月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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12.悪意、雄英襲撃

 一年A組の特別訓練を始めて一週間になる。

 放課後には約五時間、休日は約十四時間という通常ならば、あまりにも無茶であり得ない訓練行程を聖歌の鐘を用いて無理やり実現させていた。

 彼らが動けなくなれば聖歌の鐘による回復を行い、さらに倒れるまで続けるという荒行。

 長時間の訓練は聖歌の鐘によってもたらされる恩恵である疲労回復の部分が大きい要因であるものの、実際ここまでの訓練を行えたところは彼らの強さに他ならない。聖歌の鐘は肉体的な疲労は回復するものの、精神的な疲労を十分回復させるものではないことに加え、志がいくら高かろうと肉体的な疲労が無くなろうと、彼らが訓練中に受ける苦痛は間違いなく存在する。その精神的疲労と肉体的苦痛を乗り越えた精神力は、ここで鍛えられたものではなく彼らの潜在的内包的なものである。素直に賞賛に値するし、紛れもない稀有な才能と言えよう。

 まだまだ種に過ぎなかった彼らの能力は、訓練と言う肥料を得てまだ僅かながらも芽吹き始めていた。いや、種であるからこそ、初期の爆発的な伸びがあるのだろう。一週間と言う極めて短い期間ながら闘い方(スタイル)の方向性が朧げながらも見えてきていた者もでてきたのであった。

 

「はい、では基礎訓練はここまで。次は組手を行います。二人一組を作ってください。当然、前回とは違う相手と組むように」

 

 全員が大きく返事をし、組手を始める。

 私が全員を相手をしてもよいのだが、より近しい実力の者同士のほうが自身の実力の現在位置を知ることが出来、且つ基礎的な能力の伸びは大きいと判断し、人数も十分いることから生徒同士で組手を取らせていた。基礎的な身体能力と近接の戦闘力の向上は、対敵における生存率を上げることに直結するだけでなく、ヒーローとしての本来の活動である対災害の救助活動にも大きく影響し、現場での取ることのできる選択肢を増やすことが出来る。

 先日行われた、スペースヒーロー:13号の取り持つ災害救助訓練において、基礎能力の重要性を再確認したのか、今までよりもさらに真剣に基礎訓練に取り組むようになった。

 平日は基礎訓練を主としてメニューを組み、休日に闘い方(スタイル)鬼札(おくのて)の開発を集中的に行っているが、彼らが興味を強く示したのは私の体術やステップをはじめとした体捌きだった。特に顕著なのは、爆豪勝己と轟焦凍。彼ら二人は、まだまだ見よう見まねから脱却できてはいないものの、徐々にだが確実に、自らの個性と組み合わせることで己の技として身に着けつつあった。

 一通り組手を終えたあとは、闘い方(スタイル)の研究に入った。

 こちらは基礎訓練とは違い各々でかなりばらつきがある。既に、闘い方(スタイル)の形が見えてきたものもいれば、まだ足がかりさえ見つけられていない者など、進行度合いはかなりまちまちだった。

 そして、足がかりさえ見えていないものの中に緑谷出久は含まれているのだった。

 

「あ、狩人先生」

「どうですか、その生活には慣れましたか?」

「はい! ……いや、どうなんだろ、まだめちゃくちゃ物は壊すし今日だってペンを十二本折ったしこの間は寝返りを打ってベッドも壊したしどう考えても慣れてるとは言えない、でもこの状態の違和感は薄くなってはきているからその点だけで考えれば慣れているとも言えなくはないのかも知れないけれど狩人先生の言う慣れたとは違うだろうし」

「考えることを悪いとは言いませんが、会話中に没頭するのはやめたほうがいいと思いますよ」

「す、すみません。とりあえずですけど、日常生活の中でなら身体許容量(キャパシティ)を超えるようなことにはならなくなりました」

「それは重畳です」

 

 私が彼に以前言った通り、この一週間、訓練として彼は常時個性(ワン・フォー・オール)を発動している。食事のときも授業中も寝るときまでも常時一%~二%で発動し続けることにより、個性に慣れ個性を身体と感覚に馴染ませ自在に操れるレベルまで押し上げるための訓練だ。何よりもコントロールの習得を優先してもらわなければ次に進むことはできないのだ。

 彼は、全身にワン・フォー・オールを張り巡らせた状態を『フルカウル』と呼んでいるが、ただの個性の発動に技名をつけている時点で、まだ個性を使うという認識から抜け出せていない。全身を強化する増強系の場合、個性が発動している状態と通常の状態の認識に差異がなくなるまで磨きあげることで個性を発動した際のパフォーマンスは飛躍的に向上するため、彼のいう『フルカウル』を意識せずに行えるところまで持っていくことが当面の目標だ。

