金剛の艤装から徹甲弾が連続して撃ち出される。
竜骨を纏う浸透型は、翼状の背面器官を盾にしてこれを受け止めた。『装甲』を貫通した徹甲弾によって翼はひしゃげたが、本体には届かない。
「ギッ――!」
視線が金剛へと向いた隙を狙って、士郎が首を切り飛ばした。しかし首の無い状態でも尻尾の骨格が動き、士郎を潰そうと薙ぎ払われる。
士郎が飛び退っている間に切り離された首がくっつき、肩口や腕に付いた小型の砲門を士郎へと向ける。
しかし再び金剛の徹甲弾が打ち付けられ、浸透型は体勢を崩した。
二人の連携によってこれまでに与えた損害は、大破換算で四十回ほど。対して士郎たちの被害はほとんど無い。士郎の場合はトーコトラベルのダメージが一番大きいくらいだ。
(……この敵は俺にとって相性が良い)
基本的に大火力で大振りな一撃を主体とする竜骨の姫。固定砲台としては最強かもしれないが、近接戦の距離に飛び込んでしまえば意外なほど隙が多い。
但しこれは、金剛が狙い澄ましたような砲撃で補助してくれているからでもある。
どうも浸透型の中では士郎の方が脅威度が高く、優先して狙うべき敵のようだった。そしてあまり狙われずに余裕のある金剛は、十数メートルの距離を置いて細かく移動しながら、砲撃で浸透型に隙を作る。或いは士郎の攻撃直後の隙をカバーする。
そんな連携がここまで続いていた。
「……!」
だがここに至って、遂に浸透型は金剛を睨み付けた。大した損傷にならないからと放置していた金剛の砲撃を、明確な脅威だと認識したのだ。
「邪魔ナンダヨォ!雑魚ガ!」
背面器官を砲身状に絞り、金剛へと向ける。
「させるか……!」
士郎が思い切り振りかぶり、全力で剣を振り下ろす。勢いの乗った剣が、胴体と砲身を纏めて両断した。
しかし浸透型の狙いは変わらず、切断された左右の背面器官の切り口から、巨大な砲炎と共に凶弾が放たれる。
「金剛っ!」
砲戦敵には至近と呼べる距離にいた金剛。避けられるはずも無く二発とも直撃し、爆炎に包まれる。
煙が晴れると、頭部だけを集中してガードするように『装甲』を展開した金剛が現れた。一発は右の艤装と脇腹を吹き飛ばしていたが、頭部を狙ったもう一発は防ぎきったらしい。
「半分賭けに勝ったデース」
ニカッと笑い、残った左側の六門が火を噴く。
同時に彼女が思うのは。
(……やっぱり、『装甲』はこういう使い方も出来るデスネ)
瞬く間に腹の穴を修復しつつ、考える。
・『装甲』は特定の部位に集中して展開することが出来る。
・その場合、『装甲』の強度は大幅に上昇する。
共に今回の戦いで初めて知ったことだ。金剛だけでは無く、叢雲も、榛名たちもまだ知らないだろう事実。
全ての艦娘には『装甲』は自身の周囲を球状に覆う物だ、という固定観念があったし、実際にそれ以外のやり方なんて知らなかった。そもそも『装甲』自体が建造当初から備わっていた機能では無く、艦娘たちの練度が極まってくるにつれて段々と獲得する子が出てきた、という謂わば偶産の代物なので、大本営からの詳しい説明などは無かったのだ。
けれど……、と金剛は思う。
(ワタシたちはリンと……魔術師と出会った)
特殊な事情があったりして、凛は魔術という物を金剛たちに噛み砕いて明かしたのだ。
彼女の話を聞いて、金剛の中でカチリとパズルの
――――今まで、朧気に『不思議な力』としか捉えていなかった、自分たちの力の正体。その本質に迫ったような、理解が深まったような。
――――もしかして『装甲』も凛の魔術障壁と同じように、柔軟に運用できるのではないか。
そんな気付きを明確に言語化して咀嚼できたのは、この戦闘開始前のこと。初めて使って成功したのは、固有結界が展開された後のこと。
(きっとこの技術は、これからの戦闘で重要になりマス……)
このところ敵の火力が高すぎて意味を成していなかった『装甲』だが、『集中装甲』として使えば活かすことは出来そうだ。現に今、強力な浸透型の砲撃すらガードした。
