間桐の屋敷は深山町にある。
古めかしいというか、悪く言えば陰気な雰囲気のある立派な邸宅だった。それは俺と遠坂が招かれた客間も同様で、どこか時代に取り残されたような趣があった。その客間に今、間桐臓硯が慎二を従えて入ってくる。
「お久しぶりです、間桐の御当主殿。お招きいただき感謝致します。こちらは――――」
遠坂が立ち上がり礼を述べるので、俺もそれに続く。
「お久しぶりです慎二のお爺さん。衛宮士郎です。不肖ながら遠坂の弟子として魔術を学んでいます」
臓硯は俺を一瞥すると、問いかけるように遠坂に視線を戻した。
「本来なら彼は御三家ではなく、この場にいるべきではないでしょうが、今回私たちが提示する条件の中に彼も含まれているために、こうして同席させています」
臓硯は遠坂の説明に得心したように頷くと席に着いた。
「ようこそおいでなされた、遠坂の当主とその弟子よ。しばらく見ぬ間にまた立派になられたようで何よりじゃ。うちの役立たずとは大違いじゃのう」
その言葉で、席に着かずに臓硯の後ろに控えていた慎二の眉が微かに動いたのが見えた。その手も固く握りしめられている。
俺は慎二が努力家であるのは知っていた。魔術が関わらない勉学においても部活動においても、人一倍の努力と成果を上げているのを俺は見てきたのだから。しかし臓硯にとってはそれらはまったく意味を持たないようだ。
彼はそんな慎二の様子を嗤うように息を吐くと、笑顔を貼り付けてこちらへ向き直った。
「では席に着かれよ。
慎二のぞんざいな扱われ方を見ていると、どうも彼は第五次の件で完全に見放されたのかもしれない。ということは慎二は完全にノーマークである可能性もあった。
遠坂は席に着いて答える。
ここからは俺の出番はほとんど無いはずだ。
「はい。その件で色々とお話をしたくて参りました、マキリ・ゾォルケン」
「……」
臓硯の眼光が鋭くなった。俺なんかは心の中まで全て見通されるのではないかと不安になってくる。しかし遠坂は落ち着いた様子だった。これから彼女は、嘘と真実を使い分けてこの数百年の時を生きる人外の魔術師と同盟を結ぶと思わせなければいけない。俺たちの『目的』のためにも。
ちなみに俺は『あんたは表情に出やすいから』といって、遠坂に精神を落ち着ける呪いを入念に掛けられている。
おかげですこぶる調子が悪かった。ああ、身体が重い……。
しかしおかげで桜を苦しめている張本人を前にしても怒りをきちんと抑制できているのも確かだった。
「まあ良い。色々口上を考えてきたのであろう。話してみよ」
「はい」
ここから始まる会談は、俺たちの二つの目的、『桜を助けること』そして『もう一つ』のどちらにとっても重要なものになる。
そう理解している遠坂は、笑顔で最初の爆弾を落とした。
「アインツベルンが聖杯を諦めたようです」
「――――」
臓硯の顔は一切の表情が抜け落ちたようだった。呆気にとられたように小さく口を開いている。
「先日私たちがアインツベルンの城にうかがった際には、既にアインツベルンの当主ユーブスタクハイトはその機能を停止し、残されたホムンクルスが我々を出迎えました。つまり次回の聖杯戦争からは、最大の懸念であるアインツベルンが居ないということになります。かなり我々にとって好条件になるでしょうね」
「――――いや待てっ」
次々と並べ立てる遠坂を臓硯が止めた。衝撃から復帰し、色々と考えを巡らせているのだろう。そしてまず懸案することと言えば
「アインツベルンが……参加しないとなれば重要な要素が欠け落ちるはずじゃが?」
