正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第48話 トラック泊地攻略戦Ⅱ

 天然にして理想的な泊地能力を備えているチューク諸島。別名トラック泊地。

 『大小さまざまな島嶼を取り囲むように形成された環状の珊瑚礁』こそがトラック泊地だ。珊瑚礁が環状に発達した部分を外礁と呼び、水深が浅かったり完全に陸地になっていたりするが、トラック泊地の場合は船舶が通行できるだけの大きな切れ目が幾つも存在する。この水路を『○○水道』とかつての日本人は呼称した。

 

 

 

 そんなトラック泊地の『深海』の南側。

 南水道から20キロほど南下した海域。

 空母水鬼二隻を有する機動部隊の姿があった。二人の水鬼を中心として、周囲300メートルに護衛部隊が展開する。

 

 不意に、何かが侵入したことを二人は感じ取った。場所は『深海』の南端。二人が感知したと言うことは、彼女らよりも上位個体である人馬一体の姿をした『彼女』らも同様に感知したということである。

 

 概念伝達により『彼女』から下った命令は、要約すれば「任せる」というような意であった。既に複数方向から所属不明の航空機が侵入しているため、『彼女』はこちらには構わないことにしたようだ。

 

 二人は旗下の艦隊に南下を命じた。

 

 しばらくすると、侵入した何者かの反応は境界付近で消失した。恐らく外へと離脱したか。

 現在の位置は南の境界まで7キロ程度。

 二人は偵察機を飛ばし、侵入者の捜索に向かわせた。

 

 しかし何かを発見するよりも早く、再び何者が侵入した感覚が伝わる。妙な話だった。『深海』の境界部は偵察機から既に見えているのに、海上には何も見当たらない。

 

 すると旗下の駆逐艦から、聴音機に感ありとの報告が上がった。補足した音は、推進音。それも只の推進音ではない。近頃、ここより西に於いて、多くの『深海』を消し去ってきた艦艇。事前に知らされていたその艦艇の推進音と一致したのだ。

 

――――!

 

 だが音はすれども姿は見えず。二人の水鬼は困惑した。

 更に推進音に接近しても、何も見えない。本当ならば、もう目と鼻の先に来ている筈なのに。

 護衛部隊に命じて音のする方角を攻撃させたが、弾は素通りするばかり。

 もう、距離がない。不可視の艦艇とぶつかる――――?

 

 ボン!

 水柱が立ち上がる。

 

……ハ?

 

 思わず呆けた声が出た。

 護衛の駆逐艦が一隻、砕けて消えた。

 ――今のは、つまり只の……魚雷?

 

 その結論に辿り着いた瞬間、『深海』の外に向かわせていた偵察機からの信号が途絶えた。視線を向ければ、散華の破片が海に落下していくのが見えた。その更に向こうには、二つの人影……艦娘が立ち上がっていた。

 今まで海中にでも潜っていたのか、髪や服から水が滴っているのを、水鬼の視力は捉えた。

 続いて最も境界に近付いていた護衛の駆逐艦が、続けて二隻撃ち抜かれた。『深海』の内と外。いつの間にか、奴らの射程圏内まで近づいていたらしい。

 

 ――完全に虚仮にされた。

 二人の水鬼はそう感じた。

 

……っ――――――――

 

 耳を劈くような咆吼が響き渡り、膨大な魔力が横溢する。

 大量の艦載機が雲霞の如く舞い上がり、矮小な侵入者へと向けて殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

「やばいやばい、やばいってコレ!ガチギレじゃん完全に!」

 

 陽炎が大量の対空兵装を出現させながら、天龍に叫ぶ。

 二人して絶賛全力後退中である。

 

「でもこれで俺らに釘付けだろうがよ!目的達成だな!」

「私らが死ななければね……!」

 

 砲弾もぼつぼつと降り注いできている。

 二人は敵に背を向ける形で、最大戦速で逃げている。

 陽炎は両側の魚雷発射管をぐるんと反転させ、背後に向けて発射する。

 

「ほい……っと、置き魚雷。少しでもいいから足止めしてよー!」

「おっ、いいなそれ」

 

 天龍も陽炎に倣った。

 二人が放った魚雷は、ある物は護衛部隊に衝突し、ある物は回避行動を取らせて敵の追跡を遅らせていく。

 

「いやぁ、それにしても面白いこと考えつくわね、遠坂司令は」

「機械音痴っぽい癖にな。ダミー魚雷とは」

 

 “かぜなみ改の音を録音して、魚雷に括り付けて流せば敵はびっくりするんじゃない?”

