フェアリーテイル 生命の唄   作:ぽおくそてえ

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第43の唄 涙の別れ

仕事は終わった。心身に大きな傷を負った者もいたが、概ね問題もなくニルビット族の村まで戻ってこれたのだ。

 

「うわぁ、この着物かわいい!」

「これはニルビット族に伝わる織物です。気に入ってもらえてよかったです」

「そういえばシリルさんはどちらに?今朝から見かけませんわ」

「マスターが用があるってどこかに行ったわ」

 

ニルビット族特有の召しものに袖を通している女性陣がいる一方でシリルは1人、静かな丘で独白を続けていた。最後は仲間のエルザの心を救うことが出来なかった。それが自分の弱さなのだろうか、これが試練なのだろうかと。

 

「正直私も状況が整理しきれてない。犯人が分かってもこれからどう立ち直れば……お父さん、お母さん、生命神よ……私はまだ弱い。今の私には何ができると言うの?」

 

心にできた鎖が思考を暗く落とす中、草を踏み分ける音と共に『化け猫の宿(ケットシェルター)』マスターのローバウルが心配そうに声をかけてきてくれた。

 

「……ここにおいででしたか?お時間がよろしければ、なぶら少しばかりよろしいですかな?」

「マスター・ローバウルですか。何でしょう?」

「これから皆さんにお話しすることがあるのですが、貴女にだけ先になぶら伝えておきたく存じましてな」

 

それはギルドの秘密、彼自身の秘密、そしてニルヴァーナの誕生の経緯だった。とても重く、悲しい歴史の爪痕。

 

「……ということです。どうか、ウェンディとシャルルを頼みます。なぶらこの通り!」

「頭をあげてください……貴殿のおかげで私にも決心がつきました」

「そうですか。なぶらありがとう。ささ、どうぞ村まで来てくだされ。新しいお召し物を用意してますので」

「お邪魔します」

 

====

 

「さて、皆様に集まっていただいたのは他にもございません。あのニルヴァーナと我々ニルビット族の事です。今まで黙っていて申し訳ない」

「良いっての。俺らはどこの誰だろうと味方なら深く詮索しねえよ。なぁ?」

「あい!その通り!」

「しかし、この事は例えどんなことがあろうと言わねばなりません。先に巫女殿には伝えましたが、我々はニルビット族の末裔にあらず、四百年前に滅んだニルビット族そのもの、つまりは亡霊なのです」

 

その言葉は皆を驚愕させるのには十分で、ウェンディに至っては信じたくないと言わんばかりの表情だ。当たり前だ、家族同然に仲良く暮らしていた身近な人々が死んでいたなどとは到底信じられまい。

 

「ニルヴァーナは我ら一族の暮らしていた国。されど、過去の大戦で溜め込まれた厄は必ずしも良面にばかりは作用しない。ニルヴァーナの反転魔法は我々に降りかかり、ワシ以外の村人全員が亡くなってもうた。当然ワシも人間、永き時を生きられない。亡霊となり、この世にとどまってあの魔法を壊せる者を密かに待っていた」

「そんな、そんなこと信じたくは……」

「そして、心が荒ぶワシの元に姿を現したのは青髪の青年。そこにおるウェンディを置いてな。それがこのギルドの始まりでもあった」

「1人のためのギルド、なのね?」

 

生きる希望を与えられ、ギルドのメンバーを自身に残された残留魔法により、実体を持つ亡霊を作り上げたのだ。

 

「やめてマスター!そんな話聞きたくない!みんな消えないで!」

「ワシの役目もここまで、ようやく肩の荷が下りた」

 

静かに語る言葉の最中、次々に周りにいた男女たちが笑みを浮かべながら消えていく。

 

「なんて魔力だ、これだけの数の自己を作り上げるとは!」

「並大抵ではない……」

「やだ、消えないで!私を1人にしないでよ!」

 

悲痛な少女の悲鳴も虚しく、触れようとする手は虚空を切るばかり。マスター・ローバウルも少しずつ光に包まれ始める。

 

「お前はもう1人ではない。そうだろう?後ろを見なさい、そこには君の新しい道を示してくれる同胞、友がいるではないか。これからの未来は広く明るいものにしなさい。皆さん、この子らをなぶらよろしく頼みます」

「マスター、マスターー!!!うわぁああぁ!」

 

最後に最愛の父の代わりであり、何よりもかけがえのない存在が消えてしまう。ウェンディの涙に濡れた痛ましい姿に誰も声がかけられない。

 

「ウェンディ。悲しい別れは仲間が埋めてくれる、どんなに重く辛い過去でも皆となら分かち合える」

「親を、親愛なる家族をなくす悲しみ、私にも分かる。私たち皆、貴女の隣に立ち、貴女の手を引き背を押しながら共に歩む」

「だから、来い。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』へ」

 

それは暖かな手による導きは新天地への(いざな)いに他ならない。その手を取り、新たな竜はその翼に雲を得ようとしていた。

 

====

 

