金属生命体の住まう星、惑星Zi。
西方大陸戦争に端を発する、ヘリック共和国とガイロス帝国、そしてネオゼネバス帝国による大規模な戦乱――後に『第二次大陸間戦争』と呼ばれる戦いが事実上の終結を迎え、数十年が経過していた。
長引く戦乱の影響から、三大国家の支配力は減少。『ZOITEC社』を始めとする東方大陸の民間企業や西方大陸の武装勢力が台頭し、未だ平和とは程遠い時代。
これは、そんな時代を生きる人々と、彼らと共に在る金属生命体――ゾイドの物語だ。
赤道直下の熱風が乾いた砂を巻き上げる、西エウロペ大陸の砂漠地帯――グレイラスト。一機の輸送用ゾイド――白い強固な装甲に身を包んだ昆虫型ゾイド『グスタフ』が、砂煙を引き連れて全速力で疾走していた。後ろに連結されているトレーラーには貨物を搭載しておらず、ほぼ最高速度に近いスピードでの走行だった。
「すまねえな坊主! どうやら厄介な奴に捕捉されちまったらしい!」
操縦桿を握る壮年の男性――このグスタフの主である運び屋の男性は、後部座席に座っているであろう同乗者に声を掛けた。経由地で拾った、ヒッチハイクをしていた少年だ。
「……あれ、レブラプターですよね!?」
後部席から声を上げたのは、アッシュグレイの跳ねた髪が特徴的な、十代半ばほどの少年だった。キャノピー越しに後方を覗きながら、グスタフを追いかけてくる赤い機影を視認する。
リオン・ユーノス。彼は今、ある人物を探して西エウロペを旅している最中だった。
「ああ、ありゃスリーパーゾイドだな。テリトリーに入らなきゃ実害は無いんだが……!」
彼らの乗るグスタフを追い回すのは、手足に鋭い爪を持つ二足歩行の赤い小型ゾイド。ガイロス帝国製のヴェロキラプトル型ゾイド『レブラプター』だ。
「スリーパー……無人機って事か」
かつての戦争時に、両軍が実用化した無人操縦ゾイドの総称が『スリーパー』である。多くの場合はあらかじめ設定されたパターンに沿って行動し、一定の範囲内に入った味方の識別信号を出していないゾイドを自動的に迎撃するようになっている。
戦争後期にはネオゼネバス帝国の勃興と共に、無人機の主流はスリーパーから『キメラブロックス』へと移行した。しかし戦場が西方大陸から暗黒大陸や中央大陸に移った後も、残された大量のスリーパーゾイドは多くが未だ回収されず、社会問題と化している。
彼らは運悪く、そう言った未回収スリーパーゾイドのテリトリーに入ってしまったのだ。
『……しかし疑問があります。当時の主戦場は北エウロペであり、現在地の西エウロペにガイロス帝国軍のスリーパーゾイドが配備されている事は考えづらいのでは』
運び屋の男性とリオンとは別の、無機質な女性の声。それは、リオンが手にしているタブレット端末から発せられていた。
「実際に居るんだから言っても仕方ないよ、パル! それより、何とか振り切る方法は無いか!?」
『レブラプターの最高速度は時速二百十キロメートルです。長期の整備を受けていないスリーパーゾイドである事を考慮に入れても、時速百三十キロメートルで移動中の我々が逃げ切る事は不可能と考えられます』
パルと呼ばれたリオンのタブレット――厳密には、そこにインストールされている疑似人格プログラムは、現状を淡々と解説してみせた。
(そういう風に作ったの僕だから仕方ないけど、もうちょっと言い方考えてくれ……)
リオンは心中で、パルのプログラムを組み立てた時の自分に対して悪態をつく。
「なあに。レブラプターの一体くらい、いざとなりゃ体当たりして止めてやるさ」
『無謀です。グスタフの運動性能では、レブラプターに体当たりを行う事は困難です』
一人気を吐く運び屋の男性だが、直後にパルがバッサリと切り捨てる。
「じゃ、どうしろって言うんだよ」
「……何とか足を止めずに逃げ続けるしか無さそうですね。救難信号は出してますし、あと十キロも進めばガーデルに着……っ!!」
リオンの言葉を遮って、轟音と衝撃がグスタフのコクピットを襲った。ついに、レブラプターに追いつかれたのだ。
『マスター』
「いっつ……舌噛んだ」
二度、三度とグスタフが揺れる。レブラプターはグスタフに並走しながら、背部に装備された一対の鎌状装備『カウンターサイズ』を叩きつけているようだ。
