光と影の狭間   作:草浪

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二つの夏 #02

 

広島行き・新幹線車内

無事に自分の分の弁当を確保した浜野は、それをツマミにゆっくりと缶ビールを飲んでいた。隣に座る長門は先程大盛りよりも量がある蕎麦を平らげておきながら、平然と弁当を食べていた。

「それで、今回の招集はどうだったんだ?」

「爺様達の野望に協力しろとのことだったよ」

「それはいつも聞いている。どうせご飯は食べないのだろう? 貰うぞ」

長門は浜野の弁当からご飯を一粒残らず自分の弁当の容器に入れた。

「爺様達は長門達にもっと戦争をして欲しいそうだ。まぁ、戦う相手もいないのにどう戦えと言うんだろうな」

「もっと資材を使え……と言いたいのか?」

「俺達が戦えば戦うほどに、爺様達の懐が潤うんだろ。知ってるか? 大臣のお孫さんは、誕生日に高級外車を貰ったらしい」

「羨ましいな。私達なんて随分昔の国産車だ」

長門は箸を休めずに答えた。浜野は自分から話を切り出しておいて手を動かすペースが変わらない長門が本当に話を聞いているのか疑問に思った。

「それで、この国は戦い続けられるのか? 今でこそ、深海棲艦も大人しくしているが、この先どうなるかわからんぞ?」

「映画やドラマみたいに、国が訳のわからぬ未確認生命体を相手に無尽蔵な予算をつけられないんだろう。今はアメリカ、ロシア、中国の奪還の為に国も陸軍も大忙しだ。この国が国連軍なんかの受け入れるもんだからな。もっともも、俺達海軍は陸軍輸送船の護衛すらさせてもらえない。海の問題なのに陸軍が仕切っているからね」

「愚痴はそれぐらいにしておけ。それで、資材を使えとは具体的に何をするんだ?」

「うちは横須賀との大規模演習。燃料と模擬弾薬は向こう持ち。うちは修理に使う鋼材だけ」

「横須賀、東名艦隊か。勝算はあるのか?」

「別に勝ち負けなんか気にしてないよ」

「そう言うと思った」

長門は食べ終わった弁当を空のビニール袋に入れ、浜野の膝の上に置いた。食べ終わったら使え、ということだろう。浜野は缶ビールに口を付けると、ソワソワしている長門を見た。

「車内販売は来ないのか?」

「まだ食うのか……」

「当たり前だ。私はまだシウマイを食べていない。それにどうせビールを買うのだろう?」

「俺の分のシウマイも買っといてくれ」

浜野はそう言うと席を立ち、デッキへと向かった。

用を済まし、トイレの扉を開けると、やけに肌が白く、黒い陸軍の服を着た女が浜野の進路を遮った。浜野は片眉を吊り上げた。それは相手が艦娘だと言うことがすぐにわかったからだ。

「お兄さん、海軍の人でありますか?」

「そうだけど……もうお兄さんって呼ばれる歳じゃないかな」

浜野はそう惚けると、女の脇をすり抜けようとした。だが、女は浜野の腕を掴んだ。

「ひとつ、お話を聞いて欲しいのであります」

「そう。でも俺には君に話すことなんてないんだけど?」

「某、陸軍で艦娘している、あきつ丸、というものであります」

「何……?」

浜野はあきつ丸と名乗った女の見ると、あきつ丸は掴んでいた腕を離し、浜野に対し陸軍式の敬礼をした。浜野はそれを受け、海軍式の敬礼で返す。そんな浜野の対応にあきつ丸は困ったような顔をした。

「これは癖みたいなものだから気にしないでくれ。それで、話したいことって?」

「お話を聞いて頂けるのでありますか?」

肌が白く、無表情で話しかけられたせいか人形の様な女だと思っていたが、あきつ丸は少し嬉しそうな顔をしていた。

「それで、陸軍の女の子が海軍の中年を捕まえて何しようってわけ?」

「それは誤解であります! これまで、何度も海軍の方とお話をしようと声をかけましたが、あなたが初めて話を聞いてくれるお方であります!」

「それはわかった。ならば誤解を先に解いてくれないか?」

浜野はデッキの壁に寄りかかり、腕を組んだ。軍人として、足腰には自信があるが浜野ももう若くない。揺れる車内で何にも頼らずに直立するのは辛い。そんなことをあきつ丸が知るはずもなく、サングラスをかけた中年が腕を組んで自分を見ている姿を見て、再び表情が強張った。

