いつかどこかの鎮守府で・Appendix   作:華留奈羽流

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今回の話は、本編の5話と6話の間ぐらいのお話で「北上」回です。


第3話

ヒトヨンマルマル 鎮守府 菜園作業場

 

「だーかーらー、そうじゃないってば……あー、もうこっちでやるからいいよ」

 

「……ゴメンナサイ」

 

収穫された農作物の仕分け作業をしていた雷巡・北上がイラついた声をあげ

一緒に作業していた深海棲艦の、同じ雷巡のチ級が何度も北上に頭を下げる。

 

搬入作業中の重巡・妙高が困った顔で二人の横を通り過ぎながら

 

「北上さん、チ級さんまだ慣れてないんだから、もっとよく教えてあげないと」

 

「ちゃんと教えてるよー?お手本だって何度も見せてるしさー」

 

「うーん……チ級さん、選別作業には向いてないのかしら……

 とりあえず、あまり大きな声で叱らないであげて。他の子も萎縮しちゃうし」

 

「へーい」

 

ふて腐れた顔で作業に戻る北上。その後をトボトボとついていくチ級。

 

(弱ったわね……)

 

妙高には何が問題なのかはわかっているのだが

本人に直接指摘するのは気が引けた。

 

それは、自分も抱えている問題だったからだ。

 

(やっぱり提督に相談するしかないかしら……告げ口みたいで嫌なのだけれど)

 

 

フタマルマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「……それで、俺に相談というわけか」

 

「はい」

 

妙高が提督に昼間のいきさつを報告し

何らかの対応の必要性があると具申していた。

 

「北上か……もともと、ちょっとぶっきらぼうなヤツだし

 好き嫌いもハッキリしてるからなぁ」

 

「彼女の性格もありますが……やはり深海棲艦へのわだかまりが消えていないのかと」

 

「……大井、か」

 

北上と大井。

同じ重雷装巡洋艦の姉妹艦であり

長く行動を共にしてきた二人だったが

最終決戦で大井が失われてから

北上は少し精神的に不安定とも言える状態が続いていた。

 

提督が妙高の顔を覗き込むようにして尋ねる。

 

「その……君はどうなのかな?」

 

相談に来た妙高も、仲の良かった妹3人を失っている。

いや、彼女だけではない。残された艦娘たちは皆

大切な仲間や姉妹を失っているのだ。

答えにくい問いかけに、妙高は表情を変えず答えた。

 

「わだかまりは、あります。私は抑えられるというだけです。

 でも、彼女が抑えられないということを、責める気にはなれません」

 

「そうか……対処法はいくつかある。

 一つは、距離を置きかかわらせないようにする」

 

「一番、現実に即した案かと思います」

 

「二つ目は、現状を維持して時間が解決してくれるのを待つ」

 

「提督にしては消極的な案ですね……あまり賛成できません」

 

「三つ目は……ちょっと荒療治になる」

 

「……荒療治?」

 

「まあ、これはそういう機会がないとどうにもならないんだけどね」

 

「……?ちょっとわかりませんが、さし当たっては

 チ級さんの作業配置を変更するよう、鳳翔さんに依頼する、ということで

 よろしいですか?」

 

「ああ、それでかまわない。三つ目のプランは機会待ちってことで」

 

釈然としないまま執務室を出る妙高。

「機会」がすぐに訪れるとはこのときは思ってもいなかった。

 

 

翌日 マルキュウマルマル 鎮守府

 

『全艦娘に告ぐ。全艦娘に告ぐ。至急、作戦司令室に集合せよ。

 作業中、訓練中の者もいったん中止して集合すべし。

 繰り返す。全艦娘、作戦司令室に集合せよ』

 

鎮守府内に鹿島のアナウンスが響き、それぞれが手を止めて作戦司令室に走っていく。

 

全員が司令室に入室したのを確認し、長門が提督に告げる。

 

「艦娘、総員集合しました!」

 

