ジョースター家と吸血鬼   作:黝 証呂

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60.罪人の自覚

 輝楽………父親面をするつもりが、俺には毛頭無い。

 

 この世界でお前は母親になったのだろう? 幸せな家庭か? だとしたら本当に……すまない………俺が巻き込んでしまった。

 

 謝罪をしたい……たったそれだけの願いを優先したが為に、お前の2度目の人生をまた狂わせてしまった。知らなかったといって罪が帳消しにならないのはわかってる。罪は受け止める……

 

 真実を知ればこれ以上関わるなとお前は言うだろう………

 だが最後に……最後にお前の為に行動させてくれ…………許してもらうつもりも毛頭無い。むしろ恨んでくれ……恨み殺して地獄に叩き落としてくれ。

 

「………無事に成仏しろよ……輝楽」

 

「輝………楽……………? ねぇ、それって誰の名前? とても気になるのだけど」

 

 前世の記憶のほとんどを忘れたのか、輝楽が………アルシアが目を丸めて俺を見つめる。

 忘れかけている記憶に「輝楽」というワードが引っかかっているようだ。

 

 その身体が腐肉でなければ………肉の芽かただの洗脳であれば助けられたのに………そうなれば幸せをそのまま掴んでもらいたかったのに……

 俺がDIOとの契約内容にお前を持ち込んだせいで………契約違反を起こしたのはDIOだが、そこの真実は変わらない。

 

 俺は罪人だ。今更 罪を重ねようと何ら変わりない。

 

 だがお前は違う……せめてこの世界では、善人であってくれ………善人のまま終わってくれ! 

 

「答えてくれないのね……あら………泣いてるの?」

 

「………旦那…」

 

「早く行けッ‼︎ 邪魔だ‼︎」

 

 棘のある言い方で叫ぶと、礼神ちゃんがホル君を連れてその場を離れてくれた。

 

「………変な人ね」

 

「ハハハ……………楽に殺してあげるよ」

 

「……………」

 

 

ー プンッ ー

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 アルシアは自分のスタンド能力で伊月の背後に瞬間移動をする。

 抜き身であった刀が今度は逆に鞘に収まっており、彼女が得意だと言っていた居合斬りを放つ。

 

「ッ‼︎」

 

 だがそれを放つ時には既に、伊月は背後にいるアルシアの方へ振り返っていた。

 膝を折ってしゃがみ一閃を躱すと、伊月は両手をアルシアの目の前で強く叩く。俗に言う猫騙しだ。

 

 まさかの行動と条件反射が重なり、アルシアは目を閉じてしまう。が、伊月の攻撃を予期して、瞬間移動で距離を取る。

 

「………しまった…」

 

 次に目を開けた時には、伊月の姿は消え失せていた。

 気配は完全に絶たれ、移動した痕跡も少ない………代わりに2階ギャラリーにはミカドアゲハが多く漂っていた。

 

「これは…蝶?」

 

 首を傾げ刀を振るってみるが蝶は切れない。

 代わりに、何処からともなく毒針が飛んで来る。

 

「……姑息ね」

 

 能力を駆使してそれを避けるアルシア。

 それに対して伊月は、柱の影で震える両足を麻酔を打つことで無理矢理止め、朦朧とする意識を手放さない為に幻覚作用の鱗粉を脳内で散布する。

 

(ペットショップに蝶をやられ過ぎた……薬物で誤魔化してるけど…もう肉体が………)

 

 失った7割のスタンドと、劇薬の黒戦の使用……それが原因で身体にガタが来始めていた。

 瞬間移動で避けられたが、伊月は猫騙しの後に追撃をするつもりだった。無力化する程の幻覚作用のある薬物を注射器に込め刺そうとしたのだが、その手は動かなかったのだ。

 その為、気配を消して身を潜め様子を見ているが、投げた毒針も狙った方向へ飛ばない。

 オマケに、口からは血液が一筋流れていた。

 

