フェアリーテイル 生命の唄   作:ぽおくそてえ

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お待たせしました。今回は初日の続きから二日目のエルフマンとバッカスの試合まで途中ダイジェスト版でもってお送りします。
もう一つの小説のため、これからしばらく間が空くかもしれませんが、ご容赦を。


第56の唄 奈落の初日、希望の二日目

1日目の競技『隠密』は結果だけ申せば散々だった。大鴉による意図的とも言える積極的な妖精狙いの妨害、剣咬の虎の他7人への一斉攻撃、ルールの中で探す難しさも相まって結局Aチームは8位と大きく出遅れ、Bチームも7位と一点入ったものの、予選レースでの2位から比べたらかなり出遅れたのだ。これには出場していたグレイとジュビアは落ち込み、苛立ちさえ覚えていた。皆の期待に応えられず、しかも観客からのブーイングはエスカレートする一方で、遣る瀬無さに苛まれている。

 

「くそ!」

「グレイ様、落ち着いてください。気持ちはわかりますけど」

「あの記憶造形師(ルーファス)とか言う奴も、ふざけた大鴉(ナルプディング)の奴も俺が倒す!必ずだ」

 

1日目前半時点で大きく出遅れた。順位はこの時点ではまだ覆せるものの、淀んだ暗い空気が妖精の尻尾のうちに流れかける。順位は上から剣咬の虎で大会得点10点、大鴉の尻尾が8点、蛇姫の鱗は6点、青い天馬4点、人魚の踵3点、四つ首の猟犬が2点で、妖精の尻尾Bチームは1点、Aチームが0点となった。一度に7点を叩き出した剣咬の虎や集中狙いで得点を重ねた大鴉の尻尾が上に上がったため、この2ギルドが得点上は大きく他のギルドを突き放す結果になった。

 

「気持ちはしばらく切り替えられそうにないな。そうなればこの後の試合をどうにか勝つしかないか」

「そうだな」

「さあ、競技パートは終わりました!これから試合パートに入ります!」

 

1日目の最初の試合はルーシィと大鴉の尻尾の紅一点フレア・コロナの試合が組まれた。お互いに敵視しているギルドとあって熱がこもる。試合開始のゴングとともにルーシィの修行の成果の一つ、2体同時召喚により優勢に進めるが、フレアも髪の毛を使った魔法で中々互角に渡り合う。しかし、途中から会場にて応援していたアスカを人質に取るといった卑怯な戦術に出て一時手も足も出せなくなったものの、ナツの機転により解放された。心置きなく攻められると考えたルーシィはかつて一度だけ使った大魔法『ウラノ・メトリア』を発動した。誰もが勝利を予感したが、突然魔法がかき消されるという不審な現象が起き、その場で倒れたルーシィは結果敗北した。あきらかな介入があったにも関わらず、誰1人として気づけずにいたのだ。

 

その後は順調に試合が進み、青い天馬と剣咬の虎が勝利を収めた。そしてついに最後の試合が伝えられる。妖精の尻尾Bチームと蛇姫の鱗の対決だ。

 

「さて今日の試合は残すところあと一つ!妖精の尻尾Bのユリア・アマリリスvs蛇姫の鱗ジュラ・ネェキス!」

「来たぞ、ジュラだ!」

「見てみたかったけど初日からか!」

 

相手はあの聖十大魔導の一人で人類最強と謳われるジュラだ。7年前には末席だった彼は今5位にまで席次を上げており、その実力と知名度、人気は他の魔導士に比べてずば抜けて高い。

 

「こりゃきついなぁ」

「頑張ってね、ユリア」

「そんなにすげえのか、あの坊主頭」

「私とエルザ2人がかりでも勝てるかちょっと怪しいわね……」

「これも母さんの試練かな?やるだけやってみる……『死の恐怖』を我が名において」

 

それでもユリアの目には光が宿っている。例え相手が誰であろうとも、やることは変わらない。ただひたすらに戦うのみと心に定めた。

 

