「眠い……」
一時間目が終わるチャイムが鳴り十分間のトイレ休憩へと突入する
なんとか睡魔に打ち勝ったこの時間、当然今の自分に次の時間まで起きていられる気力も無く机に顔を伏せる
それにしてもどうして授業中はあれだけ眠いのにチャイムが鳴ると目が覚め、授業を始めるチャイムでまた眠くなるのだろうか
さっきまではカックンカックンと揺れていた頭だが今となっては眠気はあるのに眠れない、いや、本気で寝たら二時間目の始めに注意されることになるのだが……
「お~、トイレ行こうぜ~」
「一人で行ってこい、ウサギかお前は」
「いいじゃねぇか別に」
クラスの友達が連れションに誘って来る
本当に、一人でトイレくらい行けない物なのだろうか
「ほら、廊下に出ると風に当たって目が覚めるかもよ?」
「そだな~」
軽い返事、まぁトイレくらいならいい、歩いたり風に当たることで少しでも目を覚ます事が出来れば二時間目も楽になるかもしれない
二人で教室を出て廊下を歩く、女子の笑い声、男子のふざけ声
走って来る奴とぶつかりそうになるのをギリギリ避ける、まだ高校生、こんな事は当たり前
「にしてもさ~、どうなんだろうな『あれ』」
「あれってなんだよ」
「ほら、この頃ずっとニュースでやってるじゃねーか、外交問題の」
「……あ~、関係悪化の」
この頃毎日している隣国間での関係悪化
内容は確か……領土問題だったか、それとも経済問題だったか……
まぁそれにしても、すごく有名な話なのに上手く思い出せない
ただ……
「別に俺等には関係ないだろ」
「まぁそうなんだけどな~」
そう、そんな事俺たちみたいなただの学生には関係無い事
そう、関係無い事なんだ
流れる空気は重い
だれも口を開けないし開けようともしない、それが当たり前なのかもしれないが
「……取り敢えず、先ずはケント・コルテットという人物と接触するのが先やね」
そんな誰も口を開けようとしない静寂を切り裂いたのは奇跡の部隊の部隊長
いつもの軽い性格から一転したその表情は硬く、必死にその感情を殺しているのが見て取れる
ミッドの高町家に集まったメンバーは一人を除いた元六課隊長陣
姉を助けてからの行動は簡単だ、自分が本当に信頼出来る存在、信頼してもらえる存在に事実を知らせる事
悔しい事だが二人は全くの同一人物、そして映像の内容からある程度自分達が知るケントの辿って来た道、友人関係も理解している
自分がこの事実を知らせる前に彼女達と接触されればこれ程面倒な事は無い、奴の事を皆が『ケント』だと理解し、信用してしまう
そうなればいくら映像を見せた所で自分と奴、どちらを信じればいいのかさえも分からなくなる
「まぁそれでも近いうちに接触はして来ると思うけどな、フェイトちゃんは生きてるしこのケント君はネリアちゃんの所に証拠映像なんかあるなんて思ってないやろ」
「そうだね」
今何処でどうしているのかはわからないが必ず近い内に誰かと接触して来るのは確実だろう。
これから『ケント・コルテット』としている以上、周りは固めて置いたほうがいい
「はぁ、本当はフェイトちゃんにもっと詳しく聞きたいんやけどな」
「自室に入ったまま出てこないからね、今はそっとしておいたあげてほしいの」
彼女はネリアに連れられて帰って来たはいいが自室にこもりそれから全く反応を返さない
自分は何も出来ず、一瞬の間に思い人を殺され、そんな事が起これば当然だろう
「で、どうするんだ、この映像を証拠に逮捕状を出すか?」
「それは、難しいよ、お兄様は少将、どうやったって揉み消されるし」
「だったら拘束か?いくらあいつでもあたしら全員でいけば何とかなる」
「それは、絶対駄目だよ」
ムッとした表情になるヴィータ
確かにケントは強い、それでもここにいるのは元六課の隊長陣、エースオブエース達である
気に食わないが数で叩けば直ぐに終わる
「だから無理なんだよ、人間じゃお兄様の力には到底かなわない」
「それはどういう事だ?」
人間じゃ無理?