「残念だがもうじき限界が来る!解除は
士郎が手元に引き寄せた宝具の群れを掃射しながら叫ぶ。
同時に世界にノイズが走ったように景色がブレて、振動し始める。
浸透型が彼を振り向いて背面器官を廃熱攻撃用に変え、士郎の周囲ごと焼き払おうとする。
背を向けられた金剛は、今しがたの掃射で浸透型の背中に刺さっていた剣を思い切り蹴りつける。
『グ、ァッ……!』
グリンと体勢を崩した浸透型の廃熱攻撃は、士郎を大きく逸れ何も無い空間を焦がす。
「All right! 削りきれなかったデスネ」
「……申し訳ない」
謝りながらも士郎は、水平横凪ぎに宝剣を切り払う。
竜骨の姫の背に手を突いて跳び上がり、これを回避しつつ敵には被弾させる金剛。
「責めてマセン」
「ああ、さっさと海で決着を付けよう」
金剛はそのまま士郎の前面に降り立ち、『装甲』で士郎をガードする。
士郎は崩れかけの世界を無理に長引かせることはせず、速やかに固有結界の解除に取りかかった。
――――世界が砕け、空が崩れ落ちてくる。
◇
目を開けるとそこは、水も土も無い上空だった。
「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
浮遊感は一瞬。
直ぐさま重力が金剛を捕らえ、100メートルほど下の海面へと徐々に加速が始まる。
固有結界解除時に出現する座標の移動を、今回は縦軸方向で行ったのだ。事前に“上だ”と教わっていたとはいえ、いきなり上空に放り出されて平静を保つのは無理だった。辛うじて、あらかじめ決めていた観測機の排出は済ませた程度。
これは竜骨の姫も同様だったようで、わちゃわちゃと手足を振り回している姿が、視界の端で、見えた、ような……!
……と、足元に畳一枚分はあろうかという大剣が出現し、金剛はその平らな側面にダン、と着地した。
「!?」
「北西4,000の空、クラゲを頼む!」
指示を出したのは落下中の士郎だ。
固有結界の中で、念話によって凛から重爆母艦の話を聞いていたのだった。
「んないきなり……!」
思わずこぼす金剛だが、方角と距離が分かっていればクラゲの光学迷彩を見破るのは不可能ではない。観測機の視界と合せて、彼女は上空から目を凝らす。
一方の士郎は、状況を作った本人の利点として、一番冷静に現状を見ることができていた。敵に冷静な判断をさせない為の上空ダイブだったので、これは当然だ。
(クラゲは金剛に任せた。浸透型は8メートル下。あの中枢個体は……拘束を脱してるか!)
眼下の海では、叢雲と対峙する巨体の姿が。まだ『かぜなみ改』に被害は与えていないようだ。どこか呆然としたようにこちらを見上げている。
士郎は自由落下しながら
(このまま
◇
とうとう二重の拘束を破壊して自由になった中枢個体を前に、叢雲は『かぜなみ改』の盾となるように槍と主砲を構える。
(正直、何も無しでコレとサシとか絶対無理なんだけど)
しかし無理でもやるしかなかった。拘束中に何十回も魚雷を撃ち込んだとはいえ、まだ瀕死とはいかないらしい。
と、中枢個体は何かに反応したように上空を仰ぎ見た。
つられて視線を上げた叢雲が見たのは、落下してくる三人の姿。その内の一人、衛宮士郎の手元から光が溢れる。
「全力デ防御シロ!!」
思わず耳を疑った。そう叫んだのは目の前の
「――――
直後に士郎から必殺の一撃が放たれた。
長大な射程の斬戟が鞭のようにしなりながら、二隻の深海棲艦を同時に切り裂く軌道で迫る。
だが――
「ガッ」
黒槍の直撃を受けた浸透型は死の軌道から弾き出され、士郎の斬戟は叢雲の眼前を通り過ぎ、中枢個体である馬人騎士の姫だけを切断した。
『クラゲ墜としたデース!』
『士郎金剛榛名は浸透型を集中!私と叢雲で馬を足止め!片方は落とすわよ』
矢継ぎ早に流れる無線。凛は先に竜骨の姫を殺しきるつもりらしい。