「ご苦労。先ほど、本土の保安庁から遭難漁船の捜索依頼が来た。

 遭難したのは第六永泉丸、300トン級の中型漁船だ。

 4時間前のSOS信号を最後に通信が途絶えている。

 遭難したと思われるのは大東島沖東100kmの海域だが

 折からの強い西風と潮流で、この鎮守府近海まで流されている可能性も高い。

 で……この辺りの海域を重点的に捜索したいところなんだが」

 

地図を指し示しながら提督がちょっと険しい表情になる。

 

「間の悪いことに、気象庁では断続的な竜巻の発生を観測してる。

 漁船はこの竜巻の被害に遭ったんじゃないかってことだが

 いまだに暴風が弱まる気配はないし、いつまた竜巻が発生してもおかしくない」

 

眉をひそめて高雄がつぶやく。

 

「竜巻ですか……艦のときならまだしも

 今のこの体では、竜巻にはとても対抗できませんね」

 

艦から艦娘に生まれ変わって、弱体化した部分があるとすれば

それはサイズが小さくなったことで、大きな波や強い風に対して抵抗できないという点だ。

竜巻などが直撃すればただではすまない。

 

「無論、無理は禁物だ。まずは当該海域の周囲からあたってもらう。

 竜巻がおさまってくれれば、随時目的海域に突入ということになるな。

 しおい、ゴーヤには、潜行して暴風域の捜索もしてもらう。

 二人ではキツイだろうけど、頼んだぞ」

 

「おまかせ!」「でち!」

 

「それと、今回は深海棲艦にも捜索に協力してもらうことにした。

 少しでも人手が多いほうが発見も早まるからな。

 ただ、彼女たちだけで捜索をした場合

 発見しても彼女たちだけで救助活動をさせるのは

 相手が民間の漁船だからちとマズイ。

 なんで、艦娘と深海棲艦がペアになって行動してほしい」

 

 

ヒトマルマルマル 鎮守府正面海域

 

「だからってなんでコイツとペアなのよ」

 

集結した艦娘と5隻の深海棲艦。

艦娘の中の5人が1人ずつ深海棲艦1人とペアを組むわけだが

そのペアの一組が北上とチ級だった。

ふくれっ面をしていた北上が

何か思いついたのか、酒匂に近づいて耳打ちする。

 

「……酒匂っち、代わって」

 

「ぴゃ!?」

 

が、耳ざとく聞きつけた長門が、北上と酒匂に釘をさす。

 

「北上、酒匂、組み合わせは提督の指示だ。勝手に変えるな。

 では、各組所定の地点に向かえ!」

 

『了解!』

 

2隻1組になってそれぞれが散らばっていく中で

北上とチ級だけがその場に少し留まっていた。

やがて、やれやれとため息をついて北上が進みだし

 

「……ついてこなくていいよ。邪魔だし」

 

チ級にそう告げると速力を上げる。

すでにこの海域でも風は強く、三角波が起こりはじめていた。

 

「……」

 

チ級は黙ったまま、少し離れて北上に続く。

しばらくそのまま航行していたが、やがて北上が停止してチ級に振り返る。

 

「ついてこなくていい、って言ったっしょ」

 

「デモ……ぺあデ行動シロトイウ命令デス……」

 

「じゃあ命令。ウザイから帰れ」

 

そう言って、今度は最大船速でチ級を置き去りにしていった。

チ級はうつむいて、しばらくその場に留まっていたが

やがて北上が去った方角へと進路を向けて進んでいった。

 

 

ヒトフタマルマル 鎮守府近海 捜索海域

 

(視界悪いなー。風は強いし波も高いし、適当なとこで切り上げたほうがいいねー)

 

1人愚痴る北上の前方では波頭が白く砕けている。

 

(っと、岩礁か、危ない危ない。こりゃここらが潮時……ッ!?)

 

砕けて飛び散る波頭の飛沫の向こう

上下する波間にわずかに覗くものが見えた。

 

(あー、捜索中の漁船ってあれかー。ま、見つけたんなら連絡はしないとねー)

 

「もしもーし、こちら北上ー、長門ーん、聞こえるー?」

 

無線で呼びかける。が、応答がない。

 

「もしもーし?……んー……?」

 

通信先を鎮守府に切り替えるがやはり応答がない。

ここにくるまでに一度大きな波を被ってしまったときに無線機が壊れたのか。

 

(ダメかー。まあ、ここでとりあえず見張ってる……ってわけにもいきそうにないなコレ!)

