リリカルな世界で苦労します   作:アカルト

166 / 176

短いです


二人

 

「えっと、どうした?」

 

不思議そうな顔をして覗き込んで来る彼

……違う

 

確かに声も、姿も、雰囲気も、目の色さえも彼そのものだ

頭のてっぺんから足の先まで全て、違うところなど何も無いだろう

まるで鏡合わせ、目の前にいるのは彼だ

 

なのに、違う

 

何がと言われたら全く分からない、なのに違う

もっと根本的な物が、彼とは違う、全くの真逆

 

「…………フェイト?」

 

「っ!?」

 

こちらに一歩近づいて来た彼に対して自分は逆に一歩下がる

彼にだけは心を許してはいけないと思った、本能、直感

ポケットの中にあるバルディッシュに手を伸ばす

 

「あのさ」

 

「来ないで」

 

キッ、と睨みつける

目の前にいる彼が誰なのかは分からない、だけど得体のしれない異形な物だという事だけは分かった

私以外なら受け入れてしまいそうな目の前の彼、だからこそ、私だけは……

 

「フェイト!!」

 

「えっ、あっ……」

 

手首を掴まれる、一気に力が抜ける

手の温もりさえ彼のもの、受け入れようとすれば受け入れてしまいそうな

心配そうにこちらを真っ直ぐに見つめて来るのは間違いなく彼の物で、でも、そうじゃなくて

 

「い、や」

 

心は拒絶しているのか受け入れているのかさえ分からない

だって彼なのに彼じゃないから、彼じゃないのに彼だから

分からない、全く、分からない

だから……

 

「はな……して……」

 

動かない、体が……

 

直後

 

 

 

「離れろ」

 

 

窓ガラスを突き破って、目の前の彼を斬りつける『彼』

一瞬の攻防、デュランダルで振り下ろされた斬撃を『彼』は同じデュランダルで受け流す

わけが分からない、鏡合わせのそんな状況の中、やっぱり『彼』は彼で……

 

「…………。」

 

「はぁぁ!!」

 

渾身の力で薙ぎ払われた斬撃に向こうが一旦後退する

その間に私を隠すように、彼、ケントが間に割って入る

向こうは呆れたようにこちらへと視線を向け、こちらはいつでも迎撃出来るように腰を落とす

 

「良かった、無事で」

 

「う、うん」

 

そんな返答しか出来ない

唐突の出来事だったし何が起こっているのかも分からなかったから

 

「……え?」

 

ふと気がついた、何故か彼の左肩が赤い

……これって

 

「ケント、血が……」

 

「……大丈夫、後で自分で治すよ」

 

こちらにそう笑いかけてくれる顔は明らかに余裕がなさそうに見えた

血は今でも流れ出ており、傷跡は銃弾で撃ち抜かれたような

ハッキリ言える事は今の攻防でついたものじゃない、考えて見ればケントは先ほど右手でしかデュランダルを振るっていない

 

「だ、駄目だよ、せめて傷だけでも塞がないと」

 

「はは、ただ、今はその魔力も惜しかったりする」

 

すぐに終わらせるから、下がってて、と彼が私に言ってくる

そんな事は出来ない、バルディッシュが伝えて来た、今のケントの魔力は信じられないほど少ない

ここに来るまで何があったのかは知らない、ただ左肩の傷も、魔力が少ないのも『何かがあった』という事を示している

だからこそ

 

「私も、一緒に」

 

彼一人を、置いていくつもりはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

汗が流れる、ここから逃げ出したくなる

 

左肩からはまだ血が流れ続けているが痛み止めはした、無理すれば何とか動かせる

人体の急所、ツボと言うべきか、油断していたのもあるがまんまとやられた

 

目の前にいる『俺』を睨みつける、呆れたような、ガッカリしたような

 

状況はよく分からない、あいつが誰なのかも知らない

ただ言える事は、俺とあいつは会ってはいけなかった存在であり、いうなればあいつも俺で俺もあいつで

わけがわからない、ただ会ってはいけなかった、立ち会ってはならなかった

俺の天敵であり、存在してはいけない存在

ここから尻尾を巻いて逃げ出したい、フェイトを連れて離れたい

しかしそんな事は出来ない、魔力が少ない状態で、今の俺が俺自身から逃げ出す事なんて

 

「よう、久しぶり」

 

体がビクリと反応する、ただ話しかけられただけなのに自分の中で危険信号が鳴り響く

録音と言われたら信じてしまいそうだ、それほどまでの完成度

いや、あいつはもうロストロギアやら何やらによって俺を似せている存在じゃない、そんな事はとうに分かっているはず

 

「にしてもえらく早かったなぁ、流石俺というかなんと言うか……その傷を見る限りだいぶやられてるみたいだけどな、そこらはやっぱり甘ちゃんだ」

 

「くっ」

 

右手でデュランダルを差し出す

まるで俺が偽物と言っているような口調、それと同時に俺を知っているような口調

それに先ほど放った「久しぶり」と言う言葉、俺はあいつとどこかで会った事があるという事だ

残念だが俺はこんな奴は知らない、ネリアとはまた違う、こんな、俺自身なんて

 

「忘れた……とか?まぁ無理もないな、こっちに来てから会ったのは一度だけだしそれまでずっとお前と一緒だったんだから」

 

「……鮫島を殺った時の」

 

「そうそう、いや、ホントあれは感謝してもらいたいな、生かしてたら何してくるか分かったもんじゃねぇ」

 

そういってどこからともなく出して来るコート

……だからといって一緒にいた?

意味が分からない、そもそもあいつは何だ?

いや、俺はさっきから何を言ってる?

頭の中にノイズが走る、あいつの正体……何を言ってるんだ、俺はこっちに来た時から知っているじゃないか、だって

 

 

 

アイツガイルカラオレガ『ツクラレタ』ンダロウ?

 

 

ぞわっ、と

身体中の身の毛がよだつ、何だ今のは、意味が分からない、理解が出来ない

喉が乾く、俺と言う存在が、あいつという存在を否定する

先ほどの逃げたいという気持ちから一転、こいつはここにいてはいけないという思考が頭の中をループする

まるでプログラムされたように、命令されるかのように

 

「ケン……ト?」

 

デュランダルを握る手が震える、まるで自分という存在の否定を恐るかのように

今までの短いやりとりの間に何があった、普通の俺なら深く考えずに様々な思考を巡らせていて当然なのに

それだけ動揺している、目の前の俺に対して、この存在に対して

 

「くっ、そ」

 

気を保つ、意識を飛ばさないために拳を握る

俺が何をすべきなんて初めから全て決まっているはずだ、だったら……

 

「えらく動揺してんだな、恐怖か?感動か?

まぁどちらにしろ……」

 

 

 

 

 

「なんにも知らない偽物は、ここで退場、お前は失敗したんだよ、本物がこの場にいるって事で」

 

「あっ」

 

 

偽物、その言葉で何かの理性が吹っ切れる

何が、とか、どうして、とかという理屈じゃない

 

「あぁ」

 

ただ……

 

「あぁ」

 

どうしてか、今までの俺の全てに対する否定だから

それを本能が認めてしまったから

 

「あああああぁぁぁぁぁ!!」

 

目の前の『呪い』を排除する為に

俺は俺へと斬りかかった

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。