Ⅱ世の冒険2巻も続きが気になる。凛に強化フラグ立ったし
「あなたは……」
巫女服の少女と対峙する私は、質問を口にしかけて首を振った。
「まずは感謝が先ね。――秋津洲を助けてくれてありがとうございます。代行者の男を制止してくれたことも」
下げていた顔を上げると、少女は腰掛けていた枝から軽やかに着地した。
そのまま近くまでやってきた少女は、外見よりも大人びた表情で微笑んだ。どこか浮世離れした印象を抱くが、かといって堅苦しい感じでもない。
「あなたは艦娘……ではないの?名前は?」
「名は無い……というのは、ぬしらが不便か。ふーむ」
少女はしばらく考え込むと、ぽんと手を打った。
「“三笠”。わえのことは三笠さまと呼べばええじゃろ。うむ、艦娘とは違うな。もっと遙かな昔から存在しておるよ」
「昔……?」
恐らく最初の艦娘が生まれたのは、この世界に深海棲艦が確認された後と考えれば、十三~十四年前ということになるはず。この少女が生まれたのはそれ以前ということだろうか。そして彼女の発言からは、まるで自身を生物とは思っていないニュアンスが感じられた。
「いうなれば、わえは“舟”。本来なら意思もなく、誰にも見えず、誰にも気付かれぬ。そういう曖昧な存在じゃった」
想像していなかった答えに、私の中で混乱が加速する。
(艦娘は軍艦だけど、この子は舟……?舟ってどういうこと?軍艦も商船もタンカーも、帆船とかも含めて、ってこと?)
なんとか理解しようとする私をよそに、方言が混載した少女の言葉は続く。
「じゃけん、最初の艦娘が生まれた瞬間から、わえという存在の一部が実体を持つようになったけん。それ以来艦娘が造られる度に、わえという存在の強度は上がっていったんよ」
思わず少女の顔をまじまじと見つめてしまう。
普通なら意味不明な説明だろうが、魔術世界に身を置く立場ならば思い当たる事はある。
(もしかして、舟という概念そのものが形になった存在?いや、今の説明からすると微妙に違う?)
やがてしっくりくる表現を見つけた。舟の概念を下敷きにして形成されてはいるが、それはまるで――
(艦娘版の集合無意識的な存在?)
人間の無意識が無数に集まって生まれるのが『抑止力』だとするならば。
人工の意識を搭載された存在……艦娘という新しい在り方からも、何らかの集合無意識が形成される?
(これまでにどれだけの艦娘が造られてきたのかは分からないけど、『妖精さん』なんてものを無数に擁する彼女らは、一隻ごとでさえ意識の集合体と考えられなくも、ない?)
艦娘という存在を設計した人物は、この少女の存在を、そこまでの事態を想定していただろうか。……恐らくは否、そんな者をただ生み出すだけで、自らの魔術に利用しないのは有り得ないだろう。これは当初の想定を超えた現象と見るべきだ。
更に私の思考は続く。連想ゲームの要領で、魔術的に類似点のありそうな事項を知識の中から探し出した。だが……
(……飛躍しすぎね)
何処までも広がりそうな思索を打ち切って、三笠と名乗った少女に問う。
「えっと、あなたも艦娘たちみたいな戦闘力があるの?私たちと一緒に戦ってくれたり……」
しかしそれはあっさりと否定された。
「無理じゃ。八年前にかなり力を使わされてのぉ。今でも消耗が回復しとらんけん、確実に元凶を潰せるタイミングまで無駄撃ちする気はない」
「……そう」
共闘は否定されたが、落胆は無かった。その言葉は間違いなく吉報だったからだ。
彼女は深海棲艦を敵として見ており、根絶する意思があるのだ。間違いなく私たちの味方となるだろう。
と、三笠と名乗る少女は、木漏れ日を見上げながら唸った。
「そうは言っても、それまで怠けてばかりも居心地悪いしのぉ。……よし、何か必要なものがあれば、わえがお使いをしてきてやろう」
唐突に提案された内容に、目を白黒させながらなんとか言葉を返す。
「お使いって……何処へならいけるの?」
「わえは舟やぞ。舟がいけるところなら何処へでも。ああ、でも『深海』は無理じゃぞ。二重の意味で。それから、そんなに大きいのを運ぶのもアカンね」
とんでもない事をさらりと口にするものだ。海で繋がっている場所ならば地球の裏側でもOKだと、そういう事なのだろうか。
「……それなら」
たっぷりと考え込んだ私は、やがて一つの『お願い』をしてみた。
三笠を名乗る少女は、その試みを快諾してくれた。
◇
西の空が夕焼けに染まり始める頃。
結界の全ての支点を賦活した私は、くたくたになって座礁船に帰還した。暗くなる前に終わらせる事ができて一安心だ。
下の階にある永澤の工房で報告を行い、後の事は任せてきた。
部屋に戻る途中、船内カフェの方から何やら物音が聞こえてくる。
(秋津洲かな?)