思慮深い臓硯は早くもそれに思い当たったようだ。
「聖杯の器。アインツベルンが用意する小聖杯はどうなる。アレがなくてはそもそも聖杯は成らんじゃろう」
「その点については問題ないようです。今アインツベルンの城には前回の器であるイリヤスフィールのスペアであるホムンクルスが存在しています。次回の聖杯戦争では参戦こそしないものの、器を送ることだけはして頂けるように契約が成立しています」
遠坂は淀みなく答えた。虚実を織り交ぜた内容だが、俺だったら何の疑問もなく納得していただろう。
「嘘だな」
「……?」
遠坂は無言で首を傾げる。俺は呪いが無ければ盛大に動揺していたかもしれない。
臓硯の言葉は続く。
「あのアインツベルンが自分に利の無いことをするものか。代わりとなる器など存在しないのだろう?」
遠坂は静かにその言葉を聞いていたが、やがて静かに息を吐いた。
「いいえ。器は確かに存在します。これは本当は切りたくなかった手札なのですが……」
そう言ってアタッシュケースの封を解いていく。そしてその中身を取り出して見せた。
「私たちは宝石剣の製造に成功しました」
「なに……!?」
臓硯は取り出された宝剣を見て今度こそ目をむいた。それもそのはずである。これこそはこの世にたった五つの『魔法』。その一つを限定的に行使しうる礼装である。それを臓硯からしたら小娘にしか見えない遠坂が手にしているのだから、にわかには信じがたいだろう。
「当然おかしいと思うでしょう?こんな常識外の代物に、こんな若輩の手などが届くはずがない、と。」
「……」
「実際に私の独力では到底届かなかったでしょう。これの製造に必要だったのが、この士郎の『剣製に特化した特殊な魔術回路』と、器となるホムンクルスが受け継いでいる『ユスティーツァの記憶』でした」
それを聞いて僅かに、ほんの僅かにだが臓硯の表情が変わったように見えた。しかしそれが何に起因するかなどはまったく分からない。
「そしてこれは後で話すつもりだったのですが、聖杯の器の製造方法を探すためにアインツベルンの歴史に触れた際、彼らの本当の悲願についても薄らと垣間見ることができました。」
これは半分本当だ。アインツベルンの歴史に触れたのは確かだが、聖杯の器を作るなどという目的ではなかった。
「それがアインツベルンが次回も協力することと何の関係がある?互いの望みなど我らにとっては知ったことではない」
「大いにあります。彼らの始まりの願いは第三魔法を用いた人類の救済であったようです。」
「――――」
「しかし余りにも長い年月が、彼らに本来の願いを見失わせたようです。最早彼らに残された思いは自分たちの手による聖杯の成就だけでした。」
臓硯は目を伏せて何やら考え込んでいるようだった。
「城に残ったホムンクルス達にこのことを話してみましたが、士郎の目指す道がかつてのアインツベルンと通じるところがあると考えたのかもしれませんね。彼女らは『自分たちの手に因らずとも、アインツベルンが最初に求めた願いに近づいてくれるなら』と快く引き受けてくれました。当主が居なくなったことで、彼女らが自由意志で決めたようです」
臓硯はなおもしばらく指を組んで考えていたが、やがて口を開いた。
「ふむ、成る程のう。『冬の聖女』の記憶……。つまり次の聖杯戦争も滞りなく開かれる、という訳か。……先ほど聖杯の器を造る術を探したと聞いたが、既に用意されているのなら何故探す?」
まだ臓硯は完全にこちらを信用してはいない気がする。しかし当初よりも警戒は薄れている……のだろうか?
