正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第44話 いずれ取り戻す場所

 遠坂凛が防御を固める『かぜなみ改』へ向けて、赤色をした無数の光条が降り注ぎ、船は絶え間なく爆炎に包まれる。

 水面下の船底には断続的に敵の魚雷が突き刺さり、その衝撃はベクトルを上部方向に限定変換されて船の周囲で吹き上がる。

 

「~~~~~~っ!」

 

 大障壁によって全ての砲撃を支えている凛の魔術回路には、フィードバックとして強烈な負荷が掛かり続ける。それは体中の神経が発火するような、皮下に高圧電流を絶えず流し込まれているような苦痛。この状態が続けば、遠からず彼女の魔術回路は負荷に耐えかねて破断する。

 凛は床にへたり込むような体勢で苦痛に耐えていた。

 凛の隣で船の舵を取る荒潮も、その様子に思わず声を掛ける。

 

「ね、ねえ提督。大丈夫なのぉ?私も一旦外で戦おうかしら?」

「平気……よ。それより、指定した場所に……必ず到着して。それ、から……」

 

 俯いていた凛が、顔を上げて荒潮を見る。

 

「一秒か……二秒。敵の、攻撃が来ないタイミング……あったら合図、して」

「……分かったわぁ」

 

 荒潮は目視と水上電探、天龍との無線を用いて周囲の敵の分布を把握する。そして、最も敵の戦力が厚い方向へと舵を切った。

 

「正面からなら、被弾面積も小さいからねぇ」

 

 そのまま、焦りを抑えてじっと機を窺う。すると、突然右舷からの攻勢が弱まった。

 荒潮は知らないが、衛宮士郎が鎮守府本館上から敵艦隊をある程度削いだのだ。

 そして荒潮はその機を逃さず、未来予測じみた極限の集中と、僅かな直感に掛けて叫ぶ。

 

「来るわ!……今!」

回路変換(チェンジ)

 

 小さく呟きが聞こえた瞬間、船を覆う大障壁が消失し、しかし瞬く間に再形成された。

 多少ふらつきながらも、凛が立ち上がる。

 

「ふー……。ナイスよ荒潮。これでまた暫く耐えられる」

「よく分かんないんだけど、役に立てたのなら何よりよぉ……」

 

 とても成功率100%とは言えない賭けに出た荒潮が、凛と交代するように安堵で操縦席にへたり込んでいる。

 

 遠坂凛の身体には、合計すると100に及ぶ魔術回路が張り巡らされている。衛宮士郎は偶産の魔術師としては破格の27本を備えているが、凛はその四倍近く。一流の魔術師としても驚嘆に能う数値だった。

 そしてその才能は、父である遠坂時臣を悩ませた。彼が娘を教育する際、100ある回路全てを活用する事など、余程の大魔術を単身で行使する時にしか有り得ない。しかし、当時未熟であった凛にそんな物を教え込むのは、どう考えても危険だったからだ。

 そこで時臣は、凛の魔術回路の中から、常用する40本とそれ以外とを選別した。

 

「メインの魔術回路が限界だったから、サブの30本に切り替えたの。サブが焼き切れそうになったら最後の30本に、それも限界になったら冷却が終わったメイン40本に。無限にとはいかないけど、ぐるぐる回して時間を稼ぐわ」

「ああ、そういう原理……って、普段は全体の4割だけであんなに凄いことしてたのねぇ……。怖いわ~」

 

 周囲から大量の砲弾を撃ち込まれている状況で、凛はちょっと得意げにピースサインをしている。

 

「父さんに言われてそうしてたんだけど、そのまま馴染んじゃってね。大体は40本もあれば何とかなったし」

「でもぉ、これからもっと攻撃が激しくなる気がするんだけど……切り替える暇、無くない?」

「……」

「……」

 

 見つめ合ったまま黙り込む二人。

 もっとも黙り込んだところで、障壁にゴンゴン砲撃がぶつかってきて常時うるせぇ事に変わりはなかった。

 