(どうする……このままやり過ごす……わけにはいかないし………誰かと協力するとしてもな………)

 

 その時、1人の男の顔が頭をよぎる。

 

「見つけた………」

 

「ーーーッ‼︎」

 

 ー スパッ ー

 

 柱の陰に隠れていたが見つかり、居合斬りが眼前に迫る。

 頭部への攻撃には敏感であるが故に避けれたが、尻餅をついた様な体勢になってしまい次の攻撃は普通避けれない。

 

「爆ぜろッ‼︎」

 

「ッ!」

 

 伊月は自分と彼女の間に蝶を出して小爆発を起こし、命を削る事でその場から身体を無理やり転がす。

 既にボロボロの白衣が焦げ、彼女も綺麗だった身体にも炎症が見られる。

 

(………やはり………ゾンビに………)

 

 炎症の傷から血が滲む………しかし表情は崩れない。

 ポーカーフェイスというよりは、怪我に気付いていない感じがする。

 

「………悪足掻きが過ぎない?」

 

 首を傾げ、呆れた様子で尋ねてくる彼女に伊月はデジャブを感じた。霞み埋もれた記憶の何処かに彼女が確かに存在している。

 

 ………それに気付く度に心が締め付けられる、今すぐ自分の心臓をくり抜きたくなる程の自殺願望に駆られる。しかし………

 

「悪足掻き………するに決まってるだろ。オジさんは……まだ死にたくても死ねないからね」

 

 そう言って余裕の笑みを浮かべたいが本格的にガタが来始める。

 固形化した血液が液状に戻りきっていないにも関わらず、皮膚呼吸の活発時間は既に過ぎている。

 血流が酸素を全身に運びきれず、自然と息が荒くなる………肩が上下に動き、全身が酸素を欲している。

 

 そして先程、麻酔を打ったばかりなのに足腰は震える。だがこれ以上麻酔を打てば感覚がなくなり、今度は麻酔が原因で立てなくなるだろう。

 

(血流の流れをサポートする即効性の薬? ハッ…そんなの作ってねぇよ)

「クッ………!」

 

「………どこ狙ってるのかしら?」

 

 毒針を投げようにも腕が動かない。

 結果……針が床に散らばるだけだ。

 

(………黒戦をまた使うか? 無理だな……効力も2度目以降は下がるし、仕留められなかったら今度こそ動けなくなる)

 

ー パリーン ー

 

「………はぁ………今度は誰………………!」

 

 そこでアルシアに向けて目掛けて何かが飛んで来た。飛んで来たのは水の入ったグラス………アルシアが避ける事で、代わりに伊月がそれを浴びる事になった。

 続いて姿を現したのは、凛とした姿勢を崩さない美男子だった。先程まで戦闘狂の名に恥じない笑みを浮かべていたが、今の表情は固く無表情………悲しんでいるのか、哀れんでいるのか………それは判断できなかった。

 

「………ハハッ……作戦セーコー」

 

 現れたレオンの姿を見て、自称気味に伊月は笑った。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 幻術が解けた後……私は残りのゾンビを殲滅しながら移動していた。

 やがてゾンビ達の気配は消え、一息ついて皆の気配を探る。

 

「…ハァ……幻術が解けたと思ったら」

 

 幻術が解けた事によって、W-Refの感知能力(センサー)は使用可能だ。

 それを使い皆を探知しようとすると、1人の男のスタンドがそこら中から感じ取れる。幻術使いではない。薬物使いのあいつだ。

 

 館のあちこちに蝶を飛ばしているせいで、他のスタンドが探知できない。これでは私の探知できる範囲内に居ないのかの判断すらできない。

 

「……にしても凄いな」

 

 私の足元には生首が複数転がって居る。見渡せば身体も複数あり、あちこちに鮮血がぶちまけられていた。

 

 その身体も生首も、元はゾンビだったのか僅かに痙攣している。

 

