※この短編集は、前話や次話との繋がりはなく、違う世界線でのお話を纏めたものとなっております。あらかじめご了承ください。
「……早いな。待ったか?」
「いえ、私も今来たところ……」
「…………」
「…………」
「あー……」
「……あなたのせいよ、この空気。一言目で空気を悪くするなんて、流石ね」
「お前、流石って言えばなんでも許されると思うなよ……。まあ、なんだ、わる——いや、別に謝らなきゃいけないことでもねぇだろ」
「それは、そうだけれど……そもそも、遅れたわけではないのだから、普通に挨拶してくれればそれでいいのよ」
「……おはよう、雪ノ下」
「ええ、おはよう、比企谷くん」
「はぁ。で? 今日はどこ行くんだ?」
「ああ、そういえば詳細は当日話すことになっていたわね。今日は少し遠出する予定なの。具体的に言うと、柏市よ」
「柏市……電車乗り継いで一時間ちょっとってとこか」
「あら、あなた柏市に電車で行く用事でもあったの?」
「いや、そういうわけじゃないが、まあ、いろいろな」
「ふぅん、はっきりしない男ね。ま、いいわ。行きましょう」
「おう」
「…………」
「……っつーか、なんで俺は毎週毎週連れ回されてんだ?」
「不満かしら?」
「不満ってわけじゃねぇけど、俺が着いていかないほうがお前としては好都合なんじゃねーのか?」
「女が一人で出歩くと、結構面倒なことが多いのよ。私くらいかわいいと特に、ね。分かるでしょう?」
「あぁ……なるほど」
「ふふっ」
「なんだよ」
「その顔は、分かっていない顔だわ」
「はぁ? 面倒な輩に絡まれるとかそういう意味じゃ——って、おい! 歩くの早過ぎだろ……」
「事は一刻を争うのよ! 黙って着いて来なさい!」
「……へいへい」
× × × ×
「というわけで、目的地に到着したわけだけれど」
「『猫の尾』……」
「そう、店名の時点でもう心の踊る素敵な響きよね。よく分かるわ」
「そんなこと一言も言ってない」
「言わずとも知れた仲でしょう?」
「……浮かれて変なこと口走り出すやつってよく漫画で見るけど、現実で見たのはお前が初めてだ」
「……あの、いちいち顔を赤くするの、やめてもらっていいかしら。私まで恥ずかしくなってくるじゃない」
「絶対お前の顔のほうが赤いからな……」
「と、とにかく! 中に入るわよ! まったく、これだからこの男は……」
「『だいたい私の顔は赤くないわよ』って、鏡見てから言えよ」
「人のつぶやきを勝手に拾って返事をするのやめなさい!」
「もっと、あか……いや、なんでもない」
「……最初からそうしていればいいのよ。はぁ。気を取り直して、行くわよ」
「どうぞ……」
「……す、すみませーん」
「なんでちょっと弱気なんだよ」
「いらっしゃいませ。猫カフェ『猫の尾』にご来店ありがとうございます。本日はどちらのセットをご利用になられますか?」
「え、ええと……猫型ぱんけぇきセット、くつろぎセット、猫ハーレムセット。猫、ハーレム、セット?」
「あ、これは決定しましたね」
「猫ハーレムセット……なんて耳心地のいい言葉なの……」
「うわ、1400円……」
「あなた、最近バイトを始めたのよね」
「いきなり素に戻んなよ……ていうか、なんで知ってんの?」
「小町さんから聞いたのよ。……猫ハーレムセットでいいわね?」
「……ご自由に」
「猫ハーレムセットで」
「かしこまりました。あ、本日サービスデイとなっておりまして、カップルでご来店のお客様には料金を10%割引させていただいております」
「かっ……ぷ……」
「あー、了解です。ほら、行くぞ」
「え、あ、ぅん……」
「毎回毎回、よく飽きずに同じ反応が出来るな……」
「あ、ああ、あなたが慣れ過ぎなのよ! ……私と比企谷くんが、カップル。……かっぷる……ふふふ、そう、そう見えるのね……えへへ」
「……あの、普通に聴こえてるから」
「な、なにも言っていないわよっ!」
「……はぁ。で、この扉の向こうにお前のお待ちかねはいるわけだが、俺が先でいいのか?」
「反語なんて使うまでもないことよ。あ、開けるわよ、比企谷くん」
「さっさとしてくれ……」
「——わ、わぁぁ……ひ、比企谷くんっ、猫が、ね、ねこ、ねこ!」
