準々決勝、第六試合の組み合わせ。それはまるで将矢という鬼を止めてくれと言わんばかりであった。
『準々決勝!黒怨甲龍・凰鈴音!!対するのは、スラフティン・土谷将矢!!』
双方、何も言わずにリングへ上がる。お互いに交わす言葉は短いものであった。
「束さんの訓練を受けたのか・・・?」
「ええ、アンタと同じものを・・ね」
それだけを伝え合うとお互いに構える。だが、何気なく呟いた。たった一言が二人にとって突き刺さる言葉であった。
「どうして堕ちたのか・・・」
「さぁ・・ね」
言葉は不要、勝った方が先へと行ける。それだけが戦う目的。親友を取り戻すために、恋人を取り戻すために、修羅と成り果てた二人が、戦いという舞台にて激突する。
『試合開始!』
開始前に鈴は動き出し、青龍刀の一撃を囮にして将矢に組み付いた。この奇襲に本来は反則を取られるところだが、消えたと錯覚させる程の早さで飛び上がり、試合開始の合図と同時に組み付いた為に、反則にはならない。
「ぐ・・おおお・・・んぐう・・!」
「ふふ、どう?吸い込まれるのと締め上げる感覚を同時に味わうのは初めてでしょ?」
鈴が行っているのは本来、肌を介してしか通用しない裸締めだが、冷却の為に空気を吸い上げる火炎放射器側の機能を将矢の顔近くに置き、吸い上げているのだ。
「っ!」
ISをお互いに纏っているために、重さや搭乗者を守る防御機能の影響でこのような事を意味は成さない。
だが、将矢は上空へと瞬間加速によって上がり、鈴の脚を掴むとそのまま急速に落下を開始した。
「ま、まさか!?」
「お互いに血を流す事になるけど、な!」
自らを犠牲にして、鈴の奇襲を退けた将矢だが、自分自身にもダメージは大きかった。それもその筈、会場のライトが触れられる高さから落下したのだから。
「こんな・・事も・・・戸惑いは無い・・のね?」
「当たり・・前だ」
奇襲は成功したが、予期せぬ反撃をくらい、お互いにダメージは五分と五分。武器を使うのすら、鬱陶しく感じた二人は甲龍とスラフティンの腕で殴り合いを始めた。
「ぐはっ・・!鈴の体格で・・これほどのパンチを・・流石は・・一年で代表候補生になった実力は違う・・俺よりも上だ・・けどな!!」
「ぐふっ・・!?・・お、重い・・初めて出会って・・戦った時は素人丸出し・・だったのに・・!もう、追いつかれてたのね・・!」
防御をかなぐり捨てた殴り合い、武器を使った小細工は無用。何も考えずただただ、拳を相手に撃ち込む。
「ぐふぅ!?」
リングの端まで飛ばされたのは、将矢だった。鈴は修羅に身を堕しても、向上という輝きを失っていなかったのだ。
彼女が使ったのは寸勁。相手に軽く当てた状態で繰り出す、中国拳法において発案された発勁の応用である。
これは前から出来た訳ではない、彼女自身が気づいていない格闘センスがほんの一瞬、表に現れたのだ。
「ハァァァ・・・」
呼吸を整える為のため息を吐き、将矢が飛んでいった方角を見つめる。あの鬼がこのままやられるはずがない、その予感は的中し、起き上がった事を表すように、一歩踏み出した音が聞こえる。
「・・・流石だ。だが、俺も隠し技くらいはある」
「オーバードライブの事?そんなの何度も見てるから」
「確かにオーバードライブだ。だが、それで格闘技をやったらどうなるかな?」
「え?」
リラックスした状態から放たれた正拳突き。まるで赤ん坊が軽く握っている状態、菩薩の手の形と、ソックリな拳の一撃。だが、この一撃をくらった鈴はひとつの疑問点にたどり着く。
高ぶっていたはずの将矢自身の気持ちが、落ち着いてしまっているのだ。戦いとは高揚してしまう事が大前提となる。
中には自分自身を冷静に、保たせる事が得意な人間もいるだろう。だが、高揚感だけは消せないはずだ。
「ふぅ・・・ちゃりああああ!!」
「はっ、速い!?」
オーバードライブによる戦闘は本来、音速よりも過剰に加速し、相手を追い込むことが前提であった。
だが、将矢は翻弄する速さではなく、オーバードライブの速さを利用した格闘技を行えないかと、馬鹿げた発想をしたのだ。
「音速の拳とは、ね!」
動体視力を持ってしても受けきれないと判断した鈴は、己の身体の感覚を信じる事にした。機械に頼っていては当たっていまう。この拳を受けてしまったら倒れるまで食らい続けて倒されるだろう。
鈴の勘は当たり、ギリギリのところでなんとか躱しきれていた。だが、オーバードライブを発動しているという事は、身体の全てが極限状態であり、脳内から分泌される物質が出ているのだ。そして。