「ここで皆別れ、それぞれのギルドに戻るわけですな。マスターマカロフによろしく」

「またお会いしましょう、皆さんのパルファムはどんな時でも忘れません、メェーン」

「どんなに離れていようと私たちは同じ仕事で築いた絆がある。またいつか……」

 

それぞれのギルドに帰り、各々仕事をして過ごす平穏な日々が戻ってくる。港に戻る船の上で、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の面々は新しくウェンディとシャルルを迎え、ギルドに戻っていく。

 

「ねえお姉ちゃん、そろそろ話してくれる?」

「……ええ。フヨウ村は私の生まれた村の名前よ。堕天使たちはそこを狙って壊していったみたい。そこの人間は神の力を授かる神聖な場所だったから、それを狙って……だと思う」

「酷い。そんなことするなんて」

「だからこれ以上辛い思いをする人を増やしたくない。今はそう思うの。ユリア、貴女とウェンディたちが私に力をくれたのよ」

 

今は後ろを向いている場合ではない。ユリアやみんなが背中に寄り添ってくれるなら真っ直ぐ前を向いて戦えるのだから。その覚悟を少し芽生えさせ、ようやくギルドに戻ってこれた。皆新しいメンバーを素直に受け入れ、ドラゴンスレイヤーであろうと、どんな魔法を持っていようとも、ウェンディたちの素直さの前には些細なことのようだった。皆歌い、笑い、喜んだ。

 

「本当に来て良かった。ね、シャルル?」

「そうね、騒がしいけど、これで寂しい思いはせずに済みそうだわ」

 

====

 

「新しいギルドはどう?もう慣れた?」

「はい!楽しいです!そういえばルーシィさんやシリルさんたちは女子寮じゃないんですね」

「お金がないのよ、少なくとも私は。それに存在自体最近知ったしね」

「女子寮なら確かにギルドに近いんだけど、色々巫女の仕事をがね。家に戻らない時もあるし」

 

楽しい時が過ぎるのは早いもので、ウェンディたちがギルドに加入してから一週間が経とうとしていた。新たな仲間に新たな環境は二人にとって快適なものだったらしく、もう既に馴染み始めていた。そんな折に数年ぶりとなる鐘の鳴り方が街を包む。

 

「なんなのこの鐘、いつもの時報と違うわね」

「そういえば……私も初耳ですね」

「知らないのも無理ないわ、だってこの鐘の鳴らし方はギルダーツが帰って来た時だけだし。しかも前は三年近く前のことだもの」

「三年も!?何してたんですかその人!」

「仕事よ。S級の遥か先にある高み、『百年クエスト』よ。100年間誰も達成できていないから百年クエストね」

 

その任務に当たっていたギルド最強と謳われる男ギルダーツはその任務に時間を費やしており、帰ってくるのも年単位である。しかも街を歩く際には彼の魔法『クラッシュ』の被害を受けないために改良しており、ふらっと歩く癖のある彼専用の変形『ギルダーツシフト』として街の入り口からギルドまで一本の道を作るのだ。ただのアホではないかとシャルルが突っ込んでいたが。そして彼が姿を見せ始めるとギルドメンバー総出で出迎える辺り、かなり慕われているのは間違いない。

 

「ふぃ〜、ようやっと戻れたか?」

「お帰りなさい。お疲れ様でした」

「この人がギルダーツ……」

「あれ?ここフェアリーテイルで間違ってねえよなお嬢ちゃん。お前さん誰だ?」

「ミラよ。三年前とギルドも私も様変わりしてるから分からないのかしら?」

「あん?おお、ミラか!かなり変わったな!いやぁ新しいメンバーもいるし、分からなかったぜ!」

「どんだけよ?すぐ気づかないなんて」

 

これはシャルルの言う通りかもと少し抜けた感じのギルダーツへの第一印象がルーシィの中で固まりつつある。

 

「よく戻ってきてくれたな、ギルダーツ。して、首尾は?」

「いやぁ、はっはっはっ!すまねぇ失敗だ、俺にゃあ荷が重すぎた」

「「なにぃ!?」」

「あのギルダーツが失敗!?」

「どんな仕事なのかしら、百年クエストって」

 

ギルド最強をもってしても失敗するような超難関クエスト。その凄まじさが伝わる一言にギルド内も驚きを隠せない。

 

「そうか、お主をもってしてもダメじゃったか」

「悪いな。ギルドの面を汚してしまってよ」

「そんな些細な事はどうでも良い。むしろ生きて戻ってこれただけでも余りあるほどに儲けものじゃ。ようやってくれた、しばらく休暇を取ってくれい」

「すまねぇ、そうさせてもらうわ。ひぃ〜、疲れた疲れた。ナツ、お前にお土産がある。喧嘩ならそこでやろうや、じゃあ失礼」

「壁壊すなよ!出入り口から出てくれよ!」

 

最強の男が去ったギルドは任務失敗のことでてんやわんやしており、所々で喧喧諤諤の議論に熱中するものも居るにはいたが、普段通りの時間が流れていた。だが、突然の来訪者が暫くしてから秋の空に訪れることをまだ誰も知らない。


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