リリカルな世界で苦労します   作:アカルト

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疾走

 

彼は平凡だった

 

ただ生活して、ただ遊んで、ただ楽しんで

 

そこに特別など何もない、青年は今のままでよかった

 

平凡な幸せ、ずっと続くであろう、この生活

 

しかし彼のそんな人生は、一瞬で幕を閉じる

 

交通事故、双方の不注意

 

彼は死んだ、あがいてあがいた末の、死

 

死は怖い、それは誰だって感じる

 

特別でも何でもない青年ならば余計だ、これから始まる人生、結婚して、家庭を作って……

 

死にたくない、生きたいと、そう願った

 

そして…………彼の願いは叶う

 

他ならぬ、『堕神』と呼ばれる存在によって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう……事だよ」

 

こいつが何を言っているのか分からない

何でコルテットを狙う、あそこに俺がいないという情報くらい……掴んでる筈だろ?

 

「知らなかったのか?まぁ、もう遅いと思うが……」

 

チンクの言葉が言い終わるより早く俺は近くの人間に念話を繋ごうとする……くそっ、AMFで上手く作動しない!!

ならば転移……そう思ってコルテットの座標を指定し、魔方陣が開かれる……だが……

 

「なんでだよ」

 

一向に転移出来ない、否、妨害されている

コルテットで用意した転移阻害?という事は警備プログラムは作動してるのか?

馬鹿な、あれは俺が組んだプログラムにコルテットの技術を足して作ったんだぞ?

四番が直接ハッキングを仕掛けたのならばまだしも作動している状況での襲撃?

それだったらネリア一人で片付く筈……どう考えてもおかしいだろ!!

 

「クソッタレ!!」

 

地面を殴りつける

背中に冷たい汗が流れる、自身の直感が警報を鳴らす

あそこにはネリアがいる、警備プログラムが作動していない状況での襲撃、ガジェットだけならまだしも……まさか……

懇願する様にチンクを見つめる

汗が全身から流れ落ちる、嫌だ、もし、それが本当ならば……

 

「何を考えているのかは知らないが……残念だったな

 

 

 

 

 

 

コルテットに送り込んだのはあの狂戦士、サンドロスだ……恐らくあそこは火の海だろうよ……そして……」

 

 

 

 

壁を破壊してその場から走り出す

急がなければいけない、守らなければいけない

俺は……俺は!!

 

ここは地下、空を飛んでの移動、いや、あのガジェットが邪魔……だったら……

 

「駐車……場」

 

直感を頼りに壁を破壊し、辿り着いたのは駐車場……だったら……

 

「解析、解析完了、ハッキング終了、ロック解除」

 

目に付いたのは一台のバイク

電子ロックで守られていたバイクをデュランダルを通してハッキングする……時間は……三秒

 

力任せにハンドルを回す

甲高い音を立てては知り出すバイク、駐車場の中で時速200キロ

邪魔な壁や柱は全て粉砕し、全力疾走で出口から外へ出る

あちこちで上がる炎、地上本部へ流れ込むガジェット、それを止めようとする局員……

何体かがこちらに気づき襲ってくる、俺に対して発見すれば迎撃するプログラムでも組み込まれているのか?

なんにせよ………

 

 

「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

なりふり構わず全てを『破壊』する

 

こんな奴はどうでもいい……目指すのは……コルテット……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年は新しく命を授かる

 

自身が憧れた世界、前世で夢見たアニメの世界

 

『最高神』の邪魔をしろ、それが『堕神』の命令

 

自分を堕とした奴、復讐したい

 

しかし実力では堕ちた神などが森羅万象を司る最高神に勝てる筈がない、これはただの嫌がらせ

 

そして、その嫌がらせを完遂させるために自分自身が転生させた者にも『嫌がらせ』をする

 

生まれた境遇、両親が悪いわけでもない、環境に恵まれていないわけでもない

 

いや、恵まれてはいるだろう、ただ堕神は『転生』というものを使った

 