 ただ個性を発動することは大前提。彼にはさらにその先の真なる技を身に付けてもらわねばならない。

 

「緑谷くん、今日は切り札のほうの開発を進めてみませんか」

「いいんですか! 嬉しいですけど僕まだ全然基礎から抜け出せてないですよ……?」

「その基礎を進めるための切り札開発です」

「どういうことですか?」

「緑谷くんの場合、戦略や戦術は頭で理解することができますが身体の運用に関しては習うより慣れろのタイプのようです。身体をもって自身の最大を知って頂いた方がその後の効率がよくなるかと思います。どうですか? やってみませんか」

「はい! 願ってもないです!」

 

 本来ならば、完全にコントロールをマスターした後に進めたかったが、仕方がない。今のまま進めるのはあまりにも時間がかかりすぎる。彼は他と比べて特別伸びが悪いというわけではないが同じく特別に秀でているわけでもない。つまるところ凡庸なのである。

 だが、彼には凡庸でいてもらっては困るのだ。次代の平和の象徴を担うためには特別でなければならない。そのためには彼を多少強引であっても特別に仕立て上げる必要がある。

 

(……もし、そのときになっても緑谷出久が平和の象徴たる人物になりえなかったときには、私は)

 

 いや、今はもしものことを考えるのはやめよう。

 彼はオールマイトが見初めた子。オールマイトの慧眼を信じるしかない。

 

「緑谷くん、まずあなたの個性を制御の効く範囲の最大まで引き上げてください」

「わかりました。『フルカウル――八%』!」

「それが今の緑谷くんの限界ですね」

「はい……! まだ組手や戦闘訓練でも使うと少しでも気を抜くと解けちゃうので、まだまだ実戦で使い物にならないんですけど」

「わかりました。それで構いません」

 

 懸念していたことが現実になってしまっていた。

 以前、オールマイトに『コントロールができるようになっても五%や十%でもたつかれては敵わない』と言ったが実際彼はその範囲から出ていない。

 如何にワン・フォー・オールとはいえ、一桁台の出力では私にすら劣ってしまう。それでは、私に限らず増強型の劣化個性に他ならない。

 

「最初の放課後での訓練のときのことを覚えていますか?」

「えっと、はい。全力で個性をつかったのに怪我をしなかったときのことですよね」

「そうです。緑谷くんには、あのとき私がしたことと同じことを覚えてもらいます。つまり反動の拡散と受け流しです」

「えぇ!? で、できるんですか!? 僕にあんなことが!?」

「それは、緑谷くん次第です。ですが、あなたは既に一度その感覚を身体で感じている。感じることができていれば、あとは思い出すだけです。その感覚を思い出すまでは、私が手助けしましょう。そうすれば、今以上に個性を発揮することが出来ると思います」

 

 緑谷出久の顔が明るくなりつつ、興奮を隠すことなく鼻息も荒くなっていた。

 

「僕が、百%を……!」

「誰が、百%を使えるといったのですか」

「えっ」

 

 私の言葉に緑谷出久の眼が点になる。

 

「いくら反動を拡散すると言っても限界があります。今の緑谷くんの身体では二十五%までの反動が精々でしょうね」

「そ、そうですか……でも、二十五%」

「これを習得できれば今後あなたの力が伸びていっても、おおよそ通常の許容上限の三倍までの力を出しても無傷でいられるでしょう」

「おお!?」

「ただし、今まで以上に苦しい思いをします。それでもやってみますか?」

 

 提案はする。訓練内容も私が考える。しかし、最終的に決めるのは緑谷出久本人だ。

 

「是非もありません! お願いします!」

 

 即決。躊躇のかけらもない。その眼には、使命感を宿していた。

 彼は個性の扱いに関しては凡庸だが、向上のために苦痛へ飛び込む躊躇いのなさは一驚する。

 

「……わかりました。では、さっそく今日から訓練を始めていきましょう」

「はい!」

 

 最低、複数回の軽い骨折は覚悟してもらうことになるがすべては平和の象徴のため。

 彼もまた、過酷な運命を背負った者の一人だ。これくらいは、乗り越えてもらわなければ困るのだ。

 この夜、体育館γに緑谷出久の悲鳴が何度も響き渡ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「本日はヒーロー基礎学、災害救助訓練の二回目です」