「分かった、分かったから、落ち着こうな……まだ俺たちしか客はいないみたいだが」
「ま、まさに『猫の尾』……猫の尾だらけだわ!」
「いや、意味分かんないから……当たり前だろ」
「ふぁ……ふああぁぁぁ、ねこが、たくさん……ねこ、ねこぉ……」
「やばいやつにしか見えねぇ……」
「かわいぃ……こんなに、かわいいいきものが、そんざいしていいの……? かわいい……かわいすぎるわ……」
「……お前がな」
「? 今、なにか」
「なにも言ってない」
「そう? それにしても、えへ、えへへ……そう、ここがヘヴンなのね……」
「とりあえず、ソファーにでも座ろうぜ……」
「はっ——そ、そうね。少し、取り乱してしまったわ」
「少し……?」
「少しよ、なにか文句でもあるの?」
「いえ、滅相もございません」
「ふふっ……ほらっ、行きましょう、比企谷くんっ」
「はいはい……ほんとこいつ、猫を前にすると人が変わるよな」
「ひ、比企谷くんっ、み、見て! 足に! 私の足に! 猫が!」
「おー、見てる見てる。よかったな」
「え、ええっ、す、少しくすぐったいわね……っ、でも、しあわせ……」
「抱っこしてみたらどうだ」
「……い、いいのかしら。に、逃げたりしないかしら」
「そんだけ人懐っこけりゃ、大丈夫だろ」
「……そ、そうね。……よ、よしよし……こ、怖くないから、逃げないでね……」
「……いつも逃げられてるもんなぁ」
「——わ、やったわ! ひきがやくんっ、ねこがっ、わたしのうでのなかにっ……」
「そんなことでそれだけ喜んでもらえたら、そいつも嬉しいだろうな……」
「え、えへへ……かわいぃ」
『にゃー』
「にゃー……よしよし」
「とりあえず、座ろうな」
「そ、そうだったわね。座りましょう……あちらの隅のほうでいいかしら」
「隅でいいのか?」
「も、もし囲まれたりしたら、動悸が……」
「ああ、そうね……。じゃ、隅のほうで」
「……ふぅ。それにしても、二人きりというのも珍しいわね。いつもはお客さんがそれなりにいるけれど……」
「まあ、違う店だからな。そもそも、祝日つってもまだ時間は早いし」
『にゃぁ〜』
「にゃー……にゃー……ふふふ」
「幸せそうでなにより……」
「ね、ねぇ、比企谷くん」
「ん?」
「その、これを……」
「あぁ……写真ね。はいはい」
「……任せたわよ」
「そんな怖い顔すんなって、撮られ慣れてるだろうし、逃げやしねーよ」
「……そ、そうよね」
「ほら、好きなように撫でてろよ。適当に撮っとくから」
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
「…………」
「あー……ゆき、のした」
「? なにかしら」
「……写真、撮ったら、何枚か俺も貰っていいか」
「え、ええと……構わない、けれど。……珍しいわね?」
「まあ、なんだ、その猫、結構かわいいからな……」
「そ、そう。……そうよね」
「おう……」
「…………」
「…………」
「そ、そういえば、猫ハーレムセットって響きで選んでしまったけれど、なんのセットなのかしら」
「お前な……。確か、猫におやつをあげられるとか書いてあったと思うが……っと、来たみたいだな」
「これが、猫のおや——え? あ、わ、ちょっ、ね、ね、猫がっ、比企谷くんっ、猫がっ、おやつを求めてっ……!」
「落ち着けって、いいことだろ」
「それは、そう、だけれど……っ、わ、わわ、ひ、比企谷くんっ、パス!」
「おい……まあ構わんが。ほれ、うまいか?」
「はぁ……はぁ……こうして、見ているのが一番癒されるわ……」
「お前ほんと猫好きだよな……前はそれでも隠そうとしてたけど」
「猫が嫌いな人類なんていないのだから、隠す意味はないでしょう」
「なんでそんな自信満々で断定出来んのか、不思議で仕方ねぇよ……」
「だ、だいたい……あなたにはもうバレてしまっているのだから、隠すよりも利用したほうが建設的じゃない」
「知ってたか。そういうの、開き直るって言うんだぞ」
「ぶつぶつとうるさい男ね……」
「ぶつぶつとうるさい男は次から来ないほうがいいんじゃないですかね」
「そういう言い方はずるいわ……き、来てよ」
「……おう。ま、まあ、今のは俺が悪かったな」
