極大の熱線放射の後の冷却のため、全身に纏った竜骨を割り開いて停止し、放熱を行う海域浸透型。
「金剛と叢雲は浸透型狙いで攻撃を続けて」
凛の指示通り、二人は移動しながら竜骨の姫へ砲撃を行う。
対して馬人騎士の姫は四脚で軽やかに海面を駆け、その身に纏う『装甲』で砲撃を受け止める。浸透型は、じっと動かないまま。防御は馬人騎士の姫に任せているようだ。
「
凛は左手の宝石剣を防御のために前方へ向けたまま、右手を伸ばし、北を指し示した。
「
魔法陣が描かれ、そこから連続して三節分の強度を与えられた魔弾が発射される。魔弾は北側から弧を描く軌道で飛翔する。正面の金剛と叢雲による砲撃を相手にしていた馬人騎士は、側面からの攻撃までは手が回らない。魔弾の群れはガラ空きだった側面から浸透型に着弾した。
とはいえ凛が苦手とする長距離への攻撃だ。射程の延長にほとんどの術式を充てているため、威力としてはガンド程度しか無い見せかけの攻撃だった。……馬人騎士にそんな事は分からないだろうが。
「……!」
馬人騎士は凛の目論見通りに怒り、左腕の大弩からスパークを散らす。
直後、最速の電撃が『かぜなみ改』に向けて正確に放たれた。
「
凛が宝石剣を右から左へと切り裂くようにスイングすると、『
一直線に襲いかかってきた眩い電光は、船の前方に敷かれたその宝石軌道に触れた瞬間、急激に向きを変えると右上空に逸れていった。
障壁で受けるのがリスクになる攻撃ならば、軌道をねじ曲げてしまおうという作戦だ。
「まだです提督!中枢個体が……!」
凛と同じく甲板にいる榛名が、車椅子を覆う玉座型の艤装から砲撃しつつ注意を促す。
馬人騎士型は電撃が通らないと見るや、即座に攻撃を切り替えた。右手に持っていた頑強な黒槍を、左腕の大弩に
「――――
明らかな大技の予感に、凛は急いで防御を整える。『代理契約の慧石』の配置を組み替え、五芒星を二重に描くよう展開する。
中枢個体の引き絞る大弩と黒槍が、激しいスパークに包まれる。
金剛と叢雲、そして榛名も、本能的に狙いを中枢個体へと変更するが、敵の大技を中断するには至らない。
そして電撃の力をも加速に利用した、必殺の一撃が放たれた。
認識すら不可能な速度の質量弾は、
「――――っ」
防御に全力を注ぎ、一歩も動かなかった凛。その鼻先数十センチの位置で、黒槍が停止していた。
黒槍は、二枚目の結界に突き刺さった状態で力尽きていた。
そして、大技を放った直後の隙こそが凛の狙い目だった。
――間髪を入れず、右手の令呪が解き放たれる。
衛宮士郎と遠坂凛が採った選択は単純明快だった。
五メートルの巨躯を誇る馬人騎士。その背後に、突如士郎が出現した。
「――――!」
馬人騎士の姫が気配を感じ、振り返ろうとしたときには、左腕と一体になった大弩が切断されて宙を舞っていた。
士郎の空間転移からの宝具による一閃。
馬人騎士の姫が、右手に新たに黒槍を出現させて串刺しにしようと振るうが、士郎は空中に出現させた剣の足場を蹴りつけて、逆サイドの海面すれすれの位置へと跳んだ。
足元の士郎へ向けて、黒槍が薙ぎ払うように振るわれるが、士郎は既に新たな剣の足場へ跳躍している。
「――――ガッ」
のみならず、馬人騎士の上半身に細長い剣が突き刺さる。刺さった状態で座標固定されている為、動こうとしてもつっかえて動けない。
馬人騎士の姫は、修復が完了した左腕の大弩を動かして士郎を狙うが、周囲に沢山の足場を出現させて立体的に跳び回る士郎を、中々捕えられない。
次々と馬の胴体や腕に剣が貫通して突き刺さっていき、中枢個体の動きを制限していく。ここまで行くと、中枢個体も士郎の狙いに気付いた。
