三十八日目
今日はこの世界に来て一番疲れた。精神的な疲れではキャベツの方がまだ上だけど、肉体的な疲れでここまでのものは初めて。
今日もいつも通り鬼ごっこをしてきたが、今日で終わりにしようと思う。最近は初心者殺しの動きについていけるどころの話ではなく、初心者殺しの動きを先読みして首元に剣を滑り込ませるくらいにはなってしまったから。先読みだけならともかく、動きについていけるんだったら敏捷の数値も十分なくらいに成長してるって証拠だし、あんまり殺しすぎたら生態系に影響が出るかもしれないしね。どこかの世界の狩人も自然界との調和を重要視してたし、正しい選択だと思いたい。というか初心者殺しに追いつける人類ってこの世界に何人いるんだろうね。高レベルの冒険者とかにそこそこ多いことを祈るばかり。
いつものように浴場で汗を流して食事を摂っていたところで丁度同じ時間に食事をしていたアクアがクエストに行こうと言い始めた。ダクネスと私はどちらかというと賛成、くらいの考えだったので、アクアが望むなら高難度の依頼に連れていく手も考えていた。ゲームとかで言う寄生に当たる行為だけど、オンラインゲームみたいにアクアに経験値が渡ることは無いので私はいいんじゃないかと思っている。どうせダクネスがついてくるだろうからアクアの安全は守れるしね。
反対派のカズマ君とめぐみんはアクアの泣き落としに屈したので全員で依頼に行くことになった時点でこの考えは消し飛んだけど。
好きな依頼を取って来いとカズマ君に言われたアクアは上機嫌で掲示板に向かった。カズマ君が念のため後ろから着いて行ったところ、アクアが請けようとしていたのはギルドに貼ってある依頼書の中で最も危険と思われるグレンデルという巨人の討伐。全員で反対させてもらった。ゲイ・ボルグの能力を使えば全く問題はないんだろうけど、私は緊急時以外はゲイ・ボルグの能力を使いたくはない。神器の能力を自分の力だと思いたくないから。
結局、アクアの水の神としての権能、『触れている液体を水にする』というのを利用した依頼、『湖の浄化』に落ち着いた。湖は街の近くにあるもので、水質が悪くなり、モンスターが住みついてしまったというもの。ブルータルアリゲーターという鰐のようなモンスター、というか鰐が多数存在していた。ブルータルアリゲーターは地球の鰐に比べて顎の力がとても強い。しかも浄化中に襲い掛かってくる可能性が高かったため、ギルドに猛獣捕獲用の巨大な檻を借りた。アクアを中に閉じ込める形で湖に置いていく感じ。
ブルータルアリゲーターの対処法としては地球の鰐と同じ、といっても分かる人なんていないと思う。地球の鰐は閉じる力は強いが、開く力はそれほどでもない。後ろから近づいて、背中の上に跨いで口にロープを掛ければ捕獲・無力化ができる。この世界の鰐も似たようなもので、閉じる力は計り知れないが、口を無力化してしまえば脅威はほとんどなくなる。あえて挙げるなら爪くらいかな。
私の場合は今回、長剣とゲイ・ボルグの両方を持って行っていたので幸いした。長剣を口の辺りに突き刺して(気分は忍者マンガ・綱手の「閉じてろ!」)ゲイ・ボルグでとどめ。陸に引きずり出せばこういうことができるから楽で助かる。
本来、ブルータルアリゲーターの相手をするつもりは無かったんだけど、檻のなかで群れに囲まれて泣き叫んでいたアクアを見ていたたまれない気持ちになって、つい。別にチンパンジーの声真似上手いですね、と思ってしまった罪滅ぼしではない、断じてない。
浄化を始めて大体7時間。湖全体の浄化が終わったのか、ブルータルアリゲーターの群れはどこかに行ってしまった。私の討伐数は15匹とやや少なめだったが、多分休憩しながらちまちまと狩っていたからだと思う。ブルータルアリゲーターの素材で使える所は分からないので、とりあえず使えそうな爪と、美味しいと聞いたことがあるテール肉を剥ぎ取った。保存して明日にでもギルドの調理師に渡してみようと思って今も置いてある。最近寒くなってきたので腐りにくくなっている(かもしれない)。寒いのは苦手だけど、こういった点では助かるね。
7時間もの間鰐に檻を攻撃され続けていたアクアは心に大変な被害を受けてしまったようで、しばらくの間檻から出ようとしなかった。アクアが食いついてくるであろう報酬の話を出してみたけど、反応は微々たるもの。報酬全額でも立ち直らないって言うのはとんでもない心労だったんだろう。結果的にアクアは檻から出てくることになるけど、この時アクアが復帰する要因となったミツルギ君には感謝こそすれど、彼の誘ってくれたパーティーにはあまり行こうとは思わなかった。そこそこ楽しそうなんだけどね。