「……こ、こほん。それにしても、よくそんなに落ち着いて対応できるわね。シャッターチャンスが……でも直接目に焼き付けてもおきたい……ああ、なんなのこのジレンマ」
「飼ってるしな。猫が特別大好きってわけでもないし、つーか、お前の態度の方がレアだろ」
「そういうものかしら……変?」
「変といえば、まあ、変……」
「そ、そう……」
「ま、気にすることねーだろ。好きな分には誰も迷惑しねーんだから」
「そうね……あ、あなたも」
「は?」
「あなたも、迷惑、しないのかしら……」
「? 猫カフェに着いてくるだけで迷惑もなにもねーだろ」
「そう……そういうことでは、ないのだけれど」
「なんか言いたげだな」
「……気のせいよ」
「それならいいが……落ち着いたならおやつあげてみるか?」
「わ、私が?」
「他に誰がいんだよ……」
「そうね……何事にもチャレンジしてみるべきよね」
「ほれ」
「え、ええ……」
『にゃー』
『にゃぁ〜』
『にゃあー』
「あっ、そんな、慌てないで! たくさんあるから……そう、落ち着いて、ちゃんとみんなにあげるわ……ふふ、いい子ね」
「なんとかなったな」
「やってみるものね……あなたのおかげよ」
「いや、俺は見てただけだから」
「あなたが一緒に来てくれていなかったら、今頃一人で慌てていたわ……認めるのは、少し癪だけれど」
「なんか、調子狂うな……」
「あなたはいつも調子の悪そうな顔をしているけれど」
「そういう顔だ……」
「そうね、そういう顔ね……あなたのそういう顔、私は結構嫌いじゃないわよ」
「んなっ……はぁ? おま、な、なに言って……」
「ふふっ、そういう顔も、出来るのね?」
「……ほっとけ」
× × × ×
「……もう、こんな時間なのね」
「延長に延長を繰り返して午後二時か……5000円近く取られそうだな」
「……ごめんなさい。流石にここは私が払うわ。あなたは付き合わされただけだもの」
「自分の分くらい自分で払うっつの」
「で、でも……いつもいつも、こんなことでは、その、次は、来てくれなくなるかも、しれないし……」
「……はぁ。あのな、嫌だったら、最初っから来てねーんだよ」
「それって……」
「……そもそも、猫に会うために稼いだ金だしな。ここで使わなかったら、バイトした意味がなくなる」
「え、えぇと……え? それは、あの……」
「……あー、いいから、早く出るぞ」
「あ……う、ん」
「…………」
「…………」
「はぁ、なんか久し振りに外の空気吸った気がすんな」
「そ、そうね……」
「この後は? いつも通り解散でいいのか?」
「え、ええ、一応、その予定だったけれど……その、比企谷くんが特に予定がないのなら、私の家にでも寄ってみる、とか」
「……は? 今から?」
「……お昼、まだでしょう? 今日のお礼といってはなんだけれど……私の作ったものでよければご馳走してもいい、というか」
「あー……じゃあ、お言葉に、甘えて」
「っ……ええっ! では、行きましょうか!」
「急に元気になったな……」
「そ、そんなことないわよ!」
「なんでもいいけど……そういえば、お前さ」
「なに?」
「いや、なんでいちいち猫カフェなんだと思って。うちが猫飼ってるの知ってんだから、わざわざ金掛かるとこ行かなくてもいいだろうに」
「そっ、それは……ちょっと、ハードルが高い、から」
「はぁ? 一匹しか飼ってないぞ?」
「いえ、そうではなくて……あ、あなたの家にお邪魔するのが……」
「……あ、ああ、なるほど、ね。つってもお前、人を家に連れてこうとしてるくせに、そんな理由なのかよ……」
「来てもらうのと行くのとでは全然違うじゃない……で、でも、そうね」
「え?」
「何事もチャレンジよ……だから、来週の日曜、でいいかしら」
「えっと……」
「ら、来週の日曜! あなたの家にお邪魔してもいいかしら!」
「……はい」
「…………」
「…………」
「あの、比企谷くん」
「……なんだ」
「ありがとう……」
「なんの話だよ」
「いっ、いろいろ! とにかく、いろいろよ! ……ありがとう。そう、言わなきゃって、言いたいって、思ったの……だから、受け取ってもらえると嬉しいのだけれど」
「……どういたしまして」
了