月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

11 / 48
11.放課後特別訓練、それぞれの研鑽

「なるほど、これが答えですか」

 

 呼び出された体育館γの前に行くと、爆豪勝己と轟焦凍を先頭に一年A組の面々が待っていた。

 

「約束通り、全員に話しました」

「これで満足かよ」

 

 轟焦凍と爆豪勝己は、私の言った通りにクラスメイト全員に話をしたようでほぼ全員が揃っていた。

 ここにいないのは、緑谷出久だけだ。

 

「意外ですね。もっと少ないものかと思っていました」

 

 私としては、精々五人もいれば多い方だと思っていた分、ほぼ全員揃っている現状には少なからず驚きを覚えていた。

 なにせ、つい数時間前に自力では足腰が立たなくなる程度には扱ったのだ。肉体的にも精神的にも苦痛が刷り込まれたはず。そして、ここでも同じようなことが起こることは予想に難くないだろう。

 つまり彼らは理解した上で自らに苦難を課したのだ。苦難の中に自ら飛び込むことが出来る者は決して多くない。

 私は、彼らのことを過小評価していたと認める必要があるようだった。

 

万里一空(ばんりいっくう)。トップヒーローを目指す者として、成長のチャンスをふいにするなんてありえませんわ」

「狩人先生に時間外にも特訓してもらえるのにやらないって選択肢はないス」

「プロの戦闘技術をしっかり教えてもらえる機会をむざむざ見過ごすような人は雄英に入る前に弾かれちゃうよ☆」

「いや、オイラはヤオヨロッパイが揺れるのを間近でみたいだけだ」

 

 動機はともあれ、この場にいる事実は揺るがない。相応の覚悟を持ち、自己研鑽を惜しまない心づもりで臨んできていることは明白だ。

 ならば、彼らの覚悟には応えてやらねばならない。

 相手の全力には、その大小にかかわらず自身の全力でもって返すこと。それが覚悟を示したものへの最低限の礼儀である。

 オールマイトに教えてもらったことの一つだ。

 それに、礼を失するということは私の狩人としての矜持にも反する。

 

「待ってくださぁい! お、遅れました!」

 

 背後から叫ぶような声が聴こえる。生徒を含んだ全員が私の背後を見つめていた。

 ばたばたと騒がしい足音と共に緑谷出久がやってきたのだった。

 

「……ちっ。結局全員かよ」

「ご、ごめん、かっちゃん。せっかく誘ってもらったのに遅れて……ちょっと先生に相談したいことがあったんだけど全然捕まらなくて……あ、でもさっきようやく見つけられて」

「うるせェ、訊いてねェよ」

「ごめん……」

 

 緑谷出久は爆豪勝己の悪態に怯えつつ集団の中へ入っていく。

 文字通り、一年A組が全員揃っている。

 爆豪勝己と轟焦凍に引っ張られてなのか、それとも元々の才覚なのか。彼らの向上心はなかなか目を瞠るものがある。

 

「全員揃ったのでしたら、一応私からも確認しておきましょう。私は手を抜くことが下手です。なので、授業で行った訓練が私の中で最も易しいやり方ですが、それでもこの訓練に参加しますか?」

「当たり前だ。あんたを超えるのに、あの程度でへばってるようじゃ話にならねェ。トップに立つためなら、なんだってする。馬鹿みてェな時間を過ごしてるワケにはいかねェんだ」

「俺も同じです。強くなる為には、必要なことです。これくらいで泣き言なんて言ってられないんです」

 

 爆豪勝己と轟焦凍のみが答えたが、生徒達はそれがクラスの総意であるかのようにこちらへ真剣な眼差しを向けていた。

 

「わかりました。全力であなた達を鍛えましょう。私のプライドを賭してその心意気に応えます」

 

 

◇◆◇

 

 

 体育館γに入り、体操服に着替えるように指示する。

 全員が着替え終えたのを確認すると、私は集まるように呼びかけた。

 

