特訓と一言にいっても目指す形は様々だ。戻ってきた天狼組は大魔闘演武での出場と優勝と賞金を目指して各自様々な場所に散り、己の課題と向き合う。いつものメンバーにジュビアとシャドウギアの3人を加えた一行は夏のビーチにやって来ていた。
「本来の目的として遊びに来ているわけじゃないから、そういう事をするのは今日の昼間まで。そこからは修行に励むのよ」
「分かってるって。そうと決まりゃあ遊ぶか!」
「昼食ったらまたここに集合ね!」
夏のビーチに来ているのだ、浮かれる気持ちを抑えろというのは無理がある。皆思い思いに楽しんでいる。泳ぐ者、砂遊びに熱中する者、日焼けする者と様々だ。ウェンディだけはポーリュシカから譲られた二つの滅竜奥義を習得せんと頑張って勉強している。
「さてと、エルザ姉さんは剣術修行。ルーシィ姉さんは魔力の底上げでウェンディはポーリュシカさん経由でグランディーネさんから貰った新しい魔法の習得ね。ナツ兄さんたちは身体的なトレーニングと……」
「見事なまでに目的がバラバラね。貴女はどうするの?三ヶ月後に大魔闘演武に出るってマスターが決めたわけだし」
「そうだねぇ。まぁ、輪廻廟でやったような方法で巫女としての実力を上げるかな?」
「なるほど、あれなら皆のやりたい事にも合ってるかもしれないわね。とりあえず皆の練習メニューを伝えてくるから頑張ってねユリア」
夏の大特訓は昼休みが開けた瞬間から開始される。各々磨きたいスキル、磨くべきポイントを大きく伸ばす時間だ。三ヶ月と時間は目一杯あるのだ、この時間を惜しみなく使いたい。
「よし、これからは修行よ!先程伝えたメニュー通りにね!終わったら各自やりたい方針に沿ってやって頂戴!」
「よっしゃ、断然燃えてきたぜ!」
「それじゃあ解散!」
各々の修行に励むべくそれぞれの場所へと散っていく。カノンも自分のやるべき修行を考えており、今持つ技の改良や新技の練習だ。
「よし、私も一つやろうかしら。『神依』……そろそろ名前変えようかしら、この技」
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「ふぅ……今日だけでも大分成長した気がするぜ」
「修行の効率が良かったからか、身体が少し軽く感じるわね」
「お疲れ様。また明日からよろしくね」
1日目の修行は有意義な過ごし方ができた。内なる力が練り上げられ、心も体もすこぶる調子が良い。一日でここまで澄んだ気持ちになるのなら三ヶ月で大きく成長できるのではないか、そう感じさせられるほどの濃い一日になった。そして翌日。
「よぉし、今日もやるかぁ!」
「そうね!やる気も十分だし!」
「姫、その前に少し宜しいですか?」
「きゃあ、バルゴどこから出てきてんのよ!」
「お仕置きですか?」
さて修行だ、と意気高らかに叫ぶ一行の元にやってきたのはルーシィの星霊処女宮のバルゴだ。呼び出されない限りよっぽどのことがなければ現世に降り立つ事は珍しい。よく来るレオを除けば何故やってきたのか分からない程だ。
「どうしたの急に?」
「実は、星霊界で未曾有の危機が迫っているのです。それを皆様に解決していただきたいのです、どうかこの通り」
「何?それは聞き捨てならぬな」
「それなら行くよ!でも……」
「今回は特例です。星霊王直々の依頼ですので……移動します。輸送中に星霊界用の服を着ていただきます。では!」
転送魔法陣に何故かマックスとドロイ以外が送られた。いつの間にか変わった服と目の前の風景に驚くばかりだ。
「ここが星霊界……」
「あら、至って普通じゃない?特に問題は見えないわね」
『よくぞ来た、古き友に盟友たちよ』
「お前が星霊王か?」
「久しぶりね、
『うむ、突然ですまなかったな』
現れた星霊王、星霊たちも皆無事、星霊界には異常は特に見られない。危機に陥っていると聞いていただけにこの冷静かつ普段どおりの姿に違和感を覚える。
「危機に陥ってると聞いたが……」
『ふふふ、あれは嘘じゃ!7年ぶりに時の呪縛から帰還した友人を迎えて、宴をしようと思ってな!』
「えっ?ば、バルゴ?」
「えへっ」
どうもこうやって嘘をつかねばやってきてくれないだろうと思っての行動らしい。だが、どんな行動であれ、受け入れてくれているのは間違いない。せめて今はこのひと時を楽しんで味わわねば損という事だけは皆心から理解できた。
「ふぅ、まあいいんじゃないかしら?」
「そうだね」
『おお、豊命神殿か!お主はこちらへ来てくれ、個人的に話したいことがある』