「ユリアは神の巫女を務め、次期聖十候補とも言われています。カノン様は彼女と縁が深いそうですね?」

「かつて私も神の巫女だったし、同じギルドで育ったし、大事な妹のような存在でもあるわね。実力派魔道士よ」

 

大好きな姉が見守っているのだ、無様な真似だけはできない。自分の7年間を信じて前へ進むのみ。冥府神の巫女の一世一代の大舞台の幕開けだ。

 

「それでは、試合開始!ゴングです!」

「先手は貰うわよ!『ポイズン・ショット・ウィズ・フレイム』!」

「岩鉄壁!龍のように唸れ!」

「(攻撃を跳ね除けながら私も追う。攻防一体のまさしく聖十の動かし方だよ)ならばこれでどうかしら!『炎蛇の双顎(えんじゃのそうがく)』!」

「ぬぅん!」

 

片方が攻めれば、それに合わせて巧みに守りながら攻め、岩と炎の交錯は互いに破壊をもたらすだけだ。だが、それで怯むほど2人は経験がないわけではない。鉄火場を潜り抜けた両者は次の行動に移る。

 

「『冥府神の剛拳』!」

「岩鉄壁!」

「『地獄の業火(ソウル・フレア)』!そして『闇刹那』……」

「ぬっ、目くらましか。だが、ワシにはお主の足音さえも耳にある。そこ!」

「捉えた!」

 

魔には魔を、拳には拳を。全力で凌ぎ合う両者の力は互角であり、先程まで聞こえていた罵声は歓声に変わり、まさしく祭りにふさわしい盛り上がりを見せる。

 

「凄まじい応酬だー!両者共に一歩も引きません!」

「あのジュラを相手に互角かよ!」

「すげえな、あの子!」

「妖精の尻尾にもあんな魔道士がいるのかよ!?」

「ふぅ……流石に強いわね」

「それはこちらの台詞よな。堅い守りよ」

「(攻めるにはあの岩鉄壁の合間を縫っていかなきゃね。この魔法を纏えば加速する分守りが薄くなるのと同義、でもやるしかない!『神気』開放!)まだまだこれからよ!」

「おお、なんか纏ったぞあいつ!」

「神依のような技かしら」

 

身体に秘めた実母の力の一端を受け継ぐ彼女は姉に見習い、身体攻撃強化の術を持ち合わせたのだ。これにより守るより攻めを重視する方向に方針を変え、一撃でも多く叩き込む算段だ。拙速は巧遅に勝ると言わんばかりに一歩を踏み出した。

 

「攻めは神速を尊ぶ、ってね!」

「こちらからも参るぞ!はぁっ!」

「よっ、はっ、せい!」

 

岩の柱が畝り唸る中でも高速で駆け抜ける。迫り来る柱を避け、攻め寄せる牙をへし折り、流れるように前へと詰め寄る。遂に数メートルまで近づいた両者だが、そう簡単に撃ち込ませてくれる相手ではないのは皆が知っていることだ。

 

「崖錐!」

「はぁっ!」

 

岩をせり上げ、飛んだ先を追うジュラに対してユリアは枝を飛び交うが如く動き回る。攻めと守りが逆転しかけている中でもお互い冷静に動静を見極める。そして遂にユリアが仕掛ける。速度を上げ、ジュラの目に追えぬ動きで背を捉えた。

 

「吼えよ!『影狼砲』!」

「(動きも出足も速い!)ぬおおっ!」

 

放たれた影の砲撃はジュラに大きなダメージを与えた。会場のボルテージは一気に高まり、妖精の尻尾にとっては希望の一撃だ。自分たちでも頑張れば戦える、勝てるかもしれない。そう思わされる1発だ。だがジュラもただではやられない。

 

「崖錐、岩鉄壁!」

「うわっと!よっと、はいやっ!」

「足捌きも攻めの見極めも見事よな、ここまで当てさせてもらえぬ魔道士は久しぶりだ!しかも今の一撃、結構な威力だ」

 