「伊月の仕業か………捩じ切ったのか?」

 

 首の断面は粗く、鋭利な物で切断した様には見えない。そして力任せに引き千切った様にも見えない。

 ほとんどの遺体は時計回りに首の皮が引っ張られている。

 

 更に辺りを見渡せば、血液こそ滴っているが戦闘の痕跡は特に無い。不意打ち………暗殺されたのだろう。

 

 だがホル・ホースの銃痕と思われるものもある。伊月と共闘したのか………

 

「………ん?」

 

 そうこう考えながら、誰かと合流する為に急いでいるとミカドアゲハを見つける。

 すると向こうも私に気付き、すぐさま私の元へ飛んで来る。館中に拡散していた蝶も私の元へ集まって来る…鱗粉は出してない。

 

 やがて蝶は、なけなしの力で私のコートを数匹で引っ張ったり、一筋の線を作ったりしている。

 

「………?」

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「そんなわけで誘導されて来てやったが、伊月………動けるか?」

 

「これじゃまだ動けないね」

 

 そう言って伊月は、レオンに向けてピースサインを送る。

 

「そうか………休んでろ」

 

「………レオンさん………できれば私は、貴女とは戦いたくありません」

 

「私もだが、そうにもいかないだろう

 ………………………刀を抜きなさい。アルシア」

 

 未だに片腕のレオンは、残された左腕だけで構えを取る。その構えから、ゾンビを淡々と殺害していた時と違い、本気で相手をしようとしているのが見てわかる。

 

「待て……レオン、待てだ………」

 

 絶え絶えの言葉で言うソレは、単語も選ばずに吐かれたような口調だ。

 

「彼女は………幽波紋使いで………それに俺は………」

 

「………わかっているつもりだが?」

 

 レオンはW-Refで既に、アルシアが幽波紋使いだと知っている。そして伊月の気持ちも汲んでいるつもりだ。

 肉の芽を使ってまで確認し、信用すると言ってしまった以上 下手な事はしない。

 

 ー ガキン‼︎ ー

 

「………いつまで話しているんですか?」

 

 不意をつく形で、アルシアがレオンの顔面に刀を突き刺す。

 瞬間移動を使い完全に虚をついたと思われた。が………

 

「おい………歯並びが悪くなってしまうだろ?」

 

「ッ⁉︎」

 

 突き立てられた刀を噛んで止めるレオン。

 その異様な光景には驚き、アルシアは瞬間移動で距離とる。

 

「テレポート系の能力か……体勢も僅かに違うな。そして何よりクールタイムも短そうだ………ふむ」

 

 すぐさま持ち前の連撃で攻めるが、それが続くにつれ、レオンは突破口や隙を計算式を解くように導き出していく。

 

 昔から知っていたはずだが、アルシアはレオンの観察眼を改めて厄介に思う。そこで対抗策として、アルシアはトリッキーな動きを取り入れる。

 

 自らその刀を投げ付けたのだ。

 

 もちろんソレをレオンは避けるが、背後に瞬間移動したアルシアが受け取り切り掛かる。

 それをW-Refで受け止めると、アルシアはまた瞬間移動で距離を取る。

 

「W-Refで掴んでいたのに無視して消えた。本体を掴むべきだったか」

 

 そこでまたアルシアは刀を投げる。

 レオン相手に同じ手を使う時点で凡作………背後に瞬間移動して切り掛かると思い、レオンは背後に気を配り先読み……振り向いて迎撃をしようとする。

 

 しかし今度は刀が瞬間移動して、アルシアの手元に戻る。

 自ら背を向けたレオンの首を刎ねようと刀が迫る。先程の攻撃はこの為の布石だったようだ。

 

「ーーーッ⁉︎」

 

 刀はレオンの首を右から捉える。右腕を失ったレオンはそれを防げない。しかし左へ思い切り首を傾ける事でそれを避ける。

 

