『ガイサック一機沈黙。残数六機、尚も接近』
リオン・ユーノスの座るベアファイターのコクピットには、先ほどから警報音(アラート)と共にパルの平淡な戦況分析が響いていた。
「近付かれる前に全部仕留められる!?」
『砂嵐の影響で、電磁キャノンの弾道補正が必要。六機全ての駆逐は不可能です』
言う間にも、ベアファイターの背部に装備された『二連装電磁キャノン砲』が唸り、砂嵐の中を蠢く小型のヘリック共和国製蠍型ゾイド『ガイサック』の群れに砲弾を叩き込む。しかし金属成分を多分に含んだ砂嵐のせいで照準がままならず、パルによる弾道補正が入って三発目にようやく直撃、という有様だった。
『敵機残数、五機です』
「そのまま撃ち続けて。……ラシェルさん、そっちは!?」
淡々と戦況を伝え続けるパルに返答し、リオンは続いて通信機に向かって叫ぶ。
『あと二機!』
雑音混じりに、端的な返答が聞こえた。ガイサックが迫ってくるのと反対方向、ベアファイターの背中側で、ラシェル・アトリアとスナイプマスター『リゲル』もまた戦っている。
この砂嵐では、スナイプマスターが得意とする狙撃も不可能だった。故に、リゲルは接近する敵……レブラプターの群れの真っただ中に飛び込んでの格闘戦を余儀なくされている。
(元々、スナイプマスターは対レブラプターの格闘戦を想定して開発されたゾイド。それに、ラシェルさんのリゲルには追加装備のソードライフルもある……!)
だから、大丈夫。
敵の得意とする領分での戦闘に、不安が無いわけではない。しかしリオンは、すでに何度も頭の中で繰り返した理屈で自分を納得させる。事実、十機近くいたはずのレブラプターは残り二機まで減っていた。というかそもそも、ラシェルの心配をしている場合ではない。
『残数四機。間もなく接敵します』
パルの報告が、リオンの意識を引きずり戻す。
「火器管制はそのまま任せるよ、撃てそうなときに撃って!」
『承知しました、マスター』
砂嵐で不明瞭な視界の中でも、既にガイサックの姿をはっきりと視認出来る距離にまで縮まっていた。サンドブラウンの機体色に赤いキャノピー、八本の節足と一対の鋏、そしてビーム砲を備えた尻尾を持つ十メートル級の蠍型ゾイド。
それが四機、いや、電磁キャノンの直撃を受けて一機が弾け飛び、残りの三機が節足を忙しなく動かし、ベアファイターに群がる。
至近距離、格闘戦になる。リオンはベアファイターを立ち上がらせ、格闘戦用の二足歩行モードに移行させた。
「うおぉっ!」
正面のガイサックに、前脚の爪を叩きつける。だが、ガイサックはリオンの予想を超える速度で旋回し、振り下ろされたベアファイターの爪は空を切った。
「くっ、速い!?」
こと砂漠地帯において、ガイサックの性能には侮りがたいものがある。蠍型ゾイドという『種』そのものの適応性は勿論の事、『八本足』は高い安定性に加え、接地圧が分散される事で、砂地という崩れやすい足場でも運動性が損なわれない。
機種としては中央大陸戦争初期から存在する古いゾイドであり、性能自体も第二次大陸間戦争期の新型はおろか、旧大戦中期以降に開発された同クラスのゾイドにも劣る。しかし西方大陸戦争時にはガイロス帝国の大型高速戦闘ゾイド『セイバータイガー』を撃破した記録が存在する事からもわかるように、砂漠でのガイサックは今なお脅威と言えた。
純粋な機体性能だけで比べれば、敵のガイサックが五機だろうが六機だろうがベアファイターが負ける事はまず、あり得ないだろう。だが、ベアファイターの得意とするフィールドは山岳や寒冷地だ。砂漠での戦闘は、本分ではない。
『後方警戒』
パルの警告が発せられた直後、リオンを大きな衝撃が襲う。最初の一機、爪を躱された機体に気を取られていた隙に後ろに回り込んでいた別のガイサックが、ベアファイターに体当たりを仕掛けたのだ。
「うぁっ……!!」
体格と機体重量ではガイサックを上回るベアファイターだが、砂地での安定性はガイサックに及ばない。崩れる砂に脚を取られ、倒れ伏す。
『姿勢制御を優先します』
機体を立て直そうとするが、その間にもガイサックは容赦なくベアファイターを襲う。
「くそっ……、踏ん張ってくれ、ベアファイター!」
群がるガイサックを振り飛ばし、ベアファイターが立ち上がった。敵陣からの集中砲火にも耐えうるベアファイターの重装甲相手では、ガイサックの武装は有効打になり得ない。
(接地圧が逃げるなら……、合わせればいい!)