壮絶な攻防戦が繰り広げられる中、更に白熱した展開となる。一撃入ってからも一進一退のせめぎ合いが続き、魔法と拳の入り乱れる熱戦は互いに決定打を打てない状況が観客を大いに楽しませる。

 

「闇よ穿て『宵時雨』!」

「唸り捉えよ『岩鉄龍』!」

「迎え撃たれし『闇龍縛』!」

 

ここでユリアがまた仕掛けていく。闇の鎖で脱出をさせないようにし、そこに特大の一発を打ち込む態勢に移る。

 

「これで動きを完全に止めてみせる!宵闇に唄え、黄昏に酔いしれろ……」

「あの構え、なんだ!?」

「奥義か。ユリアめ、成長してんな」

「冥府奥義、四重魔法陣『黄昏の歌姫(トワイライト・ディーヴァ)』!」

 

闇、炎、雷に毒の属性を盛り込んだ冥府神の奥義だ。『死の恐怖』を齎す、彼女と師匠に許された特大技だ。

 

「巌山!」

「くそっ、これも防ぐのね!?」

「ワシも行くとしよう、岩鉄壁!」

「くっ、囲まれて……」

「唸れ岩石の巨人の声よ、鳴動富嶽!」

「うわぁああっ!」

 

ジュラは鉄壁の守りから動きの止まった一瞬の隙を見逃さずに、先程の技への一種のお返しとばかりに奥の手を使う。ジュラの奥義が遂にこの激戦に終止符を打たんと、ユリアを全力でもって攻めた。

 

「うっ、くぅっ……」

「お主の一撃、誠に見事。なれどワシもギルドの一員としての誇りがある。倒れるわけにはいかん」

「はは、ここまでやって倒せないなら厳しいかな?降参だよ、貴方には今の私じゃあ無理だ」

「勝負あり!勝者はジュラ!」

 

この勝負を通してみて、押しに押しても決して膝をつかず、折れないジュラのまるで岩のような強固な意志には敵わないと感じ、降参した。20分以上にも及ぶ大激闘はジュラの勝利で幕引きとなった。勝てなかったことを仲間に詫びるが、健闘を皆が讃え、次に繋げようと言葉をかける。

 

「ごめんみんな。今の私には敵うはずのない相手だったよ」

「気にすんな、相手が悪かっただけだ。だが、頑張ったじゃねえか」

「次頑張りましょ!」

「あそこまで行かれちゃあな、借りはいずれ返してやるからよ」

 

====

 

「ユリア殿、先程は大丈夫だったか?熱が入りすぎたようでな、流石にやり過ぎたか」

「気にしないでよ、ギルド同士のプライドがあんのよ。これくらいならまだ良いって。お互い様でしょ?」

「済まない、気をつけるでな。しかしながらあの時よりも技のキレも魔力も申し分なかった。次が楽しみだ、また手合わせ願いたいものよな」

 

あの試合の後、治療を受けていたユリアの所にわざわざ謝りに来てくれたジュラと軽く話した後、カノンはユリアの包帯を巻き、これからの残り四日の話をする。

 

「ユリア、頑張ってたじゃない。ほら、包帯も終わったわ。みんなのいる酒場に戻りましょ」

「勝てなかったけど、頑張った甲斐があったよ。次こそは勝つよ!」

「無茶だけはしないでよ?冷や冷やしたわ、今回ばかりは」

「明日からはどうなるかな?流石に勝たなきゃマズイでしょ」

「そうねぇ」

 

宿に戻る前に皆と酒を酌み交わそうと妖精の尻尾の宿舎近くの酒場に繰り出した2人を待っていたのは明るく楽しく今日の試合を振り返っていた皆だった。グレイもルーシィも負けたことを明日の糧にする覚悟が見られた。

 

「みんな、来たわよ。お疲れ様なのね」

「おうシリル、先に始めてたぜ!」

「ルーシィ姉さん、グレイ兄さん、大丈夫なの?」

「気にしてないわよ、これから巻き返すだけだから!」

「いつまでも落ち込んでらんねぇからな!絶対に巻き返してやる!お前の試合を見て思ったんだよ、やり返すのは可能なんじゃねえかってな」

 