「くそっ、小さい割に何つうパワーだ……!」
輸送用のみならず、戦闘用ゾイドの括りで見ても屈指の重装甲を誇るグスタフではあるが、レブラプターの攻撃力も並の十メートル級小型ゾイドを遥かに超えている。ロールアウト当時、実験的に導入された西方大陸の古代遺跡に由来する『オーガノイドシステム』により、出力と凶暴性が増大しているためだ。
カウンターサイズの一撃が、遂にグスタフの装甲を切り裂いた。
「踏ん張れ、グスタフ!」
運び屋の男が、操縦桿を握る手に力を込めた。呼応するかのように、彼の相棒たるグスタフは装甲を裂かれながらも、走り続ける。
だが、それにも限界があった。切り裂かれた装甲に再びカウンターサイズが突き立てられ、内部機関に到達する。激しい火花が散り、駆動部を損傷したグスタフの速度が見る見るうちに落ちていった。
「……まずいな。坊主、グスタフが止まったらキャノピーを開ける。お前さんは降りて走れ」
レブラプターの狙いはグスタフだから、仕留めきるまでに逃げられる――運び屋の男性は、リオンに告げる。
「っ、あなたはどうするんですか!?」
「こいつを放って逃げ出すわけにもいかんだろうが」
そう言って、運び屋の男性は愛機のコンソールを軽く叩いた。
「でも……」
『マスター、彼の提案はマスターの生存率が最も高くなる行動です。私は脱出を推奨します』
プログラム故に情に流される事のないパルの判断を聞いて、それでもリオンは納得出来ない。
「……っ」
「いいか、開けるぞ……!!」
グスタフが停止する。
運び屋の男性がキャノピーを開く操作をする……その瞬間だった。
『そこのグスタフ、少しだけそのまま動かないで!!』
通信機から聞こえてきたのは、鋭い印象の女性の声。
直後、一筋の閃光がグスタフを掠め、トドメを刺さんと両腕の爪を振りかざしていたレブラプターに突き刺さる。
「な、何だぁ!?」
運び屋の男性が困惑する中、レブラプターはその機体をぐらりと揺らし、そのまま地面に倒れ伏した。
『救難信号を受信したの。……間に合って良かった』
再び、通信機から聞こえる女性の声。運び屋の男性が、グスタフのコンソールを操作して映像をオンにする。
モニターに映し出されたのは、彼らと同じくゾイドのコクピットに座っているであろう人物の姿だった。リオンとさほど変わらないであろう年頃の、空色の髪を二つに括って肩から前に垂らした少女だ。
「ああ、助かった……ありがとう」
『グスタフが損傷してるみたいだけど、動けそうなの?』
「具合を見てみんとわからんが……、そこまでひどい傷じゃなさそうだ」
『わかった。そっちに行くから、少し待ってて』
程なくして、先ほどの閃光が飛んできた方角から一機のゾイドが姿を見せた。彼らを襲っていたレブラプターとほぼ同じサイズの、白と黒のモノトーンに彩られたヴェロキラプトル型ゾイド。曲面主体の装甲を持つレブラプターとは違い、全体的に直線的な印象を受ける機体だ。
「……スナイプマスターだ」
『一部の武装形状に差異あり。改造機と思われます』
リオンの呟きを、パルが補足する。
ヘリック共和国製ヴェロキラプトル型ゾイド『スナイプマスター』は、レブラプターの対抗機種として運用されていた同国の主力機『ガンスナイパー』の後継機である。中央大陸本土への実戦配備直後に、ネオゼネバス帝国の前身である『鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)』の侵攻が開始された結果、多数の機体が失われたというゾイドだ。
リオンの目は、砂漠を走るスナイプマスターの姿を食い入るように見つめていた。
スナイプマスターが合流し、乗り手の少女と運び屋の男性が何やら話し込んでいる中。リオンはグスタフのコクピットから降りて、横付けされたスナイプマスターを見上げていた。
「……すごい、本物を見るのは初めてだけど、しかも改造機だなんて」
目を引くのは、背部に装着された一対の翼状の装備だった。下部は刃状になっており格闘戦用の武装と思われるが、同軸上にはビーム砲と思しき砲身も存在している。
