鎮守府の日常   作:弥識

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意識してコメディって難しい。
小難しい陰謀だのを書くのはスラスラ行けるんですけどねぇ。
私の性格故でしょうか?
さぁ、今回は某艦娘が頑張りますよ!


酒は飲んでも呑まれるな:後編

「皆さん盛り上がってますねぇ」

「そうですねぇ」

「……そうだね」

 

宴会場の一角、あるテーブルで賑やかな席を眺めるのは三人の駆逐艦娘。

神林艦隊の『響』『五月雨』と宮林艦隊の『雪風』だ。

 

正直な所、雪風は宴会の参加に然程乗り気では無かったのだが、かと言って他所の鎮守府の艦娘に遠征や当直をさせる訳にもいかず。

結局、参加に乗り気だった響達と、冴香の『まぁ良い機会だから』の一声でこの場に落ち着いて居る。

 

尚、三人が飲んでいるのはお酒ではない。響と五月雨はオレンジジュース、雪風は烏龍茶だ。

別に『駆逐艦娘の飲酒を禁止』している訳ではないのだが、『何となく』である。

 

「そういえば、雪風さんは宮林提督の所に行かなくて良かったんですか?」

 

五月雨が思い出したように問う。

実際、雪風と一緒に来ている摩耶は、冴香のすぐ近くに控えている。現在は扶桑と雑談しているようだ。

 

「えぇ、私はしれぇの秘書艦じゃないですから、その辺はゆるいです」

「え、秘書艦じゃないんですか?」

 

雪風の言葉に、五月雨が驚く。

一緒に連れてきているから、てっきり彼女も秘書艦だと思っていたのだが。

 

「正確に言うと、雪風は秘書艦『補佐』って所でしょうか。他の提督はどうか知りませんが、しれぇの秘書艦さんは摩耶さんで固定されています」

 

宮林鎮守府では、秘書艦は『重巡:摩耶』で固定である。

そして雪風を始めとした数人の艦娘が、交代で秘書艦『補佐』として摩耶のサポートにあたっていた。

 

「へぇ……そちらはそんなシステムなんですね」

「はい、その方が引継ぎ等で混乱もしませんし、何より……」

「何より?」

 

そう言って口ごもる雪風に、五月雨は首を傾げる。

その後暫く「あー、うー……」などと言っていた雪風だったが、消入りそうな声でごにょごにょと呟く。

 

「何より……その……しれぇを『止めれる』のって、摩耶さんしか居ないんですよ……」

「あー、成る程……」

 

雪風の言葉に、色々と察した五月雨は曖昧に頷く。

五月雨が冴香と知り合ってまだそんなに日が経った訳ではないが、彼女の『破天荒さ』には身に覚えが在りすぎる。

 

「……って事は、お二人はかなり長い付き合いなんですか?」

「そう聞いてます。雪風はまだこの艦隊に入って日が浅いですが、摩耶さんはかなり初期からいらっしゃるみたいですね」

「成る程、だからあんな距離感で居るんですね」

 

改めて冴香と摩耶に目を向ける。丁度、何かを『やらかした』らしい冴香を摩耶が『メキィ』していた。

艦娘が提督に手を上げている時点で大概おかしいのだが、二人には全く『違和感』がない。

恐らく、二人にとっては『日常茶飯事』なのだろう。……それもどうかと思うが。

それだけでも、二人の信頼関係が見て取れる。かと言って互いに『依存』しているわけでもない。

 

ある意味、理想的な提督と艦娘の『在るべき姿』なのかもしれない。五月雨にはそう思えた。

 

 

「そっちも大変そうですねー。ねぇ響……響?」

 

五月雨は思考を切り替えるように、隣に居た響に声を掛ける。

 

「…………」

「えっと、あの、響?」

「響さん、どうしたんですか?」

 

しかし響は俯いたまま応えない。念のためもう一度声を掛けても、反応は無い。

響の様子に、雪風も声を掛ける。それでも響は応えない。

そう言えば、先程から響が一言も喋っていない事に今更ながら気付く。

元々響は饒舌な方ではないのだが、何故か気になった。

一瞬「眠っているのか?」とも思ったが、手に持つグラスはしっかりと握られている。

 

「………っく」

「「く?」」

 

突然、響の体が小刻みに揺れた。今のは……『しゃっくり』か?