1日目に惨敗したギルドとは思えない明るく前向きな空気になるのが、このギルドの良さであり、このギルドのらしさだ。悲惨な結果にも関わらず皆笑顔になる。そんな空気につられたのか、1人の男が大酒飲みのカナを相手に飲み比べで勝つという乱入の仕方でやってきた。四つ首の番犬のエースであり、酒の神と同じ名前を持つ酔いの鷹ことバッカスだ。

 

「おーう、盛り上がってるねぇ。俺も混ぜてもらえねえかい?」

「お前、バッカスか?久しぶりだな」

「お、エルザじゃねえか、変わらないねぇ。7年間も行方くらましてたんだって?」

「まぁな。今回は参加しないのか?」

「そう思ってたんだけどよ、ウォークライのあのザマをみちゃあなぁ!明日からリザーブ枠を使って参戦だ。ワイルドに行くぜ」

 

エルザとは7年前からの旧知の仲であり、お互いによく仕事先で出くわすという。時にはぶつかり、時には愚痴をこぼす仲なんだとか。

 

「ま、どこかでぶつかるなら、いつかの決着もつけておきたいねぇ。流石に勝敗つかずの五分五分のままで終わらせるのももったいない。じゃあな、わはははは!」

「ねぇ、あいつ何者?」

「ケルベロスのエースでな、こちらのS級魔導士に相当するくらいに強い。何度か仕事先で顔を合わせているのだが、決着がつかないくらいの実力はある」

 

酔ってあちこちにぶつかりながら帰る彼は普段の見かけとは違い、確かな実力を持ち合わせていて、エルザ相手に無敗を誇るというとんでもないバケモノ級の武闘家なのだ。エルザの言葉に皆多少の差はあれ戦慄を覚えたほどだ。1日目の終わりにやってきた波乱とどこかでぶつかる予感がエルザの中にはあった。

 

====

 

「さて二日目に突入しました!今日の競技はレース戦の『戦車(チャリオット)』です!」

 

ルールはこうだ。動く車輌の上を走り、クロッカスの町の観光地を巡りながら如何に落ちずに早くゴールするかというレースだ。今回の出場者はナツ、ガジル、剣咬の虎スティング、蛇姫の鱗ユウカ、昨日会った四つ首の猟犬バッカス、六魔将軍討伐以来の知り合い青い天馬の一夜、大鴉の尻尾からクロヘビ、人魚の踵のリズリーが参加している。このうち5人はまともにレースができており、トップにはクロヘビがおり、2位から5位の間はデッドヒートが繰り広げられている。しかし後方6位から8位は酷いもので、滅竜魔導士3人組は揃って乗り物酔いを発症していた。

 

「おい、なんでナツを出したんだよ!名前で乗り物っぽいの分かっただろ!」

「どうしても出たいと言って聞かなくてな」

「ガジルも乗り物に弱いのか……」

「あの剣咬の虎のスティングもか。全員確か滅竜魔導士だったか?」

「締まらない展開ねぇ。まぁ、まずは先頭争いかしら?」

「そうですね。今先頭を行くのは大鴉の尻尾のクロヘビ選手、その後方をペガサスの一夜選手、マーメイドのリズリー選手、そしてラミアのユウカ選手が続き、そして少し遅れてケルベロスのバッカス選手が走ってますね」

 

5位までの集団から大きく遅れている3人のうち、ガジルは今まで乗り物酔いを経験してこなかったのか、大きな戸惑いを感じながら他2人とちんたら走ることになってしまっている。ちなみにだが、ラクサスも乗り物が苦手らしい。

 

「くそ、俺も乗り物ダメだったか?これは火竜(サラマンダー)の役だろ!」

「ようやくあんたも滅竜魔導士の真の意味で仲間入りしたんだな?おめでとう、『新入り』……うぷっ!」

「テメェ……このヤロー!」

「うぎゃ!」

「うぉっ!おぇっ……」

「くそ、力が入らねぇ……」

 