「まず、訓練を始める前に何点かお話をしておこうと思います」

 

 私がそういうと、律儀に生徒達は並び始めた。

 授業ではないのだから気にする必要はないのだが、これは学生としての教師を前にした習性なのだろう。

 

「ここでなにをお教えするのか具体的にお話しします。ここでは二つに絞ってお教えしましょう。まずは戦闘における闘い方(スタイル)を開発、伸ばしていきます」

 

 生徒達は、まだよくわかっていなさそうだがやり始めれば嫌でもわかってくるだろう。

 

「基礎能力というのはトランプのポーカーで言えば手札(カード)です。強い手札を揃えれば、それだけ強い手役(戦術)を作ることが出来る、というのはわかりますね。そして、闘い方(スタイル)というのは、その手役を最も効果的に使うための手段なのです」

「つまり、得意を見つけるということでしょうか?」

 

 八百万百がおずおずと手を上げる。

 

「身も蓋もないことを言ってしまえばそういうことです。ただ、日常的な個性の使用の得意と戦闘における個性の得意は全く違います。たとえば八百万さんは、戦闘に際すると、必ず相手を見てから何を"創る"か決めていますよね」

「は、はい。相手の出方に対して臨機応変に対応できるのが私の強みだと思っていますので……」

 

 八百万百の個性である『創造』は確かに強力な個性だ。生物以外ならば、知識を持ってさえいればあらゆるものを創りだせる。

 だが、彼女の場合その選択肢の多さと彼女の性格が仇となっている部分が大きい。

 

「日常生活ならばそうなのでしょう。ですが、戦闘では相手に合せて『これが有効そうだ』『これは効きそう』という思考の時間と八百万さんが想定したものを相手が凌駕した際の精神的な揺らぎが、致命的な隙になってしまっている。その結果が授業に現れている通りです。ならば、そんなことは最初からしなければいい」

「そ、それでは私の得意を捨ててしまうことに……」

「逆なんですよ。八百万さんの個性の強みは、相手に合わせることじゃない。相手が誰であろうと予測不能な一撃を先制できるという点です」

「え、え!?」

 

 八百万百はその汎用性ゆえに選択することが強みだと思っている。多くの状況に対応するモノを創造できるのだから、そう考えることも不思議ではない。

 ただし、こと戦闘に関しては別なのである。対応するということは、相手に先手を取られているということに等しい。八百万百の個性の場合、対応しようとすれば分析を要するため相手を確実に見てからでなければならない。そうなってからでは後の先を取ることも難しく、無条件に相手に先手を与えてしまっているのである。

 

「まず、破られたら不味いという前提を捨てましょう。破られてもいいのです」

「破られても……?」

「最初の攻撃で、打ち取れればよし。打ち取れずとも相手が精神的に揺さぶられればよし。また破られたとしても、相手の情報という優位(アドバンテージ)を得ることが出来ます。思考するのはそこからでも遅くない。そこから二の手三の手を波状的に仕掛けられれば、常に八百万さんのペースで戦うことができるのですから」

 

 八百万百の個性ほど、何をされるかわからない個性もない。

 (ヴィラン)からすれば何かをされる前に潰してしまいたいのは自明であり、最も取り得る行動でもある。

 故に読みやすい。読めるのならば、することは一つだ。その出鼻を反対にこちらが挫く。

 最初からこちらが先制する気概でいるならば、たとえ個性が割れていたとしても、その強みが消えることは全くないのである。

 

「な、なるほどですわ……」

「ただしこの戦い方をするためには、今よりもより速く、より多く創造する訓練が必要ですし、どのような先制攻撃がより効果的なのか先制攻撃以外の次の手をどうするのか研究する必要もあります。もちろんこの闘い方(スタイル)を取ったからと言って素早く判断する思考を放棄していいことにもなりませんし、むしろより速い判断が必要になってきます。そしてなによりも、実戦で使えるレベルに仕上げることが肝要なのです」

 