「……死ぬ気で隙を見つけて」

「無理無理ぜったい無理よぉ!さっきのだってほとんど賭けだったのよ~!」

「……船体はかなり強化してるしちょっとなら直撃弾も耐えるはずだけど……艦橋周りとか、もうちょっとルーン刻んでおこうか」

「是非お願いするわぁ……」

 

 ジト目で凛を見やる荒潮。

 声に出さずとも、時折変なところで抜けてる人だな、と内心では思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦レ級が上陸し、金剛と叢雲が高台への到達を阻むべく攻撃を加える。

 士郎は宝具『織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』で二式大艇を守りつつ、選択を迫られていた。

 

(アイアスを解いて攻撃に加われば、二式大艇が無防備に晒されてしまう。けど、このまま至近距離まで接近されたら、どのみち守り切るのは難しい……)

 

 長く懊悩する事こそ悪手だった。

 士郎は盾の宝具を解除した。眼下のレ級目掛けて、剣の足場を飛び石のように出現させ、木々の上を駆け下りてゆく。

 レ級の姿は森に隠れ、巨大な艤装だけが木々に隠れきること無くのたうち、周囲を薙ぎ倒しながら蠢いている。

 

「トレース!」

 

 弓による強力な『壊れた幻想』を使う隙は無い。今は一刻も早く敵に損害を与えて、注意を大艇から士郎自身に移さなければならないからだ。

 数十メートルの大蛇目掛けて、投影した複数の剣を弾丸のように発射する。

 剣は大蛇に深々と突き刺さり、切り裂いたが、相手の巨大さ故に決定打にはならない。

 

「――――っ!」

 

 半壊している大蛇の、首のない切断面がこちらを向き、赤く巨大な砲弾が、光線の如く乱雑に吐き出される。

 森の木々がレ級の視界と電探を遮る隠れ蓑として機能した為か、狙いは荒い。しかしその内の一発が士郎を直撃する軌道を描いた。

 

 咄嗟に厚刃で頑強な状態(オーバーエッジ)の干将・莫耶を作り出し、身体の正中をガードする。

 

「づ…ぁっ…!」

 

 腕が砕け散ったかと思うほどの衝撃が襲ったが、砲弾は両断され、左右に分かれて抜けていった。

 もし通常の薄い刃だったら、両断した砲弾が両方士郎に直撃していたか、そもそも砕けていたかもしれない。断割された砲弾の軌道上にあった木々が薙ぎ倒され、道を作ったのを見て士郎はそう思った。

 

 強力な砲撃によって遮蔽物が消え、士郎とレ級本体が互いを視認した。

 士郎はレ級の注意が二式大艇ではなく自分に向き続けることを祈りつつ、脇の林内に飛び込んだ。同時に黒弓を出し、番えた『偽・螺旋剣Ⅱ(カラドボルク)』を矢に変え魔力を注ぎ込む。

 

(10……いや7秒で良い、ヤツ本体の『装甲』を突破して有効打を与えるだけの最小限の力を)

 

 だが突如前方の木々が一直線上に消し飛ばされる。

 宝具に集中していた士郎は、勢い余ってそのまま飛び出した。魔力充填はまだ5秒。レ級と目が合う。

 充填を続けつつも、士郎は弓の狙いをレ級本体へと向ける。当然レ級も士郎に狙いを付けた。

 

(6秒)

 

 こちらの準備は僅かに間に合わない。そしてレ級は既に完了している。大蛇の切断面から生えた砲口が赤く光り――――

 

「Fire!」

 

 側方から叩き付けるように飛来した砲弾が、大蛇を(はじ)き飛ばすように炸裂する。

 直後に士郎の充填が完了した。

 

 轟くような風切り音を立てて放たれた一撃は、最大火力には比較にすらならないが、それでも空間ごとレ級の上半身をねじ切って吹き飛ばした。

 

「Hey!シロウ! ワタシの援護を期待しすぎないで! 今のは運が良かっただけデスカラネ!」

 

