Parallel Chance   作:モクロック

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第5話 向かう心

―2620年3月4日 アメリカ合衆国ネバダ州南部―

この日、とある目的のためにU-NASA関係者がこの地に集結していた。

 

 

「燈、百合子の容態はどうだった…」

 

「容態のほうは今のところ安定しているらしいです。ただ、まだ目は覚まさなくて…」

 

 

そう話をするのは、U-NASA関係者である膝丸燈とその上司であるミッシェル・K・デイヴスである。

彼らの話題に出ている百合子―源百合子は燈と同じ児童養護施設で育った仲であり、燈の想い人であり、そして現在昏睡状態に陥っている少女である。

 

 

彼女は数年前に一部の臓器を変化させてしまうA・Eウイルスに感染し、闘病生活を余儀なくされた。

その後、彼女の治療費を稼ぐため、そして致死率100%のウイルスに侵された臓器を移植という手段によって治療するため、膝丸燈はタイ王国の地下闘技場で賞金を稼ぎに向かった。

 

彼は地下闘技場において勝利したものの、闘技場関係者は彼に賞金を払うどころか百合子の移植ドナーすら探さず二人を闇に葬り去ろうとした。しかし、U-NASA職員によって彼女は救出されU-NASA本部で一命を取り留めた。

燈も彼女を救うために、U-NASAのとある志願兵となった。

 

そして、救出後から今に至る一年、彼女は時より目を覚ましては昏睡を繰り返し、生命活動も予断を許さない状態である。

 

 

「そうか…」

 

「でも、俺のやることは変わらない…… この悲しみの元を断つ

約束したから…百合子とも桜人とも」

 

「じゃあ守らなきゃな、燈」

 

「俺たちも手伝うぜ」

 

「ボクもその手伝いしますよ、燈くん」

 

「マルコス、アレックス……ビリーさんも!」

 

 

気付けば燈の傍には、これからの行動を共にする仲間が何人もいた。

 

 

「それに燈くん、多分皆同じことを思っているはずだよ……

 

 

『与えられたこの可能性を確実に手にする』

 

 

ってね」

 

(そうだ……俺だけじゃない。皆、何かを背負ってここにいる。

俺たちは……)

 

 

 

 

 

「この運命に打ち勝ってみせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―この日、大型有人宇宙艦『アネックス1号』が人員計150名を乗せ、宇宙へと旅立った―

 

 

 

■大型有人宇宙艦 『アネックス1号』

 

 

■人員内訳

 

艦長     小町小吉 1名

 

幹部乗組員  6名(艦長も含まれる)

 

乗組員    144名

 

■目的

・火星由来と考える病原体『A・Eウィルス』のサンプル獲得、調査、及びその近縁種の調査

 

・サンプルを獲得した状態での地球への生還

 

 

■注意事項

 

 

 

 

 

 

 

 

火星に生息するゴキブリ、通称『テラフォーマー』から身を護ること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アネックス出発初日―

艦内ではにこやかな表情のものもいる。しかしこれから行われる探査のこと、あるいは地球に残してきた大切な者のことを考え浮かない表情の者が、乗組員の半数を占めていた。

 

「大丈夫かな…」

 

彼女、リリア・オイカワもそんな乗組員の一人である。

彼女はこのミッションのために仲間と共に特訓を重ねた。そして命懸けのミッションであることも覚悟して来た。

しかし、宇宙に旅立ったことを実感するとどうしたってこの先に待ち構えている危険を考えてしまう。

それと同時に彼女はサンプル回収だけでない、もうひとつの重要なミッションも背負っている。彼女が不安に思うのも無理はなかった。

 

 

「そんなところに突っ立ってどうした?」

 

「…! あ、レイさん……」

 

声がして振り向けば、ドイツ・南米第五班に所属しているレイが彼女の傍まで来ていた。

 

「キャップ…被ってないんですね」

 

「ああ……持ち込みができなくってな。………やっぱ変か……」

 

レイはぼそっと呟いた。

地球にいた頃にずっと被っていたキャップは、持ち込みの際に不要とされ置いて行かざるを得なかったのだ。

 

 

 

「いえいえ、そんなことないですよ! 十分可愛いですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「………なっ!?」

 

 

 

 

