『マスター。先ほど当地のシステムに接続した際に、幾つか興味深いデータを発見しました』
ラシェルが報告から戻ってきたタイミングで、リオンの持つタブレットからパルが声を発した。
「興味深いデータ?」
平淡かつ簡潔な言葉を好むパルにしては、珍しく婉曲的な表現である。リオンは鸚鵡返しに、パルに聞きなおす。
『はい。恐らく戦争時に、当地で研究されていた古代由来の技術であると思われます』
西方大陸戦争は、『オーガノイド戦争』と言う別名で呼ばれる事がある。これは当時、ヘリック共和国とガイロス帝国両軍が揃って実用化を目論んだ『オーガノイドシステム』に由来する名称であり、エウロペ各地に存在する古代遺跡から発掘された技術と言われている。
結果的に、オーガノイドシステム搭載型ゾイドは人の手によって制御しきれず、『ライガーゼロ』等の完全野生体ゾイドが主流となった事もあって、歴史の闇に埋もれていく存在となった。しかしシステムの応用により、絶滅寸前であった幾つかの種はゾイドコアの分裂、成長を促進され数を増やすなど、必ずしも全てが闇に葬られた技術というわけではない。
リオンとラシェルが砂嵐から避難したこの基地跡は、ゴジュラスが秘匿されていた事から考えるに共和国軍の基地だったと思われる。城塞都市『ガーデル』やこの基地跡がある西エウロペには、数多くの古代遺跡が眠っていると言われていた。
ここで、オーガノイドシステムのような古代技術を研究していたという事なのだろうか。
「……古代技術、ね」
ぽつりと、ラシェルが呟いた。
「どうしたんですか、ラシェルさん?」
「そういうのに詳しい知り合いがいるけど、ここじゃ連絡取れないわね。とりあえず、どんなデータが残ってたのか見てみましょうか」
ラシェルの人脈も気になる所ではあるが、今は彼女の言う通り、パルが見つけたデータを確認するのが先決だ。
「そうですね。パル、そのデータを表示出来るか?」
『プロジェクターモードで投影します。マスター、端末の背面を壁に向けてください』
リオンは指示通り、タブレットの背面を格納庫の壁に向ける。端末に搭載されたプロジェクター機能により、映像が格納庫の壁に投影された。
「……これって、ゾイドコアの催眠コントロールの研究データ?」
『はい』
表示されたデータの専門的な部分は、リオンにも理解出来ない。だが、大まかな内容はある程度把握する事が出来た。
これはゾイドコアの認識機能を外部から操作し、一種の催眠暗示状態を作り出す実験と、その研究に関する記録だ。
「催眠コントロール?」
「単純なものなら、アイアンコングに搭載されている『疑似環境コンピュータ』というのがあります。……でも、ここでの研究はその比じゃない」
ラシェルの疑問に、リオンが答える。
旧ゼネバス帝国製万能大型ゾイド『アイアンコング』は、おとなしいゴリラ型野生体を用いて開発されたゾイドだった。この原種を安定して戦闘に参加させるため、ゾイドコアに『疑似環境コンピュータ』を直結し、現実認識を操作して常に原産地に居るものと錯覚させる……すなわち『夢を見ている』状態とすることで、ポテンシャルを安定させるという方法が取られている。
「……特定の条件付けをした催眠暗示状態にする事で、無人のゾイドを高い精度でコントロール出来るようになる。機械的に操縦を代行しているスリーパーよりも個体単位の戦闘力が上がる上に、やろうと思えば集団戦闘だってさせられる。しかもキメラみたいに暴走する事も無いから、有人制御機も不要……」
パルが表示するデータを読み進めるにつれ、リオンの表情が険しいものに変わってゆく。
「……父さんは、これを研究してたっていうの?」
父の私的記録に残されていたあの文章と、共通する面があまりにも多い。
『可能性は極めて高いものと思われます』
仮に名付けられたコードネームは『オーガノイド・スレイヴ』。西エウロペの古代遺跡から発見された古代技術の断片から再現が試みられ……そして研究が打ち切られたのか、記録は途中で途絶えていた。
「……つまりリオンのお父さんは、この無人制御技術を求めてここに来ていた可能性があるって事ね」
十年前、失踪する直前にリオンの父が研究していたのは、ゾイドの無人制御技術だった。既存のスリーパーや遠隔操縦、キメラとは異なる、それらの抱える問題点を解決可能な、全く新しい無人制御技術。
