新年早々から鎮守府喫煙所海域で煙草を呑む艦娘たちの小話です。

※Pixivにも投稿しています。

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新年鎮守府煙草始め

 Y海域。

 鎮守府の隅、元は漁師小屋だったというトタン屋根のバラックは多くの艦娘にそう言われている。そこにあるのは廃棄処分になったりいつの間にか元の場所から誰かに持ち去られてきた十数脚のパイプ椅子や丸椅子や事務椅子と、これまたどこからか誰かが持ち込んだ煙缶がいくつか――うち半分は古株の艦娘に愛好者が多い缶ピースの再利用――無造作に長机の上に置かれている。

 つまりそこは最近艦娘それ以外問わずめっきり数を減らしつつある喫煙者に最後に残された地上の楽園、喫煙所だった。特にこの小屋は艦娘たちの普段の活動範囲から最も近い場所にあることから喫煙者の中でも利用するのはほぼ艦娘だけだった。そのために誰が言い出したのか「Y海域」というあだ名で親しまれている。おそらくは「ヤニ」から取ったものだろう。誰が言い出したのかなんとなく想像がつくものだ。

 そして「Y海域に出撃」や「Y海域遠征」といえば「小屋で煙草吸ってくる」ということを意味した。この鎮守府の艦娘なら誰でも知っている隠語のようなものだ。

 今もひとり、新年を迎えたばかりというのに周囲が真っ暗な寒空の中で「Y海域」へ足を向ける艦娘がいた。

 

「さっぶ、哨戒行きたくないなあ……」

 

 冬季装備の分厚い外套を羽織っていてもなお冬の大湊は寒い。北海道の稚内、千島の幌筵や新知の艦娘たちからは鼻で笑われるだろうが、寒いものは寒い。雪こそ降ってはいないが冷たい海風が容赦なく吹き寄せてくる。陽炎は身を縮めた。高々数十メートル、ほんの少しの移動だというのに小屋があまりにも遠い。まだ時間があるしちょっと一服しに行こう、などと考えた三分前の自分を呪った。

 向かう先の小屋からは明かりが漏れ出していた。大方、年を越す前にあそこにいた誰かが電気をつけたまま出ていったのだろう。非喫煙者の艦娘たちに見つかったら管理不徹底だのとまた小言を言われる――そう思いながら陽炎は引き戸を開け、

 

「うおっ」

 

 先客を見つけた。まさか自分より先に来ている艦娘がいるなどとは思わず、ひどく素っ頓狂な声を上げてしまった。どうしてこんなところに、とまじまじと相手を見つめる。

 

「おや、陽炎。あけましておめでとうございます」

 

 その先客、不知火はゆっくりと煙を吐き出してからそう言うと、ぺこりと頭をさげる。手に持っていた煙草を揉み消し、煙缶へ放り込んだ。

 

「あ、うん、あけましておめでとう――じゃなくて、ちょっとぬいぬいこんなところでなにしてるの?」

「なにを、というと見てのとおりです。あと『ぬいぬい』はやめてくださいと何度も言っているはずですが」

 

 あっけらかんとそう言って不知火はパッケージから新たに一本取り出して火をつける。ピアニッシモのメンソールだ。

 

「人目があるときはちゃんと『不知火』って言ってるでしょ。いいじゃない、どうせ私たちしかいないんだから……って、いやいや、そういうことでもなくて。もしかして、年を越す前からここにいたの?」

「ええ。だいたい紅白が終わる前あたりから」

 

 ちらりと腕時計を確認すると年が明けてちょうど十五分経ったところだった。およそ四、五十分近く不知火は黙々と煙草を吹かしていたことになる。まったくこの姉妹艦は、と陽炎はため息をついた。

 

「もしかしなくてもひとりで煙草咥えたまま新年を迎えたのね?」

「そうですね。新年の汽笛が聞こえてきたのはちょうど吸い終わったときでした。そういえば今年は少し控え目でしたね」

 