()()の頬が一瞬にして淡い色に染まった。

というのも、彼女はとある理由から普段は無表情でクールに振舞い、可愛らしさなど微塵も感じさせないようにしている。そのせいか「可愛い」というような扱いに対する免疫がないのである。

 

「何を… そんな訳ないだろっ!」

 

いつもの癖でキャップを深く被る動作をするものの、キャップがないため、ただただ空回るだけだった。

 

「あ、ああああっ! クソッ!!」

 

(やっぱり可愛いな…)

 

「…………こほん、オレのことはいい。 それよりお前はどうしたんだ?浮かない顔をしていたが」

 

「………正直、怖いんです。私が役割を全うできるか…」

 

「……っ」

 

リリアの言葉にレイは一瞬顔をゆがめた。

 

「覚悟して来たのに、やっぱり怖くなって…… なんかダメですね」

 

 

「そんなことないのではないでしょうか?」

 

 

「!? あなたは?」

 

向かい合っていた二人の横に、一人の男が立っていた。

 

「申し遅れました。僕はロシア班に所属しています、ニコライ・ポレヴォイです。ニコライとお呼びください。」

 

そう言ってニコライは一礼した。

 

「すみません、会話が聞こえてしまったので… えっと、リリアさんでしたか?

怖いと思うとは当然だと思いますよ

誰だって大切なものを背負いながら事を成そう、命を懸けて事を成そうとする時は恐ろしいという気持ちに支配されてしまいます。

ましてや大切なものも命も懸かっているとなれば尚更のこと」

 

するとニコライはリリアの目の前に右手を出して見せた。

 

「そんなとき、忘れていけないのが笑顔です」

 

次の瞬間、ニコライの手からスマイルが描かれたトランプ大のカードが現れた。

 

「す…すごい!」

 

「怖いと思った時はまず笑ってください。そこから心を落ち着けるのです。笑顔を作って自分に余裕だと暗示をかける、すると体から余計な緊張が抜けてすっきり動けます」

 

話をしながら手にしたカードの上に自らの左手をかざす。するとニコライの手からカードが消えた。

 

「師匠の遺した教えですが…きっとあなたの役に立つと思いますよ」

 

 

何かに気付き自身の左手を見るリリア。すると先ほどのカードが手の中にあった。

 

 

「それはあなたへのプレゼントです。そして先程のことを忘れないでください」

 

「……!! はい! ありがとうございます!」

 

 

ニコライの言葉で、リリアに再び笑顔が戻った。

 

「そうです、その笑顔です。もう大丈夫そうですね。

それではお嬢様方、私はこれで……

 

()()()()()のご活躍……期待しています」

 

 

「!?」

「!!」

 

去り際にニコライが最後に小さく発して言葉、それを聞き二人は驚きの表情を隠せなかった。

 

(なぜそのことを……!? それを知っているのはここでは私を含め8人だけのはず…)

(そういえばあの人、どこかで見たことあるけど……どこだったっけ?)

 

 

 

―その日の夜―

 

艦長室の中、静寂に包まれたその空間で小町小吉は一人考え事をしていた。

 

(もう一度火星に行くことになるとはな……)

 

すると左腕のアーマー部分が僅かに光った。

 

「おっと、もうそんな時間か……」

 

小吉は、アーマーを確認し始めた。

 

(1が緑、2も緑、3…4もOKっと……ん? 5だけ赤……)

 

アーマー部分に小さく入れられているランプを確認すると一か所だけ赤い光を発していることに気付いた。

 

(レイか…それとも第五班で何かあったか…)

 

小吉はすぐさまアーマーの別の箇所をタッチした。

 

「レイ……今、通信しても問題ないか?」

 

『はい、問題ありません』

 

「何かトラブルでもあったか?」

 

『一人、我々の存在に気付いていると思われる人物がいます』

 

「!? それは誰だ?」

 

『第三班のニコライです』

 

(ニコライ……第三班といえばメリアが担当していたな……)

「わかった。明日メリアに聞いてみる」

 

『連絡は以上です』

 

「連絡 ありがとうな」

 

 

通信を切ると小吉は考え事を再開した。

 

 

 

 

(まさか、気付いている奴がいるとはな…… 火星における()()()()()()に)

 

 

 

 


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