なんとも締まらない感じの最後尾集団を見守るカノンは暖かな視線を送っており、その隣にいるヒスイ姫が不思議そうに問いかける。

 

「頑張ってるわねぇ」

「女神様、何故そこまで妖精の尻尾を応援してるんです?昨日の試合ではユリアさんと同じギルドとか言ってましたが」

「私のいたギルドがそこだったからよ。まぁ、今でもそのつもりなんだけど」

「仲間思い、家族思いなのですね。羨ましいような、そんな気がします」

「大丈夫よ、国王もアルカディオスさんも貴女のことを想っていてくれてる。無論……私もね」

「ありがとうございます」

「でも良いわね、お父様がいて。実親は居ないし、家族はギルドだけの私にとっては……もう無いものなのよ、本当の意味での血の繋がった家族は」

「大事なのはその魂の繋がりですよ。前にそうおっしゃってましたよ、カノン様」

 

魂のつながりとは何かと話しているうちにレースに動きがあった。5位と少し2位集団の後ろにいたバッカスが目の前で行われた2位奪取の戦いを眺めた後、ワイルドに本気出すと言い、四股を踏んで乗っていた車両を大きく捻じ曲げ、前の3人を落としかねない衝撃を叩き出した。

 

「先頭集団に動きがありました!なんと、バッカス選手の四股踏みで戦車が壊れました!その隙に一気に加速、トップでゴールです!10ポイント、入りました!」

「なんてパワーなんだ、7年前より上がってるぞ!」

「どうなってんだよ、あのパワー!」

 

レースコースの戦車を揺るがす踏み込みによって止まった3人を一気に追い抜き、一気にスパートをかけたバッカスが1位、クロヘビが2位となり、5位までは順調にゴールまで駆け抜けた。

 

「5位までは終わりまして、後は最終の3人になりました」

「滅竜魔導士3人組のビリ争いね。誰が抜け出すかしら?」

 

残るはなんとも言えない6位争いのみ。残る3人は全員グロッキーながらもナツとガジルが抜け出そうと必死にもがきながら前へと進む。

 

「うおおぉっ!」

「ぬぅあああっ!」

「なんでだよ、なんでそんなに意地を張るんだよ。情けねえったらありゃしねえ……俺の知ってる妖精はそんな感じじゃなかったよ。もっと自由っていうかさ、そんな周りの目を気にしねぇっていうかさ。何のためにあんたらやってんだよ?」

「仲間が、苦しんでたからだ……笑われてたからだ!その為にも、みんなの為にも絶対に勝ってやるんだ!」

「くだらねぇ……この1点くらいはくれてやるよ」

「ぎひ、最後にその『くだらねえ、たかが一点』で泣くなよ、坊主!最後に勝つのは俺たちだ」

 

熱い魂に強い意志で仲間たちの苦しめられた7年間を覆そうという覚悟が会場の皆や、応援しにきてくれた妖精の尻尾の皆の目に涙を浮かべさせる。

 

「うおおおっ!」

「つぇああっ!」

「ここで妖精の尻尾Aのナツ、6位でゴール!続いてBチームのガジルが7位!剣咬の虎スティングは途中棄権で8位となりました!」

「ぽ、ポイントなんとかゲットだぜ……初ポイント……」

「ぎ、ギヒッ……完走だぜ」

「仲間の為?くだらねぇよ、そういうのは」

 

====

 

「で、なんか見たのかい?」

「ええ。未来のどこかで崩壊する城、火の上がる街、そこで泣くルーシィとユリア」

「予知なんぞ外れることはよくある事さね、気にするもんじゃないよ」

「……だと良いけど」

 

不吉な予感を感じるシャルルの予知は果たしてどうなるか……

 

====

 

競技パートが終わり、試合パートに移る。実況と解説は昨日と先程と同じ2人であり、今日はゲストとしてルーシィの愛読している雑誌週刊ソーサラー(通称週ソラ)の記者ジェイソンが来ている。

 

