同様のレ級。南部からは、光学的な迷彩機能を有する
凛からは、驚いたように息を呑む気配。
『……そう。北側にはもう金剛が向かってるから、東には叢雲と龍驤に向かって貰うか。南の海月は……』
『俺がやる。もう少し島に近づいたら、船からでも狙えそうだからな』
凛の言葉を士郎が引き継いだ。気負いはなく、かといって弛緩しているわけでもない、淡々と落ち着いた声。特に本人は意図していなかったがその声は、凛の通達に波立つ艦娘たちの心を、多少なりとも落ち着けた。
◇
1月13日 17:54
「無茶するな、とは言ってられない状況だけど、本当に大丈夫?」
アリマゴ島までの距離は既に10kmを切っている。
揺れる『かぜなみ改』の操舵室の中で、凛は士郎を顧みる。彼は午前中に敵の攻撃を防ぎ損なった際に、意識を失う程のダメージを受けていたはずだ。
「ああ。遠坂に看て貰ったし、散々休息も摂った。不調はない」
調子を確認するように腕を軽く回しながら、士郎は言った。その様子から凛は、嘘や強がりでない事を理解した。それなりに長い時間共に過ごしているため、士郎が隠し事をする時の雰囲気は大体分かっている。
凛と目が合った士郎は軽く頷くと、船内から荒れる雨空の元へと出ていった。
それを見送った凛は、現状を整理する。
(加賀の話では、『深海』が発生したのは東、北、南。そしてきっかけは、結界の『支点』から出現した深海艦載機……ああもう!)
ガシガシと片手で頭を掻く。
(どうすれば良かった?最初から……いえ雨樹久臣が怪しいと分かった時点で、全ての『支点』を探し出して、徹底的に探査しておくべきだった?……それでも数日は余計に消費して、この襲撃の準備期間を与える事に変わりはない。前ばかり見る余り、足元が疎かになってたってわけ?……うっかりってレベルじゃないでしょう)
とはいえ防衛のための霊地に敵を招く仕掛けがある、なんて魔術師に限らず普通は考えない。仕方ないで済ませるには大惨事過ぎるが、それでも「仕方ない」としか言えない事態だ。
(思考が脱線してる。――そろそろ敵からの攻撃に備えて、船を魔術障壁で覆うべきか)
天龍と荒潮が船の護衛として留まってくれているとはいえ、直撃弾から全体を護る手段は凛しか持ち得ない。
「秋津洲。そろそろ船に対する重力操作を解くわ。速度を範囲内に戻してくれる?」
「了解!間に合って良かったね」
「全くよ」
重力操作を解除して、肩の荷が降りたかのように息を吐く凛。
魔改修が施された『かぜなみ改』は、機関出力だけで言えば以前よりも遙かに強力になってはいるのだが、船そのものの形状は変化していない為、安全に航行できる限界速度も大して変わっていない。今回はその限界を超えて帰還を急ぐ為に、凛が船全体に微弱ながら魔術を掛けていた。
(それにしても、こっちが帰ってくる西側だけガラ空きなんて。……誘い込んで包囲でもするつもりかしら。まあ乗ってあげるんだけど)
◇
響と電は、押し寄せる鯨サイズの駆逐艦の間を高速で駆け抜け、順次撃破しつつも、意識は空へと向かっていた。水平線の向こう側に存在している“深海S”から、巨大な海月型重爆母艦――とでも呼ぶべき新種――が三個体浮上して、直後に姿を隠したと榛名から聞いていたのだ。
こちらが補足した瞬間にマンタ型重爆を発艦させるらしい。なんとか目視で発見して、重爆を出す前に砲撃で撃ち落としたい二人だったが、後期型駆逐艦の群れが邪魔で中々集中できない。
「響ちゃん!対空電探使っちゃいますか?」
