「――ああ。あとはまかせてくれ」
そう告げて、俺たちに背を向けて乗り込んでいく王子――いや、もう王子ではない。
王として相応しく成長した彼の姿は船の中へと消えていく。
何年、この地で闘い続けただろう。
剣神バハムートに俺たちが行った叛逆の罪を許されて……何年だ?
数年前にはとうとう世界は闇に――夜に包まれて。
船が動き出し、その姿が遠ざかるまで見届けて深い息を吐く。
――体は既に限界を迎えていた。
王が目覚めるまでの間……この地を守り続けるために血を吐き、魔力を無理矢理引き出して
闘い続けた体をそろそろ休めないと。
『――王の剣よ。おまえの生に栄誉の使命を課す』
王を守り続けることが――それが俺に課せられた栄誉の使命だった。
視界が徐々に霞んでいき、共に戦い抜いた仲間やリベルトが見えない。
そういえば、王の魔力が備わった道具や秘薬は結局使う事は無かったな。
この体に使っても最早意味はなさないだろうが。
手がボロボロと砂のように崩れていく。
このまま全身がそうなるのだろう。
――怖くはない。
使命を全うし、世界が救われる要因の一部程度にはなれただろう。
王の剣の罪もそそぐことができた。
ただ、一度俺の願いが叶うのなら。
意識が遠のく感覚を感じながら、朝日を最後に思い浮かべる。
――夜明けを迎えた世界を見たかった。
その王の剣の体が灰となり、風に攫われたとき。
円形の光が灰の前に突如現れる。
灰は吸い込まれるかのように光の中へと導かれていき、その中へと消えていった。
「……ミスタ・コルベール! こんなのは、何かの間違いです!!」
声の主は恐らく少女だろう。
寝起きのような感覚で俺はその声に起こされた。目を開けると、予想以上の眩しさに目が眩んだ。
……俺は死んでいなかったのか?
眩しい、という感覚は久しぶりに感じる。
草原にいるのか、草の匂いとそよぐ風が体に染み渡る。
目を閉じてそれを感じていた時、俺は首を傾げた。
草木は枯れ、こんなに爽やかな風は記憶にない。
そして眩しいという感覚……。こんな感覚は一体何年ぶりか。
意を決してゆっくりを目を開けば、そこは俺が夢にまで見た光景だった。
太陽は丁度真上に存在し、その光を身に浴びることが出来る。
やはりそうだ。目覚めた王が夜を終わらせることに成功したのだろう。
だとすると、どれくらい日にちが経ったんだ? 草木がここまで伸びるのだってそれなりに時間はかかる。
そして一際目を引く大きな建造物は、明らかにここ数日で作り上げられたものではない。
ある程度年期のいったものだろう。
王が光を取り戻してから幾年か経っていると考えるのが妥当だろうか。
というより、何故俺は死んでいない?
あの時に俺の体は確実に灰と化したはず。
誰かが魔法で俺をここに呼び出した? 灰の状態から俺を蘇らせて?
バカバカしい。魔法が扱えるのは王家の者だけだし、魔法も万能ではない。
瀕死や仮死の状態、死んだ直後ならまだしも、灰となった者は魔法であっても蘇らせることは
確実に不可能だ。
周りには、俺より幾分か年下の少年少女が存在していた。
制服であろう服装に身を包み、皆が一様にこちらを――俺を見ている。
にしても、彼らの服装はまるで魔法使いのコスプレをしているようにも見えた。
それっぽい杖も握っているのが見られるし、そういったコスプレ集団かまたはカルトの一種か。
掌に仄かに青い光が宿る。どうやら魔法は問題なく使用できる事が確認できた。
彼らが手を出す素振りが見えたのなら、すぐにでも逃げ出せるだろう。
「あー……失礼、ミスタ?」
周りの様子を観察していた俺に声をかけてきたのは、中年の男性。
恐らくはこの子供たちの監督者か何かか?
何故俺がここにいるのかはわからないが、この場にいる彼らならわかるか?
あくまで警戒を解かずに姿勢を正し、男性を見据えてから俺は身元の説明を行った。
「……失礼した。突然のことに自体が掴めず、混乱していた。
俺はルシス王国、ノクティス王の直属部隊『王の剣』所属。名はステルラ・クレプスクルム」
叛逆の罪がそそがれたことで、俺は王の剣所属と誇りをもって言えるようになった。
取り急いでルシス王国へと帰らなければならない。
俺が生きていたとなったら周りの奴らも驚くだろうし、ルシス王国再建も
手伝わなければならない。
すぐに戻れるだろうと俺は考えていた。
「ルシス王国……ですか?」
男性はさも知らないといった様子に俺は眉を潜めてしまう。
ルシスは滅んだが、以前は魔法大国として世界中に名を馳せている。
どんな片田舎だろうと知らないわけがない。
「魔法大国であるルシスを知らない……とは言わないだろう?」
「すいません、そのような国に心当たりは……」
地図さえあれば嘘を言っているかどうかは明白になる。
直ぐに嘘をついたと分かるような嘘はつかないだろうし、本当に彼は
ルシスを知らないのだろう。
「……夜明けが来るようになってから幾日たっている?」
「は?」
首を傾げる彼に嘘をついている様子はない。
その様子を見て、ここが俺といた場所とは違う世界なのだと俺は予想した。
恐らく、この世界では永遠に夜のままという事件は起きていないのだろう。
そして――ルシス王国もまた、存在しない?
