リリカルな世界で苦労します   作:アカルト

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偽りの世界

 

ミッドチルダの、辺境の地

 

実際彼を見つけられたのは運が良かったとしか言いようがない、聖王教会で襲われた時、彼に対して底知れぬ危険性を察知したことは確かだったけれどあの時はケントと合流することしか頭になかった

だから彼を追いかける事とかはしなかったのだが……動いてくれていたのはバルディッシュだ

 

簡単な追跡魔法、局の魔導師なら簡単に見つけ、解除できるような初歩の初歩、ただそんな魔法でも彼は解除しなかった、いや、出来なかったと言った方がいいかもしれない

 

見た目は五六歳の白い服を着た少年、どんな人間もそうだが、この年から魔法の心得がある子は早々いない、いたとしてもヴィヴィオが通っているSt.ヒルデのような魔法に力を入れている環境の中にいなければあり得ない事

この少年にはありえない、見たところロストロギアの強大な力に振り回されていると考えた方がいい

ロストロギア『病気』、詳しいところまでは分からないが名前からして大方の推測はつく、あの黒い物体に触れれば終わりという事ぐらい

後は……

 

(意思を持つ、ロストロギア)

 

少年の先ほどの言動、不意打ちを防いだ黒い物体

それらを合わせるとあのロストロギアは意思を持っている可能性がある

まだ幻覚を見ている、二重人格、様々な推測は出来るがどちらにせよ厄介な事この上ない

どちらにしろ危険すぎるロストロギアには代わりがないのだ

 

「お姉さん?」

 

「…………。」

 

首を傾げて見つめてくる少年、その表情からは自分が敵意を向けられている事すら理解していないだろう

ただ、それでもエリオやキャロとはまた違う……決定的に何かが

不気味なのだ、理解出来ないのだ、何故彼があの様に立っているのか、何故彼があそこにいるのか、それが何となく引っかかる

当たり前の事なのに普通の行動が普通ではない、生き物として理解が及ばない

ただそれでも……

 

「もう一度聞くよ、あの……ケントはどこにいる」

 

「お兄ちゃん?」

 

また首を傾げる

その一つ一つの動作が怖い、これまで出会った犯罪者の誰よりも

何だこれは、何なんだろうか、この人が出せない様な粘りつく声は

 

「僕はここで待っててって言われたんだ、後ですごいのを見せてくれるって言うから僕ね、友達とおしゃべりして待ってたんだ」

 

「…………。」

 

「お姉さんもお兄ちゃんに呼ばれて来たの?もしかしてお姉さんが僕の友達になってくれるの?」

 

「…………ここで待ってたら、ケントは来るの?」

 

「うん、そうだよ」

 

疑いもなく無邪気に答える彼

……いや、無邪気とは程遠い、凍りつきそうな笑顔

 

「お兄ちゃんがね、もう少ししたらすっごいお祭りをするんだって、お友達ができる?って聞いて見たら一杯できるって、僕ね、お祭り初めてだからすごく楽しみなんだ、お姉さんもお祭り?」

 

「……お祭り?」

 

何のことだろうか、少なくとも彼が目の前の少年に伝わりやすい様に何か別の事を言い換えたのだという事は理解できる

何をする気だろうか、よくも悪くもここは何もないただの荒野、少年のいうお祭りには程遠い

 

「お祭りだよお祭り、えっと、何だったかな~、確か……はじまりの

 

「っ!?」

 

 

彼の言葉を聞き終わる前にその場から離脱する

障壁を展開、スフィア展開

自身の周りにサークルプロテクションを張り……スフィアを地面に向かって一斉掃射

荒れ狂う爆風、暴風……そして黒

 

「くっ……」

 

あれに触れてはいけない事は容易に想像できる、だからこそ自身を全て覆うサークルプロテクションを展開した

しかしこれだってどれだけの効力を持つかは未知数、少なくともあまり期待はしない方がいい

 

「だ、だめだよ、お姉さんは悪い人じゃないかもしれないよ?」

 

少年は少年で必死に宥めようとはしているがそんな物は関係ないだろう

自我はあるので心配はしなくてもよいとは思うが簡単な追跡魔法さえ気づけない少年である事には変わりはない、あの子はロストロギアにとって都合のよい器でしかないのだ

そんな彼が何を言ったところで、敵であると認識した相手への攻撃の手を止める事はない

 

「プラズマ」

 