 

 そんなざっくりした提案から、今回の作戦に至ったのだった。

 普段は知性溢れる感じの凛が、あの時はIQ3くらいの顔だった。隣の士郎も“大丈夫かこいつ”と言いたげな表情をしていたが……。

 結果的に後方支援型の空母水鬼級を『深海』の外側まで引っ張り出せたのだから、何事もやってみるものだ。

 

「取り敢えず回避だ!出来れば少しでも敵機を削りたいとこだけど、無理はすんなよ」

「当然!貴重な“星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)”発現者ですから私。無茶して死んだら大損失よ!」

「あー!羨ましくねぇぞクソが!」

 

 なんだかんだ言いつつも、二人は自らの役割を心得ていた。

 

 

 

 

 

 

『天龍と陽炎が突入開始したかも。こっちもそろそろ行くよ』

「了解致しました」

 

 トラック泊地の西側まで回り込んだ二式大艇。その搭乗口から、鳳翔は弓を構える。

 放たれた矢は一旦後方に消え去ったが、戦闘機の群れとして舞い戻り、二式大艇に追随する。

 

「……最初から高度を稼げていいですね、これは」

『飛行中の機体から上手く発艦させられるだけの勘と経験があれば、の話だよねそれ……』

 

 半ば呆れながら話していた秋津洲だが、周囲の警戒は怠っていない。

 

『迎撃機上がってきたかも……!でも龍驤機からの視界と合わせて考えても、この位置がベストだし』

 

 『深海』の境界上空まで接近した二式大艇だったが、陸上基地から上がってきたと思われる大型の迎撃機群が、急激な上昇力で追い縋ってきた。

 

「後ろに一機付かれたわ!」

『尾部機銃で追い払って』

「了解よ!」

「なのです」

 

 雷と電の手によって、機体最後部に備わった20mm機銃が火を噴く。艦娘規格のダウンサイジング版ではなく完全な実物規模の機銃は、下手な戦艦級艦娘の主砲よりも巨大だった。

 

『撃墜したわ!』

『次、右から三機来るのです』

「あーマズいかも……。コイツらだけじゃなくて水上の敵艦隊のタゲも取らなきゃいけないのに、このままじゃ……」

 

 遥か遠方の敵を見ながら、独り言のつもりで呟く秋津洲。しかし直ぐ隣の伝声管から反応があった。

 

『秋津洲さん。雷と電も降下して、敵を引きつけてくるのはどう?』

 

 心配そうな雷の声は、ここに居ない二人の姉を案じたものだ。彼女らは水上から『深海』へと突入し、西側に確認された敵艦隊をこちらと分担して引きつける。秋津洲は、先ほど機体から降下した二隻の駆逐艦の華奢な体躯をちらと思い浮かべ、短く黙考する。

 

「……うん。いや、今はいいよ。暁と響の二人で充分だから」

『でも……このままじゃ暁ちゃんたちに絶対勝ち目はないのです。たとえ少しだとしても、敵を減らすには電たちも一緒に……』

 

 機体を大きく右に旋回させつつ、秋津洲は「うーん……」と唸る。周囲では、鳳翔の航空隊が深海機と格闘戦を開始していた。

 

「はっきり言うと、私たちに敵戦力の撃破は期待されていないかも」

『……えっ』

『ひどーい!私たちは役立たずだって言いたいの!?』

 

 ぷんすか!と擬音が聞こえてきそうな雷の様子に苦笑しつつ、「違う違う」と宥める。

 

「私たちは士郎君や金剛さんよりずっと弱いかも。でも、自分たちよりもずっと強い深海棲艦から逃げ回るだけなら、何とかなりそうでしょ?そうやって強い敵戦力の動きを引きつけている間は、士郎君や金剛さんたち最大戦力が伸び伸びと全力を出せる。だから、別に一発の砲弾も撃たなかったとしても、ここにいるだけで私たちは仲間に貢献してるかも」

『……つまり、出来るだけ長く戦場に立っていればいいのですね』

『むむ……そういう戦いなのね!』

「そういう事。暁ちゃんと響ちゃんも、それは理解してるはず」

 