「さぁ、これから試合の方に入ります!」

「最初の組み合わせは、クロヘビとトビーだね。今度こそフェアにやって欲しいよ」

「COOOOL!!なんだいあの犬っぷり!」

 

競技の結果により、妖精の尻尾両チームは点数を手に入れ、反撃の準備を始める。まだ2点と他のチームには遠いものの、まだ試合パート次第では追いつける位置につけた。第一試合は大鴉の尻尾クロヘビと蛇姫の鱗の犬っぽい人ことトビーだ。

 

「おおーん!『超麻痺爪メガメガクラゲ』!」

「面白い技だね。ククク……」

「おおーん!少しは当たれよ!」

「ククク……やだよ」

「クロヘビって名前かっこいいな!」

「ありがとう。本名じゃないけど」

「違えのかよ!俺が勝ったら本名教えろ!」

「僕が勝ったら?」

「俺のとっておきの秘密を教えてやるよ、お前が勝てたらな!」

「面白いから、良いよ」

「おおん?消えた?」

「バカモン!擬態魔法だ!」

「『砂の反乱(サンド・リベリオン)』」

「おおーん!?」

 

擬態魔法から砂の魔法をコピーして、マックスと同じ魔法を繰り出して勝利を収めたクロヘビ。トビーとの賭けを実行しに移る。

 

「僕の勝ちだね。で、秘密は?」

「靴下……片方だけないんだ。もう3ヶ月も探してるのに一向に見つからなくてさ……うぇっ」

「あのさ、ここにあるよ?首から下げてるじゃないか、気づかなかったの?」

「えっ?あったぁ!!」

「「「えええっ!?」」」

「良かったな、犬っぽい人」

「泣くほど感動する場面か、エルザ?」

「な、なんて言えば良いのやら」

 

感動的だと受け取ったエルザのような人もごく少数居たが、その後がさすがともいうべきか、その大事な靴下を握手するように見せかけて破り捨て、笑いと烏の高らかな声だけが会場にこだますることになった。なんとも後味の悪い結末になってしまったが、次の試合の出場者が呼ばれる。1人目は四つ首の番犬のバッカスだ。

 

「さて第2試合です!『四つ首の番犬』バッカス!」

「うぃ〜、ひっく……俺の出番だぜ」

「対するは『妖精の尻尾』!」

「えっ!?ナツだったらどうしよう!?」

「叩き起こす、何が何でもな」

「妖精の尻尾Aのエルフマン!」

「なにぃ!?あいつ、エルザと互角なんだろぉ!?」

「頑張れ、勝つしか道はないんだ」

「お、おう」

 

勝てるのかと観客も観覧に来ていた国王もエルフマン本人も思う中で何としても勝利をというエルザの檄のもと、試合に臨む。

 

「よう、お前の姉妹、えらい美人だねぇ。ここは俺らもさっきみたく賭けでもしねえかい?」

「内容次第だが、別に構いはしないぞ」

「流石は男だ。俺が勝ったら、そうだなぁ……お前の姉妹を一晩貸せや。お前が勝ったなら……」

「貴様、漢として譲れんものがあるぞ。ふざけるなよ猟犬が、砕けろ!!」

「交渉成立か。魂が震えてくるぜ」

 

漢同士の戦いのゴングが賭けと共に開始される中、カノンは何かの気配を察知し、昨日倒れたというウェンディやユリアのことが急に心配になり、席を立つ。

 

「カノン様、どちらへ?」

「少し仲間の様子を見てくる。セレス、少し見てて構わないわ」

「……心得ました。くれぐれも変な真似だけはなさらないようにしてください」

「分かっている」

 

====

 

「ウェンディ、具合はどう?ナツ兄さんも……あら?」

「んお?シリルか?」

「ナツ兄さん、ウェンディやポーリュシカさん達は?」

「分からねえ、さっきまで寝てて……いや、なんか変な匂いがする。ギルドにはねえ匂いだ」

「誰かに連れ去られたとでも?だとしたらまずいわね、追うわよ!」

 