「パル! 二足歩行モードでのバランサー補正!」
『数値計測完了。オートバランサーを再設定します』
足元の砂が再び崩れる。……だが、今度はそれに脚を取られる事も無く、ベアファイターの両足はしっかりと砂を踏みしめていた。
左から、一機のガイサックが両腕の鋏を振りかざして飛び掛かってくる。リオンは直立状態のベアファイターを、思い切り右に傾けた。普通なら、バランスを崩して転倒するような操縦だ。
しかし、コンバットシステムを介して接続されたパルのオートバランサー補正により、ベアファイターはギリギリで踏み止まり――その勢いすら利用して反転する。
「ぐぅ……っ!」
強烈な遠心力に、リオンの意識が一瞬、飛びかけた。視界が揺れる。胃の中身を根こそぎ吐き出しそうになるが、歯を食いしばって堪えた。
突撃を躱され、勢い余って通り過ぎようとしていたガイサックの背後から、爪の一撃を叩き込む。
小型ゾイドの中では豊富な武装を備えるガイサックだが、それは装甲の薄さという弱点にも繋がっていた。無防備な後方から、反転運動の勢いを乗せたベアファイターの一撃をまともに食らったガイサックは、呆気なく沈黙する。
『二時方向、敵機』
急激な回転運動によって揺れる視界の中、リオンは反射的にベアファイターを四足歩行モードに切り替えた。パルが敵機を捕捉しているのなら、背中の電磁キャノンを撃ってくれるはずだ。
前脚が砂を踏みしめ、二時の方向に向き直った直後。ベアファイターのキャノン砲が唸りを上げ、電磁加速された砲弾がガイサックを襲う。この近距離ならば、弾道補正も必要ない。
(うまく当たってくれよ!)
極力、致命弾は避けたかった。状況が状況とは言え、ゾイドの命を無闇に奪う事には躊躇いがある。幸いにも、放たれた二発の砲弾はそれぞれガイサックの頭部と左半身に命中した。損傷は甚大だろうが、生命核……ゾイドコアは無事なはずだ。
リオンはその結果に安堵する。だが、その一瞬が隙となった。
『直下警戒』
「――なっ!?」
警告の意味が、理解出来なかった。直下、すなわち『足元』の砂が割れる。そこからガイサックの鋏が飛び出し、無防備なベアファイターの腹部に突き刺さった。
「っぐ、あ……!!」
下方から突き上げられる衝撃に、リオンの息が詰まる。
(そうか、砂に潜って……!!)
ガイサックを相手にするならば、警戒しておくべきだった。
砂漠地帯ならば、ガイサックは自身で砂に潜る事が出来るゾイドだ。リオンが二機のガイサックを撃破する間に、残った一機は地中を進み、通常であれば迎撃が不可能な足元からの攻撃を敢行したのだ。
「……まだだぁっ!!」
しかしベアファイターに限って言えば――本来の用途とは明らかに異なるとはいえ――、真下への攻撃方法が存在していた。二足歩行モード時の牽制用装備である『六連装ミサイルランチャー』は腹部に存在し、そして四足歩行モードの状態ならば、真下にも撃てる。
ガイサックは、未だ半身を砂に埋めたままだ。浅いとはいえ、両の鋏は腹部に食い込まされた状態。まともに振り払う事は難しい。
リオンは躊躇なく、六連装ミサイルランチャーのトリガーを引く。放たれた六発の小型ミサイルがガイサックに突き刺さり、半拍の間を置いてベアファイターの直下で猛烈な爆発が起こった。
爆風が、ベアファイターの機体を木の葉のように吹き上げる。殆どひっくり返るような勢いで、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐぅっ!!」
それでもベアファイターに大した損傷が見受けられないのは、流石は突撃戦用重装甲ゾイドといった所か。あるいは、砂がクッションの役割を果たしたのかも知れないが。
『ガイサック、全機が沈黙しました』
「……はぁー」
こんな時でもパルはいつも通り平淡で、リオンは思わず溜息を漏らした。とはいえ天地がひっくり返ったままのコクピットで、だんだんと物理的に頭に血が上ってきたので、ベアファイターを起き上がらせる。
「そうだ、ラシェルさんは」