「駄目だ。なるべく重爆を抱え込んだまま墜としたい。もし発見できないまま接近されても、近距離で重爆をバラ撒かれた方が纏めて撃墜しやすい」
「それでも全機撃墜は流石に厳しいでしょうね」
「……」
臍を噛む響の視線の遙か先で、いきなり爆発が起こった。
「……は?」
距離にして、結界の外縁部から更に4kmほど。500メートルほど間隔を開けてほぼ同時に二つ、巨大な火球が膨らんで散った。
それはまるで、高速で飛来した攻撃が二つの敵を連続して貫いたかのような……
なんとなくそんな芸当をしそうな人物に心当たりがあった響は、無線で問い掛ける。
「衛宮副司令官。今のは君かい?」
『響か、怪我してないか。あと一匹居るらしいから気を付けろ』
「……丁度姿を見せたところだ」
光学迷彩で姿を消していたにも関わらず、正確に狙撃された事に驚いたのか、最後の一匹は慌てたように姿を現し、内包していた超重爆撃機二十数機を発艦させた。実際の所、士郎は風雨の中で却って化け物クラゲを発見しやすい状況に在った*1ため、その判断は正解だった。
「く……。電、君が対空砲火を担え。こちらは海上の駆逐艦を――」
その言葉が終わらない内に、幾条もの閃光が荒天を裂いて落ちてくる。
それは次々と鯨のような見た目の敵駆逐艦を貫き、爆散させた。
(秒間一発。弓ってこんなに連射が利くものだったかい?)
もう驚きよりも訝しさを覚えてしまう響だったが、彼女らの内心など士郎には知る由も無い。
『雑魚処理はこっちに任せろ。ここからじゃ当てにくい艦載機は、そっちで頼めるか』
「ああ、了解した」
対空戦闘の備えとして、響の艤装が姿を変えていく。腰の両隣にあった魚雷発射管が消え、代わりに高角砲が形成される。右肩から覗く主砲は両腰の物と同様の、12.7cm連装砲B型改四(戦時改修)と対応する高射装置に置き換わる。
「さっさと終わらせよう、電」
「なのです。司令官の発言の真意を知らないと、動きようがないですから」
◇
暁たち三隻は、対峙しているレ級を小破状態に留めていた。各々の複合弾と陽炎の星幽体駆動形態をタイミング良く使用する事で、榛名からの砲撃と合わせて制限時間ありの均衡状態に持ち込み、レ級が十全に暴れ回れないように立ち回っていたのだ。
だがいずれ複合弾は尽き、陽炎も限界に達するだろう。
「うぐ……このままじゃマズくない陽炎!?私が囮を引き継ぐから、あなたは一度休んでて!」
暁の200メートル先では、未だ衰えを見せぬ大蛇の艤装と、その合間を閃光のように駆け回る陽炎の姿。
『んんっ、私の希望的観測ではそろそろ……』
陽炎が言い終わる前に、空間を光の線が裂いた。
一拍おいてレ級の艤装が爆発に包まれる。
『来た……!士郎さん!』
二発、三発と続けて飛来し、100メートルもある大蛇型艤装を根元近くから引き千切るように貫通していく。断裂した長大な艤装は飛沫を上げて海に落ちる。本体にも衝撃は及んだようで、片腕を無くしたレ級は肩口を押さえながら離脱する。すぐ近くにあった無人島の影に隠れる事で、士郎の射線を切る狙いのようだ。
「あっ、追撃……!」
暁と雷が主砲を斉射するが、この状態でも『装甲』で弾かれてしまう。
レ級はいきなり、残った片腕で東を指した。
つられて視線を向けた先で、海に浮かんでいたワ級の球状の身体が弾けた。レ級が撃ち抜いたのだと気付いた時には、溢れだした黒い泥が、レ級目掛けて高速で這い寄ってきていた。泥はそのまま、喪った片腕や大蛇の尾の接続部に吸い込まれていく。
『そんなこと出来たの!?』
