正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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Record eight years ago


_______interlude 2

 その人影は大海原の只中で目を醒ました。

 同時に彼は、自らの役割も理解した。

 

 ――――殲滅

 

 彼は海面に立ち上がり、波濤を軽く蹴って上空二百メートルほどまで浮き上がる。彼本来の技能とは関係無く、今回の事態収拾に必要だから備わった力である。

 

 ――――あれか

 

 水平線を埋め尽くすのは、異常増殖を始めた黒い染みのような群体。

 アレの本質は■■■であると、彼は彼のバックアップ元から得た情報によって理解した。

 

 惑星全体に於ける■■■の総数は十二万体ほどで推移していたはずだ。その程度であれば人類にとって、最終的に問題ないと言える許容範囲内であった。しかし突如として脅威の度合いが変動した。

 

 今現在、この太平洋上だけで四十五万体にまで規模を膨らませている。その大部分は北緯11度22.4分 東経142度35.5分を中心とした一定の範囲に集中して分布している。これは現在この星に於ける、『霊長による世界基盤』を崩落させるに足りうる規模だった。

 だからこそ彼は喚ばれ、そして機械的に脅威の原因を殺戮する。

 

 ――――本来なら大本の一点だけを叩くのが早いが、群れを殲滅しながら大本へ向かっても時間差は軽微であり、かつ霊長全体の被害も少ない。

 

 それは彼の思考回路ではなく、バックアップ元が無機質に弾き出した“最良の手順”を口にしただけだった。

 

 ――――開始

 

 まるで彼の思考に合せるように、周囲の様子が変化していく。

 にわかに日差しが遮られ、海の上を渡る風は冷たさを帯びる。

 周囲360度の水平線から積乱雲が湧き上がり、空を覆い尽くす。

 

 いや、その程度の規模ではない。

 今この瞬間。東太平洋全域を丸ごと覆う、観測史上最大規模の超巨大積乱雲(スーパーセル)が、異常な速度で発達しつつあった。

 

 ここまで発展を遂げた人類をして、未だ手の届かぬ天変地異。

 それは、内部の出来事を人々の観測から遮断する(とばり)となる。

 

 

 そして彼は、水平線から押し寄せる黒い異形(シンカイセイカン)の群れへと、音速の数倍で突っ込んでいった。

 

 

 

 これは誰も知り得ぬあの日の記録。

 八年前、密かに起こり、そして人知れず終わった敗北の記録である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行する彼の周囲に、複数の武装が出現する。

 それは最新の科学技術の結晶である兵器――ではなく、この星のあらゆる歴史・伝承が結実した、『宝具』と呼称される物であった。

 それらの宝具の出典に統一性はなく、複数の時代、複数の伝説に語られる品々が並んでいた。

 

 これこそが彼が選ばれた理由であった。

 強力なバックアップを与えられれば、ありとあらゆる効果を封じた宝具を、無尽蔵に生み出し消費する。

 この世にただ一つしか無いと語られる高貴な幻想すら、無制限に写し取り量産する。

 

 この、もっとも一対多の殲滅に向いた能力を以て、彼は今回の事態に最適と判断された。

 

 

 宝具が深海棲艦の群れへと放たれる。

 常識外の速度で群れの中心に突き刺さったそれは、水柱と共に多くの深海棲艦を数百メートルの高さまで吹き上げさせた。

 直後に海中で爆発。今の一撃だけで、数百体の深海棲艦が消滅した。

 着弾位置を変えて二発、三発、四発、五発と続けて宝具が消費され、およそ二千体を葬った。

 特別に強力な個体でも、もっとも虚弱な個体でも変わらず、等しく一瞬で消えていく。

 

 ――――ふむ

 

 眼下の深海棲艦たちの索敵技術が、彼を捉えることはない。その姿は誰にも認識できず、レーダーの波はその身体を素通りする。

 

 彼の前方に扇状に宝具が展開され、同時に放たれた。

 ドドドドド、と連続して起爆し、彼の進行方向に深海棲艦の消滅した海面が、道のように形成された。

 そのまま一切速度を緩めることなく突き進む。

 このまま深海棲艦の殲滅を続けた場合、二時間弱でこの海域のおおよそ全個体を消し去ることが出来る。人類の被害は最小に抑えられるだろう。

 しかし彼がどんなにその方法を望んでも、叶うことはない。

 今の彼に自由意志はなく。与えられた役目をこなすだけの、世界の安全装置なのだから。

 

 ――――北緯11度22.4分 東経142度35.5分へ向かえ

 

 

 

 脅威の原因である地点まで残り150kmほど。

 超巨大積乱雲(スーパーセル)内の状況を俯瞰的に把握していた彼は、異常に気が付いた。

 

 ――――■■■の現在の総数は四十六万。……増加している?