 最後は、全員に向かって投げかけた。

 そう、実戦で使えなければ無意味なのである。

 個性は反射の域で行えるように、闘い方(スタイル)は呼吸をするように。

 それが最終的な目標だ。

 

「今の八百万さんの場合も含めて、あくまでも私から見た適していると思う闘い方(スタイル)の一例です。私の提案にしっくりこなければ、忌憚なく言ってください。闘い方(スタイル)は自身の感覚の如何によってパフォーマンスが大きく変わってきます。自分に合っていると思えるまで、何度も再考していきましょう」

 

 全員から威勢のいい返事が返ってきた。

 

「そしてもう一つ。鬼札(奥の手)を開発します」

「奥の手……って必殺技ってことッスか!」

 

 切島鋭児郎が眼を輝かせながら食いついてきた。

 ヒーローといえば、その者を象徴する技を必殺技として持っていることが多い。その大半は安定行動や有利状況を作り出すために持っているものである。

 

「いえ、必殺技とは違います。切島くんのいう必殺技とはヒーローの代名詞のような技のことでしょう。私がお教えするのは正真正銘の切り札。不利な状況を逆転させる、もしくは勝負を決する最後まで、そして可能なら出来る限り使用せず秘匿しておく技です。さらに言うのなら必殺技とは違い安定行動とは真逆の技となります」

「ま、真逆……?」

 

 ただ有利になるだけの技ならば連発していけばよい。

 今回開発するつもりの技は、リスクと引き換えに絶大な効果を与えるものだ。

 

「ええ、極端な例ですが上鳴くんのフル放電や緑谷くんの骨折を伴うパンチがいい例ですね。まあ、お二人のようにその後が全く続かない状態になってしまうようでは切り札と呼ぶこともできませんが」

 

 そういうと二人は、一瞬笑顔になりすぐに落ち込んでしまった。何とも忙しいことだ。

 

「質問をよろしいでしょうか!」

「どうぞ」

 

 飯田天哉が手をまっすぐ突きあげ主張していた。

 

「なぜ、安定行動の技ではなくそちらを先に学ぶのでしょうか!」

「理由は、闘い方(スタイル)を決める上で必要なことだからです」

「どういうことでしょうか?」

闘い方(スタイル)というのは絶対の自信となる技や後ろ盾となる技術を軸にして組み上げられたものです。切り札というのは、闘い方(スタイル)で積み上げた最後のピース。だから切り札という最終地点が決まれば逆算的に闘い方(スタイル)も決めることができるのですよ」

「なるほど! そのような合理的な理由があったのですね!」

 

 飯田天哉は、満足したように手を下げた。

 建前としては、これで十分だ。

 安定行動を主眼に置いた()()()()()ならば、この先学校でいくらでも教えてもらえるだろう。

 私が教えるのは、学校では教えないリスクを多分に含む技だ。本来、このような技はリスクが伴う以上、各々が自己責任の元開発するものであり、持たないヒーローもいるくらいだ。そして、切り札というものは、少なくとも基礎能力がある程度ついてから開発を進めるものでもある。

 だが、それではあまりにも成長する速度も闘い方(スタイル)を確立することにも時間がかかりすぎる。私が彼らに施そうとしているのは、邪道とまでは言わないが正攻法とはとても言えないものだ。

 私の殺しの技ではなく、彼ら自身の最大の技を作り上げる。

 それが私にできる、彼らの覚悟に対する全力の答えだ。

 

「では、早速取り掛かりましょう。闘い方(スタイル)は私が一人一人見ていきますので、それまでは基礎訓練をしていきましょう」

 

 体育館γ全体に広がらせ、あるものには筋力トレーニングなどの肉体的な向上を促すメニューを、またあるものには個性を伸ばすためのメニューをやるように指示を出した。

 全員が開始したことを確認すると、爆豪勝己の元へまず向かうことにした。

 彼に近づくと半眼で睨まれたのだった。

 彼からすれば、不本意なものであることは間違いないだろう。

 なにせ、本来ならマンツーマンの予定がその二十倍に膨れ上がっているのだから不満も二十倍だ。

 