原作ハーレム、原作介入、その全てを奪った

 

しかし彼にとって、そんな事はどうでもよかった

 

『生きる』事の喜び、幸せな生活、彼の人生は前世と変わらないものだった

 

しかし……現実は甘くない

 

人間は、甘くない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイクを最大速度まで飛ばしながらコルテットまで急ぐ

もともと持つ『騎乗B』、更に『皇帝特権』による上乗せ

クラクションを鳴らす車、うるさい

現に俺は全て避けている、通常の人間にならば何が起こっているのかさえ分からない早業で……

丘が見える……いつもは緑で覆われた広大な場所に、煌びやかな大豪邸がみえる筈だ

この『見る』ためだけに来る観光客は跡を絶たず、今回の為に絶対防御を兼ね備えた俺の家

 

だが、今の俺の目に映るのは光り輝く大豪邸ではなく

真っ赤に燃える廃墟だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年は苦悩する

 

憧れの世界、望んだ世界、なのに……なのに今の自分はこんな所にいる

 

確かに自分は前世と同じ幸せな生活を望んだ、ああそうだとも、自分は幸せだ!!

 

だが……刺激があるこの世界で、主人公になれるこの世界で『転生者』である自分が何故、何故この程度の幸せで満足しなければならないのか

 

自分には力がある、才能がある、この才能のおかけで、父から認められ、弟からは尊敬される

 

だがなんだ!?こんな小さな世界で一生を生きろとでも?

 

世界はもっと広いはずだ、もっと楽しいはずだ、原作だってある、憧れたヒロインだっている!?

 

『転生者』である自分が、『オリ主』であらなければならない自分が、なぜ、なぜこんな『時代』に生まれて来なければならないのだ!?

 

狂ってる、本当の『主人公』である自分にスポットライトは当たらず、これから生まれてくる転生者が主人公となる……断じて許せない、許す事は出来ない!!

 

自分には力がある、知恵もある

 

ああ、なってやろう、あの堕神のいいなりになるのはシャクだが……その為の『特典』だ

 

ああ……

 

 

奪ってやるよ、主人公を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネリア!!」

 

燃え盛る豪邸に向かって叫ぶ

なんで誰もいない、消化活動はどうなってる!!

ガジェットは、サンドロスは!?

 

誰もいない大地に自分の声だけが響き渡る

 

戦っているのか?ネリアが?一体どこで?

 

連れ去られた事後?馬鹿な、なぜここには誰もいない、もぬけの殻なんだ!?

 

様々な考えが頭によぎる

 

ふざけるなふざけるなふざけるな、焦りで直感が働かない、どこだよ、どこにいるんだよネリア!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カスッ、カス、と芝生を歩く音がする

 

 

そして、何かを引きずる音

 

 

自身の直感が、生まれながらに備わった直感が反応する

 

 

何故かは分からない、ただ見てはいけない、全てが壊れる、そう感じた

 

 

だが、体は素直だ

 

 

恐る恐る、ゆっくりと……首が後ろを振り向く

 

 

血の匂い、焦げ臭い匂い

 

 

妹がいた、ネリアがいた

 

 

信じられない形で、ズルズルと、引きずられる形で………

 

 

髪を掴まれ、衣服は原型を留めておらず、全身からは血が大量に流れ落ち、腕や足には大量の傷跡

 

 

ゴミのように、髪を掴んだまま俺の目の前まで投げ捨てられる彼女

 

 

受け身を取れず、ゴロゴロと、大切な家族は、力なく転がる

 

 

そして、俺を、真っ赤に燃える炎と真逆、冷めたような目で見つめる、ネリアをこんな姿にした張本人

 

 

彼は笑う、十九年間、俺の隣で見せた、あの笑顔で

 

 

彼は笑う、共に笑ったように

 

 

彼は笑う、いつものように、主人を迎えるあの笑顔で

 

そして、いつものように、一言

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ケント様」

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには黒のスーツをネリアの血で真っ赤に染めた

 

 

鮫島が……立っていた

 


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