撃破狙いでは無く、足止め。
気付きはしたが高速機動に対応出来ず、彼女は十本以上の長剣に串刺しにされ、ほぼ完全にその場に縫い止められた。近接戦闘の練度に於いては、士郎は馬人騎士の姫を遙かに上回っている。
「ガアアアアアアアアァ!!」
「!」
中枢個体の叫びと共に彼女の全身から大量の紫電が放出され、周囲の空間を焼いた。
しかしその範囲に士郎はいない。
凛が咄嗟に令呪を発動させて、士郎を転移させたのだ。
(さんきゅ、遠坂)
転移先は数十メートル離れた位置。未だ動かない浸透型の上空だった。
「っ、おおおお!」
落下しながら
その瞬間、放熱中だったジェットエンジン状の背面器官二基が上を向き、ボフッと大量の熱気――もはや爆炎と呼べるほどの――を放出した。
「づ……ぁアアァっ!」
咄嗟に目を閉じたが、外気に露出していた顔や手が焼ける音がした。
空中でバランスを崩し、落下するだけとなった士郎にできるのは、とある剣の術式を発動させることだけだった。
◇
ダン!と音を立てて、『かぜなみ改』の艦橋の上に何かが着地する。
「……っ」
「提督!?」
驚いて声を上げる榛名に目もくれず、凛は足を強化して跳躍し、艦橋の上へ向かった。
片膝を突いて倒れ込むのを耐えているのは、他でもない彼女の相棒だった。目は閉じられ、顔も、よく見れば手も火傷している。
彼は、戦闘前から緊急退避の為にこの天井に突き刺しておいた、トーコトラベル用の剣を発動させて戻ってきたのだ。
「面目ない、ちょっとヘマした」
「喋らないで。いいから」
即座に治癒魔術を掛ける。たった今負ったばかりの怪我は、比較的容易に治癒が可能だ。
治療をしながら、凛は士郎の魔術回路が極度に活性化していくのを感じた。
「士郎?」
「足止めもそう長くは保たない。今度こそ固有結界を使う」
「……分かった、発動準備に入りなさい」
治療を行い、令呪も準備しながら、凛は金剛に無線で呼び掛ける。
「お願い金剛、手段は何でも良いから浸透型を中枢から遠ざけて」
『All right テイトク!任せて』
その瞬間から音で違いが分かるほどに、金剛の砲撃が変化する。全力に切り替え、敵の『装甲』を剥がしにかかったのだろう。
浸透型は防御面だけなら隔絶した性能では無いのか、或いは冷却中の弱体化なのか、数秒で『装甲』が飽和した。
防御が消えた僅かな隙を突いて、金剛は自らの巨大な艤装を解除する。身軽になった半瞬後には、両足の主機が異様に発達した状態に組み替わる。いつか陽炎と競争したときに見せた、高機動型の形状に近い。
「せぃ――――っ!」
速度に任せて四足状態の敵の側面に潜り込むと、かかとのスラスターで超加速したサッカーボールキックが、浸透型の脇腹に炸裂した。
バキゴキと、竜の外骨格やら内骨格(浸透型本人の)やらが砕ける音が響き、一拍おいてその身体がくの字に曲がって吹き飛ばされる。
「……ないしゅー」
50メートル以上蹴り飛ばされた浸透型を横目に見ながら、叢雲が無感動に言った。あの竜骨の姫も、馬人騎士の姫くらいの体格があれば、こんな冗談みたいな攻撃を食らう事も無かっただろうに。叢雲はしみじみとそう思った。
ともあれこれで、敵二体の間隔は100メートル以上開いたはずだ。
叢雲は金剛に呼び掛けた。
「金剛、アンタは衛宮士郎といきなさい。私は魚雷が使えるから、残って中枢個体の相手するし」
「……Okay!」
飛ばされた竜骨の姫に追撃の蹴りを叩き込みながら、金剛は返答した。残念ながら、盾のように広がった背面器官に防がれたが、反動によってある程度海面を後退させ、更に距離が開く。