「ワ級を修復材として使うなんて……!」
驚愕する雷たちだが、レ級の逃走を防げない。その間も視界の端で、数体存在していたワ級の巨体が弾けてゆく。
士郎の攻撃によるダメージは甚大だ。ワ級二、三隻分の黒泥では全く足りていないようだが、時間を与えれば完全回復もあり得るだろう。
士郎の物と思われる更なる追撃が飛来するが、ギリギリで外れ、レ級は吹き飛ばされながらも士郎の射線外へと逃れきった。
『しゃあないわね……あとは私らで何とか――』
『
士郎の声が陽炎を遮る。
『丁度いいからヤツは一旦無視だ。――叢雲、龍驤。東は何とかなったから、あとは手筈通り頼む』
『了解』
『任しときー』
「……どういうこと?」
雷が尋ねる。
「手負いの敵を見逃すなんて」
『……どうやら今はもう、レ級一隻逃す逃さないなんて、気にしていられる状況じゃないらしいぞ。――遠坂』
士郎が凛に呼び掛ける。
いま、この瞬間。東と南の敵は一時的に掃討され、北は金剛が抑えている。
『――聴いて、皆』
この島の艦娘たちと、今や正式に契約を結んだ女性の声が響く。
『加賀からの報告によれば、この襲撃は鎮守府内部に封印されていた“深海の艦載機”が引き金になっている。こんなやり方は、まず人間……魔術師のものに決まっている』
あえて凛は、犯人を雨樹提督ではなく魔術師と呼んだ。確定していないからというのもあったが、艦娘たちの心境を考慮した、という理由の方が大きい。
『そして魔術師が大規模な攻勢に出る時ってのはね、勝利を確信できるだけの条件が揃った時なのよ。つまり』
それが、彼女がこの島を放棄するという判断を下した理由。
『敵は確実に、私たち全員を殺し尽くせるだけの戦力を整えている。今いるレ級や海月を倒しても、後から20隻でも30隻でも追加で送り込まれてくる。……私たちが力尽きるまで』
そう。耐えていれば、いずれ去る脅威では無い。
これほどの大掛かり。この島の艦隊の全てを集結させ、奥の手まで絞り尽くしたとしても、敵は最低でもこちらの少し上。絶対に勝利できる数値を用意している。
凛はそう確信していた。
『だから今は逃げるしかない。……尻尾を巻いて、この島を捨てて』
『――っ、金剛……いえ、叢雲は了承したのですか?』
加賀が問い掛ける。金剛は今、レ級との戦闘で余裕が無いと考え、叢雲に。
答えは間を置かずに返ってくる。
『私にとっての最優先は、艦隊みんなの無事よ。たとえこの島を死守できたとしても、誰かが欠けてちゃ意味が無い。……だから、誰も犠牲にならずに済む道があるのなら、島の一つや二つ、くれてやるわ』
『叢雲……わかりました。遠坂提督、この命貴女に預けます』
それで流れは決した。
鳳翔、陽炎、特Ⅲ型姉妹と、それぞれが加賀に倣うように、己の命運を委ねると無線で表明した。
◇
士郎は手筈通り、令呪による空間転移でアリマゴ島へと跳んだ。船内に残されたのは、凛と秋津洲の二人だけ。
「……」
凛はブルリと肩を震わせた。覚悟はしていたはずだが、己の双肩に艦隊全員の命運が掛かっているという重圧に、今更になって少しだけ、足が竦みそうになる。
彼女は胸に手を当てて深呼吸すると、指示を出した。
「駐留組の皆は戦線を放棄して本館前に急行。それ以降の詳しい作戦は、無線では言わない。敵魔術師に傍受される危険が無いとも言い切れないからね。同行する帰還組から口頭で聞いて」
話ながら凛は、宝石剣と
と、同じく操舵室にいる秋津洲から警告が飛んだ。
「高速推進音が多数!方位15°、40°、120°、225°、340°より、敵潜からの魚雷来るかも!」