 

 スペースヒーロー:13号が今から行う授業の説明をしていた。

 13号は宇宙服を彷彿とさせる戦闘服(コスチューム)に身を包み、あらゆるものを吸引し塵へと変える個性『ブラックホール』を駆使して、災害救助をはじめとした対(ヴィラン)よりも人命救助に重きを置いたヒーローだ。

 その13号の授業は、あらゆる災害現場を想定した『ウソの災害や事故ルーム(U・S・J)』というドーム内で行われる。

 水難事故、土砂災害、火事などの現場がこの一区画に演習場として再現されているのである。

 その施設の入り口で一年A組の生徒達は13号の言葉に耳を傾けていた。

 

「さて、前回は皆さんに各自、得意だと思っている分野での災害救助訓練をしていただきました。しかし、今回はニガテだと思う分野での救助活動を行っていただきます。ヒーローたるもの得意不得意はあっても不可能はできる限りなくさなければなりません。目の前に災害があるときに、そこには困っている人が必ず存在しますからね。今回は不得意な場であっても、皆さんが何ができるかを考えていただきます。今ここには四名の教師がいますから、水難、火災、倒壊市街、山岳の四パターンで分けましょうか」

 

 現在、この『ウソの災害や事故ルーム(U・S・J)』には、私と13号を含め四名の教師がいた。

 

「では、私は倒壊市街を担当しようかな!」

「オールマイトさんがそこなら俺は山岳にします。前回は倒壊市街でしたから別の場所で視た方が今後を考えるうえで合理的だ」

 

 オールマイトとイレイザーヘッドが、声を上げる。

 たかが一授業に四名の人員を充てることは過剰のように思えるが、それは依然として(ヴィラン)に侵入された後の警戒態勢が続いているからに他ならない。

 特に、校舎からバスを使って移動をしなければならない様な施設の場合、警戒は一段階さらに厳重になり四名以上の教員同伴が基本的な体制になっていた。

 なぜ基本的かと言われれば、前回もオールマイトがこの授業の補佐としてつくはずだったのだが通勤前の救助活動で活動制限時間を限界ぎりぎりまで使い切ってしまっていたらしく、そのときだけは13号とイレイザーヘッド、そしてミッドナイトの三名でやることになり、初回から例外を作ってしまったからである。

 平和の象徴らしい話ではあるが、校長とリカバリーガールからかなりこってり絞られたとオールマイトがしゅんとしながら話してくれたのだった。そのときは最後にほんのわずかな時間だけオールマイトも顔を出したらしいのだが、生徒達はオールマイトに教えてもらえると思っていた分、随分と落胆した顔をしていたようで、オールマイトもしきりに反省し罪悪感に苛まれていたのだった。

 そこで二回目である今回に関しては、オールマイトも万全の態勢で授業に臨んでおり、授業前にやたらハイテンションで意気込んでいた。

 本来ならば初回と今回の二つの授業で総合的、包括的に評価すべきプログラムであり、そのためにはイレイザーヘッドと共にミッドナイトが今回も担当することが望ましいのだが、さすがにこの四名体制は雄英もカリキュラムとしてもかなり無理をしているらしく、どうしてもミッドナイトとの日程が合わなかったため補填要員として私が駆り出されたのだった。

 人命救助の授業など、私にはもっとも似つかわしくない場面であるが、指示である以上従うしかない。

 

「はい、では――」

 

 13号が授業開始の合図をしようとした瞬間、背後にある噴水広場に違和感を感じ反射的に顔を向けた。ほぼ同時にオールマイトとイレイザーヘッドも同じ方向を見やる。眼を向けた先には、黒い靄が空中で渦巻いており、その中心からは悪意と殺意が漏れ出ていた。

 なによりもあの黒い靄には見覚えがある。そして、その黒い靄からは先陣を切ってでてきたのは全身に手首をつけた男――死柄木弔だった。

 死柄木を先頭に、数多の人間が黒い靄から吐き出されるように出現している。

 危惧していた(ヴィラン)の襲撃が今まさに目の前で起きようとしていた。

 

「一かたまりになって動くな!」

 

 生徒に向けたイレイザーヘッドの怒声よりも前に私は臨戦態勢をとっていた。

 腰に据えていた、慈悲の刃と長い銃身の装飾銃――エヴェリンをそれぞれ左右の手に持ち構える。

 オールマイトは、生徒達を背に両腕を広げ庇うように立ちはだかった。

 

「皆、下がりなさい! これは演習ではない!」

 