 駆け寄ってきた金剛が、怒気を滲ませて言った。

 

「悪いが一秒でも早く排除したかったんだ。それに金剛の腕は信頼してる」

「生死を委ねるほど信頼されても困りマス……」

 

 金剛は半目になって肩を落とした。そのまま、倒れ伏すレ級の残骸に目を向ける。

 

「死んだ……のか?」

 

 微動だにせず、修復が進む様子もない。ここは『深海』ではなく、霊力タンクとして使うワ級もいないから、当然の話だ。

 

(むしろ敵地ですら瞬時に再生するワタシや叢雲の方が、よっぽど化け物じみている……なんて、思われてなければいいデスケド)

 

 こっそりと士郎を盗み見ながら、金剛はそんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃ……!」

 

 幾度目かの回路変換の途切れ目。数発の砲撃がくぐり抜けて着弾する。

 艦橋の窓が砕け散り、荒潮は思わず目を瞑った。破片程度で怪我をする艦娘では無いが、人間はそうもいかない。

 振り返ると凛は、操舵室中央の機材に背中をあずけるように座り込んで目を伏せ、浅い呼吸を繰り返していた。その身体は破片による物と、魔術回路の酷使による裂傷で赤く染まっている。

 

「――――」

 

 その右手が弱々しく挙げられると、床に散らばった破片が宙に浮き上がり、時間を巻き戻すように窓が修復されていく。

 見ているしかできない自分を恨めしく思いながら、荒潮はアリマゴ島を睨む。

 

 ――と、島の中央から、闇を照らすように光弾が打ち上がった。

 

「照明弾!……提督、秋津洲が準備完了したわぁ!」

 

 俯きがちな凛の口元に、微かに笑みが浮かんだ。

 この時間を稼ぐために、彼女は敵の攻撃を一手に引き受けていたのだ。

 

「……オーケー荒潮。外に出るから、手伝ってくれる?」

 

 荒潮は凛が立ち上がるのを助け、彼女を支えながら甲板へと移動する。

 ドーム状の魔術障壁に覆われた空の下、打ち付ける攻撃には一切気を払わずに、荒潮と凛はアリマゴ島だけを見据える。

 凛は宝石剣を持つ右手の袖を引き上げて、腕を露わにした。そこに宿るのは、今日まで増やし続けた大量の貯蔵魔力(令呪)

 

「……いくわよ」

 

 その言葉と共に、令呪が次々と光り輝く。

 

 瞬間的に消費された令呪は、じつに十五画。

 

 一画でもセイバーの膨大な魔術回路を満たし得る神秘が、同時に十五。宝石剣が在ろうが無かろうが、ただの一魔術師に制御できるはずもない暴威。『かぜなみ改』の周囲は、瞬く間に火薬庫と化した。

 

「ひ……」

 

 思わず、荒潮の喉が引きつった。

 魔術師ではない彼女にも、その異常さがはっきりと分かった。今までのどんな『深海』、どんな深海棲艦を前にした時にも感じなかった、切り裂くような圧を肌で感じる。断言しよう。今この時、この海域で最も危険な場所が()()だ。

 

「――痛覚遮断(Anästhetika )

 

 凛が新たな詠唱を追加した。荒潮にはどういう効果なのか量ることは出来ないが、心なしか凛の表情に余裕が出たように思えた。

 

「おーい」

 

 声のする方に目を向けると、『かぜなみ改』を覆う障壁の外に天龍が戻ってきていた。

 

「周囲の敵潜は大方蹴散らしたぜ」

「ありがと、それとお疲れ……。一瞬だけ障壁を緩めるから……タイミング合わせて……っ」

 

 そうやって天龍も障壁内部に待避した。甲板に上がって、三人が合流する。荒潮がチラリと見たところ、天龍は片腕を修復中で、残った腕で八八艦刀改を肩に担いでいる。重大な被害に至っていないのは実力か幸運か、或いは両方か。

 そして荒潮は、この場で起こっているもう一つの変化にも気がついた。自らが支えている凛の手の先。

 

(なにこれ、剣の形が……変わっていく……?)