 秋津洲は、機体の先端にある20mm機銃を遠隔操作して前方の敵機を牽制しつつ、少しでも長くこの空域に留まる事が出来るように、思考を巡らせ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『かぜなみ改』他主力部隊は、『深海』へと第五戦速で突入した。

 それはこちらの正確な位置を敵に知らせることでもある。――何も策を講じなければ。

 

「消音、姿眩まし、魔術的ステルス状態継続中。あと十分くらいで維持限界だから!」

 

 凛の声が甲板に響く。

 スクリュー音に対しての消音と船体の姿眩ましはともかく、ステルス機能などという知識は彼女には無かった。艦娘や深海棲艦の電探(レーダー)を欺く為に必要な技術。これがなければ、たとえ自分たちの姿を不可視にしたところで、金剛との模擬戦の時のように容易に補足されてしまう。

 そこで叢雲に聞いたところ科学のステルスは、「敵から照射された電波を敵の方向にはね返らないように形状や表面塗装を工夫する」事で成立させているらしい。

 

 原理さえ分かってしまえば、後はそれを再現出来るような魔術理論があるかどうか。船体に刻んだルーンの解釈変更、魔力的中性、魔力指向制御平面……等の技術を用いて、ごく短時間とはいえ実現させてみせた凛。

 

 地・水・火・風・空。

 基本の五を納めるもの、アベレージ・ワン。

 ともすれば器用貧乏になりかねないこの才能を以て、器用万能たらんと研鑽に励む遠坂凛の面目躍如であった。

 

 しかしこれだけの対策を施しても、完全な隠密とはならない。少なくとも凛はそう考えていた。

 なぜならここは『深海』であり、深海棲艦に有利な領域。彼女らの肉体そのものと言ってもいいかもしれない場所。

 少なくともこちらが侵入した事と、大まかな方角程度は中枢個体に勘付かれているだろう。

 よって、完全な奇襲は不可能だ。そもそもそこまで長時間、魔力指向制御平面を維持出来ない。

 

「龍驤。目標の周囲にほかの戦力は?」

 

 艦載機を通して全域を把握している軽空母に聞く。

 

『おらん。たった一隻で静止したままや。他の敵部隊は南と西に集まりつつある感じやね。陽動が上手く機能してる』

「……みんな無事そう?」

『まあね。……というか余計な心配してる場合とちゃうのでは?ウチらがミスれば総崩れ……でしょ』

「むぅ」

 

 指摘されて言葉に詰まる凛。本人としては、危険な役回りを任せている彼女らが気掛かりではあったが――

 確かに今一番重要なのは、可能な限り速やかに中枢個体を下す事だと思い返し、一息に気持ちを切り替える。

 

 

 

 夏島まで残り15km、中枢個体まで6kmほどにまで迫った時。『かぜなみ改』の甲板上から、凛と士郎は一つの敵影を直接視認する。

 特に士郎の目は、そのケンタウロス型の姿を詳細に捉えていた。

 

 黒い光沢を放つ金属質の甲殻のような表皮が、全身にぴったりと張り付いている。馬の胴体だけでなく、人間の上半身も同様だ。

 頭部がフルフェイスヘルメットのように甲殻で覆われているため、顔は見えないが、ボディラインから女性形だと判別できる。

 左手は、前腕と巨大な弩が融合したような形状をしていた。

 右手には何も無い……と思っていると、本体と同じ色をした長い槍のような物が出現した。

 『かぜなみ改』を見つけて戦闘態勢に入ったのではない。数分前に船から降り立って、全速で先行を開始した金剛と叢雲に反応したのだ。今の『かぜなみ改』の更に倍の速度で突貫する二人は、既に2kmは先行していた。

 

 そして遂に、中枢個体の攻撃が始まった。

 4kmの距離を空けて二人の艦娘へと降り注ぐのは、左手の剛弓から六連射された杭のような矢。中枢個体の甲殻と同じ黒色のそれは、海面に連続して着弾すると盛大に水柱を発生させた。一発一発が戦艦の砲撃程度の威力を有しているようだ。

 砲撃と違い、砲炎が無いため見え辛いが、金剛と叢雲は発射確認と同時に転舵し、横方向に大きく移動することで余裕を持って回避している。

 

 と、そこで隣の凛から声が掛かる。

 