(布石だと気付いていた⁉︎ なら何故わざわざ背中を見せる⁉︎)

 

 そう疑問に思ったアルシアはレオンの動作の隅々まで警戒するが、それ自体が過ちだった。

 

「カッ………」

 

「…輝楽……もうおやすみ」

 

 忘れている方も多いだろうが、レオンは人間だった頃に医学の道で主席を獲得し、財団で医学を更に進歩させた男である。

 

 黒戦の事を聞いていた事もあり、レオンは伊月の動けない状況を……身体の異変を察した。

 酸素が足りないなら血流を流せばいい。それが硬化しているならサポートすればいい。

 

 だからわざわざ、波紋入りの水を最初に投げたのだ。だから伊月に確認をしたのだ。「動けるか?」と………

 

 それに対して伊月も適切に答えていた。

 

()()動けない」と……そして指を2本立て、再起可能まで時間を示した。それが「分」なのか「時」なのかを、元薬剤師と医学部卒の者が判断できないわけがない。

 

 そしてレオンは、あえて得た情報を口に出したり危険性を示す事で自分に注目させる。

 

 そうすれば伊月は、その存在感に隠れて勝手に虚を突いてくれるのだ。

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

「………………」

 

「………死んだ…のか?」

 

 私が聞くと伊月は無言で頷く。が、うわ言のようにアルシアが話し出した。

 

『…ゴメン……なさい………』

 

「……どういう「ハンマーセッション」

 

 質問し終わる前に伊月がそう言った。そして早口で説明を始める。

 

「使ったのは致死量の麻酔を混ぜた幻覚薬物。幻覚といっても発狂死させるわけじゃない。即効性の麻酔と幻覚で苦しませずに楽なまま即死させるっていう、俺の持つ唯一の安楽死用の薬物。

 

 楽に殺してあげるっていう目的で作ったのに、副作用として生前最後の感情や優先的な感情に左右される。

 

 息子を殺された老婆が使えば、復讐心に燃える屍ができる。

 恐怖心に包まれたままのギャンブラーが使えば、何も考えずに逃げ出すだけの屍ができる」

 

「つまり今アルシアが呟いているのは?」

 

『ゴメンなさい……親父………私は………』

 

「………最愛の家族や親への謝罪かな……楽に死ねるけど死ぬ実感はあるのかもしれない」

 

 ………つまり遺言か。

 

 そこで伊月は、ボロボロの身体を引き摺ってその場を離れようとする。波紋で数秒動けるようになったから、波紋が切れれば元通りだ。

 疲労回復とかではなく、血流を正常に流しただけだからな。

 

 

 

「何処へ行く」

 

 

 

「それなりに役割は果たした。オジさんも目的を果たした。戦力としてはもう力不足。もうオジさんが何処へ行こうが、関係ないだろ?」

 

「………………」

 

「………何? 鈴原 アルシアの遺言を聞けっての? なんで? ご両親には俺が伝えろって事? なんで?」

 

 震える手で伊月は私の胸倉を掴む。

 

「………未だに転生だのどうのが理解できず、混乱してるところだってあるんだぜ? 殺人に慣れても俺だって人間だぜ?」

 

「彼女の遺言はお前が聞くべきだ」

 

「ハハハ…だからなんで?」

 

 相変わらずケラケラと笑うが、胸倉を掴む手には力が篭る。その手に私は左手を添えてやる。

 

「………あぁ。この世界のアルシアの父親はシーザーだ。そして彼女はシーザーを()()()と呼ぶ」

 

「ーーーッ‼︎」

 

『親父………ゴメンなさい。私………」

 

 今思えばアルシアは幼い頃から大人びていた。親であるシーザー達も、彼女が何を考えているのかわからない時がある。まるで私たちが見てない所で育った彼女が存在するように………それこそまるで、()()()()()()()()

 

「つまり………そういうことなんだろ? 確かに()()()()()()お前は父親ではない……(ヤク)に頼って感情を幻覚で麻痺させ誤魔化しても、後悔する時は必ず来るぞ」