 

「…………ひっく」

「あの……響?」

 

もう一度、響の体がピクリと跳ね上がる。

その拍子に、耳に掛かっていた銀髪が落ち、耳の一部が見えた。

よく見なくても、その耳は『まっ赤』だ。

 

「…………グイッ」

「ちょ、響!?」

 

突然、響が手に持つグラスを掲げ、中のジュースを一気飲みする。

唖然とする五月雨達を尻目に、くぴくぴとジュースを飲んだあと、空になったグラスをテーブルに『タァン!』と音が出る勢いで置いた。

 

「………ふぅ、ちょっと、いってくるよ」

「え、や、あの、行くってどこへ!?」

 

そのまま、すっくと立ち上がった響は五月雨達を置き去りにスタスタと何処かへ向かってしまう。

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってよ響!」

「ど、どうしたんですか!?」

 

普段の響からは考えられない行動に、慌てて二人は後を追った。

 

 

―――その頃、同じ会場内にて。

 

「ん?んん?」

「どしたの熊野」

 

突然、首を傾げながらグラスを見る熊野に、鈴谷がグラスを傾けつつ問う。

 

「いえ……お代わりを頂いてきたこのカクテルなんですが……先程のと味が違う気が……」

 

んー?と首を傾げる熊野に、同じくグラスを手にした最上が問う。

 

「へ?何頼んだのさ」

「すくりゅーどらいばー、ですわ」

「すくりゅー、何?」

「スクリュードライバー……確か、ウォッカをオレンジジュースで割ったカクテルですね」

 

首を傾げる最上に、三隈が補足する。

 

「酔って舌が変になったんじゃないのー?ウォッカって基本無味無臭だよ?」

「そんなに飲んでないと思うんですが……」

「でもウォッカはかなり度数の高いお酒でしたよね?」

「うーん、そんなものですかねぇ……?」

 

そう言って首を傾げる熊野に、『そんなもんそんなもん』と応える最上達。実際、彼女達は結構酔っていた。

 

 

だからこそ、彼女達は気付かない。

 

現時点で、結構な『手違い』が起こっている、という事に。

 

 

 

「わたしはさー、しんらいかんけーってだいじだとおもうわけよー」

「……そうだな」

「だからさー、てーとくにもぶっちゃけてほしいのさー」

「……そうか」

「そーなの。でー、……見たの?」

「だからそれは不可抗力だと」

「びゅっちゃけようよ!みたんでしょ?みたんらね!?」

 

 

まだ神林と北上の押し問答は続いていた。

 

因みにこのやり取り、既に五回目である。

その度に北上がグラスを呷るので、北上は既に呂律が回っていない。

 

 

「ほらほらー、私のおっぱい見たって言っちゃいなよー♪」

「良いからお前は少し黙れ。話に入ってくるな」

 

ややこしくなるから。と暗に冴香に示していると、北上の目が一気に険悪な物となる。

神林にくっ付きながら、冴香に対して『酸素魚雷』をぶち込んだ。

 

「さっきからうっさいよー……このまな板女」

「……はっ、君もそんなに大差ないだろ?」

「はぁ?何言ってんの?明らかに私のほうがおっきいっつーの」

「うふふふふ」

「あはははは」

「「よし、表出ろ」」

 

売り言葉に買い言葉で、一気に場の空気が険悪になる。

 

「コラコラ、宴会で喧嘩すんなお前ら」

「いい加減にしなさい貴女達」

 

流石に見かねた摩耶と扶桑が仲裁に入る。

 

「「うっさい無駄乳共」」

「「……よし、喧嘩両成敗ね(な)」」

「「え、ちょ、ギャー!?」」

 

扶桑が北上の、摩耶が冴香の頭をそれぞれ掴み、『メキィ』する。

因みに扶桑は先程『メキィ』のやり方(主に何処に指を掛けて力を込めるか)を摩耶に教わった所である。

 

『メキィ』を終え、力なくぶら下がる北上『だったもの』をぽいと捨てて、扶桑は「お騒がせしました」と神林に謝罪する。

 