 まだ何が起こっているかわからない生徒達はきょとんとしていたが、教師たちのただならぬ切迫した雰囲気を察してか数秒後には理解し、13号の背後へ集まっていた。

 

「13号、生徒を守れ! あれは(ヴィラン)だ!」

「ええ、了解しました。外部への連絡も試してみます」

「黒い靄……奴が黒霧か。本当に襲ってくるとはな。複数の座標指定ができる以上、外にも伏兵を置いている可能性もある。無理に脱出することを考えず迎撃し防衛に専念しろ! 入口からの奇襲にも警戒を怠るな!」

「わかっています」

 

 13号への指示が終わる頃にはイレイザーヘッドは視線を隠すゴーグルをはめ首元に巻いた捕縛武器を展開し、完全な戦闘態勢を完成させていた。(ヴィラン)はその間にも、ぞろぞろと黒い靄の中から出てきている。

 死柄木弔に黒霧。なんとも、舐めた真似をしてくれたものだ。

 躾けてやろう、ここに誰がいるのかを。教えてやろう、狩人の狩りの一端を。

 

「イレイザーヘッド、現時点より敵完全沈黙までを時限とし貴公の指揮下に入る。命令(オーダー)を」

「狩人……?」

「イレイザーヘッド、命令(オーダー)を」

「……ああ。目標、眼前の(ヴィラン)全体。全て無力化し捕縛しろ! 絶対に生徒への被害は出すな!」

「了解。状況を開始する」

 

 イレイザーヘッドと共に(ヴィラン)に向かって猛進していく。

 下卑た笑いを浮かべている(ヴィラン)らが私たちを迎撃しようとしたが、イレイザーヘッドによって個性を消され当惑している隙に私が両手両足の腱を切り裂いた。数人の(ヴィラン)が絶叫と共に地面をのた打ち回っている。

 彼らは運がいい。今日の命令は捕縛だ。殺害ではない。どれも致命傷からは程遠く、故に絶命することは間違ってもないだろう。もっとも人としてまともな人生はもう送れないかもしれないが、こちらから害するわけではなく奴らから襲ってくる以上、相応のリスクも覚悟しているに違いない。

 イレイザーヘッドも、(ヴィラン)が複数であろうとも全く怯むことなく捕縛武器を用いて(ヴィラン)を次々と無力化していった。

 有象無象という言葉がふさわしい、数が多いだけで足止めにもならない者たちばかりだ。

 つまるところ、目指すべきはただ一つ。この集団の中枢を潰す。

 (ヴィラン)の密集地帯の真ん中を真っ直ぐ突き進んでいくと、そこにやつらはいたのだった。

 

「また、会ったなァ……」

「やはり、イレギュラーはありましたか。万が一と思って対策をしてきた甲斐があるというものです。カリキュラムの中に彼女の名前とイレイザーヘッドの名前はなかったはずですから」

 

 死柄木弔と黒霧の前に立ちはだかる無数の(ヴィラン)を処理し確実に前進している私へ向かって二人は余裕の表情のまま言葉を続ける。

 

「女ァ……お前のせいで、計画がずれこんじまったじゃねぇか。まだお前につけられた傷は癒えていないが、ここがラストチャンスだったから仕方がねぇ。痛みをおして来てるんだから、ちゃんと成果をもって帰らなきゃなァ」

「ええ、ちゃんとオールマイトもいることですし、まずは目的を達成しましょう」

 

 なにを言っている。

 オールマイトがいることを承知してここにきたというのか。

 この馬鹿げた襲撃の目的は、オールマイトだとでもいうつもりなのだろうか。

 

「来い、脳無(のうむ)。女の足止めをしろ」

 

 黒霧のゲートから、四体新たに(ヴィラン)が出現する。

 一人は、眼と上顎が無く浅黒い肌をした大柄な者。もう一人は、蝙蝠を彷彿とさせる薄い皮膜の翼と鳥類の脚をもった者。三人目は四つ目で手足の異常に長い長身痩躯の者。最後の一人は、その誰よりも大きく筋肉質な肉体を持った者だ。

 その全員が共通して、脳が頭蓋骨に覆われず外気に晒されるほど大きく露出していた。

 

(強い……ここに転がってる連中と同じようにはいかないな)

 

 全員が異様でいて異質。これは異形系の個性ではない。生気を失い視点もあっていない。明らかに人としての体をなしていなかった。

 薬物を使われたのか、人体実験の結果なのか。おおよそ人の道から大きく外れた外法を用いられたことは間違いないだろう。

 