「どれだけの数がいようが、どれだけの実力があったって、全てが『一流』の人間には勝てないよ、お兄様は例えるなら知識と技量の財宝庫、それを本当に使いこなしているんだったら、それは戦いじゃなく、ただの殲滅になるだけだよ」
「えっと?」
「そうだね、言っちゃうなら『絶対勝てない』」
過大評価、ではない
ここにいる全員がケントの能力を知り、その凶悪さも知っている
「だからもし接触してきたら出来るだけいつも通りに接してほしいんだ、油断させておく事が一番いい」
「油断、な」
取り敢えずいつも通りに過ごし様子を見る
あいての目的が分からない以上迂闊には動けないし『ポリゴンとなって消えた』という不自然な死に方からまだ希望だってあるかもしれない
「私はコルテットの本家にいるね、変な行動を起こされれば止めないといけないし……まぁネリアとお兄様じゃ力量の差であっという間にやられちゃうかもしれないけど」
「了解や、こっちもこっちでやれるだけやってみる、ケント君がまだ『死んだ』って確定したわけじゃないし……もし夢の中におるんやったら覚まさせてあげなあかんしな」
助けて
その言葉を発したのはいつだっただろうか
手足を拘束され、周りには大きな大人達
恐怖の中での激痛、奪われる唇
助けなんてない筈なのに、あの時はそう叫ばずにはいられなかった
まだ弱かった頃の私、なすがままだった私
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も、犯された
あの時はあの行為がどういう意味合いを持っていたのかが分からなかった
ただ怖かったのだ、全てが
自分が『おもちゃ』だった期間はどれだけだっただろうか
一年だったか、二年だったか
目の前で親を殺されて、逃げていた所を捕まって…………
眠っていたようだ、なんとも情けない
披露が溜まっていたのだろう、こちらの事を全く考えないあいつに軽く悪態をつく
それにしてもまた嫌な夢を見た、おかげで寝覚めがすごく悪い
ふと、午前中の事を思い出す
しかたがなかった事だ、どんな事情があれ、一人二人殺したぐらいで今更動揺する自分じゃない
それでも、あの金髪の女性
あれから向けられた殺気だけは尋常では無かった、幾つもの死地を超えてきたがあそこまでのは久々だ
彼女にとって『ケント』とはなんだったのか、自分にとってはただの……なんだろうか、仲間というには違う気がする、言うなれば支配者か?それとも命の恩人か?
まぁ、そんな小さな事はどうでもいい、気にしても無駄だ
この手は赤く染まっている、栗色の髪は血を吸った
不公平で、どうしよもないこの世界、私が泣いている時に世界の誰かは笑っていた
それを変えてくれる、本当の『平等』がやってくる
本当は泣きたかった
迫ってくるのは後悔と悲しみ、どうして、なんで?
ああやっていれたのは六課時代のお陰だろうか、それでも口は震えていた
何が私が守るだ、隣にいたいだ、結局何も成しえていない
みんなは気を使ってくれたのかバラバラだ、だから一人で帰路につく
何がいけなかったのだろうか、どこで間違えたのだろうか
なぜ、こんな事になったのだろうか
いくら考えても分からない、誰か助けてほしい、そう思う程に追い詰められる
だから、ギリギリまで気づかなかった
「よう」
「………え?」
思わず素っ頓狂な声が出る
目の前での事が信じられない
気付けばもう家の前、そこに……彼がいた
いつもと変わらない様子で、いつもと変わらない格好で
そこに、当たり前のように立っていた
そう、それが、あまりにも当たり前過ぎた
さっきまでの時間が、本物の夢の様に感じて
今起きている現象こそが、事実だと感じて
ただ無意識に、手を伸ばす