興味本位でカフェのカウンター奥を覗き込むと、片方しか無い手で菜箸を持ち、何やら調理をしている
「くぉらあああ!」
「おわっ!?」
背後からの渾身のチョップを、士郎は菜箸を持ったままの左手で防御した。
「怪我人が何してんのよバカー!」
「ちょ、そっちこそ何するんだよ!一昨日くっついたばっかなんだぞこの腕!」
「誰が治してあげたと思ってんのよ、傷は完治してるに決まってるでしょ!……じゃなくて、体力が回復しきってないんだから大人しく寝てろおお!」
鍔迫り合いをするみたいに、ぐいぐいと手刀を押し込んでいく。
「と、遠坂。あぶな……」
士郎がふらつく。
素の私の筋力に押し負けている点で、如何に衰弱しているのか判ろうというものだ。
それも当然。両腕切断に、その前には脇腹を貫通する銃創。
どちらも本来なら、何ヶ月も入院しているような怪我だったのだ。
私は両手を腰に当てて、士郎と調理台の器具を見比べる。
「ほら見なさい。まだ血が足りてない証拠よ。……それ夕飯の支度?残りは私と秋津洲でやっとくから」
「いや、しかし……だな」
尚もうだうだ言っている。
私は溜息を吐いて士郎に詰め寄った。
士郎の頬に、つ……と妖艶さを意識した仕草で手を添えて、見上げるように瞳を覗き込んで囁く。
「これ以上文句言うのなら、力ずくで足腰立たなくしてあげようか……ダーリン?」
士郎は面白いくらい目を泳がせた。
視線を脇に逸らして、手を挙げてこちらを押し止めようとする。
「わ、わかった。降参だ」
「よろしい」
もっとからかいたくなる嗜虐心を押し止めて、真面目な表情で言い渡す。
幾らか物腰が落ち着いたとはいえ、時折見せる士郎のこういう部分は変わらない。願わくばいつまでも、私の前ではこうであって欲しい。
「電ちゃん&陽炎が採ってきてくれたかも~」
「あら秋津洲」
ラフな服装の彼女は、片手に果物の入ったカゴを、もう片手に海産物の入ったバケツを提げてやってきた。
「あっ、凛ちゃん!ごめんね士郎君に無茶させて……。その、一応断ろうとはしたんだけれど……」
「あー、わかってるわかってる。どうせ聞かなかったでしょう?昔っから変なとこで頑固なのよ、コイツは」
形勢不利を感じ取った士郎の判断は速かった。
「悪い秋津洲、やっぱり怪我人は安静にすべきだし、言うとおり後の事はお願いするよ!」
片手を挙げてそう言い残すと、そそくさと廊下の向こうへ逃げていった。
それを半眼で見送った後、私は士郎が残した蒸し器の中身を確認する。何かを葉っぱで包んだ物が幾つも詰め込まれていた。
葉っぱに包まれた中には、白い生地のような物が。
「パンの実の蒸し焼きか」
「それも陽炎が木に登ってもぎ取ったヤツかも」
正確には“パンノキ”と呼ばれる熱帯性果樹の果実らしい。熱帯では主食となっている地域が多いらしいが、私も士郎もこの世界に来るまで知らなかった。
10~20cmほどのトゲの無いドリアンのような見た目で、熟すと表面は黄色い。果肉は白く繊維質で、加熱するとその名の通りパンのような食感になる。デンプンを豊富に含んでいて、風味はジャガイモとかに近い、不思議なフルーツだ。
正直これか、もしくはキャッサバさえ十分にあれば、食料面での心配は無くなったと言える。
「そっちのバケツの中身はどんな感じ?」
「ほとんど貝だね、巻き貝。名前は知らないけど食べられるって、陽炎が」
「……あの子が言うなら、まあ大丈夫かな」
果物博士は海産物博士でもあったらしい。自分で一種ずつ毒味とかしたのだろうか。
そういえば士郎も、夏になると磯辺で細かい巻き貝(確かニナガイ、みたいな発音だった)を大量に採ってくる事があったっけ、と思い出す。ちなみに藤村先生がお酒のつまみとして、ほぼ全てを食べ尽くす事がほとんどだった。
「……よし。貝はシンプルに塩茹でにしましょう」
「了解かも」
二人で作業を分担して、食材を調理していった。
◇
ベッドに仰向けに倒れ込んだまま、ぼんやりと天井を見つめている。