 

「………………」

 

(そんな顔もできるんだな)

 

「……………」

 

 伊月は何も言わずに膝を折りその場に座り、それを確認した私はその場を離れる。

 

『私……お袋を………』

 

「………………」

 

『それに………だから』

 

「そうだな」

 

 彼女は既に死んでいて言葉は届かない……それでも伊月は相槌をうって会話をしているようだ。

 

 やがてアルシアは今度こそ動かなくなる。

 伊月は近くのカーペットを引き裂き、それをアルシアの遺体に被せた。

 

「………遺体はこの世界のご両親に届けてあげて」

 

「わかった。それと伊月………」

 

「何?」

 

 左手にW-Refを嵌めて、私は伊月の頭を軽くどつく。すると後頭部からミカドアゲハに似たスタンドが現れ、霧の様に姿を消した

 

「………溜め込み過ぎだ。薬は万能じゃない」

 

「…ぅ………うぅ………」

 

 伊月は力の入らない足で床を蹴って駆け寄り盛大に転ぶ。そんな無様な姿を晒しながらアルシアの遺体に縋り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウ ア゛ア゛ア゛ァァァーーッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大粒の涙が被せられた布にシミを作り、館中に形容し難い咆哮が鳴り響く。

 

「………ホル・ホース。伊月を頼む。アルシアの遺体と共に、極力安全な場所に移してやってくれ」

 

「なんだよ……気付いてたのかよ」

 

「まぁな。仲が良いんだな」

 

「まさか……自分勝手で大っ嫌いだぜ」

 

「なら何故ここにいる?」

 

「それを聞くのは………」

 

「…………野暮だったな」

 

 隠れる様に立っていたホル・ホースの言葉の先を繋ぎ、私はその場を任せて走り出した。

 

鈴原 アルシア:死亡

 

 ー

 ーー

 ーーー

 ーーーー

 ーーーーー

 ーーーーーー

 

 見て◯◯、この子の顔を。抱っこしてあげて

 

 おぉ、結構重い……

 

 赤ちゃんといえど女の子よ? 娘を抱っこした感想の第一声がソレでいいの? 

 

 俺の事はいいの。それより名前を決めよう、候補はもう決めているんだ。お姫様の様に可愛いし輝夜! 我が家の上の名にも「月」が入ってるし。

 

 輝夜ってお伽話の? 輝夜…いい名前だけど、そのままだと虐められないかしら……

 

 それは心配だな。この子には笑顔でいてほしい……楽しく悔いなく、地味でも本人が満足できる人生を歩んでもらいたい。

 

 ならこうしましょう。輝く夜の輝夜をもじって、輝かしく人生を楽しむ………

 

 それはいい名前だな、そうしよう。この子の名前は今日から…

 

 

 

ーーー "輝楽"だ ーーー

 

 

 

 ー

 ーー

 ーーー

 

 何の変哲も無い極々普通の世界の日本に、極々普通の家庭があった。

 父、母、娘の3人家族。父の職業は薬剤師、母は専業主婦だった。これといった特徴が何も無い家庭で育った輝楽と呼ばれる少女……彼女はその名の通り、明るい笑みを零して物事を楽しむ人生を歩んでいた。

 

 そんな人生を歩んでいた彼女だが、ある日を境にそれは歪んだ。

 

 中学から高校へ進学して体験したクラス内の上下関係……彼女は生まれて初めて不良と出会った。

 授業は頻繁に中断され、罵声や虐めと遭遇する機会が増えた。終いには体験する事もあった。

 楽しむ事を楽しみに生きていた彼女には耐え難い日常……結果、彼女がグレる事は別に不思議ではなかった。

 

 そしてその事実が人生を更に捻じ曲げた。

 

