俺が小学生の時、父親に誕生日プレゼントを買って貰う為に、その地区で一番賑わっている街に連れていってもらった。俺の生まれ育った町は田舎で、少し歩けば商店があるようなところじゃない。電車で一時間以上かけ、俺は何を買ってもらおうか、ワクワクしながらその街の駅に降りた。でも考えても考えても欲しいものなんてなかった。流行りのおもちゃにもあまり興味がない。かといって、本当に欲しかったギターは高価で父親が買えないのもわかっていた。だから散々悩んだ。悩んで歩き続けた。父親が「まだ決まらないのか?」と疲れた様子で俺に訪ねた。その時には少し街から場所に来ていた。そこで俺は寂れた模型屋のショーウィンドウに飾ってあった一隻の戦艦の模型に目を奪われた。なんと美しい船なのだろうか。俺はすぐに親父にこれが欲しいと言った。親父は首を傾げながらその模型を見ていた。「長門か。組み立てるのは難しいぞ?」、親父はそう言ったが、俺はどうしてもそれが欲しかった。親父と一緒に組み立てる約束をして、俺は長門の模型を手に入れた。
ちょうどその時期だった。世界の経済を支える大国で不審な大量殺人事件が起きた。その国を代表する超大手のIT企業の社長が次々に社員を殺害し、最後はみずから自らの命を絶った。最初は経営の責任からおかしくなっただとか、違法薬物を服用していたなんて噂が飛び交い信実の報道はされなかった。それに似たような事件が各国で起き始めた時、俺達人類はある可能性に気が付き始めた。主犯格とされる人物は、皆体内にナノマシンを入れていた。このナノマシンはそれまで世の中に大きく貢献している。まず財布が要らなくなった。支払いは手をかざすだけになり、それでポイントまで着く。体調が悪くなれば、ナノマシンが勝手に救急に連絡してくれる。そんな先鋭的な技術の恩恵を受けていた者達の凶行。ナノマシンのバグか副作用か。そんな報道がされているなか、一部のカルト的信仰組織が「コンピューターが入らないモノを排除したんだ」と騒ぎたてた。当然、世の中はそれを白けた眼差しで見ていた。だが、結果だけ言おう。それが正解だ。
それから十年もしないうちに、世界経済を支えていた巨人は次々に死んでいった。ナノマシンの大量虐殺と呼ばれたこの事件は一国をあっという間に崩壊させたのだ。そんな中、この国ではその様な事件は起きなかった。この国には「親から貰った身体を大事にする」という教えがある。体内に機械を入れることに対して、嫌悪感があった。だから助かった。今、この国には多種多様な人種がいる。難民として、受け入れたからだ。それにより、この国の科学技術は一気に成長した。かつて大国で研究されていた、人をミュータントに変える技術をこの国は手に入れた。それが俺の悪夢の元凶である。
長々と話してしまったが、最後にこれだけ言っておこう。
コンピューターが無くなったら人類は生活できなくなるのか。その答えはノーだ。現に俺はこうして生きて生活している。不便だと感じうことも多いが、でかい面したコンピューターなんて無くても生きていける。だからお前らは不要だ。
東京・大本営・会議室
遠路はるばる、広島の呉からやってきた浜野翔中将はとても機嫌が悪かった。会議を始めると言われた時間から既に二時間は過ぎている。にも関わらず、海軍省大臣、それに艦隊司令長官の二人が一向に姿を現さない。浜野が最後にニコチンを体内に入れてから三時間近くが経とうとしている。「待つ」という動作は体内のニコチンを激しく消耗する。
「サングラス越しでも機嫌が悪いのはわかります。別に吸われても構いませんよ?」
空席を除き、一番上座に座る、横須賀鎮守府を治める矢吹大将が机の上に置かれた灰皿を浜野の前に動かした。階級が上にも関わらず、矢吹が浜野に対し敬語を使うのは浜野の方が矢吹よりも一回り以上歳上だからだ。浜野は手を横に振り灰皿を押し返した。
「また嫌煙家の爺さんに小言言われるから遠慮しておくよ」
「そういう言い方をするから、小言を言われるんですよ」