 

波間に上がったり下がったりする漁船の姿の

最初は上のほうがちょっと見えるだけだったのが

だんだん見える部分が多く、大きくなってくる。

 

こちらに近づいているのだ。

そして、北上と漁船の間には頭を覗かせている岩礁がある。

このままでは接触、座礁は免れそうにない。

 

どう処置したものか判断を躊躇している間に

前方からの突風に顔をしかめ、振り返る。

そこには、くねりながら上空に吸い上げられていく巨大な水柱があった。

 

(竜巻!?……ヤバイこっちにくる!?)

 

眼前には何もかも噛み砕く岩の牙。

背後には全てを飲み込む水の蛇。

 

1人なら逃げられるだろう。

それでも、1人で逃げるわけにはいかない。

 

艦娘として、「人間を護る」という使命感は

北上の中にも深く刻み込まれていた。

 

(岩礁を迂回して、漁船に接触、何とか曳航……するっきゃないよね!)

 

波を蹴立てて北上が疾る。

岩礁を迂回し、漁船の前に回る。

もう牽引用のロープをかける時間もない。

 

「も……ど、れーーーーーっっ!!」

 

もし。

北上が艦娘ではなく、元の排水量5100トンの重雷装巡洋艦であったなら

300トンクラスの漁船の曳航などたやすいことだっただろう。

だが彼女は今は艦娘であり、そのサイズは人間と変わらず

力があるといっても、それは人間サイズでのことで

1人では波に押される300トンの漁船を押し返すことは不可能だった。

 

1人、では。

 

「……北上サーン!」

 

遠くに声がする。

岩礁の向こう、轟音とともに迫り来る竜巻のさらに向こう。

確かに声がする。

 

チ級の叫ぶ声が。

 

「来るなー!」

 

じりじりと漁船に押されながら北上が叫び返す。

今から、竜巻も岩礁も迂回してここに来ようとしても間に合わない。

わかっていた。

北上も、チ級も、それはわかっていた。

 

だから、迂回をせずにチ級は突っ込む。

 

「!?」

 

轟々とうなり空に吸いあげられる水柱の

ほんのすぐ横をチ級が突っきる。

突っ切ろうとする。突っ切れない。引き寄せられる。

あとはもう吸い込まれ、巻き上げられ……

 

「ウアアアアアアアッ!!」

 

体を縮め、風の影響をほんの少しでも減らす。

水面を這うように、獣のように、矢玉のように突進し

 

竜巻を、追い抜いた。

そのままの勢いで、微塵も躊躇うことなく今度は岩礁に突っ込む!

 

「あの……バカ!」

 

今度は避けられない。避けようがない。

海一面が、巨大なおろし金のようなものなのだ。

 

ガギン、という金属音とともにチ級がよろける。

それでも前に進む。

べき、とどこかの骨が折れる音。

なおも前に進む。

バシャリ。水しぶきを立てて転倒する。

だが起き上る。

岩に切り刻まれた血まみれの体で、進む。

 

「もう……もういいから!やめなって!」

 

北上に向かって、進む。

 

チ級が岩礁を乗り越え、北上の元へたどり着く。

 

「私モ……押シ……マス!サア!!」

 

「う……うおおおおおおおおスーパー北上様なめんなああああああ!!」

 

少しずつ、漁船が押し戻されていく。

岩礁から徐々に離れ、押し返していく北上たちの背後を

竜巻が通り過ぎていく。

 

危機は、回避されたのだ。

 

「はー、やれやれ……なんとか、なったみたい、だね」

 

北上がぎごちない笑顔をチ級に向け、そして凍りつく。

ボロボロになったチ級は、その顔の上半分を覆うフェイスガードが砕け

素顔がほとんど見えていた。

その顔は、どこか見覚えのある顔だった。

 

固まってしまった北上にその顔を向け、チ級が微笑む。

 

