ZOIDS alternative STORYS   作:滝上

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お久しぶりです(小声


デザイア・デザート 第五話

「……回収されたスリーパーゾイドの制御装置から、詳細不明のプログラムが発見されたそうですわ。ラシェルさんの言う通り、『オーガノイド・スレイヴ』が使用されていたと見て間違いはなさそうです」

 リオンとラシェルが基地跡で一夜を明かし、ガーデルに帰ってきた日の夜。

 ラシェル達『クロスウェザー・セキュリティ』がガーデルでの拠点代わりにしている宿の一室で、アズサは回収したスリーパーゾイドの分析結果をラシェルに伝えていた。

「プログラムの解析は?」

「現時点では、まだ。ですが、恐らくは本社の設備でないと……」

 古代ゾイド人時代の技術であるという『オーガノイド・スレイヴ』は、ラシェル達からすれば未知の存在だった。相応の設備が無ければ、解析すらままならない可能性もある。

「そう。……じゃ、直接根城を叩いた方が早そうね」

 ラシェルはアズサの端末を操作して、あるデータを呼び出した。

「……スリーパーゾイドの出現記録と、回収したレコーダーのデータから、ガーデル近辺のスリーパーは『ここ』から放たれている可能性が高い」

 地図上に示された地点は、城塞都市ガーデルから北方十キロメートルほどの場所。砂漠地帯グレイラストの一地点であり、データ上では何もないはずの場所だった。

「明日、ここに行ってみるわ」

「ら、ラシェルさん。それは幾ら何でも危険ですわ!」

「危険は百も承知よ。……アズサにも言ったでしょ? 今回の一件に『アルテミス』が関わっている可能性が高いって」

 西方大陸で活動する武装組織『アルテミス』がオーガノイド・スレイヴの実験を行っている可能性が極めて高いという情報を、ラシェルはトローヤに住む知人であるイリアスとの会話で得ていた。

「保安官事務所には昨日行ってきたけど、アルテミスの構成員が潜伏しているっていう情報はまだ入っていないみたいだった」

「それに関しては明日、正式に私の方からゴダール保安官に情報を共有しますわ。行動を起こすのは、それからでも遅くはないのでは……」

「……早く終わらせないと、大変な事になる気がする」

 ラシェルが過去にアルテミスの起こしたテロに巻き込まれたという事は、アズサも知っていた。それが切っ掛けとなり、愛機リゲルと出会ってゾイド乗りとして生きてきたという事も。

「それに、この先にリオンを巻き込むわけにはいかない」

「ラシェルさん……」

 成り行きから協力を約束した、父親を捜す少年の事もある。

「リオンのお父さんを探すにしたって、アルテミスが関わっているんじゃ危険すぎるわ。せめてそこだけでも、安全を確保してからじゃないと……」

「……よろしいですか、ラシェルさん?」

 苦々しい表情で言葉を続けるラシェルを、アズサが遮った。

「何故、そこまでリオンさんを気にされておりますの?」

「……えっ?」

 アズサの問いかけに、ラシェルは間の抜けた声を返した。

「何故って、それは……放っておけなかったからで」

「ラシェルさんがお優しい方である事は、重々承知しておりますわ。何故、リオンさんを放っておけないと感じましたの?」

「……」

 はぐらかそうとするラシェルだったが、アズサはそれを許さない。にっこりと笑みを浮かべつつ、目の奥は全く笑っていなかった。

 数分に渡る沈黙の末。

「……すっごく馬鹿らしい理由だけど、笑わないでよ?」

 絞り出すように、ラシェルは答えを口にした。

「初めて会った時。リオンがリゲルを見ていた時の目に、惹かれたんだと思う」

 グスタフを襲っていたスリーパーレブラプターを駆除し、ラシェルがリオンと初めて対面した時。彼はとても純粋な目で、リゲルを見上げていた。

 ゾイドが好きなのだと、ラシェルはすぐに理解した。半ば自暴自棄な形でゾイド乗りとなった自分とは違う、憧れと敬意の籠った目。

 曇らせたくないと思った。

「だから、力になってあげたかった」

 リゲルに――そして自分に向けられる憧れを、裏切りたくなかった。

「……それが理由よ。だからリオンを巻き込みたくないし、傷付けたくない」

 

 

 ラシェルが自身の心情を、アズサに吐露しているのと同じ頃。

(……どうして今更、関わるなだなんて)

 同じ宿の別室で、リオンはベッドに寝転んだまま、ラシェルに言われた言葉を頭の中で繰り返していた。

(――「これ以上、関わらない方が良いと思う」――)

 あの後、リオンは保安官事務所に向かったラシェルと別れ、そのまま宿に戻ってきていた。

 理屈の上では、ラシェルの言い分も理解できる。スリーパーゾイド出現の裏にいるのが『アルテミス』――テロ活動をも辞さない武装組織となれば、ゾイド乗りでもないリオンが関わる事は確かに危険だ。

(でも……)

 だからと言って、このままじっとしていて良いのだろうか。

 ラシェルはあの時――砂嵐に巻き込まれ、基地跡で一夜を明かした時に言っていた。自分達はガーデル周辺のスリーパーゾイドを駆除するために、ここに来ている。そして、それがきっとリオンの父親を見つける事にも繋がる、と。

 それはつまり、ラシェルがアルテミスと一戦交える可能性があるという事だ。

(もし、それでラシェルさんが傷付いたりしたら。……死んだり、したら)

 果たして自分は、平静でいられるだろうか。

(……無理だ。多分、後悔する)

 想像しただけで、底冷えのするような寒気が襲った。

 だが、一体自分に何が出来るというのだろうか。

(ゾイド乗りでもない僕が、ラシェルさんの助けになれるのか?)