 不知火は、なにか問題でもありますか、とでも言いたげな目を陽炎に向けた。おそらくは本当にそう思っているのだろう。不知火の目は口以上に物を言う。ちなみに新年の汽笛は不知火の言うとおり昨年より規模が小さい。今年は停泊している護衛艦が一隻しかいなかったからだ。去年はミサイル艇も加えて二隻いた。

 もっとも、今そんなことはどうでもいいことであって――

 

「いくらなんでも風情なさすぎ! 年越しよ年越し! 一年の最後と最初を飾るビッグイベントじゃない! どうしてあんたはこんなとこでひとり寂しく煙草片手に過ごしちゃったわけよ?」

 

 大仰な身振り手振り、ついでにわかりやすい表情を交えて陽炎は熱弁をふるう。対する不知火といえば涼しい顔で、

 

「風情がないというのは早計でしょう。遠くから流れてくる汽笛に耳を傾けつつたゆたう紫煙を眺めながら思索に耽るというのは、持ちうる時間を考えればとても優雅な時の過ごしかたではありませんか」

 

 不知火は眉の一つも動かさずに言ったために、冗談で言っているのか本心からそう思っているのか判断がつかなかった。長い付き合いに基づく直感から後者な気はしたが確証にまでは至らない。不知火は意外とこういうときに冗談を言ったりする。真顔で言うせいでだいたいは気付いてもらえずに流されてしまうが。

 

「ここが温泉旅館の窓際スペースとかスタバのオープンテラスならね」

 

 改めて確認するまでもない。錆が浮いていたりスプリングが異音を発していたり脚の部品がなくなってぐらついていたりする椅子、かなり年季の入ったものが混ざっている煙缶、元はブリーフィングルームの備品だったという薄汚れた長机、どこで拾ってきたのかというくらい骨董品の石油ストーブ、冷気が直に伝わってくるモルタルの床、雑多な貼り紙が無秩序に貼り付けられた一面木張りの壁、員数外の設備を無理矢理取り付けたのだろうやけに眩しい蛍光灯、いつ吹き飛ぶやもしれないトタン屋根――どこを抜き取っても旅情もオシャレもこの小屋には欠片もない。

 俗称とはいえ「海域」の名称がつけられるのはそれだけの理由があるのだ。誰も好き好んでこんなところに来ようとは思わない。それでも煙草を愛する艦娘たちはニコチンと束の間の安らぎを求めて「出撃」したり「遠征」してきたりする。

 そんなわかりきった事実を指摘する陽炎の声は若干冷たいが、不知火は素知らぬ顔で聞き流しながら「それに」と続ける。

 

「年明け早々にここへ来た陽炎だって同じ穴の狢なのでは?」

 

 そう言って小さく首をかしげた。どうやら直感は間違っていなかったようだ。

 

「質問に質問で返さない! 私はちゃんとみんなとお祝いしたわ。ちゃんと蕎麦も食べたしカウントダウンもしたし新年の挨拶もしてきた。まあ、蕎麦はカップ麺だけど。そっちはなんかしたの?」

 

 みんなというのは現在陽炎が隊長を務めている駆逐隊の面々のことだ。陽炎と不知火は別々の駆逐隊の所属であり、不知火もまた隊長をしている。

 

「これといって。ずっとここにいましたから。だいいち、年を越すからといってどうということもないでしょう。深海棲艦も年末年始ときちんと休暇を取ってくれるというならともかく、三百六十五日二十四時間フルタイム待ったなしでやって来ますから」

「それはまあそうだけど……あんたのとこの駆逐隊は? 一緒じゃないの?」

「各々自由行動です。今日明日と待機とはいえ特に任務も入ってませんし、好きにさせています」

「私のところみたいに全員で集まったりとかは?」

「まったく」

 

 にべもない不知火の回答に陽炎は渋面を作る。

 

「……もうなんとなく察しはついてるんだけど、クリスマスのときも?」

「自由行動でした。みんなそれなりに楽しんでたみたいですね。翌朝にチキンとケーキの残りをもらいました」

 

 クリスマスのときはちょうど夜に哨戒任務を入れられ、不満たらたらの面々を「サンタ迎撃よ!」と言いながら率いていた。漁船や貨物船に信号灯で「メリークリスマス」とメッセージを送ったりこっそり魚雷発射管に詰めて持ってきたワインを開けて飲み回したりしてそれなりに楽しんでいたが、この分だと不知火は今日と同じような過ごしかたをしていたに違いない。