横に座る佐世保鎮守府の福永少将が呆れた様に言う。浜野と福永は年齢も一つ違いで、兵学校時代からの先輩後輩にあたる。勝手知ったる仲で、浜野には最低限の礼節をわきまえつつ、好き勝手にものを言う。
「一服、付き合って頂けませんか?」
福永は懐から煙草を取り出し、一本を浜野に手渡した。浜野がそれを受け取り口に咥えると。福永はそれに火を付けた。浜野が吸っている銘柄よりも軽いものだが、ニコチンが抜けた体にドッと重みが増す。
「そうやって後輩を使おうとするから態度がデカイと言われるんちゃいますか?」
関西訛りで話すのは浜野の対面に座る舞鶴の幸田中将だ。幸田と浜野は同期だが、実際に面識を持ったのはお互いが今の地位についてからだ。幸田は便乗する形で煙草を咥え、火を付けた。福永がさり気なく灰皿を三人の手の届く位置に動かした。
「それにしても遅いですね」
大湊鎮守府を治める吉良少将が退屈そうに上を舞う煙を眺めていた。彼は桐生大将と同い年である。三人の中年が煙草を吹かす中で、青年二人は真面目に座っていた。
「爺様達の御昼食会が終わらないんだろう」
「どうせ、ここに来ても既に決まったことを話して、すぐに帰されるでしょうからね」
浜野の嫌味に福永が続く。幸田は何も言わずに灰皿で煙草の火を消していたが、顔は二人の意見に賛同していた。
「意味はありますよ。実際に顔を合わせて、話しあうことで格鎮守府間の連携を強めることが出来ますから」
この真面目ちゃんは。浜野は矢吹を見ながらそう思った。元々、浜野は矢吹のことをあまり好ましく思っていない。海軍省大臣の言いなり、自分の意見を持たない最近の若者程度にしか思っていなかった。そんなことを思っていたのが顔に出ていたのだろうか、矢吹は浜野の顔を見ると苦笑いを漏らした。
「どうせ顔を合わせるのなら、お酒の席がよかったですな」
幸田が笑いながら答える。
「まったくですね」
福永も笑いながら答え、煙草を灰皿におしつけた。浜野も煙をゆっくり吐き出しながら頷く。ちょうどその時だった。
「すまない。遅くなった」
背広を着た初老の男性が会議室の扉を開けて入って来た。その後ろには浜野達と同じ海軍の礼服を着た二人が続く。浜野以外は姿勢を正したが、浜野はタイミングが悪かった。肘を机に付き、煙を吐き出している。そんな浜野を見た、背広の男は眉をひそめた。それと同時に後ろにいた男が怒鳴る。
「浜野! 大臣の前だぞ! 態度を弁えろ!」
「申し訳ありません」
浜野は口でこそ謝ったが、ゆっくりと短くなった煙草を灰皿に押しつけた。灰皿にある煙草を見た大臣は明らかに不機嫌な顔をしていた。それを見た福永が、立ち上がろうとしたのを浜野は手で押さえつけた。
「待たせて頂いてる間、自分が吸ったものですが?」
浜野の発言に、福永と幸田は驚いた様な顔で浜野を見ていた。浜野は顔だけ大臣に向け、サングラスの下で福永と幸田に何も言うなと合図を送っていた。もちろん、サングラスの下の視線など二人にわかるわけもないが、二人は察した様に黙った。
「矢吹くん。窓を開けてくれないか?」
「かしこまりました」
背広の男は上座に座ると、矢吹に命令し矢吹は素直に従った。浜野は姿勢を正し、話を聞くだけの準備をした。
大本営・正面玄関・喫煙所
かれこれ、五時間近く会議室の椅子に座っていた浜野は、会議が終わり、大臣を見送った後我先に喫煙所に来ていた。煙草に火を付け、大きく伸びをしながら自分を照らす太陽を睨む。
「またどうしてあんな嘘を?」
秘書艦の雪風を連れた福永が、浜野に声をかけた。浜野は質問に答えず、雪風をジッと見た後、福永を見た。
「駄目だろ。未成年を喫煙所に入れたら」
「大丈夫です。もう慣れました。浜野中将でいらっしゃいますか?」
「あぁ。そうだけど?」
雪風は背筋を正し、顔を引き締めると浜野に敬礼をした。
「初めまして! 陽炎型駆逐艦、八番艦の雪風です!」
「知ってる。福永から話は聞いてるよ」
「雪風も福永司令から浜野中将のお話は聞いています!」
「ゆ、雪風!」
福永が慌てて雪風の口に手を当てた。概ね、めんどくさい先輩だとでも言っているのだろう。浜野はため息ついでに煙を吐き出した。
