「大丈夫ですか、ナツ兄さん?」
「お、おうぷ」
「船酔いしてる場合か!お前の鼻が頼りなんだ!」
「その必要もなさそうですよ、グレイ様。あの塔じゃないですか?」
ギャンブル場で出会ったジュビアが指差すのはこの海域では異様に目立つ巨大な塔だった。何故今まで隠しおおせてたのか不思議なくらいだった。その様子はまるで神に挑むバベルの塔のごとく、聳えていた。適当に船をつけ、岩場に隠れながら様子を見るが、厳重な警備網が敷かれ、容易には近づけない。
「警備の人がたくさんいるよ」
「ぶん殴って入るか?」
「やめなさい。ハッピーもエルザも危なくなるでしょ?」
「ハッピーも捕まってましたか。別の入り口を探しましょ」
「海の方から少し潜ったところに洞窟があります。そこからなら入れるかもしれません」
「でかした!」
探りを入れたところ、海底洞窟から行けば下より潜入できる。しかも地上に比べ、そちらの警備は薄いという。
「ここから数分間潜ることになります。この空気の入った水泡を使えばその間呼吸ができますので」
「へぇ〜、便利な力だな。ところでお前誰だ?」
「それは無事に全てを終えてから。行きますよ」
道案内のジュビアの先導の元、潜ること数分。海底洞窟を抜ければ、そこは誰もいない桟橋となっていた。陸に上がるとそこには扉は無く、上に小さな蓋があるのみだった。
「あの蓋、あっちで開けるパターンか?」
「でしょうね」
「他の出入り口は…」
「貴様ら、何者だ!?」
「やばっ、見つかった!?」
警備が薄いとはいえ、全く来ないとは限らないようで、あえなく敵襲を受けることとなった。しかし、只の一兵卒の集まりではナツたちを止められる訳も無く、全員返り討ちにあってしまった。
「…ガハッ!」
「へっ!覚えておけ、俺らはフェアリーテイルの魔道士だ!」
「こんな雑魚じゃ俺らは倒せねえよ」
「貴方達、道案内しなさい。さもなくば…分かりますね?」
「それ、いらないっぽいよ。なんか開いたし…」
ユリアが指差す方を眺めると、先程まで閉まりきっていた小さな蓋が開き、梯子が上から降りてきていた。まるで全てを見ていたかのようであり、挑発的でもある。
「早く上がってこい、ってか?舐めやがって」
「私達を誘って全員まとめて倒そうとしてるのかしら?」
「わからねぇけど、行かなきゃエルザ達が危ねえ」
「そうだね。よーし、一番乗り〜!」
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「ジェラール様。何故彼らをこの塔に?」
「少しの余興が必要だからさ。それがあるから楽しめるというもの」
「そうですか。して、あの女はいつ生贄に?」
「もう少し待とう。計画の完成にはあの光が無ければな」
真意が測れないと言わんばかりの顔をしている側近のタカに、ジェラールは不敵な笑みを浮かべ、状況が動くのを楽しんでいる。全てが自分の掌で動くのが楽しくてたまらないように、笑みを崩さない。
「待っていろ、ゼレフ。お前は俺が復活させる」
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「誰もいないよ〜」
「ユリア、少しは落ち着いて…」
「にしても、さっき襲撃してきたわりにはもう終わりかよ?」
「たしかに監視してるのに後詰を出してこないって不思議ね」
地下の兵が全滅しているにも関わらず、誰一人居ないとなると、相手の考えが全く読めない。
「上の連中が何か策を講じてる可能性があります。ここは慎重に進むべきかと」
「くそ、さっきの奴らから情報を聞き出しときゃ良かったぜ」
「皆、静かに!誰か来ます!」
「休ませてくれないわね」
再びやって来た衛兵に身構えるが、彼らの武器は魔法を放つことはなかった。ある者の剣戟が邪魔する全てを斬り伏せていたからだ。その者は、エルザだった。お互いに会うとは思っていなかったのか、驚きを隠せない。
「なんでここに居る!?」
「なんでだぁ?お前とハッピーを助けに決まってるだろ!」
「何!?ハッピーもか!?」
「ええ、そのようです。今どこにいるか見当は?」
「おそらくミリアーナ、猫好きの少女が保護しているだろうが、彼女が今どこにいるかまでは…」
「それで十分だ!俺は行くぞ!」
「待て、ナツ!」
己の相棒を連れ戻すため、エルザの制止も無視し、全速力で駆け抜けていった。その後を追おうとグレイ達も一歩踏み出すが、エルザによって止められる。なんでも彼女は無類の愛猫家。ハッピーを傷つけることはあり得ない。彼らを連れ戻すためにもエルザは一人で行くという。
「お前達はすぐに帰れ。そうすれば全て丸く収まる」
「エルザは!?エルザはどうするの?」
「私は…」
「巻き込むまいとして言っているなら全て無駄。あの兄さんの態度で分かりますよね?」
心に留めていた言葉を言い当てられ、口を噤む。これは全部自分が原因の事件。せめて自分1人で片付けようとしていた彼女なりの優しさだったが、シリルによってそれは無駄に終わる。
「良いですか?前にもマスターが言ってましたよね?1人で抱え込むことはない、と」
「か、帰れ。それ以上は聞かんぞ、シリル!」
「俺らを信じられねぇってのか?ふざけるなよ、テメェはそんなこと言う奴じゃねえだろ!」
「私たちは何が何でもエルザを助けたいの。だから、ね?強がらずに私たちに頼って」
「私は、妖精の皆さんの言う絆というのを見て思ったんです。これが貴女達の強さなんだと。私が言うのもおこがましいですが、信じてみるのも1つの道では?」
皆の厳しくも優しい言葉にエルザの肩は震える。ここで皆を傷つけたくない。これは己の問題、皆を巻き込みたくはない、と。それでも信じてくれる仲間たちと一緒に帰りたいとも。
「一緒に帰ろう。お姉ちゃん」
「ありがとう、みんな。これは…私のただの独り言だ。聴いてくれるか?」
「当たり前だろうが。何があったんだ?」
「話そう。私と、ここの因縁を」
それは、エルザの壮絶な過去。奴隷として働かされ、なんの目的でここに居るのか問う日々。そして、反乱によって失った大事な人と、元仲間の変異。1人、孤独に耐えながら過ごしたギルドでの日々。仲間達がどう過ごしているか不安に思う日々。そして、彼らとの邂逅と彼らの変わった姿だった。
「これが、私から話せる全てだ。私の仲間だったジェラールとの決別と、ミリアーナ達を救うための私ひとりの戦いだ」
「……」
「私が、私であるための最後の戦いとなろう」
「死ぬつもりなの?お姉ちゃん」
「分からぬ。全てを終えるまでは」
その瞳には涙と覚悟が浮かんでいた。己の過去の清算のために、今立ち上がる。