「失礼ですが、お名前と所属は……?」

「白洲次郎。呉の鎮守府」

適当に思い付いた名前を言ったが、所属だけは本当のことを言った。広島行きの新幹線だ。嘘を吐いてもバレるだろう。あきつ丸は少し面を食らった様だが「なるほど」と納得してみせた。

「通りで中々の紳士だと……白洲殿。陸軍の戦果はご覧になられていますか?」

「あぁ。聞いてるよ。戦果は上々、あと数年で大陸を奪還できるってね」

「本当にそうお思いですか?」

あきつ丸の視線が急に鋭くなる。浜野はその視線を受け「やはりそうか」とため息を漏らした。

「一応、これでも軍人なんでね。そんなうまくいっていないことぐらい察しがつくさ」

「ではどれほどだとお考えで?」

「何も解決していないんじゃないかい?」

浜野があっさりと答えたことに、あきつ丸は驚いた様な反応を見せた。そして、すぐに悔しそうな表情へと変わる。

「ならば……どうして海軍は動いてくれないのでありますか……多くの同胞が輸送船の中で敵に為すすべもなく死んでいったのに……」

あきつ丸は俯くと拳を強く握りしめた。浜野はそんなあきつ丸の握られた拳を見てやるせない気持ちになった。寄りかかっていた壁から離れ、あきつ丸の頭に手を置いた。

「もし、君が何かを変えたいと本気で願うのなら、佐世保鎮守府にいる福永という男を頼るといい。ただ、その時は陸軍を……いや、帝国軍人であることを捨てる覚悟で行くことだ」

浜野はそれだけ言い、自分の座席へと戻った。

 

呉鎮守府・執務室

「やっと帰ってこれたな」

長門が秘書艦にあてがわれた椅子に座ると大きく伸びをした。浜野は執務机に鞄を置くと、そのまま部屋を出て行こうとした。

「一服行く前に、横須賀の東名艦隊の最近の資料はないのか?」

「どうしてそんな物が横須賀ではなく呉にあると思っているんだい……?」

「お前のことだ。気にしてないフリをして内心は是が非でも勝とうとしているんじゃないか?」

長門はニヤニヤしながら浜野を見た。浜野は頭をかくとため息をついた。

「俺もそんなに爺様達の娯楽に付き合うほど暇じゃないんだが……資材もカツカツだ。新しい装備を用意するほど余裕もない」

「相手が最新鋭の装備を使うんだろう? お前なら既存の装備でも戦って勝つことにしか興味が無いんじゃないか?」

「…………鞄の中に厚い封筒が入っている。その中だ」

「最初から素直にそう言え」

長門が浜野の鞄から封筒を取り出すのを確認した浜野は、正面玄関脇に特別に設置された喫煙所へと向かった。

「提督!」

喫煙所へ向かう途中、那智に呼び止められた。

「新しい酒でも入ったか?」

浜野は軽口を叩きながら那智を見た。普段であれば、その話題に乗ってくる那智だが、今の那智の目は浜野のことを疑っている様だった。

「佐世保の福永司令官が一人でお見えになられている。二人で会って話がしたいそうだ。玄関の喫煙所でお待ちになられている……私がこんなことを言うのもおこがましいが、後輩だからと言って自分のいい様に使うものではないぞ?」

「福永には敬語なのに、俺には上からものを言うんだね」

「当たり前だ。横須賀の足柄から話は聞いている。もう少し、うまく世渡りをしてみせたらどうなんだ」

「お説教は後にしてくれ。福永を待たせている」

「貴様……わかった。あとで長門に伝えておく」

「それは勘弁してくれ」

浜野は手をヒラヒラと振り、ゆっくりと歩き出した。背中に那智の視線を感じたが気にせずゆっくりと歩く。曲がり角を曲がり、那智から見えなくなったことを確認すると、浜野は足早に喫煙所へと向かった。

