新人組にとって慌ただしい春季キャンプはあっという間に過ぎていった。自らを高めるという間もなく、プロのやり方について行くだけで精一杯な時期とも言えた。
冷たい冬の風は次第に弱まり、日付は三月。例年この時期にはプロ野球オープン戦が始まる。誕生して間もないレ・リーグは既存のセ・パのリーグとの日程合わせの都合上でオープン戦の数は比較的少なく、それも同じレ・リーグ内球団同士の組み合わせのみとなっているのが現状だった。
そんな折、対キャットハンズとのオープン戦で新人組らは監督・丸岡の抜擢を受け出場機会を与えられた。これが彼らにとって、プロの初舞台となる。
だがその傍らで、球界を覆う暗雲が早くも立ち込めつつあった――。
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爆砲球団バルカンズ
第3話 プロの舞台
バルカンズのホームグラウンドであるここ、山ノ手市民球場にはほぼ満員の集客を見せていた。この時期のオープン戦としては破格の集客であるし、そもそも下位のバルカンズの試合でこれほどの人だかりは今までにも例がほとんどなかった。
もともとは市営球場であったこの球場は数年前のバルカンズ誕生に合わせて内外ともに再整備がなされたが、もともと予算の乏しいバルカンズの親会社が行ったものゆえ焼石に水をやったようなものだった。そのため観客らが騒ぐたびに球場のあちこちから悲鳴に似た軋み音が聞こえてくるようであった。
時刻は十三時三十分。暖かな日差しを放つ太陽が南中を迎えてから、南西へと傾く頃である。
球場のグラウンドではキャットハンズの試合前の守備練習が行われ、野手らが肩慣らしに白球をグラブ伝いにリレーしていく。スタジアムのスピーカーからはBGMが鳴り響き、数多い観客らの気持ちもそれに併せて、試合開始に向けて高ぶっているようであった。
「準備は出来てんだろうな」
バルカンズが陣取った一塁側ベンチ前にて、チームリーダーの伊坂は屈伸運動をしながら言った。言った相手は、すぐ隣で捕手の防具を念入りに点検している六道だ。
伊坂はこの試合、調整で先発登板をする予定であった。そして六道は、初の実戦起用として打順七番で、スタメンのマスクを被ることとなっていた。
「うむ、問題はない」プロテクターを手際よく装着しながら六道が言った。
「そういやお前、俺の球を受けたことがなかったが」
「見たことはあるしデータも頭に入れている。問題はない」
「……ならいい。今回はお前のリードに任せるぜ。大恥かかねぇようにしな、観客もどうせほとんどがお前目当てだ」
「分かっている。伊坂先輩」
プロ野球界第三の女性選手である六道、彼女の初出場とあって、この試合はオープン戦ながらも世間から注目を浴びていた。満員近くの観客数の理由はそこにあった。報道関係者席のカメラ台数も、オープン戦のそれとは思えないものだった。三澤がかつて言っていた「客寄せ」そして「話題性」の効果としては確かだった。
伊坂の言葉が途切れると六道は目を閉じじっと地べたに座り込んだ。三澤に言われた言葉を思い出して神妙になったのか、はたまたただ集中をしているのか。どちらにせよ先程まで喋っていた伊坂にとっては少々手持ち無沙汰だった。
掛ける言葉を間違えたか、と伊坂は心中で少し後悔した。
時刻はプレイボール予定時刻の十四時の二十分前となりグラウンドではキャットハンズの守備練習が終了し、選手達が三塁側のベンチへとぞろぞろと引き上げていく。
その中で一人、バルカンズのベンチの方へとまっすぐ歩み寄ってくる者がいた。伊坂は気付いて顔を上げた。
女性だった。キャットハンズの黄色基調のユニフォームに身を包んでいる。見目形の整った顔立ちで、どこかいたずらっぽそうな目線を湛えながらまっすぐこちらを見つめてくる。水色がかった髪を首の後ろでテールにまとめている。男のものより一回り小さめなユニフォームがかたどる締まった身体の輪郭は女性の美しさを象徴している。
一見すると野球選手には見えないだろう、その点では六道も似たようなものだが。チアガールか何かが似合いそうだ。
この女性こそ女性プロ野球選手第二回号である橘みずきであった。キャットハンズの中継ぎエース投手である彼女は、同球団のマスコット的存在でもあり、デビュー当初から世間から注目を集めていた。
「久しぶりだね、聖」みずきはバルカンズベンチ前まで来て、瞑想する六道に話し掛けた。聖(ひじり)というのは六道の下の名のことである。六道がそう呼ばれるのを伊坂は初めて聞いた。