頭が重いせいで動揺も少ない代わりに思考もあまりはっきりとしない。
「その件は私たちが提案する同盟の内容に深く関わってきます。ですのでまずはそっちの説明からにしますね」
臓硯は無言で頷いた。
「では説明を始めさせてもらいます。まず前回の第五次ですが、第四次と同様の結末を迎えたので、本来の六十年後を待たずして次の聖杯戦争が始まると私は考えています。間桐の御当主はどう思われます?」
「異論無い。早くば五、六年後には第六次よの」
そしてこの老爺は当然その頃も生きているだろう。
遠坂は頷くと続ける。
「その六次で私たちは間桐と密かに協力し、残る五組を始末します。そして、
「……」
臓硯にとっては意外な展開の連続だろうが、表面上は不気味なほど平静だった。そして。
「狙いを言え。そのような破格の条件、裏が無いとは言わさん」
「……っ」
その言葉とともに臓硯から放たれる威圧感は、遠坂でさえ息を呑むほどだった。
「この儂を陥れようとするか?その腹の内を曝け出さぬなら、今ここで掻っ捌いてやろうか」
呪いのせいで頭が鈍くなった俺は、偶然遠坂よりも冷静でいることができたのだろう。だから横から口を挟む。
「今のこの状況こそが答えですよ、慎二の爺さん。」
「……」
臓硯の視線が俺を捉える。
「俺たちはあんたを特に警戒してる。遠坂は正面からの勝負なら絶対負けないけど、不意を突かれたり不測の事態には弱い。そしてあんたは多分、そういうことがとても得意そうだ」
「クク、存外腹の据わった小僧だな。衛宮の跡継ぎは」
「俺なんてなにも知らないだけです。それよりも遠坂、説明の続きを頼む」
遠坂はすぐに頷いて続けた。
「ありがとう士郎。彼の言うとおり、私たちはまだ若い。たとえ力の量で間桐を上回ったとしても、その使い方次第で間桐に後れをとると考えました。それで、私たちは先に間桐に聖杯を譲ることで、その次の第七次を万全の状態で憂い無く迎えようと考えた訳です。勿論、第六次から六十年後となれば私自身の参戦は厳しいでしょうが、私たちの子孫が成し遂げればそれは同じことでしょう?」
――――ん?
遠坂は今、『私たちの子孫』って言った気がする。
私たちって誰だ?普通に考えるなら遠坂と俺だろう。
それはつまり、そういうことなんだろうか?
いやでもこれは臓硯を信用させるための策であって……。
ああ、頭が重くて考えがはっきりしない。机の向こう側では慎二が心なしかにやついてる気もするが色々混乱しててよく分からない。というか今の状況とまったく関係ないことで心を乱してる気がするな俺。
「ではその第七次では間桐が遠坂に協力しろ、という訳か?」
「それも考えましたが、そんな遙か先まで同盟を強固に続けていくのは賢明で無いように思えて……。」
一方の遠坂と臓硯は全く気にすること無く話を進めていく。
えっと、ともかく話について行かなければ。遠坂自身は聖杯に託す具体的な望みは無かったはずだ。けどそれだと聖杯に固執する理由が無いと思われてしまう。だから『子孫が成し遂げればそれは同じこと』と言って、望みを根源への到達だと匂わせた、ということだろうか。
「ですから、その代わりに必勝を期す手段として、令呪に関する技術の提供を御願いしたいのです」
「ほう……」
臓硯の目が細められる。
「令呪の仕組みを理解して意のままに使うことができれば、第七次で遠坂の勝利は盤石となるでしょう。第六次で間桐を補助することも容易になります」
「しかし令呪の術式は我ら間桐が擁する秘中の秘。聖杯さえ手に入れば不要とは言え、何の代価も無く譲ると思うてはおるまい。大体同盟とは言っても貴様らが裏切らんという保証が何処にある」
都合良く令呪だけを手に入れ、後は裏切って間桐を下した後、自分たちが聖杯を手にしようと企んでいるのではないか。それが臓硯の内心だろう。それはごく当たり前の疑念であった。そして、俺たちの交渉の大詰めでもある。
「質問を返すようで申し訳ないのですが、それは逆に言えば私たちが絶対に裏切らないという保証があれば、令呪を開示するのもやぶさかでは無いと?」
遠坂はあくまで冷静を心がけているようだ。
俺は固唾を呑んで臓硯の返答を待つ。
「……アインツベルンが欠け、遠坂が多数の令呪と宝石剣を携えて間桐を補助する、か」