「魔力指向制御平面の維持限界まで60秒……!士郎、固有結界の発動準備に入って。初手で決めるわ……!」

「ああ、任せろ」

 

 そう言って士郎は目を閉じた。

 詠唱完了状態での、令呪による空間転移を用いた奇襲。先行した金剛・叢雲を巻き込んで発動させることができれば、一気に中枢個体を削れるかもしれない。

 更に、最大の護りを一時的に失った“夏島”に接近して、トラック泊地の霊地としての起点を見つけることができれば、『鎮守府の結界』を再発動することも、希望的観測ではあるが可能性としてはゼロではない。

 

 士郎の詠唱によって、世界を侵食する大禁呪が形を成していく。

 彼の周囲の甲板に魔術回路のような光の線が奔り、空気が帯電して紫電を纏う。

 そして、魔術的ステルスの維持が限界に達し、『かぜなみ改』の姿が完全に敵に晒された時。士郎の詠唱が完成した。最早いつでも発動出来るという状況になって、しかし状況は急変する。

 凛の元へ金剛から通信が入った。

 

『ヘイ、テイトク!中枢個体から少し離れた位置、黒い海水が球体状に集まりだしてるネー!』

「黒い海水?……まさか!」

 

 凛だけでなく、士郎や榛名もその球体を視認した。

 まるで無重力空間を漂う液体のように宙に浮いたそれは、海面から大量の魔力を吸い上げて、大きさと密度を増してゆく。そして突然、無重力が切れたかのように形を崩し、ザアと海面に落下した。球体の跡に残ったのは、一人の少女。

 

「この出現の仕方……もしかして海域浸透型!?」

『今回は不意打ちは無しってワケ?ラッキーじゃない』

 

 新たな敵の正体を予測する凛と、前回のような急襲の恐れが無くなったことを吉と捉える叢雲。

 一応金剛と叢雲、更に後方にいた龍驤と加賀も、クリスタルの浸透型探索礼装を装備していたが、活躍の機会はなかった。

 

「これは駄目だ……!固有結界は中止よ士郎、敵二隻の距離が近すぎる……!」

 

 凛は慌てて士郎に指示を出す。

 ケンタウロス型と浸透型の距離は20メートルほど。このままでは、両方とも固有結界に取り込んでしまう。いくら無限の剣製が強力でも、また金剛や叢雲がいたとしても、士郎のリスクが高すぎる。凛はそう判断した。

 

「――――」

 

 士郎は構築した詠唱を破棄した。魔力の残滓が燐光となって空気中に溶け消える。

 そして視線を水平線に向け、じっと浸透型を観察する。

 

「――竜の骨を纏っているのか?」

 

 その言葉通り、浸透型の少女は黒衣の上に獣脚類*1を思わせる白い骨格を纏った姿をしていた。

 肉食恐竜の頭蓋骨が仮面のように頭部を覆い、手足には鋭い大爪を備えた指の骨が重なる。尻からは尾椎と呼ばれる長い尻尾の骨格が伸び、背中には左右の肩甲骨の辺りから、長い骨か砲か分からない突起が突き出ている。

 骨格は獣脚類の特徴が見られるとはいえ、立ち姿は人間そのものだ。竜の頭骨の奥にある少女の目が士郎たちの方に向けられ、両の手で自らの黒衣の裾を持ち上げると、カーテシーと呼ばれる仕草で優雅に一礼した。

 

「……まさか士郎の固有結界への対策として、二人纏まってるの?」

「どうだろうな。偶然かもしれないけど、結果的に初手は潰されたか……」

 

 言いながら士郎は、いつもの黒弓を出現させた。

 

「俺も出るぞ遠坂。金剛たちと協力して、なんとか二隻の距離を引き剥がさないと」

 

 そうして士郎は船から飛び出すと、空中に固定した剣を足場に、南側から敵の側面を突くように回り込んでいく。既に敵までの距離は3kmを切っているため、敵の姿は海面すれすれに立っていても見通せた。

 

(馬人騎士の姫と竜骨の姫……。今まで見てきた姫級と比べて小さいが、艦種は何だ?今のところ普通の砲撃しかしてこないけど、戦艦か……?)

 

 馬人騎士(ケンタウロス)の姫に対して、宝具ではなく通常の矢を射掛ける。矢は命中する直前で、不可視の『装甲』に弾かれて逸れた。

 

(硬いな。……あれ、もしかして俺の攻撃が弾かれるの初めてか?)