『お陰様で無事よ。……ったく、無茶苦茶な戦い方をするわね君は』
繋ぎっぱなしだった通信機から、相変わらず雑音混じりではあるが落ち着いた様子のラシェルの声が聞こえてきた。どうやら、あちらも終わったようだ。
「……よかったです。ところで、これからどうしましょうか」
『そうね。この砂嵐じゃ、ガーデルに帰るのも危ないし……あそこに避難しましょうか』
いつの間にか隣に立っていた、ラシェルの乗るスナイプマスター『リゲル』が視線で示した先には、放棄されたと思しき基地施設があった。
遡る事数時間前。リオンは十年前に失踪した父親が、ゾイドの無人制御技術に関する研究をしていたと思われる事、そしてガーデル近辺で目撃されたという時期が、同じくガーデル周辺にスリーパーゾイドが出没するようになった半年前で一致するという事をラシェルとアズサに話した。
「だったらいっそ、この辺のスリーパー自体を調べてみる? 何か手がかりが掴めるかも知れないわよ」
そしてこの提案に乗る形で、リオンはラシェルと共にガーデルの北西部、新たにスリーパーが出没したというエリアに向かう事となった。
が、折悪しく砂嵐に遭遇した上にガイサック、レブラプターという多数のスリーパーゾイドに囲まれた結果、何とか切り抜けて基地施設跡に逃げ込んだ……というのが今の状況である。
「……スリーパーを調べるどころの騒ぎじゃありませんでしたね」
砂嵐を凌げる格納庫にベアファイターとリゲルを搬入して、リオンはようやく一息ついた。コクピットから降りてベアファイターを見てみれば、あちこち砂まみれになっている。電磁キャノン砲も弾切れ間近だ。細かい傷も多い。ガーデルに戻ったらきちんと整備しなくてはならないだろう。
リゲルも同じような状態なのか、ラシェルが頭を抱えていた。
「あー、またアズサに怒られる……」
「どういう事ですか?」
「整備や補給もタダじゃないのよ。電磁パルス弾はともかく、二十ミリの方はだいぶ使っちゃったからなぁ……」
どうやら情報収集の他、整備や補給の手配をアズサが一手に引き受けているようで、ラシェルはそういった部分での経費削減をアズサから要請されているようだった。
とはいえ、リオンが昨日今日と話した限りでは、アズサ・ミナヅキは物腰柔らかな、知的ではあるがおっとりした印象の女性だった。あまり怒っている姿が想像出来ない。
ラシェルにそう伝えたところ、
「……そうね。知らない方が良いと思う」
と言われたので、アズサを怒らせる事はしないようにと決めるリオンであった。
「砂嵐、いつ頃収まるでしょうか」
「さあ。私が前に居たゲイルシティだと、長い時は丸一日吹いてた事もあった」
ゲイルシティという地名は、リオンも知っている。南エウロペ大陸の西部、ジオレイ平野に位置する都市だ。
名目上はヘリック共和国の都市である西エウロペのガーデルとは違い、ゲイルシティはどこの国家にも属していない独立都市だった。その理由は、ジオレイ平野で発見された金属イオン成分を豊富に含んだ流体金属の存在にある。ゾイドの動力源を含めた新たな資源となり得るこの流体金属の採掘と保護のため、三大国家――共和国と、ガイロス及びネオゼネバス両帝国はジオレイ平野一帯を不干渉地帯と定めたのだ。
あらゆる国家の保護と制約を受けないという、極めて特殊な地域と化したジオレイ平野、そしてゲイルシティは、それ故多くの傭兵や賞金稼ぎと言ったフリーランスのゾイド乗りが拠点としている場所となっている。
「……ラシェルさん、ゲイルシティに居た事があるんですか」
「うん。クロスウェザーに雇われる前までは、そこで賞金稼ぎをやってた」
三年くらいかな、と事もなげに言うラシェルだったが、年齢を逆算したリオンはパルの入ったタブレットを落っことしそうになった。
ラシェルは現在、十六歳だ。仮にクロスウェザー・セキュリティに雇われたのが直近だったとしても、三年前は十三歳という事になる。
そんな頃から、賞金稼ぎとして生きてきたと言うのか。
「……気になるよね、やっぱり。砂嵐も収まりそうにないし……昨夜の約束通り、話してあげる」