「いや、助かった。ありがとう」

 

苦笑しながらそう言う神林に、『秘書艦ですから』と応える扶桑。

そのまま彼の隣に座りつつ、先程の冴香の言葉を思い出す。

 

 

『タカ君が酔っ払ってるトコ見た事ある?』

 

 

答えは否だ。彼は滅多に酒を飲まないし、飲んだとしても少量。それも艦娘の前では飲もうとしなかった。

しかし見た所、今夜はそれなりの量を飲んでいるようだ。

冴香が言っていた『あと30分』にあたる時刻も少し前に超えた。

 

『……見た所、そんなに変化は無いようだけれど』

 

現時点では、神林にこれといった変化は見られない。少なくとも、扶桑にはそう見えた。

飲んでいる量を考えると、其れなりに酔っているとは思うのだが。

何より、気になるのは冴香のあの言葉。

 

『事の次第によっちゃぁ、ライバルが増えるかも』

 

……アレは一体、どういうことなのか?

 

「提督……大丈夫ですか?」

「うん?何がだ?」

 

扶桑の問いに、片眉を上げつつ問い返す神林。

 

『……あら?』

 

その様子に、若干の違和感を覚えつつ、会話を続ける。

 

「いえ、大分お飲みになられているようなので……」

「あぁ、この程度なら問題ないよ。これでも酒は強い」

 

そう応える神林に「そうでしょうね」と返す扶桑。

確かに、この量を飲んで見た目に大した変化が無いのであれば、それなりの酒豪ではある。

しかし先程から感じる『違和感』は何なのだろうか?

 

「失礼する」

「ハァーイ、提督、飲んでるー?」

 

首を傾げる扶桑だが、不意に聞こえてきた声に思考を切り替える。

やって来たのは、長門と陸奥だ。

 

長門、陸奥共に手には何かしらのカクテルが。顔の紅さを見るに、二人とも其れなりに飲んでいるようだ。

 

例のごとく乾杯した後、ご機嫌な陸奥が神林に絡んでくる。

 

「それにしても、宴会なんて気が利くじゃない提督ー」

「まぁ、お前達には頑張ってもらっているからな」

「ふふふ、なにー?今更私達の有難みが分かったって訳?もっと褒めても良いのよー?」

 

そういって、上目使いで擦り寄る陸奥。

「おい、近すぎだぞ」という長門の言葉も耳に入っていないようだ。

成る程、彼女は絡み酒か、などと思いつつ、一応嗜めようとした扶桑だったが―――

 

「あぁ、そうだな」

 

神林の行動は予想のはるか『斜め上』をいっていた。

 

「長門、陸奥、何時もありがとうな(ニッコリ)」

 

そういって、神林は『穏やかに微笑んで』見せたのだ。

 

「……は///?」

「あ、あら?あらあら///?」

 

目に見えて、二人の顔が赤くなる。

 

「あ、あぅ//////」

「え、や、その//////」

「どうした、二人とも?」

 

顔をまっ赤にしつつ、しどろもどろになるビックセブン×2に、首を傾げる神林。

周りに居た面々も、神林の様子に驚愕を隠せない。

 

 

 

『『『て、提督が……微笑んだ……ですって?』』』

 

 

 

この認識で、普段『いかに神林が仏頂面をしているか』が見て取れる。

 

 

「あ、あの、提督……?」

「どうした扶桑」

「い、いえ、その……大丈夫、ですか?」

「……すまない、質問の意図が分からない」

 

そう言って首を傾げる神林。口調は何時もと大差ない、と思う。

しかし『小首をかしげる』なんて行為自体、普段の神林はしないのだ。

明らかに、おかしい。

 

「……宮林提督」

「はいはーい?」

 

呟くような扶桑の声に、何時の間にやら摩耶の『メキィ』から復活した冴香が応える。

扶桑は端的に『説明を』と伝えた。

 

「よろしい、それでは説明しよう。

 タカ君はね、一定量以上のアルコールを摂取すると、顔の筋肉が若干緩むんだ。

 それにより普段より目付きが温和になって、表情でも感情表現をするようになる。

 つまり、『目付きの悪いイケメン』から『只の爽やかイケメン』にジョブチェンジするんだよ」

「成る程、先程抱いた違和感はそう言う事ですか……」

 