 隊長を同時に拝命してから数ヶ月、どうやら自分と不知火とではかなりスタンスが違っているということなのだろうが、こうも違うとは。

 陽炎は「ぬいぬい本当にあんたって子は……」と頭を左右に振った。

 不知火は眉をひそめる。「陽炎、そこまで言いますか」

 

「いや、悪いとは言ってない。あんたって昔からそうだったし今更どうこう言うつもりはないわ。そういう部隊のありかただってあるだろうし、私のやりかたが絶対良いってこともないでしょ。上手く部隊が回ってるのならいいじゃない。ただまあ、ぬいぬいらしいなって思っただけよ。……年明け早々からこんなことで馬鹿みたいな喧嘩はしたくないし、この話はここでやめましょ」

 

 同意です、と言った不知火はほぼ根元まで燃え尽きたピアニッシモを煙缶の縁に擦りつける。手首をひねって火が消えたのを確認してからぽとりと吸い殻を煙缶に落とした。

 陽炎を一瞥し、無造作に近くに置かれていた椅子を引っ張り出して隣に持ってくる。座面を二度叩くとうっすらと埃が舞うのが見えた。

 

「まあともかく、いいかげん座ったらどうです。そこは寒いでしょう」

 

 陽炎は小屋の入口に突っ立ったままだった。そう言われれば確かに寒い。思い出したように隙間風が背中を撫でて身震いした。ありがと、と陽炎は外套を別の椅子に引っ掛けてからそこに座る。不知火の目の前に置かれたピース缶改め煙缶を少し手元に引き寄せた。

 胸ポケットから煙草――赤マル――とライターを取り出す。不知火もピアニッシモを新たに一本取り出した。よく見ると煙缶の中には煙草が小山になっていた。

 ほとんど同時に火を灯し紫煙をくゆらす。しばらくそうして黙々と煙草を灰に変え、肺に入る煙を味わっていた。聞こえるのは風の音と煙を吐く息遣いだけ。姉妹艦と過ごすわずかな至福のひととき。

 

「結局、陽炎も同じじゃないですか。新年三十分もしないうちにここへ来たわけですし」

 

 一本丸々吸い終えたところで不知火は呟き、目を細める。まったくの事実であり言い返すことはできない。だがそれなりの理由はあった。

 

「私たちは一時半から哨戒なのよ。それでまあ、ちょっとその前に新年煙草始めをしておこうかなーって」

 

 陽炎はもう一本、とパッケージを開ける。今のうちに吸い溜めしておくつもりだった。

 

「なるほど、そっちは任務がありましたか。新年早々からお疲れ様です」

「激励ありがとう。ま、せいぜい鎮守府初日の出一番乗りを楽しむわ。で、どうしてここで過ごそうなんて思ったわけ?」

「どこもかしこも盛り上がっている中で手持ち無沙汰に酒保や休憩室に居座るのはお互い気まずいでしょう」

 

 元々不知火はみんなと馬鹿騒ぎをするよりは静かにひとりで読書しているような寡黙なタイプだった。今も基本的には変わっていない。

 そんな真面目一辺倒の不知火を方々連れ回して色々と――不知火に言わせれば“悪い遊び”を――教え込んだのは他ならぬ陽炎だった。煙草もその一つだ。

 

「誰も気にしないわよ」

「陽炎、自分たちが隊長ということを忘れていますね。隊長というのはそこにいるだけで色々と意識させてしまうものです。思い出してみてください」

 

 不知火の言うとおりだ。たとえ離れた場所で音楽に耳を傾けたりテレビを見ていたりしていたとしても、同じ場所に自分たちの直属の隊長がいればどうしたって気にはなるし嫌でも様子を窺ってしまう。陽炎もそんな駆逐艦娘のひとりだったが、すっかり忘れてしまっていた。

 