そして、1000メートルほど彼方から遠坂凛の声が届く。
『令呪を以て命ずる。士郎、浸透型の元へ――!』
直後、何も無い空間が歪み、剣閃が燦めいた。
眼下の竜骨の姫を、背面器官によるガードごと真っ二つに切断しつつ、士郎の口から“魔法のことば”が零れ落ちる。
「――――
無限の剣を内包した心象が、
◇
「よっし……取り敢えず、恐竜娘は士郎と金剛に任せて……」
二人が消えるのを見送った凛は、即座に『代理契約の慧石』で残った中枢個体の拘束を強化しにかかる。
「
海面に魔法陣が投射され、巨大な水の蛇が飛び出していく。大蛇は全身を串刺しにされた馬人騎士の元に辿り着くと、ぐるりと巻き付いて球体状の結界と化した。
前回と違うのは、空中に浮いているのではなく、下部が海面に沈んでいるという点。
「叢雲、聞こえてる?魚雷で継続的に削っていって。こっちは加賀と龍驤を救助しにいく」
『了解よ。二人をお願い』
凛は甲板から海面へ飛び降りながら、榛名へ叫ぶ。
「二人の居る位置まで誘導と、対空は任せた!」
「はい、承りました」
観測機で龍驤と加賀を補足した榛名の指示に従い、波の穏やかな海面を滑るように進む。
「……!」
「ぁ……すまんなぁ、世話……掛けて」
龍驤の体は、主に二つに分かれて漂っていた。
軽くなった上半身を恐る恐る胸に抱き上げ、残りの半分も抱えて『かぜなみ改』に戻る。
榛名の助言に従い、甲板上で胴体が繋がるようにあてがって、加賀の回収に向かう。加賀の状態も同様に酷いものだった。浸透型のあの熱線は、正に一撃必殺の威力を持っていたのだ。宝具を持たない凛が全力で防御したとしても、恐らく凌ぎきることは出来なかっただろう。
艦娘である二人に対して治癒魔術は、人間ほど効果を発揮しなかった。そのため凛は、エーテルの活性化を促すことで自然修復の速度を早める方向に切り替えた。
拘束中の浸透型に目を向ければ、叢雲が淡々と、一定間隔で魚雷を当て続けていた。魚雷は水球へ吸い込まれるように突っ込んでいくと、爆発して内部を白泡で満たした。その光景は最早戦闘と呼べるものでは無く、ただの作業だった。
一見すると勝利が確定したように感じるが、状況は士郎の投影宝具と全力の拘束魔術が破られずに残っているという、薄氷の上に成り立っている。
浸透型と中枢個体。オロルク環礁での事例を見るに、この両方が同時に存在する場合、『深海』の要石となっているのは浸透型の方だ。だから士郎が固有結界内で竜骨の姫を殺しきれるなら、中枢個体である馬人騎士の姫は拘束し続けるだけでもやがて弱体化する。しかし士郎が削りきれなかった場合、再び強力な敵二体が揃う事になり、あの超威力の熱線が来る。
(叢雲の魚雷で、中枢個体をどのくらいまで削れるか……)
思考する凛に、叢雲から通信が入った。
『情報連結した龍驤機から、北西より水上打撃部隊がこちらに向かってるのが見える。あと10分以内に交戦距離に入るわよ』
「っ榛名、観測機を」
「向かわせています……はい、補足しました。……っ?」
榛名が声を詰まらせる。
「どうしたの?」
「正確な位置は不明ですが、打撃部隊の方角に一瞬だけ大気の揺らぎが。クラゲ型重爆母艦の可能性があります」
「うっわ本当?」
凛は苦虫を噛み潰したような顔をして、短く思考する。確かあの空中要塞は速度が遅く、発見されるまではステルス状態を維持する傾向がある。……少なくともこれまでの二回はそうだった。
「……観測機に気付かないフリさせて榛名。出来るだけ引きつけて、可能ならマンタが発艦する前に、戻ってきた士郎か金剛に狙わせる。あなたには打撃部隊の相手を任せる。それまでは、対空砲火で今いる敵機を寄せ付けないで」