冴香の説明に、扶桑は『地味に厄介』という感想を抱いた。

 

元々、神林は整った容姿(※扶桑基準)をしている。

指揮官としての能力も高いし、性格も悪くない。艦娘への気遣いも出来ている。

 

実際、先程長門たちに向けたような『発言』も然程珍しくは無いのだ。別に『口下手』という訳でもない。

 

 

―――ただ、それを『周りを無駄に威圧する仏頂面で言う』のと、『穏やかに微笑んで言う』のとでは雲泥の差がある。

 

そして何より厄介なのは、神林本人が『ジョブチェンジ』している自覚が無い事だ。

それはそうだ、自分の表情なんて、鏡をマメに見ない限り気にしない。

 

 

その証拠に、普段は割りとフランクに神林と接する陸奥が明らかにモジモジしている。恐るべし、『ギャップ萌え』。

 

先程冴香が言っていた『事の次第ではライバルが増えるかも』という発言の意味も理解する。

この調子で神林に喋られたら、悪戯に轟沈者(フラグ的な意味で)を増やしかねない。

 

いっそ適当な理由つけて『お開き』にしてしまおうか、などと本気で考え出した扶桑だったが、更なる闖入者によって、そんな考えも吹き飛ばされる。

 

 

 

 

「見つけたよ、司令官」

「……響か、どうし「ちょっと膝を借りるよ」……た?」

 

突然現れた響が、座っているいる神林の『膝の上』に乗ろうとする。

 

「……はい?」

「……ん、帽子が邪魔だね、よいしょっと……ふぅ」

 

扶桑たちが唖然とする中、そのまま膝の上に『ぽすん』と収まると、神林の上半身に背中を預けた。

途中帽子が当って気になったのか、帽子を脱ぎ胸の前で抱える。そして、『一仕事終えた』かのように一息ついた。

 

この間、わずかに数秒。あまりの手際の良さに、当の神林も抵抗出来ずに目を白黒している。

 

「……響?」

「どうしたの、司令官」

「……それは此方の台詞だと思うのだが」

 

神林の声に、上目遣いで応える響。

その様子に、若干頬を引き攣らせた扶桑が声を掛ける。

 

「……はしたないわよ響、提督から離れなさい」

「離れる?どうしてだい?」

「いや、どうしてって」

「響は今、世界で一番安心できる場所に居るんだよ。あ、司令官、響の頭を撫でてくれると嬉しいな」

「頭をか?」

「……嫌?」

「……あー、嫌ではないが……」

 

またもや上目遣いに問われて、神林は返答に窮する。

なんというか、コレは色々とまずい気がする。主に周りの空気が。と言うか扶桑たちの目線が。

 

ふと冴香の方を見ると、『ちょwww修www羅www場wwww』と言いながら爆笑していた。この野郎、人事だと思って。

 

しかし、此処で明確に拒絶すると、神林の『良心の呵責』が尋常でない気もしたので、観念して響の頭を撫でる事にする。

 

 

「……хорошо、これは力を感じるよ。Спасибо」

「お、おぅ……」

 

頭を撫でる感触に、満面の笑みを浮かべてご満悦な響。

何時に無くご機嫌な彼女に対し、曖昧ながらも返事をする神林。

普段の彼女からは考えられない言動に、周囲も唖然とするしかない。

 

現時点において、世界は間違いなく響を中心に回っていた。

 

「あ、いましたよ雪風さん……って、ひ、響!?」

「ふぇ!?一体どういう状況ですか!?」

「五月雨と……雪風か。いや、何がなにやら……」

 

駆けつけてきた五月雨たちに、曖昧に返す神林。

 

一先ず、五月雨達から事情を聴く事にする。

 

「実は、まるまるうしうし」

「赫々云々(かくかくしかじか)な」

「成程、ジュースを飲んでたら行き成り……ねぇ、響のグラスって、雪風が今持ってるやつ?」

「あ、はい、そうですけど」

「ちょーっと貸してもらえるかい?」

 