「オーケー秋津洲。例の術式だけ起動して、あなたもアリマゴ島に向かって頂戴。以降の操船は荒潮か天龍にお願いするし」
「……死なないでね」
ドアの前で振り返る秋津洲に、凛は困ったような笑顔を返す。内心の不安を映した表情は、しかし一瞬後には強気な笑みに覆われた。
「今の私の全力を見せてあげる。だからそっちも、思いっきり羽を伸ばしてみせて」
「了解!次に会う時はオロルク環礁で!」
勢いよく飛び出していく秋津洲。
それと入れ替わるように、海から嵐に揺れる甲板へと、荒潮が着地する。
彼女は髪や服から水を滴らせながら、操舵室に入ってきた。
「お呼びかしらぁ」
「秋津洲の代わりに操船よろしく♪」
「……人使いが荒いわねぇ」
「全員を扱き使わなきゃこんな地獄、生きて出られないわよ」
そして恐らく、その中でこれから一番酷使されるのは、遠坂凛その人なのである。
「ええとソナーは……って魚雷来てるわぁ!しかも回避間に合わな――」
荒潮が言い切る前に魚雷の衝突を知らせる轟音。
しかし当然あるはずの衝撃や振動は伝わってこない。
「魚雷は回避しなくていいわ。船底に刻んだ全ルーンを起動させてるから」
巡視艇『かぜなみ改』を復旧させるにあたり、施された魔改修。
遅延と氷結の
それだけでは打ち消せない爆圧は、
堅牢な護りの代償は、船内に蓄えられた霊力の大量消費。船底の魔術装甲に関しては、遠坂凛とは完全に独立して作動する必要があったために、彼女や宝石剣から直接魔力供給するようには出来ていない。
ただでさえトラック泊地までの往復で残りの燃料が危うい中、この対魚雷装甲をこのまま展開し続ければ、燃料が底を着きかねない。
「このままアリマゴ島の結界内部まで突入よ荒潮!そうすれば霊脈から満タンまで給油出来る」
「それば良いんだけどぉ、この船動かしにくっ……」
「……多分氷結バルジの影響ね。こればっかりは如何ともし難いから、頑張ってとしか」
「鬼ねぇ」
『おい!タ級がそっちを見てるぞ、気を付けろ提督』
「おっと」
天龍からの警告に、急いで待機状態にあった障壁の術式を解放する。
巡視艇の海上部分をカバーする、
しばらくして、敵の戦艦級からの砲撃が大障壁に直撃し始め、しかし完全に弾かれる。
直撃によって術者である凛の魔術回路に掛かる負荷は、無視出来る程度。だがこれから、この『かぜなみ改』は敵の注意を一手に引き受けなくてはならない。
凛はゆっくり息を吐いて、チラリと己の手に浮かび上がる魔術回路を見た。
「……焼き切れるんじゃないわよ」
◇
令呪による空間転移という、前後不覚になりそうな一瞬の永遠から解き放たれた士郎は、それでもなんとかバランスを崩さずに着地した。
足に伝わる濡れたコンクリの感触。目を上げた先に広がるのは鎮守府の建屋の群れ。
「……着いたか。状況は――」
剣の足場を跳んで本館の屋根に上がり、嵐の海を見渡す。
「……っ、もう新手か」
結界の境界線近くまで迫ってきているのは、戦艦から輸送艦まで、多様な艦種。
水平線近くで砲炎の赤い光が瞬き、鎮守府の桟橋付近に着弾した砲弾が水柱を立てる。
「くっ……有視界距離とはいえ、もう届くのか……」
士郎は黒弓を出すと、強風の影響を加味して標的よりかなり風上に狙いを付ける。一刻を争う状況だという焦りもある中で、しかし士郎はかつて無いほど神経が研ぎ澄まされてゆくのを感じていた。雨が目に入ろうとも瞬き一つせず、極限の集中状態の中で矢を連続して射掛ける。