「こんなはずじゃなかった、ですか」

「当たり前だろ! 俺はもっと上にいかなきゃならねェんだよ! 俺が教えてほしいのは闘い方だ! こんなことをしている暇なんて――」

「ですから、一番最初に爆豪くんの元にきたのではないですか」

「あァ!?」

 

 爆豪勝己は驚いているが、もし爆豪勝己がこの立案者でなくとも私は一番最初に彼の元へ来ただろう。

 誰よりも身体が出来上がっており、個性の使い方も含めて最も基礎能力が高い。

 轟焦凍は、身体の出来上がり具合においては爆豪勝己と遜色はそれほどないものの、個性の使い方においては半分を使っていない以上、まずはそこをどうにかしなければならない。

 故に、闘い方(スタイル)の開発を進めるのならまずは爆豪勝己からとなるのである。

 

「さて、爆豪くん。あなたはどのような闘い方(スタイル)を目指しますか?」

「決まってる。(ヴィラン)を叩き潰して捻じ伏せてぶっ潰す闘い方(スタイル)しか考えてねェよ」

 

 オールマイトやあんたみたいなな、という付け加えをしつつ鼻を鳴らしていた。

 彼の個性なら、正面戦闘でも十分戦えるポテンシャルを秘めてはいるが、能力の全てを活かす闘い方(スタイル)とは言い難い。

 たしかに彼は運動神経も反射神経も申し分ない。

 だが、あくまでも常人のレベルでの話だ。つまり、ある程度まで鍛えた全身増強系個性を持つ者ならば彼の素早さにも十分対処することは可能なのである。全身強化の個性の場合、副作用のように反射神経や動体視力も向上するため、個性で強化されていない常人のレベルではいずれ追いつかなくなってしまう。

 彼の場合、余りある戦闘センスで補うこともできるのかもしれないが、それでも限界はある。

 結果、彼の言う闘い方(スタイル)では、全く歯が立たない相手が生まれてしまうのだ。

 私としても、教えるうえでそれは本意ではない。せっかくの才。余すことなく発揮すべきなのだ。

 とはいってもだ。爆豪勝己にそのまま伝えても、彼は聞かないだろうし納得しないだろう。

 

「なるほど。正面から爆破を撃っていく戦闘を主にしていくつもりなのですね」

「ああ。爆破で空中を含めた高速機動を実現。攪乱しながら接近して即爆破! これだ」

「それでは、私には勝てませんよ。一番最初にやったように見てから避けられてしまいます。私にも勝つんでしょう?」

「……ちっ。考え直す」

 

 存外に素直な反応だ。

 僅かでも効果があれば奇利としてやや煽るように言ってみたが、爆豪勝己には私を引合いに出すのが随分有用なカードらしい。

 

「私としては、ですが」

「あん?」

「私としては色々な方位から遠距離、中距離、近距離と爆破を使い分けられつつ、私が動くのではなく動かされるように誘導されると嫌ですかね」

 

 個性の特性上尻上がりに威力が上がっていく彼の場合、初手から最大火力は打てない。

 ならば、それまでの間攻撃以外の手段でペースを握る必要がある。

 攪乱と攻撃を同時に行いつつ、最後の一手を読ませない立ち回りこそ彼に相応しいと私は思う。

 彼の場合、闘い方(スタイル)そのものを教え与えられるよりも自分で気づいたということが闘い方(スタイル)を決める上で重要なファクターなのだと思い、自分で気づくよう促してみた。

 

「……下手くそが!」

「そうですか。ともかくどんな闘い方(スタイル)を選んだとしても基礎能力の向上は必須です。特にもっと精密なコントロールを身に着けることをお勧めします。今の爆豪くんでは、広範囲を常に巻き込んでしまいますから状況が少なからず限定されてしまいます」

「……それも、わかってる」

 

 それを聞くと、爆豪勝己は目をつぶり腕を組んで座り込んでしまった。

 