あんまり面白い話でもないけど。
そう言うと、ラシェルは目を閉じて話し始めた。
事の発端は、七年前。私が九歳の時だった。
当時、私は母親と二人で南エウロペの地方都市で暮らしていた。父親は……前にも話したけど、私が物心つく頃には離婚してて、正直よく覚えてない。
その地方都市で、『アルテミス』のテロ事件が起こった。
アルテミスは、リオンも知ってるわよね? 『エウロペの真なる独立』を掲げて活動している武装組織。まあ、実態はどうも違うみたいなんだけど、それは置いといて。
私と母さんは、それに巻き込まれた。武装勢力が立て籠もった施設で、人質にされた。
……で、何を思ったか。私は見張りの男から銃を奪い取って、そいつを撃ち殺した。
最近になって、ようやくまともに思い出せるようになってきたの。確かあの時、見張りの男が面白半分で人質に銃を向けていて、引き金を引くふりをして怯えさせて、喜んでた。
銃口が母さんに向けられて、私は母さんが殺される……と思った。そうしたら、身体が勝手に動いてた。向こうも、まさか九歳の子供がそんな事するなんて思わなかったんでしょうね。今思い返しても、恐ろしいほどに『上手くいった』。
そのあとすぐに、私達は軍の人達に救出された。犠牲者は無し。私の行為も正当防衛として処理されたんだけど、周囲はそう思わなかった。
近所でもそうだし、エレメントスクールでもそう。……でも一番堪えたのは、母さん。
私が撃った時、母さんが私を見る目が、同じだった。直前に、銃口を人質に向けて回るあの男に向ける目と。私に怯えてた。
否応なしに、私は自分が『人殺し』だって認識させられた。
そんな生活が嫌になって、発作的に飛び出した。何処でも良い、誰も私の事を知らない場所へ行きたかった。
……まあ、十歳にもなってない子供がそんな事してどうなるかは、想像が付くわよね。死ななかったのは本当に運が良かったって、今になって思う。
リゲルに出会ったのは、その時。前に話したわよね、リゲルが元々は野良ゾイドだったって。彷徨って、行き着いた先の遺跡で出会った。最初は襲われて死ぬのかと思ったけど……。
でも、死ななかった。リゲルは私を見て襲ってくる事も無く、コクピットを開いてくれた。乗れ、って言われた気がして、私はリゲルに乗り込んだ。
遠くに行きたいっていう、私の願いを汲んでくれたのかな。人じゃないから恩人とは呼べないけど、リゲルがいなかったら私は野垂れ死にしてたか、売られるかしてたと思う。
リゲルを除くと、恩人と呼べる人が三人いる。
そのすぐ後に出会ったのが、私の師匠……に当たるのかな。コマンドウルフに乗ったフリーのゾイド乗り。名前も知らないし、今どこで何してるのかも知らないんだけど……、私はその人にゾイドの操縦と、戦い方を教わった。これが三人いるうちの、一人目の恩人。
彼に連れられて、私はゲイルシティに辿り着いた。年齢が年齢だったから、最初はその人を手伝う形で賞金稼ぎの仕事を始めた。私が十三歳になって、一人でも仕事をこなせるようになると、その人は何処かに行ってしまった。それ以来、会った事は無いわ。
しばらくそのままゲイルシティで賞金稼ぎを続けていたんだけど、それは結局『人殺しの自分』を肯定するための手段でしかなかった。転機になったのは、割とつい最近の事で……ゲイルシティ近くの軍事施設跡が、『アルテミス』に占拠された事件があったでしょ? それに関わった時。
そこで死にかけて、直前に出会った私と同い年のトレジャーハンターに助けられた。これが二人目の恩人。
三人目は、そいつの恋人で……その戦闘で壊れたリゲルを、今の形に治してくれた子。そう言えばリオンには言ってなかったわね。リゲルは元々ガンスナイパーで、ボロボロだったリゲルのゾイドコアを、スナイプマスターのボディに移植したの。
結局、その時の戦いがあって、その二人に出会った事で、私はようやく人殺しの自分に折り合いをつける事が出来たんだと思う。飛び出したきり音信不通だった母さんとも、話せるようになったしね。