「だとしたら、何で十年もかかったのかしら? おまけに、わざわざ家族の前から姿を消すような真似をして……」
ラシェルの発した疑問に、リオンも顔を上げる。
「……何か、良くない事に巻き込まれたって事ですか?」
「決めつけるのは早計だけど……その可能性は高そうね」
もし、父が何かに巻き込まれているのだとすれば。家族に危険が及ぶ事を避けるために、姿を消したという事も考えられる。
「ガーデルに戻ったら、もう一度改めてお父さんの事を教えて。アズサの方からも、色々調べてもらうように頼むから」
「……わかりました」
「それに……今日戦ったスリーパーの動きがおかしかったのも、これで説明が付くわ」
これは、リオンも感じていた事だった。戦闘中は無我夢中だったために違和感を覚える事もなかったが、後から思い返してみると、スリーパーにしてはおかしな点があった。
「確かにそうですね。……僕の戦ったガイサックも、複数機での連携や砂に潜っての奇襲をしてきました」
「普通のスリーパーゾイドなら、そこまで高度な戦闘行動は取らない。『オーガノイド・スレイヴ』ってのが搭載されてたって見るのが妥当ね」
「……まさか、あの暴走したマンモスにも?」
「かも知れない。いずれにせよ、ガーデルに戻ってから調べましょう」
少しずつ、この地で起こっている『何か』の輪郭がはっきりと見えてきた。その何かに、自分の父親が関わっている可能性が極めて高い。
「……ラシェルさん」
「大丈夫」
不安が口をついて出る。それを遮るように、ラシェルの手がリオンの両手を握っていた。
「私とアズサは、ガーデル周辺のスリーパーゾイドを駆除するためにここに来たの。そのためには、今このガーデルで起こっている何かを解決する必要がある」
「は、はい」
「それがきっと、君のお父さんの行方を掴む事にも繋がるわ。だから不安かも知れないけど、今は目の前の問題に集中しましょ?」
ゆっくりと言い聞かせるようなラシェルの言葉に、不思議とリオンの不安が和らいでいった。
「……わかりました。ところで、目の前の問題って?」
先ほどの話だとすれば、当面はガーデルに戻ってからの事となる。父ガレン・ユーノスについて調べるにしても、暴走したマンモスにオーガノイド・スレイヴが搭載されていたのか調べるにしても、だ。
リオンの問いに対して、ラシェルは悪戯っぽく笑って答える。
「寝袋がひとつしかないって問題」
「……あっ」
夜明けまではまだ時間がある。ガーデルまでさほど離れていないとはいえ、夜の砂漠を突っ切るのは危険だった。リオンのベアファイターも、ラシェルのスナイプマスター『リゲル』も、先の戦闘で消耗している状態では尚の事だ。
そのために、ここで一夜を明かす必要があるのだが。
『マスター、何故野営用の装備を置いてきたのですか』
「……まさか帰れなくなるとは思わなかったのでつい」
リオンは寝袋含む野営用の装備を、ベアファイターに積み忘れていた。そのため、ここにあるのはラシェルの持ってきた寝袋がひとつだけ。
「ぼ、僕はベアファイターのコクピットで寝ますから」
「駄目。ただでさえ慣れてないんだから、それじゃ疲れが取れないわよ」
「でも、格納庫の中とは言っても結構冷えますし……」
「私の寝袋、二人用だから一緒に入れるけど?」
「……」
リオンの理性が試される夜となった。
翌日。日の出と共に基地跡を発ったリオンとラシェルの二人は道中で野良ゾイドやスリーパーに出くわす事も無く、無事にガーデルへと帰り着いた。
「……という訳だから、詳しく調べてほしいの。頼める、アズサ?」
報告もそこそこに、ラシェルはリオンの父についての調査と、クロスウェザー・セキュリティが回収したスリーパーゾイドに『オーガノイド・スレイヴ』が搭載されていたか否かの確認をアズサに要請した。
「承知致しましたわ。クロスウェザーが導入している通信機器のメーカーが、リオンさんのお父様が勤めていた研究所と関わりがあったようですので、そこから探ります」
「お願いね」
拠点代わりとしている宿の一室に持ち込んだ通信機を操作し、アズサは各所に連絡を取り始める。それを見届けて、ラシェルはリオンを連れて宿を出た。