距離をとって魔力を溜める

本当はこんな事はしたく無いのだが……彼がロストロギアの器であるならばそれを行動不能にさえしてしまえばこちらの物だ

非殺傷設定で彼の中にあるロストロギアを破壊してしまえばいい、なのはと同じ様な荒っぽいやり方にはなってしまうのだがしょうがない、もとより手加減が出来る可愛いものではないのだ

 

「スマッシャー!!」

 

魔力砲、少年が目を見開く

黒によって相殺される砲撃、そんな事は理解していたので追撃とばかりにスフィアでの追撃をかける

火が弱点なのは見て分かる、シグナムがいれば彼女の火力でどうにかなったのだろうがない物を強請っても意味がない事を知っている

 

「トライデント」

 

カードリッジを二つ消費、スフィアの追撃は止めない

少なくとも少年に機動力がない事は確信できる、あの子の足では歩く事さえままならないのかもしれない

ロストロギアに関しては防御に徹しているために器を移動するだけの事は出来ないはず、見たところ集団殺戮用のロストロギアであって戦闘に特別特化しているわけでもないのだろう

黒の壁も先ほどの砲撃でどれほどの物かも知れた、後は、大出力で押し込むだけ

 

「スマッシャー!!」

 

雷撃が飛び散る、電撃の槍が地面を抉る

高出力の砲撃によって先ほどまで弾幕を防いでいた壁が吹き飛ぶ、少年の姿が露わになる

爆風と共に、槍が全てを貫いた

 

 

 

 

 

お父さんも、お母さんも、毎日来てくれたのを覚えている

真っ白な部屋に、僕はいた

実際には真っ白というか、カーテンとか壁とかが白かっただけで、テレビもあったしゲームもあった

毎日ピンク色の服を着た女のお姉さんがご飯を持って来てくれたし、不自由なんて何もなかった

僕は生まれつき足が動かなかった、何でかはわからない

僕は生まれつき体が弱かった、何でかはわからない

 

生まれた時からずっとここ、もう五歳になるのに、幼稚園だって保育園だって行った事ない

この建物の中で、僕はずっと一人

 

お母さんは時々泣いてる、何日かに一回は「ごめんね」とずっと言っている

お父さんはそんなお母さんを抱きしめて慰めてる、何でかはわからない

 

なんでだろう、最近は指がよく動かなくなってきた

 

なんでだろう、最近は口も動かなくなってきた

 

建物はこの頃ずっとドタバタしてる、せんそうってなんだろう

 

へいきってなんだろう、びょうきってなんだろう

 

その日からご飯が少なくなった、なんでだろう

 

お父さんが僕のとろこにこなくなった、なんでだろう

 

お母さんもこなくなった、ナンデダロウ

 

 

 

もう光もなくなった

もう鼓動もなくなった

 

 

だれもいない建物、この前おっきな音がして、みんなの悲鳴がきこえた

 

そのときからだれもこない、ごはんもない

 

だれのこえもしない

 

なにもない、なにもうごかない

 

ナンデダロウ?

 

 

全部無くなってから、声が聞こえた

 

初めて聞いた声、僕と同じ位の、無邪気な声

 

初めての友達、初めて会った本当の他人

 

うれしくて、うれしくて

 

友達が僕の中に入って来るのを感じた

 

足にかかる重み、手を自由に動かせる感覚

 

初めての体験、初めての経験

 

友達が言った、目を開けてご覧……と

 

初めて自分の目で見た、外の景色は

 

 

ただの……死だった

 

 

 

 

 

 

 

なんだこれは?

 

 

汗が流れるのを感じる、肌が危険だと伝えて来る

 

身の毛がよだつとはこういう事でなはないか、これが本当なら、なのはの収束並みにたちが悪い

 

抉れた地面が、砂が……一人でに直っていく

 

あり得ない現象が起きている、おかしな現象が起きている

 

ただ、それは事実で……

 

「くっ!!」

 

一気に急上昇、己が立っていた地面が……崩れる

 

それだけではない、この世界、そのものが

 

「……一世界を、滅ぼしたロストロギア」

 

ああ、これは……規格外過ぎる

 

自分が荒野だと、何もない場所だと信じて疑わなかったこの場所

 

違った、認識そのものが外れていた、これは作り出された世界、見せていた世界

 

 

ただの擬体

 

 

 

表すなら波、世界

 

目に見える全てをかたどっていた物が壊れ、『黒』となる

 

私がいた場所は、彼が見せていた世界に他ならなかった

 

 

「お姉さん」

 

暗闇の中からその一言

 

唇が震える、力が入らない

 

そんな私に、彼は明確な殺意を向けながら

 

 

「しんで」

 

死刑宣告をした

 

 

 


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