「これはちょっと、ヤバいかも……!」
何度目かとなるマンモスの突撃を躱して、ラシェル・アトリアは呻く。
当初は暴走したというマンモスが駐機場に到達する前、市内のゾイド用交通路に居る間に電磁パルス弾で狙撃して、停止させるつもりだった。ところがどういうわけか、マンモスは途中で進行方向を逸れて、一直線に駐機場へと向かってきたのだ。
「この!」
振り回されるマンモスの『鼻』――それ自体が強力な作業用アームとして用いられる――を、飛び退って避ける。小型ゾイドなら数機まとめて吹き飛ばせる攻撃であり、スナイプマスターのリゲルがまともに食らえば一撃で終わりだ。
対スリーパー用の電磁パルス弾を撃ち込むためには、何とかして距離を取る必要があった。スナイプマスターの狙撃モードは、相手に背を向ける危険と隣合わせだからだ。
「……こいつ、完全に私達をターゲットにしてる……!」
どういう経緯で暴走に至ったのか、それは全くの不明だが、マンモスは明らかにリゲルを敵と認識し、攻撃を仕掛けて来ている。無人故か火器を使ってこないのが不幸中の幸いと言えたが、それはこちらとて同じ事だ。周囲に無用な被害を出しかねない。腹部の追加装備『AZ20mmマシンガン』も、背部装備『ソードライフル』のビーム砲も、ここでは使えない。
「駐機場の外に出たら、こいつは間違いなく追ってくる。そうなったら……」
ラシェルの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。せめて近隣住民の避難が終わるまで、マンモスを駐機場に引き付けておかなければ。
「もう少し踏ん張って、リゲル!!」
叫びに呼応して、リゲルが一声吼える。
突っ込んでくるマンモスを横っ飛びに回避し、ソードライフルを展開する。側面に回り込んで、脚部を狙って斬り付ける。
「うっ!?」
だが、マンモスはラシェルの予想を遥かに超えるスピードで回頭し、リゲルの攻撃を止めた。頭部の『牙』――格闘用装備『ビームタスク』に、ソードライフルを受け止められる。
そのまま押し込まれる――前に、ラシェルはリゲルを後ろに飛ばせた。力比べで、巨大ゾイドに勝てるわけがない。
そして、マンモスもその隙を見逃さなかった。
ビームタスクを閃かせ、着地直後のリゲルに突撃する。
「――っ!!」
息を呑むラシェル。着地の衝撃と脚部への負担で、リゲルの反応が僅かに遅れる。
(駄目、避けられ――!!)
咄嗟に耐衝撃姿勢を取る。……だが、恐れていた痛みは訪れない。
「えっ……?」
代わりに、ラシェルの目に飛び込んで来た光景。
それはマンモスとリゲルの間に割り込んで来た、ブラウンとカーキの重装甲に身を包んだ熊型ゾイド――ベアファイターが、マンモスの突進を押しとどめている姿だった。
『大丈夫ですか、ラシェルさん!?』
呆気に取られるラシェルの耳に、さらに信じ難い音声が届く。まだ幼さの残る、少年の声。通信機から聞こえてくるその声の発信元は、目の前のベアファイターだ。
「……り、リオン!? それに乗ってるの!?」
間違いない。今日、つい先ほどまで行動を共にしていた少年――リオン・ユーノスの声。
『はい! ……ら、ラシェルさんすいません! 離れて!!』
上ずったリオンの声に、我に返ったラシェルは急ぎリゲルを動かす。
中型ゾイドとしては力自慢のベアファイターだが、流石にマンモスを真っ向から押さえ続けるのは難しい。リゲルが離れるのと同時に、ベアファイターもマンモスを押さえていた両腕をずらし、受け流す形で側面に回る。
『ラシェルさん! 僕達があいつを押さえます、その隙に電磁パルス弾を!』
勢いあまって駐機場の壁面に突っ込んだマンモスから目を切らさず、ラシェルはリオンに返答する。
「……危なくなったらすぐ逃げて。約束して!」
リオンを巻き込みたくはないが、現状として取れる手段が存在しない。リゲルだけではマンモスを止められないが、ベアファイターのパワーなら、先ほどのように一時的だがマンモスを押さえ込む事が出来る。
己の不甲斐なさを悔やみながらも、この場を収めるためにラシェルは決断した。