原型機であれば背中にあるスナイパーシートは存在せず、スコープは尾部のスナイパーライフル根本に移設されているようだ。
「一人乗り用の改造と、武装の追加……って所かな? あ、よく見たら腹部にも火器が」
「……私のゾイド、そんなに気になる?」
「うぇっ!?」
夢中でスナイプマスターを観察していたリオンは、背後から声を掛けられて思わず飛び上がった。振り返ると、迷彩柄のジャケットとカーゴパンツを身に着けた空色の髪の少女――このスナイプマスターに乗っていた少女が、苦笑いを浮かべている。
「す、すみません。ジロジロ見ちゃって」
「別に構わないわ。私はラシェル・アトリア、ラシェルで良いわ。君は?」
「あ、はい。リオン・ユーノスといいます」
差し出された少女――ラシェルの手を握る。少女らしい柔らかさと同時に、ゾイド乗りとしての強さを感じさせる――そんな手だった。
「よろしくね、リオン。で、こっちが『リゲル』。このスナイプマスターの名前よ」
名前を呼ばれたスナイプマスター―――リゲルが、ギシリと首をこちらに向けた。巨大な――小型ゾイドとはいえ、頭までの高さは五メートルを優に超える――機影に見下ろされ、リオンは思わず後退ってしまった。
同時に、ラシェルとリゲルの間に確かな絆が存在する事を感じる。
「名前を付けてるんですね」
「うん。……といっても、私が付けた名前じゃないんだけどね。この子、もとは野良ゾイドだったから」
「野良ゾイド……」
戦闘によって大破したり、乗り手を失うなどで遺棄された後に野生化したゾイド、それが野良ゾイドだ。彼らは自身の生存のために他のゾイドや街を襲撃する事も多く、スリーパーゾイド同様に社会問題ともなっている。
そこまで考えて、リオンはスリーパーレブラプターから助けてもらった礼をしていない事に気付いた。
「遅くなりましたけど、助けてくれてありがとうございました」
「……あはは、一応仕事だから、あんまりお礼言われる筋合いはないんだけどね」
対するラシェルは、少しばかりむず痒そうな表情で頬を搔いている。
「仕事、ですか?」
「そう。『クロスウェザー・セキュリティ』って知ってる?」
その名前には、リオンも聞き覚えがあった。確か、南エウロペの共和国系都市『ニューヘリックシティ』に本社を置く新興の民間警備会社(PMSC)だ。辺境地域の警備や、スリーパーゾイドや野良ゾイドの撤去を請け負っていると聞く。
「私はそこに雇われてて、この辺一帯のスリーパーゾイド駆除を依頼されてる、ってわけ」
リオンは自分と同年代と思しき少女が、PMSCに雇われているという事に驚く。
「……珍しい、かな?」
そして、どうやらその驚きは表情に出てしまったらしい。
「あっ、いえ……その」
「まあ、実際珍しいと思うわよ。クロスウェザーにも、私と同年代のゾイド乗りは居ないし」
それよりも、と言って、今度はラシェルがリオンに疑問を向ける。
「リオンこそ、こんな所で何をしていたの? 言っちゃなんだけど、この辺は観光地って場所でもないわよ」
西エウロペは砂漠と荒地が広がり、住む人の少ない土地と言われていた場所だ。今でこそ、ヘリック共和国の西方大陸派遣軍遺跡調査隊によって調査が進み、リオン達が向かっていた『ガーデル』のように都市も出来ているが、それでも僻地である事に変わりは無い。
「……人を捜しているんです。僕の……父親を」
グスタフの応急処置を終え、運び屋の男性とリオン、そして同乗させてもらったラシェルは一路、ガーデルへと向かっていた。リゲルはグスタフのトレーラーに搭載された状態である。
「僕の父は、十年前に失踪しました」
リオン・ユーノスは、中央大陸の地方都市に暮らすゾイド研究家夫妻の間に生まれた子供だった。物心ついた頃から両親の研究所で過ごしてきた彼の元から父親が姿を消したのが、十年前。リオンが五歳の時だ。
「そして去年、母が亡くなったんです。僕を育てるために、無理してたのが祟ったみたいで」
「……ごめん、何だか悪い事聞いちゃったわね」
身の上話を聞いていたラシェルが、ばつの悪そうな表情を浮かべて視線を逸らした。運び屋の男性も、『父親を探している』という以上の事情をリオンから聞くのは初めてだったのだろう。口を挟む事無く、グスタフを走らせる事に専念している。