私は確かに人を殺した。でもそれは、母さんを守りたかったから。正当化するつもりも、誇るつもりもないけれど、今はそれで充分。
「で、リゲルの修理が終わってゲイルシティに戻ったら、アズサにスカウトされたってわけ。実戦経験のあるゾイド乗りを探してる、ってね」
これで話はおしまい、と結んで、ラシェルは言葉を切った。
「……そう、だったんですね」
ラシェル自身が言うように、過去には折り合いがついているのだろう。穏やかな語り口ではあったが、リオンには想像も出来ないような内容に言葉を失う。
「あー……、あんまり重く捉えないでね?」
むしろリオンの受け止め方に、ラシェルの方が若干狼狽する始末だった。
「不幸自慢をしたいわけじゃないから。私は私で、リオンはリオン。それだけの事よ」
そのような割り切りが出来るようになるまでに、どれほどの経験があったのだろうか。きっと語られた過去には、多くの端折られた部分があるのだろう。リオンはそれを想像し……頭を振って、思考を止める。
「……はい」
ラシェルの過去は、ラシェルのものだ。リオンがそれを想像したところで、彼女の気持ちになれるわけではない。それは結局、『ラシェルの過去を想像した自分』の気持ちでしかない。都合の良い二次創作みたいなものだ。
「……砂嵐、収まりませんね」
「そうね。そろそろ陽も落ちるし、ここで夜を明かすしかないかしら」
そう言って、ラシェルは身に着けていた迷彩柄のジャケットをおもむろに脱ぎ始めた。
「ちょっ、ラシェルさん!?」
「ん? ああ、ちゃんと下に着てるから大丈夫」
ジャケットの下からは、昨夜に宿の部屋で見たのと同じ深緑色のシャツが現れた。とはいえ先ほどまでの戦闘のせいか、汗に濡れたシャツは身体に張り付き、ラシェルの上半身のラインをはっきりと見せている状態だった。
リオンも健全な十五歳の少年である。身近な少女の無防備な姿に、いけないと思いつつも視線は釘付けになってしまう。
一方でラシェルは――ある意味でリオンにとっては災難だが――、十歳かそこらの年齢から賞金稼ぎ見習いとして生きてきた少女である。こういうシチュエーションに、酷く無頓着な一面があった。
野戦用のブーツも脱ぎ、さらにはカーゴパンツまで下ろす――スパッツを穿いているので下着は露わになっていないが――ラシェルから、リオンは赤面しつつも目を離せない。
そして――上下を脱ぎ終えたラシェルはようやく、リオンの視線に気付いた。
「……あ」
両者の視線が交錯する。僅か数秒……しかしリオンにとっては、永遠にも思えた沈黙の後。
「すっ……すみませんでしたーっ!!」
「えっ、ちょ……リオン!? どこ行くのよ!?」
身体ごと視線を真後ろに向けたかと思えば、そのまま脱兎のごとく駆け出していったリオンを、ラシェルは呆然と見送る。
「……トイレにでも行きたかったのかしら」
原因が自分にあるとは露知らず、ラシェルは呑気に首を傾げるのだった。
「……はあ、何やってんだろ僕は……」
思わず逃げるように……というか逃げてきてしまったリオンは、冷静になると同時に頭を抱えていた。よくよく考えてみれば、ラシェルに対しても失礼な話である。ちゃんと戻って謝らなければならない。
だが、それはともかくとして。
「ここ、何処だ」
格納庫の奥の方へと走ってきたわけだが、気付いたら何やら巨大な扉の前に立っていた。横を見てみると、開閉操作用と思われるパネルには赤いランプが灯っている。どうやら設備はまだ生きているらしい。
「……中に何かあるのか? パル、頼んだ」
パネルの外部接続端子に、ケーブルを介してタブレットを繋ぐ。特に複雑なシステムではないようで、パルはものの十数秒で解析を終えた。
『マスター、扉を開けますか?』
「うん、頼む」
巨大な扉が、軋みながら左右に開いてゆく。
「……!!」
開いた扉の先に、何かがあった。巨大な影だ。スナイプマスターやベアファイターよりも遥かに大きい。昨日戦ったマンモスすらも超える大きさの何かが、屹立している。
「パル、明かりを点けられる?」