 

 宝石でできた刀身という、元々の形状も剣と呼ぶには若干違和感があったが、今荒潮が見ている前で展開していくそれは、もう完全に剣では無く――

 

 やがて、食い縛るように閉じられていた凛の口が、()()()()を吐き出す。

 

「――主観軸( Main)固定( Fest)

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、頭上に出現した光源が周囲の闇を煌々と照らしだした。

 高台から上がった照明弾。それが意味することは一つ。

 

「準備が整ったんだ……!」

「アッ、ワタシかぜなみ改に戻りマス!叢雲とシロウは早く上に」

 

 続いて広がった肌を刺すような暴力的な気配に海の方を顧みれば、『かぜなみ改』で赤い光が連続して瞬いていた。凛が令呪を使ったのだろう。

 

「分かった、行こう叢雲」

「……ええ、そう――」

 

 ね。と続けようとした叢雲の言葉が止まる。

 彼女の視線はレ級の死骸を向いていた。やけに消滅が遅いと気になったのだが、残された下半身が、異常なほど萎んでいた。――まるで、中身を全て絞り尽くしたような。

 

「っ、伏せて!!」

 

 大蛇型の艤装が風船のように膨張し、破裂した。

 

 大量の破片と砲弾が無秩序に飛び散る。

 

「~~~~~~っ」

 

 金剛と叢雲は、『装甲』で防ぎきれなかった被弾を修復しつつも目を開ける。

 

「……二式大艇の被害は!?」

「大丈夫、無事デス!」

「所詮は苦し紛れの最後っ屁ね。狙いは不正確。……行きましょう衛宮士郎」

 

 だが、返事が無い。

 

「……シロウ?」

 

 複数の剣が地面に散らばる音が響いた。

 士郎が瞬時に盾として生み出した物のようだが、本人はびっくりしたように尻餅をついている。脇腹を押さえていた手を、不思議そうに見ていた。赤く濡れた、己の手を。

 

「……。あ……」

 

 その口から、咳と共にひと塊の血が吐き出された。

 

 金剛は、耳鳴りのような感覚に襲われた。なにか自分で叫んだはずだが、よく覚えていない。

 覚えているのは叢雲と共に、自分よりも身体の大きな士郎を抱え上げて、高台へと向かった事だけ。

 

 

 

 

 

 

 榛名は二式大艇の中から、三人が到着するのを見ていた。その只ならぬ様子に、乗り込んでいた艦娘たちがざわつく。

 

「お姉様!」

 

 ドアから士郎を抱えた金剛と、叢雲が乗り込んでくる。士郎の顔は色が抜けたように蒼白で、目は閉じられている。金剛が、簡素な備え付けのベッドに慎重に士郎を降ろした。

 乗り込むなり叢雲が内部を見回す。

 

「脇腹をやられた。圧迫止血するから包帯と……それからタオルを」

 

 そう言いながらも叢雲は、見た目ほどは落ち着いていなかった。銃創と言う物は、単純に穴が空く、というのとは違う。銃弾とその衝撃波によって内臓や筋肉が血管ごと引き裂かれ、外から見える以上に体内のダメージは大きい。

 現状で士郎が死亡するとすれば、それは失血の確率が一番高い。血液が2リットル失われれば人は死ぬ。だから何としても、流れ出る血を少なくしなければならない。

 凛ならば治癒魔術で自己対処できたかもしれないが、士郎にはそれは期待できない。そしてまともな医療設備がないこの状況。

 最悪の事態が脳裏を過ぎる。

 

 叢雲は機体前方、コクピットにいる秋津洲の元へ向かった。

 

「提督に無線で連絡を。魔術で衛宮士郎の遠隔処置が出来ないか聞いて」

「今聞いたとこかも。荒潮から返答が……そんな余裕無いみたい。一瞬経路を繋げた?らしいけどそれ以上は……」

「……そう」

 