「いえ。……ところが半年前に、父の同僚だったという人から連絡があって。西エウロペで父らしき人を見かけたって言うんです」
「それで捜しに来ちゃった、って事?」
「はい。母が遺してくれたお金があったので、居ても立ってもいられなくなって、つい」
話しているリオン自身、無謀な事をしているという自覚はあった。幼い頃に姿を消した父親の記憶は、あやふやにしか残っていない。心の何処かでは、既に亡くなったものだと考えてすらいた。
『私は無謀であると進言しました』
リオンの持つタブレット端末から、パルの無機質な声。
「……目撃情報があったのが、これから向かうガーデルの近くです。準備に半年掛かっちゃったから、もう居ないかも知れません。でも、せめて何か手がかりだけでも掴めれば」
「そっか。……何だか他人事じゃないなぁ」
ぽつりと、ラシェルが呟いた。
「え?」
「私も、父親居ないから。……まあ、私の場合は単に両親が離婚してたってだけだけど」
「……それで、民間警備会社で仕事を?」
リオンが聞き返すと、ラシェルは苦笑して首を横に振る。
「違う違う。そっちの事情は……色々あってね。話すと長くなるから」
「そう、ですか」
「ところでリオン、ガーデルに着いた後の当てはあるの?」
聞かれて、リオンは今後の予定について考えを巡らす。
「とりあえず、何処かで宿を取って……父を捜します。交易所とか、人の出入りがある所を」
『ガーデルは中規模の城塞都市です。交易所や宿場などを重点的に当たれば、人の出入りは掴めると推察します』
「うん。……上手くいけば、ね」
パルの補足に相槌を打つリオンも、正直な所可能性は低いと感じていた。目撃情報は半年前、父親本人なのかも定かではない。
それでもリオンは、何もせずには居られなかったのだ。
「坊主、嬢ちゃん。もうすぐガーデルに着くぞ」
二人の会話が切れるタイミングを見計らってか、運び屋の男性が声を掛ける。前に向き直ったリオンの目に、砂漠のど真ん中に聳える城壁が映し出された。
「あれが、城塞都市ガーデル……」
『西方大陸戦争後にヘリック共和国軍が発見した、古代の城塞遺跡を利用している都市です』
パルが解説する通り、グレイラストのほぼ中央に位置する城塞都市『ガーデル』は古代遺跡を利用して発展している都市である。かつては共和国軍遺跡調査隊の拠点として、そして現在は産出される希少金属の交易拠点として、西エウロペにおける数少ない都市となっていた。
城門をくぐりガーデルへと足を踏み入れた一行は、運び屋や行商人が集まる駐機場でグスタフの荷台からリゲルを降ろしていた。
「ここまで乗せてくれて、ありがとうございました」
「おう。坊主、親父さんが見つかるといいな」
運び屋の男性は、依頼された荷物を運ぶためにガーデルをすぐに発たなければならなかった。リオンは彼と固く握手し、別れの挨拶を済ませる。
「嬢ちゃんも、ありがとうな。本当に助かったよ」
「おじさんこそ、帰りの道中も気を付けてね」
「ああ。じゃあな」
ラシェルとも別れを告げ、運び屋の男性は荷物を受け取るために交易所へと向かって行った。
「よし、じゃ行きましょうか」
「……えっ、僕ですか?」
運び屋の男性を見送った直後、ラシェルの発した言葉にリオンは数秒遅れて反応する。
「他に誰がいるのよ」
『私がおりますが』
「パルちょっと黙って。行くって何処へ?」
「宿よ、宿。私達の泊まってる所、まだ空き部屋があったはずだから」
手続きしたら、まずは入出管理事務所に行ってみましょうか……と言いながら、ラシェルはさっさと歩きだしてしまう。
「あ、あの、ラシェルさん。もしかして、手伝ってくれるんですか?」
「もしかしなくても、そのつもり。こういうの、放っておけない性分なのよ」
駐機場から五分も歩かない所に、ラシェルが泊まっている宿があった。やや古風な印象の小さな建物だが、入ってみると意外にも設備はしっかりしているようだ。
「えーっと、確かこの辺に空き部屋があったはず……」
ただし受付に人はおらず、いくつか据え付けられた端末を操作して部屋を選び、料金を払うシステムになっているらしい。手慣れた様子で端末を弄るラシェルを、リオンはぼうっと眺めていた。