『……はい!!』
壁に突っ込んだマンモスが、瓦礫をまき散らしながら反転する。
「……大丈夫、やれる」
リオンは飛び出しそうになる心臓を飲み込んで、マンモスを凝視する。怖かろうが何だろうが、目を逸らしたら終わりだ。狭い駐機場では、一瞬で距離を詰められる。
『来ます』
パルの冷静な声が、今は有難い。
マンモスはベアファイターを認識したようだった。先ほどまで執拗に追っていたはずのリゲルを無視し、リオンに向かって突撃してくる。
「――!!」
ビームタスクの直撃は、避けねばならない。まともに食らえば、ベアファイターでも耐えられないだろう。
『四足歩行モードに移行します』
ベアファイターの姿勢が、直立の二足歩行から腕を地に着けた四つ足へと変わる。強靭な腕を活かした格闘戦用の二足歩行モードと、高速走行と射撃時の安定性を重視した四足歩行モードを自在に切り替える、ベアファイター特有の機能だ。
姿勢を低くしたベアファイターが、突撃するマンモスの下方に潜り込む。振りかざされる鼻を潜り抜け、丁度頭の真下あたりに。
『今です』
「ぁあああぁぁっ!!」
その瞬間、リオンはベアファイターを立ち上がらせた。マンモスの顎下に、強烈な頭突きをかます。凄まじい衝撃がリオンの乗る頭部コクピットを襲うが、強化素材のキャノピーは軋みこそすれ、砕ける事は無かった。
マンモスの機体が、僅かに浮き上がる。
立ち上がったベアファイターが、両腕でマンモスの前脚付け根を掴み、持ち上げる。こうなれば、ビームタスクはベアファイターに届かない。持ち上げられた前脚を振り回し、マンモスが暴れる。後ろ脚は地面に着いているとはいえ、マンモスの超重量を支え続けるのはベアファイターでも困難だ。
だが、時間は充分に稼げたはず。
「――ラシェルさん!!」
リオンが叫んだ次の瞬間、一筋の閃光がマンモスの頭に突き刺さった。駐機場の中心を挟んだ反対側で、リゲルがこちらに背を向けて立っている。尾部スナイパーライフルの銃口からは、微かに硝煙が立ち込めていた。
『電磁パルス弾、着弾確認』
暴れていたマンモスの機体から、急速に力が失われていくのをリオンは感じた。
『後脚関節の負荷が危険域。マスター、後退を』
そしてパルに指摘され、同時にベアファイターも限界が近い事を悟る。
「……ごめんよ、無茶させて」
コンソールをひと撫でして、リオンはマンモスに潰されぬよう気を付けながら、ベアファイターを下がらせた。一拍置いて、地響きと共にマンモスの巨体が倒れ伏せる。
「……」
『リオン、無事!?』
通信機から、上ずった様子でラシェルの声が聞こえている。
「……ふ、うぅ……」
だが極度の緊張と、そこから解放された脱力感に支配されていたリオンはそれに答える事が出来ないまま、大きく息を吐き――そのまま疲労に身を任せ、意識を手放していた。
数時間後、無事に意識を取り戻したリオンはラシェルと共に、城塞都市『ガーデル』の保安官事務所へ招かれていた。
「保安官のゴダールだ。私が不在の時に、こんな事が起こってしまって申し訳ない」
立派な髭を蓄えた、がっちりした体格の壮年男性――ゴダールは、入室したリオンとラシェルを見るなり立ち上がって、深く腰を折った。
「君達のおかげで、人的被害は殆ど発生しなかった……ありがとう」
「い、いえ。そんな……」
恐縮するリオンだが、隣のラシェルが安心したように小さく息を吐いた事に気付く。
「……ああ、すまない。ミス・ラシェルとは顔を合わせているが、君とは初対面だったね」
しかしそれについて考える前に、顔を上げたゴダールが手を差し出していた。慌てて、リオンは握手に応じる。
「初めまして、リオン・ユーノスです」
「……! この度は本当に感謝する。リオン君、と呼んでいいかな?」
「あ、はい」
そしてゴダールから事情を聞かれたリオンは、父親を捜している事とこのガーデル近辺で目撃情報があったという事を話す。
「そうか……。私の方でも、何かわかったらすぐに教えよう。ああ、それからあのベアファイターだが、ここに居る間は君が自由に使ってくれて構わない」