放たれた矢は、風に押し流されて大きく弧を描き、狙い違わず標的のル級やワ級を貫いていく。
命中率は6割ほど。外れても気にせず、艦娘たちと同じように散布界に無数の通常矢を送り込む。
一分ほどで、主戦力たり得る深海棲艦をほとんど殲滅した士郎は、屋根から飛び降りて自分たちが寝起きしている要人宿泊棟へと駆ける。
「士郎さん!」
「陽炎か」
前線から引いてきた防衛組の陽炎や暁型姉妹、そして鳳翔と加賀が上陸してくる。
鳳翔と加賀は、叢雲か龍驤辺りから説明を受けているらしく、士郎に軽く頷くと本館と艦娘寮の方へと去って行った。
「あ、私榛名さんを背負って連れてくる!待ってて榛名さん!」
『駄目です』
陽炎が榛名へ向けて通信で呼び掛けた直後、全員に向けて返答があった。
『島の中央から、動けない榛名を連れて行くだけの時間的余裕も、戦力的価値もありません。榛名はここで、固定砲台として皆さんの脱出を最後まで支援します』
「なに莫迦なこといってんのよ榛名さん!?」
『いいえ、この島を離れる以上、榛名が提督たちのお役に立てる機会はもう無いでしょう。ここでお別れです』
士郎は、怒った顔で言い返そうとする陽炎の肩に手を置いて黙らせると、咽頭マイクを押して短く伝える。
「いいから。大人しくそこで待ってろ」
そのまま榛名との無線を切って駆逐艦組に向き合った。暁や電は泣き出しそうな表情をしていたが、士郎は一瞬笑顔を作って両手を二人の頭にぽんと乗せると、落ち着いた声を意識して指示を出した。
「各自、これから戦闘で必要な物資、この先持って行きたい物を片っ端から回収するんだ。時間は三……いや二分以内だ。回収したらそのまま全員、榛名さんが居る中央の高台へ行き、
みんな流石は戦闘員というべきか、それ以上余計な疑問は口にせず、素早く散らばっていった。士郎も彼女らとは反対方向へ急ぐ。
要人宿泊棟の部屋に駆け込み、ベッドの脇にあったトランクケースに必要な物を次々と投げ込む。雨樹提督の魔術工房で見つけた精霊根などの触媒や、コップや水筒、着替えにタオル、歯ブラシ等、力ずくで詰め込んだ。少しは『かぜなみ改』に積み込んでいる為、服などは最小限でいい。
「後は……石鹸。トイレットペーパーは……船にあるな」
そこで僅かに動きが止まった。
目に映ったのは、凛が見つけた雨樹提督の物と思われる、正八面体の記録媒体。
高い確率で敵であろう人物の、情報か思い出を記録した物。
「――――」
少し迷ったが、結局士郎は媒体を上着のポケットに入れると、トランクを肩に担いで立ち上がった。
外に出ると、向こうの艦娘寮の方で爆発が起こった。身体の芯に響く音圧と、瓦礫の小片がこちらまで降ってくる。上空を見ると、例の巨大なマンタ型の艦載機がまた一つ、爆弾を投下する瞬間だった。艦娘寮の一棟が丸ごと圧壊するのが見えた。
「暁!!響!!みんな無事か!?」
弓を投影しようとした矢先に、地上から幾条もの対空砲火が立ち昇った。海上と比べ至近距離からと言っていいような対空砲火は、マンタ型の翼を折り砕いて失墜させた。射撃位置は艦娘寮の後方、森の中からだ。
どうやら既に、島の中央を目指して森を突っ切っていたらしい。士郎は胸を撫で下ろすと踵を返し、ピックアップトラックが駐めてある鎮守府の外れに向かう。
「……わぁっ!」
「うおっ……と、秋津洲!」
工廠の出口から飛び出してきた秋津洲とぶつかりそうになる。いつの間にか島に到着していたらしい。彼女は艤装の上やクレーンなどに大量の資材を抱えていた。複合弾や開発中の兵装、あとは工具などだろう。