「ぐ・・が!」
とうとう、将矢の一撃をもらってしまう。音速の拳とも言えるスピードで繰り出される打撃は、決して軽くない。
むしろ、重すぎて受けきれない。スピードと質量が組み合わさった破壊力は、凄まじいものがある。
スラフティンというISを纏っていたとしても、本来ならば出来ることではない。
「言ったはずだ・・邪魔するなら容赦はしないと」
「アタシだって・・・負けら・・んない・・のよぉ!」
防御に回りきっている鈴は反撃ができない。それ以前に将矢が反撃の暇を与えてこない、倒れるまで振り続ける拳、だが。
「ぐ・・・あああああ!」
将矢は飛び退いて、苦しみ始めた。そう、オーバードライブの限界値を超えてしまったのだ。どんなに訓練してもこの弊害からは逃れられない。
「隙有りぃ!!」
今度は鈴が反撃に出る。お互いに優しさや思いやりを心の奥底に沈めた者同士の戦いに、遠慮という言葉はない。
「ぐ、ごあ!がああ!」
「その血まみれの手で、セシリアを助けられても抱く事はできないわよ」
「わかっている・・さ」
『将矢、今だ!押し込め!』
「!?」
勢い良く殴りかかってきたパンチを、まるで受け流すかのように鈴は地面に叩きつけられた。将矢が使ったのは日本では有名で、海外ではミステリアスアーツとして知られる武術、合気道の当て身を使ったのだ。
ロクショウはタイミングだけを将矢にアドバイスした。だが、それだけではなく、束に鍛えられた身体と神経、メダルの経験と知識の吸収が合気道を発現させたのだ。
「な・・に?今の・・・?」
鈴にとって合気なんてものは初めての経験だ。将矢自身も使えた理由はわかっていない、ロクショウからのアドバイスを実行したに過ぎないのだ。
ロクショウ自身、いや・・・メダルの意思達は鬼となった将矢を手助けする為に、各々が知るべき知識を得ていたのだ。
合気道や空手などはその一つに過ぎない。
「・・・・鍛え抜かれたつま先とかはないが、これなら出来る」
親指と人差し指の間で鈴の眉間を突いた将矢、それを受けた鈴は目潰しを受けたかのように動けなくなってしまった。
「あがっ!?」
『虎口拳、相手を一瞬だけとはいえ、怯ませられる』
「もう、戻れないのなら突き進むのみ!だから、鈴・・・今のお前は邪魔だ」
連撃は出来ない、その代わり、今の状態で最大限に重い一撃を貫手で放った。急所は外されたが、右肩に突き刺さった。
「ごぶっ・・!将・・・矢・・・鬼・・・の道・・に・・花・・は・・咲くの・・か・・し・・ら」
言葉と共に、ドサッという音と同時に鈴は前のめりに倒れた。スラフティンの手に初めて人の鮮血が、こびり着いている。
「鈴ーーーーー!」
一夏は叫んでいたが、観客の歓声にかき消され、届くことはなかった。更には将矢への怒りが増していく。
箒、鈴といった自分の幼馴染が殺されたも同じ位の、重傷を負わされた。これだけでも、充分、許すことが出来ない事だ。
「・・・・っ!」
『勝者!土谷将矢!!』
控え室に戻る将矢、それを見つめる一夏、運ばれていく鈴。それぞれが思う事は全く違っているのを表しているかのようであった。
◇
将矢は控え室に入るなり、備え付けのトイレで吐いた。今までの苦しさを吐き出し続けるかのように。
「うおええええ!げええええ!!」
『・・・・』
その様子をメダルの意思達は見守る事しか出来ずにいる。彼らには肉体に代わる物がない、故に歯痒く、悔しさだけが強まるのだ。
「うおえええ!!はぁ・・・はぁ・・・次は決・・・勝だ。決勝に勝てば奴と戦える・・・」
愚直なまで助けようとする姿勢。だが、彼はもう一つ覚悟を決めかけている。それは二度とセシリアと共に歩む事はできないという道である。
殺して来たといえば、セシリアはきっと別れを告げてくるだろう。それすらも飲み込んで行こうという考えだ。
「・・・・俺もただの・・一匹の鬼だ」
軽く呟きながらも、将矢は泣いていた。彼の心の内は耐えられるギリギリまで行っていたのだろう。そんな状態の中、将矢は誰かの声が聞こえた。
『私を罰して・・誰か私を罰して・・・罪を償わせてください・・・』
少女のような声は、すぐに消えてしまい。一体あれは誰だったのだろう?という疑問と共に、将矢は休む事にしたのであった。
IS学園の選手は生きています。重傷なだけで生きています。
次回は挑戦権獲得のため一夏との戦いです。