「少し、考える。他に行ってくれ」

「わかりました」

 

 彼はもう、なにかを掴み始めているのだろう。

 ならば、必要以上に干渉するのは逆効果だ。

 私は、他の生徒に声をかけるべく爆豪勝己の元を後にしたのだった。

 

 何人かの生徒を見て回ったが、まだ基礎を抜け出せないものが大半であった。

 特に個性面での選択肢がまだ乏しいため、まだまだ闘い方(スタイル)を定めるに至らない。

 しかし、その中でも轟焦凍は別格であった。

 

「個性訓練も、やはり氷だけですか」

「……狩人先生」

 

 半分しか使っていないにも拘らず、他の生徒よりも一歩も二歩も抜きん出ている。

 その半分で単独の個性としても運用できるが、それでも持てる力の全てを使わないというのは解せないことに変わりはない。

 

「理由は聞かない方がいいですか?」

「いえ……別に」

 

 轟焦凍の言うことを要約すれば、彼の親であるNo.2ヒーローのエンデヴァーに対する復讐と当てつけらしい。

 私には理解しがたい感情であるものの、彼にとっては大切なもののようで語る口調には悲しみと怒りが入り混じっていた。

 

(否定することは簡単だが、それで轟焦凍が変わることはない)

 

 彼自身が乗り超えていかなければならない問題。

 心に訴えかける行為は私にはできないが、もしかしたらこの雄英でならばいずれ解決の糸口が見えてくることもありえるかもしれない。

 それに彼の心の氷を解かすのは私の役目ではない。

 私は私の役目を全うするだけだ。

 

「わかりました。私から炎を戦闘に使うことを強要することはやめましょう」

「ご配慮ありがとうございます」

「では、炎を出してみて下さい」

「……!? 言ってることが矛盾していませんか!?」

 

 轟焦凍は、らしからぬ動揺をしている。

 

「なにも矛盾はありません。私は"戦闘に"としか言ってませんから。訓練をしないとは言ってませんよ」

「ですけど、それに意味があるんですか? 訓練したところで使わないんじゃ」

「大いにあります」

 

 彼は確かに優秀だが、個性については半分しか使ってこなかった分理解していない部分があるようだった。

 

「轟くんの場合、半冷半燃で一つの個性です。冷だけでも燃だけでも完全ではない。燃の部分を伸ばすことによって冷の部分も伸びていくのですよ」

「……根拠は?」

 

 なかなかに疑り深い。

 それだけ、確執が深いということなのだろうが、訓練を担っている私からすれば鬱陶しいだけのものだ。

 伸ばせる力が目の前に転がっているにもかかわらず手を伸ばそうとしない。

 力が欲しいときになっても、すぐに力は手に入らないというのに。

 私のした後悔を、目の前の人間は辿って行こうとしているのだ。

 

「氷のコントロールは、氷塊という質量をもった物質です。重さがある分コントロールのイメージはしやすいかと思います。ですが、炎はプラズマであり質量がありません。質量のあるものとないもの、その二つのコントロールをマスターし、同じ氷で行うことができれば戦術の幅が広がると思いませんか?」

「……そうかもしれません。極小の氷粒を無数に自在に飛ばすようなことが出来れば、今の氷の塊で攻撃するよりぐっと防御されにくくなる」

「そういうことです」

 

 

 やはり、気付きまでがとても早い。肉体面以外も相当に優秀だ。ただ、その気づきを使うかどうかは、轟焦凍次第。勿論、今すぐに決める必要もないし、彼にも考える時間は必要だろう。彼なら、なにかしらの答えを見つけられるはずだ。手取り足取りといったような過剰に丁寧なこともする必要はあるまい。

 私は、一言声をかけてから轟焦凍から離れ、一番気がかりな人物の元へと向かうことにした。

 

「うっ、くっ……」

「苦戦しているようですね、緑谷くん」

「は、狩人先生……」

 