「――ラシェルさん、戻られましたか?」
不意に奥から、ラシェルを呼ぶ女性の声が聞こえた。
リオンが声のした方に視線を向けると、そこにはグレーのスカートスーツを身に着け、艶のある黒髪をきっちりと切り揃えた、知的な印象の女性が立っている。
「あ、アズサ。ただいま」
呼ばれたラシェルは軽く手を振り、リオンに「ちょっと待ってて」と言ってアズサと呼ばれた女性のもとへ向かう。
「はいこれ、今回のログデータ。一応、エリア内で確認されたスリーパーは粗方駆除出来たと思う」
「わかりましたわ。本社と当局に連絡して、回収に向かってもらいます」
会話を聞くに、どうやらアズサという女性はラシェルの仕事仲間であるようだ。
「……ところでラシェルさん、そちらの方は?」
「うん。最後に仕留めたレブラプターに襲われてたグスタフに乗ってた子」
ちょいちょい、と手招きされ、リオンは二人の近くに歩み寄った。
「初めまして、『クロスウェザー・セキュリティ』のアズサ・ミナヅキと申しますわ」
「あ、はい。リオン・ユーノスです」
差し出された名刺には、『クロスウェザー・セキュリティ 秘書室 アズサ・ミナヅキ』と印字されていた。確認しているリオンの横で、ラシェルがリオンの父親捜しについてアズサに話している。
「まあ、そうだったんですの……」
「何だか放っておけなくなっちゃって。手伝える範囲で協力しようと思ってね」
「ラシェルさんらしいですわね。ですが、本業をおろそかにされては困りますわ」
「……そりゃもちろん。そういうわけだから、リオン」
ラシェルがこちらに向き直る。
「部屋を取ったら、入出管理事務所へ行くわよ」
ガーデルの入出管理事務所は、ラシェルがリゲルを置いている駐機場に隣接していた。午後の少しばかり遅い時間帯だったが、窓口はまだ開いている。
「……なるほど、この人物を探していると」
「はい。半年前に、このあたりで目撃されているんです」
「半年前というと、管理簿だけでもかなりの量になるな……」
応対してくれた初老の管理官が書庫から運んできた大量のファイルに、リオンは思わず目を見開いた。
「そ、そんなにあるんですか!?」
「記録に残っているだけだがね。今日はもう事務所を閉めなくてはならないから、また後日来なさい。部屋を貸してあげるから、そこで調べるといい」
管理簿を全て調べようとすれば、丸一日仕事になってしまうだろう。リオンは管理官の言う通り、明日の朝に改めて事務所を訪ねる事にした。
「……早速気の遠くなる作業ですね」
「仕方ないわ。ところで、君のタブレット……パルだっけ? それで検索とか出来ないの?」
事務所を出て歩きながら、ラシェルはリオンの持つタブレット端末に目を向けて聞いた。
『当地では入出管理記録を独立したデータベースに記録しています。端末に直接接続出来れば検索も可能ですが、個人情報保護の観点から許可はされないものと推察します』
「ああ、それもそっか」
「一応、ネットワーク上の情報は出来る限り洗ってみたんです。パルを使ったり、探偵を雇ったりして……」
しかし結局のところ、リオンが父親の足取りを掴む事は出来なかった。だからこそ、こうして直接ガーデルまでやってきたのだ。
「で、どうする? 管理事務所は明日改めて行くとして、今日は……」
ラシェルが今後の予定を問い掛けた、その瞬間だった。
激しい揺れと轟音が、二人を――いや、周囲一帯を襲う。
「じ、地震!?」
『いえ、違います。ゾイドの駆動音を感知、サーボモーターの種別はビガザウロ、ゴルドス系統のものと思われます』
パルの言う『ビガザウロ』そして『ゴルドス』とは、どちらもヘリック共和国製の三十メートル級大型ゾイドの名称だ。
「無人のゾイドが暴走した! 早く逃げろ!」
通り向かいから、数名が叫びながら走ってくる。
ゾイド通行用の広い道路を、土煙を巻き上げて走る巨体が見える。リオンはその機影を見て、息を呑んだ。
「……ビガザウロでもゴルドスでもない!」
同一のフレームを使用しているが、ビガザウロ特有の長い首も、ゴルドスの背鰭も持たない代わりに、頭部には巨大な『耳』と『牙』、そして長い『鼻』を有する機体。