 

 ただの矢では、馬人騎士の『装甲』を突破できないようだ。雨のように無数に降らせれば飽和させられるかもしれないが、そこまで行くと宝具を射った方が早い。

 だが今は二隻を引き離して固有結界の発動に持ち込むのが先決だ。士郎は通常矢による牽制を続けた。

 

 

 

 

 展開する主力部隊のうちで、士郎は最も南側に位置取った。士郎のさらに300メートルほど北には金剛が、更に北には『かぜなみ改』と空母達が、最北部には叢雲が、それぞれ位置取っている。また『かぜなみ改』甲板上からは、榛名も砲撃に参加している。

 

 金剛や叢雲はそれぞれ、士郎よりも敵に近い位置で撹乱を狙うように動いている。

 龍驤は夏島から飛来する敵機に対し戦闘機を追加で発艦し、加賀は北部からこちらへ向かう敵重爆に対処すべく精鋭を派遣した。

 

 敵の砲撃は主に金剛と『かぜなみ改』に向けられ、金剛は回避し『かぜなみ改』は凛の瞬間契約級の魔術障壁で完全に防ぎきっている。

 反対にこちらの攻撃も大して通用していないように見えるが、叢雲が狙っている浸透型『竜骨の姫』は駆逐艦である叢雲の砲撃でも、若干のダメージを与えられているようだ。

 

(竜骨の姫より、馬人騎士の姫の方が強力なのか)

 

 そんな事を考えていると、馬人騎士の黒い甲殻、その左腕の大弩から黄色いスパークが迸った。

 

(電撃……!)

 

 咄嗟に身構えたが、中枢個体の狙いは士郎ではなく『かぜなみ改』だった。

 眩い電光が一瞬で『かぜなみ改』に迫り――直前で魔術障壁にぶつかると、無数の細かな電撃に拡散して船体の後方に抜けていった。本物の落雷のように、轟音が一帯に鳴り響く。

 

「遠坂……っ」

 

 恐らく攻撃を分散させる魔術を使ったのだろうが、幾つかは直撃したように見えた。

 

『こちらかぜなみ改。全員軽傷だから気にしないで。解析してより良い防御方法も分かったから、次からは心配要らないわ』

 

 それを聞いて士郎は胸を撫で下ろす。

 視線を馬人騎士と竜骨の姫に戻して――それに気付いた。

 

「なんだ……?浸透型が――」

 

 直立していた竜骨纏う少女が、まるで獣のように四足歩行になっていた。手足の大爪でがっしりと海面を捕らえ、砲撃に使っていた背中の二本の突起を翼のように展開させていく。

 

「なんだアレ……」

『レ級とか深海日棲姫と同じタイプと違うか……?多分飛行甲板やで、アレ』

 

 その龍驤の言葉通り、展開した数メートルの大翼の上に、巨大な艦載機らしき影が四つ具現化しつつある。

 驚くべきはその大きさで、流線型の古代魚のようなシルエットは3メートルに届きそうだった。マンタ型の重爆よりは小さいが、海上の深海棲艦が扱う艦載機としては間違いなく過去最大級だ。

 

 何の前触れもなく、古代魚の姿が消失する。

 いや、違う。あまりにも急激に、そして高速で発艦された為、一時的に見失ってしまったのだ。

 

『ぐぁっ』

 

 龍驤の叫びに驚いて彼女の姿を探すと、左肩を押さえる姿があった。在るべきはずの左腕が無い。龍驤の背後数十メートルでは、刃のように鋭い顎を持った古代魚が宙を泳ぎながら、何かを噛み砕いていた。

 

『コイツ……艦載機の癖に直接攻撃してくるんか……!?』

 

 機銃を使って攻撃する龍驤だが、数十メートルの距離にいるにも関わらず、銃弾が鎧のような硬い鱗に弾かれて効果がない。

 見かねて榛名が『かぜなみ改』から、狙いやすい機銃や副砲で援護するが、体勢を崩すだけで撃墜出来ない。

 

『はぁ……?』

 

 その艦載機としては有り得ない強靱さに、龍驤も榛名も言葉を失う。

 古代魚型艦載機は、榛名へと狙いを定めるように静止すると、じりじりと後退し、いきなり砲弾のような速度で襲いかかる。

 榛名の居た位置に衝突したのか、大量の粉塵が舞い上がり――

 古代魚型艦載機の破片がバラバラと舞い散った。

 