 

呉鎮守府・玄関脇喫煙所

「すまない。待たせたか?」

「いえ、大丈夫です。佐世保に帰る前に寄っただけですから」

走ってはいないが、急いだせいか息があがる。浜野は歳は取りたくないと思いながら煙草を咥える。福永は浜野が咥えた煙草に火をつけた。浜野は「すまない」と手をあげ礼を示す。

「それで、一人でどうした?」

浜野の問いかけに、福永はフッと含み笑いをしてみせた。理由は浜野にもわかりきっている。

「佐世保の民間造船会社で建造中の豪華客船「しなの」が今度の夏に完成します。つきましては、処女航海の目的地をここ、呉鎮守府にしようと考えておりますので、ご相談に……」

「そうか……乗組員は?」

「か……船長には、僕達の後輩でもある、有本幸治さんに任せようと考えております。数名、佐世保鎮守府に勤務する者もおりますが、それはあくまでも万が一の保険だとお考えください」

「有本か……よく引き受けてくれたな」

有本幸治は兵学校時代に浜野の二個下だった後輩だ。一年しか一緒にいなかったが、福永によく懐いており、よく三人で遊んでいた仲だ。兵学校を卒業した後、技術系の分野に進んだが軍をやめ、民間企業に入社したと浜野は聞いていた。

「有本は表面上はサラリーマンですが、まだ軍属の人間です。厄介ごとを起こしてくれたおかげで末端まで追いやられてますけど」

「管理されていない軍人か。確かに都合がいいな」

「えぇ。僕も無理を言ったと思うのですが……彼は二つ返事で引き受けてくれましたよ」

福永が申し訳なさそうに笑うのを見て、浜野は先程那智に言われた言葉を思い出した。

「後輩だからと言って、都合のいい様に使うもんじゃないよ」

「それは浜野さんでしょう? まぁ、僕も喜んで協力してるんで、そういう意識はありませんけどね」

福永の報告を聞き終え、浜野はホッと胸を撫で下ろした。とりあえず今はうまくいっている。

「その件は了解した。そのまま話を進めて貰って構わない。それで、他にはなにかあるか?」

「それは僕じゃなくて、浜野さんの方でしょう?」

福永は困った様に笑ってみせた。

「そうだな。そのままよろしく頼む……あぁ。あと、そちらに陸軍のあきつ丸という艦娘が尋ねるかもしれない。会う会わないは任せるが、もし会うなら話を聞いてやってほしい。その上で……お前のしたい様にしてほしい」

「そう言われても、僕には会って話を聞けと命令されているのと同じなんですよね」

福永はそうボヤくと、煙草を取り出し火をつけた。一口、煙を吐き出すと真面目な顔で浜野を見た。

「陸軍ですか……そうなるとややこしくなりますね」

「心配いらない。彼女には軍人をやめる覚悟で行け、と伝えておいた。もし陸軍お得意の諜報活動なら門前払いしても構わないよ」

「こればっかりは、面倒ごとを押し付けられた気しかしませんね」

福永はため息と同時に煙を吐いた。浜野は悪びれる様子も見せず、煙を大きく吐いた。

「すまないが、よろしく頼むよ。出来る子ならこちらに引き入れたい」

「わかりました……それでは自分はこれで」

福永は短くなった煙草を灰皿に入れ、空を仰いだ。そして何かに気がつき、浜野の肩を叩いて鎮守府の屋上を指差した。浜野が福永の指差す方を見ると、落下防止用の柵に肘をつき、こちらを見ている長門と那智の姿があった。そこからでは彼女達の表情は見えないが、浜野にはどんな顔をしているか察しがついた。

「俺は最近、ここを治めている男だという事を忘れる時があるよ」

「それはうちも変わりません。お疲れ様です」

福永は浜野を残し足早にその場を去った。

 

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