ゴダールの申し出に、リオンは面食らった。マンモスを止める時に乗ったベアファイターが、元々はゴダールの愛機だったという事も含めて。
「今は別の機体に乗っているからね。たまに動かしてやってはいたんだが……、あいつもじっとしているばかりでは気が滅入るだろう。それに、この辺で行動するならゾイドがあった方が何かと好都合だ」
確かに来る途中でスリーパーゾイドに襲われたわけだし、それでなくとも街の周囲は荒涼とした砂漠地帯だ。生身で歩き回るのはいささか厳しいだろう。
リオンは思わずラシェルにも視線を向けるが、「もらっといたら?」と言わんばかりの澄ました表情。
「……ありがとうございます、ゴダールさん」
結局、リオンはゴダールの厚意を素直に受け取る事にした。
「ミス・ラシェルにも、追って何かお礼を」
「礼は要りませんよ、こっちは。仕事ですから」
「む、そうか?」
「ちゃんと、会社の方から請求させてもらいますから」
「……ははは、お手柔らかに頼むよ」
ゴダール保安官との面会を終えて宿に戻る頃には、すっかり日も暮れていた。リオンは先ほど取った部屋に入るなり、そのままベッドに倒れこむ。
「……はー」
大きく息を吐く。
(何というか……濃い一日だった)
ヒッチハイクで乗せてもらったグスタフがスリーパーゾイドに襲われ。
PMSC『クロスウェザー・セキュリティ』に雇われているという少女とスナイプマスターに助けられ。
そしてゾイドの暴走事件に出くわし、あまつさえ自分がベアファイターに乗って戦う。
「はは。昨日の自分に言っても絶対信じないよ、こんなの」
大変な目には遭ったが、良い事もあった。ラシェル・アトリアやゴダール保安官といった協力者も得られたし、現地での足としてベアファイターを借りる事も出来た。
(……けど、まだ父さんの情報を掴めたわけじゃない)
微妙に浮足立つ思考を、戒める。実際の所、未だスタートラインにすら立っていないような状態なのだから。
とにかく当初の予定通り、明日になったら入出管理事務所に行って記録を調べよう……と考えていると、部屋の扉がノックされた。
「リオン、起きてるかしら?」
扉越しに聞こえてきたのは、ラシェルの声。リオンは慌ててベッドから跳ね起きて、扉を開ける。
「ラシェルさん」
「良かった、起きてたわね。晩御飯、まだでしょ?」
ラシェルは迷彩柄のジャケットとカーゴパンツを脱いで、深緑色のシャツにハーフパンツというラフな格好で立っていた。はいこれ、と手に提げられていた紙袋を渡される。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。じゃ、また明日……」
「あの!」
食事を渡して踵を返そうとしたラシェルを、リオンは思わず呼び止めた。
「なに?」
「よ、良かったら……一緒に食べませんか?」
きょとん、と目を丸くしていたラシェルだが、少しして。
「……ん、お誘いありがと。お邪魔するね」
くすりと笑みを浮かべて、リオンの部屋に入る。
宿の室内にはベッドの他、二人掛けのテーブルが用意されていた。リオンは椅子を引いてラシェルを座らせて、自分も対面に腰掛ける。
「そう言えば、私もちゃんとお礼言ってなかったわね。ありがとうリオン」
「いえ、そんな大した事じゃ」
「……いきなりゾイドに乗って割り込んでくるのは、充分に大した事だと思うわよ私は」
感謝半分、呆れ半分というのがラシェルの心情だろうか。少しばかり目を細めた悪戯っぽい表情で見つめられ、リオンは若干気まずくなる。
「……あはは」
「でも、助かったのは本当。……ただ、ゾイド戦って本当に危険だから。ベアファイター借りたからって、無茶したら駄目よ?」
「肝に銘じておきます」
「よろしい」
ふと、リオンは気になっていた事をラシェルに問い掛ける。
「……あの時、リゲルの武器を使わなかったのは」
リゲルにはスナイパーライフルだけでなく、原型機には無い追加武装が施されている。腹部のマシンガンと、背部装備――ソードライフルと言うらしい――のビーム砲だ。
それらを使えば、リゲルだけでもマンモスを止められたのではないか?