「どこに行くんですか?」
「オーガノイド・スレイヴについて、『そういうのに詳しい知り合い』に聞いてみるのよ。長距離通信になるから、公営の通信ブースを借りに行くわよ」
戦争中に各国の軍が使用していた通信網は、現在は民間にも開放されていた。データ通信ならば無線ネットワークを介してこの西方大陸から中央大陸や暗黒大陸ともやり取りが可能となっているが、リアルタイムの音声通信となると相応の設備が必要になる。
幸い、ここガーデルはかつてヘリック共和国軍の遺跡調査隊が拠点としていたため、軍用の通信設備がそのまま残されていた。現在は公営の通信ブースとして、簡単な申請をすれば一般人も利用出来るようになっている。
「昨日言っていた、古代技術関連に詳しい方ですね」
「そう。……ついでに言うと、私の三人目の恩人でもあるわ」
これも昨日、ラシェルから聞いた話の中に出てきた単語だった。彼女の愛機リゲルを現在のスナイプマスター改へと修理した人物であり、同じく『二人目の恩人』と言っていた人物の恋人……らしい。
話している間に、通信ブースに到着した。朝の時間帯という事もあって他の利用者はおらず、すんなりと申請が通って二人は中へ入る。
「何処と通信をするんですか?」
「トローヤ」
何気なく聞いたリオンだったが、返ってきたラシェルの答えに目が点になった。
「……トローヤって、テュルク大陸にあるっていう……」
「良く知ってるわね。まさしくそのトローヤよ」
トローヤとはテュルク大陸に存在する、ガイロス帝国発祥の地と言われている古代都市だ。
テュルク大陸はニクス大陸の東に隣接している大陸である。かつては双方が陸続きとなっておりまとめて『暗黒大陸』と呼ばれていたが、俗に言う『惑星Zi大異変』の影響でニクスから分断され、全土が廃墟と化したと言われている。
「そう言えば、少し前にテュルク上空で二体の未確認飛行ゾイドが目撃されたっていう噂がありましたけど……」
ふと、リオンは西エウロペに来る前に聞いた噂話を思い出した。
「白と黒の竜型ゾイドってやつ?」
「はい、それです」
「あー……、多分それの片割れの白い方に、今回話す相手が乗ってるわね」
などと話している間に、通信が繋がって画面に映像が表示される。
『はい、こちらトローヤのイリアスです……って、あら? 珍しいですね、ラシェルがこっちに連絡なんて』
画面に映ったのは、ラシェルと同年代かやや年下に見える少女だった。肩に掛からないあたりで切り揃えられた銀色の髪と、空のように澄んだ青い瞳が特徴的な少女である。
「急にごめんね。ちょっと古代技術絡みの件で、イリアスの力を借りたくて」
『頼られるのは嬉しいですよ。その前に、そちらの方は?』
イリアスと言うらしい銀髪の少女が、画面越しにリオンへと視線を向ける。
「は、初めまして。リオン・ユーノスと言います」
『はい。私はイリアス、と申します。どうぞお見知りおきを』
銀髪の少女が、モニターの中で優雅に一礼する。上流階級の人間がやるような、洗練された動作だった。
『では改めて……。私は何をすれば良いですか、ラシェル?』
「……西エウロペで研究されていた、オーガノイド・スレイヴっていう技術について。何か知ってたら教えて欲しいの」
『オーガノイド・スレイヴ……ですか』
「リオンが言うには、ゾイドコアを催眠コントロールして操る技術って事だけど……」
『……オーガノイド技術から派生した、ゾイドコアへの干渉実験の副産物ですね。確か、近しい技術が大異変直後のリーバンテ島戦役で使われていたはずです』
「……リーバンテ島戦役?」
聞き慣れない単語に、ラシェルは首を傾げた。しかしリオンは、その単語が何を意味するのかを知っている。
「ドスゴドスやクリムゾンホーンが実戦投入されたという、あの戦いですか!?」
大異変直後、惑星Ziは全土に強力な磁気嵐が吹き荒れる環境となり、通常のゾイドは動く事すらままならない状態に置かれていた時期があった。
リオンの言う『ドスゴドス』や『クリムゾンホーン』はこの磁気嵐環境下での活動を可能にした局地対応機であり、前者はアロサウルス型のヘリック共和国製小型ゾイド『ゴドス』の後継機。後者はガイロス帝国によって運用された、スティラコサウルス型の旧ゼネバス帝国製大型ゾイド『レッドホーン』をベースに改造されたゾイドである。両者共に磁気嵐をエネルギーに変換する特殊なシステムを搭載し、従来型ゾイドを上回る性能を得た機体だった。
