「事実は小説よりも奇なり」という言葉が存在する。
これは現実世界において実際に発生した出来事が、空想であった小説よりも奇妙でありかえって不思議であるというそのままの意味である。
この言葉自体を私は知っていた。よくテレビやネット上で取り上げられる話題でも不可思議なことが起きた時に稀にそういった発言を聞いたからだ。
その一方でこの言葉は私には関係のない話だと思っていた。何せそんな奇妙な事件に巻き込まれるような存在でもあるまいし、そんな事を行うような思考も発想も持ち得ていないためである。しいて言うならば童貞であったことであるが、その童貞についての特有の噂「30歳まで童貞だと魔法使いになれる」なんてことも一切信じていなかった。
総じて私はそんな奇妙で不可解なことに巻き込まれるとは一切思っていなかった。そんな非現実的な事象が起きるはずない、と。
まあ、だからこそなのだろう。
そんな事を考えた時に限って、そういった奇妙で不可解で不思議な体験を行うことになるのだろう。
事の発端はクリスマスである。
彼女なんていらないさ、などと日頃から嘯くサークルメンバーと彼女いない同盟としてクリスマスパーティーを開こうと私は提案したのだ。どうせいつも通り撃沈した彼らを慰めつつの楽しいパーティーになることを見越してのものであったのだが、
結果、全滅である。
あいつら「ちょっと家族と用事があって」だの「その日は一人で過ごしたのさ」などと断っていたが、日に日にファッションの着こなしや髪型についての研究や、にやけ面した状態での連絡の取り合いをしていれば嫌でも察しが付く。
こいつら彼女ができていやがる、と。
そんな冬なのに花咲き散らしているサークルの中で私だけがクリぼっちを過ごす羽目になった。現在親元から離れて下宿している身としては何度目かのクリぼっちであるが、去年まではサークルメンバーと愚痴を言い合いつつの楽しく虚しいパーティーだった。だというのに今年からは真のクリぼっちパーティー。死にたくなってくる。
事実、一人でクリスマスケーキを喰いながらそれなりな値段のワインを飲んでいた私は盛大に虚しくなっていた。いつもはそれなりに丁寧な人物だと思われていた私であったが、この日に限っては完全に化けの皮を剥がして一人寂しく泣いていた。その虚しさを紛らわすためにケーキにかぶりつきワインを飲み、どんどん酔わさせていく。そしてその酔いの狭間に「俺、何やってんだろう……?」と一瞬の思考の中で強烈な虚しさが発生してしまう。それを紛らわさせるために更にワインを飲み干すという完全な悪循環に嵌っていた。
そんな中、サークルメンバーが忘れていった本をふと思い出す。その本自体はオカルト趣味真っ盛りな物で普段の私であれば鼻で笑う程度のものであったが、その時の私は完全に出来上がっていた。適当なページをめくり、適当なところで「あっ、なんかこれかっけーな……!」って響きの呪文を探し出し、適当に環境を整えてゲラゲラ笑いながら早口で呪文を何度も何度も口ずさんだ。
その後は酔いのせいかは不明であるがそのまま眠ったのだろう。その際に机にぶつけた右腕の痛みと床の冷たさは覚えているため、おおかた眠気が限界になりそのまま倒れたのだろう。
気づいた時には赤子になっていた。
どういうことだ。本当にどういうことだ。
これはあの呪文を唱えたせいなのか。
まさか、あの聖夜において彼女が欲しいと願った私の考えをサンタが読み取って何かしでかしたのか。
そんな事を考えつつ私は一つだけ理解した。
私は生まれ変わったのだ、と。
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子供の成長は早いものだとよく言う人もいるが、それは私にも当てはまることであった。
赤子に生まれ変わったと思ったら、あっという間に幼稚園児である。いくらなんでも早すぎると思うかもしれないが、本当に早く過ぎたものであった。すべては初体験であった過去と比べ、ある程度の出来事を一度は体験しているのだ。そういった場合の時間の過ぎようは誠に早いものである。
それともう一つの事が絡んでいる。幼児期に関する演技である。なぜ幼児の演技で時間の過ぎようを感じられるのかと言えばだが……熱心に取り組んで行なったら時間が過ぎ去るのが早く感じられるそれである。私は幼児の真似をして親と思われる存在に甘えたり遊んでもらったりしてもらうことに全力で取り組み、その結果として時間が早くたったことを初めて実感したのであった。
なぜ私がそのようなことをしたのかと言えば、両親らしき人に私が生まれ変わった存在だとバレないようにするためである。自分たちが産んだ子が前世の人格そのままに育っているのだと知られたら親としては本当に良くて内心複雑、普通であれば捨てられてもおかしくなくらいであったためである。
テレビで流れてくる社会問題についての討論でも、この世界は捨て子の数が異様に多いことが拍車を掛けているのかもしれない。当然最悪なパターンとしてのことも考えての上での行動であった。
ついでにだが、成人である私の精神で幼児の頃の演技が可能であるかというものであるかなのだが、結果としては可能であった。これに関しては私が普段発揮していた演技が関係している。