今になって、リオンはそう思ったのだ。
「流れ弾が市街地に被弾するのを避けるため……ですか?」
ゴダールから『人的被害は殆ど無かった』と聞かされた時、ラシェルは大きく安堵していたように見えた。
「良く見てるのね。……君の言う通りよ」
リオンの問いに答えて、ラシェルは首を縦に振る。
「……私個人の感情問題もあるけれど、一番大きいのは私が『仕事』でここに居るって事。スリーパー駆除のために派遣されている私が、街に被害を出すわけにはいかないでしょ?」
言われてみれば、その通りだった。
「壊れた家や建物は直せるけど、死んじゃった人は元に戻らない」
どこか遠くを見るように、自分自身に言い聞かせるような口調で、ラシェルは言う。
「……まあ、私の事はいいじゃない。私としては、何でリオンがベアファイター操縦出来るのかを聞きたいんだけど?」
「え? えーっと、それはですね」
これ以上突っ込んで聞くのは、あまりよろしくないのかも知れない。ラシェルの態度からそう感じ、リオンは変えられた話題に乗っかる。
「両親の研究所に、研究用の機体として置かれていたんです。何度か動かした事があって、それで操縦方法は知ってまして」
「なるほど、ね」
実際にはパルのサポートあっての事だが、当のパルが入ったタブレットは充電中だ。
「……でも、正直無我夢中でした。もう一度やれって言われても出来るかどうか」
「そんなもんよ。ていうか、それが正常」
戦争中ならともかくね、とラシェルが付け加える。
「……あの、ラシェルさん。本当に失礼な事聞くようで申し訳ないんですけど」
「ん?」
「実際、お幾つなんですか?」
見た目からはリオンと同年代にしか見えないが、妙に達観したような言動をする印象がある。PMSCに雇われている事といい、面倒見の良さといい、実は案外年長者なのではないか……と考えていたリオンだったが、
「年齢(とし)? 十六だけど」
あっさりと、ほぼ同年代――僅かひとつだけ年上だが――である事を認められる。
「はいこれクロスウェザーの社員証」
「……まじですか」
手渡されたIDカードにも、はっきりと『十六歳』を証明する生年月日が明記されていた。
「老けて見えるとでも言いたいのかしら君は」
「……滅相もございません……」
「聞きたい事はわかるわよ。なんでこの年齢で、PMSCなんかに身を置いてるのか」
「いっ、いえ。それは」
それを聞くのは、ラシェルのかなり深い部分にまで関わる事になるのではないか。そう感じたリオンは思わず躊躇するが、当のラシェルはどこ吹く風だ。
「……何で君の方が動揺するかな」
まあでも、実際話すと長くなるし……と言いながら、ラシェルは空になった紙袋を持って立ち上がった。気が付けば、用意された夕食は既に両者のお腹に収まっている。
「そんなに面白いわけじゃないけど、機会があったら話してあげるわ」
「は、はい」
「じゃあねリオン、おやすみなさい」
扉越しに手を振って、ラシェルは自分の部屋に戻って行ったようだ。
「……なんて言うか、不思議な人だな」
結局の所、どうしてラシェルが自分に肩入れしてくれるのか……具体的な理由は聞けないままだった。本人曰く『こういうのを放っておけない』らしいが、それが何故なのかは、わからない。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。
「さて、シャワー浴びて歯磨いて……寝よっか」
明朝。身支度と軽い朝食を済ませ、リオンは入出管理事務所を訪れた。昨日同様に、初老の管理官が出迎える。
「この部屋を使いなさい。鍵は置いていくから、出る時はちゃんと掛けて行ってくれよ」
駄目元でデータベースの方を調べさせてもらえないか聞いたリオンだったが、やはり返事は『不可』だった。大量に積まれたファイルを前に、気合を入れ直す。
「……よし、やるか!」
数時間後、積まれたファイルのおおよそ三分の一を確認し終えたリオンは机に突っ伏し、長い溜息を吐いていた。
「……あー、思ったより大変だこれ……」
記録を読むだけという単純作業ではあるのだが、だからこそ長時間に及べば苦痛ともなる。何より、集中力が削がれるというのが問題だった。
(この調子だと見落としもありそうだしなぁ……)
とはいえ、他に方法もない。
『マスター。現在の作業効率では、全資料を確認し終えるのに概算で十一時間を要します』
