正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第47話 トラック泊地攻略戦Ⅰ

『間もなく本艦は所定の海域に到着するかも。直援上げてる加賀以外は、総員操舵室に集合してください』

 

 秋津洲の声が艦内に響く。

 実を言えば、チューク環礁まではまだまだ距離がある。それでも今回は、この距離が作戦開始位置だ。

 ギリギリまで体力の回復に努めていた士郎と凛を含めた総員が、直ちに操舵室に集う。

 

「ドラマチックに払暁戦、とはいかなかったわね。もう一日待つだけの猶予はないし仕方ないけど。……最終確認ね。司令官に衛宮士郎、体調は大丈夫?」

 

 叢雲が二人を気遣わしげに見る。

 一度トラック泊地まで出撃し、重爆母艦との戦闘で士郎が負傷。そのまま帰路に就き、帰ってきたと思ったらアリマゴ島は突如発生した『深海』から急襲を受けており、これを抑えつつ総員で脱出。その際士郎、凛両名とも瀕死の重傷。

 それから半日しか経たないというのに、これから過去最大の『深海』へ踏み込もうとしている。ぐずぐずしているとアリマゴ島の方から追っ手が来るかもしれないとはいえ、艦娘でもない人間が取って良いスケジュールではない。

 

「万全とは言えないわね。でも無茶をやり通すぐらいの余力は残ってる」

「こっちも似た感じだが、戦闘に支障を来すことは無さそうだ。治療した奴が凄腕だったからな」

 

 士郎は自身の体感よりも、凛が治療したという事実を信頼している。彼女が破壊された心臓すら復元した事があると、知っていたからだ。

 

「あー、分かった分かった。心配要らなそうね、もう遠慮なく戦って貰うからね」

 

 言葉とは裏腹に、何かあれば直ぐにカバーに入ろうとは考えている叢雲だが、それを口に出して余計な問答に時間を割くつもりはなかった。

 

「遠坂、令呪は何画残ってる?」

「八画、全部士郎に使うつもりだから。空間跳躍とかね」

 

 凛は右腕に目をやりながら答える。アリマゴ島で一度に大量に消費したため、二の腕や肩まで広がっていた令呪は前腕と手の甲にしか残っていない。

 

「そうだ。らじ、カセ?だっけ。どうなった?」

 

 凛が問いかけるのは、龍驤。

 

「ラジカセ知らんのはどうなん現代人?」

「し、知らないわけではないわよ……」

 

 龍驤は20センチほどのラジカセを持ち上げて見せた。

 

「言われた通り、準備バッチリやで。後は耐水性やけど……」

「オッケー、こっちで魔術掛けとく。使い捨てだし適当でいいでしょ。あとは……秋津洲、複合弾と例の特殊弾は?」

「大部分は工廠から持ってこれたよ。砲戦員に配分済み、榛名さん含めてね」

 

 その後も一通り確認が終わり、作戦概要の確認もスムーズに消化して。

 

「――こんなところだな。遠坂、少し早いけど」

「そうね」

 

 凛は目を閉じて胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸すると――宣言した。

 

「……トラックが霊地としてどんな状況にあるかは不明だけど。最終目標は、地脈を賦活させ可能なら結界を取り戻し、泊地機能を完全に掌握することとする。その為の最優先目標である“敵中枢艦隊”、及び“海域浸透型”には、私と士郎が中心となって当たるわ。艦娘各位は、あらゆる手段を講じてこの状況作成を支援すること。

――――これより、“トラック泊地攻略作戦” 発動!」

 

 

 そうして戦いは始まる。

 もし数時間後の結末が見えていたとしたら、遠坂凛はこの選択をしなかったかもしれない………そんな戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼鉄の翼が雲を裂く。

 翼の端から端まで、40メートル近い巨体を誇る二式大艇の姿が、空の中にあった。

 

「秋津洲さーん。まだー?」

 

 機内では陽炎がコクピットへと呼び掛ける。

 

『もう少しで、深海のちょうど真南くらいかも。そろそろ高度下げるね』

「ったく落ち着きねぇな……。心配しなくても秋津洲に任しときゃ大丈夫だっつの。それとも柄にも無くびびってんのか?」

 

 隣に立つ天龍が、面白そうに見下ろしてくる。

 陽炎は唇をとがらせた。

 

「いやー、そりゃあ緊張するでしょ。今回は流石に」

 

 チューク諸島を取り巻いている『深海』の大きさは直径100km以上。これほどの規模の『深海』を攻めるなら、往時であれば最低でも今の五倍の人員が割かれていただろう。つまり今回は、一人ひとりがかつての五人分以上の働きをしなければ勝ち目は無い。

 

「私らは陽動役として、南に敵の非主力艦隊を引きつける」

「おう、その為にオレたちもここに乗ってるんだからな。……なぁチビ共!」

 

 天龍が話しかける先には、暁と三人の妹、さらに鳳翔もいる。

 

「……緊張してるのは天龍ちゃんも同じでは?いつもよりテンションが高いのです」

「えっと、えっと、暁たちはまだ降りなくていいのよね……?」

「まだだよ暁。レンバス(おやつ)は忘れずに持ってるかい」

「地味に生命線になりそうよね、この焼き菓子!」

 