さっきアクアが復帰する要因になったと書いたミツルギという人は、檻の中から出たくないと駄々をこねるアクアを檻に入れたまま運搬している途中で出会った少年だ。彼も転生者で、魔剣・グラムという神器を特典としてもらっていた。グラムは多分北欧神話の石や鉄を軽々と切り裂くほど鋭利だとか。彼の背中に装備されていたうえ、かなり長かったことから鍛えなおされた後かな?某運命ゲームのすまないさんの扱う武器、バルムンクのモデルになっていた気がする。
ミツルギ君はいわゆるラノベの主人公、を成長させるために作者が仕向けた踏み台。のような感じだと思う。言動がもう少し人のことを考えてたら主人公の友達くらいのキャラにはなったんじゃないかな。
ミツルギ君はアクアに深い感謝の念を抱いているようだ。まぁ、日本よりは生きてて楽しいよね。そんな世界に転生させてもらえたし、立派な武器も貰えたし。私もその点ではアクアに大声で感謝の念を伝えることができる。パーティーになってからは……駄目な点が多すぎてその辺の感謝が消えそうだけど。
アクアが女神扱いされたことによって精神的に復帰をしてから、ミツルギ君はカズマ君を軽く罵りつつ私達をパーティーに誘ってきた。
大分簡潔に書いているけど、普通に人ならこうなると思う。自分が尊敬している、もしくは感謝を抱いている人物が檻の中に閉じ込められていたらキレるわ。
そんなこんなでカズマ君に詰め寄るミツルギ君を私とダクネスで止めたところ、ミツルギ君は私達に視点を移し始めた。綺麗な人と言われたのは嬉しかったけど、彼のスタイルはなんというか、全く惹かれなかった。カズマ君の方が一緒にいて面白そうだ。ミツルギ君と一緒にいて面白そうなのは強いモンスターに挑めるであろうことだろうけど、若干ナルシストが入った性格は苦手だ。正義感の強いナルシストとある程度クズの入った仲間思いならクズの方がマシだ。カズマ君がクズということではないんだけどね。
その後、なぜか決闘によってアクアの今後が決められることになった。低レベルの冒険者に高レベルのソードマスターが瞬殺される様は滑稽だったとだけ書いておこうと思う。
カズマ君は決闘の商品としてミツルギ君のグラムを回収。ミツルギ君のパーティーの女の子たちに抗議を受けたが、カズマ君の下着を剥ぎ取るぞ発言に怯えて逃げていってしまった。前言撤回。カズマ君クズかもしれない。ちなみに、グラムはカズマ君が即座に武器屋さんに売り払った。重いから運ぶのがめんどくさいという理由で。もはや何も言うまい。
ギルドに到着したところでまたもアクアの絶叫が木霊することになる。キャベツの報酬依頼の悲痛な叫びだった。ブルータルアリゲーターの攻撃のせいでボロボロに、ミツルギ君のせいで一部は変形している檻の弁償代がとんでもない額になっているのだとか。確か20万エリスくらいかな。私が弁償してもよかったんだけど、代わりに払ってくれた人がいる。ミツルギ君だ。街の人に話を聞きながらカズマ君を探していたらしい。懲りずにまたアクアをパーティーに勧誘していたが、他ならぬアクア本人に思いっきり殴られてた。
カズマ君を探していた理由はアクアの勧誘の他に、グラムを返して貰いに来たらしい。他にはなんでも譲るからと言っていたが、カズマ君はもうグラムを売却していたので取引すら成立しなかった。しかもアクアに私の価値はお店で一番高い剣と同等なのかと激怒され好感度も駄々下がり。哀れなり。
神器に頼りすぎると万が一の時にこうなるんだなっていういい勉強になった。これからも剣と槍の練習を怠らないようにしたい。
カズマ君がグラムを売却したことを知ったミツルギ君は泣きながらギルドを去った。多分これからいろんな武具屋を回って、その売値に絶望して頑張ってモンスターを討伐しに行くことだろう。…多分ね。
ミツルギ君があまりにもアクアのことを女神様と呼んでいたのでめぐみんとダクネスがその点を疑問に思っていたが、自分は女神だと事実を述べたアクアが適当にあしらわれていたのは申し訳ないが笑える光景だった。
平和なのはここまで。この直後の緊急アナウンスから私たちは面倒なことに巻き込まれることになる。
(次のページに続いている)