星霊王直々に話がしたいという。星霊界に導かれた事を見ても特殊な例なのだ。こうして直接話したい事とは何なのか不思議に思いつつも宴で盛り上がる舞台から一先ず降り、ひっそりと話し合う。
「話って何かしら?」
『生命神からお聞きかもしれんが、七星のマスターについてでな』
「ああ、例の」
『彼の者を討伐する際には我ら星霊界も協力する事を酌み交わしておってな、世代交代に当たって再度確認しようかと』
「そうして貰えると助かるわ。星霊王の協力を仰げれば、安心だもの。お願いできるかしら?」
『何を水臭い、我はナーガの代からの付き合い……今更掌を返そうとは思わぬ』
それは絆とも取れる世代や種族を超えた結びつきだ。目指す世界の形の一つとして種族を超えた絆をもたらしたいカノンとしては有難い申し出なのだ。断る道理はない、素直に受け入れた。そしてもう一つ聞かされたのは宿敵中の宿敵、
『それと、少しずつではあるが、あの悪魔の復活のために準備をしてるという噂を耳にした。そうとなれば、我々もまた古き友と手を組まねばならないかもしれんのだ』
「あの堕天使ども……まだ半数が残っていたものね」
『我からは話せることはもうない。済まないな、引き止めて』
「有意義な話になった、構わないわよ」
味方は多いに越した事はないし、星霊の王とも言える彼の後ろ盾は大変ありがたい話だ。数百年ともいえる交流もこれからますます盛んにしていきたい。
「あら、これは?」
「我ら星霊と貴女の母君との間の友情として貰った柘榴色の宝石です。我々にとっても人間とこうして契りを結べるのも彼女の存在があった故でございます」
「母様が……ふふ、懐かしい暖かさを感じるわね。私の力を込めても良いかしら?多分母様の能力が入っているわ」
「構いません。それはつまり我々と友情を育んでいただけると解釈しても?」
「そのつもりよ」
人間、星霊、神やその巫女。数多の意思や思いを抱える者たちがここに一つとなった。歌えや踊れの大宴会は流れていく。ルーシィと星霊との絆、妖精たちの絆、人間と神たちの思い、神と星霊との夢、これは小さいながらも新しい希望と夢に満ちた大きな一歩だ。奏でられた唄は紡がれる。
「楽しかったわ、星霊王」
『盟友や古き友との時間、有意義だった。また会おう』
これで楽しい星霊界巡りは終了した。友や思う者との夢のようなひと時は有意義なものだった。そしてこれからは切り替えていこうと修行に勤しもうとしたが、良いものと悪い話は立て続けにやってくる。
「さぁて、今何時?」
「三ヶ月経ってます。星霊界での1日はこちら現世の三ヶ月相当ですから」
「はっ?おいおいつまり……」
「もうすぐ大魔闘演武!?やばいよ!」
「終わった……」
「時間返せー!」
1日過ごしただけなのに大事な3ヶ月をほぼ使い込んだ事に当てる先のない虚しさと怒り、焦りがこみ上げてくる。これから修行するにしてもたった数日しかないのだ。
「どうしよう。今から修行しても間に合わないわよ」
「それでもだ!私の地獄の特訓で!」
「待ちなさい、伝書鳩よ」
やってきたのは一羽の鳩だ。そこについてきた手紙には短いながらも時間と場所、記してあるべき事項が伝えられている。差し出してきた相手は不明だが、こちらの動きに合わせてやってきていた。
『近くの森の壊れた桟橋近くで待つ、全員で来るように』
「差出人は不明、予告時間は30分後ね」
「行こう、我々の存在を知っている上に反故にする理由もない」
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「ここだな。誰も居ねえみたいだがよ」
「そうでもなさそうよ。そろそろ出てきてちょうだい!そこに居るのは分かってるのよ!」
「流石は豊命神、気づいていたか」
現れたのはフードを被った3人組だ。皆が警戒する中、その素顔を見せていく。1人は彼らと因縁深いジェラールだ。一度は捕まっていたはずの彼は脱獄していたのだ。そしてもう2人は元悪魔の心臓幹部、煉獄の七眷属のウルティアとメルディだ。
「ジェラール!?」
「ウルティアと、誰だ?」
「メルディよ」
3人は過去の体験から来る反省と罪の清算をする為、新しくギルドを組織し、『魔女の罪』と名乗って方々の闇ギルドを殲滅している実績を持つ。
「久しぶりね、ジェラール。何回かいっしょに仕事もこなしたわね」
「シリルか、楽園の塔の時も
「ジェラール、お前記憶が……」
「ああ、6年ほど前に突然な。それから彼女たちの手を借りて脱獄した後は
「私は彼らと密かに連絡を取りながら闇ギルドの殲滅にあたっていたの」