叢雲は少しでも中枢個体の再生を遅らせようと
同じく『かぜなみ改』から榛名の砲撃が、黒槍で吹き飛んだ竜骨の姫を正確に追撃する。士郎は剣の足場を飛び降りつつ竜骨の姫へと急行し、金剛は一気に海面まで落下した後に最大戦速で士郎をサポートしに向かう。
完全にこちらのペースに持ち込んだ。
そう思った叢雲の鼓膜を、小さな呟きが叩く。
「本当ニ……世話ノ焼ケル……ッ」
バシャリと水音が響いた。
まるで色が抜け落ちるように、馬人騎士の姫の身体から黒い魔力が抜け出ていく。
「な……!?」
黒い魔力、或いは黒い海水は、意思を持ったように蠢き、一直線に竜骨の姫へと向かっていった。
残されたのは、抜け殻のように白く、存在感を失った馬人騎士。
「まさかアンタも、“浸透型”と同じような存在だったの……?」
いや、正確にはそんな区分は叢雲たちが勝手に呼んでいるだけに過ぎない。どちらでもない曖昧で中間的な性質の個体がいても不思議ではない。
「マズい……!」
抜け殻のようになった馬人騎士の身体は、風に吹かれて灰のように散っていく。
深海棲艦が助け合いのような行動を取ったのには、叢雲も驚かされた。
だがそれよりも問題だったのは、馬人騎士がその生命力全てを竜骨の姫へと移そうとしたこと。
「……エ?」
竜骨の姫へと殺到する黒い魔力。士郎たちだけではなく、弱りつつあった浸透型本人も驚いたようにきょとんとしていて、馬人騎士が崩れ去った方を見て――――
『士郎、逃げて――!』
ドン。と浸透型から爆発的に魔力が噴き出した。
接近していた士郎と金剛は、強風に煽られるように吹き飛ばされる。
「ぐっ……何が……」
魔力の暴風が渦巻く中心には、全身の竜骨から赤黒いオーラを立ち上らせる浸透型の姿があった。
明らかに回復している、どころか最初に熱線を放ったとき以上の魔力量だった。
「――――――――ッ」
ピンと張られた椎骨や脊椎、頭骨の後ろからも大量のバーニアスラスターが噴出する。あまりの熱量に、浸透型の周囲で水蒸気爆発が連鎖している。極度の魔力濃縮で紫電が弾け、自身の身体や竜の骨格さえも傷付けていた。狙うのは士郎……ではなくその背後。最重要である巡視艇『かぜなみ改』だった。
「遠坂!」
『士郎!』
二人はそれ以上言わずとも、何をすべきか分かっていた。
凛の右手の令呪が輝き、士郎の身体は空間を跳躍する。
『かぜなみ改』の前方に出現した士郎は、海面すれすれに足場となる巨大な剣を投影し、その上に着地した。
『総員士郎の後ろまで退避!あの熱線が来るわよ――!』
叢雲も金剛も、急いで後退する。その様子さえも目に入らない程の集中を以て、士郎は自身最大の防御用装備を組み上げていく。
「――――
一度はほとんど突破された。次失敗すれば、失われるのは自身の命だけではない。
「――――
0.5キロメートル先で竜の頭骨が大きく開き、前回より二回りは巨大な赤黒い魔力の奔流が、絶叫を伴って吐き出される――――
「消エテシマエ――――!!」
「
対して開くのは、光で出来た七つの花弁。
潤沢な魔力供給により、十全以上に仕上げられた深紅の盾が、士郎の
そして、最強の矛と盾が触れて――
「――――っ」
最初の一枚が三秒で砕け、続く二枚目が五秒で砕けた。
士郎は熱線に対してやや斜めに
それでも恐ろしい威力だった。
上から重機に押し潰されるような重圧が、絶えず士郎を襲う。
「――――くっ」
間を空けて、三、四枚目も破砕され、魔力へと還った。
その時士郎は、自身の内側に更に多くの魔力が流れ込んでくるのを感じた。
原因は凛だ。彼女が、発動していたあらゆる魔術を解除して、全ての魔力を士郎に託しているのだ。
士郎は託された魔力を全て、残された三枚の強化に注ぎ込む。
だがそれでも既に、五枚目にピシピシと割れ目が広がっていく。
(――――マズい、圧倒的――過ぎる――!)