「これから軽トラで高台に行く。荷物は荷台に、あと運転頼めるか?」
「了解しましたかも」
暁たちはアリマゴ島の熱帯林も熟知しているだろうが、士郎は違う。さらに秋津洲の荷物の量的にも、ピックアップトラックで車が通れる道を向かった方が早く着くだろう。
秋津洲が運転席に乗り込み、そのままトラックを急発進させた。士郎は荷台に飛び乗って矢を番え、新たに襲来したマンタ型重爆を狙撃していく。悪路をとばしているため、禄に当たらないと判明してからは、身を乗り出して前方の路面を確認し、車体が安定するタイミングを予測して射形に入るようにした。
鎮守府建造群が木々に隠れて見えなくなってからは、木々の合間から時折見える海を警戒していたが、今のところはまだ次の襲来は見えない。
金剛や天龍たちが頑張ってくれているのだろうか。
「秋津洲。えっと……体調は平気か?」
荷台から、空いている運転席の窓へと問い掛ける。
「全然平気だよ!どうしたの急に?」
「……いや、なんでもないんだ。よろしく頼む」
「?……おっけーかも」
程なくしてピックアップトラックは監視棟のある高台に到着する。
急停止したトラックから、士郎と秋津洲とは飛び降りるように出てくる。
「副司令官!秋津洲さん!」
暁や陽炎が駆け寄る。
それに応えながら早足で向かうと、彼女らの後方で砲撃音が響いた。遠方に見えた敵目掛けて砲弾を撃ち込んでいた榛名が、士郎の方へ振り向く。
「何故ですか衛宮さん。島から脱出するのに、何故こんな所に来たのです……」
秋津洲は、結界内部まで突入してきた『かぜなみ改』の位置を目視で確認し、一機の艦載機を出現させた。人間の大人ほどのサイズのそれは、濃緑色をした四発式の大型飛行艇『二式大艇』だ。
士郎は、秋津洲に準備を進めるように目で伝えてから、榛名と視線を合わせた。
「この島の放棄を伝えたら、榛名さんは残ろうとするかもしれないって、金剛が言ってた」
「……そう、ですか。やはりお姉様はお見通しだったんですね……」
「榛名さんや資材を船まで移すのが難しいなら、こっちから榛名さんの所まで向かえばいい」
両手に沢山の荷物を抱えたまま、『かぜなみ改』まで海上を移動するのは敵の攻撃に晒され放題で、士郎たちも荷物も無事では済まないだろう。だったら、榛名さんや荷物ごと、幾分か安全なここから脱出すればいい。
「だから、秋津洲がここに来たんですか」
榛名のその言葉に応じるように、秋津洲の艦載機が
「みんな、下がって!」
無数の紙片のようなものに分解されて形を失った飛行艇が拡散し、巨影を形取り、独りでに組み上がっていく。
星幽体などの未解明の分野を除けば、これこそが艦娘の一つの到達点。第二次大戦時の兵装を、完全な規模で再現するということ。
水上機母艦ではなく飛行艇母艦と呼ばれることもある、秋津洲の代名詞とも言うべき機体。
「これが……」
話には聞いていた士郎も、その威容に思わず言葉を失った。
全長約28メートル
全幅約38メートル
全高約9メートル
片翼に二つずつ、合計四発の
正式には二式飛行艇と呼ばれ、第二次大戦当時では最高水準の性能を誇った傑作機。
「ですが、これは陸地からでは飛び立てないです!滑走路代わりの海が必要なのに……」
「そこはまあ、遠坂を信じるしかないかな」
「魔術で、ですか?一体どうやって……」
秋津洲が振り返って叫んだ。
「みんな、早く乗って!」
秋津洲の言葉と共に、入り口までの階梯が形成される。