ギルドにいない何者かの微かな匂いと生命の名残を感知したナツとカノン。もしや何か起こったのでないかと感じ、2人は看護室を飛び出し、その名残の濃い方へと向かう。

 

「あっちからだ!」

「ここって屋上通路?どこに行く気かしら?」

「分からねえ。だけど仲間に手ェ出してんだ!容赦しなくていいぜ!」

「あったり前!」

 

そこにいたのは気絶したウェンディにシャルルとポーリュシカを抱えた不審な盗賊風の格好の連中だ。おそらく襲撃して誘拐したのだろう、仲間に手を出された以上はきっちりかっちり締めておかねばと先ほどのレースとは打って変わったナツとカノンが猛ダッシュで追いかける。

 

「やべぇ!もう追いかけてきたよ!」

「あいつさっきまでチンタラ走ってたのに!?」

「もう1人来てるぞ!確か特別観客席の……」

「待てやテメェらぁ!」

「理由とか色々吐いてもらうわよ!」

「こうなったら対魔導士用の俺のリボルバーでもって……ぶべらっ!?」

「邪魔だ、どけ!」

「ぷぎゃっ!」

「うわぁ、速え!」

「そもそも依頼は少女2人の誘拐だろ!この婆さんと猫は余計だろ!」

 

少女2人をさらって来いというとんでもないワードに反応し、急襲。裏で糸を引く連中に対しての怒りをもって鉄拳を降した。

 

「テメェら……」

「誰の引き金かしら?」

「「ひ、ひええっ!!」」

 

ひっそりと騒ぎが起きる中、会場の方ではエルフマンがバッカスに対して不利をとり、ボロボロになっていた。

 

「おおっと、エルフマンがバッカス相手に手も足も出ない!」

「ワイルドォ、フォー……」

「(このままじゃ一撃も入らねえぞ。ウェンディの分も任されてんだ、退けはしねぇ!)『獣王の魂(ビーストソウル)・ワータイガー』!」

「高速戦闘タイプの接収魔法(テイクオーバー)ね、一気に攻め立てるつもりみたい」

「いけるんでしょうか、相手の動き、かなり変則的ですよね?」

 

劈掛掌という独特な動きを取る拳法に拳に魔力を溜める割と典型的(オーソドックス)な魔法により、エルザを相手に五分をとるほどのパワー、経験と知識、度胸がある。その為か、一方的な展開(ワンサイドゲーム)になりつつある。更に酒を飲むことで変幻自在な動きに磨きがかかる酔拳を取り入れた拳法を持ち合わせることで、その拳に力を注ぎ込むことができるが、まだ一口もつけていない。事実ジュビアやエルザらの心配通りにかすりもせず、返り討ちにあうということになってしまい、変身も解けて膝をついてしまう。

 

「へへっ、良いねぇ。美人2人との夢の一夜か」

「くそ……ああ、そういやぁ、賭けの内容……俺の条件をまだ言ってなかったな。今、良いか?」

「良いよなんでも。今からじゃ勝つの無理だろうしな」

「じゃあ言ってやる、俺が勝ったらお前たちのギルド名、大会中四つ首の仔犬(クワトロパピー)な?」

「ぷっ、あっははははは!良いぜ、そんくらいなら!じゃあこっちもそろそろ本気出すかね?ケリつけてやるよ」

「酒を飲んだ!?」

「酔・劈掛掌……奴の本領発揮だぞ!気をつけろ!」

 

試合を楽しむために隠していた酒を飲み、一気に決着をつけにきた。独特の構えに更に読めない動きが加わり、攻めが加速される。

 

「行くぜぇ」

獣王の魂(ビーストソウル)……」

「無駄ぁ!」

「一気に7発!?」

「ははっ……ん?な、なんじゃこりゃあ!?俺の拳に傷が!?」

「……『リザードマン』!こっちの攻撃が当たらねぇなら当ててもらえりゃあ良い、得意なんだろ?近接攻撃はよ!」

「なんつう戦法だよ……」

 