「了解いたしました、提督」
指示を出し終わった凛は宝石剣で大量の魔力を引き出し、龍驤と加賀の回復を加速させる。
◇
視界を覆い尽くした火焔が消えると、目の前に広がる光景は一変している。
剣の墓標が立ち並ぶ、鉄錆色の荒野。
浸透型たる竜骨の姫は、士郎と金剛から100メートルの距離を空けた状態で立っている。
世界を塗り替えるという禁呪。こんな物をいきなり見せられて、冷静でいられる者は存在しない。
しかし――
「わっ!」
「っ!」
この浸透型は違った。いきなり二人に向けて正確な砲撃が連続して放たれ、士郎が咄嗟に剣を振りかぶる。
だがそれよりも先に金剛が庇うように前に立つ。透明な『装甲』が彼女の前面に広がり、砲弾を受け止める。爆炎の後には、無傷の二人。
本来なら如何に戦艦の『装甲』といえど、容易く貫かれていただろう。それほどまでの力の差があった。しかし、こちらの反応前を狙った速度重視の攻撃だった事、金剛が防御重視の艤装に切り替えていた事、敵が単体なので『装甲』を前面のみに集中させていた事、等の理由が重なり、本来の両者の能力差を覆す結果が表れたのだ。
「――」
「――」
振り返った金剛と、背後の士郎は無言で頷き合う。
士郎は、敵の射線から逃れるように右へ走り出す。金剛もそれに合わせるように、反対の左へと駆けた。
(初めて見たシロウの固有結界に対して、ノータイムで撃ってきた……?)
浸透型が攻撃してきたということは、冷却期間は終わったのだろう。そして敵の順応速度から考えて、この浸透型は士郎の『無限の剣製』について事前に知っていた可能性がある。そう考えた金剛は、無線で戦略を伝える。
「Hey! シロウは下がって弓で戦うネー!」
「あれは時間切れになりやすい。敵が単体なら、距離を詰めて近接戦で削り続ける!」
「くっ……あーもう分かりマシタ、援護するヨ!」
つい先刻、アリマゴ島で血に伏す姿がフラッシュバックし、文句の一つも言いたくなる金剛。とはいえこの固有結界の性能を一番よく知っているのは士郎本人であるため、下手に反対はしなかった。
二人は赤茶けた大地を蹴りつけ、飛来する砲弾を躱す。左右から回り込むように接近する算段だ。敵は一人で両側に注意を払わなければならなくなり、処理能力が僅かなりとも落ちる……だろう。
たった二人のT字戦法だった。
竜骨の姫は片側の背面器官を砲塔状態として金剛を砲撃し、もう片方を翼状に展開して古代魚型艦載機を出現させる。
バシュゥ!と噴進弾のような勢いで発射された、三機の
士郎の頭や腕を、その刃のような顎で食い千切らんと迫る巨体に対して、士郎は一振りの剣を体の後方に構え、短く息を吸い込む。
連続して剣閃が瞬き、背後に抜けていった三機全てが縦に両断されて絶命した。
何だか魚を調理しているみたいだ……等と余計なことを考えたせいか、士郎の脳裏に皮肉屋な弓兵の姿が浮かぶ。
“フッ……この程度の魚を三枚卸しにすら出来ぬとはな。未熟者の小僧には荷が重かったか……”
脳内で嘲笑するアーチャーを、まず最初に切り捨てる。
「見てろ……次は三枚卸しにしてやる……」
『言ってる場合デスカ!』
砲撃を竜骨の姫へ撃ち返しながら金剛が怒鳴る。
敵の飛行甲板からは更に五機のダンクルオステウスが発艦して、固有結界の中を広々と泳ぎ回っている。
『同時に展開できるのは10機程度っぽいネー』
これまでの観察から金剛はそう判断した。
「串刺しにしろ!」