 叢雲は唇を強く噛んだ。

 

(衛宮士郎の強さを、信頼しすぎた……)

 

 先ほど士郎が金剛のアシストを、当然来る物だと期待していたように。

 叢雲も無意識のうちに、士郎ならばあらゆる状況に対処してしまうのではないかと―――― 

 

 

「シロウ!?ワタシが分かりますか、シロウ!」

 

 金剛の声にハッとして振り返ると、士郎は薄らと目を開いていた。

 凛と一瞬繋がった経路とやらが、何らかの効果を発揮したのだろうか。

 

「……」

 

 その唇からは聞き取れないほどの小さな声が出されているらしく、金剛は耳がくっつくほど顔を近づけて聞き取ろうとしている。

 鳳翔さんや暁たちがタオルを持って、二人を取り囲むように集まっていたが、状況は改善しない。

 

 程なくして、秋津洲の声が響いた。

 

「――総員離陸用意!凜ちゃんのアレが、来る!」

 

 状況は、落ち着いて負傷者を処置することも許さない。

 その言葉に金剛、電、鳳翔を除いて、残りの全員が支えに掴まり、身体を固定する。

 

「……」

 

 叢雲は、士郎の傍を離れる様子がない金剛を見て、秋津洲に機体の飛行経路について耳打ちすると、彼女と共に操縦席から状況を俯瞰する。

 

  叢雲と秋津洲が見下ろす先。

 

 ――――嵐の中で眼下の海が、()()()()()

 

「……!!」

 

 それは、事前に説明を受けていた二人ですら、言葉を失う光景だった。

 膨大な海水が重力に逆らって、アリマゴ島の頂上を目掛けて逆流してくる。

 

 大海嘯と呼ぶべきか。

 

 アマゾン川のポロロッカが近いかもしれないが、水流の勢いと登坂角度はその比では無い。 

 頭がおかしくなったのかと疑ってしまいそうになる。

 

 やがて海嘯は島の頂上まで押し寄せる。

 二式大艇の周囲は海水で満たされ、機体が浮かび上がった。いきなり襲った揺れに、しばし機体内部は騒然とした。

 

 

 そうして形成されたのは、海水でできた天空の滑走路。

 

 

 そう形容するしかない物だった。今や二式大艇の先には、長さ200メートル近い『海面』が広がっている。まさか、滑走路が無いのなら作ればいい、なんて。魔術師は皆こんな発想なのだろうか。

 凛が持ち上げた海水は、目測による推定で200,000㎥。重量にして20万tにのぼる。

 叢雲の記憶が正しければ、これは旧海軍の空母『加賀』五隻分に相当する。

 

「ほ、本当に頭がおかしくなったのかしら、私……」

 

 宝石剣というのは確か、無くなった魔力を毎回満タンまで補充する能力があったはず。本人の性能自体を強化するという話は聞いていない。

 言葉を失う二人だったが、秋津洲はしかし自らの役目を見失ってはいなかった。

 

「……この安定性なら、滑走路として使える」

 

 流石に凪のように安定した海面ではなく、3メートル近い荒波がうねっているが、二式大艇の底面に備わる抑波機構(カツオブシ)が悪環境での離水を可能とする。

 

「たった200メートルで離水出来る?」

「大艇ちゃん改二は短距離離着陸( STOL)機化してるし境界層制御( BLC)装置も搭載、おまけに霊力で形成する関係上軽くて丈夫。取り回しではどの機体にも負けないんだから!」

「……っていうか、これってもうUS-2……」

「大 艇 ちゃん 改 二。間もなく離水シークエンスに入るかも」

 

 

 

 

 

 

 

 金剛はなんとか平静であろうと努めていたが、実際には無自覚な恐慌に近い状態だった。

 簡易ベッドに横たわった士郎。鳳翔が脇腹の傷口をタオルで押さえていたが、そのタオルも段々と血に染まっていく。

 

(代わりたい……。ワタシが盾になれていたら、こんな傷直ぐに……!)