ケースに付属するスタンドで机に立てかけられているタブレットから、相変わらずの無機質なパルの声。戦闘中には有難かったその平淡さも、今は全くもって有難くない。
「……じゃあ手伝ってくれよ」
『残念ながら、私には紙媒体の資料を精査する機能がありません』
「知ってるよ、僕が作ったんだから」
と、無意味な会話の応酬を続けてしまう。
「……待てよ、タブのカメラで撮影して精査させれば」
『お言葉ですがマスター、資料全てのページを撮影する手間をお考え下さい』
そりゃそうだ。
『……マスターの疲労を考慮しますと、全資料を一度に精査する事は合理的ではないと判断します』
「そうだね。……よし、今日はここまでだ」
何となく、エレメントスクール時代の長期休暇に出された課題の事を思い出す。一気に全部終わらせようとしたリオンを窘め、午前中に少しずつ進めるように教えてくれたのは、在りし日の母親だった。
部屋の鍵を管理官に返し、リオンは管理事務所を出る。
「……さて、これからどうしようか」
巡らせたリオンの視界に、駐機場が飛び込んで来た。昨日の戦いの場となった駐機場だ。暴走し、電磁パルス弾で停止させられたマンモスは、未だそこに横たわっている。停められていたゾイド達は、交通路に用意された仮設駐機スペースに移動していた。
「そう言えば、何でマンモスは暴走したんだ……?」
昨日の時点では、それについてゴダール保安官の口からは触れられていない。わかっているのは、あのマンモスがパルの推察通り作業用重機として用いられていた事、暴走時は無人だった事。それくらいだ。
自分も関わった事件であるため、気になったリオンは現場である駐機場へと足を向け――ようとした所で、ある女性に呼び止められた。
「リオンさん。駐機場は今、立ち入り禁止ですわ」
振り返った先に居たのは、グレーのスーツを身に纏った二十代ほどの女性。昨日、ラシェルに連れて来られた宿で名刺をもらった、彼女の仕事仲間だ。
「ミナヅキさん」
「アズサで構いませんわ」
クロスウェザーの秘書室所属という女性、アズサ・ミナヅキは、上品な笑みを浮かべてリオンに一礼した。
「あの、アズサさんはどうしてここに?」
「マンモスの調査です。無人ゾイドの暴走ともなると、クロスウェザーの業務ともあながち無関係とは言えませんから」
聞くところによれば、現在は調査を終えてマンモスを移動させようと作業中らしい。駐機場が立ち入り禁止になっているのは、そのためのようだ。
「……気になりますの?」
「はい。僕も無関係ではありませんし」
「そうですわね……。現時点で判明している情報のみではありますが、お教えしますわ」
そう言って、アズサは暴走したマンモスについての情報を語り始めた。
「ゴダール保安官が確認した所、マンモスのコクピットには無人制御装置が接続されていた……との事ですわ」
「無人制御装置……それって、スリーパーゾイド用の?」
リオンの言葉に、アズサは頷く。
スリーパーゾイドは、無人制御装置をコクピットに搭載している事が多い。これはゾイドのコンバットシステムに接続され、パイロットの代わりにゾイドを制御するものだ。
ラシェルが使用している『電磁パルス弾』は、ゾイド本体ではなくこの無人制御装置を強電磁波で破壊する事で、スリーパーゾイドのコンバットシステムを停止(フリーズ)させる装備だという。そこから推察しても、マンモスがスリーパー用の制御装置を積んでいた事に間違いはないのだろう。
「……だとすると、誰かが人為的に暴走させた……って事ですか?」
作業用として用いられていたはずのマンモスが、スリーパーゾイドの制御装置を積んでいるはずがない。何者かが制御回路を接続し、意図的に暴走させた可能性がある。
「ええ、私も同じ意見ですわ。この一件には、何か裏があるようです」
もしかすると、道中でパルが言っていた『西エウロペにスリーパーゾイドが存在する』という事象と何か関係があるのかも知れない。ただの思い付きでしかないが、リオンはその旨をアズサに伝える。
「……ガーデル周辺にスリーパーゾイドが出没するようになったのは、半年ほど前からだと聞いています。確かに、何かの関係があるのかも知れませんわね」
「半年前……?」
何気ない単語が、リオンの意識に引っ掛かった。
半年前。それは丁度、ここガーデルでリオンの父親らしき人物が目撃されたのと同じ時期だ。
「リオンさん、どうなさいましたの?」
偶然、と片付けて良いのだろうか。リオンの父は、ゾイド研究者だ。彼は失踪する前、何の研究をしていた?