 鳳翔はそんな彼女たちの様子を慈愛の籠もった目で見ている。

 

 まず天龍と陽炎が南側から侵入し、少し遅れて西まで回り込んだ秋津洲と六駆、鳳翔さんが西から侵入。それぞれに戦力を引きつける。

 そこを見計らって、士郎や凛ら主力が、中枢艦隊がいると予測されている海域を東から急襲する……というのが、大まかな流れだ。

 

 

 やがて、伝声管から秋津洲の声が届く。

 

『……ここに決めた!天龍、陽炎、準備はいい?』

「当然だ!」

「わー、いよいよか……」

 

 眼下には海面が直ぐそこまで近づいている。高度10メートルほどだろうか。

 天龍が機体中央のドアを開く。風が勢いよく舞い込んでくる。

 

 もう引き返すことは出来ない。二人は艤装を展開し、淵に立つ。

 武者震いする陽炎に、横合いからぽす、と軽い衝撃が伝わる。見ると、暁型の長女がやや仏頂面で拳を差し出していた。

 陽炎型の長女は、一瞬言葉に詰まったあと思わず吹きだした。

 

「お互いがんばろ」

「……うん」

 

 コツンと拳をぶつけあう。

 

「二人ともご武運を」

 

 鳳翔からの言葉に天龍と揃って笑う。

 

「そっちもな」

「生き残り優先でね」

 

 そうして二人は、二式大艇から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 高速の機体から飛び降りれば慣性が掛かるため、普通の人間だったら海面でもんどり打って転がったり水没したりするだろう。しかしそこは艦娘。『装甲』とバランサー、両足の主機を上手く使い、ザアアアァと波飛沫を引きながら海面を滑走して、二人は並んで停止した。

 

 周囲は所々雲があるが、天気は晴れ。この辺りは波がかなり大人しい。

 

「ふぅ。……あっちがトラックね」

 

 腰に手を当てて北を眺める。特有の黒い海面はおろか、敵の気配は微塵も感じられない。『深海』との境界よりもかなり離れた位置に降りたため、これから接近していくのだ。

 

「周囲に敵機なし」

「敵潜もいねーな」

 

 八八艦刀改を肩に担いだ天龍が応える。彼女はヘリコプター(S-51J)を飛ばしてそこから聴音機を垂らしている。

 

「龍驤さんからの視界共有は?」

「まだだ。取り敢えず、しばらくは前進。その後待機だな」

 

 二人は頷き合うと、前進を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『かぜなみ改』前部甲板上。

 

「……んっ」

 

 金剛は、身体の調子を確かめるようにストレッチをしていた。

 

「時間的にはそろそろ天龍たちが降下して、秋津洲が西側に着く頃、デショウカ……」

 

 誰に聞くとでもなしに呟いた言葉だったが。

 

「だろうな。俺たちの出番も、もう少しだ」

 

 予想外の応答に、彼女の両肩がビクリと跳ねる。

 

「あ……シ、シロウ」

「?なんだよ」

「いえ、別に何というわけデハ……」

 

 何の気なしに近寄る士郎に対して、両の掌を向けて一歩二歩と後ずさる金剛。

 ひょっとすると俺、嫌われているんだろうか、と少しだけ傷付いた士郎だったが、気を取り直して続ける。

 

「それにしても凄いな、龍驤は。金剛だけじゃなくて、叢雲、加賀、秋津洲、それに天龍とも視覚情報を遣り取りしてるんだろ」

 

 士郎は、『かぜなみ改』の50メートルほど右手を静かに併走している、小さな少女を眺めながら言った。

 彼女は自分が発艦させている艦載機からの光景を、他の艦娘にそのまま伝える事が出来る。それは知っていたが、一度に五人も対象にしているのは士郎だけでなく凛も驚いていた。

 流石に余裕があるわけではないらしく、『かぜなみ改』の余計な魔力と干渉しないように、こうして離れた位置にいる。

 

「ンー……そうネ。ここまで繊細、というか器用な真似は、龍驤しか出来まセン」

 

 その時、船上の全員に龍驤から通信が入った。

 

『たった今、天龍・秋津洲両名とも情報連結したで。……始めてええか、司令官?』

 

 凛が車椅子の榛名と共に甲板に出てきて、龍驤に向けて手を振った。

 

「りょうかーい。よろしくね!」

『よっしゃ気張るで!――全機、増槽投棄セヨ。これより侵入や』

 

 龍驤の左手の二指に“勅令”の文字が輝き、戦闘開始を告げる。

 『深海』に侵入するのは最精鋭の10機。雲に紛れて高高度から戦場を俯瞰し、敵戦力の分布を味方に伝達する。

 

 その視界共有効果は直ぐに現れた。凛の隣にやってきた叢雲が声を発する。

 

「見えた……!懐かしのトラック泊地。隅から隅まで全部ね……!」

「こっちもよく見えマース。相変わらず壮観な島嶼……泊地に最適としか言えませんネー」

 

