不測の事態はつきものではある。
火星でゴキブリが異常な進化をしている時点で人類の予想など予想を遥かに超えている。
今更何が起きても
「お…おい、なんでこんな…」
何かが蠢いていたとしても
「どういうこと、だ?」
時は少し遡る…
―第三班(ロシア班)—
「到っ着-く!!」
ロシア班はとある場所に到着していた。
その場所には遥か昔より存在を噂され、近年バグズ2号の探査によって確認されたものがそびえ立っている…
「画像でも確認しましたが…こうして見るまで信じられませんでしたよ」
一人がポツリと言葉を漏らす。無理もない、数百年前に計画された通りであればここには苔と一種類の昆虫が生息しているだけであった。
そんな星にあるはずがないのである。
ピラミッドが。
広がる大地にそびえ立つその人工物は、一見この世界に馴染んでいるようにさえ思える。しかしそれと同時に奇妙さも感じさせていた。
「テラフォーマーが一匹もいませんね…」
この場所にはピラミッドを守ろうとする者どころか付近で生活しているであろう個体さえ見当たらない。
「確かに妙だが、いないにこした事はない。そんじゃ始めるか 俺らの任務をな」
「じ」
一瞬吹いた風音の中からその声を聞きとれたのはごく少数の者か犠牲者だけだった。
突如として数名の頭部が宙に舞う中、一匹のテラフォーマーが躍り出た。
テラフォーマーは勢いをそのままに自身の目の前にいたエレナに手を伸ばす。が、第三班の班長であるシルヴェスター・アシモフが咄嗟にかばったことでアシモフの右腕を切り飛ばすに止まった。
ここで隙を見逃すアシモフではなかった。残った左手でテラフォーマーの頬を掴むと、その勢いのまま後ろへと投げ飛ばした。
その間に三班各員が脱出機に備えられた 網 を手に取る。
網—対テラフォーマー発射式蟲捕り網―は理論上テラフォーマーの筋力の三倍でも千切って脱出することなど不可能の代物であり、そしてもがけばもがくほど絡みつくようになっている。まさに捕獲に特化した代物である。
「一匹だ!薬は節約!! 訓練通りにこの単体のアホを―
生け捕りにする!!!」
アシモフの指示でエレナが網を持ち、構えた。
テラフォーマーはエレナの方向へと向かう。
赤い一点の光がテラフォーマーの顔に照射される。
「 ターゲット 捕獲 」
網は何もとらえていなかった。網を構えていたはずの彼女は地面に倒れ、通り過ぎたテラフォーマーの手には何かがあった。
「お…おい、なんでこんな…」
背中に穴の開いたテラフォーマーは興味なさげに手のものを地面に落とした。
「どういうこと、だ?」
それは、人間の左腕であった。
「どういうつもりだ、ニコライ」
アシモフの視線の先、エレナが立っていた位置にいる左腕のない男は落ち着いた表情で班長である彼に謝罪をする。
「班長の指示を無視してしまい申し訳ございません。咄嗟のことで…」
「ふん……まあ、エレナが助かったのは事実だ。それに今から変身薬を使うことに変わりなさそうだしな」
第三班の周囲はどこから湧いたのか、二十ほどの個体に囲まれていた。
「ニコライ、腕生やしておけ…… 全員、薬を使え!!! こっからはサインAだ!!!」
各員が薬を素早く使うと、向かってくる害虫を迎え撃ちはじめた。
「さて、君の相手は僕になりそうですね…」
失っていた左腕を完全に再生させたニコライは、先ほどのテラフォーマーを見据える。
「急な加速、その背中… バグズ2号の誰かの能力を奪った個体でしょうね……テラフォーマーの知能も恐ろしい… 腕力も人間を遥かに超える…… こんな石ころじゃ傷一つつかない」
次の瞬間、何も持っていなかったはずの彼の手から小石が放たれる。飛んでくる小石はテラフォーマーの体に当たるが傷一つつかず、動きも特にしなかった。
「さて、どうしましょうか…… では、自分の腕でしたらどうでしょうか?」
するとテラフォーマーの右腕が突如として動き出した。腕を止めようとするがその個体の体は思うように動かない。
「詰んでたんですよ 君が僕の腕を持って行った時点で」
地面に落ちている腕、よく見ると細長い糸のようなものがその指一本につき一つ出ておりテラフォーマーの手足に絡みついていた。
そしてそれと同じものが男の右手指先それぞれから目の前にいる害虫の右腕へと続いている。
「まだまだ相手しないといけないのがいるのでこれで終わりにしましょう」
男が指を動かす。瞬間、テラフォーマーの腕は勢いよく胸へと振り下ろされ白い体液が飛び散った。
イカ
世界中に存在し数多くの種が存在する彼ら
その中でもこの種は謎に満ち溢れている
巨大なヒレや大きな目の特徴もさることながら最も目を引くのはその腕である
短くもイカらしい腕、その先からは細く長い腕が伸びている
胴体が50センチほどであるのに対し全長が7メートルを超えるほどであると言えばいかにその腕が長いかわかるであろう
そして腕の使い道どころか詳しい生態自体、27世紀に入ってもなお深い海によって包み隠されている
常闇の人形師 ミズヒキイカ
しかし、その神秘の能力だけでは強いとは言えなかった。巧みに操り相手に察しさせない技術があってこそ真価を発揮する。
ロシアで右に出るものなしと言われた手品師 ニコライ・ポレヴォイの経験と実力によって未知なる力との合作は完成の領域に達していた。
「不測の事態はつきもの、火星でゴキブリが異常な進化をしている時点で人類の予想など予想を遥かに超えている。
今更何が起きても、何かが蠢いていたとしても、我々は負けません
そうでしょう、BOSS?」
瞳に映る女は害虫を打ち倒しながら、にこりと笑う