『照明を点灯します』
扉が開ききるのと同時に、中の照明が一斉に点灯した。
「これ……、嘘だろ……!?」
光に照らされて、巨大な影の正体が露わになる。
全高二十メートルを優に超える、直立二足歩行の恐竜型ゾイドだった。脚部の膝下部分だけで、スナイプマスターに匹敵する大きさである。見上げると、リオンの目に入ってきたのは鋭い三本の爪を持った強靭な腕。そして、並のゾイドならば一撃で噛み砕いてしまうであろう牙を備えた、巨大な頭部。さらにその上には、自身の全高に匹敵するという冗談みたいな長さを誇る二門の砲塔が見える。
足元から見上げているリオンからは見えないが、恐らく背部には恐竜型ゾイドとしては珍しい『背鰭』が存在しているはずだった。
「……リオン! 何かあったの!?」
扉が開く音を聞きつけたのか。背後から足音と共に、ラシェルの声が聞こえてくる。
しかしリオンは、目の前の巨竜から目を離せずにいた。
「何、これ……」
駆け付けたラシェルも、言葉を失う。
両者とも、巨竜の機種名は知識として知っていた。だが現物を見るのは初めてで、その巨大さに圧倒されるばかりだった。
「……ゴジュラスMk-Ⅱ(マークツー)。しかも限定型……!!」
ヘリック共和国製巨大ゾイド、『ゴジュラス』。中央大陸に生息するというティラノサウルス型野生体の変種――背鰭を持ち、直立二足歩行姿勢を取る――をベースに開発された機体である。既に共和国軍では耐用年数に限界をきたし、ほぼ全ての機体が退役している古いゾイドでもある。しかしその名は後継機『ゴジュラスギガ』に引き継がれている事からもわかるように、ヘリック共和国の象徴ともいえるゾイド……それがゴジュラスだ。
リオン達の眼前に佇むのは、その強化型。中央大陸戦争時に改修されたMk-Ⅱ装備の中でもごく初期の機体のみに存在する、サンドブラウンカラーの通称『限定型』と呼ばれるものだった。
「あのロイ・ジー・トーマスが大氷原の戦いで乗った機種ですよ! 殆どのゴジュラスはMk-Ⅱ量産型、今は『ゴジュラスガナー』ですけど、まだ残ってたなんて……!!」
「ちょ、ちょっとリオン、落ち着きなさい」
ゾイドマニアの血が騒いだのか、早口でまくし立てるリオンをラシェルが宥める。
「……何でそんなのが、エウロペの外れにあるのかしら」
『詳細な経緯は不明ですが、ヘリック共和国軍によって持ち込まれたものである事は間違いありません』
ラシェルの疑問に答えたのは、パルの平淡な声だった。
「実験か、秘匿か……そんな所?」
『恐らくは』
「なるほどね。……リオン、気になるんなら乗ってみたら?」
相変わらず無邪気な表情でゴジュラスを見上げているリオンに、ラシェルはからかうように声を掛けた。
「えっ……いや、流石に無理ですよ!?」
「どうして?」
「だって……ゴジュラスですよ。気性が荒いので有名で、自分が認めた乗り手しか受け入れてくれないって言いますし」
それ故に、『ゴジュラス乗り』は共和国軍においては『レオマスター』と共に尊敬される存在だった。
「……それに僕は、ゾイド乗りじゃありませんから。中途半端な気持ちで乗っても、ゴジュラスは受け入れてくれないと思います」
「そっか。……まあ、私もリゲル以外のゾイドに乗る気は無いしね」
「きっといつか、このゴジュラスにも相応しい乗り手が現れます。リゲルにとっての、ラシェルさんみたいに」
ラシェルの過去話を聞いていなかったら、こうは思わなかっただろう。それだけでも、あの話を聞いた価値はあったのかも知れない。
ふと気が付けば、いつの間にか砂嵐は過ぎ去っていたようだ。しかし同時に、太陽もすっかり落ちてしまっている。結局、ここで夜を明かす事は避けられなさそうだった。
「一応、アズサに連絡だけ入れておくわ。砂嵐が収まったなら、ガーデルと通信できるでしょうし」
「はい、お願いします」
……数分後、ラシェルは青い顔をして戻ってきた。アズサに怒られたのだと察したリオンは改めて、アズサを怒らせないようにしよう……と心に誓うのだった。