「羨ましいよ。うちのは火を付けた途端に怒るからな」
「そう言えば、ご一緒ではないのですか?」
「終わったら連絡すると言って、まだ連絡してないだけ」
浜野がそう言うと、次は幸田が喫煙所に現れた。
「浜野さん。喫煙所出たところでおたくの秘書艦さんが物凄く機嫌悪そうに待っておられますが?」
幸田は面白そうに言った。浜野は聞きたくなかったという素振りをすると、幸田が耳打ちをした。
「うちの鳳翔が機嫌をとってますから……さっきの貸しは返しましたよ」
「随分と安くなったもんだ……」
「雪風も行っておいで。三人が中で真面目な話をしてたって言うんだよ?」
「わかりました!」
雪風が元気よく喫煙所から飛び出して行った。浜野は片手をあげ、福永に礼を示した。
「それで、あんなバレバレの嘘をどうして?」
「バレやしないさ。喫煙者でもなければ、フィルターの色が同じ煙草なんて同じにしか見えないさ」
「単純に馬鹿にしたかっただけで?」
「それもある。けど、一人一人のくだらない説教で時間を潰されるなら、俺がさっさと怒られた方が効率的だろう?」
浜野はそう言うと、二本目に火を付けた。福永が心配そうにそれを見ていた。
「あの……おこがましいようですが、そろそろ行かれた方がいいのでは……」
「俺もそう思う。秘書艦さん、鳳翔が声をかけるまで本当に怒ってはりましたけど?」
「あれに嘘は通じないから、もう怒られるのは決まってる。ならもう一服してニコチンを溜め込んでおかないととても持ちそうにない」
浜野の情けない言い訳に福永と幸田は苦笑いをもらした。
東京駅・新幹線ホーム
浜野と合流した長門は、浜野の姿を見るなり明らかに不機嫌そうな顔をすると、先に歩き出してしまった。浜野はなんと言い訳をしようか考えているうちに無言のままここまで来てしまった。
「吸っていかなくていいのか?」
長門は不機嫌な声のトーンのまま、浜野に声をかけた。
「あぁ……行ってくる。これで弁当でも買ってきてくれ」
浜野は財布に入っていた大きなお札を長門に渡し、喫煙所へと向かった。煙草を吹かしながら、どう弁明しようか、その答えを見つけ出せずにいた。そもそも何故怒っているのか。終わったのに連絡せずに呑気に煙草を吹かしていたからだろう。長門の真面目な性格じゃ、会議の終了予定時刻よりも前から待機していたのは明らかだ。と、言うことは少なくとも二時間以上は待ち惚けをくらっている。そして会議そのものも長引いた。理由は浜野が素直にはいと言わなかったことだが。
「謝っても許してくれんだろうなぁ……明日には忘れてると思うけど」
浜野は設置された灰皿に煙草を放り込み、喫煙所を出た。すると、大きなビニール袋を持った長門が浜野を見つけると、袋の中に手を入れた。浜野が長門のそばまで来ると、長門は袋から取り出したトリガースプレーを容赦なく浜野の顔にかけた。
「なっ! 何をして……」
「サングラスをしてるんだ。目には入るまい。煙草臭いんだ、お前は!」
長門は浜野の礼服がビシャビシャになるほど消臭剤をかけた。前も後ろもだ。
「……寒いのだが?」
「電車が来るまでまだ時間がある。ここは風通しがいいからそれまでには乾くだろう」
プイッとそっぽを向いた長門に浜野はため息をついた。
「だったらもう少しゆっくり吸ってきたものを……」
「別に吸ってきてもいいぞ。また濡れネズミになるだけだからな」
長門は袋の中から真新しい消臭剤を取り出した。浜野はその時にビニール袋の中に弁当が二つしか入っていないことに気がついた。
「俺の分の弁当は?」
「あれだけパカパカ吸っていたんだ。いらないだろう?」
「いや……煙で腹は膨れないわけで……」
「これなら買ってきてやったぞ」
長門がそう行って取り出したのは口臭を消すタブレットと浜野が吸っている銘柄の煙草だった。
「……そこで暖かい蕎麦でも食べないか?」
「そうか。ならば弁当一個をお前にやろう」
「元々は俺の金なんだがな……」
「いらないのか?」
「いるから」
とりあえず、話はしてもらえるようだ。浜野はホッと胸を撫で下ろし、立ち食い蕎麦屋の券売機に紙幣を入れた。