それではお楽しみください。
ローマ連邦の田舎 そこで私は生まれた。
のどかな風景、都会にも憧れていたけどこの村から離れることはないと思っていた。
母はこの国で生まれたものの、この村には一人で越してきた。どこで育ち、なぜこの村に来たかを語ることはなかった。
一方、父は日本人だった。色んな国で仕事をしていて、仕事でこの村に訪れた時に母に出会い、恋に落ちたそうだ。
それから数年後、星が綺麗な夏の夜に私は生まれた。
父も母も愛情を持って育ててくれたけれど、父は仕事が忙しく家族との時間は少なかった。
私も父との思い出は少ない。
父との思い出でよく覚えているのは、5歳のとある夜のこと……
どこかの緑に輝く星を指さして『リリーのお祖父ちゃんの
どの星か忘れてしまったけれど、私もいつか行ってみたいな…そんなことを思った。
私の世界が狂い始めたのは7歳の時
父が、東南アジアの支社で仕事をしている時に火事に巻き込まれ、二度と帰ってこなかった。
しかもどういう訳か、支社の金を持ち出そうとした最低の人間であると処理された。
もちろん、父がそんなことをする人間ではないことくらい、私も母も、父をよく知る人たちもわかっていた。
火事による混乱に乗じて、父に罪を被せた人でなしがいる。そしてそれが会社の上層部の仕業であることは会社の対応が物語っていた。
死人に口なし
私たちの声は、真実は握りつぶされ、多額の借金を背負わされた。
それからの生活は以前より貧しくなった。母は私のために身を粉にして朝から晩まで働いた。私も母の手伝いになればと思い、簡単なお土産を作ってお店に売り渡すことを始めた。
私が学校に行く余裕なんてなかったけれど、近所のおばさんが読み書き、計算、色んなことを教えてくれた。
周りの人はみんな優しかった。私たちにおすそわけをよく持ってきてくれたし、母が帰って来れない日には隣のご夫婦が夕飯をごちそうしてくれた。お土産屋の店長はよく頑張っているからとお土産代とは別にお小遣いをくれたし、店長の娘さんは私を妹のように可愛がってくれた。
父がいなくなって悲しいことは変わらなかったし、貧しい生活ではあったけれど、暖かい日々だった。
いつか私もしっかり働けるようになって、母とこの暖かい村でもっと幸せに暮らそう。そんな夢みたいなことを考えていた。
ささやかな幸せは今から5年前、再び崩れ去った。
世界中で猛威を振るったA.E.ウイルスが、ついに村を襲ったのだ。
穏やかだった村は徐々に蝕まれ、重い空気が流れるようになっていた。
最初に感染した店長さんは1か月後に亡くなった。
隣の家の旦那さんは家から出てこなくなった。しばらくは奥さんと生まれてくるはずだった子の名前を叫ぶ涙交じりの声が聞こえたけれど、いつしか何の音もしなくなった。
日に日に村の中で人を見かけることが少なくなっていた。
そしてついにウイルスは私の母も蝕み始めた。
政府から援助がなかったわけではないが、治療費や入院費にはとても足りなかった。
せめて症状が和らぐように、治療費を稼がないと…しかし私の働いていたお店はもう営業できる状態ではなかった。
私は稼ぐために、村の外へ、そして夜の世界にも足を踏み入れた。
辛いこともあっても母のために無我夢中で働いて稼いだ。
今までの恩を返す気持ちもあったが、それ以上にたった一人の家族を助けたいという気持ちが強かった気がする。
それから数年から経った頃……今から半年前のことだった。
店長の娘さんの容態が悪化したという話を聞き、村に戻り見舞いに行った。
私が行ったときには容態は安定した。しかしあまり時間がないことも明らかだった。
なんて声をかければいいか……私が言葉を探していると、ベッドに横たわる彼女は思い出話を始めた。とても懐かしい、あの暖かい頃の思い出……相槌を打っているうちに、気付けば話に花が咲いていた。
話に区切りがついた時、彼女はベッドの横にある棚を開けて欲しいと言ってきた。
彼女の言う通りに棚を開けると、封筒と一枚の紙が入っていた。
封筒には札束が、そして紙は何かのチラシのようだった。
「もう私には必要のないものだから、あなたにあげる」
「何で……」
気付けば言葉をこぼしていた。
彼女は、「もうこの村でウイルスに罹っていないのはあなただけだから、それに私にとって大切なあなたの助けになるならそれで充分」、そう言葉を返した。
「今日中にあなたのお母さんに顔を見せて、それからチラシに書いてある場所を目指して行きなさい。もうこの村に戻らないで」、さらに続けてそう言った。
私が何か言おうとすると、早く行ってと怒鳴った。滅多に怒らない彼女のそんな声を聞いて、私は棚にあった二つを持ったまま部屋を出てしまった。
「明日を生きて」
最後に聞こえた声はやっぱり、優しかった。
混乱する頭を抱え、そのまま母に会いに行った。
母はベッドの上、弱弱しい声で おかえり と声をかけてきた。
稼ごうとも稼ごうとも、ついにこの時になっても、母を設備の整った病院に連れていくことは出来なかった。
母は悟っていたのだろう……貧しい思いをさせたと謝った。それから私のために無理して稼いで、看病してくれてありがとう。
母は私に涙ながらにそう伝えてくれた。
言葉を交わし終わると母も、早く村から出るように言ってきた。
なんで…なんでそんなことを言うの……理解できない私は、ここを離れたくないと駄々をこねた。
すると母は私の頭を撫でながら、
真夜中になる前に地下の物置に隠れていること、 そして何があってもそこから出ないことを約束するなら今晩いてもいいと言った。
それから母に物置に行くようにせかされるまで、ずっと今までのことを語り合った。本当に他愛もないこと、それでいて本当に幸せだった……何度も何度も涙がこぼれて、その度に笑いあった。
そしてその時は訪れてしまった。
車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。それも何台も。
ほとんどは通り過ぎて行ったが、一台は私たちの家の近くに停まったようだった。
私のいる真上、母のいる部屋へと向かう足音が響いた。
そして母の部屋から数人の男と母の声が聞こえた。
うまく聞き取れはしなかったが、私が戻って来ているかどうか確認しているようだった。
話はすぐ終わり、そして何かを運び出しているような音がした。
母が連れ去られる。直感でそう感じた。
止めなきゃ、一歩踏み出そうとして部屋の隅にある古びた机に目が行った。
埃をかぶった机、その上に何故か綺麗な手紙が一つ置かれていた。それを見たとき、母との約束と母の表情を思い出し、部屋から出てはいけないと足を止めた。
車がどうやら離れた頃、その手紙に手を伸ばした。
手紙には、その机の引き出しに今あるお金が入っていること、もう母や村の人がここに戻る日はないこと、そして父と母はその娘である私を心から愛してくれていたことが書き込まれていた。
『あなたは、明日を生きなさい』
最後に書かれたその文が、一人残ってしまった私の心に深く刺さった。
星の輝く夜、私は一人無音となった村を出て、チラシにあった場所に向かうことにした。
二人が託してくれた
これが私 ―リリア・オイカワ― の
明日への旅立ち
彼女を含めた登場人物のプロフィールは、また別の機会に公開します。
読んでいただきありがとうございました。