というのも、私は大学時代においては誰に対してもそれなりに丁寧に接していた。これに関しては調子に乗って目を付けられたくないという大変臆病な理由があって物の事であるが、それが功を奏したかは不明であるが、私はある程度真っ当な位置にいる存在だと格付けされた。それによってモテることはなかったが、それなりな友人ができ自分の趣味にあっていたサークルでもなじむことができたのだから幸いである。
さて、そんな立ち位置にいる私であったためか、それ相応の振る舞いが求められた。他の人よりも丁寧に話せるというだけで優等生扱いされるのもどうかと思うが、愚痴ったところで他者が私に対する評価は今更覆しようがない。仕方なく優等生らしい振る舞いとして、興味の薄い科目においても勉学でも忘れることなく励み、先輩や同輩たちへの交流、先生である教授とも仲良くなれるよう必死に剥がれそうな面の皮を無理やり接着しての日々を送っていた。
そんな日々を送っていたがためか、私の演技力はかなりあるものだと自負している。それに加え、興味の薄い科目であったものが今日に響いていることも考えれば、やっておいてよかったのだろう。うん。
そんなわけで幼児期において私は生まれ変わった存在だとバレないように演技していた。一日一秒バレないように必死で演技すること自体は大学で培ったとはいえ、それが毎日あるようだと流石に辛いものがある。しかしながら人間はある程度同じ行動ばっかりをしていると時間に関する感覚が鈍くなってくる。大人になると時が過ぎるのが早くなるというのはおおよそこれなのかもしれない。さらに何度もトライ&エラーを繰り返していくうちに私の幼児の演技もさらに磨きを増していく。なんと虚しいものであるが、今を生き抜くには大切なことであった。大切な経験として胸に留め必死に仮面を被り生きた。
そんなわけで私は必死に頑張ってきたのだ。頑張ってきたのだった。
しかし、この世界はどこまで行っても「事実は小説よりも奇なり」を有言実行する世界であり、私の中で培われた真っ当なはずの価値観は予想外な事実によって息絶えるのであった。
この世界、いやこの時代と言い換えてもいいかもしれないが、ここにおいては“個性”という超能力じみた存在が跋扈している。この“個性”を現代においておおよその人が所有している。その例は様々で炎や雷を出すものから自身の体を変化させるもの、元から何かしらの動物をモチーフにした異形系から重力を操作するものまで様々に存在している。
とはいえその能力がどれほどの強度を誇るか、どれだけ変化が可能か、それによって生じるデメリットは人それぞれである。それによって強い“個性”か弱い“個性”なんて差別もあったりするようだが……そんな中でもトップクラスのが“無個性”と呼ばれるものだったりするのだが。まあ、中にはそんな人もいるのだろう程度な扱いでいいだろうし、そもそも“個性”の使用に関しては資格制となっているため、そういった物と関わりがない場合は無視してもいいだろう。
さて、そんな“個性”であるが、それは私にも存在していたのであった。
こればっかりは喜べばいいのかは分からないが、少なくとも“個性”という超能力的な存在が当たり前のように街中を闊歩していることを考えればないよりかはましなはずだろう。
もっとも、これを扱えるかどうかは己で試してみなければならないという事で検査は終了した。個人的にはもっと詳しく調べてもらった方がありがたいのだが……。こればっかりは国が行っているものであり、すべての児童を対象にしているためか、そこまで金を掛けていられないのも実情だろう。仕方あるまい。
……さて、とりあえず問題が一つ片付いたと思っていたのだが、サンタクロースは私の願いを大変捻くれて受け取ったらしい。もしくは私が唱えた呪文が間違っていたかもしれないが、元々の原因はクリスマスであり、それに付随して現れるサンタクロースに責任を擦り付けても特に問題あるまい。
新たな問題点として、それは私の体についての事であった。
問題、といってもどこかが病気になったわけでも無く、四肢の欠損があったわけでも無い。幼児としての肉体自体は健康そのものである。……いや、ある個所に関しては前世との相違があり、前世に合ったものが欠損している。それに前世のものと比べるといくらか突っ込みたいところがあるがそれよりも重要な点が存在する。
そう、それは人間以前に生物としてとても重要な器官である一部分…………生殖器である。
前世である私は健常な男性として女性にモテたいと思い、彼女ができた輩への嫉妬心で胸がはちきれそうになったり、今年も童貞を卒業できなかった悲しみに絶望していたりした、そんなある種生物としては正常な男性であった。
それが今世ではどうだ。見事なまでにそびえ立つとまではいわないが、いやそこだけそれなりでなかったような……そもそも人に誇れるようなものでもなかったような……とにかく、自身についていた砲が消え去り、変わりに塹壕もかくやというレベルで狭い穴だけが掘られてあった。
まあ、あれだ、うん。
見事なまでに女の子になっていた。
……童貞無くす前に処女を失う可能性があるってどういうことなのだ…………???
しかし頭をからっぽにして書くのは楽しかったです(小並感)