「……どうやら、随分と遠い所からここに来たらしい」
異世界、などと言えば狂人と見られるのは明白だ。
だったら適当に遠い異国から来たとでも言っておけばいい。
それに異世界とまだ確定したわけではない。今は情報を集めることに専念しなければ。
「まぁ、俺の事は今はいい……俺がなんでここにいるのかを説明してほしいんだが。
ここは一体どこだ?」
「ここはトリステイン王立魔法学院です。……ああ、自己紹介が遅れました。
私はここで教師を務めさせていただいています、ジャン・コルベールと申します」
自己紹介をしつつ、コルベールはおくびに出さずに警戒をしていた。
彼は――ステルラは今武器を何一つ持っていないというのに、警戒しろと本能が告げている。
身のこなし一つ一つから、彼が軍属の者という言葉に嘘がないことがわかった。
「貴方は使い魔になるために呼ばれました」
コルベールは唾を飲み込んで事実を告げ、簡潔に彼の状況を説明した。
使い魔召喚の儀と呼ばれる特別な儀式で彼が生徒の一人に呼び出されたという事。
人間が呼ばれたことはこの学院で史上初めてだが呼び出された者に例外はなく、契約をしなければならないという事。
契約をしなければ今後の人生に大きな影響を及ぼしてしまうという事。
契約してしまえば、一生ともいえる年月を共にしなければならない事。
説明が終わるまで彼は腕を組み、目を閉じていた。
彼の立場で考えれば納得はいかないだろう。
突然呼び出されて一生従えと言われているのだ。反抗することだって考えられる。
そして、彼は王直属の部隊に所属していると言った。
場合によっては大きな国際問題へと発展してしまうのは目に見えている。
「……いいだろう。いや、よくはないが。その使い魔とやらになろう」
深いため息を吐いた後、面倒くさそうな表情で言った彼に正直耳を疑った。
「その、貴方の国などに問題は……? 隊員が一人消えるなどで国際問題などには――」
「その点については恐らくは心配はない。気にしなくていい」
あっちじゃ死んでるからな、とは口が裂けても言えない。
確実に変人だと思われる。
「では、ミス・ヴァリエール。契約を」
名前を呼ばれて一歩踏み出してきた少女。
ピンクの髪が奇麗な女の子、というのがステルラの第一印象だ。
「……ミスタ・コルベール。本当に契約するんですか?」
「ああ、例外は認められない。彼も同意しているし、時間も迫っている」
どうしてこんな人間を呼びだしてしまったのか、とルイズは相手を睨み付ける。
自分は高貴な使い魔を望んでいた。それなのに召喚されたのは全身黒ずくめのみすぼらしい恰好の人間。
部隊がどうのこうの言っていたがそんなのは出鱈目や嘘だとルイズは決めつけていた。
「かがみなさい」
間近に迫った彼を観察しつつ、詠唱を紡ぎ出していく。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
呪文を唱え、杖を男の頭へと向ける。
一呼吸置いた後、自身の唇を彼の唇と一瞬重ね合わせた。
屈辱や気恥ずかしさで赤くなった頬を意識しないようにして、ルイズはコルベールへと顔を向ける。
キスという行為に一瞬驚いたものの、そんな驚きは左手の痛みで掻き消された。
痺れるような痛みが終わったかと思えば、そこには刺青でも刻んだような紋様が浮かび上がっている。
恐らくはこれが使い魔の契約の証、なのだろう。
「終わりました」
「ふむ、サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんと
できたね」
コルベールはそう言いながらスケッチブックを片手にステルラへと近寄り、ルーンの模様を確認した。
「ふむ、珍しいルーンだな。すまないが、少しスケッチさせてもらえないかな?」
「それぐらいなら構わない」
サラサラと書き写したコルベールは、何度か書いた物とステルラに刻まれたルーンを見比べ、満足げに
頷いた後踵を返した。
「これで全員の召喚が終わりました。それでは、各自教室に戻りますよ」
そういいながら、コルベールは杖を振るって空に浮かび上がり飛んで行く。
やはりここでは魔法は特別なものではなく、この生徒等は魔法を普通に扱えるのだろう。
特別な人しか使えなかった魔法をこうも人々が容易く扱う光景はステルラにとってはやはり異様だった。
その光景を見て、ステルラは一つの可能性を見出す。
――俺にも魔法が使える、という事はないか?
(現にシフトや武器召喚はできるだろうし、太古の魔法である『黒魔法』や『白魔法』も
扱えるようになれば……)
生徒達がコルベールに続いて飛んでいく様子を眺めながらステルラは思考を巡らせていた。
「――ルイズ、お前は歩いて来いよ! フライはおろか、レビテーションだってまともにできないんだからな!」
明らかに侮辱するような声色で言い放った男子生徒は、下品に笑いながら飛び上がっていく。
ルイズはそれに対して口を開こうとしたが、既に生徒の耳に届く距離ではないと判断したのか口を閉じ
八つ当たり気味にステルラを睨み付ける。
「あー……改めて自己紹介しとくぞ。ステルラ・クレプスクルムだ。これからよろしく頼む」
「……あんた、貴族じゃあ無いわよね」
唐突な質問に首を傾げつつ、ステルラを肯定した。
彼の家は普通の平民であり、決して貴族ではないと断言ができる。
ステルラが頷いたのを見てルイズは大きくため息をついた。
ただの平民という事はイコール魔法が使えないという事になる。
これは実力も期待しないほうがいいだろうな、とルイズは決めつけた。
「そんなところで突っ立ってないで、さっさと戻るわよ。ステルラ」
「色々と説明してほしい事もあるんだが」
「説明なら部屋でするから、今は黙ってついてくる!」
「はい」
短気な性格の持ち主に歯向かっていい事はない、とステルラは素直に
ルイズの後ろを着いて歩いて行った。