「ハイ……ソウデスネ」

 

そう言って

チ級は水面に倒れこんだ。

 

「!?ちょ、しっかりしなよ!?」

 

駆け寄ろうとする北上の前で、チ級がゆっくりと沈んでいく。

 

「北上サンガ、無事デヨカッタ……」

 

と、あの顔で、微笑みながら

呆然とする北上の前でチ級は沈んだ。

 

これまで、何度も聞かされた言葉だった。

北上が危ないときには、いつも駆けつけて

我が身を省みずに助けてくれた人がいた。

北上が助かったあと、どんなに自分がボロボロになっていても

必ず「北上さんが無事でよかった」と

微笑みながら言っていた。

もう聞くことがないと思っていたその言葉を

 

今、チ級の口から聞かされた。

 

「ああああああああ!!」

 

水面を掻き分ける。手を伸ばす。

それでも届かない。もう届かない。沈んでいく。見えなくなる。消えていく。

北上の動きが止まる。ボロボロと涙をこぼしながら。

 

「ば……ばかあ……アタシが、無事でも……

 アンタが沈んじゃったら……意味ないだろ……」

 

海面にしゃがみこみ、北上が泣く。

大井が沈んだと聞かされたときも、これほど泣きはしなかった彼女が

今は声を上げて泣いた。

波の音と、風の音、そして北上の泣き声が漂う海原に

 

「間に合ったでちーっ!!」

 

「……?」

 

不意に叫びが響く。

海面を割って、ゴーヤが飛び出てきたのだ。

 

「……!!」

 

その腕に、ぐったりとしたチ級を抱きかかえて。

続いてしおいも飛び出してくる。

 

「北上、チ級ちゃんまだ息があるの!急いで鎮守府に運んで!」

 

「わ……わかった!」

 

もう泣かない。

泣かなければならないようなことに、ならせはしない。

 

ゴーヤから受け取ったチ級を抱きかかえ

鎮守府へと急ぐ北上だった。

 

 

2週間後 ヒトヨンマルマル 鎮守府 菜園作業場

 

「そこはそうじゃなくて……ほら、こうだよ」

 

「ウン……コウ?」

 

「そーそー、その調子ねー」

 

収穫された農作物の仕分け作業をしていた北上が

一緒に作業していたチ級の手を取って指導する。

 

搬入作業中の妙高が二人の横を通り過ぎながら

 

「変われば変わるものね」

 

とつぶやいた。

 

「効果あっただろ?」

 

いつの間にか妙高のそばに来ていた提督が、ニヤリと笑う。

 

「険悪な仲の二人が、力を合わせて危機を脱することで信頼関係を築く。

 よくある話だけど、確かに効果はあるよな」

 

「効果はありましたが……少し、荒療治過ぎたのでは?

 一歩間違えば大惨事でしたよ?」

 

「あー……まあ、ちょっと想定を超えた部分もあったけどね。

 あらかじめ、出せる指示は出してあったし」

 

「しおいとゴーヤのことですか」

 

「ああ」

 

提督は、北上とチ級のペアを案じて

しおいとゴーヤになるべく二人のそばにいるように指示していた。

そして、チ級は北上から置き去りにされたあとも

こまめに通信を入れて指示を仰いでいた。

おかげで潜水艦コンビはチ級の救出に間に合ったのである。

 

「もっとも、まさか竜巻や岩礁を突っ切るような無茶な真似をするとは

 俺も思ってなかったけどね」

 

「何が……彼女に、そこまでさせたんでしょうね。

 あれほど邪険に扱われていたのに」

 

「そこまでは、ちょっとわからんかな……

 まあ、結果オーライってことでいいんじゃないか?」

 

そう言って提督が見つめる北上とチ級は

今は小休止なのか肩を寄せ合ってジュースを飲んでいる。

それは、妙高は以前よく見た光景だったのだが

北上の隣にいるチ級が、一瞬大井に見えて

妙高が目をしばたかせる。

もちろん、チ級はチ級である。

 

(まさか、ね……)

 

ふう、と一つ息をついて、妙高は作業に戻っていった。

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