「猛獣が放し飼いだなんて聞いてないわよ!」
「ガルルァ!」
「鬱陶しいわね……そこを、退きなさい!」
「グッ、ギャオンッ!」
修羅の間の試練は続く。魔法で作りあげられた魔獣が点在し、シリルのゴールインを阻む。かれこれ数時間は走り続けており、そろそろ疲労も限界に近い。
「…見えた。あそこがゴールね」
「お姉ちゃん早くー!後ろからやばいのが来てるよー!」
「マズイわね。全速力で行くからアレを少しでも遅らせて!」
「わかった、『デッドウェイブ』!」
二手に別れたうちのユリアのコースはこちらより短く安全だったようで既にゴールしていた。彼女が放つ魔法を避け、伸ばすもう片方の手を掴みにいく。
「う〜……よいしょ!」
「ふぅ〜、間に合った」
「流石に疲れたよ。早く出て休もっと…」
「明日明後日は休みね。魔力回復と体のケアをしなきゃダメだろうし」
2人はなんとか修羅の間を潜り抜け、疲労困憊である。まともに食事も取れずに数時間も走っていたため、空腹感にも見舞われている。
「この試練、一番きつい気がする」
「まだまだよ……あと4つも残ってるし、これからは二週間くらいしかないんだから」
「ええ〜……」
確かに厳しい試練だったが、これでも他の一部の間に比べれば優しい方だ。特に地獄の間や餓鬼の間は試練でも一二を争う修羅場だと聞かされている。
「とりあえず出ましょう」
「やっと休める…」
だが、今はそれより回復だ。これからの試練のことは後で考えればいい、ただ休むのみだ。
「やっと外で1日経過ってところね」
「もう何日もやってるのにまだそんなに経ってないのかー」
「そういう場所だしね。最後の試練は一週間かかるくらい凄まじいものらしいけど、
「全く。ここがあることすら聞いてなかったくらいだし」
大陸中に散らばる神とその奉仕者は大抵この場所について耳にすることは多い。そんな1人である彼女が知らないとなると冥府神もクローバーも彼女にはまだ早いと判断したのだろう。
「そ、なら『地獄の間』は今回は辞めておきましょ。残りの三つの間を順次やるしかなさそうね」
「はいはーい」
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『ここに何の用ですが、盟友
『
『そうですか……『竜王祭』に私は娘を干渉させることは極力したくありません』
生命神の祠では天竜グランディーネと生命神チキが対話をしていた。いつか訪れるだろう大きな厄災、竜と人と魔の狂宴『竜王祭』についてだ。
『それもそうでしょうね。前の竜王祭で先代、慈恵神ナーガが亡くなったもの、こちらも無理強いするつもりはないわ。でも……』
『ええ。あの男とあの竜がいる限り、不干渉も限界がある…そう言いたいのですね?』
『理解が早く、冷静で助かるわ。おそらく彼らが動くのはそう遠くない未来。貴女の愛娘にも時期がくれば気をつけるよう伝えて頂戴』
不穏な闇は世界を包みつつあるのは神の座を継いでから常々思っていたことだ。それに400年以上経つ間に彼女自身は自身の消失可能性を感じ始めていた。シリルのことについては色々と未来のことを含めて考えることは多い。
『次代に託すこと…私もそれをそろそろ考えねばならないのでしょうね』
天竜去りし後に世界を支える一柱はこうひとりごちた。天地を動かす神の座は、世代交代を果たそうとしていた。だが、これはまだ彼女以外誰も知らない静かな決意だ。
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「さてと、ここに来てからもうすぐで一週間ね。順番が前後したけど今日は『人の間』で試練の続きをするわ」
「残り三つだね!後10日もあれば余裕だー!」
「元気ね。でもその余裕がいつまで続くかわからないんだし、慎重にね」
修行を始めて外の世界で早2日、帰る時間とファンタジアの準備のことを考えても残り2日ほどしかない。焦ることはないが、のんびりとやっているほど暇でもない。
「『人の間』。お母様によると、ここは然程時間がかからない良い修行の間だって言ってたけど…」
「なんか変な木の人形がたくさんあるよ」
「あれは修練用の物なのかしら?」
木偶が全部で四体いる。何をどうすれば丈夫さに繋がるのかさっぱりという2人の前にはご丁寧にも説明用の看板が所々古くなっていながら立っていた。
『木偶が放つ攻撃を受け流すか受け止めよ。決して反撃してはならない。流し込む魔力量により、攻撃時間と強度が決まる』
「ひたすら耐えて守り抜けっていうことかしら?」
「天の間とか修羅の間はこのためにあったのかな?」
「さあ?順番なんてこっちが決めるようなものだしなんとも言えないわね」
入り口で突っ立って思考の海に耽っていても始まらない。1人ずつ交互に試練を始めると決め、先にシリルが四体の囲む中央に立つ。
「行くわ。少し離れてて」
「う、うん…」
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『ナーガよ、今ほど貴女にいて欲しいことはない。私は娘に後継の座という重荷を背負わせて良いものなのでしょうか……人の生を捨て、大切な人との繋がりを断ち切るかもしれない、大きな重荷を背負わせても…』
その悩みは深い。種族の違いによる寿命の差は大きいのは生命神自身が一番よくわかっている。
『彼女には人間として過ごして欲しかった。私の生死によって人生を狂わせたくはない。それが、せめてもの願いだったのですが……これは彼女の答え次第ですね。まずはあの老ギルドマスターに挨拶して、事の次第を伝えることから始めねば…『ジェン』、紙と筆の用意を』
「ははっ、仰せのままに」
神に仕えるはシリルのみにあらず。彼女の師にあたるのは側近筆頭のジェンで、彼は既に年老いているものの、大仙人の称号を持つ実力者だ。しかし、彼は仕える身であることを自覚しており、歳も歳なので、後進の育成に力を注いでおり、自分から神の座を却下するという風変わりな男として神や奉仕者の間では噂になっている。
「シリルはまだ神の力を器に受け入れきれるほどではございませぬが、いずれは大成しましょう。それにまだ若いゆえ…ギルドに入れさせたのは、器の完成に最も必要である純粋な人との交流と思い出を紡ぐため、でしたかな?」
『左様、いかにも。さすがは私の右腕です、ご名答ですね。たった一、二年では完成は難しいでしょうが、今の彼女はその器に足る何かを手に入れています。戻って来れば大いなる可能性を秘めていてくれるでしょう』
神、それ即ち人の心が求める安寧なる存在。シリルが人の希望たり得るには人と希望を紡ぐことが肝要なり。果たしていつになるか分からないが、その時は少しまた少しと、近づいているのだ。