朝日が差し込んだ直前の部屋、そんな時間に彼は起床する
同級生と比べると整った顔立ち、五体満足の立派な体、他と比べれば若干裕福な家
まだ時間は充分にあるのだが、彼はそのまま台所へと向かう
母親はまだ寝付いており、父は主人の家に泊り込み、恐らくは自分より早くに起き、今頃テキパキと部下の者へと指示を飛ばしている事だろう
そんな光景を頭に浮かべながら苦笑いする、手馴れた料理、母は多分また起きれなかったと自分に謝り、弟は喜んでくれるだろう。
自分は幸せだ、元よりだいぶ古い時代に生まれた俺だが……この家族に、この世界に不満を持ったことはない
よし、出来た、と目の前に並べられた日本食をテーブルに並べる、二階から階段を降りる音がする……母が起きたのだろう
その後からまた足音、母が申し訳ないように、されど嬉しそうに席につく
弟が自身の料理に目を輝かせ、いただきますと無我夢中で食いつく
何気ない日常、これが……幸せ
確かにこの世界には沢山の出来事が、刺激が満ち溢れているだろう
ただ……今の幸せを壊してまで願うものでもない、自分とは違う転生者?
俺は原作介入出来ない?だからどうした、俺は……小さな幸せさえあればそれでいい………
「なんで……だよ……」
今だに燃え続ける豪邸を背に、ケントが信じられないような……受け止めたくないような目でこちらを彼を見つめる
信じてた、頼りにしてた、かけがえのない存在だと思ってた
いつも自分を支えてくれる存在、なのに……なのに……
「ああ、ああ、あぁぁぁぁ」
手がネリアの元へと伸びる
変わり果てた姿、これが、これが家族のものだとは思いたくない
彼女を抱き寄せる、懇願するように胸に手を当てる……息は………ある
「ネリア!!ネリア!!ネリア!!」
無意識の内に治療魔法の術式を組み立て、彼女に手を当てる
柔らかい光に包まれる彼女、傷の治りが早いとはいえないが、さっきと比べれば断然マシだ。
俺が悪いのだ……
何が、何が一人で生きていくだ、何が誰に対しても油断をしないだ
あの時に誓った事はなんだったんだ、強くなろうと……誓ったじゃないか
なのに、俺は……みんなと共に過ごして……心があまくなって、結局は何も守れていない
その場から顔を上げる、いつもと変わらない笑顔でこちらを見つめる……鮫島……
原作までまだまだ何十年もある
そう、『原作』だ、この世界の中心部でもあり、軸でもある、それ以外の事柄などただの『設定』でしかない
………俺は確かに幸せを望んだ……だが……小さ過ぎる
鮫島家は代々、主人を持ってその一生を主人に尽くす、この俺は弟とともに『バニングス家』で働く事になるだろう
確かに、原作の流れに乗るとするならば俺は確実に『アリサ・バニングス』との接触を持つ事になるだろう……だが、所詮その時点で俺は『モブ』
そんなのでいいのか?『堕』がつく神でも『選ばれた』存在であるこの俺が?
たしかにこのままでも充分に幸せだ、俺が望んだ光景だ
しかし、しかしだ、よく考えてみろ、今の俺には『これ以上の幸せを掴み取る力がある』
そんな人間がなぜ今のままで満足しなければいけない、俺はこの時代に生まれ、もう一人は主人公達と同じ年に生まれてくる、理不尽だとは思わないか?
生まれてくる時点でこれだけの差があるのだ、いや、もう『差』などではない、『競い合う』ことさえ出来ない
俺は新たに生まれてくる転生者が原作に介入し、『ヒーロー』となっていく姿をこんな、こんな小さな世界から指を咥えて見ていろと?
そんな事ありえないだろう!!
弟が武道の鍛錬に励む、父が、母が俺を『天才』と褒め、弟からは尊敬されている
いつか立派な執事になるだろうと、お前の上に立つ存在はいないと
ああ、確かにな、このスキルによって俺の将来は約束されているだろうよ、幸せな未来が待っているだろうよ
だけど……駄目なんだ、俺は『今』に満足出来ない、この世界に生まれ落ち、ただのモブになる?ふざけるな
俺には幸せを勝ち取る権利がある、主人公となるべき権利があるはずだ、その権利を、どこの馬の骨かも分からない転生者に奪われるなんてありえない
………こんな狭い場所にいること自体が駄目なんだ……
こんな小さな幸せに未練はない
「なんで、なんで、なんで!!」
ネリアの治癒を続けながらケントが叫ぶ
懇願、嘘であってほしいと、何故こんな事をしたのかと……
ケントには分からない、初めから権利を奪われた人間の気持ちは、生まれながらにして負けていた人間の気持ちは
しかし、それならば可愛かった、それならばただの嫉妬、だが……時間は人を変える
「この世界は私の物である筈なのですよ」
原作との大きな違い、こんな物は、原作には無かった
『コルテット』
魔力持ちの彼が地球に通りかかった次元航空船に転移し、密航を遂げてから始めたのは原作との違いを探すこと
現に自分という存在によって鮫島に兄がいる、というイレギュラーが生まれてしまっている
ならば、これから生まれてくる転生もなんらかの事で原作に影響を与えているだろう
そう、鮫島の予感は当たっていた、完全なる形で、目に見える形で
次元世界の経済を一身に束ねる大財閥、管理局にも顔がきき、技術の常に最先端を走る存在
彼の行動は早かった、今まで磨き上げた自分をアピールし、コルテット専属の護衛となった
原作までまだまだ時間はある、彼は努力した、少しでも力をつける為に少しでも這い上がる為に
自分は主人公になれると、転生者を蹴落としてでもなってやると
そして………
「君が、鮫島君かね?」
「本日より護衛を務めさせてもらいます。鮫島と申します」
彼の主人、『ギル・コルテット』、のちのケントの父親の付き人となる