『ふぅ……。慌てちゃいましたが、主砲弾なら一撃で壊せるようです皆さん!』

 

 安堵したような声色で報告する榛名。

 彼女の隣では、凛が散らばった残骸を観察しながら無線で呼び掛ける。

 

『ダンクルオステウスっていう古代の甲冑魚*2がモチーフみたいね。大英博物館で見たことあるわ』

 

 成る程そうなのかと感心しつつも、まず士郎が感じたのは。

 

『……その情報要るぅ?』

 

 士郎と同じ疑問を、操舵室から荒潮が投げ掛けた。戦闘の役に立たない情報は今は不要だ。しかし。

 

『まあ聞きなさいって。コイツは身体の前半分が硬い殻に覆われていたけど、後半分の化石は一度も見つかってないのよ。軟骨で出来てたから化石になりにくいのね。つまり』

『狙うなら身体の後ろ半分……ですか?』

『そういう事よ加賀。士郎と金剛・榛名あたりは防御力無視して破壊できるでしょうけど、他の皆は意識して狙って』

『痛たた……了解やでー。見た感じ砲弾並みの速度で突っ込むのは直線だけだから、射線を逸らしたらガラ空きの背後を狙えそうやね』

 

 そんな遣り取りを聞いて、まさか考古学の知識がこんなところで役に立つとは……と唸る士郎。

 『かぜなみ改』や空母達の周辺には、未だ七~八機のダンクルオステウス型が遊弋していているが、加賀も龍驤も間一髪で突進を回避すると、背後から機銃や連装砲を叩き込んでいく。

 

(勉強した事って、思いがけない場面で役立つんだな。流石に人類の敵との戦いで役に立つ、なんて事は滅多に無いだろうけど)

 

 そこで金剛が叫ぶ。

 

『浸透型がまた何か仕掛けて来マス!総員警戒ネ』

 

 彼女の視線の先では、四足形態となった竜骨の姫が、翼状の飛行甲板を巻いて格納していた。完全に元の形状に戻すのでは無く、まるで二基のジェットエンジンのような姿で固定される。

 味方には注意を呼び掛けつつ、自身は攻撃対象を馬人騎士から竜骨の姫に変更して、金剛は十二門の主砲を斉射する。

 しかし、砲弾の射線に馬人騎士が割り込んでガードした。『装甲』によってほぼ全弾が防がれる。

 

「Shit!そんなに体張って守るなんて、一体何する気ネー!」

 

 連続して斉射するが、中枢個体は変わらず防ぎ続ける。幾度か『装甲』を抜いたが、与えた損傷も瞬く間に修復してしまう。

 

 そうしているうちに、竜骨の姫の頭部に大量の魔力と光が集まっていく。

 体の後方に向けてピンと伸ばされた尻尾の骨格、その椎骨の棘突起の一つひとつから、魔力の火焔がバーニアスラスターのように噴出する。ジェットエンジン型に変形した翼からも、徐々に炎が噴き出す。

 

「まさか、彼女本体がミサイルみたいに突撃――――」

 

 だがそれは違った。

 金剛が言い終わる前に、浸透型の恐竜の顎が大きく開き、禍々しい赤黒色の熱線が世界に線を引いた。

 

 ――――衛宮士郎を狙って。

 

 

 

 

 

 それは、奇跡的な反応速度だった。

 『かぜなみ改』を向いていた竜骨の姫が、こちらを向くと同時にレーザー兵器のような熱線を吐き出したのだ。

 人間の背丈ほどもある直径の、赤黒い極光。

 

 咄嗟に投影した『織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』は、花弁が四枚の不完全な代物。とはいえ、これは士郎が持ちうる中で最高の防御力を持つ装備だ。投擲や、使い手から離れた武器に対して無敵という概念を有し、一枚一枚が古の城壁に匹敵する防御力を持つ。

 

 それが、薄紙でも破るかのように突破されていく。

 

 一枚が砕け。

 間を置かず二枚目も砕けた。

 

「……っ」

 

 ようやく意識が追いついて、残った二枚に全力で魔力を注ぎ込み強化する。

 だがそれでも、数秒と保たず三枚目も砕かれる。

 

(く……そ、いつまで続くんだ……!)