「それだけじゃ無いわ。ここにいる士郎は、魔術師としては大したことはないけど、剣製ならば恐らく世界有数。私の補助があれば、生身のままでサーヴァントと渡り合うこともある程度は可能です。これは前回の第五次で確認済みよ。更に、最終盤まで勝ち残ったセイバーのサーヴァントと、恐らく何らかの繋がりを保持しています。マスターとなれば、彼女を再び召喚することも出来るかもしれません」
遠坂に目線で請われた俺は、「失礼します」と言って干将・莫耶を投影する。
「――――」
慎二がなんとも言えない表情で見ていた。魔術への執着を捨てたとはいえ、昔からの友人である俺が実際に魔術を行使したのを見て、何か思うことがあるのかもしれない。俺はすぐに投影を崩して霧散させた。
「確かにその条件ならば、次回の聖杯戦争において間桐は必ず聖杯を手にすることができるじゃろうな……」
臓硯は呟くように言った。
「だがそれも机上の空論。おぬしらはそれを如何にして遵守する?」
口元がにやりと歪められる。
「儂に命でも握らせるつもりか?」
これに遠坂は同じように嗤って丸めた羊皮紙を投げ渡した。
「命だけじゃ無いわ。私たちは死後の魂も、この同盟に賭ける」
「なに、まさかッ……!」
臓硯は素早く羊皮紙を掴み取り、広げて内容を確認した。内容はこうなっているはずだ。
束縛術式:対象――――遠坂凛、衛宮士郎
遠坂の刻印が両者に命ず:下記条件の成就を前提とし:制約は戒律となりて例外なく対象を縛るもの也:
:制約:遠坂家五代継承者、時臣の娘たる凛及び遠坂家の刻印の一部を有する弟子たる衛宮士郎に対し、間桐臓硯、間桐慎二、並びに間桐桜を対象とした殺害、障害の意図及び行為を次回の聖杯戦争が終了するまでの間、禁則とする
:条件:――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「
それは魔術師の社会において、もっとも容赦ない呪術契約の一つであるらしい。
魔術刻印を用いて術者本人にかけられる強制の呪いは、いかなる手段を用いても解除不可能であり、魔術刻印が次代に継承される限り死後の魂さえも束縛するという。とても危険な術であるのは確かだ。時計塔で何度か目にしたことはあったが、これほど重大な――――自由意志を縛るほどの――――物は初めてだった。
そしてその条件に関する欄には、第六次聖杯戦争終結までの間、間桐が俺たちに対して殺害や傷害を意図しないことと、令呪に関する技術を遠坂に提供すること等が細かく記されている。
「同盟を受けて頂けるのなら、条件の項目に私たちの間桐への協力や、万が一間桐が早期敗退した場合の取り決めも追加します」
遠坂が僅かに緊張を滲ませて言った。これはそれほど恐ろしい契約だということか。
「……成る程。おぬしらの覚悟は理解した。して我らが早期敗退した時の取り決めとは?」
「間桐が敗退し私たちが勝ち残った場合には、令呪を持ってサーヴァントに聖杯を破壊させることで次回までのサイクルを早めて第七次を間桐に譲る事とします」
「ふむ……」
臓硯は再び思索しているようだ。
「良く……考えられておる。若いのにたいしたものだ」
「恐縮です」
臓硯は眼光をやや緩めて言った。
「まだ懸念は儂の中に残っておる。おぬしらの目的は他にあるという確信めいた予感もある」
「……」
臓硯の指が自己強制証文に向けられる。
「だがこれほどの覚悟を見せられては、ある程度は信用するしかない。見たところ、羊皮紙に細工もされておらぬ」
「では……」
「うむ。この契約が成されれば儂らが相互に危害を加えられるのは確かなようじゃ。そして双方に利がある。全く、つまらん孫だと思っていたが、得がたい繋がりは持ってきたようだ」
彼は慎二を一瞥すると俺たちに向けて言った。
「これからも
それはこの場の全員にとって意外な発言だっただろう。もしかしたら、臓硯本人にとっても。慎二も驚いたように目を見開いている。
そして一拍をおいてその言葉が告げられる。
「間桐はこの同盟を歓迎する。では自己強制証文の条件を煮詰めるとしようか」
二人の来訪者が去った間桐の屋敷。
ひとまず彼らには令呪に関する知識の書かれた書物を貸し出した。後は自分が手ずから教えればいい。五大属性を備えたあの若き天才ならば、令呪を理解するのにそう時間は掛からないだろう。
