最後は最終話のさらに続きの時系列になります。
かすかに覚えている。
それは、私が初めて海に出たときのこと。
期待に目を輝かせた人々に囲まれて
紙吹雪が舞い、花火が轟く中を
勇敢で誇り高き男たちを乗せて私は進む。
晴れがましく、誇らしい、けれど遠い記憶――
何故、今になって、そんなことを思い出したのだろう。
「泊地護衛艦隊……全滅しました」
「そう」
偵察を出すまでもなかった。
死にかけた艦娘たちが総勢で東方艦隊に攻撃をしかけてきたとき
こいつらには、勝てない。
そう思い知らされていた。
後ろに控えていた港湾棲姫が近づいてくる。
「まだ、私と貴女がいる。少ないけど、まだ艦も残っているわ。
せめて……相討ちに……」
「いいえ。出るのは……私一人でいいわ」
振り返ると、皆が私を見ている。
「聞きなさい!あなたたちの怒り、憎しみ、恨み、悲しみ!
全てこの、戦艦棲姫が持っていく!
全ての思いを、今から私が叩きつけてくる!」
恐らく、私は沈むだろう。だが、今まで戦ってきたことに後悔はない。
「あなたたちは降伏しなさい。降伏が許されないなら、逃げて。
いい?……あなたたちは、生きるのよ!……戦艦棲姫、出撃する!」
追いすがろうとする港湾棲姫を押しのけ、泊地から出る。
朝焼けにきらめく海がまぶしくて
つい目を閉じたまぶたの裏に、また思い出がよみがえる。
必死に戦った。私も、私に乗り込んだ男たちも。
だが、武運拙く我等は破れ
水底にその身をさらすことになった。
満足の行く戦いではなかったが
これも運命と受け入れるほかはなかった。
ただ、朽ち果てるのみ。そう思っていた。
だが、体が朽ちていっても
私の心は朽ちなかった。いつまでも水底に残り……ただ、錆びていった。
いつしか水面にはまた船が行きかうようになり
私はただ水底からそれを見上げる。
あの船はどこに行くのだろう。
あの船はどこの港に帰るのだろう。
連れていって。私も連れて、帰って。
何度手を差し伸べただろう。
その手が省みられることなど一度たりともなく
そして私は理解した。
私は、見捨てられたのだと。
壊され、捨てられ、忘れ去られた、ただの鉄屑なのだと。
錆びた心が叫ぶ。
このまま終われない。
終わりたくない。何でもいい。どんな形でもいい。
またあの、輝かしい記憶の場所へ。
そのためなら、何でもしよう。
たとえそれが、人に仇成すことであろうとも。
そう心に決めて、再び水面へと浮かびあがった。
(その結果が、今の有様)
記憶を振り払い、前に進む。
「聞キナサイ、艦娘ドモ!私ハ戦艦棲姫!
コノ戦イハ、私ガ始メタワ!ダカラ、私ヲ倒サナケレバコノ戦イハ終ワラナイ!
サア……カカッテキナサイ!」
遠くに砲火が瞬く。
私もまた、砲門を開く。
全ての砲を、空へ。
抱えてきた、怒り。憎しみ。恨み。悲しみ。
思いのたけを解き放つように、撃つ。撃つ。撃つ。
敵弾が私を砕いていく。
それでも構わずに撃つ。撃ち続ける。
虚空へ。空へ。天へ。
いつしか砲声がやむ。
私はとうに撃ち砕かれて、今はただ波間に沈むのをまつばかり。
波を蹴立てて戦艦の艦娘が一人、私に近づいてくる。
止めを刺すつもりなら、むしろありがたい。早く終わらせてほしい。
ただじっと、そのときを待つ私に
その艦娘はすぐそばまで近づいて
私に、手を差し伸べた。
ああ。そうか。
私は、誰かに、手を差し伸べて欲しかったのか。
ずっと水底で、求め焦がれていたその手が、今、目の前にある……
だが、私はその手を払いのける。
「救イナドイラナイワ。救ウ気ガアルナラ、ソノ手ハ……」
泊地のほうを見やる。
「残ッテイル連中ニ、向ケテヤッテ」
「……承知した。残存する深海棲艦が降伏するというのなら
この長門、身命に賭けて彼女たちを護ろう」
「アリ……ガ……トウ……」
安堵とともに沈んでいく。また水底に戻るのね。
ああ、だけど……
今度の水底は、なんだか明るくて暖かいわ……
意識が戻る。
どれくらい時間がたったのだろうか。
そしてここはどこなのだろう。
地獄にしては、やけに明るい。
周りに立ち込めているのは……蒸気?
おかげでほとんど何も見えない。
手で蒸気を払いのけた先に
港湾棲姫がいた。
ボロボロと涙を流しながら、彼女が言う。
「オカエリナサイ」
はて、お帰りとはどういうことか。
そもそも彼女には生きろといったはずなのに
何故私の目覚めた場所に彼女までいるのか。
というか、目覚めたって……私は、生きている……?
気がつくと、私に手を差し伸べた戦艦の艦娘――長門、といったか
彼女もまた涙を流しながら
「お帰り。そしてようこそ、鎮守府へ」
そう言って……また私に、手を差し伸べた。
状況はよくわからない。ここが鎮守府ってどういうこと?
何だか、いろいろ厄介ごとが待っている気がする。
それでも
「タダイマ」
ここからならきっと、また輝かしい日々が待っている。
だから今度は、差し出された手を掴む。
輝く日々への、第一歩として。