一度も当たらなかったし、当てられないのなら、自分の身体にあえて当てさせる。昨日のユリアとは逆の戦略、つまり攻めを捨てて守りに全振りしてきた。身体中に仕込まれた鮫肌のような棘の鱗が敵の拳へのオートカウンターとなる、バッカスのような相手にはある意味最適解の一つともいえる。しかし傷を受けることを前提にしている為、自分の身体にも大きな負担になるとんでもない戦法だ。

 

「おら来いや!俺の身体とテメェの拳!どっちが先に砕けるかの漢の勝負じゃい!」

「は、はははっ!なんて野郎だ、普通じゃねえ!だがそこが気に入ったぁ!俺の魂が最高に震えてくるぁ!」

「壮絶な意地のぶつかり合いだー!これは生温い戦いというより漢と漢のプライドをかけた闘争!攻めるが果てるか、守るが果てるか!空前絶後の衝突の結末はどうなるー!」

 

棘さえ砕くバッカスの鷹の拳か、必殺の拳さえ防ぎきる攻防一体の鉄壁の身体か。漢同士の意地(プライド)と魂を賭けた、熱気溢れる闘いとなる。先程までの展開からデッドヒートへと変わり、会場が熱のこもった視線を飛ばす。攻めと守りの乱戦の中で遂に両者が膝を地面につく。

 

「ぐぉっ……はぁっ、はぁっ」

「うぐっ……ぜえっ、ぜえっ」

「両者膝をついた!先に立ち上がるのはどっちだ!?」

「なぁ、お前エルフマン、っつったよな?うはっ、うははははっ!ワイルドォ!!」

「先に立ったのはバッカス、エルフマン立てないか!?」

「なぁお前……そのガッツ、漢だぜ、俺の負けだ」

「バッカスまさかのダウン!エルフマン大金星ー!」

「うおおおおおっ!!!」

「この雄叫びは復活への狼煙かー!」

 

守りのエルフマンのあげた大きな10点の獲得は四つ首の番犬改め四つ首の仔犬に追いつく大事な点になった。復活の狼煙、優勝への希望ある展開だ。

 

「おお、勝ったぞ!エルフマンすげえな!」

「やりましたね!私たちのチームにも大きい点が入りましたよ!」

「ボロボロになってまで勝ちを取りに行くのね。恐れ入ったわ」

「もう大丈夫なのかい、ウェンディ?」

「大丈夫だよグランディーネ!完全に復活できたよ」

「これからは気をつけてね。ギルドの方にも今回の襲撃誘拐の件は伝えておくし、私の分身か巫女を治療室に居させるから」

「何から何まで済まねえな」

「それは言わない約束よ、私たち仲間じゃない。仲間を守る為なら労は厭わない」

 

金星を挙げたエルフマンの試合を眺め、盛り上がるナツたち。今後の展開が面白くなってきたところで、彼らは看護室へ戻る最中にあれこれと今回の一件について議論がおこる。裏に何があるのか心配になる。

 

「元気になったら次の試合の応援とか視察に行くわよ。ポーリュシカさん、エルフマンの治療の方を」

「重々承知の上だよ。敵の視察が明日の勝利につながるから、頑張るんだよ?」

「ありがとなばっちゃん、気をつけろよ」

「心強い神の目があるんだ、そう易々と手は出されないはずさね」

「しかし今回の誘拐、目的は何かしら?」

「確か少女2人の奪取が、とか言ってたな」

「2人?誘拐された時あそこにはグランディーネと私とシャルルぐらいしか……」

「いいや、居たじゃないか。今日に限って言えば少なくとももうあと2人は来てたじゃないかい?」

「もしかして……ルーシィとユリア!?」

 

そう、ナツがダウンした時に彼を連れてきたのはルーシィだし、ユリアは昨日の戦いで得た傷を治しに来ていた。少女2人の誘拐未遂は少なくともルーシィ、ユリア、ウェンディの誰かを狙って起こしたものだろう。大鴉の尻尾に依頼されたと供述していた犯人たちだが、目的も理由も何もかもが分からない。大金星の裏で漂う暗雲は果たして晴れるだろうか?


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