 しかし、当然敵も黙って見逃す訳も無い。

 

『来た来た、迎撃機上がって来よったでー!荒っぽい操縦になる、酔わんように気を付けや!』

 

 実際には下からの対空砲火も出てきたが、わざわざ説明するまでもないので龍驤は省略していた。

 

 

 

『――花島水道付近に戦艦含む打撃部隊が二つ!』

『南水道の二十キロ南!空母機動部隊アリ!姫が二隻おるで、注意せぇや天龍』

『西水道の10キロ北西、北水道の30キロ西にそれぞれ打撃部隊と機動部隊がセットや。まともに遣り合わんでいい。秋津洲の部隊で何とか西に引きつけてぇや』

『――ん。艦隊体作業地に打撃部隊。その上空には重爆母艦のクラゲ有り!近づかんとこ』

 

 次々と報告を重ねていく龍驤。短時間の間に、敵泊地の全貌がみるみる明らかになってゆく。

 凛と叢雲は、海図と照らし合わせて詳細を確認していった。

 

「士郎の予測通りかしら?思ったよりは戦力が少ないような」

「そうね、これならもしかすると……!」

 

 そこでやや緊迫したように龍驤がこぼす。

 

『あかん、八番機迎撃機に食いつかれる!』

『少しだけ耐えてください、龍驤』

 

 その言葉の主は、龍驤と逆サイドを航行していた加賀。

 注文通り逃げ回らせていた龍驤だが、突如背後に食らいついていた深海迎撃機が爆ぜた。ほっと息を付く八番機を追い抜いて飛び去っていくのは、零戦と同サイズか、ともすれば少し小型の機体。零戦と決定的に違うのは、プロペラがなく、ターボジェットエンジンを二基搭載しているという点。

 

『橘花改!久々に見るなぁ』

『爆装は取り外していますが。零戦隊も間もなく到着しますから、この高度まで上がってくる敵はこちらで処理します』

『よっしゃ、頼むで一航戦』

 

 心強い援護を得たことで、龍驤機の一つが遂に主目的(ターゲット)の一つを探し出した。

 

『見つけた!金剛に繋げとる三番機の視界30°辺り、夏島の東10キロ地点。コイツだけオーラが違う、恐らく中枢個体や!』

「やっぱり“そこ”にいたわね……!」

 

 叢雲が獰猛な笑みを浮かべる。

 事前の予想では、旧日本海軍統治時代に最も栄えた要塞都市のある、夏島(デュブロン島)が『深海』としての中心だと考えていたのだ。

 

「どんなタイプの個体なの?」

 

 その質問には、三番機と視界を共有している金剛が答える。

 

「馬……と人間を合成した感じデショウカ?4~5メートルくらいで、硬そうな装甲に覆われてマス」

「ケンタウロス型!?……アリマゴ島で見た資料には載ってなかったわね」

 

 唸る凛に、叢雲が突っ込む。

 

「いやいや、私らも見たことないから。完全に未確認の新種でしょう」

「あっ……!」

 

 急に叫んだ金剛に、皆の視線が集まる。

 

「三番機が落とされた……」

『こちら龍驤!中枢個体の攻撃で三番機撃墜! 左手から電撃らしき高速の攻撃を確認。射程は最低でも四千。掛けた防御機構も貫通して一撃や。発射直前にスパーク状の予備現象を確認した。黄色いスパークを見たら要注意やで』

 

 寮機を失いながらも、観察で得た情報を的確に通達していく龍驤。

 完全に初見の敵から得られたそれは、この局面において千金に比する価値を持つ。

 

「ナイスよ龍驤!あなたのそれ、最高の戦果だわ」

『あ、ありがとぉ……?あ、金剛は四番機と繋ぎ直すから、ちょっち待ちぃや』

「Thanks. 頼りにしてるネー」

「士郎、聞いてた?」

「ああ、スパークを見たら、防御は無しだな」

 

 士郎はつい先日の事を思い浮かべて答えた。

 巨大クラゲからの電撃状の閃光。アイアスで防いだにも関わらず、士郎は意識を奪われた。

 中枢個体の電撃が同系統の攻撃ならば、躱すか逸らすかで対処しなくてはならない。

 

 そして、目的の中枢個体(推定)が見つかった今、凛は臨時で船の舵を預かっている荒潮へと指示を出す。

 

「いよいよ突入するわよ。方角は聞いての通り。私はしばらくの間、この船の消音・迷彩・魔力的ステルスに全力を注ぐから。全速で飛ばして頂戴」

『は~い。これより本艦は、第五戦速まで増速しまーす。皆さん帽子とか飛ばされないように、しっかり掴まっててくださぁい』

「龍驤!加賀!かぜなみ改の後方に下がって!あなたたちも纏めて魔術で隠すから」

『『了解』』

 

 アリマゴ島鎮守府主力部隊は一切の躊躇なく、ただ一直線に進撃する。

 激突の刻が目前に迫っていた。

 

 




龍驤が「増槽投棄セヨ」と言っていますが、この増槽は機体に外付けする燃料タンクのことです。戦闘開始前に切り離して投棄します(にわか知識)
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