「マンモスじゃないか! 何でそんな珍しいゾイドが!?」
『共和国軍が遺跡発掘作業用重機として用いていた機体が、当地に払い下げられたものと推察されます』
ヘリック共和国製ゾイド『マンモス』。その名の通りマンモス型の巨大ゾイドであり、ビガザウロやゴルドス同様に第一次中央大陸戦争の初期に開発された古い機体であるが、強大なパワーを活かした土木作業用重機として、現在でもごく少数が運用されている。
「リオン! 見惚れてないで行くわよ!!」
巨体を揺らして突進するマンモスに見入っていたリオンは、ラシェルに腕を引かれて我に返った。
「は、はい!」
ラシェルはリオンの手を引いたまま、駐機場に走る。
「どうするんですか、ラシェルさん!?」
「リゲルのスナイパーライフルには、スリーパー駆除用の電磁パルス弾を積んでる!」
ガーデルへの道中で、スリーパーレブラプターを仕留めた武器だ。暴走しているのが無人のゾイドならば、効果はあるだろう。
「それでマンモスを止めるんですね!」
駐機場に辿り着き、ラシェルはリゲルのコクピットに滑り込む。それを見届けて、リオンはさらに先、安全な場所へ避難しようと踵を返す。
しかしその直後、轟音と共にゲートを吹き飛ばし、マンモスが駐機場に突っ込んできた。
「うわぁ!!」
長大な鼻を振り回し、駐機されているゾイドを弾き飛ばしながらマンモスが進む。ゲートの残骸や飛ばされたゾイドにリオンが潰されなかったのは、幸運だったと言う他ない。
リゲルもまた、辛うじてマンモスの突進を躱す事には成功していた。もし、あの巨体をまともにぶつけられていたら、只では済まない損傷を被っていた所だ。
「……けど、これじゃ」
『距離が近すぎます。スナイプマスターが狙撃を行うには、距離を取る必要があります』
駐機場内にマンモスが飛び込んできたため、リゲル――スナイプマスターが狙撃体勢を取る事が出来ない。電磁パルス弾が装填されているであろう『AZ144mmスナイパーライフル』はスナイプマスターの『尻尾』であり、銃口はその先端。撃つためには、目標に背を向ける必要があるのだ。
リゲルは背部に装着されたブレード状の追加装備を左右に展開し、マンモスを牽制する。だが、なりふり構わず暴れまわるマンモスに対し、有効な打撃を与える事が出来ないでいた。
「パワーが違い過ぎるんだ。正面からぶつかったら、リゲルの方が危ない……!」
十メートル級の小型ゾイドであるスナイプマスターに対して、マンモスは巨大ゾイドだ。おまけにパワーだけなら、かの共和国最強と謳われた恐竜型ゾイド『ゴジュラス』にも匹敵する。
「どうすれば……」
その時、リオンの視界にあるものが飛び込んで来た。マンモスに弾き飛ばされた、駐機されていたと思しきゾイド。衝撃でコクピットは開いているが、機体そのものに目立った損傷はない。
「……ベアファイター。もしかして、こいつなら……!」
ブラウンとカーキの重装甲に身を包む、熊型のゾイド。ヘリック共和国製中型ゾイド『ベアファイター』だった。
ゾイド研究者だった両親の間に生まれたリオンが自他ともに認める『ゾイドマニア』になったのは、ある種自明の理と言えた。だからこそレブラプターやスナイプマスターについても知っているし、マンモスという数の少ないゾイドもすぐに判別出来た。
そして、ベアファイター。研究用の個体として両親の研究所に置かれていた機体に、リオンは何度か乗ったことがある。
運命じみたものを感じずにはいられない。
「……よし!」
意を決して、リオンはベアファイターのもとへ向かう。
『無謀です。マスターの操縦技術では、足手まといになりかねません』
「わかってる! ……それでも、やらなきゃ」
『では、私をコンソールに接続してください。操縦をサポートします』
「……頼んだよ、パル」
操縦席に座り、パルの入ったタブレットをコンソールの端子に繋ぐ。そして操縦桿を握りしめ、キャノピーを閉じる。
『操縦システムへのアクセス完了。姿勢制御、及び火器管制を受け持ちます』
「うん。……よし、行くよ!!」
リオンの声に呼応するかのように、ベアファイターの咆哮が響き渡った。