それらの技術的な礎となったのは、第一次大陸間戦争末期に開発されたヘリック共和国の超巨大ティラノサウルス型決戦ゾイド『キングゴジュラス』に使用されていた惑星『地球』由来のオーバーテクノロジーであり、リーバンテ島戦役はそれらを巡る戦いでもあった。
結局の所は磁気嵐が収束した結果、これら磁気嵐対応型ゾイドは逆に歩く事すらままならない無用の長物と化した。ドスゴドスの設計や技術はゴドスにフィードバックされ、さらにガンスナイパー開発の礎となったが、クリムゾンホーンの方は完全に忘れ去られた機体となっている。
そしてリーバンテ島戦役で用いられたテクノロジーは地球由来の物だけではなく、旧ガイロス帝国宮殿の地下に眠っていた古代ゾイド人時代の技術もまた、用いられていたという。
『良く御存知ですね、リオン君。クリムゾンホーンの護衛機として投入されたジークドーベルに搭載されていた無人制御システムが、オーガノイド・スレイヴに近いものではないかと思われます』
「……よくわかんないけど、無人制御技術である事に間違いはないわけね」
『ええ。西エウロペでの共和国による研究は、途中で打ち切られたと思いますけれど』
最大の要因は、ネオゼネバス帝国による中央大陸への侵攻だ。端的に言ってしまえば『それどころではなくなった』結果、エウロペの古代遺跡は未だに多くが手つかずのまま残っている。ここ十年でようやく、ガイロス帝国の民間財団『古き風の音』による発掘が本格化してきた所だった。
『ところでラシェル。あなた今、西エウロペに居るって事ですか?』
「……今更な話ね、そうだけど」
『では、一応伝えておきますね。財団から入った情報ですけれど、武装組織「アルテミス」の構成員として手配されている人物が、西エウロペに潜伏しているという事です』
モニター越しにイリアスが口にした単語を聞いて、ラシェルの表情が強張った。
「……アルテミス」
その名は、リオンも昨日ラシェルから聞いている。西方大陸各地でテロを起こしている武装組織であり、ラシェルがゾイド乗りとして生きる事となった直接の元凶ともいえる組織である。
「わざわざそれを私に伝えるって事は」
『ええ。ゾイドの無人制御技術……アルテミスのような武装組織が欲しがると思いませんか?』
「……ありがと、イリアス。参考になった」
『詳細なデータは、後程まとめてラシェルの端末に送ります。……気を付けて』
「うん。またね」
短い挨拶を交わし、イリアスとの通信が終わる。
「ラシェルさん……?」
恐る恐る、リオンはラシェルの顔色を窺った。アルテミスという単語が出てから、何処か彼女の言葉が固い。
「……ん、大丈夫。次行くわよ、リオン」
しかしリオンの心配を察してか、ラシェルは努めて明るい声で言った。
「は、はい!」
次に二人が向かった先は、保安官事務所だった。リオンは一昨日に起こったマンモスの暴走事件以来の訪問となる。道すがら、リオンはラシェルに問い掛けた。
「……イリアスさんの言うように、アルテミスが今回の件に関わっているんでしょうか」
「可能性は高い……わね。昨日話した、ジオレイ平野の施設占拠事件……覚えてる?」
ラシェルが先ほど通信していたイリアスや、彼女の恋人というトレジャーハンターと出会う切っ掛けとなった事件だ。
「あの時にも、アルテミスは占拠された施設で研究されていたゾイドコアへの干渉技術を目的としていたの。公式には発表されていないけど」
「前例がある……って事ですか」
当事者であるラシェルが言う事なので、恐らくは事実なのだろう。リオンは背筋が冷たくなるのを感じた。
「……そうね、アルテミスか」
そんな中、ラシェルはぽつりと呟き……そして、立ち止まる。
「ラシェルさん?」
「……リオン、良く聞いて」
遅れて立ち止り、ラシェルに向き直ったリオンを、鋭い視線が射抜いた。直接自分に向けられるのは初めての、それは死線を潜り抜けた、ゾイド乗りの目だった。
「もし私達の考えている通り、アルテミスがこの一件に関わっているなら……。君はこれ以上、関わらない方が良いと思う」