何もしていないことが落ち着かなかったし、何も出来ないことがもどかしい。
(今も襲撃してくる深海棲艦と戦っているやつらがいるのに、俺は)
主戦力である金剛や叢雲は、出ずっぱりかもしれない。広範囲を索敵する空母も、常に一隻以上は出撃しているはずだ。暁や陽炎たちは、出撃の合間に食料を探してきてくれている。
動けない榛名だって、この座礁船の最上部から絶えず観測機を飛ばしているらしい。
(俺だけが、何もしていない)
左腕の切断面が再びズキリと痛む。
そうだ。
たとえ万全に動けるようになったとして。
「疲れたー」
ガチャリとドアが開いて、凛が戻ってきた。
「……遠坂。もう調理は終わったのか?」
「後はやっておくからって、あの子に気遣われちゃった。汗を流してくるわ」
そう言うと凛はバスルームへと消えた。
シャワーを終えて髪をまとめた凛が、薄手の涼しげな服装で出てくる。
冷蔵庫で冷やしておいたお茶が机に出されているのを見て、なんとも言えない表情で「……ありがと」と呟くと、ソファに沈み込んで息を吐き出した。
士郎はベッドから身体を起こして、気になったことを聞く。
「結界はどんな感じだ?」
凛はお茶をグラスに注ぎながら「そうねー」と考え込んだ。
「とりあえず下準備は終わったわ。今はウェノ島とテュブロン島だけしか結界で覆えてないのは知ってるでしょ?」
「ああ」
「元の起点……壊滅してた鎮守府跡はもう機能していない。今後はこの座礁船を新たな起点として、霊脈の流れを作り直していくことになるわね。永澤提督の頑張り次第だけど、完全に環礁を覆うまでに最短で一週間ってところかしら」
冷えたお茶を飲み干して、満足げに溜息を漏らす凛。
士郎はというと、復旧計画があまりにも早くて驚いていた。
やはりあの提督がいるお陰で、想定よりかなり早く結界を復元出来るようだ。
「それから、あの謎の巫女服の人に出会って少し話してきた」
「昨日言ってた人か。まだ一度も会ったことないんだよな、俺。どんな人だった?」
「それがね……」
所見も交えて士郎に説明しながら、凛は先ほど脳裏に浮かんだ事を思い返していた。
(艦娘たちと、彼女らの無意識を纏って実体化したっていうあの“三笠さま”。まるで人間とその信仰から生じた神様みたい……なんて、流石に大袈裟すぎるわね)
マリアナ攻略という目標にとっては、特に必要のない情報。けれど魔術師としてみれば、あの少女の在り方は大変興味深いものだった。
◇
呼吸が乱れる。
濡れて頬に張り付いた髪の不快さも、まるで気にならないほどに、今の彼女には余裕が無かった。
「はあ……はあ……はあ……っ」
膝に手を突いてかがみ込むような姿勢で、息を整える。
侵攻してきた深海棲艦は全て沈めた。今回の編成は戦艦棲姫を一隻含んでいたこともあって、やや面倒だった。しかしこれまでの道のりを考えれば、それほど苦戦することは無い相手だろう。
「金剛、あんた……大丈夫なの?」
「ノ、ノープロブレムデース……」
心配するように近寄ってきた叢雲に、なんとか笑顔を返す。
しかし叢雲は、探るようにじっと目を細めると、片耳に手をやって無線で連絡を取った。
「あ、陽炎?今大丈夫?……ちょっと金剛が厳しそうだから、余裕持って10時間くらい休ませたいんだけど。……いける?キツそうなら……そう。助かるわ」
「あの……叢雲サン?」
連絡を終えた叢雲は金剛に向き直ると、ビシリと拠点の方を指して言った。
「これは命令よ。いいから休みなさい」
「エー……了解。ケド、何かあったら直ぐ呼んでくださいネ。仲間としても戦力としても、誰も失うわけにはいかないんですカラ」
しぶしぶといった様子で引き上げていく金剛。
叢雲が他の出撃メンバーを振り返ると、遠くの方で天龍や鳳翔が、金剛を労うように手を振っていた。
「……ったく。こっちはアンタを一番失うわけにはいかないんだっての。……戦力として」
その言葉も、言い訳のように付け足された最後の呟きも、彼女以外に聞こえることはなかった。