 

 既に十秒以上の放射が続いている。一体どれほどの魔力を消費すれば、このような攻撃が可能なのか。

 だが徐々に、熱線の直径が縮小していく。勢いが衰えている証拠だ。

 あと少し耐えれば……!そんな希望に縋り、耐え続ける。

 

 その時、予想外の事が起きた。

 

 背中や尻尾の骨格から大量のバーニアスラスターを噴き出して、熱線の反動を制御している海域浸透型。彼女が、士郎に向けていた熱線をぐるりと水平方向にずらし、扇状に薙ぎ払ったのだ。

 

 およそ水平線まで4~5kmの全射程が被害範囲となった。

 『かぜなみ改』も、海上にいた艦娘四人も、全員が被弾した。

 士郎はバランスを崩して海に落下しそうになり、なんとか海面上に投影した大剣の上で尻餅をついた。

 

「……遠坂?」

 

 薙ぎ払いの時、複数の爆発を視界の端で捉えた。

 防御宝具ですら防ぎきれないような攻撃だったのだ。

 

「金剛?叢雲?……皆無事か?頼むから応答してくれ!」

 

 士郎は首の無線機に手をやって、必死に呼び掛ける。

 最悪の事態が頭を過ぎり、思考が真っ白になりそうだった。

 

『……五月蠅い、聞こえ……てるわよ』

「叢雲……!」

『修復完了まで10秒。痛ったいわね……』

『……コッチも今、修復完了…デース。加賀と龍驤は……生体反応はアリ。生きていますが、これではしばらく会話も浮上も無理か……。潜水艦いないから何とかなるネ』

 

 金剛の発言から、龍驤と加賀は言い表せない程酷い状態ではあるが、時間さえ稼げれば何とかなりそうだと士郎は察した。上空を仰げば、二人が発艦させた艦載機は、彼女らが行動不能であっても自立して戦っている。

 

 その時、『かぜなみ改』を覆っていた水蒸気と煙がようやく晴れた。艦首付近の鉄板が焼け爛れて赤熱し、ぐにゃりと歪んでいる。一方で艦橋などの上部構造物は無事に残っている。

 

『こちら遠坂。障壁を抜かれて船の前面に刻んだ全防御ルーンが焼失した。……次同じの食らったら終わり』

 

 その声を聞いて、士郎は大剣の上で長い長い安堵の息を漏らした。

 膝に力を入れて、ゆっくりと起き上がる。

 

「総員、次弾に警戒……だな」

 

 強化した鷹の目に、この悪魔染みた惨状を引き起こした張本人の姿を納める。

 竜の骨格を纏う少女(ばけもの)は、骨格の至る所を割り開いて放熱を行っていた。彼女の周囲の空気は放出された極度の高熱によって、この距離からでも分かるほどに歪んでいる。

 

 そしてケンタウロス型の中枢個体は、竜骨の姫を守るように彼女の前に立っている。

 

「……遠坂。今の攻撃、しばらくは使えないみたいだな」

『成る程、冷却期間が必要ってワケね。今あの浸透型が四肢から深海のエネルギーを吸い上げてるのは……次弾を充填でもしてるのかしら』

 

 同じような熱線を連続して食らえば、それでこちらはお仕舞いだった。

 それをしない……いや、出来ないということは。もしかしたらこの『深海』は今は戦力不足で、あの浸透型も本来より弱体化しているのかもしれない。

 

 士郎に応じる凛の声色から、体調不良は感じられない。眼前の敵に絶望している感じもしない。

 

「次は防ぎきる。予兆があれば令呪で呼び戻せ」

『オーケー、反撃開始といきましょう。あの6500万年ほど時代遅れな恐竜娘に、今の流行を教えてあげないとね』

 

 打てば響くような彼女の答えに、体が軽くなったような錯覚すら覚える士郎。

 さらに軽くするために、気楽に気負わず、唄うように。

 

「……それじゃあ、海域攻略を始めようか」 

 

 そう、呟いた。

 

 

 

*1
ティラノサウルスのような肉食恐竜

*2
実際には板皮類だが、凛の勘違い




イースレイの覚醒体のデザインって最高ですよね
中枢個体の方は大体そんなイメージで書いてます



浸透型 「熱線吐きます」
アイアス「概念武装なので無敵です」
浸透型 「熱線って投擲じゃないのでは?」
アイアス「マジで?……じゃあ割れます」パリン
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