 緑谷出久は、仁王立ちでなにやら苦悶の表情を浮かべていた。

 

「あ、あの。狩人先生に言われて今個性をつけているんですけど一歩でも歩いたらこ、壊れちゃいそうで……や、やっぱりこれを維持するっていうのは無理が……」

 

 律儀に私の言ったことを実践しているようだが、意味を今一理解していない様だった。

 

「私は確かに常に発動しろと言いましたが、全開でやれとは言ってませんよ」

「あ、そ、そう、そうですね」

 

 やはり彼の場合、まず何よりも調整を覚える必要がありそうだ。

 

「緑谷くん、一度個性を解除してください」

「え、はい。ぷはぁっ!」

 

 ワン・フォー・オールの解除と同時に尻餅をつく。

 本当にこれでは、訓練すら始められないではないか。

 少し、荒療治も必要かもしれない。

 

「緑谷くんは、個性の出力を落とすことから始めなければいけませんね」

「はい。僕もそれは思っていました。だからここに来る前にオ……師匠様に、えっと、そうだ、電話で訊いてみたんです。そうしたら、僕の身体からみたら五%程度の出力が限界じゃないかって言われました。なのでその五%を目指して出力を下げようと思っているんですけどその感覚が分からなくて」

「それで、先ほどから仁王立ちで唸っていたわけですか」

「そうですね……」

 

 五%。オールマイトの見立てはおそらく正しい。

 今まで最も身近で個性(ワン・フォー・オール)を感じてきた人物からの評価なのだから異論を挟む余地はない。

 しかしオールマイトもわかって言っているのかそうでないのかわからないが、肉体の強さがワン・フォー・オールの受け皿として比例していく前提だと仮定し、尚且つ現時点での肉体で五%の出力が限界ならば、彼は身長も体重も十倍近くに成長しなければ百%を受けきれないことになる。

 それでは、オールマイトを遥に凌ぐどころではない大男になってしまう。

 

「では、まず五%を覚える必要がありますね」

「はい……でも、頭では分かっているんですけど、身体が追いつかなくて」

 

 なるほど。思考し分析するタイプではあるものの、身体の使い方は感覚によるところが大きいということか。

 ならば、話は早い。その感覚を身体で覚えてもらうだけだ。

 そして同時に、力の抜き方も無理やり覚えてもらう。

 

「わかりました。まずは五%の感覚を身体で覚えましょう」

「え? で、でもどうやって?」

 

 私は緑谷出久の対面に立つ。

 

「さあ、緑谷くんも立ってください」

「あ、はい」

「よろしい。では、私に全力でパンチを撃ってみて下さい。絶対にあなたに怪我はさせませんから」

「え、えぇっ!? そ、そんなことをしたら狩人先生が!」

「余計な心配です。あなた程度の力では私に攻撃を当てるなど不可能ですから」

「で、でも」

「さっさと構えなさい」

 

 私は両手袋を外し、右手親指の表面を噛みきり出血させるとポケットに忍ばせた『古い狩人の遺骨』を発動させ、半身を引き構えを取る。

 そして、殺気を緑谷出久へ向けて飛ばした。

 

「っ!」

 

 緑谷出久はびくりと跳ね反射的に構えを取る。

 

「それでいいのです。私を(ヴィラン)と思って撃ってきなさい」

「うう……」

「さあ、撃ちなさい。ヒーローになるんでしょう!」

「っ! うううわああああっ!」

 

 私の一喝と同時に緑谷出久が右腕を振りかぶりながら飛び込んでくる。

 典型的なテレグラフィング・ブロー。拳打の軌道も十分すぎるほど読み切れる。

 しかしこのまま受ければ、私も彼も大怪我は必至。

 

(だから、私が全ての衝撃を受け止め逃がす)

 