士郎に操られた地面の剣が、浸透型のいる大地へ向けて飛んでいき、音を立てて次々と突き刺さる。しかし浸透型は既に飛行甲板を収納しており、ジェットエンジン状になった背面器官から熱線の小規模版のような炎を前方に噴射し、剣の群れを吹き散らした。
「マジか!」
驚きの声を上げる士郎に、金剛が呼び掛ける。
『シロウ、後ろ!』
背後200メートルほどに来ていた
士郎は振り返ると、腰だめに両手で剣を持ち、左から右へと切り払う構えを見せる。
――その隙を、竜骨の姫は待っていた。
背面のジェットエンジンから、甲高い轟音と共に炎が長く噴き出し、爆発的な推力を生む。
彼女の姿が、霞む。
高速で飛翔するのは、砲弾では無く浸透型の少女本体。
超加速により時速400kmに達した彼女は、衛宮士郎を肉塊に変えるために、凶悪な爪牙を剥き出して襲いかかる。
『……!』
反対側からは古代魚型艦載機が同様に、本体とタイミングを合わせて急襲する。最初に士郎を集中して潰す狙いだろうか。
声を上げる暇も無かった。
時間が止まったような感覚の中で、金剛はそれをただ見届ける。
前後から同時の挟み撃ち。どちらかは必ず直撃する。
最早、死以外の結末は存在しない。
そう思った刹那、士郎が握る剣から光が噴き出す。
『
――――キン、と短い金属音。
士郎の振り抜いた剣が、50メートルにまで迫っていた古代魚を横凪ぎに切断する。
斬戟の勢いは止まらず、そのまま一回転して背後30メートルに迫っていた浸透型を両断し、周囲360°を切り払う。
全ては瞬きほどの間の出来事であり、斬戟の軌跡が宙に光の輪を描いた。
「……いや格好良すぎまセン?」
これだ。
士郎が作り出す、彼が『宝具』と呼ぶ刀剣の数々。
それらは全て、金剛たち艦娘にとって常識外の代物だった。戦艦の砲撃でも破れない敵の『装甲』を、本体ごと纏めて切り裂き、多少距離の離れた目標に対しても、ビルを丸ごと切断しそうな射程の一撃を叩き込む。
これまでの戦いで『宝具』を防いでみせた深海棲艦は皆無だ。
なんでも、纏う“神秘の強度”が違うらしい。深海棲艦と真正面からぶつかった場合、基本的に宝具が勝つと凛は言っていた。
それを聞いた時のワタシの心情を理解して貰えるだろうか。沸き上がってきた感情は、疑念、羨望、嫉妬、憧憬、etc……
なにより、自分たちにもそんな力があったなら、八年前或いはそれ以前に、違う結果を導けたのでは無いか……という思索。
しかしそんな常識外の手札を持つ士郎でも、無敵などでは断じてないと既に知っている。これまでの士郎の負傷、先ほどの竜骨の姫による熱線で危うく突破されかかかった件などが、それを物語っている。
士郎には艦娘にある再生力・継戦力が無い。
(ワタシたちが補助するべき隙は必ずある。……見逃しまセン)
宝具で両断された竜骨の姫。
その切断面から、血では無く黒い粘性の液体が溢れ、分かれた体を繋ぎ合わせていく。
「イ……タイ、痛イ。キャハッ、キャハハハハハ――」
背面器官からスラスターのように炎を吐き出し、竜骨の姫は士郎から距離を取る。士郎は咄嗟に飛び退って炎を回避した。
浸透型はそのまま後ろに退避を続け、新たに五機ほどの古代魚型艦載機を発艦させた。
士郎が舌打ちをして、左手に
金剛も古代魚型艦載機を主砲で撃ち抜いていくが、その間も浸透型は後退を続けていった。
金剛は浸透型の行動に違和感を覚えた。
「いきなり消極的デスネ……?何か狙いがあるノ?」
『……まさか』
士郎が何かに気付いたかのように呟く。
「What's up?」
『……マズいな。多分こっちの
「!」
固有結界は魔法に最も近い大禁呪。自分の心象で現実を塗り替えてしまう魔術の最奥だ。