 

 高い火力。耐久力。再生力。金剛の持つそれらの優位性が、今は何の役にも立たない。

 その時。何も出来ずにただここにいる金剛の目の前で、士郎の瞼が微かに開いた。

 

「シロウ!?ワタシが分かりますか、シロウ!」

 

 そう呼び掛けると、士郎の視線が微かにこちらへと向けられ、その唇が小さく動いた。

 二式大艇のエンジン音が響く中、金剛はギリギリまで耳を近づけて、士郎の言葉を聞き取る。

 

「胸ポケット?胸ポケットに薬があるんデスネ!?」

 

 急いでまさぐると、マッチ箱ほどの木製のケースが出てきた。蓋を開けると、見たこともない濃紺の丸薬が二粒入っていた。

 

(魔術的な……薬品?これなら……!)

 

 金剛は丸薬を士郎に見えるように示して言った。

 

「ありましたヨ!今から飲ませますからネ」

 

 士郎の閉じた唇を割り裂くように丸薬を押し込み、口内に入れ込んだ。

 士郎は苦しげな表情で飲み込もうとしていたが、いきなり激しく咳込みだし、血と一緒に丸薬を吐き出してしまった。しばらく痙攣のような症状が続いた後に、士郎は再び意識を失った。

 

「っ……!なら、水と一緒に飲み込めば……誰か水を」

「……無理です」

 

 鳳翔がタオルを押さえながら呟くように言った。

 

「吐血しているなら、肺か消化器系がやられています。今の衛宮さんに物を飲み下すなんて……」

「じゃあどうすればいいんデスカ!?」

「……何か他に、塗り薬のような物は……」

 

 二人で士郎の身体を隈無く探したが、正八面体の謎の結晶のような物が見つかっただけだ。

 

「あの、え、衛宮さんの持ってきた鞄も探したのですが」

「残念ながら、役立ちそうな物は無かった」

 

 電と響がおずおずと報告した。

 

 何か手は無いのか。金剛はひたすら考えた。戦うしか能が無い自分に泣きそうになる。

 出会ってからこれまでの士郎や凛との会話を思い返し、この状況を覆せる何かを探し続ける。

 

――――あら、おはよう金剛。そういう格好もするのね、よく似合うわ。

 

――――金剛は、好きな料理とかあるか?まあこの状況じゃ、作れるレシピは大分限られるけど。

 

――――士郎の魔術属性って意味分かんないのよ。五大元素全部に適性が無いの!

 

――――そのギソウ?ってのは、どうやって動かしてるんだ?脳波コントロール的な感じか?

 

――――例えば、塩のような一般的に燃えない物質でも、魔術の炎なら……

 

――――ああいや、最近荒潮って子が、ちょっとな……

 

――――魔術は結果じゃなくて、過程が奇跡なの。科学で同じ結果を出すことは出来るけど、同じプロセスは再現出来ない。

 

 ……

 ……

 ……

 

「もしかして……!」

 

 金剛は手に持つ丸薬をまじまじと見つめた。

 思考の停滞は一瞬だった。

 彼女はそれを、半分ほど噛み千切って粉々に噛み砕いた。

 

「金剛さん!?」

 

 戸惑いの声を気にすること無く、或いは気にする余裕も無く。

 金剛は士郎に口付けるように、彼の口腔内に砕いた丸薬の粉を移していく、のみならず、舌を使って粘膜に塗り広げていく。舌の裏側や歯茎など、咳込んでも吐き出されないように念入りに。

 

(魔術の薬品を、ワタシたちが知る医薬品の常識で考えるのが間違いだとしたら……)

 

 服用した薬が、胃や腸で吸収されて効果を発揮するのが、金剛の知る仕組み。

 対して魔術の産物なら、効果を発揮するまでの『過程』は違う可能性があった。

 

 実際に己の状態をある程度把握しているであろう士郎は、この丸薬を服用する事を選んだ。つまり、飲み下して胃や腸まで届かせる必要は無いと言うことではないか。

 

(口腔内の粘膜……。そこから薬効を吸収できるなら……!)