 そもそも当のラシェルに拒まれているというのに、何をどうしろと言うのか。結局、リオンの思考は最初に戻り、堂々巡りを続ける。

 いつしか空が白みはじめ、窓からは朝の陽射しが照り付けていた。

「……あー、もう!」

 どれだけ考え続けても、答えが見つかりそうにない。リオンは堂々巡りの思考を無理矢理断ち切るように叫んで、ベッドから飛び起きた。

 と同時に、部屋の扉が控えめにノックされる。

「……はい?」

 扉を開けると、そこにはスーツ姿の知的な印象の女性――アズサ・ミナヅキが立っていた。

「おはようございます、リオンさん。早朝に申し訳ありませんわ」

「あ、いえ。どうしたんですか?」

「こちらで調べておりました、リオンさんのお父様に関する情報をお伝えしに参りました」

 呆気に取られながらも、リオンはアズサを招き入れる。早朝だと言うのに、アズサは身なりを整えスーツをきっちりと着込んだ状態。対するリオンは寝巻きのまま、実際には一睡もしていないが起き抜けのような格好である。

「す、すみません。寝起きで……」

「いいえ、構いませんわ」

 テーブルを挟んで、リオンはアズサの対面に座る。

「……って、あれ? アズサさん、良いんですか?」

「良い、とは?」

「昨日、ラシェルさんから『これ以上関わらない方が良い』って言われたんですけど……」

「はい。ですが、これはリオンさんに伝えておくべき情報だと思いましたので。それに、ラシェルさんからは『伝えるな』とも言われておりませんわ」

 にこやかな表情を崩さず、アズサはしれっと言ってのけた。

「……そ、そうですか」

「まず、お父様がゾイドの無人制御技術に関する研究を行っていた事に関しては、間違いなく事実であると思われますわ」

 リオンの父――ガレン・ユーノスの研究所からは、彼が失踪前に行っていた研究記録を含む殆どのデータが消されている状態だった。しかし、関係していた企業や研究機関に残っていた通信記録などを遡った結果、研究内容――ゾイドの無人制御技術を研究していた事が事実であると判明した。

「お父様に直接研究を依頼された人物、もしくは組織が存在しているようですが、そこまでは詳しく辿れませんでしたわ」

「……誰かに頼まれて、研究していたって事ですか?」

「そうですわ。研究を進めるに当たって、多額の資金援助が行われていた事も判明しました。……お父様の失踪後も、リオンさんのお母様が亡くなられるまで援助は続いております」

 父親の失踪後、母も同じく研究職であったとはいえ、女手一つでリオンを育てられた理由がこの『資金援助』だったのだろうか。

「その援助は、どこから?」

「民間財団の『古き風の音』ですわ」

 古代遺物の発掘・保護を目的として、ガイロス帝国の資産家によって設立された民間財団である。

「……その財団が、父さんに研究の依頼を?」

「現時点では、確定情報ではありません。調査を継続しておりますわ」

 父が研究していたと思われる『オーガノイド・スレイヴ』は、元を辿ればオーガノイドシステムのような古代由来の技術である。ならば、古代遺物に関わる財団の『古き風の音』が研究を依頼していたとしても不思議ではない。

「以上が、現在までの調査結果になります」

 アズサは話した内容をまとめた書類束を、リオンに渡す。

「……ここからは、お父様の件とは関係ない話になりますが」

 そして、前置きと共に切り出した。

「ラシェルさんは先ほど、この地点に向かいました」

 印刷した地図を取り出し、場所を示す。昨夜の話し合いにおいて、ガーデル周辺のスリーパーゾイドがここから放たれている可能性が高いという見解で一致した、北方の一地点である。

「仮にこの地点が、私達の見解通り『敵』の拠点であるならば……。ラシェルさん一人では、手に余る可能性もありますわ」

「……ラシェルさんでも、ですか」

 ラシェルの腕前は、出会って数日のリオンも良く知っている。

「無理に、とは申しませんわ。ですが、お願いです。ラシェルさんに力を貸して頂けないでしょうか」

 立ち上がり頭を下げるアズサを、リオンは慌てて制止した。

「ちょ、ちょっと待って下さい! さっきも言いましたけど、僕はラシェルさんにこれ以上関わるなって……!」

「……承知の上ですわ、リオンさん。ラシェルさんは、決してリオンさんを疎んでいるわけではありませんわ」

 むしろ、ラシェルはリオンを巻き込まないため、傷付けないために拒絶した。それはリオンにも理解出来る。

「ですが、私はラシェルさんにも傷付いて欲しくありません。……それは、リオンさんも同じなのではないですか? 彼女がリオンさんを傷つけたくないと思うのと、同じように」