しかしそれはこの世界にとっての異物。在ってはならない『矛盾』である。
――――故に、発動すれば『世界』がそれを排除しにかかる。
一個人で世界全てと向き合うような不条理に耐えきれる筈もなく、結果として短時間のうちに固有結界は崩壊する。
「……この術の弱点をあの浸透型は知ってるっていうんデスカ!?」
『定かじゃないが、最も有効な手を取ってきたのは確かだな』
士郎には、このまま二対一でぶつかり合えば数十回は大破、或いは轟沈相当の損害を与える算段があった。しかし全力で牽制と逃亡に回られたとしたら、弓での狙撃に徹しても固有結界崩壊までに殺せるのは十数回が限度だろう。
あの竜骨の姫は余力を残したまま、凛たちのいる海に舞い戻る事になる。
「――これでっ、最後の一匹ネー!」
全ての
(あっちには確か……)
地面を通じて、浸透型が逃亡する方向に突き刺さっている宝具を把握し、真名解放。
『啼け、
大地から天に向けて、雷のような放電が広がった。スラスターの噴射で飛行状態にあった浸透型は、その直撃を受けて墜落する。
ヴァジュラは英雄王が蒐集していた宝具で、一度雷光を放てば崩れ去る使い捨ての武具であった。
士郎は更に追撃を行う。
『
土煙を巻き上げて大地を転がった竜骨の姫。
彼女の真下から、剣山のように大量の刃が突き出した。大地を介した遠隔の投影によって全身を貫かれた竜骨の姫は、動きを封じられる。
「――よし!」
士郎は弓に持ち替えて、トーコトラベル発動用の矢を作り出す。
大幅に開いた浸透型との距離を一気にゼロにする狙いだ。
金剛は艤装を高機動型に組み替え、浸透型を左手側に見ながら回り込む狙いで突撃する。拘束を壊す事を危惧して砲撃は無しだ。
「――――ガアアアアアアァァ!!」
浸透型が吠える。
肉が裂け骨が砕ける事にも構わず、両の背面器官を強引に展開し、四機の古代魚型艦載機を放つ。
士郎はその隙間を縫う軌道に狙いを付けて、矢を放った。矢は狙い通りに、浸透型の背後10メートルの位置に突き刺さる。
しかし――――
「……!」
放たれた古代魚は数十の小型の艦載機に分裂して、士郎の進路を塞いだ。鋭利な歯を覗かせる、ピラニアをスマートにしたような形状の肉食魚の群れ。このまま『crazy traveler』を発動すれば、無数の肉食魚に亜音速で叩き付けられる事になる。
「くそ」
『サポートするネ!シロウはそのまま!』
空中に散華の炎が咲く。
金剛の主砲十二門から放たれた三式弾の弾子、計12,000発が邪魔な雑魚の群れを焼き払った。全数を落とせたわけではないが、道は開いている。
(いける!)
弓を捨てて傍に刺さっていた直剣を掴み取りつつ、トーコトラベルを発動させる士郎。
途端に士郎の体は大地を離れ、予め放った
迫り来る幾匹かの肉食魚は、身体を捻って直撃を躱す。
そして高速飛行の勢いのまま敵を切り裂くため、直剣を振りかぶった士郎は見た。
浸透型の背面器官がいつの間にかジェットエンジン状に変形していた。先ほど士郎を焼いた廃熱攻撃が彼を迎え撃つ。
(っ、構うな。信じろ……!)
浸透型が背面器官に力を込める。対して士郎は無策で突撃していき――
バシュ!
と、横合いから撃たれた徹甲弾が、背面器官を二基纏めて撃ち抜いた。誰の仕業かは確認するまでもない。
「ヘーイ侮ってくれてるから隙だらけで助かるネー」
「……ッ!」
浸透型が何か叫ぶ前に、亜音速で飛来した士郎が、彼女を拘束していた刃の群れごと両断した。
そういえば『破戒すべき全ての符(ルルブレ)』は深海棲艦に刺しても目に見える変化は起きません。鯖に刺しても鯖が退去しないのと同じデスネ