 基本的に娘には自由に生きてほしい両親であったが、不良になるとなれば話は別……根は優しい子である為、両親の説得に輝楽は応じ相談するようになった。

 

 父は仕事の多い日々だったが、休日ができれば家族と共に過ごし出掛ける様になった。少しでも娘のストレスが減る事を願っての対処だった。

 

 母は高校と掛け合った。輝楽に影響を与えた不良は有名な問題児らしく、指導者一同手を焼いているらしい。

 

 娘はそんな2人の行動に感謝しつつも、何も解決しない事に苛立っていた。グレこそしたが、不良と肩を並べる気は無く仲間ではない。故にまだ暴力を受ける事もあった。

 

 そしてそれをいい事に、他のクラスメイトは息を潜める。

 

 アレは囮だと言わんばかりに輝楽から皆は距離をとったのだ。それに気付いた彼女は言葉に表せない不快感を覚えた。出る杭と称され打たれる彼女は、自分から距離をとる元被害者、元友人を見て少しずつ壊れ始めた。

 

 自由気ままに甘やかされて育った訳では無い。だが高校に上がるまでは対人関係に恵まれていた。だからこの変化には耐えられなかった。

 

 過度のストレスと苛立ちと絶望……やがて彼女は引き篭もり外との関わりを絶った。

 かつて輝く様に笑っていた彼女は暗く締め切った部屋に閉じ籠り、楽しみの無い生活を淡々と続けていた。

 

 そんな娘を思い父親はどうにかして昔の彼女に戻そうとした。そう考えて無闇に踏み込んだのが悪かったのだろう。

 癇癪を起こして暴れる娘……それを見た母親は呆然とした。

 今の彼女には何も見えていないのだろう……実際に輝楽は自分が何を言ったのか、何をしたのかを覚えていない。

 ただ覚えているのはやり場のない怒りと、理不尽にそれを母に向けてしまった事だった。

 

 説得を続ける父より、気が弱く何も言えなくなってしまった母を対象に娘は罵声を浴びせ始めた。

 すかさず父親がフォローに入るが癇癪は収まらず、輝楽は激情し遂に罪を犯してしまった。

 

 それに気付くも既に遅く、輝楽は今までの癇癪が嘘の様に黙り込み、腹部から包丁の持ち手が生えている母親を見つめていた。

 

 生暖かい鮮血が流れるのを黙視し再び激情……ここで彼女は完全に壊れ、無意識に暴れまわる。

 

 そして壊れたのは娘だけではない……刺され倒れる妻を見た男もまた激情し、娘を止めようともみ合いになる。

 

 既に2人共言葉は通じない。

 

 先に正気に戻ったのは父親……戻り方は最悪だった。

 気がつけば父親も罪を犯してしまった。両手は力強く娘の首を掴んでいる。

 

「…何を………してるの?」

 

「ッ⁉︎ お前!」

 

 倒れた妻の声で正気に戻り、娘から手を離し駆けつける。

 

「……輝…らが…」

 

「だ、大丈夫だ‼︎ 窒息しても3分以内なら蘇生する確率は高い‼︎ それより君の止血を……いや、まずは救急車………」

 

 錯乱気味だった男は冷静に対処した。

 激情して首を絞めにかかった時間が5分を超えていた事も知らずに……

 男は救急車が着くまで、妻子の止血と心肺蘇生を永遠と繰り返した。

 "まだ助かる"と口にしながら目からは雫が淡々と流れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果………2人は死んだ。

 

 夫であった男は妻を失い夫では無くなった。

 妻は実の娘に殺された……そして妻を救えなかったばかりに、娘が殺人犯のレッテルを貼られてしまう。

 

 そんな娘を男は殺してしまった。

 

 父であった男は娘を失い父では無くなった。

 自分の手で殺してしまった………最愛の妻が最後に口にしたのが、娘への心配の言葉だというのに。

 

 夫であった男は夫では無くなり、同時に父親でも無くなり………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男はただの()()()()になった。

 

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