 言われて、ストンと腑に落ちた。

 ラシェルの本心、その奥までしっかり理解出来ているわけではない。しかし出会って数日とはいえ、彼女がどういう人間なのか……それはリオンにも見えている。

 突き詰めて考えれば、単純な事だ。

「そしてリオンさんには、そうするだけの力がありますわ」

 これも事実だった。力量の問題を抜きにして、あるか無いかだけで言えば。

 今のリオンは、ラシェルに力を貸す事が出来る。

「後は、リオンさんのお気持ち次第ですわ」

 今一度、アズサはリオンに頭を下げた。そして席を立ち、リオンの部屋を後にする。

「……後は、僕の気持ち次第……」

 

 

 リオンへの情報提供を終えたアズサは、拠点としている宿を出て保安官事務所へ向かった。オーガノイド・スレイヴ、及びアルテミス構成員の潜伏情報を、ゴダール保安官と共有するためである。

「……情報は把握しました。市内の警備体制を強化しますが、市民の不安を煽る恐れがありますな。情報の公開は控える事とします」

「承知致しましたわ」

 朝からの訪問にも関わらず、ゴダールは自身の執務室にアズサを通し、自ら資料に目を通した。

「それと、こちらを」

 ゴダールが資料の確認を終えたのを見て、アズサは別の地図情報を渡す。既にラシェルが調査に向かっている、スリーパーゾイドの出現地点と思われる場所の地図だ。

「確かに西方大陸戦争当時、ここ西エウロペは主戦場にならなかった。何者かがスリーパーゾイドを人為的に送り込んでいるというのは、考えられる話ですな」

 渡された地図を一瞥し、ゴダールは顎に手を当てて唸る。

「しかし、推定に基づいた情報では……。応援を要請する事は難しいでしょうな」

「ラシェルさんが確定情報を入手出来れば……」

「いずれにせよ、今はまだ動けません。……ところで」

 資料を一度脇にまとめ、ゴダールは執務机を挟み、対面に立っているアズサに目を向けた。

「この情報を、他に知っているのは?」

「現時点では、私とラシェルさんのみですわ。ですが、それが何か……」

 訝し気に聞き返すアズサを他所に、ゴダールは執務机の引き出しから何かを取り出し、アズサに向ける。

「ゴダール保安か……きゃっ!?」

 プシュッという軽い噴射音と共に、白い煙がアズサの顔に吹き付けられる。思わず顔を背けるアズサだったが、煙を吸い込んだ次の瞬間には意識が朦朧となっていた。

「あ……」

 アズサの身体が、執務室の床に崩れるように倒れこんだ。ゴダールが執務机の呼び出し端末を操作すると、すぐに扉が開いて数名の男が入室する。

「……彼女を地下施設に運んでくれ」

 ゴダールの指示を受け、男達は意識を失ったアズサを抱えて執務室を出る。

「さて、ラシェル嬢は仮設拠点に向かった……か」

 今の段階でゴダールの言う仮設拠点――オーガノイド・スレイヴ実験機の基地の情報は、まだ外部に漏れていない。アズサ・ミナヅキを確保し、そして拠点に向かったというラシェル・アトリアを排除出来れば、実験を止める者は居なくなるはずだった。

「不確定要素がある、とすれば……」

 ゴダールの脳裏に、先日出会った少年の姿が浮かぶ。もう一度、執務机の呼び出し端末を操作した。

「……リオン・ユーノス少年の監視を強化してくれ。動きがあった場合、随時報告を」

 

 

 身支度を整え、洗面所で顔を洗ってきたリオンを出迎えたのは、パルの無機質な声だった。

『マスターの生命を第一に考えるならば、ラシェル嬢の助言に従うべきであると進言します』

「ん、僕もそう思うよ」

 答えながらも、リオンは準備の手を止めようとしない。

「でも決めた。やっぱりラシェルさんを放っておけない」

『私にマスターを止める権限はありません。それがマスターの意志ならば、従います』

 パルの言葉に感情の揺れは存在しない。どれほど人間的な受け答えが出来ようとも、プログラムでしかないパルに感情と呼べるものは存在しないからだ。

 それは、生みの親たるリオン自身が一番よく理解している。

「……おまえは止めてくれないんだね」

 理解していてなお、聞いた。

『マスターがそれを望むならば』

「それじゃ……仕方無いな」

 野営道具や非常食を入れたザックを背負い、サイドテーブルに置いておいたタブレット端末を掴む。

「多分、というか絶対、危ないことになると思う。付き合ってくれるかい、パル?」

『勿論です』

 簡潔な返答が、今はとても心強かった。


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