最初に秋津洲が入り口に素早く飛び込み、続いて暁たちが、荷物を抱えて二式大艇に乗り込む。
「うわぁ、分かっとったけどホンマにやるんか」
龍驤たち空母組と叢雲も高台へと到着した。
「衛宮さん気を付けてください!艤装を修復中のレ級が一隻、かなり近くまで来ています!」
鳳翔の言葉に眼科の海を見渡せば、2kmほど沖にそれはいた。艤装は半分以上修復されており、50メートル以上の大蛇が伸びている。
士郎たちが高台に集結していることはまだ気付いていないらしく、まだ海沿いにいると思っているらしい。レ級の砲撃はこちらでは無く、鎮守府の本館や工廠を向いている。しかしいずれはこちらに気付くだろう。
「どうする……?」
弓を構えはしたものの、迂闊に攻撃すればこちらの位置を知らせることになり、二式大艇を破壊されれば脱出計画は水泡に帰す。秋津洲がこのサイズの二式大艇を組み上げられるのは、一日に一度限りだからだ。
迷う士郎の視線の先で、レ級を砲弾の雨が襲った。
軌道を辿ったその先には、高速でこちらへ向かう金剛の姿があった。
彼女が相対していた別のレ級は倒したのか、或いは退けたのか。高台脱出の障害たり得るレ級排除のために、持ち場を離れたらしい。
(あの時陽炎たちに任せて完全に撃破しておくべきだったのか……?)
しかし撃破に時間が掛かっていれば脱出準備も遅れ、より多くの深海棲艦が押し寄せてくるだろう。どうするのが正解かなんて完全に識ることができるのは、無数の並行世界を渡る宝石翁ぐらいだ。
レ級の注意は一瞬金剛へと向いたようだが、すぐに鎮守府へと砲撃を再開した。
赤煉瓦の建築群が、士郎や艦娘たちが過ごした思い出の場所が、無残にも粉砕されていく。
歯を食いしばる士郎だったが、突如後方から眼下のレ級へ向けて、一発の砲弾が放たれた。
「あ……」
二式大艇の搭乗口の階梯から主砲を放った電が、自分の行動に呆然としたように呟いた。彼女の両の瞳からは、涙が流れている。
「ご、ごめんなさ……」
レ級の顔がぐりんと回り、こちらを認識した。その口角が裂けるように深く釣り上がる。
同時に不完全な大蛇の断面から、強力な砲撃が放たれた。
「――っ全投影連続掃射!」
士郎は咄嗟に出現させた剣を15本、レ級とこちらを繋ぐ軌道に向けて一斉に発射する。
高台から200メートルほどの位置で、レ級の砲弾と士郎の宝具の群れがぶつかり、空中で爆発した。
胸を撫で下ろす暇も無く、レ級は一直線にこちらへと進路を変えていた。
叢雲が叫ぶ。
「加賀!榛名を抱えて二式大艇に乗って!私はアレを迎撃する!」
「了解」
叢雲は高台から森へと飛び込むと、海へと駆け下りながらレ級へ向けて攻撃する。
島の結界が作用しているため、本人の視界が木々に覆われていても、正確にレ級を補足することができるのだ。
士郎は弓で支援しようか迷った末に、二式大艇への射線を塞ぐように
すぐに強力な砲撃が飛来したが、深紅の盾は揺らぐこと無くその役目を果たしている。
(最優先は二式大艇の保護。それは間違いない、けど……!)
士郎の背後では、二式大艇の四機のプロペラが回転を始める。暖機運転に入ったのだ。
やがてレ級は、金剛と叢雲の攻撃に晒されながらもアリマゴ島への上陸に成功した。
凛の魔術回路(計100本)の説明で皆が思った事
(……サブってなんだ?)
【流星改(一航戦/熟練)】の対空射撃回避能力が村田友永と同じレベルで追加されましたね。これでようやく熟練(笑)とは言えなくなる……!
こうして書いておく事で、次回装備選択時に忘れなくなるんですね(フラグ