 

 不意に士郎が小さく咳込み、金剛の顔に血の飛沫が点々と飛んだ。金剛は顔を離すと、荒く息を吐きながら口元を手の甲で拭う。今頃になって、丸薬の苦みと士郎の血の味が口の中に広がった。

 

「……ホウショー!出血は?」

「え?……い、いえ、止まってくれません」

「くっ……!」

 

 これで駄目だったらもう手の打ちようがない。

 金剛も鳳翔も、途方に暮れる。

 

「ん?いや……?気のせいかも知れんけど、ちょっと顔色ようなっとるように見えるで」

「!?」

 

 龍驤の言葉に、皆の視線が士郎の顔に集中する。

 言われてみれば確かに、当初の蒼白に比べて幾分か血色が戻っていた。

 

「やった!やっぱり粘膜吸収出来るネ。……でも、出血は止まってないデス」

「まさか輸血……いえ増血効果でしょうか?」

 

 鳳翔が呟いた。

 もし増血効果だとしたら、銃創からの出血を上回る量を供給したことになる。間違いなく、科学を超越した神秘の為せる業だろう。

 

「何とかなるかもな!金剛、早うもう半分も!」

「オーケー!今やりま……す……?」

 

 そう言って残った丸薬を噛み砕こうとしたところで、金剛は()()()()()

 

 自分はこれから何をするつもりだったのか。

 先ほど士郎に何をしたのか。

 

 顔を上げると、鳳翔や龍驤、暁や響ら多くの視線が自分に集中していた。

 

「――――ぁ」

 

 顔から火が出そうなほど熱くなり、次の瞬間には一気に血の気が引くのを感じた。士郎は凛の恋人だという事実を、今更ながらに思い出したのだ。

 

(ど……どうしよう)

 

 今からさっきと同じ事をもう一度、衆人環視の中で?

 嫌だ。

 やりたくない。

 だからといって、やらなければ彼は死ぬかもしれない。

 

「――コホン」

 

 沈黙を破った榛名の咳払いに、金剛だけで無く周囲の皆もびくりと肩を震わせた。

 

「皆さん、周囲の索敵警戒が疎かになっていますが……いつまでそうしていますか?」

「あ、あー!陽炎、尾部機銃の元で後方警戒に当たります!」

「ウチも付いてくわー」

 

 そそくさと逃げ出す陽炎と、龍驤。

 響や雷も無言で機体前方へと避難した。

 

「……」

 

 榛名や鳳翔の醸す、「いつでもどうぞ」という雰囲気が、却って金剛を居たたまれない気分にさせた。

 もそもそと丸薬を口に含んで噛み潰すと、先ほどと同じように口移しで士郎に与えていく。

 

 顔が熱い。絶対に赤くなっている。お願いだから見ないで欲しい。

 のろのろとした動きで顔を離す時、この場から消え去りたくなった。

 

 金剛にとってこんなことをするのは、艦娘として建造されて初めてだった。

 彼女にとっての一度目のキスは――先ほどのあれをキスにカウントしていいのだったらだが――恐慌状態で何の感慨も無い物だった。

 そして二度目は、苦痛でしかなかった。

 

「……死にたい」

 

 消えそうな声で言い残すと、金剛はそのままフラフラと後方の荷物を積載している方へと去った。

 

「あ……。金剛さん、()()だったのですね。……酷な役目をさせてしまいました」

 

 なんとなく事情を察した鳳翔はそれ以上何も聞かず、士郎の患部を押さえながら、その身体をベルトで簡易ベッドに固定した。

 今はこれ以上、出来る処置がなかった。

 

『滑走開始するかも!総員衝撃に備えて!』

 