「確かにそれは……そうね。なら部屋にいればいいでしょ」

「できればそうしたいのですが、これといってやりたいこともありません。そうするとこれくらいしかやることがないのですが――」

 指先でピアニッシモをもてあそびつつ不知火は言う。「陽炎も知っているでしょう、部屋は禁煙です。それで自然とここに」

「ええと、他にもあるでしょ? 本とかそういうの」

 

 陽炎は困惑気味だった。やりたいことがない、という言葉に何かしらのノイローゼが頭を過る。隊長職の職責に潰されかかってるのではなどと様々な推測が一気に浮かんできた。

 

「……寂しいんです」

 

 ぽつりと不知火は零す。

 

「へ?」突拍子もない答えに調子の外れた声が出てしまった。

 

 今、なんて言った?

 

「寂しいんです、陽炎がいないと。だからせめて煙草で気を紛らわせようと……」

 

 不知火の顔は至極真面目なものだ。じっと陽炎の目を見ている――冗談か本心か、こんなときに限って直感は働かない。

 これはつまり――そういうこと?

 

「えっと、え……ええ?」

 

 ようやく言わんとすることを察した陽炎が周回遅れで顔を朱に染めた。みるみるうちに真っ赤になる。言葉に困って口を開けたまま目を右に左に上に下にと泳がせ、不知火を直視できていなかった。

 そんな陽炎を不知火はしばらく真顔で見つめ続けていたが「なんて、冗談ですよ」という言葉とともに破顔した。変に煙を吸ったのか直後にむせ返ったが、咳込みながらも腹を抱えて笑っていた。目元に涙が浮かんでいる。どれも滅多に見ない表情ばかりで面白いが、かつがれた方からすれば気分はまったくよくない。

 陽炎は赤面したままふくれっ面を作り、

 

「ちょっとぬいぬい! ひどいじゃない!」

 

 吠える陽炎にようやく笑いに一段落ついた不知火は口元に笑みを浮かべる。

 

「軽い冗談のつもりだったのですが、上手くはまってしまったようですね。ご心配なく、陽炎。いつもは自室で本を読んでますよ。クリスマスのときもそうでした。今日はたまたまこういう気分だっただけです。それにしてもさっきの陽炎の顔……」

 思い出し笑いか、再び不知火は吹き出す。「最高でしたね」

「初笑いのダシにされたこっちの身にもなってほしいんだけど」

 

 これでもかと苦り切った顔している陽炎の声は刺々しい。無意識にマルボロのフィルターに噛み跡を作ってしまっていた。

 

「そうへそを曲げないでください。ほら、お年玉をあげますから」

「なによ? だいたいそんな歳じゃないし……」

 

 そこまで警戒しなくてもいいでしょう、と訝しげな目線を向ける陽炎に不知火は苦笑する。

 

「いいものですよ」

 

 不知火はそう言って顔を陽炎にずいと寄せる。桃を思わせる仄かに甘い芳香で鼻腔が満たされ、右頬に温かい感触が走った。遅れて小さな音が耳元で鳴る。

 

「……は?」

 

 思わず陽炎は頬に手を当てる。何度かさすって目を瞬かせた。たった数秒の間に一気に押し寄せた情報を陽炎の脳は処理しきれていなかった。

 呆然と口を開ける陽炎を横目に不知火は立ち上がり、

 

「ではこれで失礼します。今年もよろしくお願いします、陽炎。哨戒頑張ってくださいね」

 

 不自然なくらいに真面目くさった声と顔でしっかりとしたお辞儀をすると、振り返りもせずに小屋を出ていった。陽炎は口をあんぐりとさせたままただ見送るばかりで、声もかけられなかった。

 

「……え、えええ!」

 

 ようやく陽炎がひとり仰天の声を上げた頃には、指先のマルボロはフィルター間近まで灰になっていた。

 とりあえず心を落ち着けようと煙草を求めてポケットに手を入れるが、出てきたのはマルボロでなくピアニッシモだった。陽炎は再び固まる。あの瞬間に不知火が入れ替えた?

 

 一体どんなお年玉よ!

 

 顔を真っ赤にさせたまま陽炎は仕方なくピアニッシモを咥える。香りが鼻をつき、陽炎の顔は更に紅味を増した。


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