大体の事情を察したらしい冴香が、雪風からグラスを受け取る。

グラスに鼻を近づけ、臭いを嗅いだ後、『あぁ、やっぱり』と呟く。

 

「あー、タカ君……これ、お酒だわ」

「……何?」

「えぇ!?私達、ちゃんとジュース頼みましたよ!?」

 

冴香の発言に神林は眉を顰め、五月雨が慌てたように否定する。

 

「確かに、マドラー(カクテルを撹拌する棒)も入ってない……ねぇ、君達が頼んだのって、なんだったの?」

「え?オレンジジュースですけど」

「あー、じゃぁどっかで取り違えたんだ。これ多分スクリュードライバーかなんかだよ。あれもオレンジ使うから」

 

スクリュードライバーのベースとなっているウォッカはかなりアルコール度数が高い(低いもので40度)。

ウォッカの品名や作り方にも依るが、少なくともビールやワインよりアルコールが弱い、なんてことはないだろう。

 

改めて響を見る。冴香の推理は合っているのだろう。明らかに顔が紅いし、目つきもいつもと違う。

 

「え、えーっと、どうしましょう?」

「……まぁ、飲んじゃったもんはどうにもならないね。量を飲んだわけでも無さそうだし、多分大丈夫じゃないかな」

 

オロオロしながら言う五月雨に、苦笑しながらも応じる冴香。

五月雨達の言葉の通りなら、飲んだ酒はこのグラス一杯。

別に『スピリタス』を一気飲みした訳でもなし、放っておいても問題ないだろう。

 

「この状況はどうする」

「……まぁ害が在る訳じゃないし…ククッ、しばらくそのままでいたら…プッ」

「的確なアドバイスありがとう。後で覚えとけ」

 

必死に笑いをこらえつつ言う冴香に、ため息を吐き打つ応じる神林。

実際、『引き剥がす』等の対策する気が起きない以上、この状況はどうにもならない。

 

コツン、と胸にあたる感触に、何かと目線を下げると、響が船を漕いでいた。目も少し虚ろだ。

 

「響、眠いのか?」

「……うん、少しね」

「成程、響は酔うと眠るタイプか……しかし、艦娘なのに船を漕ぐとはこれいかに」

 

ブツブツと何かを呟く冴香は放置する。

兎も角、コレはチャンスだ。

 

「今日はもう遅い、少し休んだらどうだ?」

「……そうだね、そうするよ……ふわぁぁ」

 

欠伸をしつつ応じた響に、内心安堵する。さて、これで……

 

「モゾモゾ……ギュッお休み、司令官」

「あぁ、お休……響?」

 

神林から離れて、部屋に戻る……なんてことはなく、そのまま体の向きを変えて神林に抱き着く響。

響の行動に、周りの空気がざわっと揺れる。

 

「お酒の勢いとは言え、無意識に此処までするなんて……!響、恐ろしい子!」

「良し、冴香は少し黙れ。それと落ち着け扶桑」

「私は落ち着いていますよ提督。えぇ、落ち着いているに決まっています。空はあんなに青いんですから、落ち着いているに決まっているじゃないですかうふふふふh」

「ふ、扶桑さん、今は夜です!しっかりしてください!」

「あー、五月雨、大事なのは其処ではないと思うのだが」

 

響の行動に戦慄する冴香に釘を刺し、目付きの据わり方が尋常じゃなくなって来ている扶桑と混乱気味の五月雨にフォローを入れつつ、いよいよ途方に暮れる。

 

「兎も角、これ以上騒ぎが大きくなる前に何とか事を「あーっ!?響が司令官に抱き着いてる!」……おぉう」

 

残念ながら、事の収集は出来ないようだ。

駆けつけてきたのは響の姉妹艦『雷』だ。

 

「ズルいわよ響!私だって司令官にしてもらった事無いのに!」

「……提督?」

「したことが無いって話だからな、扶桑。と言うかお前も大概酔ってないか?」

 

大変だ、我が秘書艦殿の背後に般若が見える。

 

「もー、司令官から離れなさいよー!」

「んー……やー」

 

響の背中を引っ張る雷と、神林にしがみ付いて離れない響。

と言うか、酒と眠気が相まって、駄々っ子の様になっている。

 

 