 秋津洲の声が聞こえた次の瞬間には、激しい揺れと共に、機体が発進・急加速した。

 凛が形成した天空の滑走路を10秒ほどで一気に駆け抜け、その終端手前でふわりと浮き上がる。

 滑翔距離は僅か200メートル足らず。通常の旅客機のじつに1/5の距離で、改装型二式大艇は嵐の空へと舞い上がった。

 それを待ちかねていたように、残された海水の滑走路は崩れ、重力に従って島を濁流となって下っていった。

 

 

 島を飛び立ってすぐ。

 

「あっ!方位120に敵機7!もう結界内に侵入してるわ」

 

 機首側で警戒に当たっていた暁が報告した。

 秋津洲たちにとっては意表を突かれた状況だった。

 

「島の結界には反応してないかも!?」

「……あの方角の『支点』が落とされたんでしょう。いよいよこの鎮守府も終わりね」

「そんな事より迎撃は!?」

「不要よ。予定通りなら……」

 

 叢雲が言い終わる前に結界内の海域の至る所で、巨大な間欠泉のような爆発が連続した。

 

「提督が地脈を暴走させて泊地機能を壊滅させる頃合いだから」

 

 加賀と龍驤はちゃんと神殿を砕いてきたのね、と付け加える。

 入渠ドックの地下に存在したこの島の中枢たる神殿。そこに敷かれていた術式を破壊したことで、地脈を流れていた魔力が制御を外れ、凛の干渉で容易く海上に向けて流れていく。

 蒼く燦めく光となって舞い上がる魔力は、瞬く間に一帯を覆っていく。まるで煙幕のように。

 

 当たり前だが、これでアリマゴ島は霊地としてはボロボロになった。復旧は凛ですら数ヶ月、或いは一年掛かり。当然それは敵勢力にとっても同じだろう。

 

「め、滅茶苦茶だよ……!通信も電探も、視界すらまともに機能しないんデスケド!?」

「敵もこっちを狙う余裕なんて無いから。勘と経験だけで上手くやりなさいよね」

「ひいいいぃ……」

 

 秋津洲は限られた視界と高度計などを忙しなく見比べて、操縦を続けている。

 それを見て叢雲は、そっとその場を離れ機体中央へ向かった。

 簡易ベッドに固定された意識の無い士郎は、変わらず出血が続いているのか、鳳翔が患部圧迫を続けている。しかし顔色はやや良くなっている、ように見える。

 

「金剛」

 

 呼び掛けると、膝を抱えていた金剛が顔を上げた。

 本来は『かぜなみ改』に凛と一緒に乗り込んで脱出する手筈だった彼女だが、不測の事態によりここに同乗している。今の状態を見るに、すぐに向こうと合流するのは難しいと叢雲には思われた。

 

『多分もうすぐ、かぜなみ改の直上に差し掛かるかも!』

 

 秋津洲の声が機内に響く。

 叢雲はすぐ近くの搭乗口のドアを押し開けながら言った。

 

「私が替わりにかぜなみ改の護衛に回るから」

 

 眼下に目を凝らして、恐怖に少し躊躇した後、数百メートル下の海へと飛び降りた。

 

「叢雲っ」

「アンタは絶対アイツを死なせるんじゃないわよ!」

 

 それを最後に、叢雲の姿は風雨と魔力の渦巻く大気の中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

1月13日 18:39

 

 そうして艦娘たちを乗せた二式大艇は、無秩序かつ混沌とした様相を呈するアリマゴ島からの離脱に成功した。

 

 

 

 

 尚、その際、尾部銃座室から後方を警戒していた陽炎と龍驤は、遥か遠方、“深海N”があった方角に

 

「森のようなものが見えた気がする」

 

 といった要領を得ない証言をしている。

 

 

 




士郎「前回意味深にポケットに仕舞った記録媒体が運良く盾になってくれるんじゃなかったのか?お陰で今瀕死なんだが」
凛 「こっちも無茶し過ぎでひっそりと瀕死なんだけど」
士郎「てかサブの魔術回路ってそうやって使うのか……」
凛 「さあ……?公式で私以外にサブ回路について言及あったっけ?」
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