 私が完全に受けに回ったときにのみ使う技のため、あまり出すことのないものだがこれだけ予備動作があれば久しぶりでも十分捌ききれる。

 攻撃反動軽減の応用。外部からの衝撃さえも無力化する受け流しの技。

 緑谷出久の拳が眼前に迫っていた。

 彼の拳が伸びきる直前でまず左手で受ける。

 ワン・フォー・オールの衝撃が身体に巡るが、それを左腕から左腕肩へ背中に奔らせ徐々に拡散していく。肉体で受けきれない衝撃は背中から腰、腰から脚、そして脚を通じて地面へと逃がしていく。

 足元の床がクレーターを形成し蜘蛛の巣状にひび割れていった。

 

(……なんて衝撃。緑谷出久が使っていてもワン・フォー・オールは健在というわけか)

 

 衝撃を何とか受け流し切ったが、即座に次の行動を起こさなければならない。

 彼の腕が伸びきった直後に、右手を彼の拳の下へ当てる。

 そのまま右手を滑らせ緑谷出久の手首を掴みつつ、体を躱し彼に向かって左側へと身体を運び、後ろへ回り彼に覆いかぶさるように身体を密着させた。

 

(応用の応用。相手の衝撃を私に移す)

 

 他人の死血を受け取ってきた私だからこそわかる、緑谷出久に流れる血の動き。

 その流れる血に伝わる衝撃を理解し緑谷出久に流れる血と同期させる。そして私の身体が緑谷出久の身体の一部だと、彼の身体に誤認させる。

 緑谷出久の右腕に奔っていく衝撃を()()()()()()()右腕をバイパスのようにして受け取っていく。

 

(くっ、さすがにこちらは全て受けきれないか……!)

 

 身体への同期に重きを置いたため、受け流しが不十分になっていた。

 

(これは腕の中で暴発するか……!)

 

 筋肉と骨が軋み断裂しひび割れていく感覚が襲い掛かってきた。

 パン、という単調な音が体育館γに響いた。

 

「あ、あれ? 身体が壊れてない……? て、うわぁ! 狩人先生いつの間に後ろに!?」

「……言ったでしょう? あなたのパンチなんて受けないと」

「は、はい。その通りでした」

 

 遠くから男子生徒の謎の奇声が入ったが、練習に集中するように言うと大人しく戻っていった。だが、相変わらず奇妙な視線はそのままだった。

 

「あの、先生そろそろ……」

「それよりも、どうですか。わかりましたか? あれが今のあなたの耐え得る威力の最大値です」

「は、はい。感覚は、なんとなくですけどわかった気がします」

「その感覚を忘れないようにしてください。あとは反復し身体に刷り込んでいくだけです。できますね?」

「はい! ありがとうございました!」

 

 私は、緑谷出久から離れつつ、手袋をはめ直し密かに聖歌の鐘を打ち鳴らした。

 

(私の肉体であっても、九十五%の衝撃は流石に壊れるか)

 

 修復していく腕に意識を向けながらあの反動を反芻する。さすがに緑谷出久のように粉砕骨折を起こすほどではないが、力の奔流は暴走し筋肉が断裂し表皮がはじけたのだ。

 緑谷出久に気取られぬよう気を配っていたが、滴る血は手袋の内部を濡らしていた。

 

(私もまだまだ未熟だな)

 

 だがこれで彼が調整を習得してくれれば、次の段階へ進むことが出来る。

 

(オールマイト……)

 

 いままでは、離れた場所にいたからわからなかった。

 だけど今は、感じてしまうのだ。彼が、オールマイトが、日に日に弱っていくのを。

 

「あなたの安心の一助になるなら、私の身にどれだけ痛みが振りかかろうと構わない」

 

 鐘の音が止んだころには痛みはもう、すっかり消えていた。




【落葉】
時計塔の女狩人の狩武器。
「千景」と同邦となる仕込み刀であるが
血の力ではなく、高い技量をこそ要求する名刀である。

時計塔の女狩人もまた、「落葉」のそうした性質を好み
血の女王の傍系でありながら、血刃を厭ったという。

だが彼女は、ある時、愛する「落葉」を捨てた。
暗い井戸に、ただ心弱きが故に。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。