間桐臓硯は静かに考えを巡らせていた。
永きを生き、簡単には動じることはないと考えていた自分を、あれほど驚かせて見せた二人。だがその情報のほとんどは臓硯にとっては最早どうでもいいことだった。重要なのは自己強制証文の契約が確かに成され、相互に危害を加えることが出来なくなったという事実。そして来たる第六次聖杯戦争において、間桐は必ずや勝ち残るだろうということ。
「クク、じゃがな遠坂の娘よ、直接手を下さずともおぬしらを排除する方法など幾らでもあるぞ」
そのために今から毒を仕込んでおこう。臓硯はそう言って静かに笑う。
このマキリ・ゾォルケンさえ悲願を遂げられれば、その後はあの二人など不要な存在なのだから。
だが心に僅かに引っかかる物があるのも確かだった。本人さえ気付いていないそれは、
――――彼らの始まりの願いは第三魔法を用いた人類の救済であったようです。
――――しかし余りにも長い年月が、彼らに本来の願いを見失わせたようです。
そんな、遠坂凛の言葉だった。
間桐の屋敷から遠坂邸への帰り道。
俺と遠坂は、何気ない話をしながら歩いている、と見せかけている。
遠坂の屋敷の結界に入るまでは、臓硯からの監視を警戒して聞かれてもいい内容をわざと口にしながら帰る。これも俺たちの策の一つだった。
「そういえば士郎。臓硯にはああ言ったけど、あなたは本当にセイバーを召喚できると思う?」
少し先を歩く遠坂が振り返って訊いてきた。
「そうだな……。もしかしたらセイバーは、もう召喚には応じないかもしれない」
「そう……。士郎もそう思うのね。まあ別に勝ち残る必須条件って訳じゃないからいいけどね」
――――ありがとう、シロウ。随分時間が掛かってしまいましたが、貴方は私に行き先を教えてくれた。
――――一つの夢が終わったのです。私は貴方に何も示すことが出来ませんでしたが、貴方は私に充分すぎる答えをくれた。
あの静かな夜の、彼女の言葉を思い出す。
俺は、セイバーの全てを知っているわけじゃない。それどころか、彼女が抱いた願いさえよく知らないままだ。
しかし、彼女が自身の願いを間違えることはもうないだろう。あのときのセイバーの表情からそれはよく分かった。
彼女はもう、聖杯を求めることはない。
伝説では、アーサー王は最後の戦いで頭に致命傷を負い、その傷を癒やすためにアヴァロンの地で眠りについたとされている。
聖杯戦争の間、偶然見かけたセイバーの無防備な寝顔。あんなふうに、今も彼女は夢を見ているのだろうか。誰も侵すことのないアヴァロンの地で。
ちなみにそのアヴァロンとは、今日のグラストンベリーではないかとされているのだが……。
「それにしても本当に可愛かったわよね、セイバー。あれがアーサー王だなんて今でも信じられないわ」
「そうだな。寝顔なんてただの女の子にしか見えなかったし」
懐かしさで油断したのか、ついそんなことを零してしまった。しまったと思い遠坂を見ると彼女はジトっとした視線を向けてくる。
「へぇ……。セイバーの寝顔を知ってるなんてどういう状況だったのかしらね?」
「ぜ、絶対誤解してるぞ遠坂。アレはセイバーが俺を守るとか言って聞いてくれなくて……」
「ふーん……。セイバーと一緒に寝てたのね。あんな可愛い子にナニしてたのかしら……!」
どんどん状況がおかしくなっていく。あれ、これって臓硯に聞かせるための会話だったはずなのに……。
「だいたい俺にそんな度胸あるはずないだろ!」
「日頃の私への行いを思い返してみなさいこのケダモノ!」
そんな俺たちの会話は多分、どこに出しても恥ずかしい、ただの痴話喧嘩にしか聞こえなかっただろう。
「御爺様?」
桜は生気のない瞳で、客間に独りで居る臓硯に呼びかけた。この相手に対する時は、なるべく感情や意思を消して、事が過ぎ去るのを待つ。それが、幼少から虐待のような修行を強いられてきた、桜なりの自己防衛の術だった。
「お疲れでしょうか」
「いや、大丈夫じゃ、桜」
臓硯は疲れたように眉間を揉んで立ち上がった。
「砂糖を吐きそうな気分じゃ。夕飯は塩気の聞いた物だと助かるのう」
「……」
よく分からないが、夕食には砂糖をたくさん使った料理を出そう。
生気のない瞳で、桜はそんなことを考えた。