途方に暮れる司令官(神林)。

それに抱き着く駆逐艦(響)。

それを引っ張る姉妹艦(雷)。

隣で静かに荒ぶる秘書艦(扶桑)。

 

 

 

……なんだこの混沌。

 

 

「……どうしてこうなった」

「そりゃぁまぁ、君の日頃の行いが悪かったからじゃないかな?」

 

自身の目の前で繰り広げられる光景に、本日何度目かの現実逃避をしていると、冴香が苦笑しながら返してくる。

 

「だから言っただろ?ガス抜きは大事って」

「……その話が此処に帰結するのか?」

「もっと艦娘の皆を見てあげなって話。……ところでモノは相談なんだけどさ」

 

突然、真面目な顔をした冴香に、「何だ」と問う。

 

「君の胸の中で眠っている物凄く可愛い生き物を、私の寝室にお持ち帰りしては駄目だろうか」

「……良い訳ないだろう」

「何でさ!」

「むしろ今の遣り取りで許可が出ると思っていたお前の思考回路が『何で』だろ」

「一晩だけ!何もしないから!」

「そんなもの信用できるか」

「おねがいだよちょっとだけ!そう、先っちょ!先っちょだけだから!」

「駄目だと言っているだろう、というか何の先だ」

「そんなもん私の魂のちn『言わせねぇよ!?』ゴスッ!!あべし!?」

「摩耶、有難う、助かった」

 

問題発言を未遂で防ぐ。全く、秘書艦の鑑である。

 

「…………むぅ」

「扶桑、なぜ其処で張り合おうとする。と言うか思考を読むな」

「………気のせいです」

 

左様で。

 

因みに、響は神林が、周りに居た雷、五月雨、雪風はそれぞれ近くに居た大人組が耳を塞いでいた。子供(?)に聞かせる話じゃありません。

 

しかし、これ以上騒ぎが大きくなると宴会どころでは無くなって(既にそうなっている気もするが)しまう。

「埒が明かない」と判断した神林は席を立った。響がバランスを崩して落ちないように、改めて抱きかかえる。

幸い、しっかり抱き着いていたお蔭で落ちることもなく、響は神林の腕の中で眠ったままだ。

 

「兎も角、響を部屋まで連れて行こう。雷、案内を頼む」

「わ、わかったわ!」

「という訳で暫く席を外す。扶桑、冴香、後は任せた」

「……了解しました」

「そのまま小一時間位休憩してきても『冴香?』へい冗談。ハイハイいってらー」

 

この期に及んで要らん事を言う冴香を黙らせ、会場を後にする。

さて、行道で余計なトラブルが起きなければいいのだが。

 

 

 

 

「なーんか『釈然としない』って顔してるねー」

「……そうでしょうか」

 

神林が席を外して数分。

少し落ち着いた空気の中で、扶桑と冴香が並んでグラスを傾けていた。

 

「そうだよー?君は思っている事が顔に出やすい。上司に似たのかな」

 

そう言われて、自身の顔に手を当てる。まぁ、当てたところで分かるわけでもないが。

 

「まー確かにねー、思う所はあるよ」

「んお?」

「北上?」

 

扶桑達の後ろから聞こえてきた声に目を向ける。そこに立っていたのは北上だ。

 

「……何時から復活してた?」

「扶桑の『メキィ』から?大体アンタと同じ位じゃない?」

 

冴香の問いに、フンを鼻で息をしつつ、応える北上。

という事は、先程の一部始終を見ていたのだろう。

 

「で、『思う所』って?」

「いや、提督って随分『手馴れてる』なーって。響の時も困ってこそすれ、動じてなかったし」

 

仮にも異性が体に抱き着いてきたのだ。『初心』な人間ならそれなりのリアクションを取る。

しかし、神林にはそれらしい動揺は無かった。

 

「まぁ、曲りなりにも『華の海軍』だし、『そういう事』にも慣れてるのかもしんないけど「違うよ」お?」

 

北上の言葉に被せるようにして放たれた否定の言葉。声の主は、冴香だ。

 

「彼はそんな人間じゃない。……まぁ、『経験の有無』の詳細は分からないけど、少なくとも君達が思ってるような『馴れ方』はしてないよ」

「お詳しいんですね」

「これでも『元婚約者』だよ?相手の『素行』位はチェックしたさ」

 