「下種どもが」

 

 私が吐き捨てるようにいうと、死柄木弔は喜色を隠さず笑い出したのだった。

 

「ははは、最高の褒め言葉だ。対平和の象徴用に作った改人たちさ。素晴らしい賛辞をありがとう!」

「弔。油断は厳禁です。脳無を四体も出したのですから失敗は許されません」

「うるせぇよ、わかってる。そもそもこの女にバレなきゃこんなことにはなってねぇだろ? なあ、黒霧」

 

 黒霧の進言に死柄木弔は笑みを失くし露骨に機嫌を悪くする。

 周囲にいた有象無象の(ヴィラン)の最後の一人を無力化し、死柄木弔までの道が開かれた。

 

「やっぱり雑魚じゃあ、奴の相手は無理か」

「彼らは、本命ではありませんし彼女が相手では仕方がありません。それに他の準備は整っています。あとは我々が動くだけです」

 

 肉壁程度にしか思っていないのか、奴らが連れてきた者が倒れ伏しても眼もくれていない。

 

「黒霧、いくぞ。平和の象徴を殺そう」

 

 黒霧が個性を発動し、死柄木弔と一体の脳無と呼ばれた(ヴィラン)を飲み込んでいく。

 私が前に出ようとすると、三体の脳無が立ちはだかった。

 

「お前はそいつらに遊んでもらえ」

 

 残る三体の脳無は、死柄木弔の盾になるように位置取りつつ私にゆっくりと迫ってきていた。

 これを躱していては、死柄木弔と黒霧に迫まるころには、奴らは転送を完了させてしまう。

 

「じゃあな、女。そこでオールマイトがあっさり殺されるのを眺めていろ」

 

 私は、即座に左手のエヴェリンを構え死柄木弔に照準を合わせ引き金を引いた。

 火薬の破裂した乾いた音と共に死柄木の叫びが木霊した。

 

「があぁあっ! クソがァ! 同じ場所をォッ!」

「あまり調子に乗るなよ、(ヴィラン)風情が」

 

 三体の脳無の間をすり抜け弾丸は、以前私がナイフを突き立てた右肩に着弾した。

 死柄木弔と視線が合う。

 

「後悔させてやる。生きていることを後悔させてやるぞ! だが今は、何よりも社会のゴミ(オールマイト)を殺さなきゃなァ!」

 

 その言葉を残して、死柄木弔は黒い靄に飲み込まれていった。

 

(オールマイトを殺す……? 死柄木弔本人も黒霧にもオールマイトを倒せると思えるほどの戦闘力があるように思えない)

 

 それはつまり、一緒に連れて行ったあの最後の一体の脳無にその能力があるということを示唆していた。オールマイトを確実に殺せる算段をつけて、この襲撃を行っているということはもう疑いようもない。

 しかしオールマイトが活動限界時間を超過しているのならともかく、まだ十分に余裕はある。その状況で到底オールマイトを殺せるとは思えないし、やすやすと殺されるとは思わない。

 ただ、考えられることはオールマイト専用の対策をしているのか、単純にオールマイトを凌駕する力をもっているかのどちらか。それが不明な以上、無策で正面から対応するのは想定外の被害を受けることも考えられる。前者であればイレイザーヘッドをはじめとしたオールマイト以外の別の者が対応すれば済むし、後者の場合はこちらがオールマイトをサポートする形で複数で対処すれば問題はない。

 となれば最初にオールマイト以外、できれば想定外が起こったとしても『目覚め』ることができる私が交戦し、情報を得られれば奴らの企みも計画も完封できるのだ。

 最悪は、あの脳無がオールマイトの力に対処できる個性とオールマイトに対抗できる強さを併せ持つ場合だ。

 その場合、ここにいるものだけでなく雄英自体が、全滅することも在り得る。

 あり得ないと思いつつも、死柄木のいっていた"作った"という言葉が引っかかっていた。

 脳無、対平和の象徴用の"改人"。

 

「その改人が、私には三体か。なるほど、なにも問題はないな」

 

 思考から意識を戻し、眼前の(ヴィラン)を見据える。

 この三体を迅速に処理して、オールマイトの元へ向かう。ただそれだけだ。思考する必要すらない単純なこと。そう、何も問題はない。

 黒い靄が完全に消えるのと同時に三体の脳無が、一斉に躍りかかってきていた。




【エヴェリン】
異邦の騎士たちが用いた独特の銃。

女性名を冠されたこの銃は、意匠にも凝った逸品であり
騎士たちによく愛されたという。

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