「――パル、研究所(うち)のデータベースに繋げるか?」
『ネットワークを介して接続します。検索事項を』
「十年前の記録。父さんが失踪前に研究していた内容を知りたい」
無関係であれば、それでいい。無関係であってほしい。
期待すればするほど、染みが広がるように疑念が強くなっていく。
『……該当事項なし。記録が消去されていると思われます』
「検索範囲を広げて。研究記録じゃなくても構わない」
『……該当すると思しき文書記録、一件』
それは、ごく私的な記録の一部だった。恐らく日記か何かだろう。研究記録のデータを消す――あるいは消される――時に、見過ごされたのか。
『単純なプログラムに従って動くスリーパーでは駄目だ。ザバットのような遠隔操作式は、操作から反応までのタイムラグ問題を解決出来ない。キメラはある意味理想だが、結局の所制御用有人機を帯同させる必要がある。それでは駄目なのだ』
――読み進めてはいけない。リオンの理性が、脳内でけたたましい警報を鳴らす。
『戦闘ゾイドの完全なる無人制御。それが完成すれば、この惑星の戦いは新たなステージに到達するだろう。そのためにも――』
「……っ!!」
震える手を無理矢理動かして、タブレットのケースを閉じて画面を隠す。
『マスター、急に画面を隠されては困ります』
「……ごめん」
こんな時でも、パルはどこまでも平淡だった。我に返ったリオンは、大きく息を吐いてパルに謝る。
「大丈夫ですの、リオンさん? 震えていますわ」
心配そうな表情で、アズサがリオンの肩に手を置いた。
「すみません、アズサさん。……大丈夫です」
偶然では、ないのかも知れない。
「……アズサさんと、それからラシェルさんに相談したい事があります。時間を頂けませんか」
「承知しましたわ。では、宿に戻りましょう」
「はい。……ところで、ラシェルさんは今どこに?」
そう言えば、当のラシェルの姿を見ていない。マンモスの一件は、ラシェルも当事者に当たるはずなのだが。
リオンの問いに、アズサはくすりと笑って答える。
「……入れ違いになった、ようですわね」
そうして視線を向けた先を、リオンも釣られて眺めると。
「……何で早々に居なくなってるのよ」
憮然とした表情を浮かべた空色の髪の少女が、入出管理事務所の方角から歩いてくるのが見えた。
「えっ、あの……すみません?」
どうやら怒っているらしい――という事だけは理解したリオンは、謝りつつも疑問形。
「無駄足だったじゃない、折角手伝ってあげようと思ったのに」
「張り切っておりましたわね、ラシェルさん。リオンさんを手伝うと仰って」
「あーもう、アズサうるさい!」
どうやらラシェルはマンモスの調査もそこそこに、リオンの記録精査を手伝おうと入出管理事務所に向かったらしい。ところが当のリオンが早めに切り上げて事務所を出てしまったため、見事に入れ違った――という事のようだ。
「……ま、いいわ。何か気付いた事があるんでしょ?」
「はい。……マンモスの暴走とスリーパーゾイドの出没に、僕の父が関わっている可能性があります」
「……そうか、わかった。実用化の目途が立っただけでも、今は良しとしよう」
ガーデルの保安官事務所の一室で、立派な髭を蓄えた壮年の男性――保安官のゴダールは、通信機越しに誰かと会話を交わしていた。
「クロスウェザーの二人については、今後も監視を続けてくれ。……ああ、そうだ。必要ならばこちらで対処するが、今はまだ泳がせておいて構わん。こちらからは以上だ」
通信機のスイッチを切り、ゴダールは椅子に深く身を預ける。
「……リオン・ユーノス、か」
旧友の面影を残す少年を思い返し、ひとつ息を吐く。
「皮肉なものだな……ガレンよ」
リオン・ユーノスは、父親――ガレン・ユーノスが『ここ』に居る事を、まだ知らない。出来得ることならばこのまま知らずにいてくれれば良いのだが、父親に似た聡明さを感じさせる少年だった。遠からず、真相に辿り着くのではないかという予感がある。
「……そうなれば、私は彼を手にかけねばならんな」