扶桑の問いに、肩を竦めつつ応える。

 

「『した』って事は、今は分からないんでしょ?」

「じゃぁ逆に聞くけど、彼が鎮守府の誰かと『関係を持った』事ってある?」

 

茶化したように聞いた北上も、続く冴香の問いには口を閉ざす。

 

「無いだろ?……と言うか、彼が自室に他人を招くこと自体無い筈だ。

 君達も、執務室以外での彼なんて知らないんじゃないかい?」

 

冴香の問いに返すのは沈黙、肯定の意。

そんな二人の様子に、冴香はため息を吐きつつ続ける。

 

「で、なぜ彼が『女性馴れ』しているのか……っていうのを説明しようと思うと、それなりに彼の『昔』を話す事になるわけだけど……

 ……聞く勇気ある?君達」

「「……!」」

 

冴香の言葉に、扶桑、北上共に分かり易く体を硬くする。

その様子に、呆れたように続ける冴香。

 

「言っとくけど、このレベルでビビってる様じゃ彼の『隣』は任せれないよ。

 『彼の過去は彼だけの物』?そんな重っ苦しいモンじゃないさ。

 私達が話すのは、女子が寝間着で良くやる『恋バナ』、『井戸端話』のレベルだよ?

 ……ってかさ、君ら一体全体、彼を『どんな目』で見てるんだい?」

 

応えられない二人に、冴香は『宿題にしよう』と提案する。

 

「もうすぐタカ君が戻ってくる。今日は此処までだ。私はまだ暫く舞鶴に居るけど、横須賀に帰る日取りは決まってる。

 もし、『答え』が出たんなら……昼でも、夜でも良い。私の部屋においで」

 

そう締めくくる。すると、ちょうど神林が戻ってきた。

それまでの空気が無かったかのように、冴香が話しかける。

 

「おっかえりー、……てかさ、ホントにすんなり帰ってきたよこの人。あんな可愛い子にあそこまでさせて、『事に』及ばないってどんだけヘタレ?」

 

冴香の言葉に、呆れたようにため息を吐く神林。

 

「では逆に聞くが、もし俺が戻ってこなかったらどう思ってた」

「若干尊敬して、後で心の底から軽蔑する。意識の無い子に酒の勢いでって、男としては下の下じゃね?」

「……分かっているなら一々言うな。対応が面倒だ」

「様式美って大切だと思うんだよ」

「さっさと捨ててしまえそんな様式美……どうした?二人とも」

 

冴香の言葉に適当に返していた神林だが、ふと、扶桑達の様子に首を傾げる神林。

 

「疲れているならお前達も上がれ。後は適当にやっておくから……そうだ、グラスの件も一言っておかないとな」

「あ、私も行くよ。言いだしっぺは私だしね」

 

そう言って、席を離れる神林と冴香。恐らく、先程の響の件を確認しに行くのだろう。

残されたのは、扶桑と北上。

 

「……そろそろ、決める時なのかな」

「……えぇ、そうね」

「言っとくけど、素直に負ける気無いから」

「それはお互いさまよ」

 

改めて、二人で乾杯をする。

乾いたグラスの音が、小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

因みに翌朝―――

 

特に酒を残すことなく、何時も通り執務をしていた神林の下に、顔を真っ赤にした某駆逐艦娘がえらい勢いで突っ込んで来たとか、来ていないとか。

 

全く、『酒は飲んでも呑まれるな』……である。




途中から意識して、神林の口調をフランクにしてみました。若干ですけど。

そろそろ、艦娘と神林の『心の距離』を近づける時が来たんじゃないかな、と。
尤も、素直に誰かとくっ付ける気もありませんけどね。

あ、文中に出てきた『スピリタス』というのは、ポーランド原産のアルコール度数が馬鹿高い(90以上)ウォッカです。
実物を見たことがありますが、『火気厳禁』と注意書きされてました。お酒なのに。

さて、次回からまた何話か『のんびりまったり』な日常編が始まります。

『準モブ』的な新オリキャラも出す予定です。お楽しみに。
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