元々闇ギルドと戦っていたカノンは水面下で彼らと時折連絡し合いながら、共に当たろうと支援や協力をしていたのだ。今回の事は聞かされていなかったものの、こうして手を組んで事に当たっていた。
「すごいじゃねえか、そんなら正規ギルドとして認めてもらえよ」
「俺は脱獄犯だし、この2人は元グリモアだぞ?それにこの形の方がギルド間抗争禁止条約に引っかからないからな」
自由な形が元闇ギルドのメンバーや犯罪者の一面を持つ彼らには最も適した形である。だからこそこうして自由に行動できる。今回会いに来たのは単に自己紹介を兼ねたものではなく、正規ギルドだから出来る事を頼む為だ。
「さてと、ここに来てもらったのは理由があるの。大魔闘演武に参加するんでしょ?」
「お、おう。そうなってんな」
「あの大会ね、毎回不審な魔力を感じるのよ、それを調べて欲しくてね」
「不審な魔力?それなら国中のギルドが集まるんだから一つや二つあっても……」
「最初はそう思ったさ。だが、毎年感知できる上にゼレフのそれと近しいものなんだ。ゼレフの存在に近づいた俺らだからこそ分かった」
「ゼレフ……」
7年前の天狼島にもあの大魔導士は来ていたらしく、ナツは彼と面識があり、悪寒が走る。闇の権化であり、今ある闇の根本的な原因の大半が彼を元にしていると言っても過言ではない。その彼が影響を与えたとみられる痕跡を探し出し、壊すなりして欲しい。それが今回の依頼だ。
「報酬は前払いよ」
「金!」
「家賃!」
「ごめんなさいね、金じゃないのよ。進化した私の時のアークを利用して最近発見されたセカンドオリジンを開放してあげる。隠れた魔力を引き出すことで魔力量も質やパワーも上がるはずよ」
「おお!」
「ただし!かなりの激痛が襲うわよ!」
そう、徐々に増やすのがセオリーの魔力開放を一気に済ませようというのだ。身体への負担がかなり大きく、本来なら馴染むまでに時間を要するのだ。短期間でこの数ヶ月分のロスを稼ごうというならそれ相応の覚悟と痛みを伴うのだ。
「私はもう神力を受け入れた時に開放済み、ユリアも開きかけてるから残るのは貴方達だけよ。残り五日間を修行に費やすより効率は良いけど、しばらく身体が怠くなるから」
「げっ……でもやるしかねぇ!俺からだ!」
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ナツの勇ある行動だったが、蓋を開けてみれば、想像以上の苦難が待ち受けていた。頑丈な身体を持っているナツでさえ痛みに苦しみ悶絶している次第だ。一緒に来ていたシャドウギアのうち2人はあまりの状況に自分たちは関係ないからと逃げの一手をうち、他の皆も絶句し、これから来る状況に震えて現実逃避をしているほどだ。
「う、うおおっ!」
「やばいなこりゃ……俺たちもこれやんなきゃなんねえのか?」
「かなりやばいわね」
「ほら頑張って。まだ開ききるには時間かかるわよ」
しかしエルザとジェラールが居ないのだ。グレイは目の前の光景から目を逸らしつつ問う。
「そういえばエルザとジェラールはどこ行ったんだ?」
「2人なら話し合いだそうよ。そっとしてあげなさい」
「そっか、色々あるもんね」
エルザとジェラールはニルヴァーナの一件以来の久しぶりに話し合える。記憶も戻ったのだ、積もる話もあろうと、ここはそっとしておこうと判断した。それ以前に鬼門が待ち構えているからその余裕もないのだが。
「私が出来ることは無いから席外すわね。それと次会うのは五日後よ、それまで頑張ってね。それじゃ」
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地獄の痛みを乗り越えて会場のある街にやってきたが、あのセカンドオリジン解放の余波を受けている為か、魂の抜けたような状態が何日か経った今も続いている。不調な妖精達はエルザを除き、ここに来るのもやっとだった。
「うーん、身体の節々がまだ痛む……」
「本当に大丈夫だったのかよ、この方法」
「こら、しっかりせんか。これからが大会本番だろう!」
「なんでエルザは平然としてんのよ〜」
「元からセカンドオリジンが開いてたんじゃねえか?」
「ふつうにあり得るから怖いわ、それ」
そんな冗談を言うのは詮無いことと思いつつも宿へと向かうが、カノンだけ先に来ていることに疑問が出てきた。
「そういえばシリルは?あれから見ないけど」
「姉さんなら国王と面会してる。大会の時は毎回こうよ」
「本当に偉くなったんだな、あいつ」
「元気なとこを全国のみんなに見せる好機、捨てないでよ」
そう、これは国中はおろか大陸に勇姿を見せるまたとない格好の機会だ。そう胸に決意を固め、大会へと望む。