ガラスが砕け散る音と共に、五枚目も突破される。
「――――っぐ、あ――――」
身体ごとぐっと押し込まれていく。
足元からミシミシと、嫌な感触が伝わってくる。
座標固定したはずの足場が、耐えきれずに壊れかけ、下降していく。足が海水に浸かる。
(く、そ――駄目だ、これは――――もう――)
五十秒近い拮抗の末に、とうとう士郎の膝が崩れ、身体が後ろに倒れ込む――――
「お願い耐えて、シロウ!」
「悔しいけどアンタしかいないのよ……踏ん張んなさい、士郎!」
ガシリと、金剛と叢雲がその背を支えた。
士郎の目が見開かれ、限界を超えたはずの身体に、僅かに力が戻ってくる。
「「「う…おおおおおおおお……!」」」
三人の叫びが重なり、空気を震わせる。
六枚目もとうに割れ、最後の一枚となっても士郎は二人に支えられながら、全霊を以て七枚目の花弁を咲かせ続ける。
そうしてどれほどの時間が経ったか。
遂に、灼熱の暴威がパタリと途切れた。
「……かっ――――」
もう駄目だ。今度こそ限界だ。
士郎はもう敵の姿すら見えない状態で、砕ける寸前の足場の上に崩れ落ちた。
顔を上げるどころか、手も動かせない状態の士郎に、優しくて頼もしい声が掛けられる。
「よくやったわ」
「あとはコッチが……」
空気が弾ける音と共に、
浸透型が熱線を吐き終え状況を確認しようとした時には、徹甲弾と槍がその身体を貫いていた。
◇
誰かが自分の腕を、肩に回して担ぎ上げたのを士郎は感じた。
「とお……さか?」
「そうよー?お疲れ様、衛宮くん」
顔の直ぐ横で凛の声がする。
「浸透型、は?」
「あれ」
瞬間的に酷使しすぎたためか、まだうまく像を結ばない目で凛が指し示す方を見る。
二つの人影が、こちらに手を振っていた。
「倒した、のか……」
「士郎が倒れたすぐ後に。あの熱線に相当色々注ぎ込んでたみたいね」
やがて、止めを刺した二人が帰ってきた。
「いやー流石に今回はよく頑張ったんじゃない?」
叢雲がいつになく上機嫌で、士郎の頭をわしゃわしゃと撫でる。
士郎は、小学生だか中学生だが分かんない見た目の癖に、随分お姉さんぶってるなぁ……とは、声には出さず、黙って凛に支えられたまま撫でられていた。
「本当に……どんどん血だらけになるし、今回こそ死んじゃうかと……」
金剛はコツンと、自分の額を士郎の頭に当てて呟いた。
「……血だらけ?」
士郎はその時初めて、自分がかなり出血していたことに気付いた。
「渾身の投影を砕かれたフィードバックもあるでしょうけど、一番は私が魔力を注ぎすぎたから……」
「……そうか。でも、そうしないと死んでた」
反射的にそう答えると、凛は困ったように、そして少し嬉しそうに溜息を吐いた。
「……おーい。忘れてるかもしれんけど、ウチらまだ戦ってるしなー」
「皆さん。出来れば対空支援を」
空母二人の声に続いて、榛名と荒潮の高角砲が火を噴く音が連続して鳴った。
「……」
四人は思わず顔を見合わせて、噴き出すように笑った。
「ごめん、今いくから」
「三式ダーン!三式ダーン!」
やがて、海水の色が明るいマリンブルーを取り戻す頃。
主力部隊の周囲に深海棲艦の気配は無くなり、一行は