 

 既に数万体を消滅させたはずだった。

 だというのに、数が増えているということは。

 

 ――――増殖の速度が、当初の想定を越えている

 

 バックアップ元に数値の再設定を要請し、それは迅速に受理された。

 彼の性能が更に引き上げられていく。

 

 

 その後、幾度か同じような事態が発生し、その度に数値は再設定される。

 

 

 

 

 そして数分後。

 放たれる一撃の性能は、この時点で核兵器を超えていた。

 また、時を同じくして超巨大積乱雲の北側で、日本やロシア方面へと雪崩れ込んでいく深海棲艦の数が、数百から千単位で減少し始めた。

 

 彼の知覚は、遠く離れたその原因を検索し見つけ出した。

 それは白衣に緋袴を纏った、少女の姿をしていた。世界の安全装置たる彼には及ばないとはいえ、彼女の攻撃方法はおよそ人類に可能なものとは思えない。

 

 ――――誰だか知らないが、有り難い

 

 僅かでも人類全体の悲劇が抑えられるのなら、それは操り人形である彼の、本来の人格にとって喜ばしい事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北緯11度22.4分 東経142度35.5分まで残り50km。

 雷雲がもたらす風雨の下を高速で飛行しながらも、彼は不穏な内心を拭いきれずに居た。

 

 ――――何故、消しきれない

 

 既にその性能は上限に迫っていた。

 彼は1000メートル下に蠢く■■■の群れを見下ろす。

 海面が見えないほどにひしめき合う黒色の粒。その上に何層にも群体が積み重なって、ここは海ではなく黒い埃の積もった陸地なのではないかと思えるほどだ。

 

 ――――っ

 

 彼の周囲十数キロにわたり、同じ高度に一定の間隔を空けて千に及ぶ宝具が生み出される。かと思えば光条を引いて一斉に直下へと投下され、半球状の爆発と共に群体に丸い穴を穿った。

 超巨大積乱雲の内部が、爆発の閃光で煌々と照らされる。

 

 しかし、その穴もジワジワと塞がっていく。

 

 宝具の威力は今や、一撃で山を吹き飛ばす筈だった。

 一薙ぎで空を割り、一突きで海を煮立たせる筈だった。

 

 ――――だというのに、何故

 

 その窮極の破壊を、奴らの増殖速度が上回るのか。

 脅威がこの星の中で発生した物であるなら、確実に力の総量で上回る事ができる筈だ。

 そして、この■■■は実際にこの星で生み出された物だ。

 

 ――――抜け道を突いたか。だが、どのような

 

 突如として眼下の黒い群れが、彼のいる上空へと一斉に砲撃を開始した。

 のみならず、群れが纏まって一つの生物のようにウネウネと彼へ向かって伸びてくる。

 

 ――――こちらを認識しただと!?

 

 驚愕しながらも、その身体は機械的に動く。

 “山をも切り裂く巨大な剣”が燦めき、伸びてきた集合体の腕を切り飛ばした。

 続いて彼の飛行進路上で、待ち受けていたかのように深海棲艦の集合体が口を広げ、彼を呑み込んだ。

 と思えば集合体が膨張し、劫火が噴き出した。彼が振るう“海を焼き尽くす炎の大剣”が、黒い塊を吹き散らす。

 

 ――――自軍の損害箇所からこちらの位置に当たりを付けている?いや、或いは

 

 彼の意識は世界全体へと向けられる。

 この星の■■■の総数は、十七億体にまで増加していた。

 

 ――――莫迦な

 

 呆然としつつも理解する。

 

 既に人類の内のかなりの割合が犠牲になっていると。

 そして、人類の集合無意識由来の力である彼は、その総数の減少に伴い出力を低下させているのだと。

 

 もはや一刻の猶予もない。

 そう彼は判断し、ここから30km先に存在するマリアナ海溝の構造体へ向けて、宝具を九万五千発同時発射した。

 その余波で大陸や島々を大津波が襲うだろうが、気にしていられる状況ではなかった。

 

 しかし。

 深海棲艦の集合体が、壁のように迫り上がる。数万の個体からなるそれは、目標を包み隠すように、幾重にも。

 

 その山脈の如き防御隔壁に、空から流星群のように宝具が降り注ぐ。

 一つひとつが地殻を貫くほどの威力。瞬く間に隔壁を崩壊させ……はしなかった。

 

 九万五千発全てが着弾したとき、急造の防御隔壁は全て崩壊しており――

 目標である構造体に届いたのは七発であった。

 

 ――――な……

 

 有り得ない。彼は首を振る。

 七発しか届かなかったことも、そして届いた七発を以てしても目標構造体がほぼ無傷で残っていることも、どちらも有り得なかった。

 目覚めた直後の彼の数値であっても、七発も直撃させれば十分に壊滅していただろう。バックアップ元からの情報を参照しても、同じ答えが出る。

 

 ――――■■■の増加に伴って、アレの性能も向上しているのか? いやしかし、何処からそれだけの資源(リソース)

 

 その時彼の目は、マリアナ海溝の目標構造体の付近の何も無い虚空から、無数の深海棲艦が這い出てくるのを捉えた。それは分裂や増殖ではなく、何処かからの『侵入』と表現するのが相応しい光景だった。

 

 ――――……まさか。■■■でそんなことが可能なのか?

 

 有り得る、と思った。

 その方法なら、世界の安全装置を出し抜くような道筋さえも、存在するかもしれない。

 

 今頃気付いたところでどうなるわけでもない。

 既に深海棲艦の増殖速度は手の付けようがないところまで来ていた。空高くまで積み重なった深海棲艦の海に呑まれ、どれだけ切り裂こうが消し去ろうが、増殖速度の方が上回っていた。

 

 ――――もはやこちらに勝利はなくなった。だがせめて当初の予定通り、これだけは

 

 損傷が積み重なった状態で強引に成された『それ』が、彼方の構造体へと落ちる。

 彼は、その成果を確認することなく身体を崩壊させ、無へと帰してゆく。

 残っていた左の腕を、見えない空へと伸ばす。

 

 ――――誰か……居ないのか、あれを終わらせる……者は……

 

 結局その手は何にも届くことなく、崩れ去っていった。

 

 

 この日、■■■の全世界に於ける瞬間的な総数は、約三百九十七億体を記録した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、衛宮士郎は目を覚ました。

 

 

 

 

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